学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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アルバイトがキツい・・・・・
シフトの回数減らそうかな・・・?


Necessities For Survival

ウルフパックが再び全員揃った所でまだ寝ていた三人を起こして一階のリビングダイニングに集まった。全員がそれぞれ自室に戻ってシャワーを浴びている間に飲み物を出し、食業務用冷蔵庫にある食材を使ってカレーを作って並べて行く。手間もかからず食物繊維、タンパク質、ビタミンが豊富に取れる暖かい食事と言えばカレーだ。それに大抵の食材はカレーと一緒に煮込めば美味くなる。

 

香辛料を少しずつ足しながら大鍋でグツグツとルーを煮込んでいると、スパイスの芳醇な香りに吊られてコータが階段を下りて来た。ベテランの主婦でも脱帽するその手際の良さに呆気にとられていた。

 

「御影って・・・・・ホント何でも出来るんだな。」

 

「俺の育ての親六人は二人一組で二ヶ月ずつのローテーションで俺と暮らしてるんだ。いない時は一人暮らしだから家事は嫌でも覚える。こと料理に関しては味にうるさいのが二人居るからな。何も無い山の中でも美味い飯が作れる様になった。」

 

「屋上からも見ていたけど・・・・・あの統率レベル、凄いね。道理で御影がそんなに強い訳だ。」

 

当たり前だ。あの人達を誰だと思っている。戦争に於ける各分野のスペシャリストの中でも一摘みしかいない精鋭なんだぞ。グリーンベレーやスペツナズ、SASさえ足元にも及ばない。

 

そう言いたいのを我慢はしたが、それを聞いて誇らしく思った竜次はフッと小さく笑みを零さずにはいられなかった。

 

「高城と静香先生を起こして来い。飯を食い終わったらこれからの計画の事を話す。冴子の方は俺が行くから。」

 

 

出来上がったカレーと円卓上の回転テーブルに乗せて行った。その時に丁度ウルフパックが入浴を終えたらしく、降りて来た。全員スウェットやカーゴパンツにタンクトップと言う動き易い物で、屋内で取り回し易い拳銃やナイフ等の装備も竜次と同じく身に付けたままだ。

 

『良い香りだ、益々腹が減って来た。』

 

ベルトウェイが空腹をアピールする為頻りに腹を摩る。竜次はすぐ英語に切り替えて応対する。

 

『先に食べてて。水とお茶も出してある。他の飲み物は各自冷蔵庫から勝手に取ってね。後三人来るから。』

 

『所でリュウジ、彼は?』

 

早速熱々の白米を盛りつけて食べようとしているベルトウェイを尻目に元々つり目がちなルポがコータの方へ顔を向け、僅かだがその目に剣呑な光が宿る。それもその筈、屋上から援護射撃をしていた為にまだ竜次のMP7A1と予備のマガジンをポケットに詰めているのだ。

 

コータはそれを見て表情が固まり、咄嗟に視線を下げた。海外で射撃訓練は受けた事はあるし、その時に現役の軍人にも何度か会った事がある。訓練中の表情は正に鬼気迫るものだった。だが彼女(ルポ)と彼女と一緒に座っている男女五人はそれとは比べようも無い程の温度差を持つ空気をまるで衣服の様に身に纏っていた。竜次と同じかそれ以上の凄みがある。

 

視線を下げて初めて気付いたが、いつの間にか自分の胸にゆらゆら動く赤い点が見えた。拳銃のレーザーポインターだ。持ち主はスペクターだった。骸骨の様な見た目が浮かべている薄笑いを余計不気味にして恐怖心が煽られる。そのすぐ隣ではナイフを指の間でペン回しでもするかの様に操るベクターも同じく切り裂く様な鋭い視線をコータに向けていた。どちらも少しでも妙な素振りをすれば迷わず胸と脳天目掛けてそれぞれ銃弾と刃を冥土の土産に持たせるつもりだろう。

 

『スペクターと話してた、成り行きで一緒に来る事になったメンバー四人の内の一人。心配しなくても馬鹿な真似はしないよ。』

 

しても後悔するのは彼だから、と誰にも聞こえない様に小さく付け足す。

 

