学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Trustworthiness & Reliability

夕暮れ時になってから目的地が見えて来た事に竜次は喜びを隠せなかった。

 

「おい、起きろ。着いたぞ、ここだ。セーフハウス。」

 

腹が膨れると皆眠ってしまったらしく、到着するまで起きていたのは竜次だけだった。隣で寝ている静香の頬を抓り、他の三人の膝を何度か力強く叩いた。

 

「え?あれ?ちょ、ちょっと待って。こ、ここ私の家の隣・・・・?え?」

 

静香は寝ぼけ眼をしきりに擦っており、視界のぼやけが徐々に修正されて行く。そして見覚えのある家を通り過ぎた事実に静香は目を白黒させるしかなかった。それもその筈、竜次が車を停めた三階建ての建物の隣には同居人の南リカと一緒に住んでいるメゾネットがあるのだ。

 

確かに随分前に運送業者のトラックらしき物が一週間に一、二度荷物を降ろしているのを見た覚えはあるが、どこぞの大金持ちの外国人が別荘として買ったのだろうと思って大して気に止めていなかった。だが、まさかそこがこの少年ランボーの隠れ家だとは俄には信じられなかった。

 

「そう。ここがセーフハウス。先生のメゾネットの隣にあるここ。」

 

全員に車から降りる様に指示して二メートルはある正門の前に立つと、その右端に設置されているキーパッドに暗証番号を入力し、首から下げている識別票をキーの隣にある黒いセンサーに押し付けてようやくロックが外れた。

 

「ああ、入る前に守ってもらわなきゃならないルールが幾つかある。一つ、俺の部屋、台所、リビング、洗面所、トイレ、風呂場、そして屋上以外の部屋には一切立ち入らない事。二つ、もし誰かがこの建物の玄関で助けを求めに来てもまず俺に言う事。中に入れるかどうかは家主である俺が判断する。そして三つ、この建物の安全を脅かす一切の行動を慎む事。この条件を全て呑めると言う奴だけ入れ。」

 

冴子は率先して門の中へと足を踏み入れようとしたが、竜次の次の言葉で足が止まった。

 

「ちなみに呑めると言ってこのいずれかを破った場合、相応の罰を与えさせてもらう。」

 

「な、何でだよ!?」

 

あまりの理不尽な発言にコータは憤慨した。

 

「現時点でここに辿り着いたこのセーフハウスの持ち主は俺以外にいない。よってこの家の中でどう過ごすかは俺が決める。合流するまでここの安全を確保する責任がある。赤の他人を中に入れた所為でここが陥落したとあっちゃ、家族を裏切る事になる。そうなるぐらいなら、俺は迷わずお前ら皆殺しにするぞ。」

 

開いた門の前で仁王立ちした竜次の目は有無を言わさぬ物だった。バイクから自分達に向かって発砲して来た輩を血祭りに上げた時と同じ目をしている。その目が有言実行を物語っている何よりの証拠だ。

 

「それと、俺がお前らと今こうしてここにいるのはあくまで成り行きでしかない事を忘れないでもらいたい。本当ならニトログリセリンとガスの爆破で火災報知器を鳴らしてから校舎とその中にいる奴ら全員を(デコイ)にして車で逃げるつもりだったんだ。勿論、誰にも姿を見られずに。」

 

「あれ、あんただったの!?」

 

「ああ。程よく感染者が化学室にすし詰めで入って来たからな。弾が勿体無いんで吹っ飛ばしてからロープで職員室まで懸垂下降した。」

 

だがそこで誤算が生じた。思いの外機転が利いたこの四人が職員室に入って来たと言う事だ。あの時程ベクターの光学迷彩スーツがあれば、と思った事は無い。

 

「・・・・僕達が信用出来ないって言うのか・・・・・?!」

 

「You can never be too careful. 用心に越した事は無い、って奴さ。後コータ、信用はしている。お前は銃器や軍隊の事に関しちゃ知識だけなら俺より上だろう。接近戦なら冴子はそこそこ行ける。沙耶は秀才だし、静香先生も一応は医者だ。認めるべくは認めるさ。誤解の無い様に言っておくが、ある程度『信用』はしていても『信頼』は全くしていない。」

 

そもそも信用と信頼と言う言葉は大きな違いがある。

 

信用は物理的な過去の実績とその出来映えに対する評価に使われる言葉だ。

 

対して信頼はその評価を判断材料にまだ見ぬ未来の行動への期待に対して使われる言葉だ

 

