学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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長らく御待たせいたしました。執筆使用にも中々時間が取れず・・・・おのれ、Javaめ・・・・

ストックも中々溜める事も出来ませんが、どうぞ。


Brace For The Storm

非常階段へと続く扉を開けた。地上階の階段口は白いミニバンで垂直に防がれている為、問題は無い。

 

呼吸を整えながら階段を登って行く。徐々に、だが確実に竜次達ウルフパックの一人に近付いていると言う自覚が、試されるだけの価値があると暗に言われた事が嬉しくてたまらなかった。一歩一歩段を踏み締める度に、自分が別の存在へと変形して行くのを感じる。変化を受け入れて行くと、喜びは更に増す。

 

屋上に到着し、踞っている最後の一人を見つけた。落ち着こうと震える手で煙草に火を点けようとしている。だが震える手は上手くフリントを回転させる事が出来ず、着火出来ない。

 

「馬鹿な・・・・死体が動き回って人を喰うなぞ馬鹿げておる。認めん、儂は認めんぞ・・・・」

 

ガクガクと震えながら老人は目を伏せ、膝を抱え込んだ。

 

「フフッ。」

 

老人が最後に聞いたのは、クスクスと冴子の口から漏れる笑い声だった。そして最後に感じたのは、首が焼け付く様な鋭い痛みだった。

 

これで合計九人。全員死んだ。

 

「建物内の人間は全て排除しました。」

 

インカムに向かって小声で喋ると、直ぐに返事が返って来た。竜次である。

 

『こっちでも全員の死亡を確認した。良くやったな。俺が思っていたよりは少し時間を食ったみたいだが、特殊部隊上がりでもない割りには良くやった方だ。後はそのままセーフハウスに帰るだけだから頑張れよ。』

 

「心得た。」

 

『徒歩じゃキツいから車を使う事を勧める。』

 

「・・・・・私は自転車しか乗った事が無いのだが・・・・・それに車を使おうにもキーが無い事には何ともし難い。」

 

『運転はやってりゃすぐ出来る、簡単だって。最近の車は殆どトランスミッションがオートマだ。それに感染者がのさばっている今、ご丁寧にイグニッションからキー抜いて逃げるだけの余裕持った奴がいると思うか?まあ兎に角頑張れ。無事帰ったらお待ちかねの「ご褒美」が待ってるからな。励めよ?』

 

それを最後に、通信は再び途絶えた。

 

冴子はリュックの中から双眼鏡を取り出し、駐車場にある車で鍵を中に残したままである可能性が高い車を探した。目印らしき目印になる物はドアが開いたままか否かぐらいだが、それでも鍵を刺したままの車である可能性は十分高い。

 

問題はそこまでどう辿り着くかだ。

 

車が鎮座している所までは約百数十メートルあるが、感染者が右往左往する真っ只中を通り抜けるとなると、距離も所要時間も飛躍的に上がる。だが今手元に使える物は無い。

 

ままよと冴子は死体の手に握られたままのライターをポケットに押し込んでからロープを取り出し、車が駐車してある所に一番近い方の欄干にそれを何重もの玉結びにして結び付けた。通常ハーネスを必要とするロッククライミングなどのスポーツでは用途に応じて使い分ける特殊な結び方が幾つもあるのだが、武道一辺倒だった彼女にそんな知識があろう筈も無い。もう一方の端をハーネスと同じ様に雁字搦めに結び付けて欄干を乗り越えた。

 

ロープがピンと張り詰めるまで身を乗り出して体重をかけてみたが、解ける様子は無い。リュックから花火を幾つか取り出して口に銜えて保持し、大きく息を吸い込むと、上も下も見ない様に極力前方を見据えてしっかりとロープを握ってゆっくりと俄なりの懸垂下降を始めた。

 

半分程降りた所で下を見た。着地地点となる真下にあるのは茂みだけだが、その周りでも例外無く感染者が屯している。ポケットからライターを取り出し、まず一本目の花火の先端に火を付けた。着火した所でそれを放り投げ、二本、三本と投げた。

 

しばらくしてから感染者は青緑や紫に変色する火花を撒き散らす花火へと方向転換して行く。離れた所で素早く降下した。

 

