学園黙示録:Cub of the Wolfpack 作:i-pod男
午後九時四十五分、中型多目的軍用ヘリ UH-60ブラックホーク に乗り込んだウルフパックは風に揺られ、高速回転するローターの音をBGMにインクの様に濃い夜の闇に包まれたラクーンシティーの上空を飛んでいた。ウルフパックの七人以外に、共有出来る火器と弾薬、手榴弾、そして突然変異したB.O.Wに遭遇した時の為の重火器を詰め込んだ小型のコンテナをケーブルで繋いで運んでいる。
『降下地点までT-マイナス30。』
パイロットの報告に七人は一斉に動き始めた。開いた両側のドアからロープを垂らし、ラペリングで降下した。コンテナの中身を投下すると、ブラックホークは再び元来た航路を辿って彼方へ消えた。
コンテナに用意されたアサルトライフルはH&KのG36シリーズ数種類、サイドアームにはベレッタM8000、それぞれが気に入っているバックアップ用の拳銃、そしてサイレンサーなどのアクセサリー各種だ。どれも最近になって売りに出された新型の銃で、新型と言うだけあって信頼性も高い。
「武装用意。」
マガジンや手榴弾、スタングレネードをプレートキャリアーの上に装着したチェストリグや太腿のホルスターに収納して行く。最後はルポとベルトウェイが大容量のドラムマガジンとそれぞれM26MASSショットガンとグレネードランチャーをアンダーレールに取り付けて準備が完了した。
「おいベルトウェイ、こいつは何だ?」
スペクターが指差したのはG36と同じ5.56mm口径のFN Minimiだった。200発分の予備弾帯も三つ用意されている。
「FN Minimiって、うっわぁ・・・・・
ヴァイパーも頭に手をやって呆れた。一分間に七百発以上の銃弾を撒き散らせるその軽機関銃は大挙して押し寄せるB.O.Wを薙ぎ払うのには最適かもしれない。だが、連射速度が途轍も無い為アサルトライフルよりも早くに弾切れを起こしてしまうし、直ぐにリロードが出来ない。更に弾帯を装着すると重量が十キロ前後になる。それが三つもあるのだ。この任務は長丁場になる可能性が高い為、任務では予備の装備を常に持っている彼が更にそんな物を持ったら移動スピードが多少なれど減少する事はまず間違い無いだろう。
「ヘッヘッヘッ、ホローポイント弾には特製の着弾と同時に爆発する爆薬入りだぜ?イカすだろ?心配しなくても、足を引っ張る様な真似はしねえよ。進化したB.O.Wに出くわしてもコイツで吹っ飛ばしてやる。要らなくなったら捨てりゃあ良い。」
部隊の呆れた視線や冷めた視線などどこ吹く風とベルトウェイは不吉に笑った。
「じゃあ私が予備の弾帯を二つ持つ。いざ手持ちが無くなったら使うかもしれない。」
志願したのは普段力仕事など全くと言って良い程に縁が無いフォーアイズだった。
「珍しいな、普段はそう言う事は自分からやりたがらないのに。」
「・・・・私は元を正せば戦闘要員ではなく研究員だ。だがベルトウェイに射撃のコツを教えてもらった。これはそのお返しだ。バッグのスペースにも余裕がある。」
スペクターの冷やかしに眉一つ動かさずにフォーアイズは言い返し、弾帯が入ったポーチをハードシェルのリュックに詰め込んだ。
「ありがとよ、フォーアイズ。愛してるぜ。」
「お喋りはそこまでだ、行くぞ。目標は市役所だ。」
まるでスイッチが入ったかの様に七人の周りの空気が一瞬にして張り詰めた。一斉に作動桿を引いて薬室にフルメタルジャケット弾が装填される。群狼達が今、動き出す。
ザッ、ザッ、ザッ、と無言で七足の踏み抜き防止の鉄板入りブーツがコンクリ—トの地面を打った。
移動自体にそこまで時間は掛からなかったが、悲鳴や怒号、断末魔、そして銃声などが矢継ぎ早に聞こえるかと思いきや、ウィルスが蔓延したとは思えない程静まり返っている。それが逆に不気味で、ヴァイパーはいつも以上に辺りに気を配った。
「本部、第一ポジションに到達。」
『了解、確認した。「コールドゾーン」に進め。』
互いの死角をカバーしながら、今度は普通のペースで出来る限り足音を立てずに歩を進めた。まだ銃に装着してあるタクティカルライトの明かりを頼りに市役所の地下一階へと続く地下道の最短ルートを通り抜けて行く。そこには既に赤黒い血糊がペンキの様にそこかしこにぶちまけられており、頭を食い千切られ、更に腹を食い破られて内蔵が露出している女性の死体や、脳味噌、首筋、そして顎から下を食い千切られた子供の死体、噛み切られた皺だらけの老人の腕がみえた。恐らく暗がりの中にはもっとグロテスクな死体があるのだろう。
