学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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一週間以上も放置してしまった・・・・orz

そう言えば気付かないうちにUAが二万件を突破していました。沢山の方にご愛読して頂きありがとうございます。


Delivery Service

午前七時半。閉め切ったカーテンから僅かに日差しが差し込んで来る。

 

身柄引き渡しの準備が整い、引き渡される二人と同伴する四人がリビングに集まった。

 

沙耶とコータは目を擦ったり欠伸を噛み殺したりしていたが、他の四人は違った。出発の一時間前から起床して軽い準備運動を済ませており、丁度装備の最終点検に移っている所だった。

 

ベクターとフォーアイズはそれぞれグアムから大量の弾薬とマガジンと共に持ち出したアサルトライフルと拳銃を持っており、ヴァイパーも校舎の屋上に隠していた物を装備している。

 

冴子はと言うと、着て来た制服から一変してウルフパックの女性陣が宛てがったスリムフィットのカーゴパンツと綿製の長袖のシャツ、そして余分に置いてある防弾ベストも身に付けていた。武器は持参の木刀だけでは心許ないので竜次の私物である鉈を一振り借りて腰に差している。

 

「ヴァイパー、フォーアイズ、これが終わるまで指示は俺が出す。0800時に出発だ。毒島、銃を使わずに戦えるのは結構だが、それだけでは生き残れない。使い方は竜次に教えてもらえ。」

 

「はい。」

 

ベクターは竜次に目配せしてくいっと頭で冴子に銃を渡す様に示した。不承不承と言った様子でリュックの中から拳銃を取り出し、彼女に差し出した。それは数ある銃の中でもかなり小型で、シンプル且つ堅牢な構造を持ち、信頼性が高いリボルバーと予備の弾だった

 

「これは、警視庁でもよく使われるスミス&ウェッソン M37と言う銃だ。」

 

説明しながら彼女にM37のグリップを握らせ、その手に己の手を重ねた。

 

「構える時は腕がブレない様に左手は自然な形で添えれば良い。」

 

銃を握った彼女の手の下に左手を椀の様に丸めてグリップの底に軽く押し付けた。

 

「弾が無くなった時は親指の上にあるこの部分を前進させればシリンダーが銃の左側に出て来る。薬莢を排出したら弾をまた入れ直すんだ。照準は手前にあるリアサイトと銃身の先端にあるフロントサイトが重なった所で撃つのを意識しろ。それと、撃つ前にこの撃鉄を起こせ。その方が撃鉄の遊びが無くなるし、発射直後のぶれが減って当て易い。」

 

空いた手で知っておくべき箇所を指差したり実際にやってみせたりして簡単に一通り説明した。冴子は頭の中でそれを反芻しながら構え方や操作を練習して行くと、意外と様になり始めた。

 

「あまり無闇矢鱈に撃つなよ?威力が低いとは言え音はかなり響くし、五発しか撃てない。撃つ時は———」

 

「一度断ってから。そして必ず当てろ、だろう?」

 

「よし。ベクター、こっちは準備オッケーだよ。」

 

「そうか。」

 

手入れを済ませたナイフをベストや臑、ベルトバックルにあるシースに収めるとベクターを先頭に竜次達はセーフハウスを出た。門の手前で止まると、ベクターは全員に待機を命じ、四十代前半とは思えない程に軽やかな動きで門を飛び越え、他の住宅を囲む塀の上を渡り始めた。

 

だがここである事に気付いた。自分が歩いて来た塀の反対側にある塀の方がショッピングモールから乗って来たシボレー・タホに近い。それを助走無しで車まで跳ぶとなると不可能だ。

 

塀を降りて歩くしか無い。ベクターは心の中で三つ数え、極限まで呼吸を抑えながらゆっくりと地上に足を降ろした。

 

————大丈夫だ、問題無い。

 

ベクターはまだ自分がハンクと共に様々な戦場を渡り歩いていた頃の事を思い出しながら心の中でそう繰り返した。とある常夏の島国の要人の暗殺を任された時だ。その要人は異常なまでに警戒心が強く、用意周到だった。買い取って住んでいる小島のあちらこちらにワイヤーやクレイモア地雷、対人地雷が仕掛けていたのだ。だがあろう事かハンクは身動ぎ一つせずに数ある地雷原の一つの中をゆっくりではあるが、突破したのだ。

