学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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今回は心情の描写で掘り下げるので地の文が多めです。


Affection, Respect, or Fear?

ガソリンスタンドに辿り着くまで、鼻歌を歌う竜次以外は終始無言だった。

 

「何で・・・・あいつら、撃って来たの?私達は・・・・死んでないのに。アレじゃ、ないのに・・・・」

 

割れたガラスの破片の上に座らない様に欠片を全て足元へと慎重に払い除けた沙耶は頭を抱えた。やはり突然銃を向けられて撃ち殺されそうになったと言う恐ろしさがまだ余韻となって残っているらしい。冴子が彼女の肩を抱き、背中を摩りながらそれを落ち着けようとしている。

 

「高城さん、誰もが変わっちゃった今のこの世界に適応出来る訳じゃないんです。今起こっているこれらが全て幻だと、只の悪い夢だと思いたくもなりますよ。彼らの行動は言うなれば只の現実逃避です。現実を受け入れたくなくて、それであんな事を・・・・」

 

コータは後部座席の橋に座っており、サイドミラーに映る竜次をチラチラと見た。自分は学園から脱出する為に竜次の言う感染者達を何十体と片付けて来た。恐らくもう生きている人間だとて抵抗無く殺せるかもしれない。

 

銃やその他の飛び道具はただ相手に向けて引き金を引けば良いだけだが、竜次がやった様な方法は自分には到底無理だ。どこで習得したかは分からないが、ナイフの扱いや体捌き一つ見ても、明らかに精鋭の中でほんのひと摘みしかいない殺しのプロである事はまず間違い無い。

 

「僕は、どうすれば良いんだろう・・・?」

 

誰にも聞こえない位微かな声で自分にそう尋ねた。

 

ある夏休み、民間軍事会社ブラックウォーターの教官から銃やハンヴィーの運転、更にはC4爆薬とクレイモア地雷の使用方法などの手解きを受けた際にアフガン戦時代の体験談を聞かされた事がある。

 

引き金と言う物は存外軽い。遠く離れた所から誰かを殺すのはそれ程心に重くのしかかる物では無い。特に狙撃手などは誰かを狙撃した後に何を感じたかと言う質問に対して、リコイル、と冗談半分で答える事もあるのだ。訓練された兵ならさほど印象には残らない。

 

だがナイフやCQCだけは別だ、と教官の声はそこでワントーン低くなった。彼が初めて格闘で誰かを殺した時はまだ駆け出しの二等兵で、突き出したナイフが偶然相手の顎の下を貫いてそのまま脳を破壊した。

 

特に相手にとどめの一撃を食らわせたその瞬間、自分が殺したと言う実感が津波の様に押し寄せる。体に埋まった刃が相手の体温を感じ取り、それがどんどん下がって行くのがヒルトにまで伝わって手がかじかんだかの様に感覚が鈍くなった。自分の手で相手の肉体を破壊し、命を抹消すると言うのは相手は勿論、自分に取っても恐ろしい。相手が死んだ事を確認したその直後に吐いてしまい、三日は水すら喉を通らなかった。そう言っていた。

 

それを自分と歳はそう変わらない筈の竜次は、息をするのと同じ位抵抗無く彼らの命を奪った。それもナイフで彼らを切り刻んで。弾を無駄にしたくないと言うのは分かるが、笑いながら相手を切り刻むのを見ていると空気の温度が幾らか下がった様な錯覚に陥った。

 

しかも久し振りに人を殺せていい気分、と言う発言から彼は以前にも人間を殺した事があるのは間違い無い。それも、感染者だけではなく普通の人間を。それを聞いて心配になった。最初に竜次の誘いを聞いた時は二つ返事で受けたが、本当にそれで良かったのだろうか、選択を誤りはしなかったのだろうかと、前にも増して疑問を感じ始めた。

 

「本当に、これで良いのか・・・?

 

あの若さであれ程までに人を殺す事に特化した訓練を受けて生きて来た超人に、今日殺人に味を占めたばかりの新米がついて行けるのだろうか。

 

「先生、ここだ。」

 

静香は何も言わずにスタンドの近くまで車を寄せて止まった。彼女は言いつけ通りずっと頭を下げて何も見なかったが、断末魔の悲鳴と返り血が服にこびり付いたまま再び助手席に座った竜次の姿から何が起こったかは容易に想像出来た。

 

彼は自分に医術を教え込んでくれた恩師二人の知り合いを名乗っていた。顔を合わせる事はたまにあった。良く擦り剥けて血塗れになった拳に包帯を巻いたり、重い物を運ぶ時に手伝って貰った事もある。だが彼は基本無口で何かを言うとしても手短に答えるだけだ。

 

己の事を全く明かさない、プライベートすらも謎に包まれたそのミステリアスな雰囲気は良く女子生徒の話の種になった。本人は全く興味が無さそうだったが。

 

