木場が
「――まずいっ!」
彼女のいつものパターンだ。神器で引き寄せ殴る。ただそれだけの、しかしだからこそ有効な戦い方である。それに加えて、彼女は今
木場の視界に拳を振り上げる彼女の姿が映る。命の危機が迫った木場の脳が高速に回り、その姿をスローに捉える。だが、遅い。すでに拳は振り下ろす直前、通常ならまだしも、彼女に引き寄せられている現状、どうあがいても退避は間に合わない。
だから、木場は聖魔剣を地面につきたて、それを足場に引力に従って更に踏み込んだ。
それは彼女にとって予想外だったのだろう。僅かにその体がこわばる。しかし、その拳は止まらない。彼女の拳が、地面に突き立てられた聖魔剣をはるか遠くまで吹き飛ばすその時には、すでに木場は彼女の頭上で聖魔剣を構えていた。
「でりゃあっ!」
その聖魔剣の煌めきが、彼女の頭を捉え――ない。彼女は既に頭上の木場を視界に捉え、腕を彼に向けてふるっていた。聖魔剣と彼女の腕が空中でぶつかり――直後、木場は自身の勘に従って聖魔剣を手放した。
はるか彼方まで吹き飛ぶ聖魔剣、同時に、僅かな間ながらもその聖魔剣を握っていた木場も吹き飛ばされていた。
――強い。
時間にしてみれば僅か数秒、ただそれだけの攻防で、すでに木場の息はあがっていた。聖魔剣と彼女の腕が触れたとほぼ同時に木場はその手を離していた。その衝撃が木場に届く前に手から聖魔剣は離れていたはずだった。しかし、木場の体に、僅か一瞬だけ走った衝撃。聖魔剣がそのほぼすべてを代わりに受けたことで、その9割9分以上が軽減されている。そんな、ただそれだけの衝撃で木場の手はしびれ、さらにはその体も吹き飛ばされた。
改めて木場はアザゼルの『死ぬ』という言葉が、脅しでもなんでもないと再認識する。僅かにその爪の先がかすめただけで、どころか彼女の身じろぎ一つで木場は命を失うだろう。それほどの質量、それほどの重圧、それほどの重量。あまりにも圧倒的で、絶望的なほどの破壊力の差。
これが
だけど、と笑う。木場には、彼女に一太刀も浴びせることなく退場するつもりは、どころか彼女に勝てないままこの戦いを終えるつもりはない。
「いくよ――
木場の言葉と共に、地面から勢いよく大量の聖魔剣が生えてくる。彼女に向けて、数十本もの聖魔剣がその剣先を突き立てんと迫る。そのことごとくを彼女は躱し、砕き、さらには引力でもって木場を引き寄せようとするが、しかし。
「甘いっ!」
木場は地面に聖魔剣を突き立てて踏ん張った。同時に、作り出した聖魔剣を彼女に向けて投擲する。一本、二本、三本。三本目までは防がれ、四本目でようやく、その刃が彼女の右腕を切り取った。
腕が彼女の体から離れ、しかし彼女の再生能力で治ら――ない。
「再生阻害の聖魔剣だ。悪いけど、一気に行かせてもらうよ!」
投擲、投擲、投擲。腕の一本を失った彼女には、両腕でもなお防ぎきれなかった攻撃を防げないだろう、と木場は考えない。彼女ならば、即に対応していてもおかしくはないと思っていた。
事実、彼女は残った左腕で全ての聖魔剣を弾いている。十数本の聖魔剣を危なげなく弾き、そしてその行為に余裕すら生まれ始めている。
だから、木場は次の手を打つ。
「聖魔剣よ!」
再度、彼女に聖魔剣を投擲しながら、同時に彼女を突き刺すように聖魔剣を生やす。その一本とて彼女に傷をつけることは無かったが、しかし僅かに彼女の意識から木場が逸れた。
それが木場の狙いだった。
僅かにできた意識の隙間。その瞬間、木場は体を低くして駆ける。木場にとって数瞬の隙など永遠と変わりない。
その手に持つのは当然ながら聖魔剣。聖剣と魔剣の両方の性質を有した、前代未聞の剣である。破壊力こそ彼女の質量に劣るが、それでも聖と魔の性質を併せ持つというのは十分すぎるほどに強い。彼女を打倒するには十分な威力だ。
しかし相手は中級悪魔の軍勢すら片手間で屠る元下級悪魔、
この瞬間、木場は自身が賭けに勝ったことを確信した。
きっと彼女は木場の持つ聖魔剣が再生阻害であるものと思っているのだろう。投擲が当たらないことに焦れて突撃してきたのだと。それを示すように、彼女は蹴りの姿勢に入っている。わざわざ引力まで使って引き寄せ、木場の姿勢が変わらないように。
