学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

34 / 42
全快の話が今年中に出来る最後の更新だと言ったな。

I lied(あれは嘘だ)

今回はウルフパックのもっと人間的な所に焦点を当ててストーリーを進めて行きたいと思います。
卓越した能力を持つ傭兵集団とは言えやはり誰もが例外無く血の通った人間ですから。


Motherly Instinct

冴子がタトゥーを入れてもらっている間、ルポはキッチンにあるクーラーからジムビームのバーボンを一本取り出し、戸棚からグラスを取って注いだ。透き通った琥珀色の液体を暫く見つめていたが、大きく息を吸うとそれを飲み干した。熱い塊が喉から食道へ、そして食道から胃へと落ちて行く。

 

両手で顔を覆い、大きく溜め息をつく。ベルトウェイが衛星を通して見ていた映像が今でも頭から払拭出来ない。父が大きめの、しかし片手でも容易に扱えるサイズの血に塗れたレンチを持って家々のドアを叩いて助けを求めている姿。そしてその一軒のドアが開いた直後、崩れ落ちた。そして彼は泣きじゃくる娘をその場に立った一人残して死んだ。

 

泣き声に感染者が引かれてその泣き声もやがて聞こえなくなった。あの子も恐らくもう生きてはいない。だが、親としてどうしても気になってしまう。しかし子供の死体など出来る事なら見たくはない。

 

苛立ちを二杯目のバーボンと共に飲み込むと、不意に首筋と肩甲骨の隙間をマッサージする手を感じた。振り向くと、静香が心配そうな表情を浮かべていた。

 

「あの、その・・・・・私には全然若く見えますからっ!」

 

ここに来てからはフォーアイズとバーサの英才教育を受け続けていた所為で面と向かってルポと離す事が無かった為、静香は緊張していた。その所為で若干声が震えて上ずっている。度数が高めの酒をたった二杯飲んだだけで気配も察知出来なくなるとは、我ながら情け無いものだ。自虐混じりの笑みをフッと浮かべた。

 

「シズカ、お前は高校で保険医をやっていたそうだな?カウンセリングをやった事はあるか?」

 

「私、心理学はちょっと苦手で・・・・どうかしたんですか?」

 

「まあ座ってお前も一杯付き合え。」

 

戸棚からグラスをもう一つ取り出して氷を入れると、バーボンを注いだグラスを静香の方へ押しやった。両手でグラスを包み込み、深呼吸をするとバーボンを一口飲んで聞く準備を整えた。

 

「こう見えても、私はバツイチでな。軍に入ってから十数年後に知り合った男と結婚して退役、息子と娘に恵まれた。そして丁度・・・・そうだな、私が四十路に差し掛かった時に殺された。」

 

サラリととんでもなく重い事情を聞き、静香は眼を見張った。静香自身、恋人は疎か男の気配など全く無かった為尚更重かった。

 

「この辺りを走り回って助けを求めていた親子がいただろう?男が連れていた娘を見ていて、どう言う訳か自分の娘を思い出してしまってな。それがどうも頭から離れない。もしかしたら、その娘が生きているかもしれないと言う愚かな考えも消えない。」

 

「生きているかもしれないって・・・・でも、あんなに沢山いたら・・・・・」

 

「生きている筈が無い、か?確かにな。だが子供は大人よりも突拍子も無い柔軟な発想が得意だ。父親の屍の下やその影に身を隠して息を潜め、やり過ごす事は不可能ではない。私もアフリカにいた時、別の部隊にいた兵の死体の山を隠れ蓑にした事がある。」

 

抜け出すのは苦労したがな、と苦笑し、バーボンを一口啜る。

 

「見に行きたいんです、よね・・・・・?」

 

ルポは何も言わずにまたグラスに口をつけた。見に行きたくない訳ではない。だが恐ろしいのだ、途轍も無く。生きているならまだ良いが、もし死んでいたら。もし感染者になってしまっていたら。恐らく自分はどうにかなってしまうかもしれない。

 

そうなればウルフパックを導く事が出来ない。彼らを死なせてしまう確率も上がる。迷うな。彼らは今でも自分を隊長と仰いでいる。自分がフラフラしていたら、彼らは誰を信じれば良い?

