学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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ストックが溜まって来たので投稿します。五千字をノルマとしていますが、キリが良いので今回は少なめです。


Ninja vs Samurai

丁度雨が降り始めた所で、六人は高城邸に到着した。

 

高城家の一人娘である沙耶の存在は屋敷の敷地内に入る『通行証』として絶大な効力を発揮した。最初こそは警戒されていた物の、竜次が『小室孝』として沙耶の両親と面識があった事が功を奏し、その警戒も沙耶の両親の指示で直ぐに解けた。

 

高城家の家長にして憂国一心会 総帥を勤める高城壮一郎とその妻、高城百合子の命令で動く一心会の構成員達は道中で撃滅したヤクザとは比べ物にならないに統率されていた。例えるならば小規模の軍事国家だ。

 

おまけに構成員の大多数は皆一同に旧大日本帝国軍の軍服に身を包んでいる為、まるで第二次世界大戦時の日本にタイムスリップした様に感じずにはいられなかった。

 

「一先ずはどうにかなったな、御影君。」

 

シャワーを浴びた冴子は用意された着替えの着流しを身に付けていた。墨の様な艶のある黒髪から覗くうっすらと上気したうなじは実に艶っぽい。

 

何か感想が欲しいと言う期待の籠った眼差しを向けて話を振ってみたが、想いは儚く潰えた。

 

「いや、まだ気は抜けない。任務は目標を達成し、無傷で帰還して初めて完了と言える。今はようやく道半ばと言った所だ。俺が高城の両親と面識があったのと、彼女を無事に送り届けたと言う大恩を売っているので今はどうにかなっている。だがこちらはその屋台骨を脅かす爆弾を抱えているんだ。フォーアイズと俺が純日本人でないと言う事実(ばくだん)を。」

 

竜次は幸い混血でありながら限り無く日本人らしい顔付きをしており、目の色もカラーコンタクトで容易く誤摩化せる。だがフォーアイズは竜次より遥かに日本人離れした顔付きをしており、見る者が見れば一発で分かるだろう。

 

相手の神経を不必要に逆撫でするこの事実を知られては何かとやりにくくなる。今までの苦労も水の泡だ。

 

「しかし高城総帥はあの性格だぞ?それに面識がある君は一人娘を送り届けてくれた恩人なのだから、それを排斥するとは到底思えない。」

 

「それでも保険があった方がこっちとしちゃ安全なんだよ。その為にも総帥との親睦をもっと深めておく必要がある。」

 

「どうやって?」

 

「そこでお前の出番だ、冴子。武門の出身で純日本人。右翼団体である以上国粋主義者は間違い無く多いから、そんな清くたおやかなる日の本が乙女に敬服しない人間はこの場にはいない。それを利用する。恐らく総帥が御自ら会って話をしたがる筈だ。」

 

しばらく待つと、竜次の予想通りに事が運び、一心会の構成員が二人を敷地にある離れ座敷に通した。案の定そこには高城壮一郎が座布団の上で胡座をかいて腰を据えていた。掛け軸と刀掛台の大小二振りを背にしており、僅かに浅黒く日に焼けた肌と彫りの深い顔は正しく武士(もののふ)と呼ぶに相応しい物だ。後は横に小性が付けば完璧である。

 

「娘を無事に送り届けてくれた事、今一度礼を言う。」

 

壮一郎に向かって座った二人は黙って頭を下げた。

 

「それで、何故我々をここに?」

 

「毒島先生がご息女はかの千葉さな子にも勝るとも劣らぬ剣士と側聞する。その様な清くたおやかなる日の本が乙女に一度直に会って話をしてみたいと思っていた。」

 

そう言いつつ、壮一郎は右脇に置いていた鞘と柄巻の双方が朱色の刀を手に取り、冴子の前に置いた。

 

「その刀、どう見る?」

 

冴子はそれに直に触れぬ様慎重に袖で掌を覆って持ち上げた。

 

「抜いてみよ。直に触れようと刀の汚れにはならぬ。」

 

「では、失礼いたします。」

 