「絶対的な信用と信頼を置くのは俺を育ててくれた家族と俺自身だけだ。」

 

当然だが、この場にいる全員はウルフパックに比べれば格段に劣る。勿論上を見続けても下を見続けてもキリが無いが。

 

まずコータは知識は豊富だし、銃の扱いは悪くはない。基本的にまだ焦りで討ち漏らした等と言う事は無い。だが射撃の腕は1.5kmから僅かな隙間を縫って確実にヘッドショットを幾度も決めた経験があるヴラディミールや全力疾走しながらフルオートで発射する弾を全て命中させられるカリーナより下だ。銃を構えたりそのスタンスを維持するだけの筋力はある様だが、あの体付きでは体力は簡単に尽きる。そして格闘能力は皆無。つまり銃が無ければ彼は無力だ。

 

冴子は武道の達人で剣を使えば勿論、丸腰でも拳法か何かで戦えるだろう。鍛錬で養った分の体力も充分ついているし、力を振るうのに躊躇いが無い。何よりこう言った荒事を好む気性の持ち主故、余程の事が無ければ動揺する事も無いだろう。だが彼女にも欠点は幾つかあった。一つは体重が軽過ぎる事だ。同じ技でも使い手が違えば威力も当然異なる。斬撃の強さは筋力、刺突の強さは体重の違いが物を言うが、冴子はどちらも自分に劣っている。一度彼女の斬撃を受け太刀した事があるが、ベクターやバーサとは比べるまでも無く軽かった。違いを例えるなら全力で振り下ろされる手刀と全力で振り下ろされるバットぐらいに明確な差がある。二つは銃を扱った事が無いと言う事。つまりいざ援護射撃が必要になる様な状況では全く当てに出来ないと言う事になる。コータとは善くも悪くも逆なのだ。

 

他の二人が戦力外なのは言うまでもない。戦闘経験は皆無である上、竜次からすればまだ脆弱なストレス耐性。医学の心得がある静香は兎も角、沙耶は全くと言って良い程使える様な人材ではない。信用は出来ても信頼など論外だ。

 

「それならそれで私は構わない。ならば信頼されるまで君の隣で戦い続ければ良いだけの話だ。」

 

竜次の言葉を聞いた後でも、冴子は全く問題は無いと告げつつ奥へと足を踏み入れた。

 

「さあ、どうする?三十秒以内に決めろ。俺の家族が戻るまでこの門は閉じておく。」

 

腕時計の秒針が進んだ分を数え上げて行き、一人、また一人と門の中へ入った。玄関の扉も掌紋認証と認識票、そして鍵で開く。

 

建物の内装は壁紙は白くフローリングは樫製と、つまらない位にシンプルな物だった。家具もどこにでもありそうな物ばかりだ。リビングに持ち物を全て置くと、皆はソファーやカーペットの上に身を投げ出して大きく息をついた。制約付きとは言えやっと腰を落ち着けられる場所に辿り着いたのだ。

 

「風呂は二階へ上がって右にある二つ目のだ。入る前に言った事、忘れるなよ?」

 

竜次がリビングにある別のドアを開いて姿を消すと静寂が訪れた。

 

「鞠川校医、高城、彼の厚意に甘えるとしよう。風呂に浸かってゆっくりすれば緊張も解れるだろう。」

 

呼ばれた二人は何も言わず、のろのろと階段を上った。

 

「平野君、君はどうする?」

 

「・・・・・屋上から、川の向こう側に渡れそうなルートがあるかどうか見て来ます。まだ明るい内に。」

 

暗い表情のコータにはそれ以上何も言わず、冴子は静香と沙耶を連れて二階へと上がって行った。

 

三人がいなくなった所でコータの目からぶわりと涙が止めど無く溢れ出した。

 

どうすれば良いんだ?竜次について行けば今まで学んで来た、少なくとも日本では将来何の役にも立たない知識を存分に活用出来る。自分のアイデンティティーが、居場所が確立する。だが払う代償———己の人間性———を考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。彼の目は冷血な蛇の物だ。あの一線を越えてしまえば、自分はどうなってしまうのか?

 

その未踏の、未知の領域が無性に恐ろしかった。想像するだけで嗚咽と同時に吐き気が込み上がって来る。

 

怖い。溜まらなく怖い。もう一度あの目を向けられてしまったら、恐怖で狂ってしまうかもしれない。そして彼は仲間が、家族がいると言っていた。彼らも、竜次と同じなのだろうか?

