総督に連れて来られた先は変なところだった。ここが総督のいうグれごり? とかいう場所らしい。この話を聞くまでに俺は十回くらい叩かれた。そろそろ馬鹿になりそうだ。もとからそうなんだけど。
でも理解できない話を聞いたって仕方ないと思うんだ。英語分かんない奴に洋書読ませるようなもんじゃん。なんの意味があるんだそれ。単なる文字の羅列にしか見えないだろ。
というかなんで総督は俺が話しを聞いていないこと分かるんだ。自慢じゃないけど今まで一回もばれたことなかったのに。一番付き合いの長いライザーすらできないことをやりやがって……!
「いい加減真面目に聞けよ」
11回目。なんなんだこいつは。俺の気持ち察せないくせに話し聞いてないかどうか分かるとかなにその性能。逆でいいと思うんだ。俺の気持ちだけ察せればいいじゃん。そしてそれをライザーにそれとなく伝えてくれればいいじゃん。なんでこんなことすんのさ。だから堕天するんだよ。
そもそも俺に何かを覚えさせようって時点で間違っている。俺は基本的に勉強に関しては三日で忘れるからな。常にテストは一夜漬けしてたからな。そんな俺がなんか難しそうな話なんて理解できる分けねえだろ馬鹿が。
せめてさっきライザーからご褒美にセック●してもらえてたらもう少しやる気があったかもしれないのに。総督が無理やり俺を連れたせいでやる気ゼロである。課題がない週の休日並みにやる気がない。
「ほんっとお前は俺の話聞かねえなあ!」
バシンッ! と物凄い音と共に俺の体を衝撃が突き抜けた。今まで生きてきた中で最高の一撃である。すごくびっくりした。
「あのな! お前の
なんか総督がめっちゃ怒ってる。ていうかなるほど。そういう能力なのか。通りで引力上げたら攻撃力が上がるわけだ。で、うまく
つまり俺が
扱いきれてないってのはつまり、もともと引力を発生させる神器であるのに
ふむ。なるほど。じゃあやってみよう。
――
「え、おい! お前何を――!」
総督がなにやら騒いでるが知らん。というか俺の欠点を指摘したのは総督なのになんでこいつが慌ててんだ。俺はさっさと終わらせてライザーのところに帰ってご褒美にちょっとまぐわりたいのだ。
……なるほど。なんとなく感覚は分かった。で、これから引力だけ抑えりゃいいのかな? えー、と。これも気合でいいや。とりゃー!
「おいおいまじかよ。……なんつー才能してやがんだ」
なんかできたっぽい。さすが俺。才能にあふれてやがる。これで総督もすぐ俺を返してくれるだろう。そうしたらライザーとしっぽりやるのである。――ってあれ? なんで総督目をぎらぎらさせてんの? え、ちょ、え? まさか俺に欲情した!?
待っておいマテ。さすがに預かった奴を強姦するのは一組織のトップとしてどうかと思うんだけど。たしかに俺は自分で見ても魅力的だとは思うが、ライザーには相手にされてないわけで……なんで相手にされないんだろ。
あー。悲しくなってきた……じゃねえ! まずいぞ! このままだと寝取られる! くそう! 俺はライザーに操を捧げてるってのに! どうしよう。『奥さん、最近旦那さんとはご無沙汰なんでしょ?』されてしまう! 待つんだクリーニング屋さん! 暗転とかしなくていいから!
「本当にいいなお嬢ちゃん。その人の話を聞かねえ癖を治せば最高だ」
ぱしん、とまた叩かれる。これで13回目だ。そろそろ俺は殴り返してもいいんじゃないだろうか。確かに話を聞いてないし聞く気もないんだけど叩くことはないんじゃなかろうか。
抗議の意味を込めて総督をじっと睨む。すると俺の視線に気づいた総督は、怪訝そうな顔をして俺を見返した。なんだこいつ。喧嘩売ってんのか。
「何か言いたいことあんなら言えよ。それとも喋れねえのか?」
話せたらこんな苦労しねえよバーカ! 総督の言葉に頷くと、なんか面食らったような顔をしていた。少しして、くつくつと笑い始める。きもいけど無駄にイケメンなせいでサマになってるのがうざい。
「は、そういうことかよ! 喋らねえと思ってたら喋れねえ訳だ! 喋りたくないんじゃねえのか!」
なんか大笑いを始めた総督。ついに頭がおかしくなってしまったようだ。頭いい奴らは発狂して死ぬことが多そうだし、そろそろこいつ死ぬんじゃないんだろうか。死ぬがよい。
「あー、おもしれえ。そうか、じゃあお嬢ちゃん」
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、総督は続けた。
「喋れるようにしてやろうか?」
やっぱ死ななくていいよ。むしろ生きろ。生き続けて俺に貢献し続けるんだ。それが総督、お前の生きる道だ。
しかし思わぬところでいい知らせが入ったものだ。とりあえず総督の案にすぐさま頷く。これでコミュニケーションは出来るようになる。安心安全だ。最高じゃないか。ありがとうライザー。お前の判断は間違ってなかった。お陰でお前にこの性欲をぶつけられそうだ。
テンションあがるなぁ。第一声はやっぱり『どうしてライザーは俺に手を出さないの?』だな。うん。ずっと前から決めてたし。
いやー。ほんと総督はイケメンだな。すごいな! ライザーの次ぐらいにいい奴だ。だが残念ながらライザーみたいに犯してほしいとは思わないんだ。……ごめんね?