そう言えば自分の恩師二人も己の事を多くを語るタイプではなかった。加えて臨時の講師だった為、プライベートも一切謎だった。知り合いならば少なくとも自分よりも彼女達の事を良く知っている筈だ。

 

「さてと、給油は俺がしてるから後ろの三人はあのコンビニでトイレ行って食い物とその他に使える物を物色して来い。音には気をつける様に。お前らが戻ったら俺が行く。」

 

竜次はセルフサービスのスタンドに紙幣を何枚か突っ込み、給油を始めた。その間も右手にはずっと拳銃を握って何時でも撃てる様にしてあり、三十秒に一度は辺りを見回す。

 

他に誰もいない今が好機と静香は意を決して窓を下げ、頭を突き出した。

 

「ねえ。」

 

「はい?」

 

「シュナイダー先生と八岐先生とはどうやって知り合ったの?」

 

「里親の友達。タダで家庭教師やってくれてた。」

 

別に嘘は言っていない。竜次の教育係は科目ごとに違った。

 

ロシア語、数学、コンピューターサイエンスはヴラディミール

 

化学、エンジニアリングとスペイン語はヘクター

 

ドイツ語と生物学はミカエラとクリスティーン

 

日本語と心理学はベクター

 

フランス語と政治学はカリーナ

 

この様に幾つかの科目を兼任して竜次を育てて来たのだ。

 

「じゃあ・・・・ん〜〜〜、鉄砲とかはどうやって手に入れたの?」

 

「秘密です。」

 

駄目だ。全く隙を見せない。

 

「先生、知識欲旺盛なのは結構だけどあんまり詮索しないで欲しいな。世界の終わりが始まったとは言え、個人のプライバシーってのはまだ生きてるんだよ?それに、好奇心は猫をも殺すって諺がある。」

 

殺す、と言う言葉を聞いて静香は思わず車内に頭を引っ込めた。竜次は給油が終わった所でポンプを元の位置に戻し、運転席のドアを開けて助手席に移れと顎で示した。蹴躓きながらも助手席の方へと回り込む。

 

「心配しなくても先生は殺さないよ。俺を殺そうとしたり俺の家族に危害が及ぶ要因を作る様な事さえしなければ。そんな事したら、首チョンパだから。」

 

そう言いつつ手刀を自分の首筋にトンと当てて見せた。

 

「心配しなくても、先生の質問には全部答える。今は出来ないってだけだ。聞かれたくない連中がいるからね。」

 

食料や水の調達の為に三人が向かったサービスエリアを指し示す。

 

「セーフハウスに着くまで俺やあの二人に関する質問を一切しなければ質問には全部答える。」

 

口ではそう言う物の、名前をでっち上げて学校に通う者の口約束は果たしてどこまで信用出来る物なのだろうか?それが顔に出ているのが分かったのか、竜次は小さく笑う。

 

「名前以外にも色々とでっち上げて来たかもしれない奴を信用出来ないって顔してるね。まあ無理も無いか。別に俺の事信じなくても良いんだよ。いずれ嫌でも信じる事になる。あの二人の口から直接聞けば、ね。」

 

三人が籠一杯の食料や食べ物を持って出て来た所で話を切り上げ、車に接続したMP3プレイヤーで次にどれを聞くべきか吟味を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が外で話している間、無人となったコンビニをコータ、沙耶、そして冴子の三人は食料と飲み物以外で使えそうな物や必要になる物を物色していた。

 

誰も何も言わないその場の空気は長年埃やカビが溜まった荒ら屋の中の様に重苦しい物だった。

 

乾き物やガム等をせっせと籠に入れるコータはもう何度目かの溜め息をついた。最初は良かった物の段々とそれが癇に障り始めたのか、遂に沙耶はポテトチップスの入った袋を彼に向かって投げつける。

 

「いい加減にそれ辞めなさい、腐れオタ!」

 

だがコータは何も言わずにまた溜め息をついて作業を続ける。

 

「高城、声を抑えろ。この中にもアレがいるやもしれない。」

 

彼女の方に手を置いて冴子が低い声で注意する。

 

「自衛の為とはいえ結果的に人が殺されるのを間近で目撃してしまったのだ、気が滅入るのも無理は無かろう。」

 

「そうじゃ・・・・そうじゃ、ないんです。僕は学園から脱出するまで何人もあの感染者を片付けて来ました。今なら生きている人だって殺せると思います。でも、僕は飛び道具が無いと丸腰同然なんです。それなのに御影は・・・・・」

 

あの獲物が動けなくなった事を確信した勝ち誇った笑みと、まるで死そのものが心の奥底を見つめているかの様な瞳が脳内で蘇り、コータの手が震えた。

 

「御影は僕らを襲ったあいつらを殺す事を楽しんでいた。初めて彼の事が怖いと思いました。最初に着いて行こうと思ったのは一時の感情に身を任せて出した結論なんじゃないか、僕みたいな奴が着いて行けるのかって、疑問を感じてるんです。もう、頭の中がグチャグチャで・・・」

