学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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また一ヶ月弱かけなかった・・・・・・・
夏期講習が終わって実家に戻れたのでもう少しペースが早まると思います。
後一ヶ月前後で大学に戻らなければなりませんが。


Bloody Surprises

横転したトラックが運んでいるコンテナの扉の影に身を潜めてしばしの休息を取っていた竜次は、扉の隙間から差し込む薄暗い朝日に顔を照らされ、目を覚ました。髪の毛は整髪料をごってり塗ったかの様に血で固まっており、頭を掻く度に赤黒い血の塊がぽろぽろと古くなったペンキの様に落ちて行く。

 

顔に掛かり始める前髪を鬱陶しそうに払い除けながら髪をそろそろ切らなければなと能天気な事を考えていると、微かな呻き声が聞こえた。ナイフの柄と銃のグリップに手をかけ、耳を澄ませた。しばらくしてから再び呻き声が聞こえた。

 

念の為に扉の隙間から覗くと、鏖殺された感染者の挽肉の様なおぞましい屍の山から、一体仕留め損ねたであろう感染者が這い出して来た。既に下半身は無惨に引き千切られており、臓物が二股に分かれて申し訳程度の細々とした足の様になっている。

 

しかし、竜次はある箇所を目にして、驚きと歓喜を隠せなかった。

 

爪だ。両手に小振りの鋭い鉤爪が生えている。全身血塗れなのは他の感染者の臓物の山に埋もれていた所為もあるが、体組織の壊死がかなり進行した故に皮膚から血が漏出して赤みがかった褐色になっている可能性も捨て切れない。

 

「クリムゾン・・・・・ヘッド・・・・!?」

 

まだラクーンシティーにいた頃、フォーアイズが敵を味方につけて囮や撹乱に使ったりする時、ウィルスを注入してこれに変異させていた。通常のT-ウィルス感染者よりも遥かに凶暴で頑丈、若干の知能も持ち合わせた、血で赤く染まった皮膚に因んだ『クリムゾンヘッド』の通称を持つこの感染者は、Tウィルスの変種体に感染した事により普通の感染者を基本的な能力で超えている。

 

言うなれば彼らなりの『進化』をしたのだ。

 

「て事はどこかに・・・・」

 

ガスンッ、と鈍い音と共に、コンテナが大きくへこんだ。

 

MP7A1の銃口をへこんだ箇所に向けて指切りバーストで撃つと、そのまま外に飛び出してナイフを構える。

 

「やっぱいやがったか!」

 

ラクーンシティーで幾度も相対したBOWの数々の容姿、特徴、長所、短所、習性、高頻度で出没する地点などはアンブレラの傘下にいた頃からフォーアイズが全員に徹底的に叩き込んでいた為、間違えよう筈も無い。

 

脳と異常に発達した全身の筋肉繊維が剥き出しになった赤みがかったピンク色の体色、クリムゾンヘッドより遥かに大きな鋭い爪、そして通称の所以であるカメレオンの様な長い舌。

 

「よう、舌野郎。大体十年振りって所か?」

 

コンテナの上に陣取っていたのはクリムゾンヘッドと同じく通常の感染者という生きた蛹態を経て進化した、眼球が無いおぞましい怪物だった。もう二度と見る事が無いと思っていたBOWの内の一種、通称『リッカー』。暗い閉所では天上や壁に張り付いて身を潜め、聴力を頼りに獲物の隙を突く、鬱陶しい四足歩行の生物兵器だ。

 

だが鬱陶しくも、妙に懐かしく感じる。

 

大きさはラクーンシティーで見た物より一回りと少し体格に劣っていた。平均より少し小柄な大人程しか無い所を見ると、やはりフォーアイズが睨んだ通り原因はTウィルスの劣化版なのだろう。

 

「素体の感染者だけには飽き飽きしてたとこだ。来いよ。」

 