「ほらコータ、早く上に行け。どうせそこのリビングで寝てるんだろうし。あ、銃は置いとけよ?」

 

再び日本語に切り替えた竜次に催促されたコータは肩にかけていたMP7A1のスリングを外してマガジンもそこに置くと、急いで二階へ上がった。竜次も自室でまだ寝ている冴子を起こしてリビングへ連れて行った。

 

「彼女がスペクターと話していた娘か。」

 

大の大人でも畏縮するルポの視線を真っ向から受け止め、冴子も見つめ返す。訛りが抜けていないとは言え十分に理解出来る彼女の流暢な日本語に冴子は内心驚いていた。

 

「そう、彼女が毒島冴子。ちなみに彼女は俺達と一緒に行動するつもりでいる。」

 

「そこまで言うからには、腕は立つんだろうな?」

 

ルポは品定めするかの様に何度か視線を冴子の顔から足元を往復させた。

 

「銃を扱った経験が皆無なのは、まあ仕方無いとして、近接ではベクターかお前位の腕前でなければ信頼は出来んぞ。」

 

「それはこっちも同じだよ。でも足手纏いにはならない。武門の出身で体力は人並み以上だし、ベクターのコンパウンドボウや鉈か、最悪鉄パイプみたいに丈夫な長物があればそこそこ戦える。」

 

「勿論皆様にご迷惑をおかけするつもりは毛頭ございません。彼の隣で戦う事が出来ればそれで良いのです。自分の始末も自分で付けます。そして武門の出身とは言え、私は皆様に比べればただの小娘。状況によって捨て石にされても文句は言いません。」

 

ルポは暫く彼女を見つめていたが、視線をベクターに移し、それだけで会話をした。新参者である彼女を連れて行くと言う事は色んな意味でリスクやその可能性が伴う。

 

ルポは部隊の格闘戦のスペシャリストであるベクターに問いかける視線を向けた。冷えた緑茶を飲んでいたベクターは何も言わずに小さく頷いた。

 

「ならば構わん。」

 

「先、生・・・・・ですよね?」

 

コータや沙耶と階段から降りて来た静香が並んで座っているバーサとフォーアイズの方を見てそう呟いた。

 

「あら久し振りね。昔から綺麗とは思っていたけど、随分と色っぽい女に育ったじゃない、シズカ。で、どう?彼氏は出来たの?」

 

「この様な状況で聞く事ではないだろう。しかし、天然なお前が一日だけでも良く生き残れた物だ。私もその事実に正直、驚いている。」

 

眠って疲れが取れたお陰か、バーサとフォーアイズを見たからか、普段のポヤヤンとした彼女からは想像もつかない様な勢いと軽やかさで残った階段を駆け下り、静香は二人に抱きついた。

 

「せぇぇ〜〜〜〜んせぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

半泣きになりながら抱きつかれたフォーアイズはお気に入りのスウェットが涙と鼻水で汚されて行く事に対して露骨に不快な表情を浮かべた。それに対しバーサはまるで悩み事の相談に来て話して行くうちにべそをかき始めた頃の竜次を思い出したらしく、よしよしと彼女の頭を撫でてやる。

 

コータと沙耶はと言うとこの形容し難い微妙な空気の中で何も言えず、その場で黙っているしか無かった。

 

「さて、全員揃った事だし、食事にしよう。」

 

粛々とした空気の中で食事が進んだ。コータと沙耶は居心地が悪かったのか二度程トイレに行った。

 

食後の飲み物が皆に行き渡った所でルポが口を開いた。勿論、その場にいる全員に伝わる様に日本語で話している。

 

「これからの事だが、確認を取らせてくれ。リュウジとここまで付いて来た四人の内二人は我々とここに残り、その少年は高城沙耶と共に彼女の実家に行きたいと言う訳だな。」

 

「ルポ、少し良いか?」

 

スペクターが煙草を吹かしながら手を挙げた。

 