 

眼鏡の奥から今にもこぼれそうな涙を乱暴に袖で拭った。

 

頭がおかしくなってしまいそうなこの世界で自分の行くべき道を尚選ぼうとする彼の心は想像もつかない程荒んでいただろう。

 

「大丈夫だ。彼も言っていたではないか、ゆっくり決めれば良いと。焦る必要は無い。」

 

コータは頷き、籠を持って自動ドアへ向かった。

 

冴子はと言うと、益々竜次に心奪われた。銃声が止んでから直ぐに顔を上げてリアウィンドウから竜次の一方的な虐殺を密かに見ていたのだ。ナイフの刃が相手の急所へ吸い込まれて行く度に鼓動が早まり、血が噴き出す度に生唾を飲み込む。全てが終わり、返り血に塗れた彼の顔はこの世の極楽を味わい尽くした様な満足感に満ちた物と言うのが見て取れた。明確な敵を圧倒的なまでに強い者が蹂躙する彼の姿は、冴子を興奮させるには充分だった。事実、コンビニに入ってから冴子は即座にトイレへと駆け込んで痛い位に疼いた下腹部の後始末をしなければならなかったのだ。

 

「あんたは、あいつについて行くの?」

 

「無論、そのつもりだが?」

 

竜次は冴子が理想とする『漢』の鑑だった。それ故に心奪われた。無尽蔵と思えてしまう程の体力、武人としての胆力、どんな事態にも臆さない鋼の如き精神力に。

 

そして何より女としての何かを刺激したのは今まで会って来た父親を含む武道家など足元にも及ばない本物の殺意。彼女からすれば彼の様な男を前にして惚れるなと言う方が無理な話だった。彼以上の男など、いる筈も無い。ならば答えは一つだ。

 

「何故その様な事を聞く?」

 

「だって・・・・だっておかしいでしょあんなの!?瞬き一つしないで人を殺せるなんて!今まで一緒に過ごして来た時間は何だったの!?何よ、御影竜次って!?何よウィルスって!?知らないわよそんなの!」

 

嫌だ、嫌だ。あんなのは自分が知っている幼馴染みではない。あれが本当の彼だなどと認めたくない。彼は自分が対等と認める気さくで気楽で気ままなのんびり屋の小室孝だ。断じて御影竜次などと言う軍人もどきのサイコキラーではない。

 

「確かに、彼は今まで嘘をついていた。君にも、私にも、全員に。だがそれでも、私は彼を許そうと思う。仮に御影君が本名のまま、本性をむき出しにして過ごして行くとしよう。君は彼を受け入れていたと思うかね?」

 

その答えは分かり切っていた。常人の物差しでは測れない程に異質で歪な竜次の本性は余程器の大きい者か同じ位狂っているサイコ野郎でなければ不可能だ。そして自分はそのどちらでもない。

 

「人は変わる物だ。変わるその都度、受け入れて行くしか無いのだよ。それか、受け入れる事が出来るまで強くなるしかない。さあ、行こう。皆が待っている。」

 

沙耶はコンビニの弁当とおにぎり、そしてジュースなどで一杯になった籠に最後に電池各種を詰め込んで立ち上がった。

 

冴子の言葉に間違いは無い。全くもってその通りだった。元々高いプライドの持ち主である性分の所為で自分には本当の『小室孝』を受け入れるだけの度胸も、受け入れられる度量も、受け止めるだけの精神力も無いと言う事も理解していた。沈んだ表情を隠そうともせずに手に持ったコーヒー牛乳のペットボトルを見つめる。自分が知っている彼はこれが好きだと言って良く飲んでいた。今の彼は一体何が好きなのだろうか?コーラか?麦茶か?水か?はたまたウォッカやスコッチ、ラム酒なのか?

 

更に数分程時が流れ、沙耶は決めた。やはり自分は御影竜次とは相容れる様な人間ではない。知識はあっても戦う力を持たない自分がいても、彼は邪魔だとしか思わないだろう。自分は幼馴染みだと思っていた相手は限り無く他人に近い知り合いでしかない。彼もそう思っている。自分が危機にさらされれば、間違い無く斬り捨てられる。

 

「大丈夫か?」

 

もう迷う事は無い。故障で自分を迷わせた心の指針はもう直った。

 

「平気よ。ほら、さっさと行きましょ。」

 

彼とはもう袂を分かとう。どうせなら両親と共に最後の瞬間まで生き抜く。

 

冴子と一緒に籠を持っていつもの自分に戻り、コンビニを後にした。

 




さっき確認したらUAがいつの間にか一万突破でした。読者の皆様、本当にありがとうございます。

バイオと学園黙示録をコラボするのは初めてなのでどうなるか心配だったのですが、それなりに受けが良くて作者もびっくりです。

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