ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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浮遊城攻略開始

 今の言葉で、ユウの予感がはっきりと的中したことが判明する。野武士面の男が現実世界の顔に変わったクライン、中性的な顔の少年がキリトだ。

 

 ユウはもう一度、自分の顔を見る。

 

 そこに映っているのは、少し短めに切りそろえた黒い髪。アバターほどではないものの、妹達と同じように決して悪くはない顔立ち。

 

 間違いなく、現実世界における紺野裕也の顔だった。

 

「でも……何で?」

 

 クラインが、誰もが思っているであろう疑問を投じた。すると、キリトが考えながら答える。

 

「スキャン……ナーヴギアは、高密度の信号素子で顔をすっぽり覆っている。でも、身長や体格は……」

「ナーヴギアを始めて装着したときに、キャリブレーション? とか何とかで、こうやって、自分の体をあちこち触ったじゃねえか」

 

 クラインの言葉に、ユウは納得した。

 

「なるほど……確かに、その2つのデータを元にすれば、ある程度の精度で本人の体を再現できるかもしれないな……」

「ああ、でもよ……何でだ? 何でこんなことを?」

 

 だが、キリトは黙ってGMを指さした。

 

「どうせ……すぐに答えてくれるよ」

 

 彼の予想通り、GMは再び言葉を発した。

 

『諸君は今、なぜこのようなことをしたのか、と思っているだろう。ナーヴギアの開発者、茅場明彦はなぜこのようなことをしたのか、と』

 

 だが、彼の目的は大規模なテロでも、身代金目的でもないという。

 

『私の目的はすでに達成してる。この状況こそが私の最終目的なのだ。この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ、私は《ソードアート・オンライン》を作った』

「茅場……!」

 

 キリトが、思わず言葉を呟く。

 

 その呟きで、ユウは知る。

 

 恐らく、ベータテスターであるキリトは、茅場晶彦とこの《ソードアート・オンライン》のことを、自分よりも何倍も知っている。そしてその彼は、茅場晶彦の言っていることが真実であることを確信している。

 

『そして今、全ての目的は達成せしめられた』

 

 GMのアバターが揺らめく。

 

『以上で、《ソードアート・オンライン》正式チュートリアルを終了する。プレイヤー諸君、健闘を祈る』

 

 GMは崩れるように消え、そして空を覆い尽くしていた赤い《Warning》と《System Announcement》の文字も消滅し、世界は先ほどまでと同じ夕焼けに染まっていた。

 

 しかし、プレイヤーたちの様子は先ほどまでとは違う。誰もが、一言も発せずに固まっている。

 

(……茅場晶彦の宣言。それにショックを受けているのか)

 

 ユウは、これがデスゲームと化したことにイマイチ実感の湧かないまま、しかし次に起こることを予想して誰よりも早く動こうとした。ショックから目が覚めた集団が引き起こすことと言えば、1つに決まっているからだ。

 

 だがそれよりも早く、誰かの落とした《手鏡》が、耐久値の限界と共に砕ける音がした。続いて、甲高い少女の声も。

 

「いや……いやぁ!」

(まずい!)

 

 ユウがそう思ったとほぼ同時に、暴動とも言える騒ぎが起こる。

 

「出せ! ここから出せよ!」

「こんなの困る! この後約束があるんだよ!」

 

 一斉に文句を言い始めた集団の中で、しかしユウはいち早く動いた。

 

「キリト、クライン! すぐにここを出るぞ!」

 

 キリトが動こうとしていたがそれよりも早く、彼は2人の腕を掴んで広場の外へずんずんと歩いて行く。クラインは未だ混乱の中にいたが、強引に人気の少ない路地まで連れて行った。

 

「キリト、どうする?」

 

 彼の表情からその冷静さを感じ取ったユウは、この場で最も頼れるベータテスターに訊く。

 

「いいか、2人とも。俺はこれからこの街を出て、次の村へと向かう。お前らも一緒に来い」

「へ……?」

「分かった」

 

 緊迫した状況の中で3人は話す。

 

「あいつの言葉が全て事実なら、俺達はひたすら自分を強化しなくちゃならない」

 

 VRMMORPGにおいては、プレイヤーが得られるリソース(金や経験値)は限られている。そのため、《はじまりの街》周辺のモンスターはすぐに狩り尽くされる。

 

 だから、誰よりも先に次の村へと移動すれば、他のプレイヤーに邪魔をされずにレベリングが可能だ。道中に危険はあるが、しかしベータテスターである彼ならば、初心者でもソードスキルの発動方法が分かっている2人を次の街までは連れて行くことができると言う。

