ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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伝説の勇者たち

「確かにあの2人、あまりウマが合いそうな感じじゃなかったわ……」

 

 アスナの言葉に、キリトも頷いて言う。

 

「……まあ、気心の知れた仲間でパーティー分けした方が、6人の連携がとれるって判断かもしれないけど」

「だけど、それだとパーティー間の連携は悪くなるよな……タゲを取るパーティーと攻撃に徹するパーティーの呼吸がうまく合わないと、ボスを倒すのに難易度が上がるだろうし」

 

 キリトに続けてユウがそう言った直後、じわじわと前進していた12人の先頭が、ついにボスの反応圏へと踏み込んだ。《ブルバス・バウ》が雄たけびをあげ、勢いよく大地を蹴り突進する。

 

 迫りくるブルバスに対し、両方のリーダーがさっと指示を出した。すると、(タンク)役の重装備の戦士たちが前へと出る。それまではセオリー通りであるのだが、その次が問題だった。

 

「お、おいおい。両方とも《威嚇(ハウル)》を使うとか、本当に大丈夫かよ……」

 

 ユウは思わず呟く。

 

 彼の予想通り、ブルバスはどちらの盾戦士たちに突っ込むか迷ったようで首を左右に振った。しかし、最終的に青パーティーのほうへ進路を定めると、2人の盾持ちが低く身構え、衝突。

 

 ズガァァァン! という大きな音と共に盾持ち戦士が10メートル近くもノックバックを引き起こした。しかし、そこでなんとか踏みとどまって牛の頭を押し返したところで、リンド隊の残り4人ががら空きの脇腹へソードスキルを見舞った。

 

「ヒヤヒヤさせるわね……」

 

 しかし、それでも彼らは再び《威嚇》を使う構えを見せている。これでは、単なるタゲの取り合いだ。まあ、フィールドボス攻略で活躍したいというのは分かるし、タゲを取っていればそれだけLAを取りやすくもなるのだが……。

 

 しかし、その時ユウの隣でキリトが「う……」と低く声を上げた。

 

「どうした、キリト?」

「なあ、あそこにいる、待機組の3人……」

 

 その言葉に、ユウだけでなくアスナも彼の指し示す方向を注視した。

 

 すると、そこにいる3人の中の1人に見覚えがあった。そう、バシネットをかぶったあの男は、夕べ鍛冶屋ネズハと酒場にいた彼らのリーダー格の……。

 

「ネズハの、仲間たち……? なあ、アスナ。あそこにいる3人組の名前を知っているか? 特に、真ん中のバシネットをかぶったやつ」

「え? バシネットって、赤ちゃん用のベッドのことじゃないの?」

 

 彼女はそう言うが、天辺が尖っていてくちばしのようなバイザーがついた兜をそう呼ぶのだ。「綴りが違うのかしら」などと辞書がないことに多少イライラしながら、女子校育ちのお嬢様(多分)はユウの質問に答えた。

 

「見たことならあるわよ」

「い、いつ見たんだ? どこで? あいつ、誰なんだ?」

 

 キリトも、慌てたように尋ねる。

 

「時間は、昨日の午前中。場所は、今彼らが立っているまさにあそこよ。《ブルバス・バウ》の偵察があったって言ったでしょ、そこに来てたの」

 

 なんと、その名前はオルランドだという。

 

「聖剣デュランダルの使い手の聖騎士(パラディン)様か……」

 

 フランク王国のシャルルマーニュに仕えた騎士のことだ。すると、その説明を聞いたアスナはさらに付け足した。

 

 オルランドの右に立つ小柄な両手剣使いはベオウルフ。魔剣フルンティングを使うデンマークの勇者だ。そして、反対側に立つ痩せた槍使いはクフーリン。ケルト神話において、魔槍ゲイ・ボルグを扱う半神半人の英雄である。

 

 極め付けに、彼らのギルド名が《レジェンド・ブレイブス》。

 

「「うーん……」」

 

 となると、彼らの中にネズハ(すなわちナタク)がいることにも頷ける。しかし、アバターがプレイヤー自身とほぼ完全に同一化されるVRMMOにおいてそれを行うのは、なかなかに豪胆であると思わずにはいられない。

 

 しかし、実際に彼らはデスゲームであるこのSAOにおいて、最前線に出て文字通り命懸けの戦いをしている。それゆえに、それを『若さゆえの過ち』などと笑うことは決してできなかった。

 

「……あの人たち、昨日の朝に前線攻略プレイヤーがマロメの街で偵察前の打ち合わせをしているところへ乗り込んできて、一緒にやりたいって言ったのよ」

 

