学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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長らくお待たせいたしました。中間テストが迫って来る中、更新も執筆もままならず・・・・

恐らくこれが今年中に出来る最後の更新です。


Initiate Number VIII

振るう度に舞う血飛沫、振るわれる度に積み上がる骸。

 

積み上がる度に訪れる快感、積み上げられる度に感じる陶酔。

 

その狂気に嬉々として浸りながら、冴子は走った。進行方向にいる感染者を避けられるだけ避け、出来ない時だけ刀とナイフを振るう。

 

『嬢ちゃん、活き活きとしてんじゃねえか。もうすぐだ、頑張れよ?次いでに、セーフハウスの正門辺りにいる感染者も片付けといてくれ。』

 

「分かりました。」

 

朗らかで弾んだ声音は明らかに場違いだったが、今冴子は幸せの絶頂にいた。

 

もうすぐだ。もうすぐセーフハウスだ。人事はほぼ尽くした。セーフハウスで敵を一掃した後は天命を待つのみ。

 

良く命の終わりは美しいと言われ、しばしば人の死は花に例えられる。

 

生けとし生けるものに始まりがある様に、それらには例外無く終わりがある。どれ程の栄華を誇ろうとも、いずれは散る運命にある。だが終わりがあるからこそ、もう二度とその命がこの世に現れる事が無いからこそ、その儚さが美しい。寿命を全うした者は、音も無く花弁を散らす桜の様にゆっくりと静かに息を引き取る。

 

始まりがあるからこそ終わりが美しく感じられ、終わりがあるからこそ、また始まりも美しい。片方があるからこそもう片方が存在し、それらは互いの美しさを強調し合う。

 

今の冴子はその両方の美しさを身に纏っていた。

 

生まれ変わった彼女が生きているから感染者が死に、感染者が死んで行くから彼女が生きている。

 

元々冴子は誰もが認める聡明で見目麗しい大和撫子であるが故に、刃を血に染め、血を浴びた姿はより一層恐ろしく、より一層美しく見える。濃厚な死の香りを振り撒き、両手に握った赤と鈍色の刃で生ける屍に再び死を与える。死を与えて行く度に、纏う死の香りが、血の香りがその濃さを増して行く。

 

もしこれで一対の黒い翼を生やしていたら、誰もが彼女を『死神』と呼び、誰もが彼女に惹かれ、最期は彼女の冷たい薄笑いに看取られて逝きたいとすら願うだろう。

 

たとえその寿命が尽きるにはまだ早かったとしても。

 

奮闘した甲斐有ってようやくセーフハウスの正門前に辿り着いた。その真っ只中に竜次がいる。彼も手持ちのナイフ数種類と高城壮一郎から賜った脇差しで一度に三、四体の感染者を葬っていた。その後ろにはちらりとだがベクターも見えた。

 

彼の手にも一振りの刀が握られている。峰を右肩に乗せ、軽く腰を落とす構えから至極無感動に、必要最小限の流れる様な動きで感染者を効率良く斬り伏せて行く。

 

だがまだまだ感染者の数は一向に減らない。

 

『よう、冴子。遅かったな。手伝え。』

 

彼の言葉が少し遅れて無線からも聞こえた。迷わず冴子は竜次の隣へ駆け寄った。グローブから突き出た指先で頬や顎の下を撫でられて冴子は気持ち良さそうに目を閉じた。

 

「状況は?」

 

「スペクターがまだ戻ってなかったから俺が一足先に戻って迷惑な騒ぎを起こしている奴をどうにかしようと思ったんだが、近所の皆様がご丁寧にも問題を片付けてくれてな。後はこいつらを片付けるだけだ。血で滑るから気を付けろよ。」

 

ベルトバックルに収納されたプッシュナイフを引き抜き、冴子の後ろにいる感染者二体の頭を貫いた。更にプレートキャリアーのシースに収まったナイフも一本ずつ丁寧に投擲すると、吸い込まれる様に更に二体の感染者が再び物言わぬ死体に戻った。

 

冴子は竜次が投げたナイフを回収する間彼を全力で死守し、終わった所で再び群れの中へと切り込んで行く。

 

『ベクター、二人を連れて一旦中に下がれ。このままでは埒が空かん。』

 

「了解。竜次。」

 

ベクターが親指で門を指差すと、竜次は門を飛び越えて力一杯横に轢いた。普段はリモコンによる遠隔操作での開閉が可能だが頑丈で重い門を動かすモーターは安全の為にも動きはあまり速くない。その為、手動でも開閉が可能となっている。人一人が通れる必要最小限の隙間を作り、二人が入ってから直ぐに門を閉じた。

 

「ルポ、スペクターは?」

 

『少し前に連絡を取った。こちらに向かっている途中だが、これだけの感染者が大挙している。地上からある程度安全に戻れる確立が高くなるまで待っているそうだ。』

 

「オッケー。一人にするのは流石にアレだから、行って来る。」

 

脇差しを鞘ごと引き抜いてベクターに渡すと、再び塀の上へとよじ登り、更にそこから向かいの建物の屋根へと飛び上がった。

 

