課題? 知らない子ですね。
ライザーが
その全てが全て、ことごとく終わっていた。結局、魔王に呼ばれたライザーは、何をすることもなく。何もしなかったし、何も出来なかった。
しかし、それほどに活躍できなかったライザーが何故呼ばれたか。そんなことは少し考えれば簡単にわかる。現在、ライザーの腕の中で眠る彼女――その力を見るため。つまり、魔王はライザーをきっかけとして彼女に何かをさせたかったのだろう。それが何なのかライザーには分からないが……。
だが、ライザーにも彼女の異常性はよく分かる。彼女の力は遠目から見ただけだったが、実に凄まじいものだった。あんな力は少し前まではなかったはず。つまり、強制的に
だが、それだけではない。最も際立っているのはその回復力だ。それを見て、ライザーはようやく彼女が発していた聖なる気配の正体に気がついた。
――聖獣、フェニックス。
悪魔であるフェニックスと、聖獣であるフェニックスの伝承は同時に存在しており、その能力は互いに等しく不死身である。そして、涙はあらゆる傷を治し、血を飲めば不老不死になれるというほどの不死性を宿し、さらにフェニックスを討伐する神話がただの一つとして存在していないが故に弱点も少ない。
あらゆる種族、神話の中でもトップクラスの不死性を有する者。それがフェニックスである。
彼女はそんなフェニックスと同等の利用価値を得てしまっている。今現在問題となっている
彼女が有していた悪魔の気配は、聖獣として覚醒してしまったせいかいつの間にか完全に消え失せてしまっていた。
だから、魔王は彼女の力で彼女自身の身を守れるかを見たかったのだろう。ライザーはそう当たりをつけた。
眠る彼女から僅かに漏れ出した聖なるオーラが、ライザーの腕と胸を静かに焼く。その痛みを感じながら、しかし、ライザーは不安という感情を一切感じることはなかった。彼女は眷属という縛りから解放されてなお、ライザーの方へ向かって飛んできた。かつての彼女であるのなら、役割の外であるそんな行為をしないだろう。そもそも、眷属でないのだからライザーから逃げ出してもおかしくはない。
だが、戻ってきた。これは確実に心が育ってきている証拠であるし、ライザーを慕っているとみて間違いない。心が育つ前からあれほどの才能を、あれほどの資質をみせつけたのだ。心が育った今、これからどこまで進化するのかなんて考えるのは難しいが、どこまでも進化していくだろうという期待がある。
彼女は、もうすでに人形ではない。確固たると言うほどではないが、確かに一個の人格を形成し、一人の存在として在ろうとしている。もちろん、それが哲学的ゾンビのような反応だけの心ない存在でないとも言い切れないが、ライザーはそうでないと確信していた。
それは、彼女が
ライザーはその目で赤龍帝の
それを目にしたからこそ、ライザーの心にドラゴンの恐怖は深く根付く。それを目にしたからこそ、ライザーの心に
心の昂り、心の震え、心の安定、矜恃、殺意、戦意、性欲。なんだっていいのだ。ただ、その心の何かが、何らかの想いが、ありえないほどに高まったときにこそ、
故に、実験を受けたとはいえ、彼女に心があるということをライザーは確信している。
これでようやく信頼がおけそうだ。ライザーは苦笑した。そもそもライザーの特徴たる再生能力を、ライザーと同等までに有しているのだ。彼女が弱いわけがない。
弱点となるなら封印や遠距離の攻撃だろうが、心が生まれた彼女なら、それこそその才能でどうとでもなるだろう。
ライザーは安堵と共にため息をつき――
「くくく……。フェネクスの眷属がフェニックスってか。随分とまあすげぇ偶然だな。それこそ運命だ」
そこで初めて、目の前にアザゼルが立っていることに気がついた。まるで始めからそこにいたように、何の気配も、何の予兆もなく、アザゼルにはそこに立っていた。
仮にも上級悪魔たるライザーが何の反応もできなかった。何の対処もできなかった。あまりにも隔絶し過ぎた実力差。これが、これこそが幾度となく魔王や天使と渡り合ってきた堕天使のトップ――アザゼル。
「何の用、でしょう」
「いやいや用なんて特にないさ。強いて言うならお前の腕の中のお嬢ちゃんに興味があるってだけだよ」