 リンドがステータスを確認したら、レベルやスキル熟練度は最前線プレイヤーたちに及ばないにしろ、武装がかなりしっかりと強化されていたらしい。そのため、いきなり一軍は無理でもリザーブとして採用されたということだった。

 

 しかし、その言葉で1つ納得がいくことがあった。

 

「おい、キリト。武装がしっかりと強化されていたってことは、やっぱり……」

 

 ユウがそう言うと、キリトは彼の言葉の先を指先で制したが、真剣な面持ちで頷いた。

 

「ああ、そういうことだろうな……」

 

 そして、無事にボス戦が終わった後、キリトがアスナに訊いた。

 

「なあ、アスナ。《ネズハのスミスショップ》がウルバスの街に現れたのって、正確にはいつごろなのか知っているか?」

「ええと……2層が開通した、その日だったと思うけど」

 

 ということは、まだ《強化詐欺》が発生してから1週間も経っていないということだ。しかし、ウインドフルーレやアニールブレード級の武器、それも強化済みのものであれば1日に1、2本詐取するだけでも大変な儲けになるだろう。

 

 同じことを考えた2人は、互いに顔を見合わせて頷き合う。

 

 その様子を見ていたアスナが不思議そうに言った。

 

「……何が分かったの?」

 

 その言葉と共に2人に向けた視線は、まるでアバターであるはずの2人の意識すら貫くのではないかと思わせるものだった。これ以上誤魔化そうとしても疑惑を募らせるだけだと判断し、ユウはキリトにGOサインを出す。

 

「……鍛冶屋ネズハは、《レジェンド・ブレイブス》の1員だ」

「えっ……! それって、じゃあ……」

「ああ……恐らく、ギルドのリーダーであるオルランドの指示で、彼は強化詐欺をやっているのだと思う。アスナが言っただろ、彼らはステータスの低さを、武装の強化度で補っているって」

 

 ユウの言うとおり、武器スキルの熟練度は戦闘をしない限り上昇しないが、武器の強化はお金があればいくらでもできるのだ……さらに、その成功率を最大までブーストすることも。

 

 すると、アスナが急に立ち上がって、戦場への鋭い視線と共に岩山の下り坂の方へと進み始めたので、男2人は慌ててそれを止める。

 

「ちょ、待て、アスナ! まだ何の証拠もないんだ」

「だからって、このまま……」

「少なくとも強化詐欺のトリックくらいは見抜いてからじゃないと、逆にこっちが名誉棄損扱いされちゃうよ。この世界にはGMはいないけど、だからこそ多人数に敵視されるのは危険だ。俺は今更構わないけど、アスナまでビーター扱いされる必要は」

「キリト!」

 

 というユウの叫びと、アスナの人差指がびしっとキリトの口元に突きつけられたのは同時だった。台詞を遮られたキリトに、2人は順に言う。

 

「それこそ余計な気遣いよ。これから一緒にダンジョンに入ろうっていうのに。――でも、言わんとするところは了解したわ。確かに証拠どころか仕組みも不明じゃ、ただの言いがかりね……」

「キリト、お前が自分のやりたいようにやったように、俺たちも自分の意志でここにいるんだ。今更俺たちがビーターの味方扱いだとかどうこう言われたところで、どうってことはない」

 

 そして、各自で武器すり替えのトリックだけでなく、それを暴いて証拠を突きつけられるような方法を考えるという方向で話はまとまり、彼ら3人は2層の南部フィールドに誰よりも早く侵入した。

 

 誰よりも早く、というのは、フィールドボス攻略を行った人々が一度補給のためにマロメの村まで引き戻して行ったからである。本来は、最初にこの地に足を踏み入れるのは彼らのどちらかなのだろうが、そのために待っているのも馬鹿馬鹿しいのだ。彼らにしても、どちらが先に進むかでもめるに違いないのだから。

 

 Mobの出ない谷底を通り抜け、その出口から見えるのは、2段3段のテーブルマウンテンという前半と同じ地形と、のんびりとした趣だった北部の牧草地とは異なる、うっそうとした密林に覆われた南部の風景だった。おまけに、見通しの悪さに拍車をかけるかのように濃い霧まで立ち込めている。

 

 しかし、それでもその先にある巨大な迷宮区のシルエットと、そしてその塔の上部全面からにょっきりと伸びる2本の何かを確認することができた。

 

「あれ、何?」

 

 ユウが言葉に出す前に、アスナが元ベータテスターに訊く。

 

「牛のツノ」

「ま、まだ牛がいるのかよ……」

「甘い甘い。2層のモーモー天国はまだこれからだぜ。近くまで行くと、あそこにでっかい牛のレリーフがあるのが見えるよ」

 

 うんざりするユウに、2層のメインテーマだしね、とこともなげに言うキリト。

 

