風邪やらゲームやらでわたわたしてました。
ライザーは知るべくもないが、
しかし、数日を過ぎたところで変化が起こる。
ライザーの
轟音と共に砕け散る扉の残骸を、飛びかかる木片と彼女の足が床を貫くのを、その余波で屋敷に亀裂が生じるのを、ライザーはただ黙って見ていることしかできなかった。
それはあり得ないほどの質量、絶対的なほどの重さを纏う禁忌。神器の究極、
そう、たかが木製の扉一つ壊すためだけにまさかの
あくまで自らを責めるだけの、他から受けた心的ダメージには及ぶべくもない自己嫌悪に過ぎないものであるが、ドラゴン恐怖症を併発したために、彼女の存在によって感じるその自己嫌悪は、ライザーにとって強いトラウマとなっていた。
そもそもライザーが引きこもったのは彼女に万が一にも出会わないためである。出会ってしまえば、トラウマが蘇ることから、下がれという一言すら言えないだろうとの予想を、ライザーは立てていた。
実際、その通りであったわけで。
故に、ライザーは翼を広げて逃げ出した。
ライザーのできる全速力で、ライザーのもてる力の限りを尽くして窓から逃げ出した。風よりも早く、なによりも早く。
しかし、相手が悪かった。ついでに状況もまずかった。
例えばレイヴェルなどが相手である場合、ライザーに追いつくことは出来なかっただろう。フェニックスにとって、空は割と得意なステージである。あるいは
しかし。その場に居合わせたのは彼女であり、また彼女がライザーの部屋を強引に訪れたのは、発情により思考がライザー一色に染まったからである。
故に、彼女が引力を使うのは何らおかしなことではない。
「ぐ、おおおおおぉぉぉぉっ!!!」
どれほどライザーが抗えど、すでに実力は彼女の方が上。余程のことがないかぎり逆らえないのが道理である。結果的に、ライザーは彼女の腕……否、その大きな胸の中におさまった。
彼女は優しげな手つきで、宝物を扱うようにライザーを抱きしめる。柔らかな胸に顔をうずめるライザーは、常ならばその感触を楽しむスケベ根性の持ち主であるが、現在においてそんな余裕など持ち合わせていない。ドラゴン恐怖症のときに巨乳の龍に会わせるような感じである。
そんなことを知らない……というか気にできない彼女は、少ししてた後、ライザーを強く胸に押し付け、ぐりぐりと抱きしめて匂いをすり付けながら、決して逃がさないようにしている。ライザーの都合もなんのその、真っ青な顔などおかまいなしにその顔を離さない。
よって、ライザーは己自身と戦わざるを得なかった。自己嫌悪を、情けなさを、罪悪感を、その全てを歯を食いしばって耐え、眷属の前で情けない格好をしないために我慢していた。
ずっと逃げてきて、故に勝つことの出来ないかもしれず、それでも負けられぬ戦いを、ライザーは行っていた。
――しかし。それは
溜まり溜まって約十年。ずっと抑圧され、煮詰められて熟成された性欲が彼女を蝕んでいるのだ。自身で慰めるという一夜漬けのようなその場しのぎで誤魔化してきた性欲が、ここにきて爆発しているのだ。
そんなものを溜まってない性欲ですらどうにもできなかった彼女が、一人で発散などできるわけがない。
できるのは、ライザーただ一人。よって、彼女はライザーのところへ急襲した。発情によって単純なことしか考えられない彼女は、後先考えず扉を破壊し、ライザーを捕まえた。
問題はここからである。
後は服を脱がすなり服を脱ぐなりしてしまえばいいところだったのだが、彼女はライザーに触れたことで僅かに正気を取り戻してしまったのだ。そして、正気を取り戻した彼女の理性は、なんと本能を少しながら抑えこんでしまったのである。
よって、発情しながらも理性はあるという、本当に同人誌みたいな状況になったのだ。そしてその状況のヒロインが堕ちるまでに起こすのは当然ながら発情に耐えること。その例に漏れず、彼女も耐えた。耐えてしまった。
故に今、彼女は葛藤しているのだ。理性を取るか、本能を取るか。当然、理性を選んだところで勝ち目はない。しかし男の子……女の子には複雑な想いがある。発情していない彼女は、ライザーライザー言っていながら結局のところヘタレである。そう、快楽を得るために言い訳が欲しいのだ。
