学園黙示録:Cub of the Wolfpack 作:i-pod男
「どうする?このドアを開けて民間人じゃないと分かった瞬間蜂の巣にされるぞ?その場で咄嗟に身を隠せる場所があるとも思えない。」
「ダクトでもあれば僕がそこから奇襲なり何なり出来るよ。」
「却下だ。あの人数の奇襲には少なくとも後四、五人は必要になる。ダクト自体、見た所無さそうだし、あったとしても探してる暇が無い。」
スペクターの言葉にヴァイパーがそう申し出たが直ぐルポに却下された。
「俺が出る。ベルトウェイ、スタングレネードを二つ寄越せ。」
ベルトウェイは背負ったリュックから細い缶ジュース並みの大きさを持つスタングレネードをしっかりと握り込ませるとピンを抜いた。後は投げて数秒待てば爆破する状態だ。
「体勢を低くしたまま後ろから回り込んでコイツを使えば、不意を突ける。」
「ドアを開けて警戒されたら作戦は水の泡だぞ?」
だがフォーアイズの言葉にヴァイパーは頭を小さく左右に振った。
「ベクターはそんなミスはしないよ。ここにいる全員がそれを承知の筈だ。銃撃と手榴弾の爆破で蝶番の一つがイカレて開いたと勝手に思い込むよ。人間は基本、目に見える物を真っ先に警戒するから、ドアが開いて何も無いと分かれば警戒も幾分が緩む。見えない物なんて警戒のしようがないからね。ベクターが来てるなんて想像だにしてないよ。」
相手が勝手にそう思い込んでくれる事に賭けるのはプロとしてどうなのかと、イマイチ釈然としていないフォーアイズだったが自分は他に良いアイディアが思い付かないのでベクターに任せる事にした。
「炸裂を合図に突撃しろ。スペクター、俺が動いている間に奴らの人数を出来る限り把握しろ。ここの監視カメラが生きているかどうかは分からんが、あったら映像で配置も割り出せ。」
「了解した。見つかるなよ、カメレオン君?」
来ていたフード付きのコートが一瞬仄かな青白い光を発すると、ベクターの姿は消えた。彼が身に付けている服はアンブレラの技術開発部門によって作られた特殊な光学迷彩服であり、一定時間体と体に触れている物を背景に溶け込ませる事が出来るのだ。元々姿を見せず、音を立てずに素早く移動して標的を始末する事が得意なベクターに取ってこれ以上好都合な装備は無い。ヴァイパーも一着欲しいとせがんだ事があるが、サイズが無いと再三断られた。
一秒に一ミリと言うゆっくりとしたペースでドアを押し開け、ギリギリ通り抜けられる広さまで開けた所でベクターは進んだ。開いたドアに反応した兵が一瞬ヴァイパー達に向けて銃弾が散撒いた。奇跡的に誰も被弾せずに済んだ。
だがその内の一、二発はヴァイパーの顔のすぐ横を通り過ぎたので、ルポがガスマスクの上から彼の口を塞ぎ、自分達の位置をバラすと言う最悪の事態だけは避けられた。そうしなければヴァイパーは叫んでいただろう。
スペクターは腕のPDAモニターを見てハンドシグナルで人数と大まかな位置を示すと、ベルトウェイは静かに発射機に40mmグレネード弾を装填した。
眩い閃光と共に耳を劈く轟音がドア越しに轟き、ガラスとウルフパックの鼓膜を激しくビリビリ震わせる。
「行け!」
ベルトウェイの金属製の義足が凄まじい勢いで一対の扉を蝶番ごと吹き飛ばした。直後にボシュッと言う音と共にグレネード弾が発射される。低い体勢を屈みながら更に低くして突撃し、銃のセレクターをフルオートに切り替えると目に付いたSPEC-OPSをサイトでなぞって片っ端から撃って行った。
「クリア。」
「クリア。」
「クリア。」
「オールクリア。間違い無く死んでいる事を確認してから進む。気を抜くな、派兵されたのがこれだけとは考え難い。」
虫の息とは言え、万が一の可能性が億が一に低下したとしても、脅威ないし脅威になりうると想定出来る対象は全て排除しなければならない。苦痛に呻いている兵士の気管を踏み潰したりナイフで急所を改めて抉って完全沈黙した所で、予想通り増援が現れた。
