学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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長期間放置して申し訳ありませんでした。スランプとストレスで中々書けず・・・・・今回は難産でした。

だがしかし、エタらせませんよ!




Reconsider

———食って、咀嚼、嚥下。

 

「お母さん・・・・?」

 

竜次は軽い深呼吸を幾度も繰り返し、乾いた唇を軽く舐めてから答えた。

 

「そうだ。俺達のお母さんだ。」

 

———我慢だ、我慢しろ。食って、咀嚼、嚥下。

 

ありすと目線を合わせる為にしゃがんだ竜次は不快感を悟られぬ様精一杯の作り笑いを浮かべ、握り込んだ手をポケットに押し込んだ。

 

「お前のお母さんに、なる事も出来る。」

 

———毒を食うなら一気に皿ごと。食って、咀嚼、嚥下。

 

食って、咀嚼、嚥下。この三つの単語を繰り返し心の中で唱え続けて竜次はそう言い切った。ルポは竜次の肩に手を置き、優しく、しかし強めに握った。そして竜次と同じ様に身を屈めると、両腕を肩幅辺りまで開いた。

 

「おいで。」

 

それが本当の母親の姿と重なったのか、アリスの双眼はみるみる内に涙で溢れ、潤み始めた。そしてルポの胸に顔を埋めて肩を振るわせ、静かに泣き始めた。

 

「よく頑張ったな。」

 

少し跳ねているありすの髪の毛を優しく指で梳いてやる。しかし彼女はありすを宥めている最中も決して『もう大丈夫だ』や『ここは安全だ』などとは言わなかった。

 

ひとしきりアリスが泣いて落ち着いた所でルポはありすの手を握って階下のリビングに降りると、既にウルフパックがテーブルを囲んで集結していた。冴子がクスッと笑うのを見た竜次は小さく溜め息をついた。気が利き過ぎると言うのも考え物だ。

 

「これが私達の家族だ。挨拶しろ。」

 

「ま、希里ありすです!よろしくお願いします!」

 

強面な大人が過半数を占めているのか多少びくつきながらもありすは挨拶をし、皆もそれぞれ名乗って新人を歓迎した。

 

「さて、自己紹介は済んだ。皆持ち場に戻れ。」

 

ルポも見回りの為に戻ろうとしたが、手をありすに掴まれた。あっと言う間に仕事と()()で板挟みになると言う、シングルマザーが直面する典型的なシチュエーションが出来上がってしまった。

 

「あらあら、この子ったらルポにご執心ね。もっと構ってあげなさいよ。シズカも手伝ってあげなさい。一人じゃきっとてこずるから。」

 

新しい悪戯を思い付いた子供の様ににやにやしながらバーサはそう提案した。

 

「は〜い!」

 

教え子として師の考えを汲み取った静香もニコニコしながらありすの空いた手を取る。

 

「バーサ、私は一人でも・・・・・」

 

「何言ってんのよ、こう言った事は久し振りでしょ?だったら元々大らかなシズカが一緒にいた方が良いじゃない。」

 

「一応、大学生の時にパートで保育所で仕事をしていた事があるんで・・・・」

 

くいくいとありすがルポの手を引っ張る。バーサの言葉は間違っていない。小さく頷くと、三人は二階に上がって行った。

 

「ルポも可愛い所あんだな、相当歳行ってるのに。」

 

バーサは無言で茶々を入れたベルトウェイの頭を読んでいた本の背表紙で軽く叩いた。

 

「さて、ルポが育児に時間を費やしている間はヴァイパー、お前が指揮を執れ。」

 

コードネームで呼ばれた竜次は小さく顔を顰めた。

 

「ベクターがやるべきだ。ルポの副官と言うか、右腕でしょ?」

 

「ああ、確かに。だが右腕は所詮右腕。頭ではない。俺では精々二手に分かれる時に一時的な小隊長が関の山だ。我々ウルフパックと寝食を共にして十数年、お前は我々の期待を遥かに越える成長を見せた。ルポ自身もいつかは自分の後を次いで欲しいとお前がいない所で良く言っていた。我々もそう思っている、異を唱える者は誰もいない。」

 

「それに、お前は俺達のラッキーセブンだ。お前が先頭に立ってくれりゃあ運気も上がるってもんだぜ。なあ、スペクター?」

 

ベルトウェイに肩を叩かれ、スペクターは小さく頷いた。しかしその口元には小さな笑みがあった。普段の冷たさが失せた、彼らしからぬ笑みだ。

 

「運の良し悪しでリ—ダーを勤めさせるのはどうかと思うが、同感だ。君の実力は皆が認めた。というか、私には君以外に適任者を考えられない。ベクターはストイックなナイフマニア、フォーアイズはウィルスマニア、バーサは拷問マニア、ベルトウェイは爆弾マニア、私と来たら人の弱みを握るのが好きなえげつないゴミ屑だからな、ヒヒヒヒ。」

 

「竜次君、新参者の分際で差し出がましい様だが、私もそう思っている。それに私は、この命は君の為に使うと誓ったのだ。君がリーダーとなるならより一層先駆けとして力を尽くす。」

 

竜次は暫くの間何も言わなかった。確かに、いずれその様な事をルポの口から聞く事になるのは時間の問題だと言うのは頭のどこかで分かっていた。後押しされるのも素直に嬉しい。

 

「みんなの気持ちは良く分かった。でも俺は間違って母さんを殺しかけた。事情や俺の精神状態がどうであれ、それは動かない。そんな奴がリーダーだったら、俺は信用出来ないし、皆もそんな奴を信用すべきじゃない。たとえ一時的にだとしても。」

 

