ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~ 作:nozomu7
レイドリーダーリンドのあいさつの後、彼らはレイドの構成に入る。
「8パーティーのうち、A・B・C隊が俺たちの《ドラゴンナイツ》、D・E・F隊をキバオウさんの《解放隊》、G隊が今回から参加してくれるオルランドさんの《ブレイブス》、そしてH隊が……」
そこまで言ったリンドだったが、集団の最後の方にいるキリトの顔を見た途端、爽やかな表情が一瞬だけであったが確かに消えた後に、視線を逸らしてから再び表情を取り直して続けた。
「……残りの人たちだ。役割分担は、AからFの6パーティーがボス攻撃、GとHには取り巻きMobを……」
ユウたちにとっては予想通りの指示が出されたとき、「ちょっと待ってくれないか」と意外なところから声が上がる。全員が一斉にそちらを振り向くと、そこには例のバシネットをかぶった騎士オルランドがいた。
「我々は、ボスと戦うためにここにいるんだ。ローテーションならともかく、最後まで取り巻きの相手だけしていろという指示には納得できない」
その言葉に、集団が一斉にざわめいた。中には「新参のくせに」といった言葉も少なからず聞こえてくる。しかし、《レジェンド・ブレイブス》の裏事情を知っているユウとキリトは内心ではあるがなるほど、と納得した。
おそらく彼らはこのボス戦で、莫大な経験値を獲得し一気にそのステータスを上げるつもりなのだろう。モンスターが落とす金はレイド全体での均等分配となるが、獲得経験値は己の武器で与えたダメージあるいは防いだダメージに比例する。また、直接強敵と戦えば武器熟練度にはブースト現象も起こるのだ。
彼らはステータスの低さを装備の強化によって補っている。しかし、ここでレベル面でも一気にこの集団に追いつこうというのがブレイブスのリーダーオルランドの発言の意図なのだ。
とはいえ、レイドリーダーの指示に異を唱えるというのは横紙破りもいいところである。しかし、《ナイツ》にしろ《解放隊》にしろ、青も緑も互いに小さな声でささやき合うだけで、その表情にしか心をださない。
理由は、彼らの装備だ。
この世界では、装備の強化度というのがその表面の輝きに現れる。上限まで強化されているであろうオルランドたちの装備品はいずれも業物といった輝きを放っており、事情を知らない人間から見れば《只者ではない》といったオーラを感じても不思議ではない。
すると、リンドは狷介な表情をして言った。
「……解った。なら、オルランドさんたちのG隊にもボス攻撃に加わってもらおう。事前情報では、ボスの取り巻きは1匹だけで
その言葉に、ユウは思わず拒否の感情を露骨に表情に出してしまう。しかし、同じく同時に表情を変えて息を吸い込んだキリトとアスナを、H隊リーダーのエギルが軽く左手を動かして制し、どこまでも落ち着いた声と態度で言った。
「1匹と言うが、雑魚ではなく中ボスクラスのモンスターだとも事前情報には書いてあったはずだ。その上、今回も1匹だけという確証もない。ワンパーティーでは荷が重いな」
彼の言う『事前情報』というのはもちろん、つい昨日タランの村で配布された《アルゴの攻略本・2層ボス編》のことだ。情報屋を営むだけあるな、と思わせる彼女の優れた情報力がいかんなく発揮されているその本には、これでもか、というくらい的確な情報が書き込まれている。
しかし、その表紙裏には必ず但し書きの一文が記されているのだ。つまり、【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】――。
実際に第1層のボス戦では、フロアボス《インファング・ザ・コボルドロード》の持ち替え後の武器はベータ時の
しかし、エギルの言葉にもリンドは考えを変えず、初回の挑戦で事前情報と異なるパターンが確認できたらその時点で一時退却し、取り巻きがワンパーティーでは荷が重いようならもう1隊回す、ということに決定された。
