学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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次のミッションに入る前の後日談ならぬ前日談エピソードを突っ込んでみました。

ウルフパックの休暇と訓練風景ってこんな感じなのかな〜と妄想全快で書き上げました。


Preparation

G-ウィルス回収とバーキン抹殺の任務の一部が失敗に終わった約一週間後、ウルフパックは今朝方に届いたアンブレラからの指令を聞く為、会議室へ集まった。モニターとそれをU字型に囲む様に置かれた革張りのソファーとテーブル、そして簡易キッチンがある。作りは高級ホテル並みの物だ。

 

三十分前からその部屋にいるウルフパック隊長にして突撃兵のルポは切れ長の目の持ち主で、ヨーロッパ人特有の色白の肌はきめ細かく、とてもウルフパックの中で最年長とは思えない。普段は髪紐で結わえている肩まで届く茶髪を下ろしていた。

 

「隊長〜、おはよー。」

 

一番乗りで入って来たのはまだ十歳にも満たないウルフパック最年少の少年兵、ヴァイパーだ。若干日焼けした肌と深い黒色の癖っ毛からして東洋人なのだろう。吸い込まれる様な青い目はどこか猫を連想させる。だがそのあどけない顔とは裏腹に体は同年代の少年とは比べ物にならない程引き締まっており、長袖のシャツと七分丈のスリムフィットのカーゴパンツから筋肉が張っている事が窺える。

 

「ああ、おはよう。他の皆は?」

 

「もうすぐ来ると思うよ?あ、でもフォーアイズは資料漁って夜更かししてたから少し遅れるかも。バーサかベルトウェイが連れて来る筈。」

 

「そうか。」

 

外の景色を眺めながらルポはそう呟いた。ルポが厳しい表情をするのは何時もの事だが、彼女の背中しか見えないヴァイパーは彼女が浮かない顔をしている事に気付けなかった。

 

「皆集めてどうするの?あの任務終わってからまだそう経ってないのに。」

 

「全員揃ってから話す。そう長くはならない筈だが、待っている間何か食べていろ。」

 

あ、そう、とヴァイパーは肩を竦め、キッチンの冷蔵庫から果物と野菜数種類と牛乳、そして食パン二枚を取り出してトースターに突っ込んだ。余程の空き腹を抱えていたらしく、トーストが出来上がる前にトマトとドレッシングに漬けた人参を一つずつ、林檎を二つ平らげた。

 

横目でそれを暖かい視線で眺めながらルポは自身の子供二人の事を思い出していた。それと同時に何とも遣り切れない空しさを感じてしまう。まさか彼の様にまだあどけなさが抜けない少年が数々の人を殺めて来たなどと。ルポも元はフランスの特殊部隊に所属していた優秀な軍人だったが、少年兵に会うのはヴァイパーが初めてだ。自分の子供二人よりも幼い少年の指揮をアンブレラに任されるとは思っておらず、最初は驚きを隠せなかった。

 

初めて会った時は自分も含めてウルフパックのメンバー全員が彼を侮っていた。いくら訓練で自分達と同じ装備を持って動けたとしても所詮は子供、任務では足を引っ張るだけだと。だが今まで何度も共に任務をこなして来て、ヴァイパーはデルタチームの貴重な戦闘要員であると言う事を嫌と言う程思い知らせて来た。

 

ベクター程隠密に長けてはいないが、彼は子供であると言うアドバンテージを最大限に生かした方法で成果を上げるのだ。大の大人が入る事すら出来ないダクトなどの狭い所を通り抜けて敵の拠点を防壁の内側から壊滅させたり、森や山岳地帯でのゲリラ戦では最短時間で部隊の誰よりも多くの敵兵を撃滅した事がある。

 

何より特筆すべきは時折迫る危険を事前に察知出来る野性の勘か、はたまた第六感とも言える能力だった。論理的には説明出来ないが、特殊部隊がドアを吹き飛ばそうとした時も何かを感じ取って皆にドアから離れる様に警告した。そして今までその勘が外れた事は無い。

 

