ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ

 キリトは、ユウによって脱線しかけた会話の軌道を修正した。

 

「《装備武器の落下(ドロップ)状態》は戦闘中に手を滑らせ(ファンブルし)たり、Mobの武器落とし(ディスアーム)属性攻撃を喰らったりすると発生するやつ」

「……ええ。慣れていないと、かなり焦るわね」

 

 この武器落とし属性攻撃というのには、ユウにも苦い思い出がある。

 

 《アインクラッド》初のディスアーム使いである《スワンプコボルト・トラッパー》は、1層の真ん中あたりで湧くMobであった。しかし、ユウは初めてこの敵と対峙した時、うかつにもこの攻撃をパリィしようとして武器を落としてしまった挙句、その武器を拾おうと一瞬背中を向けてしまったのだ。

 

 当然ながら、ユウに生じた大きな隙を逃さずに敵がソードスキルを発動しようとした。それに気が付いた彼が慌てて転がるようにして敵の剣技を回避し、その技後硬直(ポストモーション)の間に武器を拾ってとどめを刺し、事なきを得た、という訳であった。

 

 アスナは予備のレイピアを、少し離れた場所にお守り代わりに落としておくという方法をとっていたらしい。初心者離れした(あるいは初心者だからこその)その発想に、キリトとユウは感心する。

 

「それで、このドロップ状態の剣をこのままほっとくと、そのうち《放置(リープ)状態》に移行して耐久度減少が始まるんだけど……アスナ、ちょっと剣を拾ってみてくれ」

 

 その言葉を聞いた彼女は眉を寄せつつも、ずっと握りしめたままであった自分の愛剣を腰のアタッチメントポイントに固定し、次いで左手を床に伸ばした。キリトの剣を持つなり「重いわねコレ」と呟いているが、敏捷力(AGI)重視の上、今まで軽い細剣を使ってきた彼女にとってはかなり差があるだろう。

 

「これでいいの?」

「うん。ほら、見てみろよ」

 

 キリトが自身のメニューウィンドウをつつく。すると、先ほどまで薄くなっていた彼の装備欄が完全に空白になっていた。

 

「《武器奪われ(スナッチアーム)状態》、か」

「そう。ディスアームと違ってスナッチ技まで使う敵はかなり上の層まで行かないと出てこないけど、ソロで喰らうと相当やばいぞ。それまでに、武器派生Modの《クイックチェンジ》は絶対取っておかないと……いや、そうじゃなくてええと」

「《武器渡し(ハンドオーバー)状態》、だろ?」

 

 キリトの言葉の先を、ユウが言い当てた。

 

「装備フィギュアの中のセルが空白になるのは、なにも戦闘中だけじゃない。例えば、仲間に自分の武器を渡した時なんかでも、ディスアームを喰らった時と同じ扱いになるんだ。そして……俺やアスナが、鍛冶屋に自分の武器を預けた時も」

「……!」

 

 その言葉に、彼女もこの話の先が見えたのだろう。彼女は大きく瞳を見開いて、2人の少年を見つめた。

 

 キリトがユウの方を振り向くが、ユウは手で友人に話の続きを促した。無言で頷いた彼は、説明を再開する。

 

「でもな、いいか、重要なのはこのようにセルが空っぽで、一見何も装備していないように見えても……その《アニールブレード》の《装備者情報》はクリアされていないってことだ。この装備権ってやつは、単なるアイテム所有権よりもずっと強く保護されている」

 

 たとえば、装備していない武器をストレージから出して他の人に渡すと、その所有権は300秒、つまり5分でリセットされてしまう。しかしそれに対し、装備武器を他者に渡した場合、その所有権は実に3600秒も保持されたままなのだ。

 

 しかし、それにも例外がある。

 

「俺みたいに、取られた武器を装備していた手に再び別の武器を装備してしまうと、アイテムの装備権はクリアされてしまうってわけ。だから、アスナの武器に対して俺の武器は手元に戻ってこなかった」

 

 ユウはまるで他人事のように言うが、その言葉にキリトとアスナが目を伏せた。

 

「あ、その、すまん……」

「いいって。装備の強化か、あるいは新たな武器を買うか……まあ、どちらにしても狩りをしなきゃならないけどな」

「その時は、私も手伝うわ。1度は同じ被害にあった者同士だし」

 

 彼女のその言葉に、キリトとユウは意外と言わんばかりの表情で振り返る。しかし、彼女は男2人を軽くにらみつけた後に思わぬことを言った。

 

「……なら、さっきあなたが言った、主武装をスナッチされて《クイックチェンジ》で呼び武装に持ち替えるときは、右手じゃなくて左手にしておいたほうがいいってことね?」

「「へっ……?」」

 