アザゼルは楽しそうに、興味深そうに言葉を続ける。
「本当に素晴らしいぜこのお嬢ちゃんは。神器からは考えられない能力の
本当に、心底から残念そうな様子をみせるアザゼル。彼女を高く評価しているが故の落胆であった。
「こいつは
このままじゃこいつ死ぬぜ? そう、アザゼルは言った。
「それは、どういう」
「おいおいんなもん簡単だろ? ちょっと考えたらすぐ分かることだ。こいつの
だからこそ――
「このままだと、自身の質量に耐えきれず自壊する。いうなりゃブラックホールになっちまう。フェニックスだから死なないとしても、そこからどう戻るんだって話だよなぁ?」
にやり、とアザゼルは悪役のような笑みを浮かべた。しかし、まさしくその通りだった。神器の暴走の可能性を考慮してないわけではなかった。
「で、俺は神器の研究をしてるんだけどよ。そのお嬢ちゃん俺んとこに預けてみねえか? 俺らんとこなら神器の研究が一番進んでるし、お嬢ちゃんの神器の使い方も覚えられるだろ。万が一暴走してもその道のエキスパートばっかだからな、問題はないはずだ」
そんなアザゼルの提案に、ライザーは、ライザーは――
「うちの若いのを勧誘しないでもらえるかな、アザゼル」
「なになに? いきなり協定違反? 堕天使め! レヴィアたんがぶっ飛ばしちゃうぞ☆」
間に入る二人の魔王の後姿を見ることしかできない。戦闘以外に頼りないと思っていた魔王の背中が、どうしようもなく頼もしく感じた。
「おいおい。俺は暴走の可能性を示唆して、その危険を取り除こうとしているだけだぜ? 嘘なんか一つも言ってねえし、協定に反した覚えもない」
「その通りだけど、彼女を君のところへ送る必要はないよね。君が技術を提供すればいいだけなんだから」
「いやいやそれじゃあ不測の事態に対応できねえだろ? やっぱ実際この目で見てきちんと研究しないとな」
「あー☆ やっぱり研究とか言ってるじゃない☆ 悪魔の若手を取って勢力を減らそうって魂胆ね☆」
「ちげえよ。そんなんするならまず赤龍帝ひっこぬくわ」
そんな3人のやり取りも、ライザーの耳には入らない。呆然としたまま、はたしてどうしたらいいのかを決めかねてしまっていた。
堕天使の総督たるアザゼルに渡すのは、神器の使い方を習得させるために最も確実で安全な方法だろう。だが、それは悪魔でない彼女が堕天使の勢力になる可能性を孕んでいる。
渡された技術を利用するのは、危険も大きく、また神器の使い方を習得するのが確実ではない。しかし、それで堕天使の勢力となる可能性はなくなる。
なにが正解なのか、ライザーには分からなかった。
「いずれにしても彼女の意思を尊重するべきです」
ここで、天界のトップたるミカエルが3人に混ざった。柔和な、人のよさそうな笑みを浮かべながら――
「彼女に決めさせるべきでしょう。堕天使側で神器を学ぶか、悪魔の方で学ぶか――天界につくか」
漁夫の利を狙っていた。
「おいてめえミカエル。なにさりげなく混ざってきてんだ」
「いえいえ。私は可能性を示しただけにすぎませんよ。彼女は聖獣ですからね。天界という選択肢もあるでしょう」
「みんな和平守る気ないのかしら☆ なら私も天界に攻め込んじゃうわよ?」
「とりあえず、彼女は渡さないよ。――もちろん、イッセーくんもね」
ぎゃーぎゃーわーわー騒ぐトップ陣を見ながら、ライザーは先ほど魔王に感じた頼れるという印象を引き下げた。というかトップこんな奴らばっかかよ。なんで今まで組織崩壊してないんだ。
そんな感情をもちながら、ライザーは今までの悩みをとりあえず投げ捨てる。そして、その騒々しい争いを抑えるために腕の中でぐーすか寝こけている原因を叩き起こすことにした。
正直、めんどくさくなったのである。
★
頬が叩かれる感覚に目を覚ませば、目の前にライザーの顔があった。まさか寝ている間にされたのかと思ったが、抱き上げられているから多分違うだろう。これ絶対入ってるよね状態だ。入れてもいいよ。
ていうか何故かライザーの目が死んでやがる。どうしたんだこいつ。こんな目したライザーとか主人公に負けた後しか見てないぞ? 主人公にイン●にでもされたのか?
