7時58分のバスに乗り損ねたキンジは、嫌々ながら仕方なしに自転車で登校することとなった。
(悔やんでても仕方ないか)
気持ちを切り替えるとキンジはペダルを踏み出す。コンビニとビデオ屋の脇を通りモノレールの駅をくぐると見えてくる海上に浮かぶようなビル群。
レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形型の人工浮島であり、兼一の早朝の走り込みのコースであるここに東京武偵校はある。そのため、学園島と呼ばれてもいる。
金さえもらえれば武偵法の許す範囲で何でもする便利屋的存在である武偵。その養成のために、通常の一般科目に加えて、武偵の活動に関わる専門科目を履修できる。
例えば、今キンジが通り過ぎたのは探偵科の専門棟。兼一と1年の三学期からキンジが所属するこの探偵科では、推理学や探偵術を学ぶことができる。また、武偵校において一番まともな学科と言えるだろう。加えて、通信科と鑑識科もまた穏便な物である。
穏便という言葉が付くということは、その逆である過激な物もあるということだ。
キンジが1年の2学期まで所属していた強襲科が、その過激な部類に入る学科だ。
どうにか始業式に間に合う見通しが立ち、新学期早々遅刻をするという事態を回避できると安堵した時だった。
「 その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 」
不気味な音が聞こえた。
「 チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります 」
何だというキンジの思いを無視し続けるその音は、ボーカロイドを使って作成した人工音声だった。
(爆弾……だ?)
冗談だと思ったキンジ。だが、その自転車に並走する奇妙な物体を目にして、これが冗談でないことを悟った。
「 助けを 求めては いけません ケータイを 使用した場合も 爆発 しやがります 」
無人のセグウェイ。そして、人の代わりにスピーカーと1基の自動銃座が載っていた。
UZIと呼ばれるそれは、イスラエルIMI社の傑作短機関銃。その性能は、9ミリパラベラム弾を秒間10発で放つというものだ。
「兼一さんの仕業か」
一番身近でこんな無茶を行いそうな人物の名を挙げる。非常に失礼なことではあるが、家柄上何度となく顔を合わせたことのある非常識集団の一番弟子にして、その一員である兼一ならやりかねないと思われても仕方のないことだ。けれど、キンジは即座にその可能性を否定する。
なぜなら、無理無茶無謀が大好物の人間の弟子であるがゆえに、それらのさせ方を熟知しているからだ。死にそうな……死んだほうがましな修行をさせることはあっても殺そうとすることはない。それに、キンジは別に兼一の弟子でも何でもないのだから、こんなことをさせる理由もない。
「キンジくん大変そうだね」
さらに言えばセグウェイのその向こう側に何時からいたのだろうか分からないが困ったような顔を浮かべて兼一が並走していたのだ。これで犯人は兼一だというのはよほどのバカであろう。
声の直後、銃口が兼一を捕らえその威力を発揮する。
常人ならこれで息絶える。
そう、常人であるならば。
用意されていた弾丸を撃ち尽くした後
「っと、危ない危ない」
そう言って兼一は無傷でいた。
けれど、兼一は達人である。秒間10発の弾丸より速いものなど幾らでも目にしてきた。ましてや、その銃口を向けられているのだから反射的に、体内武術レベルを上げている。そのため、止まっているのと何ら変わりのないものとして見えているのである。また、狙いも頭部に集中しているのだ。これではどうぞ避けてくださいと言っているようなものだ。
「大変っていうかこのチャリ、プラスチック爆弾が仕掛けられてるんですよ」
キンジは、先程兼一に銃口が向いている数秒で、サドルの裏に仕掛けられている爆弾の存在を確認した。仕掛けられた物が物だけに焦りを禁じ得ないようであるが、兼一は違った。
「うん、大丈夫そうだね。セグウェイの方はもう止まったし。でも、念のためにもう少しだけ付き合うよ」
ずれたことを言いながら、キンジが死に物狂いの全力でこぐ自転車に涼しい顔をして兼一は付いて行く。
「この時間なら第2グラウンドに行きなさい」
兼一のその言葉にキンジは脊髄反射のレベルで反応する。
そうして第2グラウンドに入る。兼一とキンジ、そのどちらもこの状況を打開する方法が思い浮かばないまま終わりの見えないマラソンをしている。そんな時、二人の目にありえないものが映り込んだ。グラウンド近くの7階建てマンションの屋上の縁に武偵校のセーラー服を着た女の子が立っていたのだ。
長いピンクのツインテールを揺らし飛び降りた。
(やばっ)
(あんな小さい子が……すごいな)
その様子に一瞬見惚れたキンジはペダルを踏み外しかけ、兼一はまたしてもずれたことを思う。
そうしている間に、あらかじめ準備されていたパラグライダーを空に広げていた。
「来るな! このチャリには爆弾が仕掛けられてる! 減速すると爆発する! 巻き込まれるぞ!」
言った後に隣に兼一がいないことに気が付いたキンジ。何時の間にと思わなくもないが、それを気にするだけ時間の無駄である。
また、そんな事を気に掛けることなくその少女は告げる。
「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』――いくわよ」
そう言った少女を見ると、手で引いていたブレークコードのハンドルにつま先を突っ込み、逆さ吊りの状態になっていた。
(こいつ、無茶苦茶しやがる……この人たち程じゃないけど)
キンジがその意図に気付き表情を変えると、少女は
「全力でこぎなさい」
少女の言葉に応じ、キンジはあらん限りの力を振り絞ってペダルを回す。
「これで全部かな」
少女がキンジを救おうとしている時兼一は何をしていたのかというと、残党狩りであった。
兼一の足元にはUZIとスピーカーを載せたセグウェイだった物が7台転がっていた。
傷一つなく、汗すら流れていない兼一が一息ついた後、爆発音が轟いた。
快晴の空に立ち上る黒煙を見ながら、兼一はキンジを迎えに行く。
達人なんて存在がいるとこうなりますわ……きっと