 

ルポの沈黙を肯定と受け取った静香は暫くグラスにプカプカと浮かび、半分溶けかかっている氷を見つめていたが、意を決してそれを一気に飲み干した。

 

「じゃあ、見に行きましょう。」

 

「簡単に言うな。見つけたとして、それからどうする?」

 

竜次の様に傭兵稼業に身を置く人生を送って来たなら兎も角、ルポが目にした子供は年相応な、只の少女だ。戦う技術は疎か、己の身を守る為に必要な物など何一つ持ち合わせていない。そんな彼女は、只の足手纏いにしかならない。

 

しかも、既にウルフパックは二人の人間をここに受け入れた。本来受け入れる筈が無かった予定外の者達をだ。だが静香は一通りの医療に関する知識と技術、そしてバーサとフォーアイズのよしみがある。手伝ってくれる手が一組あるのと無いのとでは大きな差が出るのだ。冴子は元々人並み以上に腕に覚えがあるし、竜次が手綱をしっかりと握っている。テストもクリアした今、鍛え方次第で間違い無く強き戦士に化けるだろう。相応の見返りがあるからこそ多少のリスクを度外視する事になっても受け入れたのだ。

 

では、その子供にはウルフパックに有益な何かが出来るだろうか?

 

そんな知識を持っているだろうか?

 

答えは否である。

 

何も出来ない。何も持っていない。故に、救う価値は無い。

 

それにどれだけ口で理屈を捏ねようと、善くも悪くもこの国は平和だった。命の危機に瀕するなどの究極的状況に置かれた際、咄嗟に機転を利かせられる様な人間はほんの一握り。子供など以ての外だ。ありえない。

 

救えない。もう死んだも同然だから。

 

合理的且つ単純明快な答えだが、ルポはそれを呑む気になれなかった。呑めなかった。一人の母親として。

 

「見つけて・・・・生きていたら、どうするかはその時に考えましょう。もし、死んでいたら・・・・・その時はその時です。するだけ時間の無駄だって言われるかもしれないけど、可能性があるんだったら——」

 

「はい、ストーップ。」

 

静香の言葉を遮ったのは竜次だった。

 

「困るなあ、勝手に家主が何をするべきかを決めるなんて。幾ら先生でも許さないよ?流石に。」

 

「リュウジ・・・・」

 

気配を極限まで誤摩化していた為、ルポですら気付かなかった。

 

「Living is not for the weak(弱者に生きる資格なし)。今俺達がやらなきゃいけない事は『生存』の二文字だけ。その為に必要な事をしなきゃならない。やりたい事はするなとは言わないけど、あくまで二の次だ。それも、出来るだけ生存に必要な事項に抵触しない程度の物でなくてはならない。たとえ他者を蹴落としたり、見捨てたり、倫理や道徳の観念を捨てると言う事になっても、優先順位は遵守しなきゃならない。ウルフパックはそうやって生き延びて来た。」

 

「倫理を捨てたら、人間じゃなくなるわよ!」

 

「俺達は人間なんかじゃないよ。人の皮を被った狼の群れだ。」

 

温厚な静香が声を荒らげた事に若干驚きつつも、竜次は涼しい顔で嘯いた。

 

「絶対の規律、絶対の信頼、そして経験によって裏打ちされた各分野における絶対の能力。それらによって俺達は統制を保っている。狼王ロボですら平伏す様な群れだ。群れと言うよりは一個の生命体と言った方が正しいかな?だから俺達は誰一人欠けさせないし、欠けてはいけない。全員揃っているからこそ意味がある。だから、群れに危害を加える者は徹底的に追い詰めて、最後の一人に至るまで例外無く喉笛を食い千切る。食い千切ってその屍を乗り越える。母さんはその群れを束ねる存在だ。」