足を切らせてでも木場を倒すつもりだろう。彼女の質量は、それこそ惑星ほどに重く、故に剣で切ろうとも肉の抵抗で僅かなりとも衝撃は入る。彼女には、その僅かでさえ十分なほどの質量の一撃がある。
しかし、今木場が持っている聖魔剣の能力は再生阻害ではない。
「うおおおおおっ!」
唸りを上げて迫る彼女の足を、木場は抵抗なく切り捨てた。そう。木場が今持っている聖魔剣の能力は、その切れ味。あらゆるものを抵抗なく切るための、切れ味のみに特化した聖魔剣である。
切り捨てたことで飛んでいく足を首をかがめてよけ、木場はさらに軸足を切る。自らの足を切られたことで僅かに動きを止めた彼女に、それを防ぐ術はなかった。失われた足はフェニックスの再生能力ですぐに回復するが、しかし崩れたバランスまではどうしようない。振り上げた足の慣性までは、どうしようもない。
その体が仰向けに倒れて行く。しかし彼女にはまだ左腕がある。まだ羽がある。彼女はそれらを使い、どうにかバランスを戻そうとした。
しかし、当然ながらその隙を見逃す木場ではない。
「
彼女の体に地面から生えた多数の聖魔剣が突き刺さる。崩れたバランスを取り戻そうとしていた彼女は、木場の行動に反応できない。彼女の質量に耐えきれず何本もの聖魔剣が折れていくが、そのたびに新たな聖魔剣が生え、彼女に突き刺さる。ゆっくりと彼女の体が聖魔剣を折りながら、聖魔剣に突き刺されながら地面にたどり着き――彼女は、その動きを止めた。否、止められた。
「はぁっ、はぁっ」
肩で息をしながら、木場は彼女の姿を確認する。大量の聖魔剣が突き刺さり、彼女はわずかな身じろぎすらも出来ない状態であった。刺さっている聖魔剣は杭のような、釘のようないびつな形で、まさしく磔にされているような、そんな様子である。
「君のその
どうにか息を整えながら、木場はさらに続ける。彼女が動く様子が、動ける様子がないことを確認したためか、その瞳には満足げな、確信の光があった。その口元も、こらえきれない笑みが表れている。
「だけど、だからこそ、それが弱点だ。パワーもスピードも上がってない。等身大の自分で相手しなくてはならない。質量を上げているだけだ。どれだけ質量があっても、初速がゼロなら怖くない。例えば今僕がやってるように……封印されてしまえば、どうすることもできない」
彼女の体は、身じろぎすら出来ないほどに極まっている。突き刺さる聖魔剣が、動くことを禁じている。指の一本から羽の先に至るまで、つま先から頭に至るまで、完全に”動く”という行為を封じている。
「君に刺さっている聖魔剣は見た目通り、決して切れ味なんてものはない。ついでに言うなら折れることもない刺突専用の聖魔剣だ。もちろん、一時的に神器を封じるものも刺してある。つまり。君は自身の体を切り裂いて抜け出せない。そして、少なくとも今の君の力でその聖魔剣を壊して抜け出せることはないよ」
これで、決まったと。木場の勝利だと誰もが思った。リアス達は声を上げて喜び、木場もリベンジを果たせたと笑う。事実、彼女の、
彼女の動きを封じ、彼女の再生を阻害し、彼女の神器を封じた。これだけで彼女は戦闘能力の大半を、どころか全てを失ったと考えてもいい。
だが、忘れている。しかし、見落としている。果たして、彼女が一体どんな存在なのか。
ぱきんっ。そんな簡単な音を立てて、彼女に刺さっていた聖魔剣が数本砕けた。
「え……?」
その数本は、砕かれたところで彼女が動けないことには変わりない位置のものである。しかし、その種類が問題だった。それを確認する前に、木場は彼女を取り囲む聖魔剣に勢い良く叩きつけられた。彼女を取り囲む聖魔剣に、強く強く押し付けられる。
そう。これは引力。彼女は神器を封じる聖魔剣を何の問題も支障もなく壊し、神器を発動させた。それだけである。
忘れてはいけない。彼女は
単純な話だ。木場の神器を封じる聖魔剣の能力を、彼女の才覚が上回った。それだけの話。それを考慮した戦い方をしなかったことこそが、木場の致命的なミスであった。
