学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Windows Of The Soul

「この雨、中々止まない。」

 

拳銃とナイフ、そして防弾ベスト以外の装備を外したフォーアイズは恨めしそうに窓を不規則に叩く雨粒とそれを生み出す雲を見上げた。

 

「何故雨を嫌う?雨は良いぞ。自分が立てる音をカモフラージュしてくれるし、スナイパーの視界も悪くなる。接近して見張りを殺すのに最高の天候だ。おまけにシャワーの代わりにもなる。沸騰させれば飲み水も確保出来る。」

 

「お前が冗談を言うとはな、ベクター。」

 

「冗談ではない。経験に基づいて言っているだけだ。」

 

それに、とベクターは更に付け加えた。

 

「雨は誰にでも降る物だ、止むまで待つしかない。スペクターにもそう伝えただろう。向こうの状況は逐一報告してくれるし、余程の事が無い限り予期せずここを発つ必要は無い。竜次もそうならない様に手を回してくれている筈だ。」

 

ベッドを背に座り、瞑想を終えたベクターは立ち上がってストレッチを始めた。

 

「ベクターは、心配じゃない?」

 

「何がだ?」

 

「バーサ・・・・・ミカエラの事が。」

 

海老反りになった状態で後ろに倒れると、胡座をかいて座る時の様に足を組んで両手で全身を支えた状態になった。そして両足を真っ直ぐ伸ばし、ゆっくりと地面に付けて行く。

 

「何故?」

 

「私はベルトウェイが心配。私達より一回りも二回りも体が大きいし、昔からその分だけ何かと無茶をしがちだ。私がいない間に度を超してしまうんじゃないかと考えてしまう。バーサからも人一倍我慢強いベクターが心配だと聞かされた事がある。」

 

「それで我々の主治医である彼女が日夜効率の良い処置方法やその他諸々の知識を吸収している際に無理をし過ぎているか心配ではないか、と?愚問だな。」

 

ベクターはそれ以上の事は喋らず、ナイフと銃を左右の手に持ったまま床に寝そべって目を閉じた。

 

「少し寝る。何かあったら起こせ。」

 

「さっきの答え、どう言う意味だ?お前は彼女が心配なのかそうじゃないのか、ハッキリしろ!」

 

ベクターは寝そべったまま苛立つフォーアイズの方に顔を向けた。仮面の如く張り付いた無表情さは相変わらず何を考えているか悟らせない。

 

「知ってどうする?と言うより、聞くまでも無いだろう?察せる筈だ、お前なら。何年一緒にいると思ってる。」

 

しかし目だけは違った。目は口ほどに物を言うと言う諺や、目は心の鏡と言う英語のイディオムが意味する様に、ベクターの目の奥にフォーアイズは寂しさ、不安、そして恐怖が綯い交ぜになった物を極僅かだが感じる事が出来た。

 

「くだらん問答はこれで終わりだ。俺は今から寝る。敵襲でも無い限り起こしてくれるな。起こしたらお前でも窓から放り投げる。」

 

再び顔を天井に向け、ベクターは目を閉じた。少ししてから軽く鼾を立てて寝る彼を見て、フォーアイズは顔を綻ばせた。

 

口ではいつも上手い具合に言い繕ったり誤摩化して逃げ果せているベクターはその手の事には不器用この上無い。だが、不器用な彼なりにバーサの事を大事に思っている事を目を見て理解した。

 

それと同時にフォーアイズは安心感を覚えた。

 

必死に隠し通して来た物を曝け出すのを嫌がるのは善くも悪くも昔から変わっていない。巧妙に姿を隠し、闇の中から敵を見つけて密やかに葬る斥候の役目もその性格を形作った要因なのかもしれないが。

 

————まったく、バーサも中々面倒臭い男を愛してしまった物だ。

 

そう思いながら彼の眠りを妨げない様にインカムをマンパック型無線機に繋いでスペクター達と小声で連絡を取り続けた。

 

 

 

 

 

「御影君。先程の立ち合い、どう言う事か説明して欲しいのだが?」

 