 

当時の自分もその為本物の地雷原を歩かされて何度か死にかけた事があったが、今では鼻が鋭い猟犬の様にどこに地雷があるか、八割り五分の確立で大体の見当をつけられる。

 

————— 一歩ずつ、足音が出ない位に羽の様にソフトな足取りで進め。ゆっくり踵から足を地面につけるんだ。一定以上の圧力をかけなければ何の問題も無い。今のこれは、あの時みたく地雷原を歩いて突破するのと変わりない。時間はある。焦らず、ゆっくり、呼吸もペースも乱さずに行けば良い。時間はある。

 

物音一つ立てずにボクサーの様に軽やかで淀み無いフットワークで緩慢に動き回る感染者達の間を通り抜け、素早く運転席に滑り込んだ。ナイフをイグニッションに差し込んで回すとエンジンがかかった。

 

「今だ、フォーアイズ。」

 

アクセルを踏み込んで感染者達を蹴散らして行き、セーフハウスの開きかけた門の前で止まった。隙間からフォーアイズ、コータ、沙耶、冴子、そして竜次が二列に並んで出ると乗り込む。

 

『ハラショー、全員乗り込んだな。ベクター、私が言うまでバックし続けろ。』

 

ドアが閉まり切った瞬間、直ぐまたスペクターの指示が無線機から耳に飛び込んで来る。

 

「了解。」

 

全員が席に着いていないのも構わず、ベクターはギアを操作してバックに入れると力一杯アクセルを踏み込んだ。シートベルトを装着するのも待たずに後方へ急発進する。慣性の法則でベクター、フォーアイズ、竜次以外の三人はがくんと前につんのめり、その拍子に額や顔を盛大に窓や前方にあるシートの背もたれに強かにぶつけた。文句を無視してハンドルを巧みに操るベクターは感染者をはね飛ばして行く。

 

『後数メートルで減速。一旦止まってそっちから見て左の道に曲がれ。後は直進すれば暴動が起こっている橋が見える筈だ。今持っている無線も超短波の短距離用だから、後百メートルもしない内に使えなくなる。だが、フォーアイズに私独自の対EMP処置を施した高出力のマンパック型無線機を渡してあるからそれで連絡を取ってくれ。チャンネルは合わせてあるから、この通信が途絶したらそれを通して指示を出す。最短ルートを最短時間で誘導する。フォーアイズ、操作方法は分からなかったらヴァイパーに手伝って貰え。』

 

「分かった。」

 

ベクターとフォーアイズはそれぞれ運転席と助手席に、竜次と冴子はその後ろ、そしてコータと沙耶は最後部の席に腰を下ろした。

 

助手席に座っているフォーアイズはスペクターが言っていた無線機の電源のスイッチらしき物を操作したが、うんともすんとも言わない。しばらくしてからバツが悪そうにそれをリュックごと後ろに座った竜次に渡した。

 

「・・・・ごめん、手伝って・・・・・・」

 

フォーアイズは職業柄、顕微鏡や遠心分離機などの科学や化学の実験用具ならお手の物だが、パソコンを含めた機械類はそこまで詳しくない。そんな彼女に無線機を持たせたのはスペクターなりのジョークのつもりだったのだろうか?

 

そんな事を考えつつ、竜次は何も言わずにそのリュックを受け取り、慣れた手付きで電源を入れるとマンパック型無線機に繋がれたハンドマイクを口元に持って行った。

 

「テス、テス、ワン・ツー、ワン・ツー。受付(フロントデスク)、こちら運び屋(トランスポーター)。聞こえますか?どうぞ。」

 

運び屋(トランスポーター)、こちら受付(フロントデスク)だ。感度良好、良く聞こえている。その一本道を後二キロメートル程進めば、右側に河に続く小道が現れる筈だ。向こう岸の河川敷に登ったらまた指示を出す。』

 

「それは別に良いけど、この車って渡河出来たっけ?」

 

『形状からしてそれは第二世代のタホだ。フルサイズのSUVは車高もかなり余裕がある。一応その能力は備わっている筈だぞ。が、念の為に浅い所を渡って行く事を進める。渡河中に水がエンジンに入って止まったらそれこそ大惨事だ。」