 彼らは一瞬キョトンとした後に、ようやく彼女の言葉の意味を理解する。確かに、装備者情報がクリアされるのを防ぐためには、主武装を奪われても《クイックチェンジ》で装備するのは反対の手でなければならない。仮に相手を倒せずに撤退する羽目になった場合、最終手段の全オブジェクト化で武器を取り戻すことができないのだから。

 

「な、なるほど……確かにそうだな。でも、利き手じゃない手で剣を振るうのは相当難しいぞ」

 

 と、キリトは口では言うが、少し考え事をしているようにユウには見える。恐らく、左手ソードスキルの価値について考えているのだろう。

 

「それと、もう1つ。さっきあなたが部屋に突入してきて、真っ先にわたしの装備フィギュアを盗み見……じゃないわね。奪い見た(・・・・)のも、それを確認していたのね」

 

 そう、ユウが同じことを行ってもすでに取り戻すことはできないのは、キリトがアスナにやった剣を取り戻す唯一の方法には、2つの条件があったからだ。

 

 1つ目は、剣の所有者が、他の武器を装備してしまっていないこと。

 

 そして2つ目は、武器を渡してから3600秒、すなわち1時間以内であること。

 

「アスナはさっき、『なんで砕けたはずの自分の剣がストレージに入っていたのか』って言ったけど……」

「実際には、わたしの剣は砕けていなかったし、その一方ストレージに入っていたわけでもない。そういうことなのね……」

 

 そこまで言った彼女は、再びその眼に剣呑な光を宿らせ、上目づかいでキリトを睨みつけた。

 

「そして、剣を回収する最終にして唯一の手段がさっきの操作……《所有アイテム完(コンプリートリィ・オール・)全オブジェクト化(アイテム・オブジェクタイズ)》」

 

 そこで、剣の装備者情報がクリアされるまで秒を争う状況だったために、キリトは強引に彼女の部屋に飛び込み、ウインドウを操作させ、その結果無事に期限までに《全オブジェクト化》を実行させることができた、ということだ。

 

「ん、待てよ? 《全オブジェクト化》ってことは、関係ないものまでオブジェクト化されたってことだよな? それこそ、ポーションだとか服とか……」

 

 ユウがそんなことを呟くが、彼の口から『服』という言葉が飛び出した瞬間、アスナの鋭い視線がユウとキリトを射抜いた。

 

 思わず口をつぐんだユウに対し、アスナは両手で保持していた《アニールブレード》をキリトに返すと口調を切り替えて尋ねる。

 

「それにしても……あの完全オブジェクト化ボタン、なんであんな階層の深いところにあるのよ? なんだか、わざと使いづらくしているみたいな……それ以前に、どうして『完全』でなくちゃならないの?」

 

 その言葉に、ユウは平然とした顔で答えを言った。

 

「そりゃだって、アスナが言った通り『使いづらく』するためだろ?」

「え……? どういうこと?」

 

 眉をひそめる彼女に対し、ユウは肩をすくめて言った。

 

「そもそも《全オブジェクト化》なんて、普通にゲームしていたんじゃ使わない機能なんだよ。それこそ使うのは、装備武器をディスアームを喰らって落とした状態や、奪われ(スナッチされ)た状態で逃げなければならなくなった時くらいだ。だけど、そんなのはプレイヤーに非があるだろう? 本来は諦めなければならない。だけど、運営側の配慮というか、難易度の調整の関係とかで、プレイヤーに1つだけ救済手段を与えたって訳だ」

 

 キリトは頷くと、彼の言葉を引き継いで話す。

 

「そうなんだけど、安易に使えないように制限をされているんだ。ボタンを探すだけでも深い階層をもぐらなければならないし、アイテムを選べない上に、全てを足元にぶちまけなければならない。ベータテストの時、切ない話があったよ……」

 

 ベータテストの時、奪われた武器を取り戻そうと焦ったプレイヤーが、《圏内》まで戻らずに一見安全そうな場所で《全オブジェクト化》を実行したらしい。しかし、そこはスナッチMobだけでなく拾い(ルーター)Mobも沸く場所であったため、所有権が即時移行する《強奪(ロビング)》スキル持ちのMobからアイテムを取り戻すために走り回って狩り尽くすはめとなった……。

 

「あんときゃ涙目だったよな……」

「すごく実感のこもったコメントね」

 

 アスナの言葉にキリトが動揺し、口に投げ入れていたナッツが外れて頭の上に落ちる。彼はぶんぶんと首を振ると、真顔で応じた。

 