次第に自分以外にベルトウェイやスペクター、バーサ、そして科学の分野以外に興味が無かったフォーアイズすらも徐々に彼の力を認め、打ち解け、遂には可愛がる様になった。ぶっきらぼうなベクターも彼なりにヴァイパーを可愛がっており、マンツーマンでナイフの手入れのレクチャーや格闘の訓練をしている風景も見ている。

 

そして自分が指揮官である間、部下は誰一人として死なせないと言う誓いとはまた別に¥の誓いを密かに立てた。あの少年を少なくとも彼が己の身を十二分に守れるぐらい知恵を身につけ、力を蓄えるまでは守り抜こうと。

 

しばらくしてから一人、また一人と入室して来た。ルポやヴァイパー同様、ガスマスクを装着していない為、素顔がハッキリと見える。

 

偵察兵のベクターはヴァイパーと同じ猫っ毛の黒髪と白い肌を持った東洋人で、顔やTシャツから覗く首筋や胸、至る所に傷が見える。顔立ちは整っている物の、表情が作られる事は殆ど無い。その能面の様な不気味さと殺気を巧みに隠す様は正に暗殺者と言う言葉が似合う。肌身離さず持ち歩いているであろう数種類のナイフを丁寧に研いでは刀身が歪んでいないか、まだ錆び付いたり刃毀れした部分が残っていないか確認しては再び研いでいく。

 

通信兵と狙撃手のポジションを兼用するスペクターは適度に刈り込んだプラチナブロンドの頭髪を持った男で、隊では二番目に背が高く、男の割にはかなり痩せこけている。肌もベクター以上に不健康なまでに蒼白で、目の下には隈がある。その所為で目が落ち窪んだ骸骨の様な見てくれをしていた。背筋を薄ら寒くさせる笑みを常に貼り付けたその顔はベクターとはまた違うねっとりとした不気味さを醸し出す。耳の後ろに挟み込んでいた細長い葉巻に火を点けてゆっくりと吸い、灰を携帯灰皿に落としながらももう一方の手でパソコンを操作して開いているファイルに目を通して行く。

 

最後にフォーアイズの手を引くバーサと付き添い次いでにその様子をからかいつつフォーアイズの頭を撫でるベルトウェイが入って来た。

 

足を縺れさせて目を擦りながらも歩くフォーアイズはベクターやヴァイパーと同じく東洋人らしく、ミディアムのボブカットにされた黒髪があちこち寝癖で跳ねている。ふらふらしながらもバーサの助けで椅子に座り込んだ。

 

バーサは金髪碧眼の持ち主でルポにも劣らぬ麗人だった。赤十字(レッドクロス)のプリントが入ったTシャツとスウェットのズボンを履いている。厚切りのハムとチーズを乗せたトーストに齧りついているヴァイパーの頭を撫でると、脇に抱えていた付箋を大量につけたノートと蛍光ペンで幾つも線が引かれた資料に目を通して行く。

 

クルーカットのベルトウェイは二メートル前後はある熊の様な巨体の至る所に刺青を入れたラテン系の男で、一般人ならば目を合わせただけで恐怖を覚えるだろう。だが威圧的で大柄な体とは裏腹に顔には悪戯を成功させた腕白小僧の様な歯を見せる笑みがある。スペクターと違い、市販の煙草をくわえながらワックスと油で義足のメンテナンスを始めた。

 

全員が集まった所でルポが口火を切った。

 

「新しい任務に就く事となった。本部からの指令が来ている。」

 

モニターの電源を入れると、ラクーンシティーの地図とT-ウィルスの感染が拡大している様子と、街灯に設置された監視カメラの映像が画面に映った。感染した人間や動物が逃げ惑う市民へと襲いかかる阿鼻叫喚の地獄絵図だ。その他にもパニックに陥って警察に電話をかけた者の録音された会話とその間に襲われて上げた断末魔の悲鳴も再生される。

 

『ウィルスの収容失敗はアンブレラを窮地に追い込んだ。ハンクからも連絡が無い。UBCSも街に部隊を展開し始めた。アンブレラ存続の為には、ここで起こった事は決して語られてはならない。どんな小さな証拠も、生存者も、必ず抹消する必要がある。アンブレラセキュリティーサービスの諸君、『オペレーション・ラクーンシティー』を発動せよ。』