 

「了解。ベクター、このまま後二キロメートル直進。右側の小道から下に降りて河を渡る。エンジンに水入るとヤバいから出来るだけ浅い所から渡って。」

 

ベクタは何も言わずにハンドルから離した手で拳を作り、親指を立てた。

 

例の小道に差し掛かると、ベクターは速度を落とし、時折アクセルから足を離してそのまま車を進ませて行く。踝までの深さに浸水する以外の被害は無く、無事にタホで河川敷まで乗り上げた。

 

付いた所でベクターは竜次にマイクを寄越す様に身振り手振りで伝えた。

 

「スペクター、渡り切ったぞ。今脱水中だ。目的地の東坂二丁目、だったか?そこの周辺の感染者の数は?」

 

『今から数えると面倒になるが、10の68乗でない事は確かだ。』

 

「常識的に考えて、無量大数な訳が無いだろう。地球の人口を遥かに超えているぞ。」

 

ベクターがフンと鼻を鳴らす。

 

『全く、相変わらず冗談が通じない奴だ。フォーアイズも君も、笑うのが嫌いなのかね?ベルトウェイの冗談が特にフォーアイズには馬鹿受けすると言うのに、どう言う訳だ?』

 

「・・・・今のはドバイでの借りに免じて、聞かなかった事にしておく。さっさと次の指示を寄越せ。」

 

『分かった、分かった。そうトガるな、ベクター。出来るだけ数が少ない方向へ誘導はするが、東坂二丁目に深く行けば行く程感染者の数が増して行く事は間違い無い。』

 

「それについては心配無い。出る前に、IEDとクレイモア地雷を幾つか貰った。いざとなったらそれで吹き飛ばす。後、リン鉱石と。お守りにって・・・・」

 

『ほう、ベルトウェイか。愛されているな、フォーアイズ。』

 

愛されていると言う言葉を聞いた数秒後、耳に掛かるショートボブの黒髪の中で見え隠れするフォーアイズの耳と首筋がさっと赤みを帯びた。

 

「・・・・うるさい。さっさと案内して。」

 

スペクターの指示に従いながら進んで行くと、殆ど感染者に遭遇する事なく着実に東坂二丁目との距離を縮めて行った。

 

『ベクター、曲がれる所で右に曲がれ。出来れば今直ぐにでも。』

 

その理由は明白だった。現在の進行方向約三百メートル離れた所から無数の人影が見えた。感染者だ。

 

多少乱暴にベクターはハンドルを右に切った。タホのタイヤは軋りながらも車体を右方に導く。だが曲がった所で再び別の感染者の群れが視界一杯に広がった。距離は先程と違って百メートルも無い。

 

「おい、スペクター、曲がった先にもいたぞ!どうなってる?!」

 

常に冷菜の様に冷静なベクターの声も僅かに苛立ちと困惑を帯びていた。

『群れの手前で左折しろ。すまない、見張りに人員を割いているから現在ここは私一人で回している。手は足りていても、目が足りないんだ!』

 

拘束で動いている最中に大きくハンドルを左に切った為か、タホの右側の車輪が一瞬持ち上がった気がして、竜次の心臓は大きく跳ねた。自然と口元の笑みも早鐘を撃つ心臓に合わせて大きくなって行く。

『そこからは一本道だ。押しのけろ。』

 

「全員、対衝撃(ショック)姿勢を取れ、揺れるぞ。」

 

警告だけすると、底を踏み抜く勢いでアクセルを押し込んだ。唸るエンジンと数え切れない程の感染者が車体にぶつかる断続的な鈍い音が車体を乱暴に揺らす。

 

不意に、竜次は腹の底に違和感を感じた。漠然と何かが起こると言う嫌な予感がする時に発生する例の『虫の知らせ』、『第六感』だ。はね飛ばされて行く感染者に気を配りながら開いたままのサンルーフから頭を突き出すと、陽光に反射して何かが煌めいた。途端に腹の底の違和感が強くなる。

 

注意深くそれを見ると、今自分達が走っている道を横切る様に何本ものワイヤーが張られていた。

 

「駄目だベクター!車体を今すぐ横に向けて!早く!」

 

