ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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生き残るために

 ユウは、それに似たような表情を見た覚えがあった。

 

 どこまでも、後ろ向きで。

 

 どこまでも、暗くて。

 

 虚ろで。

 

 そして、何かを諦めているような……絶望した表情。

 

 ユウの脳裏に、自然と横浜港北総合病院の中、その一角が浮かび上がる。その中には当然ながら、一生懸命にリハビリに励む人たちも多かったが、必ずしもそのような場面ばかりではなかった。

 

 冷たい光に照らされた、薄暗い病棟。病院特有の、薬の臭い。その中で静かに『その時』を待ち続ける人たち……そして、自らの身に感染しているものを知った時、幼い慟哭を上げる自分の妹。

 

 ユウは思わず、自分の持つ仮想の体を抱きしめた。

 

 キリトは隣の親友を怪訝な表情で見たが、そのままサチのいる方へと近づいて行き、そして作り物の月光が当たっている場所で腰を下ろす。

 

「ねえ、キリト……ユウ……。一緒に、どっかに逃げよう」

 

 暗闇の中に消えてしまいそうな、かすれるような声でサチは話す。

 

「逃げるって、何から?」

「……この街から。モンスターから。《黒猫団》のみんなから。……《ソードアート・オンライン》から」

 

 その言葉に、キリトがギクリと反応する。

 

「そっ、それは、心中……?」

 

 恐る恐るキリトが口にした言葉に、サチはクスリと笑った。

 

「……それも、いいかもね」

 

 感情のこもっていない声で、彼女はそう返事をしてくる。命を軽んじたようなその言葉に、ユウは思わず拳に力を込めた。

 

「おい……!」

 

 ユウがそのまま彼女に迫ろうとする。しかし、すぐにその動きは止められた。

 

「ごめん、嘘。死ぬ勇気があるなら、安全な街中になんか隠れてないよね」

 

 その言葉に、2人は毒気が抜かれたように表情を崩した。

 

 しかし、彼女は再び予想外の言葉を彼らに投げかける。

 

「ねえ、なんでここから出られないの?」

 

 え……? と、困惑する2人に、サチは構わず訊き続けた。

 

「なんでゲームなのに、本当に死ななきゃならないの? こんなことに、何の意味があるの……?」

 

 同じパソコン研究会の仲間と一緒に、サチは成り行きでこの《ソードアート・オンライン》というゲームを偶然にもまれな運(当時は幸運と思っていた物が実際には不運だったのだが)によって手に入れ、プレイすることになった。

 

 それが悲劇の始まりだった。

 

 茅場晶彦によって突如として行われた、デスゲーム宣告。

 

 あの《はじまりの日》に、全てはひっくり返った。全てのプレイヤーにとっての希望は絶望へと反転し、サチもまた、涙が止まらなかった。

 

 そんな中、ある日、研究会のリーダーであるケイタが、他のメンバーに対し、狩りを行い、生活費を稼ぐことを提案した。ゲーム内に閉じ込められてからかなりの時間が経過していたこともあり、他のメンバーも腹を括ったのだろう、反論する者はいなかった。

 

 サチは内心ではフィールドに出ることが怖くてたまらなかったが、《圏内》に1人だけ孤独に取り残されるのは、もっと嫌だった。結果、無理を押して仲間達についていくことにしたのだ。

 

 そして、リーチが長いという理由で《両手槍》を主武器(メインアーム)に選び、今日まで他のメンバーと共に、なんとか自分の恐怖心を騙しながら、戦闘をしてきた。

 

 しかし、精神に疲労は確実に蓄積し、それも限界に近づいていた。

 

「……多分、意味なんてない、と思う」

 

 キリトは、そう答える。

 

 ここに閉じ込められているのは、茅場晶彦による勝手な行動の結末に過ぎない。このデスゲームが存在すること自体、全てが茅場晶彦1人のためであって、それ以外の人間にとっては悪夢でしかない。

 

 そして、サチは短く言った。

 

 

「私、死ぬのが怖い」

 

 

 サチのその言葉を聞いた時、ユウはようやく彼女の本心に触れることができた、という気がした。その一方で、こんな単純なことに気が付かなかったことに、嫌気すら刺した。

 

「怖くて、このごろあまり眠れないの……」

 

 その声は、震えていた。

 

(考えてみれば、当たり前のことじゃないか)

 