 

映像はそこで途切れ、砂嵐となった。モニターの電源を切ったルポは自分の部下達一人一人の目を見て深く息をつき、口を開く。

 

「内容は聞いての通りだ。我々は今夜ラクーンシティーに向かう。各自準備をしておけ。」

「おいルポ、ちょっと待てや。このアウトブレイク、まさか俺らの所為にされてるってのか?」

 

ベルトウェイは気色ばんでそう訪ねた。

 

「そうなのかよ、おい?」

 

更に追求したが、ルポの沈黙を肯定と受け取り、ワックスを塗るのに使っていた布をテーブルに叩き付けた。

 

「冗談じゃねえ、あのクソッタレ共!お門違いも甚だしいぜ、何様のつもりだ?」

 

スペクターも最後にもう一服だけ煙を吸い、灰皿で揉み消した。普段はベルトウェイと良く酒を酌み交わして笑みを絶やさない彼も責任を押し付けたアンブレラの重役達を殺してやると言わんばかりに顔を顰めている。

 

「確かにT-ウィルス収容には失敗した。だが先に身内(バーキン)の裏切りに気付けなかったと言う失態を犯したのはアンブレラだ。奴らにも落ち度はあるだろう?」

 

「仮に向こうに落ち度があったとしても上層部だけにお高く止まった彼らが認めるとは思えないよ、スペクター。フォーアイズ、起きて。アイスコーヒー入れたげるから。」

 

話を聞いてはいた物の未だにうつらうつらしているフォーアイズを見兼ねたヴァイパーは簡易キッチンで湯を沸かし始めた。

 

「バーキンがGを自分に感染させると言う予想外の事が起こったとは言え、我々がサンプルの捕獲に失敗したのは覆しようが無い事実だ。この任務はその責任を取って、失態を挽回する為に遂行する。我が部隊が今回の事件と関係がない事を明確にしなければ上層部は満足しない。それに、報酬も十二分に支払われる。合計三千五百万ドル、一人五百万だ。前金として既に二百万ドルが我々の口座に振り込まれている。」

 

もう引き返せん、そう絞り出してルポはテーブルを叩いた。

 

「出発は2100だ。トレーニングのノルマと三十分前の武装点検に遅れなければ好きにして構わん。」

 

「チッ。スペクター、行くぞ。地雷のTNTをくっつけた改造弾頭をテストする。」

 

「威力調整を怠って射撃場を破壊するなよ?では隊長、私も失礼する。」

 

スペクターはパソコンを閉じると新たに火を点けた煙草をくわえてドスドスと足音荒く出て行くベルトウェイに続いて退室した。平静を装ってはいた物の、僅かに歯軋りの音が聞こえた為、ルポはスペクターが明らかに怒っている事を見て取った。

 

「ノルマをこなしに行く。今日中にサンドバッグが一つ駄目になるかもしれないから本社に新品の予約をしておいてくれ。」

 

ナイフの研ぎ具合にようやく満足したのか、ベクターも去った。バーサもコーヒーを飲んでいくらか意識が覚醒したフォーアイズをシャワーに入れようと引っ張って行った。

 

「私とて気分が良い物ではない。」

 

ヴァイパー以外のメンバーが退室した所でルポは口を開いた。

 

「大きな失敗は小さな綻びから始まる。Gの回収に成功していれば、オペレーション・ラクーンシティーが発動される事も、今までの任務が公園での散歩と思える程危険な任務に部下を赴かせる必要も無かった。」

 

「良いよ別に。死にかけるの、もう慣れちゃったし。ルポもお金要るでしょ?」

 

「まあ、あって困る様な物ではないからな。」

 

「首から下げてるロケット、随分前に開いて中を見てるのが見えたけど家族写真でも入ってるんですか?こんな大金の使い道なんか思い付かないし、手持ちの四分の一位は欲しかったら上げますよ?」

 

「余計なお世話だ。子供から金を工面してもらう程、懐事情は逼迫していない。」

 