発情しているから仕方ないとはいえ、自分から襲いかかるのは嫌で、ついでにライザーがその気にならないと意味がない。そんな変なプライドが彼女の理性を支持していた。
まあそんなわけで、彼女もまた、ずっと逃げてきて、故に勝つことはあり得ない、しかし負けられない戦いをしているのだ。
ライザーはトラウマと、彼女は性欲と。
文字にしてみれば陳腐だったり滑稽だったりする相手だが、しかし本人たちからすれば真剣そのもの。僅かな感情の乱れが敗北に繋がる綱渡り。そんな、傍から見ればイチャついているだけの馬鹿馬鹿しい戦いを、彼らは繰り広げている。
しかし、一概にも馬鹿馬鹿しいだけとは言えない。
ライザーが敗北した場合、
そして彼女が敗北した場合。テクノブレイクでライザーは死ぬ。
事態は、割と深刻だった。
とはいえ、そんな深刻さなんて誰にも分かるはずもない。誰一人事態の深刻さに気がついていない。しかし、別の意味で危機感を抱いているのは一人いた。レイヴェルである。なんせレイヴェルは長年ライザーと
轟音に驚いたレイヴェルが見たのは、亀裂の入った屋敷と、彼女に抱きしめられるライザーであった。その一見したら勘違いしそうな状況を視認して、しかしレイヴェルはすぐに察した。
これは別にイチャついてるとかではない、と。
そもそもライザーの顔は真っ青であるし、彼女の方もどこか何かを耐えているような様子である。レイヴェルには果たしてなにがあったのかはさっぱり分からなかったが、顔色などからライザーがトラウマを発症していることは分かった。せっかくなので根性を付けさせるために放置をしようとレイヴェルは思っていたが、それをするには
彼女は、いつも通りの無表情であるが、何か激情を抱えている。その激情は、悪いことではないかもしれないが、しかしいいことでもないような、そんな不思議な感情だった。単なる勘であったが、レイヴェルはそう思った。
しかし
よって、それを解決する手段は用意している。
その方法はまあ、知ってる人は知ってるアレである。とはいえ今の状態でできるものではない。今ライザーにひっついている彼女が必要ない、というか邪魔なのである。つまり彼女を引き離す必要がある。
よってレイヴェルは、
完全に意識を己の内に集中させていた
★
「た、助かったぞレイヴェル……」
心底安心したように言うライザーに、にっこりと笑顔で頷くレイヴェル。このとき、ライザーはたしかに妹であるはずのレイヴェルが聖女であるかのように感じられた。それほどにライザーは安心していたのである。油断していたのである。
気の抜け切ったライザーを、レイヴェルはそっと窓の近くへ押しやる。ライザーがそのことについて疑問を挟む間もなく、直後、轟音と共にライザーの胴体は何者かの足に掴まれていた。
「な、なにが――」
「こいつか? 俺に根性をなおしてほしいというのは」
地の底から響き渡るような、威厳の含まれた声。その声を認識した途端、ライザーの意識がふっ、と遠くなる。
そこにいたのはかつての六大龍王が一王、魔龍聖、タンニーン。
レイヴェルはイッセーに相談した際に、タンニーンに話をつけてもらっていたのだ。つまり、ライザーは助かってなどいない。
「ええ、よろしくお願いしますわ」
さらりと自分の兄を地獄へ突き落とすレイヴェル。レイヴェルは『やめろ』やら『助けて』やらそんな情けない声を完全にシャットアウトし、またタンニーンも同様にその声をシャットアウトして頷く。
「任せるがいい。必ず『死にたい』などと思えぬような有様にしてやろう」
兄の断末魔を背景に、レイヴェルは飛び立って行くタンニーンへと優雅な一礼をした。美しく華麗な、見るもの全てを魅了するような礼であった。
さて、次は
それはもちろん――
「よお。
アザゼルである。
「突然出てきてお兄様を抱き潰してたので取り敢えず気絶させておきましたわ」
「気絶っておま……すげえなおい」
唖然としたように言うアザゼル。実際、フェニックスを精神の消耗関係なしに気絶させるためには神と同等の威力が必要であることから、その驚きも当然である。そもそもとりあえずで気絶させられるよう種族ではないはずなのだ。
「ずいぶんと恐ろしいなったく。で? こいつはなんでこうなってんだ?」