刀の柄を握り、刀身が露わになった。その造りで誰の作品か瞬時に分かったのか、冴子は思わず息を飲んだ。完全に抜き切り、じっくりと刃を眺めた。

 

「これは、誠に珍しい・・・・」

 

「見えたか。」

 

冴子が噂で聞いた通りの人間だった事が余程嬉しかったのか、壮一郎の口元が緩む。

 

「反り浅く、波紋の浮かぬ切っ先諸刃の小烏造り。小銃兼正 村田刀と見ました。」

 

「流石、見立て通り。明治半ば、村田銃で知られる村田少将が東京砲兵工場にて拵えし一振り。豚の頭骨を一刀両断して刃に傷一つ付かなかったと伝えられている。」

 

「眼福でありました。」

 

冴子は刃を納め、再びそれを壮一郎が置いた位置に戻そうとした所を手で制された。

 

「最早それは貴方の物だ。」

 

「無礼を承知で申し上げますが、正当な理由が無ければ頂けません。」

 

「理由ならば二つある。くどい様だが、一つ目は娘を送り届けてくれた事。二つ目は毒島先生の御指南を受けた事がある。そのお礼と言う事で懐に収めて貰えぬか?」

 

「一つ目の理由は兎も角、二つ目の理由のお礼でしたら父にお渡し頂くべきかと。」

 

それを聞き、壮一郎は膝を叩いて豪快に笑った。

 

「流石は毒島家ご息女、本音を告げるより他無いか。」

 

「小娘が浅知恵とお笑い下さい。」

 

「想像はついている。不出来な我が娘の事であろう?」

 

「確かに私が命を救った事もあります。ですが、私も彼女も隣におります彼が先陣を切って導いてくれたからこそ、今こうしてここにいるのです。」

 

「ほう。」

 

壮一郎は自分と同じく胡座をかいた竜次の方に目を向けた。

 

「高城総帥、お久し振りです。小学校以来でしょうか?」

 

「もうそれ程の時が流れたか。」

 

「はい。息災で、何よりです。」

 

「うむ、初めて会った時から只者ではない雰囲気を感じたが、今はそれがハッキリと見て取れる。見立て通り、いやそれ以上の何かを身に付けているな?」

 

「総帥に比べれば、まだ青臭い若造にございます。」

 

壮一郎の言葉に、竜次は作り笑いを浮かべながら首を左右に振って謙遜した。

 

「久方ぶりに会ってなんですが、一つお詫びしなければならない事が。」

 

その言葉に壮一郎は眉を顰めた。

 

「幼き頃から共にここへ来た二人に拾われ、刀槍剣戟の渦中に身を置き、生きる術、戦う術を己のが心身に叩き込む事十数年、床主に流れ着きました。私の真の姓、真の名は御影竜次。今までそれを偽り続けた事をこの場をお借りしてお詫び申し上げたく存じます。」

 

居住まいを正し、崩した足も正座に直すと額を畳みに擦り付ける程の土下座をして壮一郎に詫びた。

 

「ならば、一つ条件がある。私と立ち合え。真剣でだ。」

 

「総帥、それは幾らなんでも———!」

 

「良いだろう。俺も男だ。腹は括ったよ。」

 

冴子の言葉を遮り、何時もの口調に戻った竜次は二つ返事でそれを了承した。

 

「ついて来い。」

 

刀掛台の大小二振りを携え、壮一郎の後ろを付いて行った。冴子も村田刀を持って慌てて後を追う。

 

着いた先の剣道場で竜次は銃と防弾ベストを外し、壮一郎が差し出した長めの脇差を持って互いに向かい合った。

 

「天道荘厳流、高城壮一郎。」

 

「生憎俺には流派と呼べる戦い方は無い。けどこう言う場合は推して参る、って言うのかな?」

 

「行くぞ!」

 

竜次が脇差を抜いたその刹那、壮一郎の刀がすぐそこまで迫っていた。当然刃は返していない。爛々と殺意に満ちた(まなこ)も手に持つ刃に負けず劣らず鋭い。だが彼はそれを二、三歩下がり、紙一重で避けた。次々に襲いかかる二の太刀、三の太刀も同じ様に紙一重で避けて行く。