 

コータは震えを止める為にしっかりと膝を抱え込み、恐怖と混乱に塗れながら静かに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

一階にある自室に入ってから直ぐに竜次は冷蔵庫を開け、その中に入っているアンプルの液体を使い捨ての注射器で吸い上げ、首筋に突き刺した。ミカエラとクリスティーンが長い年月をかけて独自に作り上げたT-ウィルスのワクチンである。新型ウィルスにどれだけ降下があるか分からないが、出来る事は全てやらなければ竜次の気が収まらなかった。注射器をゴミ箱に投げ捨て、衛星電話を引っ掴む。電話は直ぐに繋がった。

 

『連絡して来ると言う事は到着したんだな、ヴァイパー?』

 

「そうだよ、スペクター。そっちは?空港に着いた?」

 

『もうヘリの中だ、飛んでるよ。海を越えたらセーフハウスに近い所で着陸出来る所を探す、そこからは徒歩だ。正確な時間は分からんが、次の日には到着するだろう。」

 

「それなら良かった。いい加減子守りはごめんだ。空港の様子は?」

 

「対テロ用のセキュリティーとしてSATが配備されていた。BSAAも既に到着していたよ。内部は既に安全が確保されているらしいが、滑走路を含める外部には衛星から見るだけでざっと数百体はいた。愛弟子の話では全域の安全を確保するにはまだかかるらしい。』

 

「武器持ってるのにどうやってそっからヘリに乗ったのさ?」

 

『感染者の群れを突破してヘリに乗った。運良く愛弟子が管制塔にいたから我々を行かせる様にネゴが出来て今に至ると言う訳だ。今頃BSAAは私の偽の経歴に踊らされているだろう。』

 

ここまで都合良く事を運ばせられる手腕は流石としか言い様が無い。だが今までの経験からBSAAはそれ程馬鹿ではない事は知っている。まさかと思い、尋ねた。

 

「・・・・スペクターBSAA所属の女、何人抱いた?マジで。」

 

「四人だ。その内一人は未亡人、もう一人は人妻だ。」

 

予想通り過ぎるその答えに竜次は苦笑を漏らした。今でこそチーム内でメンバーの半数以上は互いと関係を持っているが、以前はウルフパックには三人の好色家がいた。まずヘクター、次に思春期に入ってからの竜次、そしてヴラディミールである。女の口説き方や落とした時にどう一夜を過ごすか、どう満足させるかなどのテクニックを竜次は全て彼から教わっている。そして今まで一度として為損じた事は無い。

 

「やっぱりな。」

 

『そう言うな。お前だって十五の若さで誕生日にレストランのウェイトレスを口説いて童貞をフルスイングで投げ捨てただろう。』

 

「そうでした。あ、でも一人じゃなくて二人だから。」

 

『何?』

 

「だから、一人じゃなくて二人。サンクトペテルブルグ出身のクールビューティーとバルセロナの熱い女子大生纏めて相手したんだよ。また会いたくなって来たな。」

 

ちなみにこれは嘘ではない。最初は一人だけとくんずほぐれつしていたのだが後からもう一人が加わったのだ。今度はスピーカーの向こうから苦笑が漏れた。

 

『全く・・・・ルポが聞いたら泣くぞ?』

 

「早く来てよ。」

 

『ああ。後少しの辛抱だ。』

 

電話を布団の上に置いて一つずつ装備を外したが、防弾ベストと太腿のP14、そしてナイフは身に付けたままにしておいた。冷蔵庫に入っているウォッカとショットグラスを取り出し、一気に二杯呷った。消毒用アルコールの独特な匂いが鼻腔を刺激し、熱い何かの塊が食道を通って胃に落ちて行く。これ程までに計画を大幅に歪められた苛立ちで飲まずにはいられなかったのだ。

 

兎に角、今は次の事を考えなければならない。このセーフハウスに必要無い、そして留まりたくない人物に立ち去ってもらう必要がある。その一人は言わずもがな沙耶である。既に経歴は接触した時点でヴラディミールが調べていた。

 

彼女の両親は右翼思想団体『憂国一心会』の総帥とその妻なのだ。それもただスピーカーを積んだ車で見境無く公道で喚き散らす傍迷惑な集団ではない。暴力団紛いの組織よりあらゆる面で勝っている。言うなれば情報局と軍隊を縮小して一つに混ぜ合わせた様な組織だ。つまり、沙耶をその様な場所に送り届けるとなるとその為の人員が自ずと限られて来る。自分を含めても恐らく最小限になってしまうだろう。ウルフパックとここで合流すればここの守りは固められる。

