ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~ 作:nozomu7
デスゲーム開始
2022年10月31日。
1人の少年が、跳び上がるようにして喜んでいた。
「おっしゃー! 藍子、木綿季! 《ナーヴギア》と《ソードアート・オンライン》のセット、手に入れたぜ! ……1つだけだけれど」
そう言って目の前の少女2人に、ヘルメットのような機械と1つのゲームのパッケージを少年は見せつける。
紺野裕也。彼は、少女2人にとって3つ年上の兄であった。
「あー、やっぱり3つは手に入らなかったかー」
そう言って笑うのは、少女の片割れ、双子の姉の藍子。
「また後にも増産されるよね? ボクたちも手に入ったらやろうよ、お姉ちゃん」
そう言ったのは、双子の妹である木綿季だ。
「つーか、普通に考えておかしいんだって。ナーヴギアも含めて世界初のVRMMORPGだっていうのに、初期出荷分が1万本しかないだなんてよ」
どこでもすぐに売り切れているみたいだしな、と裕也は言う。
「これだけ人気なのだから、すぐにでも増産されるはずだぜ」
彼はそう言った。妹2人も、早く増産されないかなー、と笑っている。
Sword Art Online――略称はSAO。完全なる仮想世界を構築するナーヴギアの性能を生かした世界初のVRMMORPGだ。1か月無料券がついて、初回生産版が3万9800円。ナーヴギアとの同梱版だと12万8000円と学生にとっては結構な高値である。が、裕也は今まで、お年玉の類などを毎年せいぜいがゲームソフトを1本買うことくらいしかやってこなかったので、貯金はギリギリ間に合った。
そして、2022年10月31日にゲームメーカー《アーガス》よりついに発売。だがその期待は非常に高く、初期出荷分1万本は瞬時に完売してしまった。そのため、3人がかりでも裕也1人しか手に入れることができなかったのだ。
SAOは自らの体を動かし戦うというナーヴギアのシステムを最大限体感させるべく魔法の要素を排し、ソードスキルという必殺技とそれを扱うための無数の武器類が設定されている。また料理や釣りなど、戦闘用以外のスキルも多数用意され、ゲーム内で文字通り『生活』することができる。
それを、この少年は手に入れることに成功したのだ。
「もちろん、藍子と木綿季が買うときには手伝うからな」
「「約束だからね!」」
「おう」
裕也はそう言って、妹達に笑いかけた。そして、時計を見ると言う。
「っと、そろそろ昼飯作ろうぜ」
彼らは、3人ともキッチンへと向かった。
この兄妹には、両親がいない。現在からまだ半年もたたない前に、病気で他界してしまっているからだ。
親戚の下に引き取られたものの、彼らも仕事で忙しい上、この妹2人が様々な事情があって敬遠されているために現在は実質的な3人暮らしである。たまに5人で食卓を囲むことはあるものの、その時にも会話は少ない。
理由は簡単だ。藍子と木綿季がHIVキャリアであるからだ。
彼女らが生まれるときに、帝王切開がされた。しかし、その時に使われた血液製剤からHIVに感染した。両親の死も、それが原因である。
この家族の中で、双子よりも3年早く生まれていた裕也だけが、唯一感染を免れた。そして、彼が家族の事情を知った時、裕也は絶望した。
しかし、行動を起こした。一抹の希望に全てをかけた。
今の時代、調べれば知識などいくらでも身に着けられる。そして、彼は主に『多剤併用療法(HAART療法)』による治療が主流ではあるものの、一部の例外的なものとして、HIV耐性を持つ人間の骨髄を移植する方法があることを知った。
後者の場合は、かなりの確率で完治することができるらしい。しかし、このような骨髄を持つ人間は、最も割合の高い白人でも約1%。
全くの望み薄。
しかし、奇蹟は起こった。
その時の倉橋医師の説明を、裕也ははっきり言ってよく覚えていない。全くの絶望的な確立の中、双子2人がそろって幸運のくじを引くということが、あまりにも非現実的だったからだ。
だが、とにかく現在は平和に日常を過ごすことができている。
昼飯を食べ終わると、藍子が言った。
「そんなに楽しみにしているんだったら、早くログインしてきなよ」
「え? いいのか?」
すると、木綿季が笑って言う。
「その代わり、ログアウトしたらたっぷり話を聞かせてね!」
その言葉を聞いた裕也は、末妹の頭にその手をぽん、と乗せて笑った。
そして、ありがとなー、と言って自室に戻ると、ソフトをセットしてナーヴギアを頭にかぶる。
「リンク・スタート!」
そして、裕也は旅立っていった。
2年間に及ぶ、デスゲームへと。
アバターは、基本的に自分の顔をベースに、それでも本来よりも美男子と化したものになった。そもそも、そういったパーツばかりなのだから仕方がない。
名前には、本名をもじって《Yuu》と入力する。
(……キャリブレーション?)