「……という話を伝聞で耳にしたんだよ、もちろん。それより、なんだっけ、ええと……」

「《全オブジェクト化》による奪われたアイテムの奪還には、便利であるがゆえにいろいろめんどくさい仕様になっているって話」

 

 ユウがそう言っている横で、アスナは手を伸ばしてキリトの頭の上のナッツを取る。そして、ピン! と細い指先で弾かれたナッツが、見事にキリトの口の中に命中した。この世界では、このような日常の些細な動作にもプレイヤー及びその装備品によるステータスの補正がはたらくので、彼女の実力をもってすれば当然のことなのかな、とユウは思う。

 

「とりあえず、剣が戻ってきたロジックについては了解したわ。でも、これでようやく半分よね?」

 

 フェンサーはハーブグラスに注がれたワインに唇をつけてから、目の光を強めて言った。その言葉に、ユウが応じる。

 

「ああ、まだ『俺たちの前で壊された剣は何だったのか』という問題については、まるで理解することができていないからな。ただ……」

「何?」

 

 口ごもるユウに対して、アスナが訊いた。

 

 すると、彼は明後日の方向を見ながら呟くように答える。

 

「いや、関係ないことなのかもしれないけどさ。あの鍛冶屋の名前……2人は勘違いしているようなんだけれど、Nezhaは《ネズハ》と読むんじゃなくて、《ナタク》と読むんだ。中国の伝説の『西遊記』や『封神演義』に出てくる勇者の名前なんだよ」

「……へえ、それは知らなかったわ。でも、どうしてそれが気になるの?」

「ああ、その、さっき尾行したって言っただろ? その時、彼は仲間にネズオって呼ばれていたんだ」

 

 その言葉を聞くと、ユウと同様にアスナも少し目を伏せて考え込んだ。

 

「そうね……普通は、自分の名前の読み方を間違われていたら訂正するわね」

「それがネットゲームであってもな。普通に読み間違えられる可能性の高いプレイヤーネームなら、なおさら」

 

 キリトもそう言うが、3人で考えても依然として理由は分からないままだ。

 

「まあ、彼の名前のことは置いといて……で、キリト。結局、《強化詐欺》のトリックについて何か進展は?」

 

 ユウが訊くと、キリトは首を横に振った。

 

「問題は、このSAOが、世界初のVRMMOだってことなんだ」

 

 この世界では、アイテムはストレージに入れていない限りオブジェクトとして視界に存在し続ける。他のタイトルとは違って、すり替えるのは簡単ではない。

 

 プレイヤーたちの目の前で商売を行う以上、客の目を欺くのは難しいが……。

 

「ただ、ほんの短い時間だけど……俺の目が剣から離れた瞬間がある」

 

 そう、素材を炉の中に入れて、その炎の色が変わる瞬間。キリトもユウも、自分たちが苦労して集めた素材の行先を最後まで見届けるために炎を注視していたのだ。アスナも、思わず声を上げる。

 

「あ……! わ、わたしもその時ずっと炉を見ていたかも……。でも、あなたたちと同じ理由じゃなくて、青い炎が綺麗だと思ったからだけど」

「そ、そうですか」

「あー確かに。俺も、完全にそっちばかり見つめていたな……だけど、そのミスディレクションだって3秒程度しか時間が稼げないはずだぞ? ウインドウも開かずに、そんな短時間で……」

 

 そう呟いたユウであるが、すぐに口を閉ざした後に再び話す。

 

「いや、ウインドウなら開いていたかもしれない」

「「え?」」

 

 思わぬ言葉に、2人が同時にユウの方を振り返る。

 

「簡単な話だよ……俺たち、というか客が気づかない場所に、あらかじめウインドウを開いておくんだ。客が来た時とかじゃなくて、常にな。そうすれば、すり替えるときに発生する音は、アイコンを押す時の小さな音だけだから、耳をすまさなければ聞こえないし」

「そうね……でも、すり替えるのは一瞬とはいかないでしょ?」

「そのトリックはさすがに分からん」

 

 ユウは首を横に振った。

 

 アスナが言う。

 

「だったら、今度は左手に注目して――」

「いや、それは難しいと思う」

「どうして?」

「今頃ネズハは、だまし取ったはずの《ウインドフルーレ+4》が消えてるのに気付いているはずだ」

 

 それはつまり、騙されたプレイヤーであるアスナが《完全オブジェクト化》を使ったということであり、詐欺行為がばれたということも知られている可能性が高い。

 

「なるほどな。しばらくは警戒して店を出さないか、あるいは出しても詐欺はやらない、か」

「……そうね。あんまりイケイケな感じの人でもなかったしね。そもそも……」

 