 

 しかし、クラインは言った。

 

「俺は…徹夜で並んでソフト買ったダチがいるんだ。あいつら、きっと、さっきの広場にいるはずだ。置いて行けねえ……」

 

 すると、キリトは黙ってしまう。

 

 たとえベータテスターであっても、多くの初心者を連れて次の街まで安全に移動できるかどうかは、分からないのだろう。

 

 そこでユウが言った。

 

「キリト、俺はひとまずこの《はじまりの街》に残るよ。そんでもって、SAO初心者の誰よりも強くなって、必ずお前に追いつく」

 

 彼は、真剣な表情でキリトを見つめる。

 

「だから、俺にかまわず行ってくれ」

「おう。お前にいつまでも世話してもらう訳にもいかないからな」

 

 ユウの言葉に、クラインも続けた。すると、キリトの表情が変わる。真剣なものから、どこか悔やんでいるようなものへと。

 

「俺だって前にやっていたMMOじゃ、ギルドの頭張ってたからな。お前から教わったテクで、何とかしてみせらあ!」

「ぼさぼさしていると、追い越してやるからな! だから、一先ず先に行って、俺たちを待っていてくれ」

 

 そんな彼の不安を吹き飛ばすように、2人はできるだけ元気な調子で言い放った。

 

「……だったら、ここで別れよう。何かあったら、メッセージ飛ばしてくれ」

 

 そう言って、キリトは2人に背を向けて歩き出すと、一度立ち止まって振り向いた。

 

「じゃあ、またな。クライン、ユウ」

「キリト!」

 

 再び背を向けた彼に、クラインが叫ぶ。名前を呼ばれた彼は、しかし肩をピクリと震わせて少し立ち止まっただけだった。

 

「おい……キリトよ。お前、案外かわいい顔してやがんな。結構、好みだぜ」

 

 クラインの言葉に、キョトンとした表情で振り返るキリト。

 

「そうだな。下手な格好すると、女に間違われるぞ?」

 

 ユウもクラインに倣って言った。

 

「クラインも、その野武士面の方が十倍似合っているよ! ユウ、お前も剣士とは程遠い、優男の顔しているぜ!」

 

 それだけ言うと、彼は駆け出して行った。まるで、後ろ髪を引かれるような思いを振り切るかのように。

 

 そして、ユウとクラインはその場に残される。

 

「……じゃあ俺、ダチを探してこなきゃならねえから。またな、ユウ」

「……おう」

 

 ユウは、広場に戻ろうとするクラインの背中を見つめる。そして、誰よりも早くレベルを上げるために、つい数十分前まで2人といた、《はじまりの街》の西側にあるフィールドに駆け出そうとして、しかしクラインの方を振り向いた。

 

「クライン!」

 

 少し離れたところにいるクラインが、立ち止まり振り返る。

 

「絶対に……絶対に、キリトのいる場所に追いつくぞ! そんでもって、あいつの驚く顔を見てやろうぜ!」

 

 その言葉に、クラインはニカッ、と笑い顔を作って言った。

 

「おう!」

 

 その言葉だけ聞くと、ユウは身を翻して駆けだした。

 

 広場から一直線に、ひたすら西側に向かう。

 

(絶対に……!)

 

 絶対に生還して、2人の妹の下へと帰る。自分の、本来いるべき場所へ。

 

 西側のフィールド、草原の大地を踏みしめる。そこにいるのは、先ほども戦っていた《フレンジーボア》。しかし先ほどと異なり、自分のHPをゼロにすることは許されない、という重圧が圧し掛かる。

 

 近づいて来るユウに気が付いたイノシシが振り返った。だがユウは走るのをやめない。そのままの勢いで背中の剣を抜き、《スラント》を発動する。

 

「うおおおおっ!」

 

 ライトエフェクトを纏った斬撃が、イノシシを切り裂く。しかし、それが青く染まるのを見届けると、ポリゴン片となって砕け散ることを確認せず、剣を握り直して次の標的を見定める。

 

「まだまだぁぁぁぁ!」

 

 その後のことを、ユウはあまり覚えていない。確かに記憶にあるのは、気が付いたら自分が《はじまりの街》に戻っていて、その経験値が上がっていたことだけであった。

 

 

 

 

 

 ユウが目を覚ました時、そこは《はじまりの街》にある小さくて安い宿屋の一室であった。起き上がった彼は、試しに右手を振ってメニューウィンドウを出してみる。

 

 軽快な音と共にウィンドウが出現し、そしてその一番下まで確認したユウはため息をついた。

 

「翌日になったら、ログアウトできるようになっていました……なんて、うまい話はないか」

 

