史上最強の武偵   作:凡人さん

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感想をくれた読者様ありがとうございます

久し振りの講義で疲労がえらいことになっているので個別に返信する気力が残っていません。
このような形ですが、どうかお許しください


隠された傷

アリアが退院する日曜の朝。兼一の携帯に1通のメールが届いたことから、その日は動き始めた。

 

メールの内容を確認すると、唸りながら何かを考え込む。

 

それから数分、一つ手を叩くと、あの日から物憂げな顔をしていたキンジに出かける準備を命じる。兼一の突然の命令に驚いたキンジが理由を問いただすと、

 

「いやー、いい加減にキンジくんのその顔見飽きたし、正直こっちの気も滅入るんだよね。ここらでちょっと気晴らしでもしようかなって」

 

と答えるのだった。そのまりにもアレな答えに渋々ではあるが納得すると、キンジは亀のように動き出す。

 

兼一の述べた理由は間違いなく本心である。同室の住人が連日悩みを抱えた顔をし、事情を知る故に迂闊に踏み込めないでいれば誰でも兼一と同じ感想に至るだろう。

 

けれど、それが全てではない。

 

今朝の段階で顔つきが変わらないため、元々はキンジ1人を外に放り出そうと考えていた。しかしそんな時に、メールが届いた。

 

メールの差出人の名は朝宮龍斗。兼一の幼馴染にして親友である武装弁護士。

 

そんな龍斗からもたらされた内容は、『神崎かなえのいる場所が分かった。会いに行くから、付き合ってほしい』というものであった。

 

(仕事が早いな)

 

なんとなくそこに行けばアリアに会える気がした兼一は、そんな感想ともにこれ幸いとキンジを連れ出すこととしたのだった。

 

その日の空は不気味な程に青く綺麗だった。

 

 

 

どこに行くのか告げられぬまま、兼一に連れられキンジがやって来た場所は新宿警察署であった。

 

「兼一さん、こんな場所に何の用ですか?」

 

気晴らしのために出かけたはずなのに、何故か余計に気が滅入りそうな場所にやって来たキンジの疑問は尤もである。

 

「な、なんで、あんたたちがここにいるのよ」

 

だが、兼一が何かを言おうとする前に、一度耳にしたら決して忘れることのないであろう声が、背中に投げられた。

 

振り返ったキンジが目にしたものは、この場に不釣り合いなほどめかしこんでいるアリアだった。

 

「お前こそなん――」

 

「やあ兼ちゃん、早いね」

 

キンジが何か聞こうとした時、風と共に車イスに乗った白髪の男――朝宮龍斗――がやって来た。

 

「龍斗くん……なんで車イスなの」

 

「君は相変わらずだね」

 

この状況に戸惑うキンジとアリア。武装弁護士として、こちらの世界では名を馳せている男が目の前に現れたのだから、仕方ないことだろう。

 

キンジは、兼一だから仕方ないと無理矢理納得することができたが、アリアは、兼一が武装弁護士である龍斗と知り合いなのか理解できていなかった。

 

兼一は兼一で、龍斗の車イス姿に疑問を投げるがきちんとした答えは返ってこない。

 

「それじゃ行こうか」

 

マイペースにそう言った龍斗。それに続くように兼一は歩を進める。訳の分からないままにあとの二人も続き、建物の中に入るのだった。

 

空には僅かに雲が出ており、太陽を呑まんとしていた。

 

 

 

アリアの母である神崎かなえとの面会を終えると、4人は二組に分かれた。

 

龍斗と兼一は面会の終わり際にあった些細な問題に関して、お偉い方に抗議を済ませてから外に出る。

 

来た時とは打って変わって黒い空が広がり、今にも泣きだしそうであった。

 

「龍斗君は話さなくて良かったの?」

 

そんな空の下を歩きながら兼一は問い掛けると、龍斗は

 

「ああ、別にいいさ。彼女の担当弁護士は別にいるし……面白いことが聞けたしね」

 

そう答え口の端に微かな笑みを浮かべた。龍斗の言う面白いこととは面会の時、かなえが言った『イ・ウー』という単語を指している。

 

「YOMIにいた時その言葉を聞いたんだが……まさか、こんな所で聞くなんて」

 