リッカーは唸り声をあげながらネコ科の獣の様に獲物に飛びかかるが、竜次は下がるどころか前進し、一足飛びでリッカーを飛び越えた。体を捻って後ろを向き、剥き出しの背中と脳味噌目掛けて矢継ぎ早に弾を喰らわせる。着地した所で再び特攻し、ナイフを顎から上に向けて突き上げ、脳味噌を貫いた。完全沈黙した事を確認すると橋の両側に目をやり、気を巡らせた。

 

あれだけの筈が無い。

 

クリムゾンヘッド、リッカーは共に素体感染者の突然変異によって現れる。特にクリムゾンヘッドは自然に発生はしない。何らかの外的要因により感染者の生命活動が一時的に停止しなければならないのだ。一度そうなれば細胞の活性化によって体組織は再生及び再構築される。

 

未だに匍匐前進で獲物を求めるクリムゾンヘッドの頭を踏み砕くと、辺りを警戒しながら残った胴体を蹴って仰向けにひっくり返した。

 

胸には銃創がある。大きさからして拳銃で出来た物だ。潰した頭と脳味噌の欠片をナイフでつつき回すと、そこからも拉げた銃弾の破片が幾つか出て来た。恐らく脳幹を完全に穿つ事が出来なかったであろう事から、小口径の銃を使った事が伺える。つまりこれは誰かの殺し損ないと言う事だ。

 

しかし誰の?

 

そう言えば、スペクターの教え子———確か、南リカだった———がBSAA極東支部のメンバーだと言っていた。まだ洋上空港にいるのだろうか?それとも既に海上自衛隊が合流して、合同で救助活動を始めているのだろうか?首を傾げながらそんな事を考え始めた。

 

しかし、その思考は一発の銃弾によって中断させられた。ヘビー級プロボクサーの腰を入れたストレートの如き衝撃波が耳元を通り過ぎ、髪の毛が焦げる独特の悪臭が鼻を突いた。弾はそのままアスファルトを穿ち、チュインッと言う音と共に小さな欠片幾つか宙を舞わせる。

 

「マグナム弾か。」

 

首を傾げた事が幸いして被害はそれだけに留まったが、そうしていなかったら頭の何割りかは確実に吹っ飛ばされていただろう。着弾と発射音はそこそこ離れている。900メートルは無いにしても、500辺りは確実にあっただろう。

 

マズルフラッシュは見ていなかった為正確な位置は分からないが、方角は自分が大橋に来た方向とは反対側のビル群の中である事はまず間違い無い。

 

———良いだろう、どこの間抜けか知らないが、俺に喧嘩を売った事を後悔させてやる。

 

久し振りのスナイパーとの鬼ごっこだ、精々楽しむとしよう。ヨーロッパの森や野山、更にはアフリカのジャングルでペイント弾を使った訓練を良くやった。日本でもサバイバルゲーム感覚で時折やっている。

 

口端の片方だけを吊り上げた笑みは自分に向けて発砲したそこそこ腕の立つスナイパーをどう懲らしめてやろうかと言う腕白坊主の笑みその物だった。軽くストレッチをすると、横転した車両や重機をハードル競争でもするかの様に飛び越えながらオフィスビル群目掛けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「いや〜、まさか避けられるとはな〜。エコーシックスのパーティーガールと張り合える腕前なのに。」

 

白いキャップと特殊部隊の装備に身を包んだ男が額から瞼にかけて続く傷跡を撫でながら感慨深そうに呟いた。

 

「驚いているのは私も同じよ、田島。トリガー引くと同時に首を傾げたんだから。しかも耳元を通り過ぎても怯んだりビビったりするどころか、私達がいる方角をあの一発で見極めたかもしれない。」

 

冷めた声でリカはそう答え、狙撃銃の中でも軽量なネメシスアームズ・ヴァンキッシュを分解してリュックにしまい込んだが、胸の内ではモヤモヤしていた。交番で平警官としての勤務からSATの狙撃班、そして遂にはBSAA全支部でも指折りのスナイパーへと登り詰めた積み重ねが、明らかに堅気の人間に見えないとは言え高校生位の男子に突き崩されたと言う事実が思いの外ショックだったのだ。外したら次弾で決めれば良い等と言うのは初弾で決めなければならない状況に直面した事が無い奴の甘えた言い訳だ。