ウルフパックの中で誰よりもずば抜けて勘が良い竜次の言葉を疑わない事は、もはや隊では暗黙の了解となっていた。ベクターはハンドルを限界まで左に切り、ブレーキペダルを踏んだ。だが今まで轢殺して来た感染者の血で滑っているのか、タイヤの軋る音が止まらない。

 

小さく舌打ちした後、ベクターはブレーキを離してアクセルを軽く踏んだ。音は止まったが勢いはまだ死んでいない。すかさずブレーキを踏み、サイドブレーキのレバーを引いた。ガクンと車のボディーが後輪から持ち上がり、乱暴に全員が体が前方に投げ出される。シートベルトをしていた為大事にはならなかったが、バウンドして後輪が地面に付いた瞬間エアバッグが作動し、ベクターとフォーアイズは席に張り付いたまま動けなくなった。

 

ベクターの言う対衝撃姿勢———飛行機などで良くある、座ったまま前方の背もたれに体重を預け、そこに置いた両手の上に額を乗せる姿勢———をいち早く取っていた竜次がいち早く行動を起こした。

 

シートベルトを外し、前方の席に座っていた二人のエアバッグをナイフで貫いて空気を抜くと、二人をその場に固定しているシートベルトもまたナイフで切り始めた。ノコギリの様に小刻みに前後に動かしているうちに切断すると、固定されなくなったベルトはするすると巻き取られて行く。冴子は若干ぼうっとしている沙耶とコータを気付け代わりに揺すった。

 

「竜次、サンルーフから脱出する。先に出て援護しろ。」

 

「オッケー。」

 

ウルフパックが持ち帰った武器、弾薬の中から竜次が選んで装備しているのは、イスラエル製のブルパップ式アサルトライフル、IMI タボールAR21だ。

 

通常アサルトライフルはグリップと引き金の前方に弾倉と機関部があるが、ブルパップ式ではそれを敢えて逆転させる事で軽量化及び小型化により機動性の確保にも成功している。屋内での銃撃戦は勿論、大量の敵を迅速且つ性格に葬らなければならない、今の様な状況下では使い勝手が良い銃だ。

 

スリングで肩にかけていたそれの作動桿を引き、マガジンに第一弾を送り込むとサンルーフから下車し、淀み無い動きで感染者一体につき一発だけで沈めて行く。マガジン一本分の銃弾は既に撃ち尽くされ、小さくアスファルトの上で排出された薬莢が小気味の良い音を立てながら跳ねた。

 

その間にベクターとフォーアイズはそれぞれコータと沙耶を強引に引き摺り出して半ば放り投げる様な形でワイヤーの向こう側へ渡した。

 

「私も援護に————」

 

「ワイヤーの向こう側で二人の面倒を見てろ。」

 

二人の後に続いて脱出し、援護しようと竜次の元へ向かおうとしたが、ベクターはそれを良しとしなかった。

 

「射線上に入ったら邪魔にしかならん。戦場(ここ)のプロは我々だ。従わなければ死あるのみだと言うのを忘れるな。」

 

ハンドサインで撤収を指示すると、竜次は数歩の助走を付けて跳躍した。しかしその跳躍は誰にでも出来る様な高さではなかった。十歩にも及ばない助走で車高が二メートル近くはあるタホのルーフに着地出来る程の跳躍はオリンピック選手であろうとありえない。だが竜次はまるでそれが何でも無いかの様に悠々とルーフからワイヤーの向こう側に飛び降りた。

 

『ベクター、衛星カメラからマズルフラッシュが見えたのだが、全員無事か?』

 

「一応はな。()()も無傷だが、唯一の移動手段を失ってしまった。」

 

フォーアイズが背負ったまま脱出した無線機に繋がれたマイクからスペクターの声がハッキリと聞こえた。幸い無傷らしく、交信も滞りなく行える。

 

『まあ、やはりセーフハウスまで乗って更に給油せずにここまで来たのがマズかったか。頑丈とは言えSUVはお世辞にも燃費が良いとは到底言えない車種だしな。人数も荷物も多かったからそれは致し方無いが。』

 

「マズルフラッシュの事だが、竜次が援護の為に撃った。銃声を聞きつけてここに寄って来る感染者の数が増えるだろう。可及的速やかに、徒歩で行ける最短ルートを割り出して誘導してくれ。」

 

