学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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スランプやら学期末の結果にヘコ無やらで色々あった所為で三ヶ月近く空けてしまって申し訳ありません、i-pod男です。もうお忘れの方も多いでしょうが・・・・・


Raising the Pup

ウルフパックにありすが加わってから約一ヶ月が経過した。その間、ルポはありすの教育係を進んで名乗り出た。当然、異論は上がらない。

 

世界が感染者で埋め尽くされるまで何の波乱に直面する事も無く、危機的状況に陥った事も無いありすは乗り気ではなかった。どれも初めてやる事が多い上、彼女自身の根が優しいからと言うのもあり、ルポもてこずった。

 

しかし元々子供に対しては強い忍耐力を持っている彼女の努力が功を奏し、ナイフや銃の手入れの仕方や扱い方、基本的な肉体作りなどに協力的な姿勢を徐々に示し始めた。元々運動が得意なのか、歳の割りに体力はかなりあり、ルポも驚いていた。

 

そして持ち前の明るさと優しさからウルフパックと打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。ルポの次にベルトウェイと意気投合し、更には寡黙なベクターに内向的なフォーアイズすらもたまに遊び相手を勤めたりした。

 

しかし唯一心を通わす事に問題が生じている相手は竜次である。口では嫉妬心に折り合いをつけたとは言った物の、そう簡単に出来る事ではない。それに元々何らかの高い能力を持たない相手は歯牙にもかけないと言う性格が成長するにつれ確立してしまったのだ。

 

今は鬱憤を晴らす様にトレーニングとセーフハウスの警邏やモニター監視に励み続ける日々を送っている。

 

「ルポさん、やはり竜次君は彼女を受け入れる事にまだ少し抵抗がある様です。貴方を危うく撃ってしまいそうになった負い目もまだ・・・・・」

 

「私も気にしていないと何度も言っているんだがな。心の奥底ではまだ親離れが出来ていないのに気付けなかったとは、親としての勘が鈍っている証拠だ。私も子離れ出来ていないから厄介さが二倍増しだ。」

 

今まで反抗期と言う物を経験した事が無かった為、どうした物かとルポは首を捻るばかりだ。始まった時期も最悪としか言えない。

 

「では、こう言うのはどうでしょう?ルポさんと竜次と私、そしてありすを連れて足りなくなっている物を調達しに行くんです。道中何も無ければ、それに越した事はありません。あれば吊り橋効果を利用します。」

 

「分かった。こうなっては最早それに頼るしか無いな。まだ地下にいる筈だ。」

 

「では、どうにか説き伏せます。」

 

「ああ、頼む。ありす!」

 

丁度スペクターに無線の使い方を教わっていた彼女は呼ばれると、とてとて歩いて来た。

 

「何、ママ?」

 

「サエコと一緒に下に降りて行ってくれ。私も後から行く。」

 

冴子は一礼し、地下へと足を運んだ。

 

地下室はガレージ、物置、トレーニングルームを兼任する皆の共有スペースだが、それと同時にこの一ヶ月竜次の寝床にもなっていた。出来るだけありすと顔を合わせない様にする為だろう。

 

ドアを開けると、案の定竜次はダンベルを足で挟み込んだまま片手で懸垂をしていた。

 

「少し良いだろうか?」

 

竜次は頭から水を被ったと思う程の汗が全身から噴き出しており、照明で全身がテカっていた。鉄棒にかけたタオルを取って体を拭くと冴子の方をチラリと向いたが、ありすがその隣にいるのを見ると直ぐに視線を反らした。

 

「いい加減君も彼女を歓迎したらどうかね?拗ねている子供じゃあるまいし・・・・」

 

「歓迎も何も、居着いちまったんだったら俺に出来る事なんか無いだろうが。好きにさせりゃ良いだろう。それに俺は拗ねてなんかいない。」

 

明らかに自分が争いの種になっている事を察したありすは心配そうに冴子と竜次を交互に見やった。

 

「ルポさんからの指示が出た。彼女と私と君と、そしてありすの四人で外に出る。」

 