 0に近かった経験値もきちんと上がっていた。どうやら、昨日のことは夢ではなく現実のようだ。そのことを確認したユウは、ベッドに腰掛けたまま頭をうなだれた。

 

「あっ、く……」

 

 その体が震える。

 

「うああああああああっ!?」

 

 堰を切ったように、叫び声が出た。

 

 無理もない。

 

 彼は、昨日までただの中学2年生でしかなかったのだ。そんな彼に突如として降り注いだ『デスゲーム』。むしろ、昨日の時に《はじまりの街》の広場で騒がなかったことが、凄い、と言ってよいだろう。

 

「……はあ、はあっ」

 

 しかし、叫び声をあげてそれでも次第に気持ちが収まってきた。

 

「絶対に……」

 

 その瞳に、決意のこもった光が宿る。

 

「待ってろよ……藍子、木綿季。お兄ちゃん、絶対に生きて帰ってやるから」

 

 彼はそう呟くと、宿を出た。

 

 NPCの店に売られている1コルの黒パンと、15コルのミルクで朝食を済ませる。実際の所、この世界で食事をとっても栄養失調になったり餓死したりすることはないのであるが、空腹感はどうしても誤魔化せない。

 

 そして、今後の方針を考えた。

 

(現実世界では……俺たちの肉体は病院へと運ばれているはずだ。恐らく、外部電源を電源車のような設備のものにその場で差し替えて、2時間の間に病院にベッドに運び、ネットワークに再び接続する。それらが、恐らく当分の間行われる)

 

 したがって、茅場晶彦の言うとおり、現実世界の自分の体のことは考えなくても良いだろう。最も、ユウ本人が考えたところでどうしようもないことではあるのだが。

 

(キリトの言った通り、きちんとレベルを上げて早めに次の街《ホルンカ》に行くのが最善だな)

 

 そうなれば、ぐずぐずしてはいられない。

 

 ユウはすぐにメニューウィンドウから初期装備である《スモールソード》を装備すると、まっすぐに西側のフィールドへと向かう。

 

 未だに死の恐怖に怯え、《はじまりの街》から出ることをためらっている人間も多い。また、SAOには13歳以上推奨という年齢制限(レイティング)があったはずなのであるが、それを守っていないような小学生くらいの少年少女が、何もせずに集まっていた。

 

 それを見て妹達のことを思い出しかける。彼女たちも年齢制限を破ってログインしようとしたが、それは叶わなかった。だが、それが結果的には幸運だったのだ。

 

 そのことを考えたユウは、しかしすぐにそれを振り切るように走り出した。

 

 西のフィールドに着くと、ひたすらにイノシシを狩る。それを繰り返す日々が、続いて行った。

 

 レベルが上がる。片手剣スキルも上昇し、《スラント》だけでなく他の技――《ホリゾンタル》なども使用できるようになっていた。このまま練習を続けて行けば、恐らくは1か月ほどで《ホリゾンタル》や《バーチカル》《ソニック・リープ》《レイジスパイク》といった基本単発技を、ユウを始めとした片手剣使いは使用できるようになる。さすがにそれよりも上位の二連撃技《バーチカル・アーク》などは間に合わないだろうが、少なくとも先にあげた4つの内の3つくらいは身に着けることができるはずだ。

 

 ユウは、ただ淡々とレベリングを続けて行った。

 

 しばらくしてレベルが上がると、ユウは次の街である《トードン》へと移動する。そして同じように十分にレベルを上げると次の街に移動する……ということを続けていた。

 

 その間、ユウはろくに人と話していなかった。

 

 彼の覚悟は本物だ。

 

 しかし、現実世界でHIVキャリアに対する偏見を目の当たりにした彼は、安易に他の人間に頼ることができなくなっていた。実際、未だに名前を交換しているのは、初日に出会ったキリトとクラインの2人だけである。

 

 フレンド登録を忘れていることに後から気が付いたが、名前が分かっていれば短いメッセージをとばすことができるので、今度の機会には忘れないようにしよう、とユウは決めた。だが、彼らと出会ったのはデスゲーム宣告前である。

 

 だから、後々に心変わりするならまだしも、これから先初めて出会う人間よりはだまされる可能性は限りなく低いだろう、とユウは考えた。

 

 逆に言えば、きちんと信頼を寄せるまで関係をきづいてからでないと、下手な人間とはパーティーを組むこともできない、と彼は考えていた。

 

 ユウは決して人間不信であるという訳ではない。しかし、人の汚さを目の当たりにしてきた。

 

