学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Changes in Relationships

シャワーを浴びた後に体を拭くのももどかしく、竜次は水筒と乾き物、そして服一揃えをリュックに収めた。デスクランプの灯りの下にはMP7A1、P-14、銃弾が詰まった合計八本のマガジン、数本の研ぎたてのナイフ、そして砥石がデスクに乱雑に置かれている。椅子に引っ掛けられたホルスターとプレートキャリアーを身に付け、P-14とそのマガジン以外をリュックに押し込むと、残ったナイフとマガジン、拳銃を全てそれぞれシース、ポーチ、ホルスターに収めた。

 

最後に簡単な書き置きをしたためようと考えてペンを取った。

 

「・・・・・こう言う場合、なんて書けば良いんだっけ?」

 

しかし数カ国語を自在に喋り、マスターしたどの言語での語彙も豊富だと言うのに何を書けば良いのか全く思い浮かばない。暇潰しに見ていたドラマや映画では良く『探さないで下さい』、『後はお願いします』や、ストレートに『家出します』と書かれていた。

 

暫く考えてから、『その内戻る』とだけ油性ペンでそう書き留め、デスクの上にこれ見よがしに於いておく。

 

竜次は別にこれを家出とは考えていなかった。月並みな言い方だが、これは自分探しの遠出、そう、遠出だ。別に戻って来ないつもりは無いのだから。ただ暫く一人で気ままに床主市を巡り、観察し、感染者や敵意を見せて来る殺して行きたい。始めて貰った冴子の平手で色々考え直さなくてはならない事もある。

 

セーフハウスの至る所に設置された監視カメラの位置と向きは把握しているが、別に映らずに出る必要は無い。一度の跳躍で長距離を移動出来る自分を一瞬で止められる様な者はいない。堂々と玄関から出ると、軽い助走を付けて十数メートル先にある建物の屋上に着地した。特に方角を定める事なくそれを続けて三十分が経過し、いつの間にか床主大橋付近のビルの上に立っていた。

 

「おーおー、いるいる。一杯いる。」

 

車以外に大型のショベルカーやロードローラーなど、工事や建設現場で使う重機がバリケードを為しており(多少の隙間があって何体かはその隙間を通り抜けてはいるが)、大橋には大量の感染者が屯していた。少なくとも千体以上は間違い無い。

 

竜次はしゃがんで両脚に力を入れて踏ん張ると、屋根に小さなクレーターが出来る程の勢いを付けて飛び上がり、大橋のほぼ中心に着地した。凄まじい轟音と共に着地したセダンのルーフが踏み潰された空き缶の様に拉げ、ガラスの破片を辺りに撒き散らした。

 

当然、大きく響いたその音に感染者が反応しない筈が無い。橋から去った感染者も、橋にいない感染者も自分の方に向かって来る。自分の中の本物の化け物が鎌首を擡げ、その覚醒を示す様に竜次の目が変色した。車のルーフから降りながら感染者二体の頭を踏み潰し、大きく身を引くと唸り声をあげながら手近な感染者に右ストレートを喰らわせた。屍は宙を舞い、群がる感染者をボウリングの球に吹っ飛ばされるピンの如く薙ぎ倒されて行く。それを暫く続けると、今度はスクラップにした車のドアを引き剥がして即席の鈍器にして力任せに振り回した。

 

技術も何も無い、馬鹿馬鹿しい程に圧倒的な暴力。振るう度に無惨な屍が更に無惨な肉塊に変わり、動かなくなる。

 

本能の赴くままに暴れる。大規模な敵を相手にここまでやるのは初めてだが、やはり爽快だ。上等な酒を飲んで良い女としけこんだ時と似ている。

 

「あ〜〜〜〜〜・・・・・・やっぱ最ッッッッッッッ高に勃起モンだぜ。」

 

その手で何者かに死を齎す事は方法、事情、状況に拘らず、絶望に満ち、暗く、恐ろしく、陰惨な物だと言うのが世間の定評だ。しかし竜次はそうは思わなかった。そんなネガティブな思考を持って事に及んでいては、自分を精神的に追い詰めるか、ミスをして追い詰められる。どちらにせよ、最終的に自分で自分の首を絞める結果を残すだけだ。殺戮にはスポーツの様に遊び心があってこそと、考えている。

 

アンブレラが崩壊してからも続けて来た傭兵稼業では様々な仕事をこなした。護衛、護送、破壊工作、潜入、そして暗殺。当然仕事をこなす事は給料の為にも優先するが、その中でもゆとりと遊び心を忘れず、どんな時でも最大限楽しむ事を心掛けた。

 

特に冗談や質の悪い冗談の様なトラップを仕掛けるのが得意なベルトウェイはそう言うやり方に共感する一人だった。バーサやスペクターと共に『殺し屋選手権』なるゲームをした事も何度もあった。

 