コンピュータのセンサーやディスプレイなどは、連続して使用していると基準値がずれてしまい、癖が付いてきてしまう。本来は、それらを軌道修正する役割をもつ作業なのであるが、ナーヴギアにとっては、要するに彼らの現実世界での感覚を仮想世界でも使用できるようにフィードバックするということなのだろう。ユウはそう解釈した。
どうやら、自分の体を触っていく必要があるらしい。
それらが終わり、そして裕也――いや、ユウは広大な世界に降り立った。
「これが、ソードアート・オンライン……仮想世界か……」
ユウは感心したように呟きながら、周囲をキョロキョロと見渡して歩き出す。そして、多少《はじまりの街》を散策した後、彼は西側のフィールドに出た。
これはRPGなのだ。敵キャラと戦わなければ始まらない。
だが。
「発動できん……」
ソードスキルがうまく発動できない。
しかし、周囲には他にも多くのプレイヤーがいた。彼らは、うまくソードスキルを発動してMobを倒している。
その様子を見ていると、ユウと同じくらいの年の少年(に見えるアバターをしている誰か)が1人のバンダナを頭に巻いた男と話しているのを見た。その様子を見る限り、少年がバンダナ男にレクチャーしているようだ。
ひょっとしたら、少年はベータテスターなのかもしれない。
そう考えたユウは、彼らに近づいて行った。
「すみませーん」
ユウが話しかけると、彼らは振り向いた。
「お、お前も今日初めてか?」
「ああ、どうにもソードスキルが発動できなくってさー……」
「だよなあ! 俺もついさっき、初めて発動できたところだよ」
バンダナの男は、気さくに話す。一方、少年の方はうまく話の中に入れないようだった。
「あ、俺はクラインっていうんだ。で、こっちが……」
「キリトだ」
2人が自己紹介したので、ユウも言葉を返した。
「ユウだ。よろしくな! それで、ソードスキルの発動方法を教えてほしいんだが……」
「ああ。今クラインにも教えたところだけど……まず最初に、武器を構えて初期動作を起こすんだ」
キリトはそう言い石を握って構えると、周囲にいるイノシシ《フレンジーボア》に狙いを定めた。
「すると、システムの方がそれをキャッチしてくれる。そうすれば、後は勝手に目標に向かってソードスキルを当ててくれるよ」
キリトのライトエフェクトを纏い、投擲スキル《シングルシュート》が発動する。投げられた石はイノシシに当たり、するとイノシシはこちらを振り向いた。
「あと、この周辺だったら敵はソードスキル一発で倒せるからな。まあ、仮にHPがゼロになっても街に戻されるだけだけど」
「了解っす!」
ユウは威勢よく返事をして、片手剣《スモールソード》を構えた。
突進してくるイノシシに対して、初級片手剣スキル《スラント》が発動する。ライトエフェクトを纏った斬撃が、《フレンジーボア》のHPを0にした。
「おっし!」
思わず、ユウはガッツポーズをした。
「やったな!」
「おめでとう」
「おう!」
2人に剣を振って答えるユウ。
その後、3人は空が夕焼けに染まるまでずっと狩りをしていた。ちなみに、キリトはユウと同じ片手剣、クラインはカトラス(湾曲した刃を持つ剣。舶刀)を使っていた。カテゴリとしては曲刀にあたる。
「はあー、結構倒したな」
3人は、夕焼けに染まる世界を見渡す。
「しっかし、何度見ても信じらんねえなぁ、ここがゲームの中だなんてよぉ……。作った奴は天才だぜ」
クラインがそんな感想を漏らした。まったくもって同感だ、とユウは思う。
「いつか、この世界と現実が反対になる……なんてことはねえだろうけど。でも、本当にリアルと遜色ない出来栄えだよな。この草とか」
もっとも、地面に座り込んだところで服は対して汚れないし、イノシシを切り裂いたところで血が出るわけではなく、HPがゼロになったら青いポリゴン片となって砕け散るだけだ。
「で、どうする? このまま狩りを続けるか?」
キリトが2人にそう話しかける。
「ったりめえよ!…と言いたいところだがよ…」
クラインが先に威勢良く返事したが、苦笑いしながら続けた。
「腹減ってよ……指定したピザの宅配も、そろそろ時間だからよ」
「一度落ちるか。俺は構わない。ユウは?」
「俺は、今日はこのあたりでやめとくよ。夕飯を作らなきゃならねえし」
妹2人に、全てを任せきりにするわけにはいかない。それに、中学2年生である彼にも宿題などがある。
「あ、んで、俺その後、他のゲームで知り合った奴等と落ち合う約束してるんだ。どうだ? あいつ等とも、フレンド登録しねえか?」
「ああ、今度よろしく頼むぜ」
クラインの言葉にユウが返事をし、キリトも同意するように頷いた。そして、クラインは右手の人差指と中指を前に出して下に振るう。涼やかなサウンドと共に、メニューウィンドウが開いた。そして、彼はそのままログアウトボタンのある一番下までウィンドウをスライドさせていくが……。