だが、ボスの攻撃パターンの説明と、各隊ごとの動きの最終確認が行われた後。予定時刻の午後2時まで残り2分となり、このままボス戦に入り込むかと思われたその時だった。
「じゃあ、ちょっと早いけど……」
「ちょお待ってんか!」
リンドがさっと右手を上げて言葉を言いかけた時、1層でも不本意ながら聞き慣れた声が割り込んだ。
「……何か、キバオウさん?」
「さっきからリンドはんは、例の《攻略本》に頼りっきりや。ゆうたら悪いけど、あれ書いてんのはボス部屋に入ったこともない情報屋やろ?」
彼はそう言うが、当然ながらこの第2層のボス部屋に入ったことのある人間はいない。ただし、それは『正式サービスが開始してから』という但し書きが付くわけで――。
つまり、『それ以前に』であればこのボス部屋に入ったことのある人間がここには存在する。その当事者たる黒づくめの少年は、スス、と近くにいたアスナの陰に隠れようとしたが、彼女は当然ながらそれを素早いステップで回避した。
ビシッと関西人が指さしたその先にいるキリトに、その場にいる数十人分の視線が集中する。
「どうや、黒ビーターはん! ボス攻略にあたって、なんぞひと言喋ってくれへんか!」
その言葉に、3人が眉をひそめた。
「「「……どういうつもり(なんだ)?」」」
キバオウ率いる《アインクラッド解放隊》の理念は、反ベータテスター主義を掲げる集団のはずだ。リソースの独占に走る元ベータテスターに対抗するため、未だ《はじまりの街》に残っている数千人のプレイヤーからも積極的に参加者を集め、金やアイテムを公平分配しつつ数の力でゲームを攻略する……はずなのに。
しかし実際に今、彼は重要なボス戦直前になって《ビーター》キリトから発言を引き出そうとしている。
その矛盾にユウが考えあげくねていると、キリトは前に3歩、前に出た。
「……最初に言っておくけど、俺だってベータテストの時のボスしか知らない」
まず、キリトは言った。
当然ながら、今回もまた『ベータテストとの変更点』が発生する可能性がある。そして、その危険性は1層の時に全員が痛感しているのだ……レイドリーダーの死という形で。
だが、彼はそのまま言葉を続けた。
迷宮区に湧く雑魚トーラスの攻撃パターンはベータの時と同じであった。したがって、この層のボスもその延長上のソードスキルを使うはず。基本は『モーションを見たら回避』だが、もっと大事なのは1発目を喰らってしまった場合の退避だ。
この世界のモンスターの攻撃は2種類に分類される。1つは、一般的なプレイヤーのHPを減らす直接攻撃。そしてもう1つが、喰らってもHPが減らない代わりに状態異常を与えてくる間接的な攻撃……すなわち
第1層ボス戦で騎士ディアベルが命を落とす原因となった《
しかし、この第2層においてはその迷宮区内で、初めての本格的なデバフ使いが現れた。例の牛男――《トーラス族》が使う《ナミング・インパクト》は、相手を
スタンが二重にかかってしまうと、《
《麻痺》はスタンとは異なり、最低でも自然回復までに600秒はかかる。その上VRゲームであるこの世界では、まるで動かない体に力を振り絞って、自力で回復薬を飲まない限りその効果は解消しない。
「……デバフを二重掛けするされるのだけは絶対に避けてくれ。ベータの時は、スタンが麻痺になったプレイヤーは……」
キリトはそこで口をつぐんだが、ユウを含めたほとんどの人間は、その先の言葉を予測できた。
スタンが麻痺になったプレイヤーは、(ほぼ)必ず死んだ、ということだろう。
結局、彼はアルゴの情報本以上のことを何も言うことができなかった。もっとも、それは当然のことであるのだが。
そしてキリトが言葉を終えると、リンドがぱん、と強く手を叩いた。
「よし、いいな、みんな! 2発目は絶対回避! ――それじゃ、そろそろ始めよう!」
リンドの
「……第2層ボス、倒すぞ!」
うおー! という喚声とともに、巨大な扉が押し開けられた。
「来るぞ!」