そう思って辺りを見回すと、会議の席に座っていたやつらが言い争いをしていた。何やってんだこいつら。しかも魔力とか光とか出してやがる。和平はどうした和平は。
説明を求めてライザーを見上げると、ぎゅっと抱きしめられた。どうした。本当にどうしたんだライザー。俺でよかったらカウンセリング(性的な)するぞ? いや今なら普通のカウンセリングもやるよ? 後でご褒美もらうけど。
あ、そうだご褒美と言えばさっきの分のご褒美貰ってない。……でもライザーこんな調子だしなあ。どうすりゃいいんだろ。
「おい」
とか思ってたら総督がすぐ目の前にいた。いつの間にかこいつら喧嘩やめてやがる。でも今ちょっとライザーをどうするか忙しいから後にしろよ。まじで勃たなくなったら困るんだよなあ。
「話をきけ」
頭を叩かれた。
……!? 俺の秘技、『どうせ無表情だから話聞いてなくてもばれないよね』が破られただと……!? え? じゃあ意思疎通できるのかな。ライザーと性行為がしたいです!
「お前も気づいてるだろうが、お前は悪魔じゃなくなった」
あ、そっちはとどかないのか……っておい。どういうことだ。え? そんな簡単に悪魔ってやめられるもんなの? なんだそのシステム。後付けにもほどがあんだろ。
でもそんなことができるならさ、百歳とか超えてから悪魔やめたらどうなんだろうね。一気に老け込んだりするのかな。やべえ、すげえ見てみたい。早送りなのか瞬間なのかも気になるところ。
「だから話聞けっつってんだろ」
また叩かれた。というかこいつ俺の頭を叩きすぎである。ただでさえ変なダメージ負ってんのにこれ以上俺の脳細胞を殺すつもりか。なんて奴だ……。
「あーもう。手短にいくぞ。まず、お前はこれからどの勢力に入るつもりだ」
は? 何言ってんだこいつ。俺がそんな浮気者に見えるか。俺とライザーとの性的な関係は種族なんて関係なくめっちゃ強固なんだよ。いつでもどこでもヤりたいお年頃だ。
……ていうのをどうやって表現しよう。ライザーに助けを求めて見上げると、すごい嬉しそうな顔をされた。なんだお前。急に元気になったな。息子も元気にするといい。
「ま、そりゃそうだよな」
総督の言ってる意味がさっぱり分からん。頭いい奴の言うこととか正直わけわかんないよね。確かIQって20くらい違ったら会話成り立たないとか言われてるほどだからね。どうしようもないね。
「んじゃあ次だ」
おい俺答えてないぞ。俺はライザーのだからな? 俺はライザーとセック●がしたいのであって、けしてお前らとヤりたいわけじゃないんだよ? そこんとこ理解してんの?
……まさかこの間にライザーがどうにかしてくれたとかか? やべえ流石ライザー。お前ほんと最高だな。抱いてくれ。あの嬉しそうな顔になんか意味があったのだろう。だんだん俺の考えを読めるようになってるのかもしれない。
いいね。どうやってコミュニケーションとる方法を取ろうか考えてたけど、ライザーが俺と取れるようになるなら楽でいいし、いろいろと良いことがある。このままどんどん俺を理解していってくれ。
「聞け」
ぱあんっ、と結構な音がなるくらい叩かれた。ていうかこいつ仮にも女の子の頭を気軽に叩きすぎだ。セクハラで訴えんぞ。ライザーは俺にセクハラしようね。
「あのな、これはお前だけじゃなく、そこのライザー・フェニックスの命にも関わるんだぞ」
え。なにそれ。ていうか俺だけじゃなくってライザーにも命の危険あるの? ていうかなんの話だ。なんだなんだよなんなんだ。そんなん聞いてないぞ。仕方ない、死ぬ前に最期に交わろうぜライザー。悪魔らしく最期は快楽でしめよう。
あ、俺今悪魔じゃないんだっけ? 人間なのか。やべえすぐ死ぬジャン。ついに再生能力すら得た悪魔型スーパー回復が消えてしまう。なるほど、だから俺に命の危険あんのか。
あれ? じゃあライザーはなんで死ぬの?
「お前の
? 全体引力とパワーアップと再生能力のなにが危険なんだ? あれか、人間の細胞は分裂数が決まってるから再生できなくなるよって感じか? いやでもそれライザーと関係ない……まさかライザーの再生能力も限界あんの?