「それがさっぱりでして……。何か、強い感情をお兄様と自分に向けていたのは分かるのですが……」
「強い感情、ねえ……」
アザゼルは
「んで? その感情ってのは前から有ったのか?」
「前から……ええ。以前はもっと弱かったですけれど有りましたわ」
その答えを聞いて、アザゼルはふむ、と納得したように頷いた。
「多分だけどよ、その感情ってのはライザーを求めるとかそういうなんかだろう。で、何が原因かは分かんねえがそれが暴走しちまったってわけだ。こいつが引きこもってたのは……んー、もうライザーに拒絶されたくないからとかか? まあそんなとこだろ」
アザゼルの言葉に、レイヴェルは首を傾げる。
「ではその感情は強くていいものなのですか?」
イッセーを求めているような、そんな感情は強くレイヴェルの内を焦がしているが、しかしそれが強くて悪いということはない。
しかし。
「強くたってそりゃ構わねえさ。問題は暴走してることなんだからよ」
そう、自らを律することができないほど求めてしまっては当然いいはずもない。レイヴェルは強くイッセーを求める一方、しかし確実に自律できている。
「ま、つっても強い感情が原因なら少なくとも一時的に、上手くいけばそのまま解決できる手段はある」
アザゼルはこともなげに言う。当然のことを言うように、簡単なことを言うように。
「ほ、本当ですか? それはどういう……あ、人工神器というものですわね!」
「ちげえよ。心ってのは複雑な機構なんだ。当たり前だが、変に弄くりゃ変になる。人工神器で制御できるようなもんじゃねえ」
「で、ではどのような……」
レイヴェルの問いに、アザゼルは意地悪く笑う。
「それはな、お手軽で簡単で確実、誰だって出来るような手段だ」
そう言ってアザゼルが取り出したのは、一つの銃。
「レイヴェル、一応部屋から出ておけ。初めてはイッセーのがいいだろうからな」
「一体なにを……」
「くくっ……。レイヴェル、俺は思うんだよ。落ち着くために、一息つかせるために、一番ベストな方法ってのはよ――」
その名は――
「賢者タイムだ」
性転換光線銃。
★
ふと、喪失感と懐かしさで目が覚めた。ぼんやりした頭で辺りをみまわすと、同じライザーの眷属仲間であるイルとネルがチン●らしき物体を触って遊んでいる。ていうか本物である。その手にはケフィ●が付着しており、こいつらがさっきまでしていた行動を物語っていた。俺の近くでなにやってんたおい。
しかしこれは誰のだ。ライザー以外で男って眷属の中にいなかったよな……。あとなんか体がスースーする。俺は今全裸らしい。んー。ていうか妙に視界良好だな、いつもなら胸が邪魔して見えな……ない!? え、ちょおい、いつのまに俺は無乳になったんだ。せめて貧乳くらい残しておかねえとライザーが無乳嫌いだったらどうしてくれんだよおい。
なにこれ。まじでなにこれ。なにやったら胸をしぼませるとかできるんだよ。どんな技術だ。ていうかさっきから下腹部がくすぐったいんだけど何が起きてんだ。少なくとも見えるのはイルとネルが男性の器を握ったりして遊んでいることぐらい……ってまて。
まって、まってまってまって。……どういうこと?
「あ、おきたー?」
「おはよう!」
うん。呑気に挨拶してんじゃねえよ、どういうことだよ。なんだこの状況は。なんで俺からチン●生えてんだおい。なんで今性転換起こしてんだ。っつーかなんでお前らも俺の息子をにぎにぎしてんだおい。てか絶対一回発射させただろ! 賢者タイムとか懐かし過ぎて初めての感覚だよおい!
どうすんだこれ。どうなってんだこれ。何が起きたらこうなんだよおい。つーかお前らいつまでも刺激してんじゃねえ! 今賢者タイムなのが分かんねえのか……って、うっ……ふう。
……あー。もう。とりあえず身じろぎしてイルとネルをどかす。なぜかぶーたれた様子の二人を無視して辺りをみまわすと、にやにや笑っている総督を発見。よし、殲滅する。
「起きたか。今までのことは思い出せるか?」
はあ? なに言ってんだこいつは。今までのとなんて…………あー。うわー。やっちまったっていうかやられちまったっていうか。うわー。スッキリした頭のおかげで万事ぬかりなく思い出せてしまった。ていうか何してんだ俺。明らかに強盗じゃねえか!