 

理不尽過ぎる偶然の結果か、それともあの青年の悪魔の様な強運故か。どちらにせよ、自分に狙撃のいろはを叩き込んでくれた教官にも申し訳が立たない。

 

「それは・・・・・それですげえな。」

 

田島と呼ばれたリカの相棒は目を丸くした。俄には信じられないが、彼女の観測手として今しがた同じ物を見ていたのだ。そして気の所為かもしれないが、自分と視線が合ったかもしれない。そう思うと肝が冷えて来た。

 

「でも、寧ろ好都合なんじゃないのか?向こうがこっちに向かって来るって事は、迎え撃てる。もしこのアウトブレイクの首謀者の部下か何かだったら・・・・」

 

「危険人物で凄腕である事に変わりは無いけど、それは多分無いわ。部隊で行動しているならまだしも、彼は単騎よ。軍人と言うよりは傭兵崩れの類いだと思うわ。あの年齢であの動き、元少年兵ってのもあり得るかも。」

 

どうやってあの装備を整えたかは知らないけど。そう言いつつシガーケースからコヒバを一本取り出すと口に銜えて火を点けた。手慣れた様子でプカプカと香りの良い煙が細い糸の様に吹き出されて行く。

 

「随分前の話になるが、君の教官殿のは大丈夫なのか?ここ最近連絡は?」

 

「彼ならきっと大丈夫よ、昔の仲間と一緒にここに住んでるからどこかでしぶとく生きてるでしょ。友達も彼らに保護してもらってるし。連絡は取りたくても忙しくてそれどころじゃなかったから。向こうも向こうでやる事があるんじゃない?」

 

洋上空港に海上自衛隊が市民救助の為に到着するまでかなりの時間が掛かり、かなり危ない瀬戸際でやっと来てくれた。極東支部の人間も隊員と同乗しており、司令官もまだ生きている。しかし、あれはまだ一段落に過ぎない。任務はまだ終わっていないのだ。まだこの世界規模のアウトブレイクの原因も、何も分かっていない。

 

「まあそこら辺は俺は知らんが。ところで、何でワザワザ市内に?あの送り主不明のデータ見たろ?劣化版のTウィルスだって。て事は、だ。人工のタイラントやハンター、そして動物への二次感染はなくとも人型感染者が進化した奴がその内出て来るんだ。」

 

「逃げたきゃ逃げても良いのよ?」

 

リカの挑発とも取れる言葉に荷物を纏めた田島は小さく破顔した。

 

「逃げないよ。少なくとも今は、な。」

 

「なら良いわ。それに、私は別に床主市の感染者を一掃しようなんて考えちゃいない。無理だし。私は教官とあの人の仲間が保護してる友達と合流して一緒に海自の戦艦に戻りたいだけよ。」

 

足音を立てない様に気を使いながら階段を使って地上階へ降りた。ここら一帯の感染者は一掃したが、またどこからか迷い込んだであろう小規模の群れが当ても無く徘徊していた。息を殺してその間を縫って移動を始めたが、数十メートル離れた所で爆発が起こり、辺りに木霊した。それに反応した感染者は全て一斉にそちらへ顔を向ける。

 

しかし二人は爆発が起こった方向とは逆の方向へ走った。爆発の方が圧倒的に大きい為、多少音を立てても向こうは無視してくれる。横転したパトカーの後ろに身を潜め、二人はBSAAから支給されているノベスキーN4をしっかりと構えた。どちらもそれぞれ己に合ったカスタマイズがなされており、伸縮式ストック、ドットサイト以外にフラッシュライトにショートサプレッサー、更にはM203グレネードランチャーやM26|MASS《モジュラーアクセサリーショットガンシステム》を取り付けている。

 

二、三分程の間、肉質な物が潰れて行く様な気色悪い音と幾つかのくぐもった銃声、そして青年笑い声が何度も上がった。

 

「おい、今の声って・・・・?」

 