客室に戻るまで一言も喋らなかった冴子に竜次は問い詰められていた。と言っても、当の本人は怖がるどころか日本語に訳された聖書の創世記を流し読みしていた。部屋の本棚に会った物を適当に引っ張り出したのである。

 

「だーかーらー、保険だよ。」

 

「それは分かっている!」

 

冴子が初めて声を荒らげたのを聞いて竜次は少しばかり驚き、読んでいた本から顔を上げた。普段の凛とした怜悧な毒島冴子はそこには無い。訳が分からなかった。あの言動が何を意味するか位汲み取る事は出来た筈だ。自分達の命を永らえる手段を使っただけだと言うのに。

 

「本名を敢えて先に明かせば、バレて説明するよりも穏便に事を済ませる事が出来るのは分かっている!だが何故あそこまでの事を平気で出来るのだ?感染者と戦っている時とは違うのだぞ!失敗した時の事を考えないのかね?!」

 

次の瞬間、冴子は仰向けにひっくり返され、竜次が馬乗りになっていた。左手で両手首を纏めて握り、胴体は膝で押さえ付け、右手の新調した脇差の切っ先が喉を捉えていた。

 

「お前、俺をナメてんのか?」

 

一気に部屋の空気が氷点下にまで落ちた。振り解こうと冴子は暴れたが、体を押さえ付けている膝を的確に鳩尾へと押し込まれ、全身の力が抜けてしまう。

 

そして見てしまった。彼の、目を。

 

吊り上がった眦は熱すらも感じる明確な怒気を示しているが、全開した瞳孔は永久(とこしえ)の闇の様に冷たい。竜次の目が自分の目を通して魂を抜き取っているかの様に冴子は顔から血の気が失せて行くのを感じ、震え始めた。

 

「何故あそこまでの事を平気で出来るかだと?生きる為、戦う為、そして守る為だ。家族の居場所、家族の命、俺の居場所、俺の命。これらを狙う奴が誰であろうと俺は排除して生きて来た。守る為なら俺は喜んで身も心も狂気に委ね、壊れてやる。躊躇いなど無い。それは未来永劫変わらん。」

 

脇差しを握る手に力を籠め、冴子の皮膚から一滴血が流れ落ちた。

 

「それともう一つ。スカイダイビングであろうと殺人であろうと真剣を使った立ち合いであろうと、しくじらずにやり切れると思うと案外出来る物なんだよ。お前だって最初に木刀で感染者を叩き殺して行く事に味を占めるのは時間が掛からなかっただろう?」

 

図星を突かれて冴子は下唇を噛んで押し黙った。その通りだ。自分も明確な敵と認識出来る物を武力で制圧する事に抵抗は無く、あまつさえ喜びと快感すら感じる様になった。今ではそれをもっと味わいたいとすら思う。

 

「今やポン刀片手に人斬りの真似事が出来る世界だ。後は思い切りの良さがあれば問題無しだ。」

 

脇差しの切っ先を冴子の喉から離すと膝をどけ、小さく彼女を刺した傷から流れる血を舐め取った。

 

「分かったらこれ以上俺の存在理由(レゾンデートル)を疑うな、疑問を持つな。」

 

「だが・・・・君に何かあってはと思うと・・・・怖いのだ。怖くて気が狂ってしまいそうになる・・・・」

 

起き上がった冴子の目には涙が浮かんでいた。今日は彼女の意外な所が次々と出て来るな、と思いながら頬を伝って今にも零れ落ちそうな涙も血と同じ様に舐め取った。

 

「おいおい、俺は五歳の頃から銃とナイフを握って化け物相手に戦って生き延びてるんだぞ?この手の事なんざ経験済みだ。心配してくれるのは結構だが、俺はそんなヘマはしない。しっかりしてくれよ。」

 

冴子の額に掛かった前髪を掻き揚げ小さくキスをしてやると、ベッドで横になった。

 

「雨が止むまではまだ掛かりそうだから、少し寝る。久々の本気の立ち合いで俺も以外と疲れた。」

 

 