薄いドア一枚を隔てて呻き声や唸り声、思わず吐いてしまう様な生肉を骨ごと貪る音が聞こえた。
いる。ウィルスに犯された屍に噛まれた何者かがいる。それも一、二体だけではない。自然とライフルのグリップを握る手に力が籠った。
自分が先行する、とベクターがウルフパックで決めてあるハンドサインで示し、G36Cから手を離してナイフとベレッタを引き抜いた。バーサがドアノブに手をかけて合図を待つ。
三、二、一と指を折って合図すると、バーサは思い切りドアを引いた。すると、ガスマスク越しを突き抜ける凄まじい死肉の悪臭が漂って来た。戸口にいた
「コイツら・・・・共食いをしていたのか・・・!?」
頭部や内蔵の大半が食い千切られた死体を見てベクターは唸る。見慣れているとは言えやはり気持ちの良い物ではない。
「ヒヒヒッ、懐かしいな。シベリアの監獄生活を思い出すよ。ヒヒヒヒッ!」
「各自迎撃しろ。感染者を近づけるな!」
七つの銃口が一斉に火を噴く。引き金を一度引く事で銃弾が二発発射される二点バースト機能を使い、自分達を職層と群がる感染者の頭をサイトでなぞりながら駆逐して行く。
ヴァイパーが這いずりながらも尚臑に齧り付こうとする最後の一体の頭を力一杯踏み抜くと、殲滅が一分と経たずに終わった。
「クリアだ、進むぞ。」
次の部屋でも最初と同じ位の数の感染者に遭遇したが、こちらも何の不手際も無く感染者を撃滅した。
常温時の音の速度は秒速三百四十メートルを上回るが、5.56mm口径の銃弾の初速はその三倍近くの秒速九百メートル以上で飛ぶ。サイレンサーも音を幾らか抑える事は出来るが、銃声の音量が高い事に変わりは無く、耳からキーンと言う甲高い音が離れない。だがその最中にヴァイパーは通って来た扉とは別の扉に銃口を向けた。ノブが回って開いたそのドアの先には自分達とは違う迷彩柄の装備に身を包んだ三十代半ばの男が現れた。銃声を聞きつけたらしく、何時でも撃てるライフルを構えて様にいる。
「待て、撃つな!」
男がドアが開く音に反応して他の皆も一斉にその方向へ銃を向けて引き金にかかる人差し指に力を入れかけたが、ルポの号令で銃口を下ろす。
「UBCSデルタ小隊Bチーム、ニコライ・ジノビエフだ。」
適度に短いプラチナブロンドの頭髪を持ったニコライと名乗る男はまるでこの状況を楽しんでいるかの様に極僅かに口角が吊り上がっていた。声は低く少しばかり鈍っており、感じからしてロシアかポーランド辺りが出身なのだろう。黒尽くめのルポ達をまじまじと見る。
「USS所属か。お前達を送り込んだとなると、上層部は相当焦っている様だな。」
「黙れ、世間話に付き合うつもりは無い。ここで何をしている?」
任務の時のルポの表情は険しい。だが今の彼女の眉間の皺はこれ以上無い程に深く、ニコライのジョークに面白みの欠片も感じていない。その所為か声も若干の怒気を孕んでいた。
「私達は市民を救出する為に出動したんだが、生憎ともうそんな時間は残されていない。市役所は偉く混乱していてね。セーフゾーンがあるか探している所、君達に鉢合わせた。」
それを聞いたヴァイパーはふっと小さく噴き出した。本気で安全地帯をこのラクーンシティーで探していると言うのなら彼は正真正銘の間抜けだ。T-ウィルスに感染し、疲れも飢えも知らず、理性を失った生物が跋扈する夜の街に安全地帯など存在しない。探すだけ無駄なのだ。
「安全な場所など無い。そっちでは何が起こっている?」
ルポは先程ニコライが通って来た市役所に通じるドアを顎で示して訪ねた。
「市庁舎には大量の感染者の他に正体不明の特殊部隊がいた。何かを探している様子だったが、何故そんな事を聞く?お前達こそ、ここで何を———」
「質問してるのはこっちだ、これ以上時間を無駄にしないで欲しいな。」
問い返そうとするニコライをヴァイパーが遮った。
「ねえ、この人目付きが気に入らないんですけど・・・・・殺していいですか?」
そう言いつつも、既にベレッタのレーザーポインターの照準がニコライの頭に合わせたヴァイパーが許可をくれとばかりにトリガーに指をかけた。既に撃鉄が落ちる寸前まで人差し指が引き金を絞っている。
「放って置きなさい、弾の無駄よ。」
「UBCSなら一人で勝手にどこぞでくたばる。その一発はもっとここぞと言う時の為に取っておけ。」