やっぱりさ。浮気ってのはいけないしさ。俺は別にライザーを愛してるわけじゃないけど、ライザーの眷属であるのは確かなわけで。じゃあライザーと行為に及びたいと思うのは至極当然だよね。というわけだ。ライザー待ってろよ!
「待て。そして話を聞け」
飛び立とうとしたら総督に襟首を掴まれた。そういえばまだ喋れるわけじゃなかった。はよしろや。俺の時間は基本的にライザーとイチャコラ(性的な意味で)するためにあるんだぞ。本来はお前なんかに構ってるひまなんか一切ないんだからな。
「ったく、ガキかよ……いや、そうか。ガキなのか」
だれがガキだ! 俺はもう今世だけでも、えーっと……19ぐらいは生きてるぞ! むしろ前世超えたわ! 十年近くムラムラしっぱなしだよクソが!
イラっときて総督の脛にローキックかまそうとしたらよけられた。少しくらい当たれよ。そして激痛にうずくまれ。
「……お前なあ。せめて
……おっと。すっかり忘れてた。そういえばずっと
たしか
いやー。このまま上級悪魔になってライザーの愛人になる日も近いかしれないなあ! 俺、ライザーの愛人になったら毎日夜這いしに行くんだ……。いや朝だって昼だっていつだって突入してやんよ! 大丈夫! 跡継ぎは正妻が産んでくれればいいからね!
そして始まる快楽と自堕落の日々……いいね。ライザーの家はなんか凄い儲かっててお金持ちだし俺の将来が安泰すぎる。ライザーってほんとステキ。俺を押し倒せばもっとステキ。
「……何度言や分かるんだお前は、よ!」
ま、また叩きやがったぞこいつ! 仕方ないじゃん! ちょっと思考が逸れるくらい大目に見たっていいんじゃないかな!? 欲求不満ってのはお前が思っている以上に大変なんだからな! 俺がどうやって処理してるとかそんな生々しい話を聞かせてやろうか! しゃべれないけど!
「お前が長いこと集中できないってのは分かった。だから手短に言うぞ」
初めからそうしてりゃいいんだよ。まったく。余計な手間とらせやがって。
「お前の症状を調べるために、当然だが時間がいる……つっても俺もやることがあるからお前のことだけにかかりっきりになるわけにはいかないんだ」
総督の言葉に、俺は少しの間固まった。
つ、つかえねー! この総督全然つかえねー! なんだこいつ期待させるだけさせやがって! ふざけるなよ! これはさすがにライザーみたいにしゃれにならん。謝罪と賠償とライザーとの性行を要求する!
「だが治すといった以上は責任をとる」
そんな当たり前のことをドヤ顔でのたまう総督。いや、むしろ反故にされたらその顔面に引力パンチぶち込むにきまってんじゃん。なんだこいつ。
「っつーことで」
楽しそうに総督は続ける。
なんだよ。まだあんのかよ。めんどいなあ……。
「お前には俺と一緒に駒王学園についてきてもらうからな」
……え?
