学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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長らくお待たせいたしました、原作開始DEATH。


Then & Now

2010年 某月某日

日本 床主市

 

ラクーンシティーのアウトブレイク発生から十年以上の時が経ち、生物兵器等と言う単語も全く見聞きする事が無くなった。それもこれも国連の後ろ盾によってアメリカ合衆国が立ち上げたバイオテロリズム(Bioterrorism)保安(Security)評価(Assessment)同盟(Association)がその手の物に目を光らせる様になったからだ。BSAAはあらゆる面に於いて支援されており、各地にある八つの支部が連携してBOWとそれを扱う者達を逮捕、または制圧して行った。ウルフパックもその事件の幾つかに関与していたが、それもBSAAではこの事実をごく少数の人間しか知らない。

 

既に高校生となったヴァイパー———本名は不明な為、自分で御影竜次と名乗っている———はナイフとコルトM1911A1を枕の下から抜き取り、机の上に置いて伸びをした。

 

十畳ある広々とした彼の部屋のインテリアはシンプルで、フローリングと天井を除く全てが黒かネイビーブルーである。奥の右隅には布団、そして左隅には本棚、洋服箪笥、勉強机、そして作業机が並び、作業机の下に小振りな冷蔵庫がある。突き当たりの右隅にはダンベル数種類と壁には鉄棒が固定されており、そこにバスタオルが引っ掛けられていた。

 

部屋の左隅にあるドア(これも黒い)を開けてシャワーを浴びた。以前にも増して古傷が増えた彼は最早大の大人と変わらない程成長している。体も無駄な脂肪はほぼ皆無で腹筋も六つどころか八つに割れているのだ。

 

それは兎も角、何にしても、退屈だ。果てしなく退屈だ。

 

過激派のテロ紛いの事をする連中も、マフィアも、カルテルも、ストリ—トギャングも飽きる程潰して来た。一昨年は議員の従軍時代の事件の隠蔽とその隠蔽の為に行われて来た暗殺を暴露、モルドバからプルトニウムの強奪、更には都市伝説と言われた放射線反応を出さない小型核爆弾『レッドマーキュリー』の行方を追った。

 

去年はソマリアの海賊狩りやCIAに依頼されて彼らを裏切った元エージェントを潜伏先の島国の軍隊ごと始末したりした。が、その手の事を長い間彼の長期休暇中にやり過ぎてしまっている。その為、今年の大物政治家の事故死に偽装した暗殺を最後にその手の依頼もめっきり減った。お陰で仕事で消化する筈だった休みの期間がかなり空いてしまっている。

ウルフパック以外の一般人との付き合いはあるにはあるが、必要最低限に留めているし、関係の深さも『本来の自分』が揺らがない様にしっかり線引きをしている。

 

「どうするかな・・・・?」

 

心の底を他人に隠したまま生活を続けているが、永遠に誰にも自分の本性を隠したまま一生を過ごせるものだろうか?

 

答えは、否である。擬態を得意とする動物でもいずれはどこかでボロを出し、喰われ、朽ちる。増してや彼は人間だ。自分らしく自由に生きたいと言う欲求をいつまでも殺し続けるのも限界がある。刺激的な非日常こそが彼らしい生き方にして、真の日常なのだ。刺激も緊迫した状況も皆無な平和な日常に、段々と嫌気がさして来る。

 

右胸の数字を指先でなぞって考えに耽り、部屋に敷いてあるカーペットを捲ってフローリングの一角を外した。二つの鍵と六桁の暗証番号によって開く厳重な金庫の扉が現れる。中は数百万の紙幣で敷き詰められた小さなボストンバッグの他に何冊ものパスポートが入っていた。本物と見間違えてしまう程精巧な作りだが、それらは全て闇市場で制作を依頼した偽装パスポートで、何年も使って来たと言うのに未だにバレていない。

 

その内の鷲の紋章が入ったアメリカのパスポートと菊の花が表紙に描かれた日本のパスポートを取り出した。アメリカのパスポートにはヴァイパーが自分で考えた名前『御影竜次』、そして日本のパスポートには偽名の『小室孝』と言うありきたりな名前がローマ字で書かれている。

 

日本にいる間は後者の名を使っており、自分が住んでいる一戸建ての家の表札や市役所にも小室の姓で戸籍を入れている。経歴もスペクターのお陰で履歴書でも適当に誤摩化す事が出来た。誤摩化しを完全に通す為に小学校から学び直さなければいけなかったのが苦痛だが。

 

勉強机にパソコンと一緒に置いてある二つの携帯の一つがハードロックの着信音を高らかに鳴らし、孝の思考を中断させた。液晶には知った名前が映っている。『毒島冴子』だ。

 

「もしもし?」.