「あれ?」
と、彼はここで疑問を感じたような声を上げた。
「どうした?」
「何かあったか?」
クラインと同じようにメニューウィンドウを出そうとしていたユウは、指を2本そろえ腕を上げた状態で立ち止まり、キリトと共に彼に声をかける。
「なんだこりゃ……ログアウトボタンがねえぞ?」
その言葉にユウは眉をひそめる。しかし、自分も同じようにメニューウィンドウを呼び出して一番下を確認してみると、確かにそこからはログアウトボタンが消失していた。
「……俺も消えているな。正式サービス開始初日に、もうシステムトラブルか? しかも、ログアウト不可能だなんて……ゲーマーからかなり叩かれるぞ。アーガス」
「だけど、それならアナウンスの1つでもあるはずだろ……」
ユウの言葉にそう言うキリト。しかし、ログアウトボタンがなくなっていることは事実なのだから、どうしようもない。GMコールをしてみるが、それにも何の反応もない。
ナーヴギアを装着し、フルダイブしている間は、装着者は自分の身体を一切動かせない。脳から発せられる電気信号は、全てナーヴギアによって身体へと行かないようにカットされてしまうからだ。つまり……
「もしかして、俺達、出られなくなっちまったって、ことか?」
「……そういうことだ」
ナーヴギアの使用マニュアルは一通り読んでいたが、緊急切断方法は書かれていなかったはずだ、とユウは思い返す。
「内部からのログアウトが不可能となれば……現実世界で誰かが自分の頭にかぶさっているナーヴギアを外すかしかないな」
ユウの言葉に、クラインとキリトが嫌そうな表情をした。
「冷めたピッツァなんて粘らない納豆以下だぜ……」
意味不明の言葉を吐くクラインだが、しかしキリトが言った。
「おかしいな。アーガスと言えば、ユーザー重視な姿勢が売りの会社だ。このような事態が起これば、一度サーバーを停止させてプレイヤーを全員強制的にログアウトさせるはずなのに……」
確かにそうだ、とユウは考える。しかしキリトの言葉とは正反対に、未だに強制ログアウトどころか運営からのアナウンスすらない。
これが意味することは何だ?
そう考えた瞬間、重苦しい鐘の音がアインクラッドに鳴り響く。そして、彼らの体が鮮やかな青い粒子に包まれた。
転移。それも、運営側による強制的なものだ。
光が収まると、周囲には多くの人間がいた。彼らも周囲をキョロキョロと見渡しているため、どうやら同じように強制転移がされたのだ、とユウは推測する。
そして、その後に彼は、自分たちが《はじまりの街》の巨大な広場にいることを確認する。
(……全プレイヤーを1か所に集めた?)
意味が分からない。そもそも、これはゲームの世界であるのだから、何か説明をするのであれば、全プレイヤーにメッセージを飛ばせばいいだけだ。
あるいは、それ以上に重大なことがあるならば話は別であるが……。
しかし、突如として周囲のざわつきが収まった。なぜなら、空が赤く染まり、《Warning》と《System Announcement》という文字が浮かび上がったからだ。
「ようやく説明が始まるか」
しかし、夕焼けに染まった空の一部がどろりと垂れ下がり、空中で1か所にたまっていく。誰かの「怖い……」という言葉と、「平気さ。ゲームの続きだよ、きっと」という声がユウの耳に聞こえた。
そして、そのどろりとした赤い塊が形を変え巨大な人間の形になった。
形はSAOに出てくるGMの恰好をしている。だが、そのGMのローブの中に顏は無い。
(お詫びのお知らせと同時に、ゲームのチュートリアルでもするつもりか? だとしたら、随分とご丁寧なことだ……わざわざ、全員の行動を中断させて呼び出してよ)
ユウはいぶかしげにそのアバターを見つめた。
そして、そのアバターは悠然とその腕を広げると、話し始めた。
『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ』
「”私の世界”?」
キリトが確認するように、怪訝そうな表情で呟く。
確かに、”私の世界”という言葉には語弊がある。GMだとしても、ゲームを管理するのは『アーガス』にいる数多くのスタッフでなければならないからだ。1人で管理しきれるようなものではない。
だが、GMは続けて言った。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場昌彦――電子工学の天才で、ナーヴギアの基礎設計者。たしか、SAOの開発ディレクターもしていたはずだ、とユウは思いだす。
しかし、今まで調べた情報では、彼はマスコミを嫌っており、メディアへの露出は少なかったはずなのに……。