 

 

 

「天気はどうだ、ベルトウェイ?」

 

『ああ、晴れ渡った青天に恵まれてるぜ。雀がチュンチュン泣いてやがらぁ。』

 

スペクターのインカムからベルトウェイの皮肉が返って来た。

 

『冗談はさておいて、実際状況は良いとは言えない。人数は半分、おまけに雨で視界が悪い。音に反応して彷徨く感染者も増えて来た。爆竹を投げても意味ねえしな、この天気じゃ。』

 

「その内交替出来る。もう暫く辛抱してくれ。」

 

幾つものスクリ—ンを確認してキーを叩いて行く。丁寧に並んだ複数の外付けハードの手前にある灰皿に置かれた煙草を口元に持って行き、煙を小さく吸い込んだ。吐き出される紫煙はドーナツ状に変形し、消えた。

 

「スペクター、そろそろ交替だ。少し休むと良い。」

 

半開きになったドアをノックしながらルポがそんな彼に声をかけた。

 

「そうさせてもらう。」

 

フィルターだけとなったタバコの火を吸い殻だらけの灰皿でもみ消し、立ち上がった。スクリ—ン前のその席が空いた刹那、ルポはそこに陣取って作業を始めた。

 

「やはりヴァイパーの————リュウジの事が心配か?」

 

「もう立派な男に成長したと頭では分かっているのだがな。相変わらずこう言う所が治らん。馬鹿に付ける薬は無いとは良く言った物だ。」

 

子離れしなければならない。そう考えつつもやはり必要以上に気を揉んでしまう。そんな自分が嫌になってしまう事が多くなって来た。

 

「馬鹿は馬鹿でも親馬鹿のカテゴリーだろう?それはまだ可愛い物だ。馬鹿親に比べれば兆倍マシと私は思うがね。それにリュウジもありがたいと思っているのは間違い無い。私達の中で一番ルポに甘いし、誰よりもルポを気にかけている。東南アジアのマフィア掃討の時を覚えているか?」

 

ルポは表情を曇らせた。忘れもしない、あの痛恨の凡ミス。自分程の手練が深追いし過ぎて伏兵の返り討ちに遭い、撤退を強いられた。

 

そして作戦を立て直して向かった所で、屠殺場の牛や豚の様にマフィアの幹部や構成員は勿論、その家族すらも殺し尽くし、凄惨な状況を竜次は一夜で作り終えた。

 

その死体の山を枕に満足そうに寝ている竜次を見て、最初はどう言う事か訳が分からなかった。だが死体の傷が自分に付けられた物に限り無く酷似している事に気付き、後になってようやく納得せざるをえなかった。

 

これは全て、歪んでいるとは言え母親(ルポ)に対する純粋な愛故に行われた事なのだと。

 

「あれだけの人数を殆どナイフと鉈で制圧したとなると・・・・かなり無茶をしたのは明白だ。ウィルスのお陰で常人を遥かに凌駕する回復力を持っている筈なのに生傷や古傷がやけに目立った。それにああ言う事が起こったのは過去に三度もある。」

 

竜次の笑顔を灯りに例えるならば、怒り心頭した竜次は言うなれば切れた電球だった。一切の表情が無くなり、何時もは見える目の奥の光が消える。動きのキレも数段上がり、その際は誰も手がつけられず、体力の消耗を待つか、ベクター、ベルトウェイ、スペクターが三人掛かりで力づくで止めるか、ルポが宥めるかの三択しか無い。

 

「それだけルポが大事、と言う事だ。向こうはちっともその気持ちを迷惑だなんて思っていない。むしろ君が死んだら彼がどうなるか、そしてそれにどう対処するかを念頭に置くべきだ。」

 

「私はこんな所で死ぬつもりは無い。死に場所と死に様は、私が決める。良いからもう寝て来い。交替時間になったら起こす。」

 

「了解。」

 

「後、禁煙しろ。」

 

ルポはスペクターが持ち出そうとしていた煙草の紙箱を奪い取って吸い殻と共にゴミ箱に投げ捨てた。

 