 

『こ、小室君か?』

 

緊張しているのだろうか、若干うわずった低めの女の声がした。

 

「毒島先輩ですか。どうしました?部活の強化合宿はまだ続いている筈では?」

 

『丁度今は休憩中なのだよ。後二日程で終わる。』

 

「そうですか。でも、突然電話なんてどうしたんですか?」

『急なのは承知の上だが、もし迷惑でなければ一度君の家にお邪魔しても良いだろうか?

 

孝は首を傾げた。確かに自分の家の敷居を跨がせたのは交替で住みに来る里親の役を演じるウルフパックと家庭訪問の教師以外いない。何故突然行きたいと言い出すのだろうか?

 

「はい?あー、実はまだ休みの課題が終わってなくてですね、今電話しながらやっているんですが・・・・」

 

勿論、これは真っ赤な嘘である。課題は出されたその日の内に全て終了している。一流の大学を卒業しているウルフパックの長年に渡る英才教育により、日本語と英語を含む七カ国語を自在に操れる他、既に大学生レベルの知能を身に付けているのだ。だがそれを必要な時以外に披露して無駄に目立つ必要は無い為、成績は平均より少し上を常にキープしていた。

 

『ならば、私が手伝おう。合宿の邪魔にならない様に先に片付けておいたのだ。』

 

尚も言い募る冴子に孝は思わず呻きそうになった。

 

『それより、私の事は冴子と呼んでくれと何度も言った筈だが?そこまで他人行儀で話す必要も無いのだぞ?もうお互い浅い仲ではないのだから。』

 

孝は思わず机に額を打ち付けた。他人が聞いたら誤解を生む様な言い回しは何とかならないのだろうか。

 

『大丈夫かね?何やら凄い音がしたのだが。』

 

「積み上げた本が崩れただけです。」

 

二人の出会いは、四年前まで遡る。状況だけで言えば理想とは程遠い物だった。丁度スペクターが日本にいるロシアンマフィアとのコネで紹介して貰った車やバイクのメンテナンッスや修理をするメカニックのアルバイト先から帰る途中、彼女が夜道で中年の男に襲われている所に出くわしたのだ。後ろ姿が自分をからかっていた現場監督に似ていたのと、その所為でむしゃくしゃしていたのが理不尽な怒りとなり、燃え上がって哀れなその中年に降り掛かった。

 

男を撃退してから直ぐにその場を後にしたが、どうやらあの一瞬で自分の顔を覚える事が出来たらしく、四年後に入学した全寮制の私立高校『藤美学園』で再会した。それも間の悪い事に、丁度その時ゴムナイフや練習用の武器で演武をしていた時にだ。流派や思想は違えど武術の達人である事も露見してしまって以来すっかり気に入られてしまい、この様な電話やメール、欠席している時は自らプリントなどを届けに来る頻度が上がって来ている。最早立派な通い妻である。それでも孝は付かず離れずの距離を保ち続けた。

 

彼女の言う通り、浅い関係ではないのは確かだ。だが、だからと言って深い訳でもない。冴子がどう思っているのかは分からないが、自分は偶然知り合った同じ高校の先輩と後輩の関係で通しており、そこで一線を引いている。

 

『勿論、都合が悪いのならばそれでも構わないが・・・・』

 

どこか残念そうな、寂しそうな彼女の声を聞き、孝は思案した。ここで無理だと突っ撥ねたら今後正体を隠す二重生活の一面に程度の差はあれど傷が入るかもしれない。上手く立ち回らなければどこでボロが出るか分からない為、そのリスクは極力避けるべきだ。

 

「分かりました、良いですよ。」

 

『そ、そうか!』

 

OKを出した瞬間沈んでいた声が一気に明朗快活になった。

 

「二日後に迎えに行きます。休みの間に車の免許を取りましたので。」

 