聖魔剣の再生阻害の力が切れ、彼女の右腕が再び生える。これで、彼女が自由にできる箇所が出来上がった。彼女が自由になった右腕を軽く振るう。それだけで、彼女を拘束していたはずの聖魔剣が吹き飛び、砕ける。
彼女が立ち上がる間に剣は抜け、その怪我は完治する。それに対し、木場は既に限界だった。新たな聖魔剣を作り出すことはできても、それを持つことが出来ないほどに疲れ果てていた。腕はしびれるどころか、すでに感覚すらない。
彼女の蹴りを切り裂いたとき、完全に刃を立てた角度で、加えてそのときの聖魔剣の能力で完全に抵抗はなかったはずだった。しかし剣が持てないほど腕が震えている。また、引力でひっぱられ聖魔剣に体をぶつけたときのダメージも残っている。頭をぶつけたのか、ぐわんぐわんと視界が回っていた。
どうあがいても木場に勝ち目はなかった。そもそも、初めから勝負は見えていたのだ。
様々な聖魔剣を作り出す木場は確かに強い。しかし、剣という近接戦闘前提の武器を作り出す木場にとって、近距離で絶大な威力を有する彼女との相性は酷く悪い。
『そこまでだ』
立ち上がろうとしても立ち上がれない。そんな木場を労わるように、アザゼルの声が響いた。
以前よりも善戦した。あと一歩まで追い詰めた。しかし、それでもなお。木場は彼女との戦いにおいて2度目の敗北を喫した。
★
「そんじゃ、反省会すんぞ」
木場と
「まずお前だよ馬鹿。
彼女の頬を引っ張りながらアザゼルは言う。彼女は相変わらず無表情に、しかし頬をつねるアザゼルの手を心底嫌そうに外そうとしていた。何度も叩き、外そうとして、何をやっても外れないことを確認した後、アザゼルを見つめ始める。
「話を聞こうとしてねえよな?」
そこでようやくアザゼルは頬から手を離す。しかし直後彼女の頭を叩いた。再度、彼女の瞳がアザゼルに向けられる。その様子を見て、アザゼルは満足気に頷いた。
「それでいい……まあ大方忘れてた、とかそもそも俺の言葉なんざ守る気はなかったとかそんなところだろ」
その言葉に、彼女は僅かにアザゼルから目をそらした。そして、二度、三度と瞬きを繰り返し――
「話を聞け」
再度アザゼルに頭をはたかれる。
「それについては後で追及する――で、次だ。お前、なんであそこまで追い詰められた?」
彼女は反応しない。それに構わずアザゼルは続ける。
「勝負は確かに時の運。なにがあるかは分からないだろう。……だがな、お前なら最初に終わらせられた筈だ。他にも聖魔剣を投擲されたときとか、足を切られたときとかな。お前ならどうとでもなった筈だろ? なぜ何もしなかった?」
その問いに、彼女は応えない。アザゼルもまた、答えないことを分かった上での問いであった。彼女はまたも反応せず、ただアザゼルを見つめている。じっと、穴が空くほどに。
「いい加減にしろ」
ぱしーん、とアザゼルはまた彼女を叩いた。彼女はやはり、アザゼルを見つめるだけだった。
「待ってください!」
そこで、木場が反応する。
「どういうことですか!? まさか彼女が……手加減していたとでも言うのですか!?」
悲痛なその叫びに、アザゼルはその通りだよ、と答える。
「どうして……!」
「なんでかなんて知らねえよ。コイツの思考回路は支離滅裂で理路がめちゃくちゃなんだ。理解しようとするだけ無駄だぜ。根本からガキだからな」
肩をすくめながらアザゼルは返す。僅かな間ながら彼女と付き合ってきて、アザゼルは彼女をそう捉えていた。割とその通りである。
「知りたいなりゃ聞けばいいのさ。なんで手加減したってよ。――まあ喋れねえんだけどな!」
そう言って、アザゼルはケラケラと笑った。彼女が聞いてないことを知った上での堂々とした陰口である。さすがは堕天使。
「あー。んで、次はお前だ」
ひとしきり笑ったあと、表情を真面目に戻して、今度は木場の方を向く。
「まず、コイツに
その言葉に、木場だけでなくリアス達まで反応した。
「どういう」
「どういうことですか! 木場が死んでたって!」
