学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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一ヶ月前後遅れてしまうとは・・・・・

そろそろこれも多少強引でも切り上げるべきですかね・・・・・


Wounds

空が白み始めた頃に、竜次はスパーリングをするマットの上で目を覚ました。いつの間にかタオルケットを被っており、その隣では冴子が彼の腕を枕に眠っている。夢でも見ているのか、笑みを浮かべて不明瞭な言葉を発するのが聞こえた。

 

寝返りを打った彼女の首元でチリンとネックレスが音を立て、ようやく思い出した。

 

そうだった。

 

あの時自分は、怒りも悲しみも嫉妬も、何もかもを彼女にぶつけ、彼女の体を一晩中嬲り続けた。彼女はそれを受け入れ、自分からも快楽を貪る様に求めた。行為が二度目とは思えない程に貪欲な彼女の艶っぽい言動は低血圧で若干ボーッとしていてもはっきり覚えている。

 

お互いに精根尽き果て、体中の筋肉が鉛の様に動かなくなり、汗だくで息も絶え絶えになった所でようやく睡魔が押し寄せ、泥の様に眠ったのだ。

 

作業台に置かれたプロトレックのアラームで二人は目を覚ました。

 

「おはよう。良く眠れた様で何よりだ。」

 

「ああ。腰、大丈夫か?」

 

「動く事自体に問題は無いが、その・・・・・もう少し手加減をしてはくれまいか?いや、私を求めてくれるのは嬉しいのだよ?ただ、君は底無しだから・・・・」

 

伏し目がちにポソポソとそう言いながら、冴子は裸体を隠しているタオルケットで羞恥で朱に染まった顔を隠す。

 

「若い男の性欲を嘗めるからそうなるんだ。と言うか、お前も結構底無しだと思うが。」

 

これ以上下世話な話がエスカレートする前に、冴子はわざとらしく咳払いをして話題を変えた。

 

「んんっ。それはそうと、もっと君の事を教えてくれないだろうか?」

 

「俺の事か・・・・昔の思い出話程度で良いなら幾らでもあるぞ。」

 

「何でも良い。君の事をもっと教えてくれ。」

 

「そうだな・・・・なら、一番話題に事欠かないベルトウェイとスペクターの話をしよう。」

 

竜次は起き上がって脱ぎ捨てられた服の袖に腕を通し、冴子の服も彼女の側に置いた。

 

「一人は天才爆弾魔、もう一人は天才ハッカー兼分析官兼ネゴシエーターだしな。六年前の夏にドバイで仕事を依頼された時の話だ。殺しを依頼された。それもド派手にぶち殺せと言うお達しで。だから常套手段の強盗に見せかけて殺すと言う当初のプランは没になった。で、ベルトウェイが考えついた方法は、本社の建物の向かいにある高層の廃ビルをハンマーに、本社を釘に見立てて地下に叩き込むと言う物だ。」

 

「そんな事・・・・可能、なのか?」

 

「難易度は高いが不可能じゃない。爆発の破壊力、位置、タイミング、指向性、建物自体の強度等々を計算に入れてやればな。」

 

「つまり、成功したと・・・・?」

 

「ああ。一番笑ってたのはベルトウェイと俺だな。あいつが仕掛けて、俺に起爆させてくれた。ルポには遊び過ぎだって盛大に叱られて二人共給料を半分以上は減らされたけど。傭兵稼業も慣れると楽しいぞ?」

 

肩や首を回して伸びをすると、ストレッチを始めた。冴子も服を着るとそれに倣った。

 

「後は、そうだなぁ・・・・・あ、中学に入って間も無い頃、イタリアのアマルフィと言う都市でマフィアの組を一掃した事もある。演出はバーサが凝り性で服装も武器も一昔前のギャング映画に出て来そうな物ばかりを使った。」

 

一通りストレッチが終わると、竜次は立った状態から背中を反らして後ろに倒れ込み、ブリッジポーズを取った

 

「あれはあれで面白かったぞ、奴らの有り金巻き上げて高い酒やら葉巻も片っ端から頂いた後に盛大な打ち上げをやった。」

 

冴子の反応がもっと見たくなり、竜次は心の堰が切れた様に語り続けた。過去のエピソードはどれをとってもアクション映画にでも出て来そうな、あまりにも荒唐無稽で現実離れしていた。冴子の笑いにつられて竜次も破顔して彼女の頬に優しく唇を寄せた。