いやでもライザーのに
なるほど。命の危険は言い過ぎだけど味方いるとこじゃ使えないもんね。ライザーみたく不死身ならまだしも他の奴らなら死んじゃうのか。
で、総督はそれをどうにかしようとしている訳だ。
「お前には選択肢が二つある。
うん? つまりあれかな。塾に行くか参考書渡すから頑張るかってことかな。どっちも嫌である。勉強とか糞食らえ。滅びろ。俺はライザーと性交できてりゃ満足なんだよ。
ていうかそんなん俺に聞かずにライザーに聞けばいいのに。俺の主人なんだから……って今は違うのか。というかなんで悪魔じゃなくなったんだろ。もしかしてライザーが俺に飽きた……?
それは嫌だなあ。今俺の男としてのライザーに対する好感度は親友レベルなのだ。女としての好感度はメロメロだ。捨てられたら多分いろいろヤバい。もう俺ルートは確定してしまってるのだ。フラグだって立っている。
ライザーの顔を見上げると、難しそうな顔をしていた。というか複雑そう? でも抱き上げたまま離してくれないから飽きられた訳じゃなさそうだ。すごい安心した。
安心ついでに眠くなってきた。寝ていいかな。正直俺に考え事なんて無理なのである。勉強はもっと無理。自慢ではないが前世で俺は体育と芸術以外オール1だったのだ。本当に自慢じゃない。
やっぱり選ばなきゃいけないのかな。どっちも変わんねえよ。あ、でも参考書貰うほうならサボってもばれないかな。よし、そっちにしよう。
さあライザー! この俺の想いを伝えるんだ! ついでに俺の邪な想いも伝われ!
ライザーを見上げる。対するライザーも、俺を見下ろし、目を合わせながらきっ、と眉をつりあげて頷いた。よし、どうやらうまく伝わったらしい。邪な想いも伝わっているといいな。
ライザーは俺から視線を外し、総督の方へ目を向けて言った。
「アザゼル様、この娘を、よろしくお願いします」
欠片も伝わってねえじゃねえか! 塾とか絶対サボれないじゃん! なんでこんな時にそんなコミュニケーションミスが起こるの!? いじめか!
「おう。しっかり叩き込んでやるよ」
言葉がすでに知識詰め込むつもりでいっぱいなんですけどどうすればいいですかこの総督。まさかライザーが裏切るとは思わなかった。伝わってると思ってたのに! ていうかせめて邪な想いだけでも伝われや! くそう。ライザーを信用した俺がバカだった。別のやつだ! 別のやつ! さあ、だれか俺を助けるんだ!
魔王!
「まあ実際これが一番だろうね」
ダメだ! 普通に賛成してやがる!
光るイケメン!
「彼女が選んだことですし、文句もありません」
選んでねえよ! ダメだ! 勘違いしてやがる!
魔女っ子……はいいや。なんか面倒そう。
しかしまずい。このままじゃ俺は前世でどうにか回避できた塾に今度こそ入れられてしまう。ラ、ライザー! 頼む、お前だけが頼りなんだ。裏切られても俺はお前を信じてるぞ!
「頑張ってこい。待ってるぞ」
ベッドの上かつ全裸で? ……じゃねえ! 待ってるぞじゃねえよ! むしろ俺が待ってほしいんだけど。確かに教育は大事だと思うけどそれは学校で充分だと思うんだ。俺悪魔の学校行ってないけど。
今まで俺を学校に行かせてないくせに塾には行かせるってなんだよ。訳わかんねえよ。どんな家庭環境だ。あまりにも複雑すぎてだいぶ時間立たないと分かんないタイプのドラマじゃねえか。ドロドロすぎだ。
勉強なんて滅亡してしまえばいいのに。あ、堕天使滅亡したら塾もなくなんのかな。なら堕天使滅亡しろ。くそう。まさか悪魔になってまで勉強あるとか予想もしてねえよ。俺まじで勉強とか無理なんだけど。せめてご褒美にライザーとまぐわらせろよ。
そうじゃん。俺まだライザーにご褒美貰ってないんだけど。それ貰えずに塾とか行けない。ライザーと交わったら多分塾行く気が起きると思うんだ。だからそれまで塾とか行かなくてもいいんじゃないかな。
「よし、話は決まったな。善は急げだ。おい、行くぞフェニックスの」
やめろ襟首を掴むな引っ張るな俺はまだ塾とか行きたくないしライザーとしてない! ふざけんな手とか振ってんじゃねえどうにか頑張って俺を助けるかせめて俺を抱けよライザー!
うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
感想。人に掴まれて飛ぶのはびっくりするぐらい怖かったです。
主人公、実際評価通りには有能だったりします。ただ致命的に頭が悪い。