「何の為に?服も食料も水も充分あるだろ?発電機もソーラーパネルも動くんだし。外界の様子だってスペクターがハックした衛生を通して見れば済む事だ。」

 

ありすを伴って外に出る理由など分かり切っているが、竜次は敢えてそう言った。

 

「リュウジ、頼む。」

 

ルポの声に、ダンベルに手を伸ばそうとしていた竜次は動きを止めた。ゆっくりと後ろを向くと、s地下室の戸口にルポが立っていた。

 

「何度も言っているが、お前が私を撃ちそうになった原因は私にある。気にしてするのは構わないがいい加減自分を許してやってくれ。ここに閉じ篭っていても何も解決しないぞ?私だけじゃない。皆も心配している。勿論、ありすも。」

 

重い沈黙がその場を支配した。竜次は作業台に向かうと、分解されたままの拳銃を組み立ててありすの方へ大股で近付き、小さくしゃがんだ。

 

「ありすと言ったか?」

 

小さく小刻みに何度か頷く彼女に、竜次は先程組み立てた銃を差し出した。意図が分からず、ありすはおずおずとその銃を手に取り、スライドを少し引いて薬室を確認した。既に第一弾が装填されている。

 

「これは、SIG SAUER P230と言う銃だ。日本の警察、特にセキュリティ・ポリスが良く使っている。組み立て方と使い方は大方母さんから習ったみたいだな。さてと。」

 

竜次は銃を持った彼女の手を取り、銃口を自分の額に向けさせた。落とさせたり銃口を他所に向けさせない様に銃を彼女の小さな手ごと握り込む。

 

「撃て。」

 

「竜次———」

 

「黙ってろ冴子。母さんも、手を出さないでくれ。これは必要なテストだ。ありす、引き金を引け。俺を撃て。」

 

「え・・・・?」

 

何をさせられそうになっているのかをようやく理解したありすの顔から一瞬にして血の気が失せた。

 

「撃つんだ。」

 

「やだ!離して!離してよ!」

 

竜次の手を振り解こうとありすは暴れたが、小学生の腕力で抜け出す事など出来よう筈も無い。何より、銃を握らされたまま手に力を入れれば間違って撃ってしまうかもしれない。しかし、腹に何か堅い物が触れるのを感じて、ありすは下を向いた。

 

ありすが渡された物とは別の、サイレンサーを装着したワルサーPPKだった。

 

「この銃には、ありすのと同じ種類の弾が入っている。俺は今から十数える。それまでにありすが撃たなければ、俺がありすを撃つ。マガジンが、空になるまで。」

 

ありすの目を見て瞬き一つせず静かに、事務的にそう伝え、有言実行を示す為に撃鉄を起こして見せた。

 

「いーち、にーぃ、さーん。」

 

かくれんぼで数える時の様に間延びした声で歌う様にカウントダウンを始めた。

 

「リュウジ、もう良い。やめろ。」

 

「よーん、ごーぉ。」

 

「竜次、幾ら君でもこれはやり過ぎだぞ!彼女を離すんだ!」

 

「ろーく、なーな、はーち。もう八まで数えたぞ?早くしないと大変な事になる。」

 

ありすの双眼に涙が溢れ始めた。銃口を更に強く腹に押し付けられ、早鐘を打つ心臓は更に加速して行く。過呼吸に陥ったかの様に息が乱れる。

 

「きゅーう、じ———」

 

カチッ!

 

ありすが手にしていたP230の撃鉄が勢い良く起き上がり、小気味の良い金属音が地下室に響いた。ありすの手と銃を開放すると、彼女はへなへなと力なくその場に座り込み、ワンワン泣き始めた。すぐさま冴子は彼女の方へ駆け寄り、あやし始める。

 

「それで良い。」

 

ルポはありすの握り込まれたまま強張った指を優しく開いてP230を取り、竜次の手からもワルサーを奪い取って彼を睨んだ。

 

「どう言うつもりだ!?一体これのどこがテストだ!?」

 

「怒らないでよ母さん、落ち着いて。銃をちゃんと調べれば分かるから。」

 