 彼の話によれば、この裂き南東1キロほどの場所に最後の村があり、その先が迷宮区となる。村のクエストを一通り受けても昼前には迷宮区に到着できるが、正面の道から森に入るよりも左側の道から多少迂回する方が安全で早い――そんな説明を聞いていたアスナは、彼を微妙な表情で見つめた後に言った。

 

「これは決して皮肉や当てこすりじゃなくて純粋な感想なんだけど」

「……う、うん」

「あなた、いろいろ知っていて便利ね。一家に一台ほしい感じ」

 

 その言葉に対し、キリトだけでなくユウまで微妙な表情になる。すると、少女は先を促した。

 

「さ、そろそろ行きましょう。リンドさんたちに追いつかれる前にタワーに入りたいわ」

 

 

 

 

 

 彼らは迷宮区に2時間半ほど引きこもり、その結果塔の1階と2階のほとんどをマッピングすることができた。当然ながら、目についた宝箱は片っ端から開けていったので、彼らのストレージの中は結構たくさんな量になっている。

 

 そして、迷宮区から20分ほどかけ、最寄りの村――すなわち、ボス攻略の拠点となる《タラン》の圏内に入ると、2人ともふうっ、と一息。

 

 今日の午前中に中ボスが倒されたせいか、迷宮区最寄りのこの街にはすでにかなりのプレイヤーが歩き回っていた。そのため、キリトは現在友人2人には大変不評な例のバンダナで顔の上半分を隠して変装をしていた。また、アスナもやはりフーデッドケープを再びかぶっているので、2人の中で素顔を周囲にさらしているのはユウだけである。傍から見たら、ものすごく奇妙な集団であろう。

 

「えっと……俺、このあとちょっとアルゴと会う約束があるんだけど」

 

 キリトがそう言うと、アスナが口を開いた。

 

「ちょうどいいわ。私も彼女に用事……っていうか依頼があるから、一緒に行く」

「へ、へえ。ユウはどうするんだ?」

「ああ、俺はとりあえず」

 

 POTの補充と、NPC鍛冶屋の所へ剣の強化に行く。

 

 ユウがそう答えようとした時、3人の耳に微かに、だがしっかりと金属音が聞こえた。一定間隔のリズムで刻まれる、剣のぶつかり合うかん高い音とは異なる、この遠くまで響いて行くような硬いイメージが特徴的な音は――

 

 3人は同時に顔を見合わせると、一斉に音の発生源……タランの村の東広場へと体を向けた。それでも全力奪取したいのはなんとかこらえたが、かなりの早足で目的地に到着する。

 

 そこには、2畳ほどの広さのカーペット。携行型の(フォージ)鉄床(アンビル)の横には、数多の武器が並べられており、その先には簡素な木製の看板がある。そして、そのカーペットの端に置かれた折り畳みの椅子に腰かけ、一心にハンマーを振るっているのは間違いなく、《レジェンド・ブレイブス》所属の強化詐欺師である鍛冶屋ネズハことナタク。

 

「……堂々としたものね。昨日、あなたに詐欺を見抜かれたばかりなのに、営業自粛どころか最前線まで来て店を構えているなんて。ユウ君、分かっているとは思うけど」

「ああ。さすがにここで全てを台無しにするつもりはないさ」

 

 アスナの忠告に、ユウは可能な限り冷静な表情を作って答える。そして、1度深呼吸をしてから、再び口を開いた。

 

「むしろ、警戒した結果としてこの街に来ているんじゃないかな。昨日あの街にいた俺たちが、今日この場にいるなんてむこうからすれば分かるはずがないんだし……鍛冶がばれた可能性を踏まえた上で、さらにこっちにいれば上位のプレイヤーが優良な剣を『提供』してくれる可能性が高い」

 

 ユウが皮肉も込めて言った『提供』という言葉に、キリトとアスナの視線が(1度剣を取られたアスナは特に)より厳しいものになった。

 

 すると、キリトが言う。

 

「だけど、ネズハが所属する《レジェンド・ブレイブス》の目的が、一足跳びに最前線攻略プレイヤーの仲間入りをすることなら、その前線組をターゲットにはしないはずだ。チームの信用が下がったら、本末転倒だもんな」

 

 しかし、その言葉とは裏腹に、彼は自分の言葉に間違いがあるかのように顔をしかめる。

 

(チームの信用が下がったら、か。つまり、ネズハがチームに『いなかった』ことにすれば、チームの信用が守られるかもしれない)

 

 今はまだ、ギルドをシステム上で正式に結成することはできない。したがって、鍛冶屋の信用が完全に失墜したころにチームから追放することは十分に可能だ。

 

「……いや、まさかな……」

 