 アスナはそこで台詞を止めたが、2人ともその先に続く言葉を理解していた。

 

 そもそも、ネズハが詐欺をするような人には見えない。

 

「ああ……俺も同感だ」

 

 すると、彼女は伏せていた視線をちらりとキリトに向け、ごく控えめながら微笑んだ。

 

「しばらく、情報を集めてみる。すり替えのトリックもだけど……ネズハ本人についても。どっちにせよ、明日は前線に出ないとだしな」

「ええ……そうね。今日の昼にマロメで聞いた話じゃ、明日の午前中に最後のフィールドボス攻略戦があって、午後からは迷宮区に入れるだろうって」

 

 アスナの言葉に、ユウは驚く。

 

「げ、もうそんなに進んでいたのか。こりゃあ、2層のボス戦に間に合うかな……」

「レベル的には問題ないだろ?」

「剣の強化が間に合わねえよ。せいぜい、+2か+3が限界だろうな」

「それは厳しいわね……」

 

 アスナの言葉に、ユウは顎に手を当てて思案顔になる。そして、しばらくの沈黙の後に言った。

 

「だったらさ、フィールドに出ているときに、手に入ったいい武器で使わないものがあったらくれないか? もちろん、後から何らかのお返しはするけど」

 

 ユウがそう言うと、2人は二つ返事で承諾してくれた。これを機に、一度戦闘スタイルを一新するのも悪くないかもしれないと考えながら、ユウは自分の宿へと向かった。

 

 

 

 

 

 《アインクラッド》各層の圏外フィールドには、《フィールドボス》と呼ばれる、いわゆる名前付き(ネームド)Mobが要所要所に配置され、迷宮区に至るための関門的な役割を担っている。

 

 このボスたちがいるのは必ず絶壁や急流などの通行不能エリアに挟まれた場所である。したがって、この強敵を倒さない限り、その次のフィールドに進むことは不可能だ。この第2層の場合、広い北部と狭い南部の2つに分かれており、その境目にいる《ブルバス・バウ》と呼ばれる体長4メートルほどの巨大牛が唯一のフィールドボスである。

 

「あいつ、毛色が黒茶色ってことは、黒毛和牛なのかな……」

「見た感想がそれかよ」

 

 キリトの言葉に思わずツッコミを入れるユウ。すると、アスナがそっけない様子で言った。

 

「肉がドロップしたら、分けてもらって食べてみたら」

「む……」

「そんなこと話してないで、始まるぞ」

 

 ユウの言葉に、キリトが目の前のボス戦の観戦に気持ちを切り替えた。そう言った彼の背中に現在装備されているのは《スタウトブランド》ではなく、モンスタードロップで《スタウトブランド》と同クラスのレアリティを持つ『両手剣』である。

 

 結局、3人が現時点で所持している武器の中で最も性能が良い武器が、キリトが持っていたこの武器であった。

 

 さすがに1か月も鍛えてきた《片手剣》スキルを手放すことにはためらいもあったのであるが、そもそも手数よりも一撃の威力を重視して、必要最小限の行動で最大限の成果を上げる、というユウのバトルスタンスには合っているだろう、という考えでメイン武器の更新をしたのだった。

 

 しかし、その代わりに現在使用できるものが基本技の上段突進技《アバランシュ》と全方位2連撃技《ブラスト》のみになってしまった。だが……

 

「案外、両手剣の方があっているかもしれないな。サンキュー、キリト」

「いや……まあ、なんとかなって良かったよ」

 

 キリトは相変わらず褒められることに慣れていないのか、照れた様子でそう言った。

 

「あのパーティー、どっちがタンクでどっちがアタッカーなのかしら」

「う、うん……なんか、見たとこ両方似たような編成だしな」

 

 3人は現在フィールドボスの棲まう盆地を見渡せる位置にいる。その視線の先にいるのは、6人パーティーが2つとリザーブが3人。フィールドボスは本来フロアボスとは異なり、1パーティーでも倒すことは可能なので、単純に考えれば過剰戦力ともいえるかもしれない。

 

 しかし、それはあくまでも互いの連携がとれていれば、という話だ。

 

「なるほど、鎧の下の布装備の色で、パーティーごとに分かれている訳か。だけど、パーティー単位で役割分担を決めたわけじゃないみたいだな」

「そうね……」

 

 3人から見て右側にいるロイヤルブルーの装備の集団が、第一層フロアボス攻略のときのディアベルがリーダーとなり、今はシミター使いのリンドが彼に代わっている集団だ。そして、モスグリーンの集団がキバオウを中心としたパーティーである。


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