「チェ〜ッ。」
だがバーサとスペクターに窘められ、ヴァイパーはトリガーガードへと指を移し、ベレッタを太腿のホルスターに押し込んだ。
「我々にはまだ任務が残っている、行くぞ。」
「精々頑張るんだな。その小僧も精々捨て石としてでも残しておけよ?」
ニコライの別れ際の皮肉を無視し、皆はルポに続いた。
「ベクター。」
「何だ?」
「ベクターもあの人の事、嫌いでしょ?」
低い声で訪ねるヴァイパーに返事はしなかったが、沈黙を肯定と見なして更に続ける。
「ニコライの体で僕の視界を遮ってたつもりだろうけど、ナイフに手をかけてたの気付かないと思った?」
ヴァイパーの言う通り、あの時ニコライの背後に立っていたベクターも彼から敵意かその類いの気配を感じ取ったのか、自然とナイフの柄に手をかけていた。その気になればあの場で一瞬の隙を突いて後ろから盆の窪や腹部大動脈を貫くなり、頸動脈を搔き切るなりして彼を葬る事など造作も無かっただろう。
「・・・・・ああ。奴は・・・・・生理的な嫌悪感を否めない。」
「あーあ、やっぱりあの場で殺しといた方が良かったかな。今更UBCSがここで一人死のうと百万人死のうと変わらないし。立つ鳥跡を濁さずって諺もある位だし。」
ニコライと擦れ違ってから数分後に本部から連絡が入った。
『市役所は完全にロックされている。セキュリティールームでロックの制御を解除しろ。』
「了解した。ヴァイパー、来い。ポイントマンはお前だ。」
「分かった。」
ニコライが先程通ったドアを抜けて階段を上がると、また内蔵がぶちまけられた数体の屍の横を通り過ぎた。今となっては最早見慣れた光景になってしまった。注意深くドアを開けると、既に大量の感染者がごった返している。意味不明なうめき声を上げながら当ても無く動き回り、また死肉を貪っていた。ニコライはいけ好かない奴だが、嘘はついていなかった。
「混乱どころじゃないじゃん、コレ・・・・」
大きく固まっているのは前方のみ。右側にある一階へと続く階段付近は手薄だった。ヴァイパーはベクターに目配せしてベストから下げている破片型手榴弾を指差した。ベクターは数秒間俯いて考え込んだがルポが小さく頷くのを見ると親指を立ててゴーサインを出した。
ピンを引き抜き、群れの中央に投げ込むと、放物線を描いてガン、ゴトン、と言う音と共に手榴弾が群れの中心から一メートル程手前に落下し、その五秒後に爆発した。手榴弾の割には威力が高く、爆心地付近にいた感染者はかなり無力化された。刹那、ウルフパックは散開して残った感染者の掃討に掛かった。
銃のセレクターがバーストになっているのを確認すると、一拍遅れてヴァイパーもそれに加わり、肘から下が無かったり両足を不揃いに食い千切られた哀れな感染者の息の根を止めて行く。後ろから襲って来た感染者はG36Cのストックで顎を打ち上げ、倒れた所で頭を踏み潰した。腐って柔らかくなったカボチャの様に頭はぐしゃりと潰れ、ヴァイパーのブーツとズボンの裾を赤黒い血で汚す。
「ラスト一匹ィ!」
景気の良い声と共にベルトウェイは至近距離で感染者の頭を吹き飛ばした。
「楽勝、楽勝〜♪」
「ベルトウェイ、黙れ。」
フォーアイズが面倒臭そうに目を細めて溜め息混じりに窘めた。
「そう言うなって、フォーアイズ〜。こんな大量の感染者を吹き飛ばせるんだ、上機嫌にならない訳が無いだろ?」
返り血を少し浴びてしまったフォーアイズの頭を冗談混じりにつついた。
「そう言えばベルトウェイ、フォーアイズと何してたの?結局トレーニングには結構遅れて来たけど。」
ルポはヴァイパーの何気ない質問に過剰反応を示し、思わず彼の頭をはたいた。
「何すんの・・・・?」
「お前にはまだ早い。」
「科学のお勉強って奴だよ、ヴァイパー君。それも生物学を微に入り細を穿ってな。」
フォーアイズは何でも無い様に装ってはいた物の、頬を赤らめた。建物が薄暗い上にガスマスクを装着していた為に気取られずに済んだのがせめてもの救いだった。
「全く貴様らは・・・・」
苦言を呈しようとしたが考え直し、ルポはそれだけ言った。
「このドアの向こう側、
感染者ではない自分達とは別の者。スペクターの言葉から導き出される答えは一つしか無い。
アメリカ政府が人命救助の為に派遣した部隊
第三勢力
SPEC-OPS、つまりは敵だ。
換装、質問、誤字脱字の報告、お待ちしております。