未遂に終わったとは言え、自分の母に銃を向けた負い目は全てを差し置いて重い。

 

「だから、駄目だ。俺にはそんな大役は務まらない。」

 

「・・・・・直ぐに返事をくれとは言わない。考えたければ好きにしろ。だが、いずれはそうなる。全員持ち場に戻れ。」

 

リビングに集まる前にいた持ち場にそれぞれ戻り、その場に冴子と竜次だけが残った。

 

「竜次君、間違いは誰にでも———」

 

「あれは間違いと呼べる様な生易しい物じゃない。裏切りに、未遂に終わったが、殺人と呼べる行動だ。」

 

竜次はバーボンの瓶を取ってグラスに注ぐと、氷も入れずに一気に飲み干した。

 

「俺は幾度も思い知らされた。人生は残酷な時が公平な時より遥かに多い。物事に折り合いをつける機会を極稀にしか与えてくれない。俺からすれば、これはそう言う時だ。前にも言ったがあいつに嫉妬しているんだ。母さんを、彼女に取られた事が。」

 

誰にとは言われずとも察する事は出来る。

 

「例えば、俺がぽっと出の見ず知らずの女にかっ攫われたら嫌だろう?」

 

かなり鮮明に想像してしまったのか、側に置いた刀を握る力が強まった。不快感が表情でも浮き彫りになってしまったらしく、竜次は小さく笑って彼女の頬を撫でる。

 

「落ち着け、只の例えだ。今俺の知る限りでは同年代でお前以上の良い女はいない。で、だ。嫉妬心に折り合いをつけはした物の、俺が犯した罪に対する折り合いがまだつけられない。幸いあの時弾は外れたが、一歩間違えば本当に殺していたかもしれない。思い出すだけで死にたくなる。」

 

「過去に、同じ様な間違いを犯した事はあった筈だよ?ウルフパックの中で、それ程の呵責を感じる程の間違いを犯した人がいた筈だ。その時、どうしていた?」

 

「・・・・ただ真っ直ぐ、受け止めていた。」

 

暴飲暴食、長期に渡る引き蘢り、瞑想、治安が悪い地域でゴロツキをいるだけ捻り潰す、娼館を渡り歩く、メンバー内の好き同士で体が動かなくなるまで日夜肌を重ねるなど、メンバーによって違うが対処としてやる事はその程度の事だ。立ち直るまでの時間は長くて精々半月弱。

 

「だが、時間が経たない事には、何ともな・・・・」

 

「全く君は・・・・」

 

膨れっ面で竜次の手を取った。

 

「何の為に私がいると思っているんだ?君の心の傷は、私が癒す。何度言っても飽きないこの台詞を、今一度繰り返す。私は君の女だ。私は君に全てを委ねる。だから君も私に委ねてくれ、君の全てを。」

 

「冴子・・・・・お前、不貞腐れた顔もすげえ可愛いな。新発見だ。」

 

 

 

 

 

 

ありすが再び眠りにつくまでそう時間は掛からなかった。二階のリビングルームでありすに軽食を取らせると、彼女は食べながらぽつりぽつりと自分の事を話した。

 

父は新聞記者で、母は専業主婦と言う、一般的な家庭の構図である。彼女も小学校に行っている最中にこの世界規模の感染爆発に巻き込まれた。幸い父親の職場は学校から差程遠くはなく、たまに彼が帰りに迎えに来てくれる。今回ありすはそれに助けられたのだ。

 

父と一緒に行動しつつ二人で母を探していたが、今の今まで見つかるには至らず、遂に父も目の前で死んだ。

 

その事をまた思い出したのか、ぽろぽろと涙をこぼし始め、ルポと静香は彼女を優しく抱き締め、彼女をあやし続けた。

 

「今日まで生き延びれたのは純粋に運が凄まじく良かった、としか言えませんね。」

 

「ああ。それはそうと静香、お前はやはり子供の扱いが上手いな。」

 

泣き付かれたありすの頭を撫でる静香を見て羨ましそうにルポは呟いた。

 

「そんな事無いですよ。ルポさん、お母さんだったんですから私なんかよりずっと上手な筈です。只、腕が鈍ってるってだけで。それに・・・・・こんな環境ですし。」

 

静香は物憂げに窓の外を見た。

 

「ルポさん、母親になるのって楽しいですか?」

 

「ん?ああ、まあな。出産時の痛みと最初の何年かは大変だったが、とても楽しかった。子供達の笑い声を聞いて、力一杯遊んでいる姿や笑顔を見ている、たったそれだけでどんな疲れも忘れてしまえる。添い寝をしていた時の寝顔も可愛くてな。」

 

この世界ではやめた方が良いがな、と自虐的に笑うとありすに薄い毛布をかけてやった。

 

「じゃあ、私は先生のお手伝いがまだあるからありすちゃんの事、お願いします。頑張って下さいね。」

 

「あ、ああ・・・・・」

 

ありすと二人っきりになり、ルポは毛布に包まった彼女の隣で横になると、とりあえず頭を撫で始め、フランス語の子守唄を口ずさみ始めた。

 

五曲程歌ってからふと思った。最後に子供と添い寝をしたのははアンブレラを出奔してから竜次と二、三年程、週に三日はしていたが、その必要もやがて無くなって行った。

 

しかしやはりあの感触が懐かしいのか、恐る恐るありすを抱き寄せた。不明瞭な寝言がありすの口から漏れた時にはびくりと体が引き攣ったが、しっかりと抱き寄せると涙が零れた。

 

「今度は、ちゃんと守ってやるからな。」




もう覚えていらっしゃる方はいないかもしれませんが、今後ともどうぞよろしくお願いします。

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