 サチがもともと、この世界での戦闘に対して少なからず恐怖心を抱いていることは知っていた。しかし、常識的な目線で考えてみれば、簡単なことだった。

 

 SAOは、ゲームではあっても遊びではない。

 

 この世界での戦闘は、文字通り命懸けの戦いを意味する。

 

 それがたとえ、レベルでの安全マージンを獲得していても、もし万が一大量のMobに囲まれてしまったら、トラップに引っかかってしまったら、何らかの阻害(デバフ)で充分に実力を発揮することができなかったら、武器落とし(ディスアーム)属性などの特殊攻撃を喰らって、無防備な姿になってしまったら……例え最前線でボス戦に挑む《攻略組》の面々でさえ、死の危険は避けられない。

 

「……死ぬのが怖いのは、当然のことだ」

 

 ユウは、ゆっくりと、できる限り優しげな声で言った。

 

「それは、俺たちだって同じことだよ。俺も……もしも、生きて現実に帰ることができなかったら……家族と再び会うことが叶わなかったら……って考えて、眠れない夜を過ごしたことは、何度もある」

「ユウも……?」

 

 それは決して、1度や2度ではなかった。

 

 何度宿屋の枕を濡らしたかなど覚えてもいないし、ほとんど一睡もできぬまま、仮想の朝焼けを眺めたことも、1度や2度ではない。

 

 しかしユウには、そんな経験があっても、命を懸けて戦うだけの理由があった。

 

「だけど、俺は現実世界に帰るんだ。絶対に。必ず、生きて家族の下へ戻らなければならないから……」

 

 一度言葉を区切り、ユウは言った。

 

 

「俺は、生きたい。生きて、愛する者の場所へと帰りたい」

 

 

 その言葉を、サチは少し意外そうな表情で見ていた。

 

「ユウ……」

「仮に俺が強いように見えるのだとすれば、多分きっと、それが理由だ」

 

 ユウは、まっすぐに背筋を伸ばして立つ。

 

 仮想の体の足で、この世界の地をしっかりと踏みしめる。

 

「この状況は、茅場晶彦1人の手によって生み出されたものだ。だから、この世界に閉じ込められたこと自体に関して、頭を悩ませたところで、納得のいく答えなんてものは出てこないと思う。子供が知ったような口をきいてしまうが、理不尽な状況ってやつは、きっと、だいたいがそんなものなんだ。過去は変えられないからな」

 

 それは、ユウたち3人兄妹が現実世界で嫌というほど、思い知らされたことだ。

 

 妹たちの病気のこと。それに対する世間の目。親が死んでいったこと。親戚たちが揃って家族を邪魔者扱いしたこと。自分の住む家すら、一時は失われようとしていたこと……今まで理不尽だと思ったことを上げれば、もはやきりがない。

 

 どうして自分の妹が、と何度思ったか知れない。しかし、そんなことは言ったところで、嘆いたところで、何も状況は変わらなかった。

 

 割り切る、ということをユウは身に着けた。

 

 だけど、と彼は続ける。

 

「過去は変えることはできなくても、未来なら変えることはできるはずだ。俺たちの行動次第で、この世界は変えていけるはずだよ。だから俺は、自分の目的のために動く」

 

 再び、現実世界で、藍子と木綿季が待つあの家に戻る。

 

 それは、《はじまりの日》から変わらぬ、彼の目的。

 

「だから、死ぬことに対する恐怖とかは、もう考えない。生きることは、俺にとって大前提だからな」

 

 それは、実際に多くの死者を出しているSAOという世界の中においては、暴言とも捉えられる発言だった。

 

 しかし、月光に照らされる中に立ち、堂々と言い放ったユウのその姿は、サチにはとても眩しく感じられた。

 

「……君は、死なないよ」

 

 キリトは、言った。

 

「《月夜の黒猫団》は安全マージン以上にレベルを取ってるし、俺やユウ、テツオたちだっている」

「そうそう、仲間のこと、信じてみようぜ。現実(リアル)からの、友達なんだろ?」

 

 キリトの言葉に、ユウも先ほどまでの真剣な様子とは打って変わって、明るい表情で話す。

 

 その2人の言葉に、サチはゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「じゃ、行ってくる」

 

 この日、とうとう《月夜の黒猫団》はギルドホームを買うことになった。《はじまりの街》まで買いに行くのは、テツオの担当である。

 

「転移。《はじまりの街》」

 

 転移門広場のところで集合した6人の前で、テツオが青い光に包まれてその姿を消した。

 

