花襲 -はながさね-   作:雲龍紙

13 / 19


※獣殿が神子に【黄龍】について軽く教えてもらってるだけ。

※獣殿の興味を引いてしまったようです。

※ただ……なんというか、珍しい硝子細工か何かを眺めているような、そんな感じかと思われます。うん。

※一応、恩人の世界の民(=恩人の物と認識)なので、無理強いはしないつもりでいる模様。





花詠み -黄金-

 

 

 

 

 カサリ、と下草を踏む音にページを捲る手を止める。視線を庭に向ければ、深くフードを被った人影がひっそりと佇んでいた。その気配は相変わらず透明で――視界に入っているのにも関わらず、見失ってしまうような印象を抱かせる。

 しばらくその姿を眺めていると、居心地悪そうに僅かに身動ぎした。だが、立ち去ろうともしなければ近寄って来ることも無い。声を掛けて来る様子も無かった。姿を見せていながら、どうも困惑しているらしい。

 それを眺めながら、人馴れしていない猫のようだ、と思う。好奇心と警戒心の狭間でこちらを窺っているような。

 

「来ないのか?」

 

 軽く笑いながら問えば、戸惑うように瞬き、ゆっくりと歩み寄ってくる。そして先日と同じように、少し間を開けて隣に座った。

 

「残念だが、今回も家主は留守だ。――間が良いと言うべきか、悪いと言うべきか」

 

 先日の様子からしても、おそらくは留守であると知っているのだろう。あるいは、留守だからこそやって来ているのかもしれない。現に、今も告げた言葉に対して、微かな笑み以上の反応は無い。

 

「……何を読んでいるの?」

 

「この国の神話について、といったところか。此処の家主も神格、あるいはそれに類似するものを有しているようだが、生憎と全く知らんのでな。礼を欠くことがない程度には、把握しておきたい」

 

「――――それなら、記紀には載ってないよ」

 

「……む?」

 

 客人は淡く微笑むと、靴を脱いで部屋に上がった。部屋の戸を開け、小さく「こっち」と呟く。そのまま足を踏み出そうとして、何かに気付いたように視線を足元に向けたままゆっくりと瞬いた。見れば、白い蛇の姿をしたカールが客人の足元に蜷局を巻いている。

 客人は何度か瞬くと、そっと膝を着いて淡く微笑んだ。

 

「えっと……こんにちは。一緒に行く?」

 

 そう言って腕を差し伸べる。カールである白蛇は少し考えるような間をあけた後、スルスルと差し伸べられた腕を登り、首飾りのような位置で落ち着いた。

 

「……あの人も、つくづく大変なのに付き合うね……」

 

 白蛇を指先で撫でて、ぽつりと零す。次いで振り向くと、改めて「案内します」と告げて部屋を出た。それに促されるままについて行けば、勝手知ったるとばかりに廊下を渡り、ある木戸の前で足を止める。

 

「ほんとは隠し書庫とかもあるんだけど。たぶん、あなたたちが知りたいのは、ここので充分じゃないかな」

 

 躊躇いなく中へ入る客人に続き、書庫と思しき部屋へと足を踏み入れた。

 

「……ほう」

 

 部屋としては、広くない。少なくとも、最初から生活を考慮しているスペースは無い。よって、元より物入れか何かとして使う予定の場所だったのだろう。せいぜい人ひとりがやっと通れる程度の幅を残し、左側の壁は書棚として書物で埋まっていた。先に入った客人の向こう、広くない部屋の突当りには小さな卓――文机と云うらしい――が置かれている。

 

 書棚に入れられた本は、どうやら比較的新しいモノであるようだった。装丁を見る限り、ほぼ戦後に出版されたものだろう。――神話かそれに類するもの、という条件で、まさかこれほど新しい本が並ぶ書庫に連れて来られるとは思わなかった。

 

「……その外見だと、たぶん、日本生まれでは無いですよね?」

 

「いかにも。――生まれはドイツであるな」

 

「一応、訊きますが……現代日本語は読めたとして、古典は読めますか? 大体400年前から1000年前のものです。もちろん、現代とは書き方も違えば言葉の意味も異なりますし、基本的に筆での手書きなので、日本人でも読めない人が大半ですが」

 

 こういうのです、と言って差し出されたのは、和綴じと云うらしい独特な製本をされた、しかし真新しい書物だった。パラパラと捲れば、やはり素材としては新しいらしく、傷みなどは全く無い。だが、内容は全く読めなかった。おそらく文字であろうものが、ただの複雑な線にしか見えない。

 