★
アザゼルがオカルト研究部の顧問となり、神器の研究結果を利用することでイッセーたちを鍛えると明言した、その後のことである。
「あー。そうだ。実はお前らに土産を持ってきてたんだ」
そういって、アザゼルは大きな箱を取り出した。小猫くらいのサイズなら難なく入りそうな、シンプルなデザインの箱である。アザゼルは中身を揺らさないように、ゆっくりとテーブルの上に置いた。
「な、何が入ってるんですかこの箱……」
まず言葉を発したのはイッセーであった。そんなイッセーの疑問に、アザゼルは待ってましたとばかりに笑う。それこそ、獲物が罠にかかった様子を見るような、捕食者の瞳であった。
「人形だよ人形。それもとびっきり可愛くておっぱいも大きい等身大サイズだ」
「お、おっぱいも!? ってことはまさか人形って……あの男子高校生の憧れ、オナホー●よりも高くて買うのがはばかられるダッチワイ●ですか!?」
そうやって興奮するイッセーに、アザゼルはニヤリと笑う。
「ああ、使おうと思えばそうやって使えるだろう。実際そう使われてるかもしれねえな」
「うおおおおおおおおぉぉぉおぉおおお! よっしぁあああ! 開けていいですかアザゼル先生!?」
「構わねえさ」
「おっぱい!」
アザゼルに謎の返しをしながら、イッセーは箱のふたに手をかけ――
「待ちなさいイッセー!」
そんなリアスの言葉に、しかし慣性で止まることなくふたは開き――
「え?」
満月のような瞳と目があった。
炎のように揺らめく朱色の髪、陶器のように滑らかな肌、凍ったように動かないその表情。どうみても人形であるが、イッセーには、どころかリアスたちには彼女に覚えがあった。覚えがありすぎた。
「
そう、リアスの婚約をかけたライザーとのレーティングゲームで、木場、姫島、アーシア、そして小猫の4人をあっさりと、苦も無く倒した怨敵であった。
そんな彼らの驚きを意に反すこともなく彼女は起き上がる。ゆらりと周囲を見渡した後、すぐそばにあったソファに体を預けた。その間、彼女の表情はやはり変わることがなく、また一言も話すことはなかった。
「せ、先生、人形じゃ……」
イッセーが困惑したようにアザゼルに問う。実際困惑も混乱もしていた。駒王協定の際に出会ったときにも驚愕したが、そのときは魔王もいたし、なによりもこちらに会うことが目的ではなかった。
しかし、今回は違う。確実にアザゼルはイッセー達に彼女を会わせてきている。
「空繰人形もパペットもどっちも人形じゃねえか。ほら、とびっきり可愛いしおっぱいもでかい。そして等身大だ」
にやにやしながら続けるアザゼル。
「そしてこいつはライザー・フェニックスの眷属だったんだ。そりゃあヤられててもおかしくねえだろ?」
「う、うおおおおおぉぉぉおおおおぉ!」
アザゼルの言葉に血涙を流すイッセー。最強の白龍皇たるヴァーリを退けたとはおもえないほどの痴態であった。
「それで? 彼女を連れてきてあなたは何が目的なのかしら? もしかして彼女も駒王学園に入学させる……とかじゃないわよね」
そんなイッセーを放置して、今度はリアスがアザゼルに問う。その瞳にはアザゼルに対する警戒の色が強く輝いていた。
しかし、アザゼルはそれに首を振ってこたえる。
「いいや、そのつもりはない。というかこいつお前らより年上だぞ。高校の年齢じゃねえよ」
「え? なんですって!?」
アザゼルの返した答えに、リアスたちは瞠目した。どうやら身長から完全に年下だと思っていたらしい。まあ仕方のないことだろう。いくら巨乳とはいえ、小学生くらいの身長の子供を高校生以上何て誰が思うだろうか。
「こいつは19歳だそうだ……で、俺が
その冗談にリアスが憤慨して滅びの魔力を周囲に漂わせた時点で、アザゼルは苦笑とともに降参のポーズをとった。けれど、アザゼルの顔には相変わらず面白そうな笑みが浮かんでいる。
「まあぶっちゃけるとコイツは喋れないらしくてな。どうにか話せるようにしてやろうってわけだ」
そういってアザゼルは
「話せない? 彼女が?」
「ああそうさ。見たところ声帯に問題はねえし、精神的なものでもないだろう。脳に異常があるんだろうよ。だが問題なのはコイツがフェニックスってことだ」
「フェニックス?」
疑問の声に、アザゼルは顔をゆがめた。
「なんだお前ら。気づいてなかったのかよ。コイツはなんでか知らんが聖獣フェニックスとして覚醒してんだよ。その上で”喋れない”っていう状態が正常とみなされてしまってるからな。弄ってもすぐもとに戻っちまう」
そう言って、アザゼルはやはり興味深そうに彼女を見つめた。怪我を正常とみなす。障害を当然とみなす。そんなありえない状態に、そんな不可思議な彼女に、アザゼルは興味津々であった。
「なるほど……腕の切断面をくっつけただけで腕がひっついてたのはそのせいだったんだね」
実際に彼女の腕を切り取った木場が納得するように言った。実際、その時点から