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気が付いていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない』
何!? と全員が息をのんだ。
『繰り返す。これは不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
その言葉に、全プレイヤーが驚愕する。
「……仕様?」
クラインが思わず呟くが、ユウは黙って茅場の話を聞くことしかできなかった。
全プレイヤーは自発的にログアウトすることができない。また、第三者の手によるナーヴギアの停止・解除もあり得ない。
『もしそれらの行動が試みられた場合』
――ナーヴギアの発する高出力マイクロウェーブが、諸君らの脳を破壊し生命活動を停止させる。
その言葉に、人々がざわめき立った。しかし、それでもまだ彼らはそれが
「何言ってんだ、あいつ? なあ、ユウ、キリト?」
しかし、ユウとキリトは真剣な表情をしていた。
「信号素子とマイクロウェーブは、原理としては電子レンジと同じだ。リミッターさえはずせば、脳を焼くことも可能だ……」
「ああ。それに、ナーヴギアは頭全体を覆う形をしている。外すのには一瞬とはいかない。どんなに速くスムーズに実行しても、脳を破壊するには十分な時間がある」
「じゃあよ、電源を切れば」
「ナーヴギアには内臓バッテリがある」
GMは説明を続ける。
『正確には10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回路切断、ナ―ヴギア本体のロック解除、または分解、破壊のいずれかによって脳破壊シークエンスが実行される。現時点で、警告を無視しナ―ヴギアの強制除装を試み、すでに、213名のプレイヤーがアインクラッドおよび現実世界から永久退場している』
(もう、213人も……)
『この状況は既に、今、ありとあらゆる情報メディアによって報道されている』
その言葉と共に、GMはテレビのニュース画面や、ネットのニュースサイトの映像を出した。その中に1つ、犠牲者の家族であろう少女が泣いているのを見て、ユウは藍子と木綿季のことを思い出す。
(藍子……木綿季……! くそ!)
『よって、既にナーヴギアが強制的に外される危険性は低くなっていると言ってよかろう。諸君らには、安心してゲーム攻略に励んでほしい』
しかし、今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。アバターの消滅と共に、ナ―ヴギアによって脳を破壊される。
『このゲームから解放される条件はただ一つ。アインクラッドの最上部、第100層に辿り着き最終ボスを倒すことだ。そうすれば、生き残ったプレイヤーは全員は安全にログアウトされることを保証しよう』
だが、その言葉に「第100層なんて……」と誰もが言葉をもらした。
「ベータテストじゃ、ろくに上がれなかったんだろう!?」
クラインが叫ぶが、実際その通りなのである。ベータテストの時にクリアできたのは、第10層まで。しかも、第10層にいたってはボスすら倒せていない。
プレイヤー達がどよめいていると、茅場はまた口を開いた。
『それでは最後に、諸君にこれが現実である証拠を見せよう。アイテムストレージに私からのプレゼントがある。確認してくれたまえ』
その言葉に人々は戸惑いながらも、アイテムストレージを開く。
「……《手鏡》?」
それを開くと、その名の通り手鏡が現れた。そこに映るのは、アバターの自分の顔である。
しかし次の瞬間、一斉に光に包まれた。
「うう、うおあっ!?」
ユウは思わず奇声を上げた。2、3秒がたち、そして《はじまりの街》の広場を覆い尽くしていた光が収まる。
ユウは未だに視界が正常に戻らない中で、それでもなんとかふらつくのを抑えて立っていた。そして、徐々に視力が戻って来る。
「おい、キリト、ユウ。大丈夫か?」
クラインの声が聞こえたので、ユウはそちらの方向を見た。
しかし、そこにいたのは先ほどまでの好青年と呼べるような姿をしたアバターではなく、野武士面の男だ。
「お前、誰?」
「え、ちょ、誰って……あれ?」
何かがおかしい。そう感じたユウは、キリトのいる方向を向く。だが、そこにいたのはさきほどの美少年のアバターではなく、少し女っぽい顔立ちをした同じくらいの年の少年だった。
「何が……」
それを確認するかのように、ユウは再び自分の手元にある手鏡を見る。同じように、キリトも自分の顔を確認した。
そこに映るのは間違えようもない、『現実世界の』自分の顔だった。
(そうすると……)
3人は、お互いを指さして言う。
「「「お前ら、まさかキリト(ユウ)とクライン(ユウ)か?」」」