「……読めんな。だが、何故これは傷んでいない?」

 

「あの人の暇潰しの産物です。古くて傷んでしまっているものを、書き写しているんだとか」

 

「――ああ、なるほど」

 

「なので、一応、日本語が読めるとしても現代語である、と仮定して、此処にしました。――読めます?」

 

「それならば、問題無い」

 

 実のところ、此処で目が覚めてから暇だったので覚えた、というのが正確なところだったりする。家主と会話が通じていたのは、向こうがこちらの言語に合わせていたからだ。――発音はかなり怪しかったが。

 

 ざっと書棚のタイトルを眺め――なるほど、と思った。『山の神』『陰陽五行と日本の民俗』『境界の発生』『稲荷信仰』『風水』『日本の神々』『日本古代呪術』など――基本的にカールの得意分野であろう文字が大量に在る。というかむしろ、その手のタイトルしか見えない。

 

 客人は時折考えるような素振りを見せながらも、特に迷うことなく本を抜き出していく。最初に選んだ本には『魔方陣』という文字が見えた。

 

「日本の神話は、ほぼ寓意。表面を見ただけじゃ解読なんて到底無理。他国の神話であろうと、日本に入って来た時点で、何かしらの寓意を意味付けられるのは避けられない」

 

 もう1冊、同じようなタイトルの本を抜き出す。更に『陰陽五行』『道教』『龍』などの文字が見えるタイトルを手に取る。

 

「もともと、この国の神には、個を示す名は無かった。先に在ったのは事象であり、概念だった。だから、非常に様々な名前を与えられた。――他者に伝えやすいように、『事象』や『概念』に名を与えたんだ。それは『名付け』では無く、『翻訳』に近い。何故なら、結局のところ名称自体がブランド化して一人歩きすることは、この国では滅多に起きなかったから。今でも、神の本質は『事象』や『概念』で、名は体を表すけれど、あくまでも名は『ソレ』の本質を説明する為のものでしかない」

 

 困ったように微笑みながら、抜き出した5冊の本を差し出された。書棚に納められた本と比較するまでもなく、少ない。とりあえず差し出された本を受け取り、問い掛ける。

 

「――この国の神話には、彼はいないのか?」

 

 ラインナップを見る限り、この国の神話は含まれていない。それを不思議に思いながら問えば、客人は少し考えるように瞬き、また別の本を取り出した。タイトルは『北欧神話』。まったくの予想外のタイトルに、思わず沈黙する。

 だが、客人は小さく笑うと、再び口を開いた。

 

「――――あの人、なんて名乗ったの?」

 

「……む。たしか、【コウリュウ】と」

 

「うん。――でもその名前の神様は、どこの神話にも登場しない。代わりに、北欧神話だと【ユグドラシル】としての名を持つ。…………世界樹は知ってる?」

 

「流石に、その程度ならば」

 

「こっちで云う【黄龍】の本質は、北欧神話で云うところの【ユグドラシル】の本質に似ているんだよ。だから、日本の神仏統括システムによって、入れ替えが可能となる」

 

 その言葉に、眉をひそめる。何か、非常に聞き慣れない言葉を聞いた気がした。だが、客人は気にせずに話を続ける。

 

「……【黄龍】は、主に古代中国に端を発する伝承や五行思想に現れる黄色、あるいは黄金の龍。四神の長とも云われ、龍脈を統べるとも伝えられる。五行で黄は土性を表し、方位は央。故に【黄龍】自体もその性質を帯びる。――――龍脈とは、《氣》の流れ。西洋の人には、エーテルと云った方が通じるかな? このエーテルは世界を満たし、循環している。世界を形作るすべての力の源。――故に、龍脈に棲む【黄龍】は、その性質をも併せ持つ。つまり、【黄龍】とは、あらゆる力の顕性である、と。中央に在る、世界の源――ここでさっきの、【ユグドラシル】に繋がる」

 

「……何やら、非常に難解だな。こじ付けのようにも聞こえるが――筋は通るのか」

 

「うん。この論理に筋を通してしまうのが、この国の神仏統括システム。余計な面倒に関わりたくなければ、表に出ない事をおすすめします。というか、そうならないように黄龍殿が計らっているのだろうし」

 

 今日、出掛けているのもそうでしょう、と呟く客人の言葉に思わず瞬いた。

 

「お蔭でこちらに付いてた人たちが黄龍殿の方に回されたので、僕としては自由に動けて有り難いんですが……だからと言って黄龍殿が僕と同じ目に遭うのは良い気もしません。早く済むと良いんですけどね、会談」

 