「家を買うってさ……こんなに感動するもんなんだな」

「親父臭いんだよっ!」

 

 ダッカ―とササマルがそんなことを言いあうだけでも、笑いが生まれる。この光景が、このギルドの仲の良さをよく表していた。

 

 すると、ケイタがこんな提案をした。

 

「なあ、テツオがホーム買いに行っている間にさ、ちょっと稼ごうよ」

「あ、家具を買うの?」

 

 サチが言うと、彼らの間でそんな提案が出てきた。

 

「じゃあ、ちょっと上の迷宮に行くか!」

「その方が、稼ぎがいいしな!」

 

 その言葉に、2人は危惧を覚える。

 

「……いつもの場所で、いいんじゃないか?」

「そうだぜ。テツオがいない今、俺たちは前衛が1人減っているんだからな。戦力は大幅に落ちていると考えた方がいい」

 

 キリトの言葉に、ユウも付け足して言う。

 

「それに、上の層に行くという事は、単にMobのレベルが上がるという事だけではなく、迷宮区そのものの難易度……つまり、Mobのポップ数や、トラップにかかる可能性も上がるということを示している」

 

 しかし、ダッカーはいつもの調子のままであった。

 

「おいおい、ユウは心配しすぎだぜ。トラップだって、しっかりスキルでチェックするんだからさ!」

 

 

 

 

 

 2023年6月12日。第27層迷宮区。

 

 その中を、ユウは慎重に辺りを見渡しながら、キリトと一緒に3人の後をついていった。

 

「言ったろ。俺たちなら余裕だって! もう少しで、最前線まで行けるかもな」

「あったぼうよ! ……お」

 

 そこで、ダッカーが何かに気が付いて壁に手を当てた。

 

 スキルが発動し、単なる壁だった場所が扉へと変わる。

 

(……隠し扉? こんなところに!?)

 

 キリトとユウの間に、衝撃が走る。

 

 この層では、《攻略組》の人間を含めて誰1人として気づくことすらできていない場所だ。そこを見つけることができたのは単純に、ここが最前線だったときからかなり時間が経っている今、当時の攻略組よりもスキル熟練度が高いからに他ならない。

 

 だが、中層プレイヤーと《攻略組》のレベル差と戦闘技術は歴然としている。それに……ここはトラップ多発地帯なのだ。

 

「お、宝箱だ!」

 

 部屋の中央に置かれているそれを見て、歓声を上げる。

 

「「ま、待て!」」

 

 しかし、2人が制止するよりも、箱が開けられるほうが早かった。

 

 扉が勝手に閉まり、青白く照らされていた迷宮区の部屋が、赤く染まる。

 

「トラップだ……!」

 

 発動のキーは、言うまでもなく宝箱を開けることだろう。そして恐らく、全てのモンスターを倒しきるまで、扉は開かない。

 

「転移! ……転移!」

 

 1人が転移結晶を掲げて主街区へ逃げようとするが、青いクリスタルは全く反応しなかった。

 

 結晶無効化空間。迷宮区から最速の脱出手段である転移結晶や、貴重な回復手段である回復結晶(ヒーリングクリスタル)なども使えなくなるエリアだ。

 

(どうする……)

 

 しかし、とにかく敵の数が多い。その上、敵のレベルが今までの道にいたものよりも、少しだけ高い。

 

 ユウは頭をフル回転させ、状況を素早く整理すると叫んだ。

 

「キリト以外は全員中央へ集合! 互いに背を向けて防御の体勢を取れ!」

 

 ユウの言葉に、思わぬトラップに呆けていた4人が、一斉に中央へ集まり戸惑いながらも武器を構える。そのことを確認すると、ユウはスキル後硬直の少ない、両手剣中級スキル4連撃技《ライトニング》を放つ。まとめて2体のMobをポリゴン片へと変えたユウは、自分に斧で斬りかかってきた敵を体術スキル単発水平蹴り《水月》でノックバックさせ、両手剣を構えた。

 

「キリト、このままではジリ貧だ。4人を移動させるぞ」

 

 ユウは、ゴーレム型Mobの腕を受け止めながら言った。

 

「移動させるって、どこに!? 扉はきっと開かない!」

「んなことは俺でも分かる! 脱出できなくても、敵がいる方向を制限するだけでもマシになるはずだ! キリト、殿を頼む」

「……了解!」

 

