大晦日の夜、古めかしい道場の一角に七人の男女がいる。彼らは皆が皆、達人と呼ばれる人間の限界を軽く超えた埒外の人種である。
そして、彼らがいるこの場所の名を『梁山泊』といい、武術の世界で最強の称号を得ている。
その中にあって、明らかに一般人にしか見えない男がいた。彼の名は白浜兼一、この達人たちの集う梁山泊の一番弟子にして、その道では『一人多国籍軍』として不本意ながら名を馳せている正真正銘の達人である。
「師匠方」
「なんだい兼一くん」
おもむろに口を開く兼一に答えるのは柔術着で口元にストレートの髭を生やした『哲学する柔術家』こと岬越寺秋雨。
「僕は武偵になろうと考えています。いいえ、違いますね。武偵になります」
兼一のその宣言に集まっている他の達人たちは目を見開いて驚いている。それもそのはず、これが『ケンカ百段の空手家』である逆鬼至緒であれば違和感はない。けれど兼一は元々いじめられっ子であり、極度のお人好しでもある。そんな男が荒事の専門家である武偵になると言っているのだから仕方のないことだ。
「兼一、お前」
「やめたまえ逆鬼くん」
筋骨隆々の男、逆鬼が何かを言おうとするのを遮るのは、この道場の中で一番の圧力を持つ髭を蓄えた偉丈夫『無敵超人』風林寺隼人。
「そうね、どうやら兼ちゃんの決意は固いみたいね」
諦めたように声を漏らすのは、長い口ひげを生やしたカンフー着と帽子の男『あらゆる中国拳法の達人』馬剣星。
「そうよ。アパチャイ難しいことは分からないけど、兼一が決めたことならとりあえず応援するよ」
そう言って兼一のことを手放しで支持するのは2メートルを超える褐色の男『裏ムエタイ界の死神』アパチャイ・ホパチャイであった。
「兼一……も大人……だから……過保護はダ……メ」
そう語るのはこの中で唯一の女性『剣と兵器の申し子』香坂しぐれであった。
「すみません」
師の言葉に頭を下げる兼一。誰一人としてその理由を聞く者はいない。聞かなくても分かっているからだ。だからだろうか、痛く重い沈黙が続く。
「あれから3年。とうの昔にワシらの教えられるものは全て教え終わっておるし、ついに巣立ちの時が来たといったところかの。まあ、いつでも戻ってきて構わん。どんな道に進もうと、ケンちゃんは梁山泊の一員なのだから」
その沈黙を破ったのは、疲れたようでありながら、優しさを色濃く浮かべた瞳で口を開いた隼人だった。その言葉で全てが決したと言ってもいいだろう。
「ありがとうございます」
そう言って再度、兼一は頭を下げる。そうしてその年は終わりを迎えるのだった。
「美羽さんごめんなさい。でも、僕はどうしても知りたいんです」
武偵になると宣言した数日後、兼一は墓地にいた。最愛の人である風林寺美羽が眠るその場所はきれいに掃除がされており、誰かが足繁く通っていることが見て取れた。
「それじゃ、行ってきます」
その声は深く静かでありながら、隠しきれていない激情のようなものがあった。
「無理だけはしないでくださいね」
背を向け歩き出した後、懐かしい声音が聞こえた気がした。兼一は咄嗟に振り替えるがあるのは墓だけのはずだった。
「美羽……さん」
しかし兼一はそこにその面影を見たのであった。金糸のような長い髪に晴れ渡った空を思わせる蒼い瞳。体の線を強調するようにピッタリと張り付いたスーツは、生前彼女が戦いの場に向かう時に身に着けていたものである。
女神のような微笑みを浮かべながら、どこか悲しそうな瞳をしているように見えた。
「大丈夫ですよ。また来ますね」
そう告げ、向き直り歩を進める。その顔はどこか晴れやかなものになっていた。
次の話から緋弾のアリア一巻に入ります