学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Not One Of Us

高城邸に向かった時とは違い大きなトラブルや足止めも無く、帰宅の所要時間は予想の範囲内に留まった。四人は終始無言であったが、車内の空気は冴子が座っている所だけが重く、沈んでいる。

 

そんな彼女を気にも止めず、ベクターとフォーアイズは車を止めてセーフハウスへと入って行った。

 

そのすぐ後ろに竜次と足取りの重い冴子が続く。刀はベクターに没収された為持っていない。

 

玄関ではセーフハウスに留まっていたウルフパックの五人が出迎えてくれた。サイドテーブルにはトレーとカクテルグラスが七つ用意されている。

 

Bienvenue(お帰りなさい), mon fils」

 

ルポは自分より頭半分程背が高い竜次を抱きしめ、頬に小さくキスをした。竜次もそれに応えて彼女の背中に手を回し、同じ様にキスを返す。

 

Je suis rentre(ただいま), mère(母さん)

 

「ベクターとフォーアイズも良く生きて帰って来たな。狼達に!」

 

「狼達に!」

 

ルポに続いて皆が復唱し、グラスを頭上に掲げてカチンと鳴らすと一気に嚥下した。

 

「さて、二杯目のカクテルは私が作る。欲しい者はついて来てくれ。」

 

「全員飲んだら仕事だ。私は屋上にいる。スペクター、作るのも飲むのも構わんが、度数は8度以下の物に留めておけ。後、飲み終わったらコップ二杯分の水を飲んでおけよ?」

 

ルポはグラスを置いて階段を登って行き、スペクターとまだ飲みたい者達を連れて行った。その場に残ったのは竜次と冴子だけだ。

 

「やはり・・・・・・無理なのだろうか?」

 

冴子のか細く、震えた声が沈黙を破った。

 

「私が認められる様になる事は叶わないのだろうか?」

 

俯いてはいたが竜次は彼女が泣く一歩手前なのに気付いていた。だが慰める様な事はせず、背を向けたまま答えた。

 

「少なくとも並大抵の努力じゃ無理だ。特にベクターはウルフパック随一の頑固者だから。まあ一応俺が連れて来た以上責任は持つ。付いて来い。」

 

ルポが登って行った階段の隣に地下に続く別の階段を降りて行くと、そこは地下室と呼ぶには余りにもだだっ広い空間が広がっていた。

 

奥の壁にはダンベルやバーベル、サンドバッグ、ランニングマシンなど様々なトレーニング器具が鎮座していた。向かって右側の壁には隣接する作業テーブルと多数の工具、壁には多種多様の銃や刃物がかけられており、弾薬と榴弾、その他の余分な装備品に大量の飲料と食料がその直ぐ近くで堆く積み上げられている。

 

更に隣には業務用の大型冷蔵庫とジェネレーターが数台置いてあり、どれも例外無く木材と金網で作られたスペクターのファラデーケージに覆われていた。反対側の壁際にはハマーH2、フォルクスワーゲン ゴルフVI、ランサーエボリューションVIIIが、バイクはBMW R1200 GS、BMW K 1600GTLが横一列に並んで駐車されていた。車の進行方向には地上へ続く坂があり、明らかに既存のシャッターに見えない分厚い鉄板が道を塞いでいる。

 

これら全ての中心にはガムテープで四方10メートルを仕切った即席の『リング』がある。

 

「ここは・・・?」

 

「ウルフパックのトレーニング場だ。今俺が身に付けているのと同じ物を持って来て、リングの中に立て。」

 

言われた通り冴子はプレートキャリアーやチェストリグ、レッグホルスター等を身に付けたままリングに入った。防具はフルメタルジャケットの7.62ミリ弾を防げる程の防弾機能を持っており、ホルスターに収まった空の銃やその他の装備でかなり重くなっている。

 

その証拠にリングへ足を運ぶ冴子の動きに何時もの軽やかさは無かった。

 

「さてと。」

 

竜次はライフルをリングの外に置き、プレートキャリアーのシースに収納されたナイフを引き抜いて冴子の足元に投げた。

 

「いつもの朝稽古と同じだ。」

 

拾い上げた直後にそう伝えると、ぎょっと目を見開いて竜次を見つめた。

「使う物が本物に(アブなく)なって、只の稽古(遊び)じゃなくなっただけだ。」

 

彼の手には投げ渡された物よりも10センチは長い鈍色のナイフが握られており、その研ぎ澄まされた切っ先は冴子に向けられている。

 

「心配しなくても殺しはしない。だがお前は———俺を殺すつもりで掛かって来い。」

 

地を蹴った竜次が繰り出す左拳を受け流したが、剣士として一番の武器である『速さ』に『枷』を付けられている。体を捌いた直後、鈍い打撃音と後頭部に痛みが走った。目の奥で白い火花が散る。

 

前につんのめったが受け身を取って体勢を立て直し、振り向くと丁度竜次が振り向いていた。肩の高さまで上げられていた腕も下ろしている。拳を受け流された所を踏み込み、右足を軸に体を180度回転し、捻った勢いを利用して肘鉄を後頭部に叩き込んだのだ。

 

「殺しはしないが、痣や切り傷、脳震盪は覚悟してもらう。だがそれだけに留めたければ、たとえ刹那であろうと気を抜くな。しっかり俺の動きを見ろ。しっかり俺の目を見ろ。」

 

