そんな感じの後編です
短いです
装備の上から銃弾を受けた武藤とは違い、装備のはずれた所を撃たれたアリアは武偵病院に運び込まれ、そのまま入院することとなった。
被弾した場所が額であったため出欠の量は多かったものの、傷自体はそれほど深刻な物ではなかった。それでも、受けた場所が場所であるからMRIなどの検査も行った。その結果も脳内には特に異常が見当たらなかった。
翌日、報告書を教務科に提出した後キンジは1人でアリアの入院する武偵病院に向かう。
1人で行くのが気まずいために兼一を誘おうとした。けれども、何やら忙しそうに電話をしていおり、本人が後から向かうと言ったため、諦めて一人で向かうことになった。
「それじゃ、頼んだよ」
通話を終えた兼一は険しい顔になる。それも数秒で、続いて顎に曲げた人差し指を当てると思考を始める。
(何か変だ)
今回のバスジャックではなぜキンジを外そうとしていたのか、その理由が見えてこないのだ。そして、それとは別の違和感をぬぐえないでいる。
生徒達が行った調査とその結果にも目を通すが、そこには目ぼしい情報は乗っていない。それどころか兼一には意図的に何かを隠している、そんな風にさえ感じるのだった。
(……まさか、ね)
疑問はあるが、確信はないために保留せざるを得ない。現状、兼一にとって打てるだけの手は打った。
ここに残っても特にやることはないためにひとまずは、アリアの入院している病院に足を向けるのであった。
病室の前につくと、なにか物々しい雰囲気が漂っている。どうしたものかと考えているうちに口論は激しさを増す。
「――あんたが武偵をやめる事情なんて、あたしに比べれば大したことじゃないに決まってるんだから!」
「2人とも、少し、落ち着こうか」
キンジの逆鱗に触れるアリアの言葉が発せられた瞬間、兼一はわざと大きな音を立てて病室に入り機先を制する。
互いの姿を隠すようにして割り込んだ兼一は、2人にそれぞれ視線を投げる。その視線の大元の瞳からは、冷たい炎を見ることができた。
もしも兼一が割り込まなければ、キンジはアリアが女であることを忘れて掴みかかっていただろう。それはその怒りに醜く歪んだ表情を見れば誰でも察することができる。
「キンジくん、君は家に帰って頭を冷やしてきなさい」
「そう……ですね。そうします。それじゃ、アリアお大事に」
兼一の有無を言わせぬ物言いと、キンジ自身これ以上ここにいては自分を押さえられそうにないと思い、退出する。アリアには見えていないが、その背中は震えていた。
部屋の扉が閉まり、足音が聞こえなくなるのを確認すると兼一は備え付けの椅子をベッドの横に置いた。
「アリアちゃん。確かに君の焦る気持ちは分かるよ。でもさ、よく知りもしないのに人の考えを……決意を否定するのはよくないよね。仮にもキンジくんは、君のわがままに全力で答えていたんだよ」
「だけど、あたしはキンジが武偵をやめたい理由なんて知らないわ」
子供を諭すような柔らかな兼一の声音を受け、アリアは多少冷静さを取り戻す。
「それこそ、自分で調べなきゃ。武偵なんだから」
キンジの家族、もっと言えばその血筋はHSSという特殊な遺伝子の力で力無き人たちのために、何百年と戦ってきた。物心つく前に殉職した父親も武装検事として活躍していた。兄も武偵としてその力を揮っていた。
そんな家系であるから、キンジが尊敬する兄と同じ武偵を目指すのは極々自然なことだ。そして、その思いは中学時代にいいようにつかわれた程度で折れる程脆いものではない。
だが、去年の冬に起きた浦賀沖海難事故、それがキンジの思いを砕いた。
日本船籍のクルージング船・アンベリール号が沈没、乗客一名が行方不明となり、死体が上がることなく捜索を打ち切られた。そして、死亡したのは遠山金一……キンジの兄だった。
金一は、乗員・乗客を船から避難させ、その結果逃げ遅れたと警察は言った。これで終われば、キンジも涙を呑みこみ道を進んだであろう。
しかし、現実は血も涙もなかった。
一部の心無い声は、『船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵』と金一のことを非難した。中には遺族であるキンジのもその矛先を向けようとするものさえいた……が、その不埒な者は兼一が文字通り睨み倒し、黙らせた。
キンジの心の痛みは今なお軋み続けている。
この道の先にあるものの一端、死んだ後も石を投げられる損な役回りを目の当たりにした。そんなキンジが武偵をやめようと考えるのは、自然な流れである。そして、それに異を唱えれる者はそうそういない。
夕日差し込む病室に冷たい風が流れ込む。
そこには小さな影が1つあるだけだった。
明日から前期の授業が始まるので、どうにか時間を見つけての更新となります
あと何回かの投稿で一巻が終了です