 本当ならば、提案したユウが一番危険な殿を務めるべきなのであろうが、今回の敵は物量がものを言う以上、威力はあっても手数に乏しい両手剣では防ぎきれない。

 

 そのため、ユウはキリトに、信頼できる相棒へとその役目を託した。

 

「4人とも、扉に向かって移動するぞ。俺が道をつくるから、移動の間も防御に専念しろよ!」

 

 敵の数を考えると、本当は威力の高い《メテオ・フォール》などを使いたいところであるが、それはスキル後硬直が長すぎるため、この状況では使えない。

 

「セイヤァァァ!」

「ハァァ!」

 

 キリトとユウが雄たけびを上げながら、敵の攻撃を受け止め、弾き、いなす。いつもの姿からはかけ離れた、彼らの『本当の』実力に4人は戸惑いながらも、少しずつ動き始めた。

 

 しかし、その間にも6人のHPゲージは確実に減っていく。

 

(くそ、焦るな、焦るな……!)

 

 ユウは歯を食いしばりながら、ひたすらに敵の猛攻を凌ぎ、隙を見て少しずつダメージを与えていく。

 

 そして、ユウとキリトのHPゲージが黄色(半減)に変わったとき、ついに彼らは扉を背にすることに成功した。

 

「よし、ひとまずは俺たちに前衛をまかせろ! 3人はPot重ねて回復に徹するんだ」

「え、でも、それじゃあ2人が!」

「俺たちはレッドゾーンに差し掛かったって死なねえよ! それよりも、さっさと回復して前衛を代わってもらった方が嬉しいぜ」

 

 厳しい状況なのにも関わらず笑みすら浮かべながら口にするその言葉を受けて、各々がビンをポーチから取り出す。

 

 4人が苦い液体を口にしながら、その中で唯一、サチだけがユウの目がひきつっていることを認識していた。そして、キリトの今までになく厳しい表情も。

 

(ユウ……キリト……)

 

 自分は、ここでどうなるのか。

 

 今までキリトの言葉で騙し騙しやってきた恐怖が、一気に彼女に襲い掛かる。気が付けば、手にした剣を痛いほど強く握りしめていた。

 

 そうしている間にも、前衛2人のHPゲージは(危険域)に近づいて行く。1体あたりは敵にならなくても、とにかく量が多いのだ。

 

 キリトの《シャープ・ネイル》が敵を青い欠片へと変えた。そのスキル後硬直で生まれる隙は、ユウが《イラプション》で彼の背後の敵を屠り、カバーする。

 

 2人は実力だけでなく、コンビネーションまでかなりのものだった。しかし、物量で勝るMobに、2人は疲弊していく。

 

(だけど……)

 

 サチは、自分自身の不甲斐なさに情けなかった。しかし、それでも動くことはできない。

 

 だがその時、キリトが少しだけ足をもつれさせた。同時に複数方向から迫ってきた敵に、思わず対処し損ねたのだ。

 

「……っ! キリト!」

 

 サチは全力で、彼の背後にいるゴーレム型Mobに《バーチカル・アーク》を叩き込む。彼女のレベルではそれでもHPを0にすることは叶わなかったが、思わぬクリティカルヒットも手伝って、想定外のダメージに敵のタゲが移動する。

 

「サチ!」

 

 驚く彼に対して、彼女は少し微笑んで見せた。少しでも、彼に安心を与えるように。

 

 そんなサチを見て、ダッカー、ササマル、ケイタも動き始める。

 

「サチにばっかり、いいところはやらないぜ!」

「テツオがギルドホームで待っているんだ。さっさと帰らねえとな!」

 

 3人が一斉に1体のMobに放った多重ソードスキルによって、敵のHPが激減する。代わりに放たれた攻撃をケイタが受け止め、すぐにスイッチしたダッカ―とササマルが再び同時にソードスキルを決め、きっちりと敵を散らした。

 

「絶対に……生きて帰るぞ!」

「「「おう!」」」

 

 

 

 

 

 トラップが発生してから30分後。

 

 ついに最後の敵が倒され、そして部屋の色が青に戻る。

 

「お、終わった……のか……?」

 

 もうMobは湧いてこず、部屋の扉も開けられたというのに、誰1人としてその場を動こうとはしなかった。ユウもその場にしゃがみ込みながら自分の視界に映るHPゲージを見つめると、色がグリーンである人は1人もおらず、誰もが黄色……半分以下になっていた。キリトに至っては、赤になる直前にまで下がっている。