 

「羨ましいな、君が。」

 

「そうか?」

 

「羨ましいよ。そんな・・・・気心の知れた、命を預ける事を厭わない位に信頼出来る方達に囲まれているなんて。私は、物心ついた頃には母が既に他界していて、道場の同門や部活での先輩、後輩、そして父しかいなかった。父も親と言うよりは師に近かった。君が持つ特別な繋がりは君に出会うまで手に入れる事は無かったよ。君のお陰だ。ありがとう。」

 

そう言いながら冴子は竜次の首に腕を回した。彼もまたそれに応え、彼女の腰に腕を巻き付ける。うなじに顔を埋め、女の匂いを肺腑の奥まで吸い込むとくすぐったそうに小さく身を捩った。

 

「ベクターが言ってた。母さんは、一方的に守れる存在を欲していると。もう俺だけじゃ、駄目なんだと。」

 

「あの少女を助けた今までのルポさんの方針や考え方とは百八十度違う行動に折り合いを付けられない、と言う事か。」

 

「・・・・・ああ。血脂と硝煙を燻らせた世界が俺の日常だ。それが少年兵でもないガキ一人に踊らされるとは、我ながら情け無い。俺はどうすれば良い?」

 

「君はルポさんと何年も共に生きて来た。いい面も悪い面も見て来た筈だろう?毒を喰らわば皿までと言うと語弊があるが、どれもあの人である事に変わりは無い。全てを含めた彼女が好きなのだろう?」

 

「ああ。」

 

「ならばやはり行く道は一つだ。受け入れるしかあるまい?」

 

簡単に言ってくれる。それが出来ればこんな苦労はしていない。そもそもそれが始めから出来ればここに閉じ込められてもいないし、こんな会話もしていない。

 

しかしいい加減乳離れした方が良いと言うのも事実だ。

 

「分かった。母さんと話して来るよ。」

 

 

 

 

妙に背中と首が痛い。

 

目を擦って伸びをして、ルポは思い出した。

 

少女が救出された後、彼女を自室のベッドに寝かせ、栄養剤の点滴を静脈に刺した。顔色はかなり悪かったが、数日続いた何の変哲も無い飢餓状態による栄養失調だった為、容態が安定するのにそう時間は掛からなかった。だがそれでも心配で、寝落ちするまで起きたまま見守っていたのだ。

 

「よう、ルポ。」

 

半開きのドアをノックし、ベルトウェイがのっそりと戸口に現れた。

 

「・・・・ベルトウェイ。どうした?」

 

「いや別にどうもしやしねえがよぉ、おめえがどうしてるかと思ってな。ちゃんと寝たのか?気の所為か目尻の皺が増えてる様に見えんぞ?」

 

「殺すぞ。行動に支障が出ない程度には寝た。」

 

欠伸を噛み殺しながらそう答えた。支障が出なくとも、眠くない訳ではない。

 

「おいおいおいおい、欠伸が出てんだろうが。」

 

耳の後ろに挟み込んでいた煙草を口に銜えて火を点けようとした所でさっとそれを奪われてしまった。

 

「私の部屋は全面禁煙だ。それに、あの子を副流煙に巻き込むな。」

 

「わーったよ、ったく。ソイツの事でも言っておきたい事が幾つかある。」

 

ベルトウェイは普段はおちゃらけている陽気な性格の持ち主で、ペースを崩さぬ様に、任務中でもそれを維持しているが、今は何時に無く真剣な表情だ。

 

「会議でも出た話だが、オメーがガキに入れ込む理由は皆知ってるし、仕方無いとは思ってる。俺の隊長は後にも先にもルポしかいねえ。けどよぉ、隊長のアンタが自分のルール破っちまったって事にゃ正直驚いているし、がっかりもしている。特に、ヴァイパーの奴がな。」

 

「リュウジが?そう言えば会議では姿を見なかったが、何かあったのか?」

 

「ああ。俺も詳しくは何が起こったかは聞かされてねえが、地下室で頭冷やす様に言われてる。見張りの役目はあいつにぞっこんな嬢ちゃんに白羽の矢が立った。それで一先ずは大人しくするだろうってな。」

 

「大人しく・・・・?まさか暴れた、のか?」

 