 ――――どうやら、家主が留守の時に現れるのは偶然でも無ければ、狙っていた訳でも無いらしい。単純に、自由になれるのが此処の家主が外出している間しかない、という事だったようだ。しかも、完全な自由、という訳でも無いのだろう。だからこそ、灯台下暗しと云うべきか、監視などの目が付きにくい場所として、此処にやって来るらしい。

 だが、そうであるならば、何故そんな状況を甘んじて受け入れるのかが解らない。訝しんで目を向ければ、客人は小さく苦笑を零した。

 

「…………流石に、何百年もかけて組み上げられた術式を破るのは、ちょっと……。しかも、国土を全て駆使して張り巡らせられているので……破ろうと思ったら、もう国土ごと沈めないといけないレベルなんですよ。――――流石に、そこまでしたくありません」

 

「――それが狙いではないのかね? 卿らを躊躇わせる為に、そのような術式を敷いたと」

 

「どうでしょう。純粋に結界術式で陣取り合戦していただけの時期もありますし。後世、それを利用した人はいましたけど。――詳しくは、その本に書かれてますよ。6割くらい、かな? 考え方としては8割正解しています」

 

 そう言ってから、ゆっくりと瞬き、ふと息を吐く。褪せたような色彩の眸が、微かに揺れた。

 

「――僕たちは、自らの在り方に疑問はありません。ただ、ほんの少しだけ、さびしいと感じることがあるだけです」

 

「疑問は無い――納得していると?」

 

「……理解、しています」

 

「――――なるほど」

 

 自らが負わされたものに、納得はしていない。だが、それを理解し、受け入れることは出来ると。それは許しか、あるいは諦めか。それとも自己犠牲に近いモノか。

 いずれにせよ、自分たち覇道神とは、ある意味で非常に遠い存在なのだと感じた。覇道とも求道とも異なる在り方に、非常に興味深いと思う。

 

「実に、興味深い」

 

「……?」

 

 零した言葉に小さく首を傾げた相手に手を伸ばし、慎重に指先で髪を梳く。慎重に慎重を重ねなければならないほど――――この客人は、脆い。普通に過ごしているだけでも、いつ崩れてもおかしくない、と思わせる程度には脆く、儚い魂。

 おそらく、単純な強度では無く、純度――もしくは透明度を追究した結果だろう。だが、強烈で鮮烈な魂ばかりを見ていた身にとっては、非常に珍しくもあった。

 故に、興味深い、と。

 

「……あの……?」

 

「ふむ。――私からすると、卿は珍しい故、どうやら気に入ったらしい。どうだろう。我がレギオンに加わる気は」

 

「なんだか良く判らないですけど、断りたいです」

 

「そうか。――まぁ、卿には卿の役目があるようであるしな」

 

「というより、その『珍しいペットを見つけたから飼ってみよう』みたいなノリである限り、お断りします。むしろ全力で逃げます」

 

 逃げ隠れするのは得意ですし、と溜息を吐きながら告げた客人に、思わずくつくつと笑いが零れてしまった。

 

 

 

 

 






見立て風水――――

 古来、中国より伝えられた【風水】が日本において独自に深化した呪術。
 大陸より伝来した【風水】とは『天地の意に適うよう、人間を配置する』のが鉄則であったのに対し、この国の呪術は『人の意志こそが、天地に比されて並べ置かれるもの』とされる。単なる地相占術、あるいは哲学であった【風水】に【見立て】という思想を取り入れ、より複雑化させた。
 形、名前、性質――様々なモノを合わせ鏡の如く見立て合い、互いを補完し、補強し、互いが互いを『身代り』とすることによって、呪術的戦略をより高度に複雑化させた技術。


 ――――即ち、人が神仏を管理する為の呪術プログラムのひとつ。




 不穏な解説付き。
 日本の宗教が世界の中でも特異なのは、真面目にこの『人が神仏を管理する』『人が人を神に仕立て上げる』『不要な神を人為的に排除する』ということを平然とやってのけるからだと思う……。
 日本の神仏世界は相当シビアですね。忘れられれば廃され、人間に不要とされれば排除される。回避するには『人間の役に立つ』ということを証明し続ける必要がある。あるいは、『祀らなければ祟る』ことを証明し続けなければならない……これは、疲れるわぁ……。

 さて。
 今回のキーワードは『人が神仏を管理する為の呪術プログラムのひとつ』です。


 ちなみに、神子が獣殿に見繕っていた本は、すべて実在する本です。タイトルの一部しか出していませんが……わかる人にはわかる……かも?



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。