「まあお前らがいう頃には覚醒なんてしてなかっただろうがな。それでも特徴はわずかにでもあったんだろうよ」
ってことは初めから聖獣だったのかよ、とアザゼルはからからと笑った。
「あ、あの……そ、それならどうやって話せるようにするんですか?」
今度はギャスパー。つまり、どう弄ってももとに戻ってしまう彼女の特性を無視するのはどうやるのか、と聞いているのだ。そんなギャスパーの声に、やはりアザゼルはニヤリとニヒルに笑う。さっきから笑ってばかりである。
「おいおい。俺がなんの研究をしてると思ってやがる」
「研究? ……ああ、なるほど。先生は人工神器を使ってどうにかしようとしているんですね」
木場の答えに、アザゼルはその通りだと返した。
「そう、例えば単純に言葉を発するものだとか、振動を操るものだとか、魔力を放出させて音にするとかそういう能力ならすぐに話せる……とはちょっと違うが意思疎通くらいは簡単にできるようになるだろう」
しかし、そこまで続けてアザゼルはため息を吐く。
「問題はすでに神器をもっているコイツに人工神器を与えることでなんらかの影響があってもおかしくないってことだ。慎重にいかねえといけないのさ」
「なるほど。それで彼女の様子を観察するために連れてきたんですね」
「おうよ。コイツの様子を近くで見て、どんなのなら大丈夫そうか大まかに当たりつけてんだよ」
「そうですか――なら」
アザゼルの言葉に、木場は強く彼女に戦意を向ける。その手には、いつの間にか聖魔剣が握られていた。
「彼女の戦闘データも欲しいですよね」
強く、強く。恐ろしいほどに戦意を高め、凄まじいほどに剣気を高め、木場はじっと彼女を見る。彼女はそれを意に介さず、ただ虚空を見つめるのみ。
「あー。そりゃ欲しいんだが……」
「なら、僕が彼女の相手をしてもかまいませんよね?」
アザゼルが何を言おうが、木場は戦う気だった。ライザーとのレーティングゲームの際、まさしく手も足も出なかった彼女にリベンジしたくてたまらなかった。
和平の会談の際、あっさりと
「……ま、いいか」
そう呟いて、アザゼルは立ち上がる。向かう先は当然、宙に目を向けたまま一切の動きを見せない
「木場と戦え」
しかし彼女は動かない。目線こそアザゼルに移ったが、その頭は振られない。
「聖魔剣と戦うってのは大きな経験値になるし、いいデータもとれる。人工神器も完成に近づくだろうよ」
そう続けるアザゼルに、ようやく彼女は頷いた。そして、ゆっくりとその視線が木場に向けられる。
「よし。だが念のため
「待ってください」
その言葉に、今度は木場が反応した。当然だ。木場は全力の彼女を倒したいのであって、そうじゃない彼女に勝ったところでなんの意味もない。
「彼女にも
「駄目だ」
「――ッ!!」
木場の懇願を、しかしアザゼルは切って捨てる。
「コイツの
「それでもっ!」
「いいから俺に従え」
アザゼルの辛辣な言葉は的確で、それでも木場は諦められなかった。どうしても全力の彼女とやり合いたかった。
僅かな希望を込めて彼女を見るが、残念ながらアザゼルの言葉に頷いていた。
「よーし。じゃあ移動すんぞ」
アザゼルのそんな言葉とともに足元に魔法陣が現れ――一瞬でどこか別の場所に立っていた。木場の目の前には彼女しかいない。
『聞こえるか? これは俺がレーティングゲームを参考にして作り上げた空間だ。ここなら邪魔も入らねえし学園を壊す心配もない。で、俺たちはここからお前らの戦いを見れるってわけだ』
もちろん、他の奴らもみているぜ? というアザゼルの声の後――
『祐斗、勝ちなさい』
『……頑張ってください』
『木場! 勝てよ!』
『相手が誰だか知らんが、お前なら勝てるだろう』
『頑張ってください! 木場さん!』
『あらあら、頑張ってね』
『が、ががが頑張ってくださぁあああい!』
そんな、オカルト部のメンバーの声援に、知らず知らず、木場は笑みを浮かべた。必要以上に緊張していた肩から、ゆっくりと力が抜けていく。
「うん。がんばるよ」
そう言って、木場は自身の聖魔剣を作り出した。
そして、その聖魔剣を彼女に突き付ける。
「聖魔剣を作り出すのが、僕の
それは、最後の希望であった。アザゼルはため息を吐き、リアスはしょうがない子ね、というような声を上げる。
そして、彼女は。
「……」
頷かない。思わず、木場はため息を吐いた。どうやら尋常な勝負はできそうにない、と思ったところで……。
彼女からの圧力が増した。引き寄せられるような引力はない。一見、何も変わっているようには見えない。しかし、一目見ただけでその重みが分かる。惑星のような、その質量。
彼女の行動に、自身の思いが通じたことに木場は笑う。
「ありがとう」
その言葉に、彼女は反応せず。だが、それでいい。木場の言葉に反応してくれたのだ。これ以上は求めまい。
「じゃあ、行くよ――!」
そんな言葉とともに、木場は彼女に向かって飛び込んでいった。
残念ながら駒王学園には入りません。主人公は基本冥界住みです。