「ごめんなさい。」

 

USS所属の者の経歴は上層部には知られている。経歴に関する守秘義務は課せられてはいないが、隊員同士も基本的に己の過去を語る事は無い。ルポもそうだ。ヴァイパーは特に隠す必要がないと思ったのか自分の事を包み隠さず皆に話したが、彼女はそう言う訳にはいかない。と言うのも、彼女はデルタチームの中で唯一家庭を持っているからだ。家族、即ち弱み。それが誰であろうと握られない様にしなければ守れない。故に秘匿を続ける。

 

「んじゃ訓練行って来ます。」

 

「ああ。無理はするなよ?」

 

「はーい。」

 

ヴァイパーは駆け足でジムに向かった。天井が高く、陸上トラックのスタジアム並みの広さを誇るアンブレラのジムは一般的な物とは比べ物にならない程高品質の道具が揃えられていた。バーベルやダンベルは勿論、筋力トレーニングのマシン、クライミングウォール、ファイティングケージ、サンドバッグ、更にはトランポリンまである。

 

ヴァイパーは任務中に身に付けている装備と同じ重さのベストやリストバンド、そしてレッグバンドをはめて手始めにクライミングウォールを登った。当然使えない、もしくは手元に無い状況も想定してハーネスや命綱も使っていない。下にマットは敷いてあるが二十メートル近くある壁から落ちれば衝撃も痛みも感じる。

 

壁面の登り降りを二往復した後、腕立て伏せと腹筋のセットをこなして行く。

 

その奥ではフードつきのスウェットの上に持って行くと想定している装備を身に付けたベクターがサンドバッグを延々と殴り、蹴り、木製のナイフで攻撃していた。至る所に目張りされたテープが剥がれ始めており、ほつれた縫い目の隙間から幾筋もの砂が流れ出て行く。歯の間から鋭く息を吐き出して回し蹴りを最後に叩き込むと、ジムの外周を走り始めた。

 

「ベルトウェイ並の体力馬鹿ね、彼。まあ、あれ位出来なきゃUSS隊員なんて務まらないけど。」

 

「あ、バーサ。フォーアイズ、目覚ました?」

 

「御陰様で。先に射撃訓練をやるって。今度の任務、下手したら死ぬより酷い目に遭うってのにサンプル回収するんだって活き活きしてたわ・・・・」

 

溜め息をついたバーサだったが、何を思ったのかヴァイパーを抱き竦め、左右に彼を揺すり始めた。

 

「ちょ、何すんの!?」

 

「いーじゃなーい、久し振りに。可愛いんだし。それに一緒だと意外にも良く寝れるのよ。」

 

衛生兵にして情報を引き出す為に尋問、拷問を担当する者の台詞とは思えない。まるで新しい大型のぬいぐるみを貰って喜ぶ子供の様だ。

 

「バーサ、気をつけろ。小熊(ミーシャ)に見えても戦う時は(ガデューカ)に変わるからな。ヒヒヒッ。」

 

二人の後ろからぬうっとスペクターが現れた。サーモンラダーに掛かった鉄棒を両手で掴むと懸垂を始める。

 

「あら、いつもつるんでる爆弾魔はどうしたの?」

 

「最初は私も、彼や、フォーアイズと、射撃訓練をしていたんだが、興奮した時の、ハイエナの様な笑い声が、耳についてね。先に、こっちをやる事に、した。」

 

鉄棒がラダーの出っ張りに引っ掛かるリズミカルな音と共に言葉を区切りながらスペクターは答えた。

 

「バーサ、いい加減離して。トレーニング出来ない。」

 

「仕方無いわねぇ。ま、良いわ。後でいーっぱいするからね。」

 

解放されたヴァイパーは既に二周目を走り切ったベクターの後を追った。

 