「寿命を縮めるぞ。どうせならガムにしておけ。」

 

「考えておくよ。おやすみ、隊長。」

 

自室に戻った所でスペクターはテーブルに置いたイリジウム携帯を取ってある番号に電話をかけた。三コールで繋がった。

 

『私です。』

 

「南研修生、朗報がある。メゾネットで君と暮らしている友人は無事確保した。」

 

『静香を?・・・・・そうですか。ありがとうございます。』

 

リカは事務的に対応していたが、スペクターは電話越しに小さく、しかしハッキリとした安堵の溜め息を聞いた。

 

「礼には及ばん。こちらも報告が遅れてすまない、色々立て込んでいた物でね。それに医術を身に付けた人間は味方についてくれると都合が良い。馴染みの者もいるから不和の心配も無い。ああ、報告のついでと言っては何だが、君の現在地とそちらの状況、後はB.S.A.Aの現在の方針を教えてもらえると非常に助かる。勿論知っている範囲で結構だ。こちらも今回の件について分かった事は全て話す。」

 

『分かりました。簡潔に伝えます。』

 

一頻り話してから電話を切り、走り書きをしたメモ帳に再び目を通した。

 

・リカ

新設のB.S.A.A 極東支部から床主洋上空港へ飛行、空港内で市民を保護。

感染者の掃討、及び空港の安全確保の指令。

現在は小休止中、海上自衛隊の救援待ち

メゾネットにショットガン、アサルトライフル、バトルライフル、その弾薬とクロスボウなどの道具あり。(要回収)

 

・合衆国大統領及びBSAA

現場(Field) 活動(Operation) 補佐(Support)機関の情報で他国の支部と連携。

WHOや著名な研究機関の医者、研究者を直属の警備活動局(Division of Security Operation)に捜索、救出を命令中。

救出された者は現在入手したサンプルを元にワクチンの開発・研究を進める。

 

・その他

各支部も優秀な生物学者、研究者及びそのチームを捜索、救出を遂行中。

アメリカを仮設本部として活動

 

元が付くとは言えアンブレラ側に組していた者と敵対するB.S.A.Aエージェントの癒着が明るみに出れば只では済まない。だがこれだけの情報はそのリスクを負ってでも手に入れる価値がある情報だ。

 

「アレが起こる心配は今の所無さそうだが・・・・念の為戻って来たらファラデーケージを組み立てるとするか。」

 

床に敷いた布団の上で横になり、枕の下に銃があるのを確認すると、目を閉じた。染み付いた長年の生活とその習慣の所為で眠りは浅く、碌に睡眠らしい睡眠など取れないと思っていた。が、それとは裏腹に徐々に弱まりつつある雨の音は心を落ち着かせ、意外にすんなり微睡みが深い眠りへと変わって行った。

 

 

 

 

 

「どう?凄いでしょう、これ?」

 

「凄いです・・・・・こんなの初めて知りました!!」

 

普段はぽややんとしているとは言え、静香は腐っても医者の卵である。バーサの自室の棚にぎっしりと詰め込まれている過去のBOWやウィルスのデータ、そして彼女の研究ノートに目を通して行く内に興味を持ち、どんどんその知識の吸収にのめり込んで行った。

 

「やっぱり軍隊だと教えてもらえる事も違うんですね〜〜。」

 

「基本は全部マニュアルで勉強したわ。ウィルスの方はクリスティーンがいたから学ぶのはそう難しくはなかった。後は現場で覚えて行くしか無かった。他は・・・・・自力で身に付けて行くしか本当の意味で理解した事にはならないってところね。」

 

「ほぇ〜〜〜〜。」

 

「だから貴方も頑張りなさいよ?私達と一緒に行動する以上、処置以外にも色々と働いてもらわなきゃ行けないんだから。今日はテーブルにあるこの資料の事が全て分かったら終わりって事にしましょう。」

 

「はい!」

 




イディオムで『目は魂の窓である』と言う物がありますので『目』に関する描写を出来るだけ際立たせた上でサブタイトルを決めました。

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