「・・・・今のは、一体・・・・?」

 

「詳しい事は追ってルポが伝える。今は中に入って彼女にここに来るまでの経緯を事細かに話せ。刀は俺が研いでおく。」

 

冴子はベクターに一礼して刀を預けると、中に入って行った。玄関先で湯に浸したタオルを持った静香に迎えられた。

 

「お帰りなさ〜い、毒島さん♪」

 

彼女と顔を合わせるのは、テストと称したショッピングモールからの脱出劇の前が最後だった。日付は変わっていないと言うのに、どう言う訳かかなり久し振りに思える。余程この場で使い物になる為に扱かれたのか、笑顔からは隠し切れていない疲労が滲み出ていた。

 

「ありがとうございます。」

 

いつの間にか入れられている刺青と首筋や鎖骨にある歯形とキスマークが目に止まったが、竜次が付けた物ではない為、今は放って置こう。

 

「ルポさんが上で待ってるわよ。戻ったら出来るだけ早く部屋に上げる様にって。」

 

タオルで体中にべっとりと付着した返り血を出来る限り拭き取ると装備を外すとルポの部屋がある二階まで案内された。既にドアは開いていた為、小さく会釈をして足を踏み入れた。

 

ルポの部屋は家具と私物が必要最低限しか無く、一人部屋の割に広い部屋が更に広く感じられる。武器や衣服を詰めた洋服箪笥以外に本棚、引き出し付きの机、二脚の椅子、そしてパソコンが一台あるだけだ。

 

「まずは生き残ってここまで戻れた事を賞賛しよう。頭の回転はそこそこ速い。タイムは私の予想を若干下回ったが一度目にしては悪くない記録だ。幾つか質問がある。座れ。」

 

失礼しますと小さく断りを入れ、ルポの向かいにある折り畳み式のパイプ椅子に腰掛けた。テーブルに鎮座する水差しの水を注ぎ、ゆっくりと飲む。

 

「さて、ベルトウェイからお前の動きは把握出来ていたが、その中で幾つか聞きたい事がある。お前はリュウジの隣で戦う事が出来ればそれで言い、そう言ったな。それは今でも変わらないか?」

 

「はい。」

 

「では、もし彼以外の者が限り無く生存率が低い状況で殿を務める様に命じたら、お前はどうする?」

 

「従います。」

 

「どんな命令であってもか?」

 

「はい。」

 

ルポは冴子を真っ向から見据えた。元々目尻が高めな為か、普段通りの表情でも眼力はかなりの物で、それに充てられたのか、冴子は座ったまま小さく身を捩った。

 

「では次に、あの二人はどうだった?」

 

「どう、と言いますと・・・・・?」

 

「リュウジとスペクター、お前とはどう言う違いを感じた?」

 

冴子はまた水を少し飲み、コップを両手で包み込むとじっくり言葉を選びながら答え始めた。

 

「意志の強さが、遥かに違いました。」

 

「ほう?続けろ。」

 

「常に最大限の見返りを得る、只々どこまでも純粋に合理的且つ実用的な考え方、どんな状況下でも直ぐに作戦内容を切り替えられる柔軟性、更に予期せぬ事態でもそれを崩さない胆力。彼らはどの様な状況で数多の事を考えていても、目先の事には決して囚われず、最終的な目的を見失わない。『生きる』事と皆さんを必ず『生かす』事に対する強い意志を感じました。なのに私は・・・・・」

 

そこで冴子の声のトーンが下がった。

 

「殺す事の快楽に飲まれて、周りにいる者など顧みずに・・・・・愉悦に浸ってしまいました。まだ私が未熟であると言う証拠です。」

 

「確かに、お前はまだ戦力にはなりえない。緊迫した状況下で幾つもの事を考えつつ最終的な目標を達成する事を考えうるだけの余裕を持っていないし、サバイバルの知識も無い。」

 

冴子は目を伏せたが、ルポはだが、と続けた。

 

「お前は評価に値するだけの事を成し遂げたのは間違い無い。反省すべき所はしっかり分かっている様だし、適応能力と判断力は意外に高い。戦闘能力は短期間で付け焼き刃とは言えベクターの稽古で格段に上がっているし、あの爆発音で寄って来た感染者の群れを切り抜け、帰還中に車の運転も独学で習得した。無闇矢鱈に銃を使う事もしなかった。知識に関しては、まあその適応能力の高さでどうにか頭に詰め込む事だ。ギリギリの及第点だが、テストは一先ず合格とする。まずシャワーを浴びて終わったら地下室へ来い。」

 

ルポはベッド脇の畳まれたバスタオルと着替えを冴子に差し出し、冴子はそれを受け取って浴室に向かった。髪は水で出来るだけ血糊を落とし、体はボディーソープで手早く洗い、着替えのタンクトップとカーゴパンツを身に付けた。

 