リカは車の端から僅かに顔を覗かせて確認すると、頷いた。

 

自分の弾を()()()奴だ。しかもさっき見た時、上段の回し蹴りで感染者の頭をサッカーボールの様に蹴り飛ばしていた。明らかに人間の範疇を越えた筋力だ。

そしてふとBSAAで新米エージェントになった時に読まされたBOWやそれを作り出したウィルス、そして使用したテロリストに関する大量の資料の中にあった一つの単語と一つの人名が記憶に蘇る。

 

ウロボロス・ウィルス

 

アルバート・ウェスカー

 

瞬間、思考が洪水の様にありとあらゆる可能性を吐き出し始め、ライフルのグリップを握る力がより一層強くなった。あっと言う間に心臓が勢い余って体を突き破ってしまうのではないかと錯覚する程に鼓動が早まる。

 

アルバート・ウェスカー。その特殊な血液型によってプロトタイプのTウィルスだけでなく更に凶悪なウロボロス・ウィルスにも適合し、副作用皆無でその恩恵に預かって行動出来る『究極の生物兵器』。もう何年も前に死んだが、当時の関係者が訓練生の講義で情報開示の許可が降りたからと言って話していた。

 

この車の向こう側に彼と同種のモノが、人外が、戦っている。

 

騒音が収まるのを待ちながら深呼吸を繰り返し、必死に狙撃をしている時の自分を取り戻そうとした。これが、真の恐怖と言う物なのだろうか?

 

青くなったリカを見かねた田島は彼女の肩を叩くと、十五メートル程先にある曲がり角を指し示した。自分達だけでは勝てない。彼女の顔を見てそう察したのだ。ならば兎に角今は生き延びるのみ。勝てない相手とわざわざやり合って弾を無駄にして、その結果死ぬなどと言うお粗末な結果は避けなければ。

 

しかし突如、身を隠していた遮蔽物だったパトカーが上に動き始めた。

 

ぎょっとして振り向くとあの青年に、片手で持ち上げられていた。血に塗れた顔で悪戯っぽい笑みを浮かべる姿は、ホラー映画の中から飛び出して来たサイコキラーその物だ。もう一方の手にMP7A1がある。銃口は自分達に向けられ、トリガーにも既に指が掛かって何時でも撃てる。

 

「Here’s Johnny!!」

 

怪力を見せつけられて一瞬惚けてしまっていた二人ははっとして直ぐに銃を彼に向けた。

 

「あれ?な〜んだ、リカか!どこの馬鹿がいきなりウィンチェスターマグナムぶっ放して来たかと思ってそいつ血祭りに上げようとここまで来たんだけど、リカなら別にいいや。拍子抜けだけど。」

 

名前を呼ばれ、リカは顔を顰めた。

 

「あんた、何者?」

 

「あれ?もしかして忘れてる?ヴラディミールには世話になったのに。後、電話でも一階だけだけど話したし。政府や政治に関するジョークは、笑いのネタとしちゃ五指に入ると思うんだけどな。」

 

数秒程してから、リカはその会話からこの青年の正体に気付かされた。

 

「・・・・あんたが、ヴァイパー?」

 

「ズバリピンポン、その通り。でもそっちはコールサインと言うかコードネームだから。本名は御影竜次だよ。改めてよろしく。」

 

MP7A1から手を離すと、パトカーを道の反対側へ無造作に投げ捨て、手を差し出した。

 

「待って、田島。彼は敵じゃない。」

 

まあ、味方かと聞かれても答えには困るが。

 

「知り合いか?」

 

「BSAAに行く前に鍛え直したくて海外にある経験者用のハイレベルな射撃ツアーに参加したの。その時そこで私に射撃を教えてくれて、その後もアドバイスを色々くれた教官とつるんでる仲間よ。彼にはずっと昔に二、三度しか会ってないから忘れてたけど、大丈夫。学校で働いてる友達を保護してくれてるから。」

 




蛇足ですが、Here's Johnny!はホラー映画『シャイニング』に登場する台詞です。

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