 

そんな彼女を連れ出して万が一の事があれば、群れは機能しなくなる。

 

「先生は医者だから助かる可能性がある人を助けたいと思うのは普通だと思う。でも、生きている人間全てを助けられる訳じゃないのは分かってるでしょ?それに自分が死んだら意味無いし、治療したからと言って助かる保証は無い。噛まれてたらそれこそアウトだ。体力、時間、何より資源が無駄になる。俺達の限りある大事な資源が、だ。どこかから調達して使った分の穴埋めが出来るって言うなら別だけど。」

 

「リュウジ、後生の頼みだ。行かせて欲しい。言ってくれ、行っても良いと。」

 

竜次は二の句が次げなかった。眼を白黒させ、次の言葉を探そうと思考を巡らせる。そもそもルポが、己にも他人にも特殊部隊の訓練教官並に厳しいあのルポが我が儘を言った事など覚えている限りでも片手で数えられる程度の回数だ。

 

しかしその我が儘の内容はどれも彼女らしく、納得出来る理由に裏打ちされていた為、特に断る理由は無い。だがこれは違う。門の外に大量の感染者がいる訳でも無く、誰かしらに攻撃されている訳でも無い。ウルフパックを束ねる女王自らが、生きているかどうかも怪しい子供を助けに行くと言っているのだ。

 

勿論、彼女の実力を疑っている訳では断じて無い。ウルフパックでの最年長者である彼女は軍人が経験しうる事柄を全て経験しているだけでなく、BOWとの戦闘に関する知識と経験も一日どころか一年の長がある。

 

「何で・・・・・?」

 

だからこそ、分からない。何故彼女がそうまでして行きたいのか。

 

「何でだよ・・・!」

 

違う。こんなのはルポじゃない。こんなのは、母さんじゃない。母さんは公私の塵一つに至るまでを混同しない、気高く、強い女性だ。

 

「他の皆に相談も無しに・・・・」

 

「戻ったら、私が直々に詫びる。行って確かめれば、それで・・・・それで、私も諦められる。だから行かせてくれ。」

 

視界が混乱と怒りで時に黒く、時に赤くなり、壁か何かを殴ってしまいそうになっている右手を抑えた。ルポはその拳を両手で包み込んだ。女性の割に大きく、少しゴツゴツしてはいるが、ひんやりとしたその手はとても軍人の物とは思えない程指は白く、細い。

 

震えが収まった所で、ルポは優しく竜次を抱きしめた。竜次も彼女の背に手を回す。

 

「私は死なない。お前達を残して、死ぬものか。誓う。私は必ず戻ると。」

 

「・・・・分かった。でも条件が三つある。一つは、言い出しっぺの先生にも付いて行ってもらう事。」

 

元よりそのつもりだった静香は何も言わずに頷いた。

 

「二つ目は・・・・母さんは、俺がショッピングモールで見つけたピッケルを持って行く事。使い方は慣れてるトマホークとあんまり変わらない筈だから。」

 

「分かった。その条件、喜んで呑もう。三つ目は何だ?」

 

「屋上からの援護は俺にやらせる事。」

 

やめろと止めても、隙を見つけて一人ででも行くだろう。ならばせめて自分が万全を期してここに戻る最後の一瞬まで彼女を最も効果的な方法で守り切ろう。

 

「頼むぞ。」

 

「ん。」

 

互いの額をコツンと軽く付き合わせ、竜次は駆け足で階段を登って行った。

 

そこへ丁度入れ違ってタトゥーを彫り終えた冴子達が階段から上がって来た。

 

「入れ終わったか。」

 

冴子の右胸に彫られたローマ数字の八を見て、ルポは小さく破顔した。

 

「はい。お待たせしました。」

 