指示通り地下へと続く階段を下りた。一歩一歩降りて行く度に期待と興奮と恐怖で血圧が高まるのを感じる。地下室では、ウルフパックの皆が半円を描く様に立って集結しており、全員お揃いのタンクトップとカーゴパンツを履いている。

 

そして全員体のどこかしらに大小様々なタトゥーが彫られていた。

 

「これは、一体・・・・?」

 

「通過儀礼の締めだ。これを終える事でお前は名実共に我らウルフパックに名を連ねる八頭目の狼となる。どこに彫るかはお前が決めろ。」

 

ルポは左肩に菖蒲の花(フルール・ド・リス)、右の二の腕にはフランス語で 諦めるな(Ne pas subir)立ち上がれ(Faire face)、ラテン語で最後まで(Ad unum)

そして鎖骨辺りにも何時も共に(Semper communitate)と筆記体で彫られている。

 

ベクターのタトゥーは極めてシンプルな物だった。一つは左胸から肩甲骨までを覆う大掛かりなトライバルで、もう一つは左上腕側面の梵字である。

 

バーサは左右の腕の甲にそれぞれ鉄十字(アイアンクロス)と縫合痕が付いた血が滴り落ちる赤十字(レッドクロス)が彫られており、右の肩甲骨にはドイツの国章である一羽の黒い鷲が翼を広げていた。

 

フォーアイズのタトゥーは小振りな首筋に生物学的危害(バイオハザード)を示すマークと、手首にDNAをモチーフにした二重螺旋。

 

いつの間にか戻っているスペクターのタトゥーは両肩に肩章の様に二つの八芒星が彫られており、背中には髑髏、胸の中心には幾つもの小さなルーンがある大型の精巧なケルト十字、そして手首から二の腕まで五回巻き付いた有刺鉄線である。

 

ベルトウェイもスペクターと同じ位タトゥーを入れていた。背中には赤子を抱いた聖母マリア、左胸にグリ—ンベレーを被って顎の下からナイフが貫通した髑髏、腹の中心にTNTの三文字、そして両腕には7.62ミリ弾の巻き付いた弾帯だ。

 

竜次は左の肩甲骨に上を向いて牙を露わにした狼の横顔、左腕には巻き付いた蛇、そして右腕の内側にはファイブカードと三つのサイコロのタトゥーを彫ってある。

 

唯一共通している物は同じデザインで右胸に彫られた一から七までのいずれかのローマ数字だ。

 

「シズカ、準備出来た?」

 

「は〜い♪」

 

黒いタンクトップの上に白衣を羽織った静香は膨らませたエアーマットレスを彼らの前に置き、その横にトレーを下ろした。中にはシェービングクリーム、使い捨てのカミソリ、インクボトル、そしてペン型のタトゥーマシンが入っている。

 

「タトゥーはこの中で一番慣れているスペクターとベルトウェイが担当する。それなりに時間は掛かるから覚悟しておけ。」

 

「こんな透き通る様な柔肌(キャンバス)は久し振りだから、腕が鳴るね。」

 

「だな、スペクター。・・・・・フォーアイズ、さり気なく爪先を踵で的確にグリグリ踏み潰すのをやめてくれ。地味にかなり痛ぇんだが。」

 

だがフォーアイズは腕を組み、そっぽを向いたままそれを続ける。

 

「まあ、我々の中で彼女が一番若い女性になってしまったしな。目移りするのが心配なのだろうさ。皆既に三十路どころか四十路を———」

 

越えている、と言い終わる前にスペクターの腰背面辺りにルポの鋭いタイキックが叩き込まれた。全員見た目は年齢不相応とは言えやはり年齢と言うのは最終的には万国共通の地雷となる話題である。特に四十路どころか五十路にまで到達したルポに取っては特にそうだ。

 

ゴミでも見るかの様な冷たい目でスペクターを見下ろすと、ゆっくりと階段を登って行った。

 

「あ〜あ、スペクター。ベルトウェイならまだ分かるけど、アンタがそんな失言するなんてね。」

 

「わ、私慰めに行って来ます!」

 

静香は階上に向かったルポの後を追おうとしたがバーサに止められた。

 

「あ〜、大丈夫大丈夫。私が行くから、シズカはベルトウェイとスペクターの手伝いをお願い。二人の指示に従えば良いわ。んじゃ皆持ち場に戻るわよ。ほら、散開。」

 

バーサの号令でスペクター、ベルトウェイ、静香以外の者は上に戻り、気を引き締め直した。一先ず危機は去ったが警戒すべき敵は何も感染者だけでは無い。

 

「お、おい、スペクター。大丈夫か、おい?」

 

「くおぉ・・・・ひとまずはな・・・・では、シズカ、まず彼女の右胸の上半分をアルコールで消毒してからカミソリで剃ってもらいたい。終わったらもう一度消毒だ。」

 

痛みに顔を歪め、蹴られた箇所を揉み解しながらスペクターは指示を出し始めた。

 

「後、湿布も頼む。戸棚にサロンパスがある。」




あーーー、おのれJavaめ・・・・・訳が分からねえ・・・・

蛇足ですが数字の8はタロットでは『力』です。

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