 

————蹴りも突きも使えない。それにあんな重い攻撃をまともに受け太刀していたらどんな高名な刀工の作でも刃毀れは免れない。

 

能天気にそんな事を考えながら、次の攻撃も体を右に捌いて避ける。

 

————そろそろ反撃するか。

 

竜次は繰り出される斬撃の雨を搔い潜り、手にした脇差を振るった。

 

着慣れている防弾ベストと装備の重荷から解放された体は普段の倍以上は素早く動ける事に、竜次自身も内心驚いていた。そしてやはり刀より遥かに短く取り回しに優れた脇差との相性はかなり良く、壮一郎も開いた口が塞がらなかった。

 

剣術だけでなく、武術に於いて間合いは勝利の為に必ず計算に入れておかねばならないファクターだ。自分に有利な間合いでの攻防が出来なければ無駄に戦いが長引き、体力を削り、最終的に敗北する。それを理解し、竜次は身動ぎは疎か瞬き一つせずに刀の間合いへと踏み込み、更にその奥にある己の間合いへと進む。

 

壮一郎には力、速さ、そして気迫がある。

 

竜次は速さ、手数、そして柔軟な戦闘センスでこれに対抗した。

 

互角に渡り合う二人の刃が交わるその都度、火花が散る様に見える。一歩間違えば怪我では済まないこの立ち合いは最早立ち合いと言うよりも殺し合いの領域に突入していた。そしてどちらも笑っている。強者との純粋な戦闘その物を楽しんでいるのだ。

 

「強い・・・・誠に強い剣だ。我流とは言え霞の様な速さ、そして一点の曇りも、迷いも無い。」

 

「俺も久し振りにこんな戦いが出来て気分が良い。だから特別に、二刀流だ。」

 

左腿に収めたナイフを引き抜き、軽く腰を落とした。

 

「熟お前は面白い男だ。」

 

再び刃が交わる。しかし先程よりも更に速く、力強い。二人が身に纏う純粋な殺意と闘気は道場を満たし、端から見ている冴子は止めど無く冷や汗を流し、それに押し潰されそうになった。だが二人の戦いを食い入る様に見る他無かった。

 

そして遂に脇差が壮一郎の一撃で竜次の手から離れた。そして唸りを上げる刀が左脇腹でで止まる。

 

「相討ちか。」

 

壮一郎の言葉に竜次は小さく頷いた。あのまま刀を振り抜かれれば真っ二つに斬られて絶命していた。しかしその場合壮一郎も同じく物言わぬ死体と化していただろう。彼の喉仏の僅か手前に竜次の拳があり、ナイフの切っ先もちょうど心臓の真上でピタリと止まっていた。

 

「死なば諸共、か。」

 

「人は、生まれながらに死んでいる。俺にとって死は公園の散歩と変わりない。」

 

壮一郎はその答えが気に入ったのか、何度もゆっくりと頷いた。

 

「約束通りこの立ち合いとその剛胆さに免じて、名を偽った事の一切は水に流す。その脇差も良き戦い振りの褒美としてくれてやる。雨が止むまで寛ぐが良い。」

 

「ありがとうございます。」

 

壮一郎は二人をその場に残し、道場を後にした。足音が遠ざかったのを確認すると、竜次は抱腹絶倒し始めた。

 

「み、御影、君・・・・?」

 

今まで見た事の無い竜次の豹変振りを不気味に思った冴子は恐る恐る近付いて名を呼んだ。

「いやぁ〜〜〜、久し振りだった、あんな戦いは!最ッッッッ高に楽しかった!見てたか、アレ!?最ッッッッッ高に勃起モンだぜ!」

 

ジェットコースターに乗って興奮が収まらない子供の様なはしゃぎ振りと笑いの発作が収まると、弾かれた脇差を拾って鞘に納め、ナイフも左腿のシースに戻した。最後に防弾ベストと銃のホルスターを装着する。

 

「さて、保険もかけれたし、部屋に戻ろうか。」




如何でしたか?今回のエピソードは総帥 vs 竜次がメインなのでサブタイトルもご覧の様になりました。

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