着地した所で凄まじい風と熱が冴子を襲い、ほぼ同時に耳を劈く爆音が響いた。耳がキーンと鋭く鳴り始め、視度が強いレンズを通して物を見ているかの様に周りの風景がぼやけている。

 

冴子は頭を抑えながら立ち上がり、何度か左右に振った。耳鳴りと不明瞭な視界の所為で間合いもまともに取れない為、感染者を出来るだけ避け、間を縫う様にして駐車場の方へ小走りで多少よろめきながら向かい始めた。

 

『冴子ぉ〜、俺が今いる所から煙が上がってんのが見えるぞ?何を吹っ飛ばしたんだ?』

 

「私は何もしていない。私が降下した所とは反対側から来た!」

 

『車は見つかったか?』

 

「今探している!」

 

竜次に言われた様にドアが開きっぱなしの車にキーが刺さっているかを流し目で確認し、ようやく一台見つかった。助手席に刀とリュックを置き、鍵を捻った。キュルキュルとエンジンから音は出るものの、掛からない。

 

三度、四度と続けて捻ってからようやくエンジンが息を吹き返した。

 

『行けたか?』

 

「何とかなりそうだよ。」

 

シートベルトを締め、シフトレバーを操作した。小さくアクセルを踏み込んだが、車は動かない。踏む力を更に強めたが、エンジンの唸り声が大きくなっただけでやはり全く動かない。

 

考えろ、考えろ、毒島冴子。運転をした事は生まれてこのかた一度も無いが、父が運転している所などは助手席や後部座席から何度も見て来たではないか。

 

そしてシフトレバーの隣にあるもう一つのレバー、サイドブレーキの存在を思い出した。即座にそれを操作し、押し下げた。

 

しかしペダルを踏みつけたまま行った為、車は急発進した。それも後ろ向きに。冴子は慌ててペダルを踏んづけたがそれは車を一気に加速させた。慌てて隣にあるペダルを力一杯踏み込んだ。ガクンと車は急停車し、車体の前半分がほんの一瞬だけだが慣性の法則で浮き上がる。

 

再びシフトレバーを元の位置に戻し、サイドブレーキを引いた。

 

「後ろ向き・・・・そうか、Rは確か・・・・」

 

————Reverse の R

 

『おいおい、嬢ちゃん大丈夫か?』

 

少しばかり含み笑いを混ぜながらベクターが尋ねた。

 

「大丈夫です・・・・・すいません、車の運転は初めてな物で・・・・」

 

『まあ、アクセルとブレーキを踏み間違えさえしなけりゃ安全でなくとも最低限運転は出来る。シフトレバーをDまで下げろ。Drive のDだ。』

 

冴子は一度深呼吸をしてパニックになりかけた心を静めると、ゆっくりと、しかし一つ一つ確実に操作をした。

 

まずサイドブレーキの解除。

 

次にシフトレバーをDまで引く。

 

最後にアクセル。

 

車は冴子がハンドルを回すままに曲がりくねって行く。慣れた所でアクセルを踏み込み、感染者の小規模の群れを幾つかはね飛ばして行った。途中感染者を何体か轢いたのか不規則に車体がバウンドする。

 

幸い原因不明の爆発が感染者の大半がショッピングモールに呼び寄せている為、迂回するだけでショッピングモールの広い駐車場から楽に逃げる事が出来た。ルームミラーから感染者の群れが消え去ってから約十五分間運転を続け、一度道路脇に寄せると息をついた。

 

運転に慣れていない所為か、どっと疲れを感じた。リュックから地図を取り出し、現在地を確認する。

 

「今はここか・・・・」

 

行けそうなルートを指でなぞり、冴子は再び車を発進させた。

 

 

 

 

 

「ベルトウェイ、どうだ?」

 

「駄目だな、意外にしぶとい。やり過ごすってのは考え直した方が良いかもしれねえ。ここら辺にある家のドアを片っ端から叩き回ってやがる。それも結構デカい声だ。弾は潤沢にあるが、後々になって必要になるかもしれない以上、無駄に使う訳には行かねえ。その一発が足りなかったから俺らの内の誰かに死なれちゃ困る。」

 