『了解。二分だけ時間が欲しい。その間にワイヤーに群がっているうるさいのを少しでも多く黙らせる事をお勧めするよ。銃声もそうだが、彼らが出す音もまた感染者を呼び寄せる要因に少なからずなっているからね。』

 

「冴子、手を貸せ。」

 

「心得た。」

 

それを聞くやいなや竜次はタボールを背負い直し、ナイフを二本引き抜き、ワイヤーに群がる感染者の方へ向かって行った。冴子も彼に呼ばれて嬉しそうに三歩後ろを付いて行く。二人はそれぞれナイフと鉈でワイヤーの隙間から眼孔や顎の下を狙って感染者の頭を刺し貫き、叩き割り、破壊して行った。

 

「ヴァイパーが・・・・竜次が怖いか?」

 

嬉々として感染者達の脳に刃を突き立てて行く竜次と冴子の姿を呆然と見つめる沙耶に、フォーアイズはそう尋ねた。

 

「平気よ。もう慣れたわ。」

 

面と向かってそう言い切り、強がっては見た物の、沙耶は震えているのを悟られぬ様、手の甲が白くなる程きつく拳を握り締めていた。

 

「言っておくが、あれでもまだマシな方だぞ。ああやって笑っている間はこちらも安心出来るが、本当に恐ろしいのは血管が切れる位の怒りを覚えた時だ。目が合った瞬間命を刈り取られると思った。」

 

フォーアイズがそれを始めて見て心臓が止まる程の恐怖を覚えたのは、四、五年程前に遡る。

 

その時は東南アジアの某国にいるマフィアを掃討し、資金や物資を確保しようと計画を練っていた。だが一度目の作戦は失敗し、挙げ句の果てにルポが重軽傷を負って退却を余儀なくされた。彼女の負傷を見た竜次は、皆が計画を練り直しているのを見計らって逗留先のホテルを抜け出した。そして単身マフィアの拠点に乗り込み、構成員と幹部を皆殺しにした。

 

翌日早朝、ウルフパックが立て直した計画を実行に移そうと拠点に向かった頃には、玄関先で大量の返り血で汚れた竜次を発見した。手にはそれぞれ凶器のナイフと鉈が熟睡しているにも拘らずしっかりと握られていた。ナイフは刃を四分の一程残したまま折れており、鉈は血で錆び付き、著しく刃毀れしていた。

 

その隣では切り刻まれたマフィアのボスが永眠している。そして致命傷以外はルポが付けられた傷と酷似した物が確認された。拠点とされていた建物の中に散乱する構成員達の死体も例外無くルポの外傷と似通った傷を受けていた。

 

ルポが竜次を息子同然に想っている様に竜次もまたルポを実の母親と同一視しているのだ。

それを傷つけると言う事は彼の逆鱗に触れる事。

 

それを実行した者は万死に値する。

 

そして彼の静かなる激情に飲まれ屠られるのだ。

 

「だから、彼の機嫌を損ねる様な真似は慎む事を勧める。暴走した彼を傷一つ負わずに止められるのはルポしかいないから。」

 

「分かってるわよ。家まで送り届けてもらってるんだからそれ位弁えるわ。デブチン、アンタも分かったわね?」

 

コータは何も言わずに何度か小刻みに頷いた。笑いながらナイフで自分達に襲いかかって来た暴漢を返り討ちにしたのを目の当たりにしただけで言葉が喉につっかえ、震えが止まらなくなった。自分の様な元一般人が激情した竜次と向き合おうものなら腰を抜かして失禁しているだろう。

 

『ルートを見つけた。車の進入を阻む為のコンクリートブロックが車道に並べられている。そこから三つ目の交差点を左に曲がって前進し続ければ見え・・・・・ん?』

 

スペクターは突然言葉を切り、沈黙した。

 

『君達の方に車が何台か向かっている。到着予定時間は今から6分32秒。ナンバープレートと一瞬見えた顔の人相を警視庁、警察庁のデータベースと照合中。』

 

そして舌の根の乾かぬうちに照合結果を告げる。

 

『暴力団の中でも武闘派で、海外進出も果たした「鷹宮組」の幹部と顔が一致した。ソイツらは残党だろう。サーモグラフィーに切り替えて確認した所、向こうの数は君達の約二倍だ。』


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