「私は素直に引き渡すのはどうかと思う。高城沙耶は右翼団体『憂国一心会』会長夫妻の一人娘だ。妻の方は分からんが、旦那は筋金入りの外人嫌いだぞ。このセーフハウスの所在が割れてしまった以上、帰すのは危険だと思う。彼女の言葉次第で、ここを襲撃される可能性だってある。」

 

その言葉に沙耶は椅子をひっくり返す程の勢いで立ち上がり、スペクターを睨み付けた。

 

「しないわよ、そんな事!私がそんな礼儀知らずな女に見える!?」

 

スペクターは鼻で笑い、肩を竦めた。たかが高校生が居丈高になった所で脅しにすらならない。

 

「口では何とでも言えるだろう。それに私は用心深い性格の持ち主なのだよ。可能性を考慮しているまでだ。ここを出たければ、君に対する私の心証の改善をするべきだと思うがね。まあ、どちらであろうと私には関係無い。ただ只管、生き残るのに必要な事をするだけだ。」

 

「スペクター。あんまりいじめないでやってよ。」

 

「すまない。からかう相手が仲間内だけじゃ面白くなくてな。」

 

竜次の窘めにスペクターはカラカラと笑い、再び煙草を口元へ持って行った。

 

「襲撃はまあ向こうも色々と無駄になるからする可能性はほぼゼロだとして・・・・・・引き渡す時に面倒事は避けられないぞ。最悪の場合、死ぬかもしれん。」

 

そう言いながら煙草を灰皿に押し付けて火を揉み消した。

 

「顔はガスマスクで隠し通せたとしても、ベクターやフォーアイズ、ヴァイパー以外は日本語に訛りがあるから、喋れば一発でバレる。」

 

「だよね。ウルフパック(こっち)で行っても間違い無く大丈夫なのは高城夫妻と面識がある俺を含めて三人。搬送する対象は少人数でも一人につき少なくとも二人位は付けたいな。」

 

「なら、私にも手伝わせて貰えないだろうか?」

 

志願する冴子に全員の視線が注がれた。

 

「私も同行すれば、一人につき丁度二人になって帳尻が合う。昔、父が高城と言う姓を持った人間と話していたのを覚えている。同一人物かどうかは賭けになってしまうが。信頼を得る機会を頂ければ、と。」

 

ウルフパックは互いに顔を見合わせ、再び視線を交わすだけの会話を始めた。しばらくしてからルポが頷く。

 

「分かった、良いだろう。車は外にあるタホを使う。出発は明朝0730だ。それまでに準備を進めてここに集合しろ。我々六人は少し上でやる事がある。バーサ、フォーアイズ、用意を。」

 

ルポは自身の左腕を人差し指で軽く叩き、全員二階へ上がり始めた。バーサとフォーアイズは静香とも話したいのか、彼女も一緒に連れて行った。

 

ウルフパックと静香がその場からいなくなった直後に、コータは長嘆息した。

 

「あんな緊張した空気の中でご飯食べたの、僕生まれての初めてだよ。少ししか味が分からなかった。」

 

「そうか?私は中々に美味なカレーだと思ったが?」

 

「ここに残る腹積もりのアンタはそうでしょうけど、出て行く私達二人はそうはいかないの。まったく・・・・で、あのハンドサインはどう言う意味?」

 

沙耶は戦えはしないが、妙に勘が鋭いのが面倒だとつくづく思う。

 

「何の事だ?」

 

「アンタ、この期に及んでとぼけるつもり?」

 

「お前、この期に及んで五体満足で親に会うチャンスを潰すつもりか?」

 

その質問で沙耶は黙らされた。

 

そう。彼女とコータは偶然とは言え、ウルフパックの庇護の下にある。身の安全も食料も寝床も、全て彼らに提供される形で手に入れた。逆に言えば、今二人の生殺与奪はウルフパックに握られている。群狼(彼ら)はまともに戦えない余所者(自分達)を対等として扱っていない。ましてや受け入れるなどあり得ない。

 

高圧的な態度を取ったりすれば排斥されるか排除される。今は実家に辿り着くまで、従うしか道は無い。

 

「機敏なのは結構だが、あまり余計な詮索はするな。冴子、お前も一応行っておけ。」

 

冴子は無言で小さく頷き、階段を登って行った。

 