 時には知識のある看護師でさえ、自分の妹たちを腫物を見るような眼で見ていたのを彼は知っている。

 

 だから彼は、ソロで活動していた。

 

 ――今はいなくても、いつか、絶対にPKをする人間が現れる。それも、個人ではなく集団で。

 

 そう考えたのも、理由の1つだ。

 

 特定のグループやギルドといった、名前の付けられたものに所属することなく、しかし信頼のできる人間関係だけはしっかりと築いて進めていく。それが、ユウの決めたこの世界におけるスタンスであった。現実世界の頃からの友人でもいれば話は別なのであるが、彼の友人は誰一人として『ソードアート・オンライン』を手に入れることができなかったはずだ。

 

 したがって、彼はソロとして活動していた。今も、そしてこれからもそれは変わらないだろうな、とユウはレベリングの日々の中で思う。

 

 しかし、それでは心もとないのも事実で――、できれば、早くキリトやクラインと再会したいと思っているのも事実であった。

 

 

 

 

 

 さて、SAOの舞台である浮遊城アインクラッドは先細りの構造を持つため、当然ながら最下部の第一層が最も広い面積を持っている。100の円盤を重ねた構造をしているこの鋼鉄の城の底面なのであるが、その最下層の直径は約10キロメートル、面積にしておよそ80キロ平方メートル……約407平方キロメートルの面積を持つ横浜市のおよそ5分の1である。

 

 攻略を進めるためには各層にある迷宮区と呼ばれる塔を突破していかなければならず、そしてそれまでの道のりには山、谷、遺跡、森、草原といったフィールドを駆け抜け、その要所要所に第一層の場合には《はじまりの街》や《ホルンカ》をはじめとした中小規模の町や村が点在する。

 

 そして、第一層にあるそれらの中でも最大の(とはいっても、端から端まで200メートル程度であるが)ものが、迷宮区から程近い谷あいの町《トールバーナ》であった。最も、巨大な風車塔が並び立つのどかなこの街に最初のプレイヤーが到着したのは、デスゲーム開始から3週間も経ってからのことだった。

 

 ユウも、ベータテスターであるキリトとの差を感じながらも必死にレベルとスキルを上げ、12月を目前とした11月29日にはこの街に到着した。そして、今日12月2日の夕方には、1回目の《第1層フロアボス討伐会議》が開かれることとなっている。

 

 そのため、いつもは朝から日が暮れるギリギリまで、《トールバーナ》の次にあるフィールドから迷宮区を往復するようにして、キリトに追いつくためにソロで必死のレベリングをしているユウであるが、この日はレベリングもそこそこに切り上げ、夕方午後4時に開かれる会議に参加するために街に戻っていた。

 

 今日も生きて街に帰ってきたことを実感しつつ、街に帰ってきたことを示す【INNER AREA】という表示を潜り抜けたところで、ユウは人目をはばからずに大きく伸びをする。すると、そこで後ろから声をかけられた。

 

「あ……ユウ!? お前も最前線まで来ていたのか!?」

 

 その声に振り向くと、そこには中世的な顔立ちをした片手剣使い(ソードマン)の少年がいた。しかもその後ろには、頭から腰近くまでを覆うフード付きケープをかぶったプレイヤーもいた。一瞬わからなかったが、少し注意をしてみれば女性であることが分かる。腰に下げられている武器は、どうやら細剣のようだった。

 

 この世界には、一般的なRPGにあるような『魔法』といったものは存在しない。唯一の狙撃手段と呼べるものが《投剣》スキルと呼ばれるものであるが、それは実戦で使えるようなものではない。せいぜいが、複数固まっている敵を1匹ずつおびき寄せたりするために使用するものなのだ。

 

 その代わり、近接武器は豊富にある。現在のところ、《短剣》《片手剣》《曲刀》《細剣》《片手棍》《両手斧》《槍》《両手剣》が確認されている。

 

 キリトは初日にも見たように、ユウと同じ盾なし片手剣スタイルだ。

 

「おう、キリト。必死にレベリングして追いついたぜ。こりゃ宣言通り、追い越すのも時間の問題かもしれませんねえ、キリトさん?」

「う……いや、レベルでは俺のほうがずっと上のはずだろ」

 

 そんなやりとりを尻目に女性は立ち去ろうとしたため、キリトが慌てて声をかける。

 

「会議は街の中央広場で、午後4時からだそうだ」

「……」

 

 彼の言葉に女性は何も答えずに立ち去って行った。その様子を、キリトは後ろから眺めている。

 

 ユウが再び言葉をかけようとしたとき、後ろから声が聞こえた。

 

「妙な女だよナ」


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