最終的にベクターはジムの周りを八周、ヴァイパー、スペクター、バーサ、そして後から合流したルポも八周走った。十五分程の休憩を挟んだ後、ウェイトトレーニングは勿論、筋肉の柔軟性を保つ為にストレッチやヨガで体を解し、最後にその場にいた全員でバトルロワイヤル式バーリトゥード・スパーリングを始めた。つまりはルール無用、不意打ち、凶器(と言っても訓練で使うゴム製の物だが)、急所への攻撃、何でもありのストリートファイトである。限界まで体力を絞り切って続行不能となった者から脱落して行き、最後まで残れば勝利と言う単純なルールだ。グローブやマスク、マウスガード、そして肘と膝のレガースなど最小限の防具は身につけている物の、全員が本気で掛かっている為、痣や擦り傷がそこかしこに出来る。

 

バーサは鉈を巧みに操りながら目や首、大腿にある動脈、心臓、股間などフェイントを混ぜつつ狙う急所を巧みに変えてベクターを捉えようとするが、あろう事かベクターはナイフから手を離した。そのまま鉈を白刃取りで受け止めて引き寄せると、女性が相手であると言う遠慮や手加減など全くせずに頭突きを食らわせ、よろめいた所で腹に捻りを加えた正拳、そして背負い投げを決めた。

 

しかしバーサもそのまま背中からマットに叩き付けられる気は毛頭無い。体が浮かんだ所で上体を捻り、着地とほぼ同時にベクターの襟を両手で掴んで倒れながら引き寄せた。流れる様な動作でカウンターの巴投げで彼を後ろに投げ飛ばす。

 

しかしベクターは何でも無い様にしっかりと頭を両手で抱え込んで受け身を取り、立ち上がった。

 

「無駄が無いし、正確な良い動きだ。だがフェイントがフェイント、急所への攻撃が急所への馬鹿正直な攻撃にしか見えない。虚を突くんだ、虚を。」

 

USSに抜擢されたメンバーである以上、格闘能力は人並み以上の物を求められる。それに加えて皆がそれぞれ違う戦い方をするのでこの様な組手では難易度が半端無く高い。通常勝つのは常に前衛にいる故に格闘する時が銃を持った時よりも遥かに恐ろしいベクターやルポだが、たまに二人以外の者が勝つ事もある。

 

ベルトウェイは体格とあまりある体力、そしてそこから生み出される強引なパワーに物を言わせ、スペクターはベクターにも劣らない銃剣術やナイフ術、後はサンボやシステマなどを織り交ぜた変則的な動きで翻弄し、バーサは人体の急所の知識を活かして相手を無力化して勝つ時がある。

 

だが入隊以来、今の所唯一最後まで勝ち残れていないのはヴァイパーだけだ。小柄である故に装備を身に付けていてもスピードはベクターよりも上だし、急所の知識もしっかりとバーサから手解きを受けている。

 

しかし素手での攻撃の威力は皆に比べると低く、何より格闘では意外と物を言う体格で著しく劣っている。鍛えているとは言え十代にも至っていない未成熟な少年なのだから仕方無いと言ってしまえばそれまでだが、その所為でほぼ真っ先に狙われるのだ。今日こそは最後まで勝ち残るぞと意気込みながらヴァイパーはルポに向かって行った。

 

 

 

 

 

「くっそぉ〜〜〜〜・・・・」

 

男性陣が更衣室でシャワーを浴びて汗を流していた。一足先にシャワーを浴びたヴァイパーは悔しそうに自分が使っているロッカーのドアを殴っていた。その回数とあまりの勢いにテーピングを施した拳がうっすらと血で赤くなる。

 

「もうちょっとだったのにぃ〜〜〜〜!!!」

 

バトルロワイヤル式バーリトゥード・スパーリングはいつも通り熾烈を極めた。そして今回は奇跡的にヴァイパーが七人の中でまだ『生きている』三人の内の一人だったのだ。しかもその内の二人は自分が倒した。残りの二人はベクターとバーサだ。

 

「見ていたぞ、惜しかったな。銃剣術も中々様になっていた。」

 

髪を拭きながらスペクターが労いの言葉をかけた。

 

「おお、歳の割にはパワーも上がって来てるしな。こりゃあ十年後には俺達全員よりずっと強ぇ奴になってるぜ。」

 

バンバンとベルトウェイもヴァイパーを誉めながらバスケットボール選手の様に大きな手で彼の肩を叩く。

 