「ふむ・・・・・やはりスペクターの帰りを待つしか無いか。」

 

ウルフパックの隊長を務めるルポは先陣を切る事が多く、屋内や入り組んだ屋外で敵を掃討するのは得意だが、長距離から一撃で相手を仕留めると言う純粋な技術に置いてはスペクターに軍配が上がる。ライフルとその口径、更には環境にも左右されるが最大射程は一キロ前後で、横風があっても命中させる事が出来る程なのだ。

 

「確かスペクターの私物に暗殺用のサイレンサーを付けたライフルが幾つかある。使うとしたら22口径か、リュウジの弓矢だ。あの二人にはそのどちらかを喰らわせる。」

 

「じゃあ、あの二人が戻るまではこのままって事か?」

 

「残念ながらそうなる。いざと言う時の為の準備だけはしておく。ベクター達にもそう伝えておく様に。それと、スペクターとリュウジに帰還を急がせろ。」

 

「了解、隊長殿。」

 

 

 

 

 

 

 

 

荒っぽいとは言え、長年武道をやって来て育まれた動体視力と反射神経のお陰で運転やシフトレバーの操作は大分慣れて来た。時折停車し、地図で位置を確かめながら徐行して進み、進んでは迂回、迂回しては地図に記されたセーフハウスを目指して車を走らせた。

 

『冴子、経過報告。』

 

「感染者が多い所為で幾度も回り道をしているが、セーフハウスに近付いてはいる。」

 

『急いでこっちに戻れ。少々厄介な事が起こった。』

 

竜次はルポから聞いた事を搔い摘んで話した。

 

『場合によっては感染者相手にそれなりに派手な大立ち回りをやらかす事になる。』

 

「では、あの父子は・・・?」

 

『ああ、ほぼ間違い無く殺す事になる。22口径のサイレンサー付きライフルで仕留めるんだ。その為にも俺達の行く道を予め切り開いてもらわなきゃならん。』

 

「そう、か・・・・・」

 

『何か言いたそうだな。』

 

「いいや、何でも無いよ。」

 

助けられない、諦めろ。今守るべきは、竜次とウルフパックの命だ。

 

父子を助けるべきだと言う言葉を押し止めながら、心の中でそう唱え続けた。

 

もう分かっている筈だ。最早この世界は聖人ぶって生き残れる程生易しい物ではないと。

 

『地図は持ってるよな?現在地はベルトウェイから聞いた。今から言うルートを進めば先回り出来る筈だ。それと、感染者が大規模な群れをなしていない限りはアクセル踏み込んで突っ切れ。回り道ばかりしてたら明日になっちまう。』

 

「心得た。直ぐに向かうよ。」

 

助手席に置いた地図で無線越しに指定されたルートを爪でなぞり、アクセルを踏み込んだ。小規模の感染者の群れは鈍い衝撃音を上げながらタイヤ舌に轢かれたり車体に激突してボールの様に吹っ飛ばされて行く。

 

 

 

 

 

「52体目っと。」

 

竜次とベクターは冴子を置いてショッピングモールを後にしてから感染者の間を縫う様に、それなりの重さがある装備に加えショッピングモールで物色した物資が入ったバッグやリュックを持っているにも関わらず音を殆ど立てずに突破した。その後適当な車をガス欠になるまでセーフハウスまでの距離を稼ぎ、家々の塀を越えたり上を歩いたりしつつ近付き過ぎた感染者の脳を銃剣やナイフ、矢で破壊していた。

 

「すまないねリュウジ、君にばかり前衛を任せて。」

 

「良いって、別に。速く動けるからってスペクターに荷物持たせてるのは俺だし。それ、重くない?交替するよ?」

 

「年寄り扱いするな、私は平気だ。銃剣付きライフルぐらい片手でも使える。弓の方がサイレント・キリングに向いているし、個人的に弓の方は少々苦手でね。ライフルに銃剣とサイレンサーを付ける事が出来れば良かったんだがそうも行かない。それより、彼女は生きていたみたいだな。爆発の正体と仕掛けた張本人は相変わらず分かっていない様だが。」

分かった所で何かする訳でも出来る訳でも無いが。

 

「爆破のタイミングは結構適当だったんだけどなあ。」

 