いや強盗はいいんだけどなんでライザーも俺を押し倒さねえんだ。それだけで万事解決だっただろうになあ。まったくわけわからん。くそう。とにかく発情していたのはどうしようもないけどこれから発情する可能性もあるわけで。……あれ? でも男のままなら発情しても一発出せば平気なんじゃね?
と思った直後、俺のマイソンが縮んで行く。そして胸がすくすくと育っていく。……うん。無理じゃん。すっかり体が戻ってしまった。まあまだ賢者タイムは続いているようで、とりあえず安心である。
しかしどうするか。正直発情とかアレ抗うの無理。眠いときに布団に入って目をつむって羊を数えながら徹夜するぐらい無理。となると……もうライザーがどうにかしてくれないとアレだよね。ライザーが俺を犯しさえすれば全部解決するよね。
しかし俺もそうだったけどライザーの様子も今考えればおかしかったよなあ。トイレでも我慢してたのかな。あ、いや待てよ? 確か俺が抱きついたときライザー震えてたような……そうか、丸めたティッシュを生産する作業してたのか。引きこもりだもんね。処理は自分でやるしかないよね。
……俺を呼べよ!
「話聞け」
ぱあんっと小気味のいい音で俺を叩く総督。その手にはハリセンが握られている。……なんだそのハリセンは。
「で? お前はなんで引きこもったりライザーにあんなことしたりしたんだ?」
そう言って俺を見る総督。ちなみに俺は未だ全裸である。まあ裸見られるくらいライザーでもないし良いんだけどね。
さて、なんで引きこもって、なんでライザーのところへ急襲したか、か。まあ発情して意識がある間それを抑えようと自分でいじくったりしてたけど限界きてライザーを襲ってそこでまた意識戻って我慢してた。……なんてこと言えるかバカ!
まず発情からして言えねえよ! 俺は自分から襲いかかるのは勘弁なんだ。変態ではあっても痴女じゃないんだよ! だいたいなんだ発情って! 普通の人間は、そして悪魔でも発情とかしねえよ!
……まずい、まずいぞ。どうにかして誤魔化さねば……どうすればいい?
「あーもどっちゃってるー」
「つまんなーい」
うっせー! つーか少し前に戻ってんだよ! くそう。誤魔化す……誤魔化す……。あーもうめんどい! こうなりゃ黙秘だ!
「ん? 言うつもりはねえってか?」
そう言ってにやあと笑う総督。その通り、言うつもりなどない! ていうか主神が俺を発情さえさせなければこんなことなかったのにあの野郎め……次あったら絶対殴ってやる。
「じゃあ仕方ねえか」
およ? 珍しく総督が素直だ。何か変なもん食ったんだろうか?
「お前はライザーが欲しいからライザーのところへ行ったな?」
突然の総督の問い……っていうかこれなんのつもりだおい。その通りだけどさあ。でも答えてやらないけど。
「なるほど。引きこもってたのはライザーに嫌われたくないからか?」
……あれ? 答えないのに次進んでる。そういえばこいつって俺が話聞いてるかが分かるんだったよな……いやまさか。まさか。これって。
「へえ、違うのか。んじゃ、次は……」
尋問だと!? ていうかどうやって嘘か本当か判断してんだこいつ。俺の表情が崩れるわけがねえし、え? まじでとういうこと? ていうかこのままだと俺は恥を晒してしまう!
しかしどうするか……。あ、そういえば服着てない。よし、それを口実に抜け出そう。大義名分さえあるのなら俺は無敵なのだ。ついでにライザー見つけたら飛びつこう。犯してもらえたら万々歳だ。
ふはははははははっ! いくぞ
さらばだ床! 今まで俺を支えてきてくれてありがとう!
そして喰らうがいい俺の踏み込みを!
「しね」
ミシミシと軋む床に一歩踏み出すと、限界が訪れたように崩れて行く。そうさ、もうライザーの部屋ぶっ壊してんだからいっそのこと全部壊してしまってもいいよね!
さらばだ総督! 俺の恥は晒させやしない! あとイルとネルはもうちょっと羞恥心を持とうね。流石に人前でケフィ●舐めるのはどうかと思うよ。
ふはっ、ふははっ。まあしかし、これで俺の一人勝ち――!
「よお。どこ逃げんだ?」
あ、久しぶり総督。
このあとめちゃくちゃ説教された。
アザゼル先生が万能過ぎて困ります。ちなみにしてるのは嘘の判別ではなく、核心をついたか否かを反応から判断してるのです。