学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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6 Years Later

2004年 某月某日

 

目を覚ましたヴァイパーは跳ね起きた。枕に使っていたクッションの下に忍ばせてあるシースに収まったコンバットナイフを引き抜き、逆手に持って敵はどこだと辺りを見回す。汚い床にトタン板で出来た壁と天井が寝起きのぼやけた視界に入る。微かに聞こえる船の汽笛でようやくここが現在潜伏している、港付近の今や使われていない倉庫を改装したセーフハウスだと思い出し、大きく息をついてナイフを下ろした。

 

薄明かりの中で一瞥した腕時計の針は午前三時半を指している。

 

「・・・・・またか・・・・」

 

べっとりと嫌な汗をかいて些か気持ちが悪い。向かいにあるソファーで鼾をかいているベルトウェイとその上で気持ち良さそうに寝息を立てているフォーアイズを起こさない様に起き上がって外に出た。丁度雨が降っているから、それである程度汗を流せる。『あの事件』からもう五年以上は経つのに、ここの所ずっとその時の事が脳内で録画再生でもされているかの様にはっきりと夢に出る。

 

硝煙の匂いも、感染者の呻き声も、感染者が進化したB.O.Wとの戦闘も、爆風で吹っ飛ばされる衝撃も、体を銃弾やら鉤爪やらで傷つけられた痛みも、全て鮮明に蘇るのだ。毎回この調子では思春期に入る前に禿げるか、ノイローゼになってしまう。

 

暫く雨に打たれて汗を流すと濡れた服を着替え、部屋の外に鎮座している大きな籠の二つのうち一つに放り込んだ。片方には女性用の、もう片方には男性用の衣服と下着が乱雑に放り込まれている。

 

オーブンやコンロが置いてあるダイニングスペースではベクター、バーサ、そしてスペクターが円卓を囲んでポーカーに興じていた。チップの代わりに使われているマッチ棒の保有量からして現在リードしているのがスペクター、負け続けているのがベクターだ。

六年の歳月が過ぎ、ウルフパックの面々は当然歳を取りはしたが、実力は未だ健在だ。

 

「あら、ヴァイパー。貴方もやる?ベクターってば博才無いから面白くないのよ。」

 

「良い。今はそんな気分じゃない。あの時の夢を見ちゃったし。」

 

カードをシャッフルしていたスペクターが心配そうに顔を上げる。

 

「またか?最近は随分と頻繁だな。」

 

「それにやけにハッキリしてるから余計に質が悪い。匂いも、音も、感触も全部夢とは思えない位リアルだった。あの夢見た後だと全然眠れないし。」

 

古ぼけた冷蔵庫から冷えた水が入ったボトルを取り出し、手近なコップに注いで一気に飲み干した。

 

「睡眠薬、使う?」

 

「良いよ、使い慣れちゃったら後が恐そうだ。起きてるよ。」

 

「9からキングのストレート。」

 

ベクターは手札を広げて見せた。口元は引き結ばれて無表情を保とうとしていたが、得意気な目付きはまるでどうだとふんぞり返る子供の様だった。

 

「なんと・・・・!」

 

奇跡的に揃ったベクターの強力な役にスペクターは面白く無さそうに賭けていたマッチ棒を彼の方に押しやった。スペクターの持ち札は8のフォーカードだった。

 

「あらら、負けちゃったわ。」

 

キングとエースのツーペアを持っていた為かなり賭けていたバーサはそれを捨てたカードの山の上に乗せると、賭けられたマッチ棒を自分の方に引き寄せるベクターの膝の上に腰掛けた。

 

「皆はこれからどうするの?」

 

ヴァイパーの質問にスペクターは首を傾げた。

 

「と、言うと?」

 

「これからだよ。今まではアンブレラに関係してる場所や人間を逃げ隠れしながら片っ端から潰して行ってようやく倒産して決着がついたから今後の身の振り方、だっけ?それを考えなきゃいけないかなって。」

 

トランプをテーブルに置いたスペクターは彼の言葉を聞いてから笑いを押し殺していたが、遂に堪え切れずに抱腹絶倒し始めた。

 