だが小数精鋭によってこれだけの兵が破られたと言う事実を飲み込まざるを得ない事と既にどの出入り口から姿を見せるかをスペクターに察知されている事もあり、殆ど問題無く片付いた。
「司令部、市役所に侵入した。」
ベクターの声に対する司令部からの返答は無かったが、経過報告は必要な為、ベクターはそれだけ言うと共有が可能な消費した分の弾薬を可能な限り回収し、再びコートの光学迷彩を起動して偵察に向かった。
「スペクター、この先は?」
「セキュリティールームだ。悪いがそこにはカメラが無いから人数は確認出来ん。」
またスタングレネードを使うと言う手はあるが、どこにいるかも分からないしもし人数が思ったより少なかったら無駄になる。数発の弾を消費した方が遥かに安い。
「だが、幸いこれをもって来た。」
スペクターが取り出したのは全長数メートルはある細長いコードとモニターだった。コードをモニターに繋ぐとモニターにヴァイパーの顔が映し出された。モニターのキーを操作してカメラの動作を確認すると、それをドアの隙間に差し込んだ。
「スネークカメラか。」
「本当ならコーナーショットも持って来たかったんだが、場所が無くてね。これでも充分通用する。」
書類が散乱し、セキュリティーカメラが捉えている映像を映した大量のスクリ—ンがあるその部屋に配置されていた兵は僅か二人だけしかいないのを確認した。その事実に拍子抜けしてしまい、互いの顔を見合わせながらガスマスクの下で何とも曖昧な表情が全員の顔に浮かんでしまう。
「罠、と言う事も無さそうだしな・・・・ルポ、指示を貰いたい。」
「強行突破だ、伏兵に備えて互いの死角をカバーしろ。陣形を崩すな。」
ルポがライフルの下に付いたM26MASSショットガンから発射した大粒のスラッグ弾で蝶番を破壊すると、再びベルトウェイの強烈な前蹴りでドアが開き、一斉にウルフパックの銃口が火を噴いた。伏兵の姿は無い。
「司令部、セキュリティールームに到着。」
『コンソールがある筈だ。それで市庁舎のセキュリティーロックダウンを解除しろ。サーバールームが侵入可能となる。そこにあるこの街の記録の一切を抹消するのだ。』
ヴァイパーの言葉にようやく返事を返す気になったのか、司令部からの指示が飛んで来た。
「お任せを、こう言った物は私の得意技でね。」
一番近くにいたベクターが手を触れる前にスペクターが割って入り、キーボードの上でピアノでも弾くかの様に指を踊らせる。
「出来た。」
一分と経たずにシステムを書き換えてセキュリティーロックを解除したスペクターは再びライフルを取り上げた。
「これで上階に上がれるな。」
また一段落ついたとばかりにルポはこめかみを指先で揉む。
「流石スペクター、後でそれ教えてよ。ん・・・・?あれ?隊長、このモニター今日の防犯カメラの映像が映ってる。」
ヴァイパーはそのスクリーンを注視していたが、やがてスクリ—ンに最近見知ったニコライ・ジノビエフの姿が現れた。ドアを開き、なんと後から追って来た同じ部隊に所属している男を拳銃で撃って動きを止めると、扉を閉めたのだ。後から来た隊の者がそのドアを何度も叩いている様子からして、ニコライが向こう側からドアを施錠か塞ぐかしたのだろう。
「これはニコライと奴の仲間・・・・」
口元は覆われていた所為で見えないが、ルポの目からは明らかな侮蔑と嫌悪の入り交じった視線がモニターのニコライに注がれていた。
そうしている間にも感染者達が見捨てられた三人に群がって来る。応戦はしていた物の、やがて銃弾が尽き、感染者の数も増大して行った。三人の内の一人は他の者より頭が速く回転したのか、ロッカーの上へとよじ登って難を逃れようと試みた。だが既の所で感染者の一人に右の臑を掴まれて大きく肉を噛み切られると力が緩み、抵抗空しく引き摺り下ろされた。
「奴らは殆ど戦えていなかった様だな。弱過ぎる。」
ベクターも理由は違えど恐らくガスマスクの下ではルポと同じ様な表情をしていたらしく、あからさまに鼻を鳴らした。