だから竜次は、微笑んで殺す。はにかんで殺す。満面の笑顔で殺す。笑って殺す。そして奇声を上げて殺す。より爽快に、よりスタイリッシュに、そして時には、よりグロテスクに。

 

拉げて原形を留めていない、外装の元の色すらも分からない程に脳味噌の欠片や内蔵、体液に塗れたドアをフリスビーの様に回転をつけて投げ飛ばし、再び群れを成した感染者達を吹っ飛ばし、押し潰した。

 

殺戮の音に吊られ、感染者は際限無く押し寄せて来るが、個々の能力は只の『1』でしか無い。それが幾つ集まろうと一足す一の繰り返しでしか無い上、竜次には届かない。残りのドアを引き剥がして同じ様に使った後、ダンボール箱を担ぐかの如く車を持ち上げ、サッカーのスローインの様に全力で投げ飛ばした。激突音の後に、鉄とアスファルトが擦れ、下敷きになった感染者がミンチになって行く。

 

 

 

 

一頻り暴れてからかなりの時間が経った。もう橋には、活動している感染者はいない。竜次は横転した二トントラックの上に座ってビーフジャーキーを噛み千切り、乾いたのどを水で潤しながら夜空を見上げた。

 

空しい。途轍も無く空しい。何時もは楽しいと感じる筈の殺戮の甘美な味が今はまるで砂や灰の様だ。

 

『誰もが我々の様になれる訳ではないんだぞ!』

 

誰が言おうと、竜次の答えは変わらない。変わりゆく世界に順応出来ない者は、生存競争から脱落する。どれ程体を鍛え、どれ程の英知を手にした所で、一個人が一個人だけの力で世界を変える事は不可能だ。

 

ならば、どこで間違えた?何を間違えた?

 

ありす自身に気は許していないが、滞在については反対していない。それに既に居着いてしまった上、自分以外の全員が彼女をそこそこ気に入ってしまったから強くは出られない。嫉妬にはある程度は折り合いをつけた。

 

「なら、何でだ?」

 

切れ切れになった雲から覗く孤月を目を細めて見上げながら竜次は声に出してそう問うた。

 

 

 

 

 

「笑っている場合か!?大問題だぞ、これは!」

 

「けどよぉ!あいつだぞ!?あの野郎が、だぞ?!家出!?それもあの歳で!?これが笑わずにいられるか!ガキかよ、あいつ!?」

 

『その内戻る』と書き留められた紙切れを鼻先に押し付けるルポの叱責などお構い無しにベルトウェイは痛む腹を抱えながら笑い続けた。監視カメラの映像で彼がセーフハウスカラ飛び出す所を目撃したバーサと、共にシフトを組んでいたスペクターも必死で笑いを堪えようとしていたが所々で笑いを漏らしていた。

 

心配そうにしているのはルポ以外に静香と冴子、そしてありすの四人だけだった。

 

「竜次君、たった一人で大丈夫かしら・・・・?」

 

「やはり殴ってしまったから、だろうか?」

 

「ママ、先生、お姉ちゃん・・・・・」

 

「落ち着きなさい、貴方達。経験と勘と、得意分野なら私達の方が上だけど、単純な生命力だけなら彼は私達が束になっても敵わない。それとサエコ、彼は女好きだけど、女を雑に扱うなんて事はしない。彼に一からマナーを叩き込んだルポに何されるか分かったもんじゃ無いもの。貴方から平手打ちを喰らったからと言って、嫌いになる様な男じゃない。断言する。」

 

フォーアイズは赤ペンで印をつけつつ目を通している紙束から顔もあげずにそう告げた。

 

「はい。シズカ、理解力は良いペースで上がって来てるみたいだけど、細かい所のミスがまだ多いわ。私とバーサの研究ノート、しっかり読み直しなさい。これから先、医療や遺伝子に関する知識は宝、至宝よ。覚えておきなさい。」

 

「分かりましたぁ〜〜。うぅ〜〜、大学一年目を思い出す・・・・」

 

がっくりと肩を落としながら静香はノートを受け取り、赤いインクがある所に目を通し始めた。

 

「俺もフォーアイズと同意見だ。あいつに限ってそれは絶対あり得ない。」

 

フォーアイズとベクターはこの異常事態を何時もの事だとばかりに、至って落ち着いて振る舞っていた。

 

「しかしこんな事は初めてだぞ、無断でセーフハウスを出るなど。装備だって軽装だ。」

 

「書き置きには『その内戻る』と書いてある。なら心配は無い、あいつは恐らくこれを家出とすら思ってもいないんだろう。考えてみろ。2004年より前から、俺達は単独行動なんてした事があるか?」

 

ルポは目を見開いた。そう、無いのだ。

 