 

だが分断した側がいない間にここで何かが起これば合流は限り無く困難になる上、連携が取り辛くなる。勿論こんな事は考えたくもないが、あらゆる状況を想定した上で行動しなければ生き残れないと、部隊を纏める者としていつも口癖の様にカリーナが言っていた。しかも彼女の言葉は戦場だけでなくあらゆる状況に当て嵌まるのだ。

 

更に三杯ウォッカを呷った。久し振りに飲んだと言うのもあるが、立て続けに高純度のアルコールを摂取した所為で一気に酔いの波が押し寄せて来た。体が火照って熱い。ボトルをしまうとミネラルウォーターのボトル二本を飲み干す。

 

ノックがすると、何時もの癖で自然と手にナイフを隠し持って近付いた。

 

「何だ?」

 

「御影、僕だよ。」

 

ドアの向こう側からコータのか細い声が聞こえた。タンクトップに袖を通してドアを開けると、目を真っ赤に泣き腫らしたコータが立っていた。

 

「どうした?」

 

「僕、決めたよ。僕は・・・・・僕はやっぱり高城さんと一緒に行こうと思う。」

 

「そうか。まあ、別に止めはしない。で?それを言う為だけに来たのか?」

 

「聞きたい事があるんだ。君は一体何者なんだい?あの装備と言い、知識と言い、身のこなしと言い、明らかに戦う事に慣れてる。それに武器は全部日本じゃ所持してるだけで違法な物ばかりだ。君の経歴のどこまで何が本当で、どこまで何が嘘なんだ?」

 

竜次は少し考えた。ここは言葉を上手く選ばなければならない。真実を洗い浚い吐く訳にも行かないが、かと言って嘘を並べ立てれば却って怪しまれるだけだ。

 

「俺の経歴の殆どは嘘さ。俺は半分日本人の血が入っているが、後の半分はヨーロッパのどこからしい。」

 

「それ位その目の色を見ればば分かるよ。」

 

「・・・・分かった。分かったよ。車でアンブレラとBOWの関係は話したよな?アウトブレイクが最初に発生したのはアメリカのラクーンシティーと言う所だ。俺はそのラクーンシティーの生き残りさ。軍人崩れの集団に拾われて、俺は戦って生き延びた。親はその時に死んじまったからその集団と一緒にアンブレラに組する奴らとBOWを叩きながら世界を渡り歩いた。皆何かしらの理由で古巣を追い出された凄腕のはみ出し者集団さ。元自衛官、元スペツナズ隊長の凄腕スナイパーにして諜報員、C4詰め込んだ車をラジコンみたいに操作してヘロインたっぷりの倉庫をカルテル諸共天まで吹っ飛ばした米軍のデモリッション・マン、等々だ。皆頭のネジが飛んでるけど、仲間だ。家族だ。」

 

タンクトップを脱いでタトゥーを見せた。

 

「これはその証だ。皆何度も怪我はして来たけども、誰一人死なずにここまで生き延びて来た。皆それは七人目の俺が幸運を呼んで守ってくれてるからだって何時も言っていた。だから俺は仲間でいられる事を、家族でいられる事を死んでも誇りに思う。」

 

獰猛な狼であり、冷酷な蛇であり、運気を上げるラッキーナンバー。例え共倒れになろうとも、竜次の中でその事実は永久に覆らない。

 

「そっか・・・・最初ガスマスク付けて出て来た時は只者じゃないってのは分かったけど、凄いんだな。ありがと、話してくれて。誰にも言わないよ。」

 

「そうしてくれると助かる。話したらお前殺すからな?」

 

そう言葉を交わしながらも二人は笑った。

 

「あ、双眼鏡貸してよ。明日その人達と合流してから高城さんを家に連れて帰るんだろう?だったら使えそうなルートを予め考えておいた方が言い。」

 

窓の敷居に置いてある双眼鏡を渡すと、コータは先程とは打って変わって勇み足で階段を登って行った。コータの姿が消えたのを確認すると再び冷蔵庫からウォッカとコーラのボトルを取り出し、それらを混ぜた。用を足して冷たいシャワーを浴びたお陰で酔いは殆ど覚めているが、今は素面でいたい気分ではなかった。グラスを傾けようとした直後に再びドアがノックされる。

 

グラスを置いて再びナイフを手にし、慎重にドアを開けた。


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