「久し振りに良い仕事が出来た。数字以外に和風の物を彫るのは初めてだったから少々時間が掛かってしまったが、実にやり甲斐があったよ。何より肌の質が良いからインクの馴染みが思っていたより随分早い。」

 

スペクターは満足そうな顔でゴム手袋を外し、煙草に火を点けてプカプカと煙を燻らせ始めた。

 

「スペクター。私はこれから少し外に出る。シズカも一緒に来るつもりだ。」

 

スペクターは片方の眉を上げた。

 

「当ててみよう、外で避難場所を求めていた男が連れていたあの娘の事だろう?」

 

ルポは何も言わなかったが、情報の扱いや交渉で切り抜けて来たスペクターに嘘や隠し事は出来ない。

 

「そうだ。」

 

「ルポ、君が見に行かずとも衛星カメラから既に私が確認した。彼女は死んだんだ。あの群れに飲み込まれて。夜には赤外線、更にはサーモも使ったが、人間の標準的体温を発している物は建物の中にしか確認出来なかった。」

 

「噛まれて感染者となったその少女を見たのか?」

 

「見ていない。しかし———」

 

「ならば行かせてくれ。私自身の目で確認したい。一キロにも満たない距離だ。頼む。私が戻ったら皆を集めて、改めて話す。」

 

スペクターは暫く煙草を吹かしていたが、殆どフィルターだけになったその煙草の火先を見つめ、流し台に投げ込んだ。ジュッと小さく音を立てて火先が消える。

 

「・・・・言質は取った。分かっているとは思うが、救出の成否に拘らず、戻ったらその言葉、くれぐれも反古にしないでくれよ?私は屋上に上がっておく。大方リュウジもどうにか説得したんだろう?」

 

「お見通し、と言う事か。」

 

「ヒヒヒヒヒッ、何年情報収集やネゴをやって来たと思っている?それにKGBから追い払われた後は何年もウルフパックと一緒にいるんだ、少し状況を整理すれば考えている事位分かるさ。」

 

スペクターは新たに煙草を口に銜え、再び煙を吹かしながら階段を登った。

 

「サエコ。」

 

「は、はい?」

 

初めて名前を呼ばれた事に驚き、思わず背筋を伸ばして答えた。

 

「お前も来い。流石に二人の人間を一人で守り切るのは無理がある。五分以内に出発の準備をしろ。玄関で集合だ。」

 

「心得ました。では整い次第。」

 

冴子は一礼し、装備を整える為再び地下に戻った。

 

「毒島さんも連れて行くんですか?」

 

「護衛対象がいる場合、一人につき最低でも二人は必要になる。普通の護衛任務ならば人数は多いに越した事は無い。だが、今回は出来るだけ身軽且つ短時間での行き来が望ましい。銃もあまり使いたくない。」

 

「あの・・・・言い出しておいてなんなんですけど、その・・・・生きてるって言う根拠、は・・・・?」

 

「勘だ。」

 

「・・・はい?」

 

多少抜けている静香も、ルポの答えに思わずそう聞き返した。自分が言い出してしまったのは事実だが、あからさまに確固たる根拠が無い事を公言されてしまうと、流石に反応に困ってしまう。

 

「女の勘でもあり、母親の勘でもある。時と場合にもよるが、勘はあまり馬鹿に出来んぞ?こう見えてもリュウジの次位には当てになる。下に来い、お前にも最低限の装備は一式渡しておかねばならん。使い方は一応教えておくが、慣れるのは自力更生してくれ、流石にそこまでの面倒は見切れない。」




中間テストもようやく全て終了したので、ようやく戻れます。

いやー、にしてもウォーキングデッドの後半が早く見たい!!
そして『イントゥ・ザ・バッドランズ』が超カッケー!!ダニエル・ウーも中々やります。二期はよ!!

秋学期もこれでようやく一段落したので執筆にももっと時間を割く事が出来ます。

それでは、また次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。