伝えるべき事だけを伝えると直ぐに通話を切り、作業机の前の壁にかかっている作業机を確認した。ローテーションを組んで三ヶ月毎に後退して同居すると言う取り決めの元で、現在はベクター、バーサのペアが住んでいる。だがその次の日に二人は発ち、ベルトウェイ———本名ヘクター・ヒヴァース———とフォーアイズ————本名クリスティーン・八岐———の二人が来る。

 

フォーアイズは元々大人しい性格だから別に良いとして、問題はベルトウェイだ。粗野粗暴な性格の持ち主だし、時折馬鹿な行動をとりがちだ。が、見た目に反して彼は頭の回転が速い。こと化学薬品や爆弾になりうる物に関しては特にそれが顕著だ。機械類やANFO、IEDに詳しいのはマサチューセッツ工科大学を化学と機械工学の修士号を取っていたからだろう。当初は誰もその事を信じなかったが、達磨落としの様に六階建てのビルを笑顔で爆破して五階建てに改装したのを見て考えを改めた。

 

頭脳を持った狂人・・・・頼もしいが、だからこそ恐ろしい。地下室でまた変な実験をしない様にフォーアイズに釘を刺す様に言っておかなければ。

 

 

 

 

 

 

『ミカエラ。先程の会話、聞いていたな?』

 

ヴラディミール・ポドロフスキー———スペクターは別のパソコンで先程の会話を盗聴し、パソコンのネット通話プログラムでその音声を流していた。

 

「ええ、バッチリよ。たまには良い仕事するじゃない、ヴラディミール。」

 

それを一階のリビングで聞かされたミカエラ・シュナイダー———バーサはにんまり笑った。

 

『訂正したまえ、私は良い仕事しかしないのだよ。にしても、ヴァイパーもいよいよ興味を持ってくれる女を見つけたか。面白いではないか。ルポからは彼に近付く人間を念の為洗っておく様にと言われていたが、思いもよらぬ拾い物をしたな、今日は。次のローテーションは・・・・』

 

「ヘクターとクリスよ。二人にもその音声ファイル送っておいて頂戴。いざと言う時邪魔をしない様にって。」

 

その意味を理解したのか、小さく笑いながら何度も小刻みに頷く。

 

『了解した。』

 

「今どこ?」

 

『墓参りに付き合っている。ルポの・・・・カリーナの子供達の、な。』

 

「大丈夫なの、彼女?八年前から飲み過ぎてた時期があったし。」

 

『今の所は大丈夫だ。念の為飲み過ぎない様に見張らなければならないがな。まだ酒だけに留まっているのが幸いだよ。親に取って子を失う程辛い事は無い。家庭を持った事も無い私が言うのも烏滸がましいかもしれないが・・・・・』

 

ヴラディミールは殉職したKGBやFSBのエージェント、軍人など、様々な葬式に数え切れない程出席した。戦場で生き延びた仲間、息子や娘、血は繋がっていなくとも愛する家族に変わり無い亡骸をその胸にかき抱きながらむせび泣く姿を、彼は何度も見て来た。

 

『普段の彼女は気丈で、気高く、美しい。彼女のあんな姿、とても見ていられない。ヴァイパーといる時が、一番幸せそうに見える。血は繋がっていなくとも、立派な親子にしか見えない。』

 

「そうね。目の色もそっくりだし。でも忘れないで。彼は私達全員の子よ。名前はリュウジ・ミカゲで、今はタカシ・コムロよ。」

 

『そうだったな。ではこれで失礼する。』

 

「カリーナによろしく。」

 

『ああ。君とベクターもあのデコボコカップルによろしく伝えておいてくれ。』

 

デコボコカップルとはウルフパックで皆と一番身長が高いヘクターと一番低いクリスティーンに付けられた愛称である。

 

「ええ。そうするわ。どうせ空港で迎えがてらまた海外だし。今度は彼とバルセロナにでも行こうかしら?」

 

『スペインか、あそこのワインとチョリソは中々美味かったぞ。後、行くならアンダルシアを進める。気候も好みだし、景色が素晴らしい。』

 

「ありがと。じゃあね。」

 

さて、息子の邪魔にならない様に色々と準備をしなければ。

 


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