「さて・・・・どう交渉(ネゴ)をしたものかな?」

 

「交渉って、どう言う事だよ?」

 

「当たり前だろう?わざわざ出張ってお前らを引き渡しに行くリスクは高城夫妻と面識がある俺がいる事を考慮してもまだかなり高い。それに見合う報酬がなきゃ割に合わないんだよ。まあ手始めに、帰る分のガソリンと彼らが持っている情報、後はまあ銃弾とかかな?自衛隊や在日米軍基地から流れて来たブツとか扱ってそうだし。そこら辺は無理そうなら欲張らずに引き下がるけどね。」

 

まるでこれから物々交換でもしに行くかの様な平然としたトーンにコータと沙耶は怒りを覚えずにはいられなかったが、二人が何をしようと敵う筈も無いので、大人しくソファーに座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

二階に上がったウルフパック、静香、そして冴子は注射を受けていた。勿論中身はT-ウィルスのワクチンだ。感染爆発の原因が分からない以上あまり意味は無いかもしれないがそれでも無いよりは遥かにマシだ。

 

その間に静香はバーサの大まかな身の上話を聞かされていた。

 

「ほぇ〜、シュナイダー先生と八岐先生って元軍人さんだったんですね〜。何かカッコいい〜。」

 

「私の本職は科学者で直接戦闘に参加する機会自体は無かったがな。ワクチン摂取も終わった所で、このアウトブレイクを引き起こしたウィルスの事をもっと詳しく調べる為にも、今分かっている事を整理しておく。」

 

プロジェクターが白い壁紙に繋がれたパソコンの映像を投影した。そこには今の所分かっている事が箇条書きになっている。

 

・人工ウィルス(劣化T-ウィルス?)

・感染対象:人間のみ

・T-ウィルス感染者より遅い動き

・腕力上昇

・聴力のみに頼る

・頭部破壊、もしくは極度の部位欠損により活動停止

・T-ウィルスより上の感染速度(個人差あり)

・感染経路:咬み傷(唾液、または血液?)他は不明

・進化、突然変異の可能性:不明

 

「静香、死にたくなければこの内容を頭に叩き込んでおけ。」

 

まるで講義中の様なフォーアイズの口振りにバーサはくすりと笑った。

 

「は〜い。でも、分かっている事より分からない事の方が多いですね・・・・感染経路はウィルスの種類によって違うし。空気感染はしないんですか?」

 

「その可能性は低そうだ。ガスマスクを付ける前に既に周りが感染者だらけだったし、もし空気感染しているならもう我々は死んでいる。今は精神的に威圧する為に付けているに過ぎない。唾液か血液かはたまたその両方にウィルスがあると私は考えている。」

 

コータや沙耶がトイレに行った時、フォーアイズは密かに彼らが口をつけたグラスや食べ物の中に感染者の唾液や血液、そしてそれを混ぜた物を混入したのだ。だがかなり時間が経過しても二人には初期症状すら現れなかった。つまり粘膜からの吸収で感染すると言う可能性も潰す事が出来たのだ。

 

「じゃあ健康な人間が感染するには、やっぱり噛まれるしかないんですね。」

 

「それが現時点で一番有力な説だ。私は後二十分程でベクターと出なければならない。静香、まだ質問があるなら今の内に聞いておけ。」

 

「じゃあ、ん〜と・・・このT-ウィルスって何なんですか?」

 

「・・・・私が話せば長くなるから、簡約版の説明はバーサから聞いてくれ。私は準備がある。」

 

一瞬迷ったが、やはり研究者故に長々とした説明になってしまうのを理解しているからか、フォーアイズはバーサに説明を丸投げして逃げる様に自室へ戻って行った。ベクターも自室から取りに行く物があるのか、席を立った。

 

「ちょっと!もう・・・・良いわ。シズカ、付いて来なさい。続きは私の部屋で話すから。一回しか言わないから、ちゃんとノート取りなさいよ?」

 

「は〜い!」

 

まるで学生時代に戻ったかの様に静香は上機嫌で鼻歌を歌いながらバーサに続いた。

 




次話辺りから高城邸へ向かって行きます。

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