ナイフを振るうスピードやリズムに緩急を付けながら踏み込んで行く。紙一重で避ける事は出来ているが、やはり身に付けた装備の重さには慣れていないのか、幾筋もの細い切り傷が刻まれ、痣が出来て行く。反撃しようにも重石と猛攻に手も足も出ない。

 

「お前はもう(いっぱんじん)(きょうしゃ)の境界線を超えかけてる。(こっち)側にもう片足は突っ込んでるんだ。もう迷う暇は・・・・いや『迷う』と言う選択肢は無いぞ。半端な覚悟で俺について来る事を決断した訳じゃないだろう。」

 

ナイフの様に間合いが短い武器での大振りな攻撃は己の隙を大きくするだけ。竹刀や木刀の様な長物とは勝手が違う。重石を付けられ、使い慣れた武器が手元に無いだけでここまで苦戦して、ようやく悟った。

 

彼の隣に立つ————つまり、どの様な状況であろうと臨機応変に彼の背中をカバーしきれるだけの力を身につけ、自分ならそれが可能だと言う事を知らしめる事。 

 

今の自分は竜次の腰巾着でしかない。彼と行動を共にしてはいるが、本当の意味で受け入れられた訳ではない。思えば、彼と一緒にいる事を承諾されてから無意識の内にどこかで慢心が芽生えたのだろう。

 

「何をしてる?反撃しろ。殺すつもりで抗戦しなかったら、手加減しても死ぬぞ?」

 

今まで受けて来た傷を教訓に、ぎこちなくも冴子は反撃した。

 

ナイフの位置から次の攻撃や目標を悟られない様に常にナイフを動かす。

 

攻撃は細かく、そして素早く。

 

傷は浅くても良い。数で補えば必殺の一撃を繰り出す機会は幾らでも出て来る。

 

そして足は常に地面に付ける。

 

だが既に受けたダメージとそれによって蓄積された疲労で、その反撃も直ぐに止まる事となる。ナイフを逆手に持ち替えて振り下ろした所までは良かったがその腕を掴まれ、ノーガードの脇腹に捻りの入ったタイキックをもろに食らって吹っ飛んだのだ。

 

衝撃が爪先の様に小さい面積に収束されていないだけマシだったが、それでも脛を使った蹴りはフルスイングされる野球バットの威力にも匹敵する。凄まじい痛みと衝撃に息が詰まった。

 

竜次はただ蹴りを当てるだけには留まらず、一気に蹴り足を振り抜いて冴子を吹っ飛ばした。二メートル程吹っ飛んで地面に叩き付けられ、リングの外まで転がって行く。

 

「大体三十分か・・・・・まだ甘いな。その内銃一丁とナイフ一本だけで感染者との耐久戦やらせるから。」

 

成す術無くボロ雑巾の様になった冴子は喘息持ちの様にゼェゼェ息を乱していた。立ち上がろうにも今までに感じた事が無い程の痛みと疲労で体に力が入らない。服は夕立に降られたかの様にぐっしょりと汗で濡れそぼっており、体に張り付いていた。それが体温を、即ち今や無きに等しい体力をどんどん奪って行く。

 

顔以外のあちこちが切り傷でボロボロになり、そこから流れる血で赤黒い染みがあちこちに出来ていた。濡れ羽色の髪の毛も纏めていた髪紐が解けた所為でボサボサだ。何時もの凛々しい大和撫子の姿は見る影も無い。

 

「あれだけでバテるなんて、その子もまだまだね。でも女の子相手にちょ〜っとやり過ぎじゃないかしら?」

 

後ろを向くと、バーサが救急箱と着替え一式、そしてオレンジジュースが入ったグラスを持って佇んでいた。

 

「流石に死なれたら困るからギリギリ死なない程度の加減はしてる。まあ、バーサお得意の飴と鞭でどんどn仕立てて行くから。あ、所で、静香先生はどう?ちゃんと役に立ってる?」

 

「ちょっと、腐っても私とフォーアイズの元生徒よ?当たり前でしょ?今後も手伝ってくれるわ。ちょっぴり悪戯しちゃったから今は寝てるのよ。」

 

舌舐めずりをしながら悪戯と言う言葉を意味深長に強調するのを聞いて、ああまたか、と竜次は思った。

 

「そんな事続けてたらベクター、泣くよ?」

 

「いーのよ、別に。と言うか、余程の事が無い限りあのベクターが泣き顔なんか見せると思う?それに本人も知ってる上で今の関係なんだから。はい。」

 

差し出されたオレンジジュースを受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。オレンジの甘酸っぱさの中で舌先に痺れを感じる。もしやと思って尋ねてみる。

 

「バーサ・・・・このオレンジジュース、もしかしてオレンジジュースじゃなくてスクリュードライバー?」

 

「そうよ?あ、でもウォッカはショットグラス半杯しか入れてないから。気付けよ、気付け。彼女は私が面倒見ておくから、貴方はシャワー浴びて来なさい。汗の臭いがスッゴイわよ。」

 

倒れている冴子を一瞥し、口元に笑みを浮かべながら竜次は地上階に登った。

 

ベクターはああは言っていた物の見込みは一応ある。最後の蹴りで吹っ飛ばされても、冴子はその手から決してナイフを離さなかったのだ。

 

シャワーを浴びたらスペクターと一緒にファラデーケージの制作に取り掛かろう。

 

冴子の方は暫くは目を覚まさないだろうが、起きたらまた可愛がってやるとしよう。甘口で口当たりの良いカクテルも彼女の分を用意しておかなければ。

 


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