竜次が過去に暴れた事は何度もある。それらの事例はどれも例外無く自分がどうこうされそうになった時だ。激怒した竜次は、正しく人間台風と言う表現が相応しい。後に残るのは瓦礫と人の手によってやられたとは思えない様な外傷を負った死体の山だ。本格的に暴れ出す前に薬か何かで眠らせるか、気が済むまで暴れさせるかの二択しか無い。

 

「まあ俺は居合わせた訳じゃねえからな。あの言い方から察するにそうだったんじゃねえか?」

 

「誰が言った?」

 

「口止めされちまった。幾ら軽い性格の俺でも口は堅ぇから、そいつぁ言えねえんだ。悪ぃな。」

 

ルポの独断行動の所為で、既に皆との信頼関係に亀裂が入っている。何が起こったかを話せば結果として余計に彼女を追い詰めるだけになってしまう。

 

「ま、今はそいつの面倒見てりゃ良いさ。けどよぉルポ、二つ覚えておく事がある。あいつは強ぇが、まだ二十歳前後の傷つき易い質だって事と、()()()()()()()()()()()()()()()()って事だ。んじゃな。」

 

ベルトウェイはそう言い残してルポに奪われた煙草の手から掠め取ると、戸口で火を点けて吸い始めた。

 

彼が去った後もその言葉はルポの耳に酷く強く残っていた。

 

子供はそいつ一人だけではない。

 

竜次はルポにとって息子の様な存在となって行った。それも、恐らく彼女の実子達が殺される前から。そして実子達が死んでからと言う物、竜次の存在はルポの中でどんどん大きく、重要な物になって行った。

 

しかし彼が知恵と力を身に付けて成長して行くにつれ、ルポはどこか寂しさを禁じえなかった。時間と共に一抹の感情だった筈の物がどんどん大きくなって行き、少女を見た瞬間亡き娘の面影と重なり、心が彼女を守らんと体を動かした。

 

しかしそれはその重要になった竜次を打ち捨てている様にも見える。少なくとも、彼にはそう見えてしまうだろう。ああなってしまうのも無理からぬ事だ。

 

何と軽率な事をしてしまったのだろうか。ルポは頭を抱えた。

 

「母さん。」

 

「・・・・・リュウジ・・・・」

 

寂しそうな笑みを浮かべた彼を見て、ルポはいよいよ目頭が熱を持ち始めるのを感じた。

 

「母さん、ごめんなさい。」

 

「何故お前が謝る?元はと言えば私が勝手に・・・・」

 

「うん。でも、それと母さんを撃ってしまいそうになったのは別だよ。下手をすれば殺してたかもしれない。何事にも折り合いをつけなきゃならない時がある。今回はそれが出来なかった。だから、ごめんなさい。」

 

泣くまいと必死で嗚咽を飲み込みながらルポは何度も謝り、竜次を犇と抱きしめた。

 

「時間は掛かるけど・・・・彼女を受け入れるのは、何とかするよ。今までだって何とか出来たんだ。今回も、どうにかする。だからもう泣かないで、母さん。」

 

「泣いてなど、いない・・・・・」

 

竜次は肩先に生暖かい雫が幾つも堕ちて来るのを感じてはにかむと、ルポに負けじと彼女を抱きしめる腕に更に力を入れた。

 

保護した少女が小さくうめき声を上げ、二人はそちらに目を向けた。顔色は健康とは言い難いが意識が戻ったと言う事は大凡の回復は出来た様だ。

 

「おとー、さん・・・?」

 

「数日の間栄養失調に犯された体が点滴二袋だけで回復するとは、子供の割には驚異的な回復力と免疫力だ。」

 

少女は起き上がって目を擦ると、状況の理解に頭の回転が追い付かないのか、不安そうに辺りを見回した。

 

「ここは他の場所に比べれば比較的安全だ。感染者はまだいないよ。ほら。慌てなくていいからゆっくり飲め。」

 

ルポはベッド脇に置かれた水筒を彼女に渡した。やはりかなり脱水していた様で、一リットルはあった中身を半分程空けた。

 

「名前を教えてくれないか?」

 

「ありす・・・・希里、ありす・・・・」

 

「アリス、か。私は———」

 

名乗ろうとした所でルポは言葉に詰まった。改めて考えるとこうやって子供とまともに会話をする事など竜次を除けば精々一人か二人位だ。

 

「カリーナ・レスプル。ここにいる俺達のお母さんと言うか、まあ、リーダーだ。」

 

まごつく彼女に代わって竜次が引き攣った笑みを浮かべながら握手を求めて手を差し出した。

 


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