「全く・・・・ウルフパックの殆どは元々古巣を追い出された嫌われ者だぞ?今更まともな定職にありつける筈も無い。それに、今後の身の振り方?そんな物、変わりはしないさ。戦場があるなら、そこに行く。それが我々の食い扶持なのだから。」

 

「そうよ、私も医師免許剥奪されてるから医療関係の仕事は軒並みアウト。給料もしみったれてるし。また取ろうにもそれも時間とお金と手間がかなりかかるわ。」

 

バーサも鬱陶しそうにふーっと息をつき、トランプを紙箱に戻してマッチを片付けた。

 

「でもさ、今僕達、武器と弾薬が結構カツカツでしょ?襲撃の心配は無いとは言い切れないし、いざって時は対応出来ないかもよ?どうせなら金持ちの犯罪組織でも血祭りに上げて、有り金巻き上げるってのはどう?お互い嫌われ者同士だし、武器もお金も一遍に手に入る。他の勢力との抗争って事でマスコミや警察は片付けてくれるだろうしさ。証拠残さないで人殺すの、こっちの専売特許だし。傭兵仕事はそのテの依頼が入ればの話だけど、入ってからやれば良い。兎も角、現状維持の為の費用といざと言う時に逃げる為の旅費は人数分確保しといた方が良いよ。後は偽造パスポートの更新や幽霊口座 (ゴーストアカウント)とか。」

 

三人は顔を見合わせた。アンブレラがこの年にようやく倒産してから、今までB.O.Wに怯えて鳴りを潜めていた犯罪者達の行動が再び活発化しているのだ。特に治安が悪い所は金と銃、そして金になる情報と物資の宝庫でもある。

 

「ヴァイパー、時々思うがお前は凄い奴だ。そのアイデア、案外行けるかもしれない。」

 

「そうね。犯罪組織やテロリストの幹部なら高値で売れる情報も持ってそうだし。あ、賞金掛かってる指名手配班とかも捕まえてみない?犯した犯罪の自白テープと証拠付きで。」

「あ、それ僕にやらせてよ。お小遣い欲しいし。」

 

だがベクターだけは何も言わずにいた。

 

「どうした、ベクター?」

 

「スペクターの言う通り、確かに名案だ。だが俺達は良くても隊長は・・・・ルポはどうする?彼女は母親だ。それにヴァイパーも寄る辺が無い。本人の意向もあるが、場合によっちゃ彼女の養子になるのも可能かもしれん。」

 

つまり、再び社会に溶け込んで人生をやり直せると、その道もあるとベクターは暗に言っているのだ。

 

「良いよ、僕は。皆と一緒にいる。一緒にいたいんだ。」

 

「それならそれで構わん、お前の勝手だ。だがルポの意見をまだ聞いていない。」

 

「私の意見がどうした?」

 

噂をすればとばかりに自分の名前を聞いたルポが寝袋の中から這い出て来た。既に四十半ばの年齢だが、見た目はまだ三十代半ばから後半と見紛う程若々しい。

 

「ヴァイパーがいっちょまえに俺達の今後の身の振り方を考えたいとさ。で、本当にこの仕事から足を洗いたい奴がいたら好きにさせれば良いってね。」

 

「・・・・・私の事か。」

 

ルポは溜め息をつき、立ち上がると柔軟体操で固まった体を解し始めた。

 

「確かに、私には息子と娘がいた。」

 

「アンブレラとの戦いで支障を来すと思ったから黙っていたが・・・・息子と娘は、二人共もう死んだ。」

 

まるで脳を直接殴り付けられた様にヴァイパーは目を白黒させた。殺された?ルポの子供達が?酔っている時に時折自慢話の種になっているあの二人が?