「上層部の方針に反するんじゃないか、さっきのアレは?」
己のジョークに笑うスペクターを見てルポは小さく息を吐いた。
「UBCSが何人か死んだ所でアンブレラは痛くも痒くもないし、誰も気にしない。行くぞ。」
次に通り抜けるドアへ足を踏み出した所でベルトウェイが大きく前に出て手榴弾二つをそのドアの付近に投げつけ、全員を無理矢理後ろへ下がらせた。爆発の直前にドアが開き、吹き飛ばされた数体の感染者の死体を跨いで更に二十体近くの感染者が挙ってウルフパックに向かって来る。
「フォーアイズ!あのフェロモン持って来てるよな!?あのドアの付近に奴らを固められるか?」
「・・・・やってみる!」
「貴様正気か!?こんな狭い所でフェロモンと爆発物を併用するな!後ろからも来ているんだぞ!?」
だがベクターの言葉など気にも止めず、ベルトウェイが援護する間フォーアイズはバッグの中から直方体のスプレー缶を取り出し、それをドアの方へと投げた。赤い霧の様なガスがそれから噴出され、感染者が更に群がって来る。ルポ、スペクター、バーサ、そしてヴァイパーはそれぞれ前方と後方に役割を分担し、それぞれ群れに向かって銃弾を浴びせ続けた。
ベルトウェイは自分の方へとおびき寄せた感染者の口の中に無理矢理手榴弾を口の中に突っ込み、押し止められている群れの方へと力一杯蹴り込んだ。
上手い具合に感染者は揉み合い、縺れ合って口に手榴弾を押し込まれた哀れな感染者はその中心付近で爆発し、他の感染者も頭の半分以上を吹っ飛ばされる。
「ヒュウ!スカッとしたぜ。どうよ、見たか俺の超ファインプレー!」
「どこがファインプレーよこの筋肉達磨、糞
バーサは死に損なった感染者の頭に突き立てたばかりの血まみれになった鉈をベルトウェイに突き付けた。
「それとも今度お酒にフルニトラゼパムでも混ぜて飢えた男だらけの刑務所に放り込んでやろうかしら。」
その発言にヴァイパーは思い切り笑ってしまった。フルニトラゼパムとはアメリカは勿論ヨーロッパでも良くデートレイプドラッグとして使われる事が多い睡眠薬で、酒に混ぜれば元々高い効果を持つその効果が更に上がって健忘をも引き起こす。
「ベルトウェイがカマ掘られるとか考えられない・・・・」
そもそも図体が人の1.5倍はあるベルトウェイに通常の量ではあまり利かないだろう。そもそも分量を間違えれば三分で相手を脳死に至らせる事が出来る代物なのだから、眠る前に。
「バーサ、てめえなあ・・・・・」
「何よ。チームを危険に晒しかけたのは事実でしょ。吹っ飛ばすのは良いけど、こんな密閉空間じゃなくてもっと開けた場所でやりなさい。私達がいる間に建物が爆発の所為で崩れて潰れるなんて間抜けな死に方、まっぴら御免なんだから。」
「わーったよ、ったく。」
俺はそんな阿呆なミスはしねえよバーカ、と心の中でベルトウェイは付け加えた。
感染者達が通って来たドアを抜け、生乾きの血脂でリフォームを施された怪談を踏みしめてサーバールームがある二階を目指した。登り切った所でルポが止まる様にハンドシグナルを出す。
ここからが分かれ道だ。感染者の群れを突破するのは別に良い。そうしつつサーバールームのデータを全て完全に破壊するのも容易い。
「・・・・サーバールームに行く前に、この階を消毒する。」
ルポの言葉に皆は何も言わなかった。同じ部隊に所属していれば互いの考えている事や、次にしようとしている事は驚く程簡単に分かる。ルポが懸念している一番の問題は、先の二つ以外にラクーンシティーへ投入されている特殊部隊の連中だ。外界は勿論、アンブレラ内部でも自分達は存在自体が極秘である。その為、証拠と目撃者のどちらも状況に応じて確実に破壊、確保、または殺害する必要があるのだ。
分断して攻略と言う言葉もあるし、その方が効率が良いだろう。アメリカ独立戦争が起こる前に作られた曲『自由の歌
「特殊部隊との交戦は免れんが、感染者を一々倒す必要はない。無力化するなら弾薬の消費は最小限に抑えろ。」