「変な所で女に甘いね。男の性と言ってしまえばそれまでだが、分別はしっかりつけてくれ。」

 

竜次は小さく頷き、死体から手際良く矢を引き抜いては矢筒へと収めて行った。道が開いた所で再びペースを上げて移動を始める。

 

「ベルトウェイ、我々の距離は後1キロ先を左折、更に200m前進すれば到着する。」

 

『了解。嬢ちゃんは感染者を轢殺しながら向かって来てる。双方のペースを維持し続けると仮定すればETAは五分、そこからセーフハウスまでは更に十五分だ。こっちの準備は出来てるが、感染者の数がやたら増えて来てる。ベクターとバーサが出来るだけ静かに効率良く殺してるが、どっちでも良いから急いでくれ。』

 

「分かった。」

 

竜次にも聞こえたのか、ペースは緩めずにスペクターの方へ顔を向ける。

 

「荷物置いて行けば?急いだ方が良いみたいだし、ここは一人でも大丈夫だから。」

 

「分かった、任せる。」

 

「任された。じゃあ代わりに弓持って帰って。これじゃダッフルバッグで襷掛けが出来ない。」

 

ガスマスクの奥で小さく溜め息をつきつつ、スペクターはダッフルバッグを置いて竜次からリカーブボウと矢筒を受け取って塀の上へ登り、小走りで移動を始めた。

 

竜次はダッフルバッグを左肩にかけ、サイレンサーを捩じ込んだP-14を抜いて構えた。背中にはリュックも背負っている為、移動スピードは先程より大幅に下がってしまう。

 

————それは『普通の人間』が徒歩で行けば、の話だが。

 

「・・・・・仕方無い、『アレ』やるか。」

 

一瞬目を閉じて再び開くと、目の虹彩部分が熾った炭の様に真っ赤に変色していた。そして軽く膝を曲げて飛び上がる。大して勢いも付けずにする軽い跳躍は人間を地面からほんの僅かな時間だけ地上を離れるだけだ。だが竜次の跳躍は、民家の屋根を軽く超える程の高さまで彼を運んだ。

 

ラクーンシティーで瀕死の状態に陥った時に注入されたシェリー・バーキンの血は人知を超えた生命力と回復能力だけを与えたのではない。人間を遥かに上回る身体能力も付与するのだ。その身体能力を生かした跳躍で竜次を民家の屋根の上へ着地した。再び跳躍し、屋根から屋根へ飛び移りながらセーフハウスへと急いだ。

 

 

 

 

元の持ち主がショッピングモールからの帰り際にガソリンスタンドに立ち寄って来たく使用としていた為か、冴子が運転する車のガソリンタンクはいよいよ空っ穴になり始めた。ダッシュボードでガソリンスタンドを形どったランプが赤く点灯し、交差点を少し越えた所で車は完全に停止した。幾らアクセルを踏み込んでも一ミリも進まない。

 

あと少しだと言うのに、と冴子は苛立ち紛れに手をハンドルに打ち付けた。感染者に囲まれて逃げ場を失う前に下車し、荷物を引っ掴んで塀の上によじ登った。リュックのショルダーストラップに刀を差し込むと、動き始めた。しかしそれは普通の歩きに比べて速い上歩幅も広く、どちらかと言えばパワーウォーキングに近い。しかも通常の歩きと違って前に進めた足が地面についても全く左右のぶれが皆無の、正中線を維持した歩法だ。

 

塀を共有する家々の狭い隙間を通り、ようやくセーフハウスの一部が見えて来た。後はここから一直線に進めばいずれ辿り着くが、塀はもう途切れている。加えて向こう側に渡るには車道で犇めき合う感染者達の上を飛び越えなければならない。その距離は普通車の幅の約二台分。距離だけ見れば向こう側まで飛び移れなくはないが、碌に助走も付けられない様な足場の悪い所から飛んで着地となると不可能だ。落ちれば、死は免れない。

 

「フハッ。」

 

熱を帯び始めた下腹部を一撫ですると、冴子はショルダーストラップで固定した刀を引き抜き、更に左手でナイフを引き抜いた。残り四、五歩で付けられるだけ勢いをつけて塀から飛び降りた。


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