 

「奴らはそう言う組織だろう?裏切った相手は勿論、近しい者も消す。二人に暴力を振るった夫をこの手で殺した私が、社会で普通の母親を演じる事などもう出来ない。後にも先にも、私には兵士としての生き方しか、生きるか死ぬかの瀬戸際の世界しかない。フランスで部隊から退役してからも、結婚して二人が生まれた時も、その時の本能が殻を突き破りそうになる時が何度もあった。火種はずっと燻っていたんだ。今でもそんな自分に恐怖を覚える。」

 

コーヒーポットに入っている温くなったコーヒーをマグに注ぎ、一気に飲み干した。インスタントコーヒーである為か、一瞬顔を顰めた。

 

「学費も生活費も、何かあった時の為の医療費も、アンブレラからの契約金であまりある程賄えた。私の人生と引き換えにな。だがもう・・・・・私には何も無い。もう、ここしか・・・・」

 

皆は何も言えずに押し黙った。家庭を持っているのがルポだけである以上、その喪失感はどんな傷よりも深い。家庭は疎か、身寄りすらない彼らは不用意な事は言えない。却って怒らせるか、余計に傷つけてしまうだけだ。

 

普段はベルトウェイすら畏縮させる気丈で堂々とした『狼の母』の異名を取る彼女の『隊長』としての面影はどこにも無い。

 

「じゃあ何も迷う事はねえンじゃねえか?」

 

彼らの話し声で目が覚めたのか、ベクターとフォーアイズも起き上がって来た。

 

「俺はよお、こう言う性格だから軍を追い出された。アンブレラに拾われてアンタの部下になった時、最初は女の下に付くのが気に食わなかったが、意外と楽しめたし、今じゃ感謝してる。抜けたいなら別に良いが、俺個人としちゃいて欲しいな。」

 

気まずそうに顔を背けながらそれに、と付け加えた。

 

「恥ずかしい話、たまに口うるさいその性格が死んだお袋に似てなくもないんだ。懐かしいって思えて来るんだぜ?作る飯もうめえしよ。」

 

「意外、ベルトウェイってマザコンだったのね。知らなかったわ。」

 

「うるっせえ、ちげぇよ。折角良い事言ってんのに台無しになっちまったじゃねえかバーサ。」

 

茶化すバーサに向かって手近にあった本を投げつけたが、ひょいと避けられる。

 

「わたしもベルトウェイに賛成だ。アンブレラの作ったウィルスやB.O.Wに関する情報はバーサやスペクターのお陰で充分手に入ったし、実験も飽きる程やって来た。抗体の試作品も出来たし、これから改良して行ける。もしまたアレが使われた時の為に。ここまで来たら、学会に戻るなんて選択肢は論外だ。バーサの医療知識ももっと身に付けておきたい。」

 

沈黙が訪れ、暫く誰も口を開かなかった。

 

「ベルトウェイ、何か食べたい。」

 

「よぅし、んじゃあどっかで食いに行くか。」

 

「コーラとジャンクフード以外で頼む。胃がもたれるし、心無しかお腹の脂肪が増えた気がする・・・・」

 

ベルトウェイはシャツを着るとフォーアイズを横抱きにして外に連れ出した。

 

「あ〜、そう言えば最近売った情報の報酬が振り込まれたか確認していなかったな。充電中のパソコンを二階に置いたままだった。見て来るとしよう。」

 

畳まれていた新聞を取り、スペクターもそそくさとその場を後にして階段を登る。

 

「ベクター、私達も買い物行くわよ。」

 

「食材なら別だが、お前の服は買わんぞ?」

 

「もー、良いから来てってば!」

 

じれったくなったバーサもベクターの手を引いてどこかへ行ってしまい、ヴァイパーとルポの二人だけがその場に残された。

 

「ルポ、初めて僕が撃たれた時の事、覚えてる?」

 

ヴァイパーはシャツを捲り、左脇腹にある二つの銃創を見せた。

 

「アンブレラのオペレーションを邪魔した時に殿だった僕が5.56ミリ口径アサルトライフルの弾を二発食らった。一つは貫通してくれたけど、もう一つはあばらに当たって砕けた。血管が傷ついて内出血が酷かったってバーサが言ってたよ。破片を摘出しようとした時、痛過ぎて暴れ回ってたからあの時麻酔を使えって斧で脅してたのをベクターから聞いて、びっくりしちゃった。」

 

「幾ら麻酔を使わない主義とは言えお前は例外だ。未成熟な肉体に不必要な痛みを与えれば後々の任務に響くかもしれないし、あれでショック死する可能性だってあった。何故必要無いなどと言ったんだ?」

 