「ありがと。」

 

それは別に良い。二人が模擬戦で『生き残る』のは良くある事だが、二人が息の合ったコンビネーションで自分に襲いかかって来たのが問題だ。ベクターはナイフとカランビットの二刀流でどんどん距離を詰めながら所構わず恐ろしい程素早い攻撃を仕掛けて来る。一秒間に人をナイフで突き刺せた回数の自己ベストとカランビットで人を斬りつけた自己ベストは本人曰くどちらも共に四回なのだ。つまり、一度間合いに入られると熟練した戦士でも彼の前ではほぼ高確率で死ぬ。

 

だが、だからと言って彼の間合いに入らない様にすると今度は長い鉈を持ったバーサが待ち構えている。医者をやっているだけあって小柄なヴァイパーでも的確に急所を狙って来る。

 

ナイフを持っていればバーサのリーチによるアドバンテージを利用した攻撃が、銃剣付きライフル等の長物を持っていればベクターが懐に潜り込んで襲って来る。状況は絶体絶命だ。そして遂に体力が完全に消耗し切った所でバーサの鉈が後頭部を、その直後にベクターのナイフとカランビットがそれぞれ喉と股間を捉える。

 

そして二人だけとなったところでなんとベクターはあろう事かナイフを捨ててバーサに自分を『殺させた』のだ。どんな時でも、どんな事でもこと戦闘に関しては一切手を抜く事を許さない、誰よりも己に厳しいあのベクターが自ら命を彼女に差し出して勝たせたのだ。

「ベルトウェイ、何でベクターはあんな事したの?」

 

「ん?ああ、アレか。十中八九、俺がフォーアイズの射撃訓練に付き合ってた理由と同じだろう。」

 

「・・・・どう言う事?」

 

ベルトウェイの答えが何を意味しているのか釈然としていないヴァイパーは首を傾げるばかりだった。

 

「今は分からずとも、いずれ分かる時が来るさ。君も十年と少し位で本格的に経験する事になる筈だよ。ヒヒヒヒッ。」

 

スウェットパンツとタンクトップに着替え終わったスペクターは煙草を耳の後ろに挟み、悪戯っぽく笑う。

 

「僕、昼寝しに行く。」

 

「俺も少し疲れたから横になるぜ、何時に無くすげえ戦いだった。」

 

「ベクター、私達は先に出る。バーサによろしく伝えておいてくれよ。」

 

まだシャワーを浴びているベクターはさっさと出て行けとばかりに濡れた髪の間から睨み付けて中指を立てた左手を突き出した。三人が出て行ったのを確認すると、ロッカーの一つからタオルだけを体に巻き付けた金髪の女性が姿を現した。バーサだ。普段とは違い、任務中は団子状に纏めてある金髪を下ろしている。

 

「ベクター。」

 

後ろから優しく彼の腹の周りに腕を巻き付け、抱きしめた。

 

「やだ、この水冷たいじゃない。暖かくしましょうよ。」

 

「これで良いんだ。湯を使う事に慣れ過ぎてしまえば、冷水を使いたくなくなる。冷水を浴びた体は下がった体温を上げようとするから脂肪の燃焼効率も上がるんだ。眉唾物だが隊長曰く、アンチエイジング効果もあるとか。」

 

だがベクターの言葉に聞く耳は持たず、微温湯になるまで温度を調節した。

 

「相変わらず真面目ね。」

 

湿った唇が肩口に触れ、囁く度に耳に当たる息が擽ったい。

 

「こんなに体ボロボロにしちゃって、ルポと良い勝負よ。」

 

鉈を握ってサトウキビの様に感染者を切り倒しているとは思えない白く、細く、しなやかな指で彼の傷跡や割れた腹筋を感慨深く撫で始める。

「これは、私が初めて縫った傷。ライフルの弾を摘出しなきゃいけなかった。こっちが手榴弾の破片。これはナイフの切り傷。任務完了まで時間が掛かり過ぎたから化膿して大変な事になる所だったわね。」

 