知り過ぎた裏切り者を始末しようと躍起になるアンブレラの配下を相手に逃避行を続けて来た。竜次は歳を重ねるにつれ力を付けて行った事は間違い無いが、ルポの親馬鹿が抜け切らない所為で思春期前は基本アジトで留守番をさせていた。思春期以降は外出する頻度も大幅に上がったが、常に最低でも二人一組、そして外出時は必ず断りを入れて目的地と大凡の所要時間も伝えるが義務づけられていた。単独行動は余程の事が無い限り誰もしなかったのだ。その癖は今でも完全には抜け切っていない。

 

そして今は正にあの時と似通った状況だ。

 

「今日あいつは、初めて『無断で家を出る』と言うのを敢行したんだ。」

 

「そうよ、ルポ。タグの発信器もあいつの体内に埋め込まれた非常用の発信器もしっかり作動しているからバイタルも現在地も逐一確認出来る。初めてのお使いならぬ初めての遠出よ、今は好きにさせてあげなさい。」

 

「ピンチになったら俺達が助けに行きゃあ良いだけだ。後の事はその時になってから考えりゃあ良い。っしと、たっぷり笑ったし、シフトで寝る奴は寝ろ、俺とフォーアイズも寝る。」

 

「そうね。シズカ、貴方も映像監視のシフトに組み込まれてるから、寝落ちしたら許さないわよ。」

 

「ひ〜〜ん!」

 

分厚いノートを抱えながら静香はベルトウェイとフォーアイズに続いて、情け無い声を上げて二階へ上がって行った。

 

「私も寝るわ。サエコ、屋根からの見張りはよろしく。ありすちゃんも早く寝なさい。」

 

バーサも小さく欠伸をしてありすの頭を一撫ですると、二階の自室に登って行った。

 

「座りっぱなしで少し腰が痛いから、私は地上から外回りをする。」

 

スペクターはサブマシンガンを片手に欠伸を噛み殺すと、玄関の方へと姿を消した。

 

「ママ、大丈夫だよ。お兄ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。」

 

「ああ・・・・・そうだな。きっとそうだ。さあ、早く寝ると良い。起きたらまた忙しくなる。」

 

「うん。おやすみなさい。」

 

ありすの足音が消えたのを確認すると、ルポはソファーに身を投げ出し、こめかみを両手の指先で揉み始めた。

 

「竜次がこんな時にこの様な暴挙に出るとはな。育児で頭痛がしたのは久し振りだ。」

 

「確かに、彼がここまでするとは私も驚いています。しかし、同時に心のどこかで彼の行動に納得がいってしまっているんです。」

 

冴子の自信ありげな言い方にルポは起き上がって居住まいを正した。

 

「ほう?何故?」

 

「端的に言ってしまうと、彼は変化を恐れているのではないかと。特に、家族である皆さんの構成の変化を。」

 

幼少期の竜次からすれば、親代わりである自分達の存在は『神』と同義だ。長年死線を潜り抜け、数多の苦楽を共にして育まれた絆は信頼関係と言う強みだけで無く、依存と言う弱みを生み出してしまった。

 

「確かに、ウルフパックで便宜上『子供』と呼べる存在はあいつ以外はいなかったからな。おまけに幼くも現役の特殊部隊員顔負けの戦闘能力だ、なめてかかった大人を何度捻った事か。ありすの様な『普通の』子供とはどう接していいのか分からず、自分の居場所を奪おうとしている『敵』と言う認識に思考が辿り着いたのだろう。私よりも短い付き合いだと言うのに良く分かったな。」

 

こんな事なら年相応の事も教えておくべきだった、とルポは今更ながら後悔を口にする。

 

「ああ、いえ、勿論これはあくまで憶測の域を出ない、私見なので・・・・」

 

「いや、恐らくお前の言っている事は九分九厘当たっている。ありすを迎え入れた事で私も同じ事を危惧していたと、お前のセカンドオピニオンでハッキリした。やはり、お前を引き入れたのは正解だった。ありがとう。」

 

ルポの柔らかな笑みを見て、冴子は恥ずかしそうに小さく目を伏せた。

 

「どうした?母親の事でも思い出したか?」

 

「はい・・・・・五つにもならない頃に亡くなりましたが。元々体が弱かったので。」

 

「そうか。すまない、嫌な事を思い出させた。」

 

そう言うやいなや、ルポは冴子を優しく抱き寄せ、頭を撫でた。

 

「へ?あ、あの・・・?」

 

だがルポは何も言わずに暫くの間彼女を抱き締めたままでいた。

 

「良いから、大人しくしていろ。」

 

「竜次に、怒られますよ?」

 

「構わん。勝手に飛び出したのは馬鹿息子だ。帰ったら二人して灸を据えてやろう。」

 

「分かりました。」

 

二人で小さく笑いながら、それぞれ割り振られた仕事をする為にその場は一旦別れた。

 




次回辺りはありすの育成を書いて行きたいと思います。
いつまでもセーフハウスでダラダラさせるのもアレなんで、何か『敵』をださないとなあ・・・・・
原作と違って電磁パルスは出てないから水道、ガス、電気は使えるしなあ。う〜〜む。

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