疑問の声を上げようとした木場をさえぎって怒号をあげるイッセー。木場が死んでたかもしれない、ということに、誰よりも木場の強さを信じているイッセーだからこそ、そのことに納得できなかった。
「イッセー。コイツの一番恐ろしいところはなんだと思う?」
その疑問に答えずアザゼルは言う。
「何を――」
「いいから答えろ。イッセー」
アザゼルの言葉には、どこか重みがあった。イッセーは喉まで出かけた言葉を飲み込む。
「え、っと。攻撃力とか再生能力ですか?」
その言葉に、アザゼルは一番っつっただろうがと苦笑する。
「なるほど。確かにコイツの攻撃力はやべえ。触れただけで死んじまうほどの質量なんざ桁はずれにもほどがある。だが、そうじゃねえ。それだけなら何の問題もない奴がこの世にはゴロゴロいるさ。もちろん回復能力も凄まじい。なんたってフェニックスだ。どんな怪我でもすぐに治っちまう。だが、そうじゃねえ。それだけならお前だって倒せる相手だ」
イッセー、ほかに何か分かるか? そうアザゼルは続けた。
「え……じゃあ神器とか……」
「もちろん違う」
イッセーが絞り出した答えをアザゼルは切って捨てる。そこで打ち止めだった。イッセーに彼女の強さの源は、皆目見当もつかなかった。
「しゃあねえなイッセー。ヒントをやるよ」
「お願いします!」
アザゼルの言葉に、イッセーは一も二も無く飛びついた。それほどまでに分からなかった。
「お前にもあるものだ。むしろお前の強さの根源だよ」
「え? おっぱ――」
「胸じゃねえよ」
おっぱいでない。そうなると、本当にイッセーは分からなかった。
「時間切れだイッセー。答えを教えてやろう。それはな、――現状を打ち破る力だよ」
そう、アザゼルが言う。
「現状を打ち破る力?」
「そう、その通り。お前がヴァーリとの戦いで絶望を打破したように、ライザー・フェニックスとの戦いで不可能を可能にしたように。あらゆる現状を打ち破る予測不可能な行動力――その覚醒能力と躊躇のなさ。それがコイツにも備わっているんだよ」
勝てないだろう状況で
それこそが、彼女の――
「運が良かったってのはな、コイツが木場を殺すような行動をとらなかったってことだ。コイツの気まぐれ一つで木場は死んでいた」
アザゼルの言葉に、イッセーは黙る。それほどに隔絶した実力差があった。それほどに立ちはだかる相性の壁があった。
彼女の評価は、その狂った行動が忠誠心の表れとされているに過ぎない。ある意味、パペットというその字名は、彼女を的確に表している。収まらぬ性欲に狂う、操り人形。それが、彼女。
そんな彼女だからこそ――
「やろうと思えば、例えば僕が再生阻害の聖魔剣で切ったとき、その腕をもぎ取って無理やり再生させることができたということですね」
そんな無茶がまかり通る。
最初のやり取りだってそうだ。木場が頭上に出て聖魔剣を振るう? だからなんだと言うのだ。彼女がもし腕を振るわず、聖魔剣の攻撃を受けてから、その剣をつかむなりして攻撃に入った場合、どう足掻いても木場はそれをかわせなかった。
ほかにも、木場が地面から生やした聖魔剣を砕き、破片を飛ばすという方法も、倒れこむ最中に地面を殴るという方法もあった。
それが分かってしまったからこそ、木場は戦いについて閉口するしかない。確かに木場は
だからこそ木場は、不満を抱えつつも、文句をかかえつつも納得するしかない。今回も負けた。だがまだ次がある。悔しさをバネにして成長できる強かさが木場にはある。ここで拾った命を落とすような真似はしない。
どこまでも手加減されていたとはいえ、彼女を追い詰めたのも、また事実であるのだから。
「それが分かってんならもう無茶はすんなよ。お前がコイツに突っ込んでいったときは肝が冷えたんだからな」
アザゼルが言う。その忠告に、木場は分かってますよと笑った。
まさかの木場君大健闘。そして生還です。
主人公は手加減しているつもりはありません。以前あまりに楽に勝てたんで無意識的に舐めプしてました。
しかし今回の戦闘で舐めプは危ないと本能に刻まれました。戦闘能力UPです。