ベクターは下腹部と背中がゾワリと泡立つのを感じ、思わず彼女の手を掴んで止めさせた。

「俺が受けた傷は全て『教訓』だ。ミスを犯した自分を反面教師にしろととマスターは言っていた。それに、何時も最前線に出ているから受傷は付き物だ。いつも手間をかけさせてすまない。感謝している。」

 

「ありがと。でも、それが仕事の一つだから気にしないで。それより、一つだけ良いかしら?」

 

「内容による。」

 

「何で、私を勝たせたの?」

 

後ろから抱きついている為に見えなかったが、間違い無くベクターの顔筋が強張ったのをバーサは看破した。

 

「さあな。」

 

その言葉にバーサは目を細め、ベクターの腹筋に爪を立てた。

 

「誤摩化さないで。女だろうと一切手加減をしない貴方があそこでナイフを捨てるなんて行動、考えられない。何で?言わなきゃもっと深く爪、立てるわよ。」

 

だがベクターは一瞬の内にバーサの両腕を掴んで振り解き、壁に押し付けた。その拍子に体に巻き付けていたタオルがはらりと落ちる。眩しい程に白く、三十代半ばとは思えない程の瑞瑞しい彼女の裸体が露わになった。所々に傷跡があるが、むしろそれが引き締まった彼女の肉体美を引き立てている。ベクターも思わずごくりと生唾を飲んだ。

 

「理由はお前が一番良く分かっている筈だぞ。それにもし俺が感染して手遅れになったら・・・・・お前の手に掛かって死にたい。それ以外の死など、俺は受け入れん。」

 

額をくっつけ、氷を連想させる透き通った碧眼を見つめてベクターはそう答えた。

 

「あら良いの、ルポをほっといて?昔はデキてたってスペクターから聞いたのよ?お互いポジションも近いし別行動する時も一緒にいるから、気に入られたそうじゃない。この女誑し。」

 

バーサの意地悪な笑みを見て彼は顔を顰めた。

 

「アレは、お互い何時もより少し飲み過ぎていた弾みだ。ルポは俺より八つも上だが確かに良い女だ。しかし俺達はどちらかと言えば、お互いを人間として、同じ戦場に身を置く者として尊敬し合っている。半月も続かなかった関係だ。お互い未練も無い。」

 

満足行く答えが聞けて嬉しいのか、笑顔と共にバーサは彼の唇を啄む。

 

「良いわ。じゃあ、もし貴方が手遅れになったら私が殺してあげる。でも楽には死なせないわよ。最後の一瞬まで痛めつけて私の事を覚えててもらうから。それに、貴方みたいに傷だらけで打たれ強い男って好みなのよ。知ってた?麻酔使わないのに治療中叫び声一つ上げようとしないで我慢するし。その冷たい目も、とってもセクシー。」

 

「バーサ・・・・」

 

「ミカエラ。ミカエラ・シュナイダーよ。二人だけの時はそう呼んで。」

 

「ミカエラ、シュナイダー・・・・たしかドイツ語での意味は『切り裂く者』だったか。お前にピッタリだな。そんな良い名、忘れられる訳が無い。」

 

「信じてあげるわ、その言葉。浮気したら殺すわよ。」

 

バーサ————ミカエラは舌舐めずりをしながらベクターの手を自分の腰へと導き、彼の唇を奪った。離すものかと彼の背中に爪を強く立てたが、それがより一層彼の心の火を燃え上がらせる。

 




もうお分かりと思いますが、チーム内のカップリングはベクターxバーサ、ベルトウェイxフォーアイズにしました。Pixivではベクターxルポの絡みがありましたが、ちゃんと理由はあります。

ルポと同じくベクターは最前線に出ているのでプロとは言え時と場合によっては一番負傷しやすい立場にあると思います。加えてどこか彼は何時も痩せ我慢をしている様な気がするんで、ドS衛生兵からすれば恰好の的です。

ベルトウェイは爆発、ジョーク、悪戯が好きな少年(笑)の心を持つ男なので、よくフォーアイズにちょっかい出してそのまま・・・・と言う感じです。ヴァイパーの事もあってフォーアイズの無関心を徐々に取り除く事に成功したと言う感じです。

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