 

「と、とりあえず……Pot飲もうぜ」

 

 ユウが懐からビンを取り出しながら言うと、みんなが頷いて各々でポーチやストレージの中から苦いレモンジュースを取り出す。

 

 帰り道は、全員が無言だった。

 

 主に疲れのせいであろうが、それ以外にも理由は存在する。先ほどから、他のメンバーがキリトとユウの2人にチラチラと送ってくる視線がそれだ。

 

 原因ははっきりとしている。

 

 ちょっと重要な話が、と半ば強引にキリトを連れてしばらく離れたところを歩いた。

 

「なあ、キリト」

「……ああ、分かってる」

 

 そう言った少年の表情は、暗かった。

 

 原因ははっきりとしている。自分の実力を隠していた申し訳なさだとか……恐らく本人も、混乱していてはっきりとはしていないだろう。

 

 だが、それでも話さなければならないのだ。

 

 ケイタと合流した時、みんなの奇妙な雰囲気に彼が戸惑っていた。しかし、それでもなんとか彼が元気に新しいギルドホームにみんなを案内してくれる。

 

 その後、彼らはまず迷宮区であったことを話した。

 

 まず、コルを稼ぐために、ダッカ―とササマルの提案で迷宮区へ稼ぎに行ったこと。その際、隠し部屋で宝箱を見つけ、2人の制止も聞かず開けてしまったこと。そして、それによってトラップに陥り、キリトとユウを除く4人はほとんど死にかかってしまったこと。

 

「そうか……とにかく、良かったよ、みんな生きていてくれて」

「すまん、俺があんな提案をしなければ……」

 

 ほっとした様子でケイタが全員の生還を喜ぶと、ダッカ―が申し訳なさそうな表情で言った。しかし、キリトがすぐに話を切り出す。

 

「いや、ダッカ―は悪くない……それよりも、俺が実力を隠していたから……」

「「「実力を、隠していた……?」」」

 

 その言葉に、ギルドメンバー全員の視線がキリトに集まる。

 

「俺は……」

 

 キリトはそこで少しだけ声をつまらせたが、そのまま続けて言った。

 

「《ビーター》、なんだ……」

 

 突然の告白に、彼らの表情が曇る。

 

 無理もないことではある。《ビーター》の発端となった原因が原因であるし、それ以外にも第1層攻略に参加もしていないプレイヤーたちが勝手に話に尾ひれをつけているせいで、彼ほど嫌われている人間はいない。

 

 《攻略組》のメンバー、特にギルドに所属している人間からは、一部の人間を除いて非常に不快な目線を送られている。中層プレイヤーであればそこまでではないが、それでも好ましい評判は立っていないのだ。

 

「お前ら」

 

 すると、ユウが今まで一度もケイタたちに向けたことのなかった、鋭い視線が彼らを貫いた。思わぬその眼光に、キリトへの敵愾心すらも忘れて怯む。

 

「ここから先は、俺から話す……」

 

 ユウは、そもそもの発端を話すことにした。つまり、第1層フロアボス攻略において、何が起こっていたのか、ということだ。

 

 今度は、彼らの表情が驚きに染まった。

 

「え、じゃあ、《ビーター》っていうのは……」

「まあ、言ってしまえばどうってことはない。嫉妬と偏見で歪んだ大人げないプレイヤーたちの、分かりやすいネガティブキャンペーン、って訳だ」

 

 キリトもユウも、あの時のボス部屋のことを忘れることは絶対にないだろう。

 

 何百、いや、下手したら何千人もの醜さ、それをただの中学生のネットゲーマー1人に押し付けたことに、他ならないのだから。

 

「だけどユウ。俺があの場所がトラップ多発地帯であることを言わなかったから……」

「それに関しては、俺も同罪だぜ。最も、上の迷宮区に行くとトラップにかかる可能性が上がる、とは俺が話していたんだしな」

 

 その言葉を聞くと、ダッカ―とササマルが苦い表情をした。

 

「じゃあ、おあいこってことで。みんな、いいよな」

 

 ケイタがそう言うと、残りのメンバーがそろって頷いた。だが、それでもキリトとユウの2人の表情は優れないままだ。

 

「だけど、まだ俺たちには言うことがあるんだ」

 

 自分の席から立ち上がった彼らに、みんなが固唾をのんで次の言葉を待つ。

 

「「俺たちは、《月夜の黒猫団》を抜ける……」」


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