言われた通りまずワルサーの方を調べると、ある事に気付いた。明らかに軽いのだ。グリップの底を見ると、マガジンが装填されていなかった。薬室も空だ。

 

次に、ありすの銃を手に取る。マガジンには弾がしっかり込められているし、薬室にも初弾が送り込まれている。考えつく説明は消去法で一つしか無い。

 

「・・・・ありすの銃は撃針を抜いていたのか・・・・」

 

銃が機能するにはしっかりと手入れをされた部品が全て使われていなければならない。中でも撃針は銃弾の雷管を叩いて撃発を起こして銃弾を発射させる、銃を銃として機能させる為の部品だ。これが無ければどれだけ手入れが行き届いた高性能な銃も只の鉄屑に過ぎない。

 

Exacte(正解)。彼女は家事や勉強はそこそこ積極的にやってるそうだね。良く笑うし、皆とも打ち解けてるんでしょ?けどそれだけじゃ駄目だ。人を殺しても耐えられるだけの精神力をつけないと、死ぬよ?こいつ。母さんは、誰よりもそれを知ってる筈だ。」

 

ありすの父親の死は感染者ではなく、人間によって齎された。向こうの都合がどうあれそれは変わらない。つまり敵は感染者だけとは限らない。

 

「ありす、優しいだけじゃ何も守れない。特に命を危険に晒され、恐怖に駆られた人間は怖いぞ。生き残る為には他者を顧みず、時に奪える物と利用価値の二点で他者を値踏みするからだ。」

 

しかしルポが口を開く前に、冴子の平手が竜次の頬を打ち抜いた。彼からすれば大して痛くないのだろうが、手を上げたのがルポではなかった事が予想外だったのか、若干惚けて床を見つめていた。

 

「だからと言って一般人と我々を分かつ境界線をいきなり割る事など無茶でしかない!その前に彼女の心が砕けてしまうぞ!ましてや彼女は子供だ!誰もが我々の様になれる訳ではないんだぞ!」

 

冴子が初めて声を荒らげた事に、ルポも僅かに目を見開いた。

 

「今の内はな。ならなきゃ困るのはあいつ自身だ。マザー・テレサにも勝る慈愛や純粋な精神の持ち主であろうと、手を汚さずに生き延びるなんて事は誰にも出来ない。誰にもだ。」

 

シャワーを浴びて来ると最後に言い残し、竜次は階段を登って行った。居心地の悪い沈黙が辺りを支配する。

 

「冴子お姉ちゃん。」

 

嗚咽がある程度収まったありすだったが、泣いていた所為で目は真っ赤に腫れていた。声も若干鼻声だ。

 

「怖かっただろう?すまないね、普段彼はああではないんだが・・・・」

 

「ありすは大丈夫。ねえ、竜次お兄ちゃんはありすの事嫌いなの?ありすがちっちゃいから?強くないから?」

 

「そうじゃない。彼はただ・・・・・」

 

「やきもちを焼いているだけだ。」

 

言葉に詰まった冴子の言葉をルポが引き継いだ。指先で涙の後を拭き取り、抱き上げると、ありすの顔に多少引き攣ってはいる物の、再び笑顔が戻り始める。

 

「リュウジはああ見えて、子供っぽい所があるからな。そっとしておけば、その内仲良くしてくれる。銃を実際に撃つのは、もう少し先だ。」

 

抱き上げたありすをしっかりと抱き締めると、彼女もまた抱擁を返した。笑顔で取り繕ってはいる物の、恐怖と言う名の楔は彼女の心に根深く打ち込まれており、体がまだ震えている。

 

明らかにやり過ぎだったが、竜次の言動が単純な嫌がらせでない事も否定出来ない。

 

「風呂に行こうか。ありすの髪を洗いたい。乾かしたら編んであげよう。」

 

「ホントに!?じゃあ、私もママのお背中流す!」

 

「そうか。では頼むとしよう。」

 

だが、今は。今だけは、隊長でもなく、兵士でもなく、一人の母親でいたい。たとえそれが長く続かないとしても。

 

それから数時間後、竜次は誰にも気付かれる事無くセーフハウスから姿を消した。

 


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