 同じことを考えていたのか、キリトがそんなことを呟く。

 

 だが、ユウにしてもそれは同意見だ。昨日の彼ら6人の様子を見る限りでは、出会って1か月しか経っていないとは思えなかった。つまり、SAOがデスゲームと化すそれ以前、いや、正式サービス開始よりも前から友人であった可能性は十分に高い。

 

「……なら、わたしは彼らの中で前線攻略プレイヤーに分類されてなかったってことよね」

 

 アスナの言葉に、ユウも苦笑しながら返す。

 

「そんなこと言ったら、俺もだぜ。まあ、今のキリトの台詞の『前線組』っていうのは、多分リンドたちの青服やキバオウたちの緑服のことだろ。それ以外は、外見で判断なんてできないんだから」

 

 するとそこで「あ、そういえば」とユウが言った。

 

「リンドやキバオウたちのパーティー……というか、暫定ギルドにはもう名前があったりするのか?」

 

 その質問にキリトは首を横に振る。すると、アスナがその質問に答えた。

 

「えーと……リンドさんのところは知らないわね。でもキバオウさんのとこのは聞いた」

 

 なんと、《アインクラッド解放隊》だそうだ。「「へ、へえ」」と何とも言えない表情になる男2人に、アスナはさらに情報を追加する。

 

 現在《はじまりの街》には、未だそこから出ることのできない人間が何千人といる。そのため、彼らから積極的にメンバーを募集し。武器防具を支給した上で集団戦闘の訓練もさせて、最前線プレイヤーの数そのものを増やす……。

 

 第1層のボス攻略が終わった時、キバオウはキリトへの伝言としてアスナにこう言ったそうだ。

 

『今日は助けてもろたけど、ジブンのことはやっぱり認められん。わいは、わいのやり方でクリアを目指す』……つまり、前線の人数を増やすことで戦力を増やそうという方法なのだろう。

 

 しかし、その方法には大きなジレンマが存在する。なぜなら、多くのプレイヤーが攻略に出向くということは、必然的に命の危険にさらされるプレイヤーも増えてしまうということに他ならないわけで……。

 

「それにしても、すっきりしないわね」

「「へ?」」

 

 突然彼女が言った言葉に、キリトもユウも深みにはまりかけていた自分の思考を中断した。

 

 アスナは、最前線で戦っている人たちの呼び方が統一されないのがいやであるらしい。確かに、『最前線攻略プレイヤー』とか『前線組』『攻略集団』『トッププレイヤー』『フロントランナー』エトセトラエトセトラ……意味は分かるが、専門用語として1つに定着した方が良いのは確かだろう。

 

 するとその時、キリトがアルゴとの約束を思い出したので、彼女と会った後に再びネズハのトリックを見破るため、彼を観察することとなった。

 

 

 

 

 

「ふぅ~ん」とアルゴ。

 

「ユウはともかく、アスナは違うぞ」とキリト。

 

「そこまで変わらないと思うんだが……」とユウ。

 

 互いの第一声から省略されている部分を補完すると、こうなる。

 

 ――ふぅ~ん。元ベータテスターのキリトとアスナとユウがトリオを作ったカ。この情報は幾らになるかナ。

 

 ――俺とユウはともかく、アスナは違うぞ。彼女もいるのは成り行きで一時的に同行しているだけで、トリオとかそーゆ―アレじゃない。

 

 ――まあ、第1層のボス戦でもそうだったし、実質的にトリオとそこまで変わらないと思うんだが……。

 

 もっとも、キリトとアスナに関しては昨日の午後にウルバス東広場で出くわしてからずっと行動を共にしているので、そろそろ連続27時間になろうとしている。到底否定できるものではないだろう。

 

 男女に別れて席に腰を掛けると、キリトとユウは黒エール(黒ビールのようなもの)を、アスナは果実酒ソーダ割りを注文した。NPCウエイターが引っ込むと10秒とかからずに注文品を持って現れるところはやはりゲームといったところか。しかし、テーブルの上に突如として出現するよりは絵面的に良いとユウは思う。

 

「えーと、それじゃ……第2層迷宮区到達を祝って、乾杯!」

「かんぱーイ!」

「乾杯!」

「……乾杯」

 

 ノリには少々差があったものの、それでも乾杯をしてユウは中ジョッキを半分ほど飲み干した。アルゴもジョッキ1杯を一気に飲みすると「ぷっはァ~!」などと言っているが、結局彼女の年齢はつかめないままだ。もっとも、大人のプレイヤーたちに言わせれば「酔えない酒になんの存在意義があろうか!」ということなので、彼女もティーンエイジャーである可能性はあるが。

 

 各々が飲み物を喉に通したところで、彼らは話を始める。


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