キリトの声が聞こえると、おう、了解、という言葉と共にパーティー全員が後方に跳んだ。その直後、ハンマーが振り下ろされ、中ボスクラスのMob《ナト・ザ・カーネルトーラス》、通称《ナト大佐》の《ナミング》が炸裂する。
しかし、全員がその効果範囲内から離脱しているため、スタンした者は1人としていない。
「全力攻撃1本!」
ユウの両手剣やエギルたちの大型武器、アスナの細剣とキリトの片手剣が色とりどりのライトエフェクトに包まれ、3段ある牛男のHPゲージの1段目がようやく消滅した。
「……行けそうね!」
キリトの右隣にいるアスナが低い声で叫んだ。ユウも、その言葉に同調するように頷いて己の武器を握り直す。
「ああ、けど油断するなよ! 3本目まで行くと《ナミング》を連発してくるからな! それと……」
「それと?」
そこで一度言葉が途切れたのでユウは訊く。すると、キリトが息を吸い込んでエギルたちにも聞こえるようにボリュームを上げて言った。
「……1層のことを考えると、ゲージ3本目で未知の攻撃をしてくる可能性もある! その場合は一旦引くからな!」
「オウ!」
ユウたちの戦いは、順調すぎるくらいに順調であった。しかし、彼らが戦っているナト大佐はあくまでも取り巻きMob。このパーティーの戦いだけが順調であってもさして意味がない。
「回避! 回避ーッ!」
ボス部屋の奥から焦ったような声が聞こえてきて、ユウは思わずそちらに目を向けた。その先、数十人のプレイヤーが取り囲んでいるのは、両手でまばゆいゴールドに輝くハンマーを握っている牛男だ。見た目だけで言えばナト大佐とあまり変わらないが、それでも武装などをいちいち確認せずとも一瞬で識別できる。なぜなら、サイズが倍ほども差があるのだから。
「ヴゥオオオオルヴァァルァアアアア――――ッ!」
ボス部屋全体に響き渡る迫力満点の咆哮と共に、ボスが床面を勢いよく叩く。その衝撃はユウたちの場所まで届くほどだったが、それに加えてスパークの渦が広がる。例の《ナミング》の上位互換といったところであろうか。バラン将軍のユニーク技《ナミング・デトネーション》。
2人が退避し損ねたが、それだけならまだマシだったであろう。3秒ほどのスタンであれば、次の攻撃が来る前に避難することが可能だ。しかし、その状態異常から脱しようとしたその時、1人の右手から片手用ショートスピアが落ちてしまった。
(スタン中に一定確率で発生する付随効果、《ファンブル》……!)
これの対処方法は基本的に
「ばっ……」
ユウの横でキリトが思わず叫びそうになる。しかし、命令系統の混乱を避けるべく、なんとか彼は口を閉じた。そして、その直後。
ズガァン! と2回目の《デトネーション》。
予想通りというか、《麻痺》に陥ったスピア使いを《バラン将軍》がめざとくタゲり、右足の
そんな彼らを視線の先で追っていたユウは、直後にギョッと目を見開いた。なぜなら、壁際ではすでに7,8人のプレイヤーが《麻痺》から回復するために待っていたからだ。
「本隊はジリ貧くさいな……」
Potローテを終えて戻ってきたエギルの言葉に、3人は頷いた。
「だけど、あと少しでタイミングにも慣れそうな感じだよな」
「ああ、今んとこはベータとの違いもないし、どうにか……」
しかし、男2人のそんな楽観めいた言葉を、少女の張りつめた声が遮った。
「でも、キリト君。あれ以上麻痺した人が増えると……一時撤退するのが難しくなるんじゃないかしら」
その言葉に、ユウは思わず両手で握った大剣を構えなおした。
純粋な戦闘と撤退を比べた時、どちらが難しいかと言われれば間違いなく後者だ。おまけに、プレイヤーの手でボス部屋の扉を閉めない限り、ボスは最悪そのまま迷宮区の下の階、そしてフィールドまで出てくる可能性すら存在する。
さすがにその可能性は故意的にその状況を作らない限り低いが、背中を向けながらちりぢりに逃げたのでは、ただの的のように攻撃を受け撤退に失敗する確率が高い。
「――今のうちに1度仕切り直して、ナミング対策を徹底した方がいいかもな」
ナト大佐のハンマー連撃をピッタリ合ったステップで回避ながら、3人は話す。