「それについて何か知ってるの」

 

「名前だけさ。これから調べてみるよ」

 

「頼むよ……雨が降って来たから、少し急ぐよ」

 

ポツリポツリと滴が落ちてきた。傘を持っていない2人は急ぎ駅に向かうのだが、龍斗の乗る車イスは人力とは思えない速度で滑るような速さで駅まで走ったのだった。

 

 

 

東京が台風に見舞われた週明け、アリアは学校を休んだ。

 

分かれた後に何かがあったのだろうと兼一は考える。何があったにしろ、第3者が介入するのはあまりよくない空気を察し、キンジに追及することはしなかった。

 

元々騒がしいはずの教室だが、今日は少し静かになっていた。

 

先日の面会で色々と分かったことがあり、整理するために兼一は手帳に書き記す。手帳に走るペンが描く軌跡は、多種多様の言語で彩られている。

 

修業時代、長老に連行され世直しの旅に出た際に様々な国を回り、時に秋雨から海外文学の原書を読まされた結果、必然的に見についた語学力の賜物である。

 

また、こうした細工をするのは新島に見られ、それが大事にならないようにするために身につけた技である。ただ、この努力が功を奏すのは十回に一度という極めて低い確率である。

 

話しを戻そう。

 

『武偵殺し』として捕まったアリアの母親かなえの裁判は下級裁隔意制度の適用によって既に二審まで終わり、有罪判決を受けている。

 

下級裁隔意制度とは、証拠が十分に揃っている事件について、高裁までを迅速に執り行い、裁判が遅滞しないようにする新制度のことである。この制度については、施行された今でも賛否が分かれている。

 

そして、判決は懲役864年。つまり、終身刑である。

 

また、かなえには『武偵殺し』以外にも様々な事件の罪を問われている。アリアはそれら全ても冤罪であると断じ、最高裁までにその真犯人たちを見つけ出し、覆そうとしている。

 

また、アリアに言う『ドレイ』というのは、『H』家の人間がその能力を十二分に発揮するために必要な『パートナー』を指す言葉である。

 

そして、今現在アリアにそれはいない。

 

けれど、それも止む無しだろう。

 

アリアは神童と言っても遜色のない優れた才能と、それに見合う努力をしている。そんなアリアに合わせられる人間はそういるものではない。だからだろう、『パートナー』を『ドレイ』と言い換えていたのは。そうすれば、言葉だけを見ると求められるものはかなり違ってくるからである。『パートナー』であれば対等でなければならないが、『ドレイ』であればそうではない。

 

まあ、面会に行かずとも新島から送られたメールを見れば、これらの情報が書かれてあったのだが……

 

その日の最後の授業が終わると、弾けるようにキンジが教室を出て行った。兼一はそれを探偵科の授業にいなかった理子と関係があるとみた。無論正解だ。

 

「青春だね」

 

そう笑って懐かしむ様な顔の兼一。

 

手で切り裂いたような千切れ雲を見て、体の奥で何かが震える気がした。

 

 

 

天気が崩れそうであったため、早めに修行をきりあげる。

 

家に帰りついた兼一は広い部屋の中心で座禅を組み、1人思案に暮れる。

 

新学期から立て続けに起きた事件について彼なりに整理しつつ、解決の糸口を探す。

 

(第一の事件である自転車ジャック。第二の事件であるバスジャック。これは『武偵殺し』の起こした事件であることは間違いない。過去の犯行であるバイクジャックとカージャックをなぞっているのであれば、それは何のためか……いや待て、本当に過去の事件はそれだけか)

 

武偵高に入学してから新聞を読む習慣をつけた兼一は、バスジャック時にアリアの語った過去の事件についての記事を引っ張り出す。

 

(バイクジャックはあの事件……カージャックは……確かあれだよな。そのあとあったのと言えば……まさか)

 

記憶の海の中を深く潜り、どうにかこうにかしてサルベージをする。そしてついに一つの答えに辿り着いた。

 

「まだ、終わらない」

 

時を変わらずして、キンジもまた兼一と同じ結論に達したのだった。




さて、いよいよ一巻も佳境に入ります
わけない方がいいような気もしますが、分割で出します。

それではまた次回

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