「麻酔を使ってくれって頼んだら弱く見られると思って、意地張ったんだ。まあ結局麻酔打たれたけど。それで気絶してる間、ずっと手、握ってたでしょ?」

 

ルポはぽかんとした。

 

「気付いて・・・・・いたのか?」

 

「うん。あ、でも見えてた訳じゃないよ?ただ右手がなんか暖かかったな〜って感じただけ。最初はあくまで勘だったんだけど、安静にしている間考えてみるとベルトウェイの手にしては小さくて指が細いけどフォーアイズより少し大きめで、バーサは手術中だったからルポしかいないと思って。スペクターもベクターもそう言う湿っぽいの嫌いなタイプだからさ。」

 

たったそれだけで自分だと当てられたのか。ルポはその事が何故か無性に嬉しく、思わず笑みを零した。

 

「ベクターに言われたよ。もし僕がこの仕事から抜けたいって思うなら、本人の意向もあるけどルポの養子になるのも良いんじゃないかって。でもイマイチお母さんてどう言う物なのか分からないんだよね。」

 

物心ついた時から手には銃を持たされていた。そしてU.S.Sになってからは子供でも後輩でもなく大人———同格の兵士と同じ扱いを受けて育って来たのだから、親がどう言う物なのか分かる筈も無い。

 

母親としての本能が再び芽生え始めたのか、ルポはヴァイパーを力一杯抱きしめた。突然の事に驚いて振り解こうとするが、彼女の胸の中にいると何故か逆らう気が徐々に霧散して行き、大人しくした。

 

「もし少年兵でなければ・・・・・お前はこうされている。いつでも甘えられる、そんな立場にいる筈なんだ。」

 

「何か、分かって来た気がするな。ルポがお母さんか。良いかもしれないな。」

 

それで充分だった。

 

より一層ヴァイパーを自分の方へと抱き寄せ、ルポ————カリーナ・レスプルは泣いた。そこには常に部下に厳粛な規律と統率を求め、皆を勝利へと導く『狼の母』の姿は無い。ただ子供達の死を悼み、哀愁を漂わせ、長年の戦いと払った犠牲で身も心もボロボロになって疲れ果てた、ただの『母親』しかいなかった。

 

ひとしきり泣いた後、ヴァイパーを離し、涙を拭った。

 

「すまない。見苦しい所を見せた。」

 

「良いよ、別に。ほら、酷い脳震盪で二日ぐらい気絶したままだった時あったでしょ?一日経っても目が覚めないからルポが死んだかと思って泣いちゃった事があるんだ。あ、」

 

「お前は優しいな。お前が七人目で良かった。お前が入隊したお陰でより一層皆の結束が強まったの。」

 

そして彼が幸運を呼ぶ七人目だからこそ、誰一人欠けずにここまで生き残れたのかもしれない。

 

「よし、泣いてスッキリしたし、寝るぞ。」

 

ルポは再びヴァイパーを捕まえたまま寝袋の中に滑り込んだ。

 

「え、ちょ、このままで!?」

 

「寝る子は育つと言うだろう?睡眠不足だと背が伸びんぞ?良いから黙ってこのまま寝ろ。」

 

そしてあの夢を見た後だと絶対眠れないのにルポの温もりに包まれていると不思議と意識が緩やかに薄れて行き、軽やかな寝息を立て始めた。

 

「Merci, mon fils。」

 

ルポも求めていても無意識の内に押さえ込んでいた『安らぎ』を手に入れた事に幸福と安心を覚え、ヴァイパーの耳元でそう囁き、嬉し涙を流しながら目を閉じた。

 

もう朝になってしまったが、今なら悪夢に悩まされずに良く眠れる筈だ。

 




ルポの子供二人の件ですが、アンブレラを裏切ればまあこうなるだろうと言う予想に基づいて書きました。

それにやはり部下の命を預かると言う責任は精神的にクる物がある筈なので厳しい隊長としての強さと気高さ、そして二児の母親としての弱さと優しさの二面性を見せた方が主人公との繋がりを確立出来ると思ってこの様になりました。

Pixivでも良くルポ=お母さんと言うイメージが成り立っているのでそこを考慮しての描写です。

換装や質問、色々お待ちしております。

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