しかし、この場で叫べばレイドを混乱に陥れかねないので、キリトには一度抜けてリンドと話してもらう。
「こっちは俺たちで支えておくから、行けキリト!」
「え……だ、大丈夫か?」
「おう、ノープロブレムだ!」
ユウたちの背後から、いつの間にか彼らの会話を聞いていたエギルの声がした。
「ガードだけなら俺たち3人で回せる! あんたが2,3分離れるくらい問題ないさ!」
その言葉を背中に受けて、キリトは行きがけの駄賃に《ナト大佐》の背中に《バーチカル・アーク》をお見舞いすると、リンドの下へと走って行った。その様子を視界の端に収めつつ、ユウも背後に回って《ブラスト》を放つ。アスナも《リニアー》を打ち込むと、再びボスから距離を取った。
エギルたちにタンクを任せていると、キリトが戻ってくる。ユウよりも早く、アスナが訊いた。
「どうなったの!?」
「あと1人麻痺ったら撤退するってさ! でも、今のペースなら押し切れそうだった!」
「そうか」
ユウは一瞬ちらりと主戦場のほうを見るが、すぐに目の前の敵に集中しなおした。
「了解。なら、この青いのをとっとと片づけて、わたしたちもあっちに合流しましょう」
「「OK!」」
3人が一斉にソードスキルを放つと、ついに敵のHPの残りが最後のゲージに突入した。すると、青い牛男は天井へ向かって猛々しく吠えた後、今までとは異なる動きを見せた。ヒヅメで床面を踏み鳴らし、頭を低くして体をかがめるモーション。
しかし、すぐにキリトから的確な指示が飛ぶ。
「突進くるぞ! 頭じゃなくて尻尾を見ろ! その対角線上に来る!」
敵の攻撃をかわした直後、全員の武器が色とりどりのライトエフェクトに包まれ、ソードスキルが多段ヒットする。すると、《ナト大佐》の頭上に黄色い光が回転してその巨体がフラフラとよろめいた。敵のお株を奪うスタン状態だ。
「チャンス! 全員、全力攻撃2本!」
「うおおっしゃ!」
他の人に合わせて、ユウもまた《アバランシュ》を全力で打ち込む。するとついに、《ナト大佐》の最後のHPゲージが
フルアタックを成功させたユウたちの目の前で、牛男の肌が紫色へと変わり、いっそうの獰猛さを見せつける。死に際の
その様子を見ながらユウが呟いた。
「どうやら、今回はベータとの変更点はないみたいだな。あとは、《バラン将軍》のほうか……」
「ああ。でも、1層の《コボルト王》のときだって、注意深く観察すれば背中の武器がタルワールから野太刀に変わっていることに気付けたはずなんだ。あの《バラン将軍》は、どこをどう見てもベータの時から何も変わってない。だから……」
ユウに同調するように話していたキリトの言葉が、ふいに途切れた。そんな彼の視線の先には、表情に陰りを見せた少女の顔があった。
「どうした、アスナ?」
「……ううん、なんでもない。きっと考えすぎ……ただ、1層のボスが
これをいわゆるフラグというのであろう、とボス戦の後ユウは思った。なぜなら、ごごぉん! と轟音がコロシアムの中央から響いてきたからだ。
彼らがそろってその音源へ振り返ると、その床がかすかに動いている。同心円状に敷き詰められた、牛のレリーフが施された青黒い石材。3重の円を描くように敷き詰められた敷石が、反時計回りに回転しながらゆっくりとせり上がっていった。
出来上がった3段のステージの上空で、ゆらりと背景が歪んだ。
「う……」
キリトがうめき声を出している中で、ユウは掌の中の柄を強く握りしめた。あれは、巨大なオブジェクトが
「くそ、こいつを早く倒すぞ、キリト!」
ユウがそう叫んだ瞬間、雷の出現エフェクトと共に真のボスは第2層迷宮区ボス部屋に現れた。
その牛男の腰回りは黒光りするチェーンメイルに覆われていたが、上半身はやはり裸だった。だが、他の2匹と異なり、ねじくれたヒゲが腹近くまで垂れ下がっている牛人だ。しかも、角は6本も備えている上に、その真ん中には輝く王冠まである。
その巨体と合わせると天井すれすれまでに届く6本のHPゲージの下の文字を、ユウは見つけると睨みつけた。
《アステリオス・ザ・トーラスキング》。