学園黙示録:Cub of the Wolfpack   作:i-pod男

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Improvised Planning

ある程度怒号や悲鳴、断末魔の嵐が静まると行動を開始した。十数年振りにどっぷりと死臭が渦巻き、動く屍が跋扈する地獄へと素早く、静かに階段を下りて行く。

 

長い長い禁断症状から解放されたかの様に歓喜の身震いが、武者震いが、興奮が止まらない。だがそれでいて頭はいつも通り、いや何時も以上に冷静だった。

 

自分が今すべき事はたった二つだけだ。

 

ここを脱出する事と、たとえ何があっても死なない事である。

 

廊下を一瞥すると既に至る所の肉を歯で裂かれた者達が立ち上がり、呻き声を上げながら動き回っていた。廊下は三、四人が横一列に並べば完全に塞がる。一々感染者を倒していては手持ちの弾があっと言う間に尽きてしまう。使わずに死ぬと言うのも勿体無い話だが。

そこで、閃いた。化学室は今自分がいる四階にある。それもこの場を突破して約十メートル先だ。そして二階の真下は職員室だ。もう迷う事は無い。MP7A1を固定するのに使っていたカラビナから外してストックを伸ばすと、安全装置を外した。無駄弾を撃たない様にセレクターをセミオートにして構える。引き金を引く度にストックに当てた右肩が衝撃で僅かに揺れた。だがそれと同時に感染者は糸を切られたマリオネットの様に互いの上に折り重なりながら倒れて行く。隙間が出来た所でそこを走り抜けた。

 

化学室に飛び込み、棚に保管されている薬品を漁り始めた。必要な物を手に入れると直ぐにそれらを洗われたビーカーに注ぎ込む。実験で使うバーナーに繋ぐ管を外し、ガス栓を全て全開にした。次にリュックから登山用に使うロープを取り出し、結び目を作るとカラビナを通して欄干に引っ掛ける。余った縄をある程度置いて残りを腰に巻き付ける。

 

丁度その時、施錠した化学室のドアが破られた。続々と感染者が化学室へと入って来る。ベランダの欄干を乗り越えて縁を蹴ると、ロープを掴む力を調節しながら二階のベランダに降下を始めた。三階の欄干に足が着いた刹那、化学室で大爆発が起きた。火災報知器がけたたましく警報を鳴らす。

 

「流石はニトログリセリン。TNTを125パーセントも上回るエネルギー密度は伊達じゃないな。」

 

孝———竜次が棚から取った薬品の瓶は硝酸、硫酸、そしてグリセリンの三つである。これらを組み合わせて作られるのはダイナマイトの主剤にしてほんの僅かに揺らすだけでも爆発すると言われる有機化合物、ニトログリセリンである。その爆発が更に部屋に充満したガスに引火したのだから破壊力は更に上がっている。滑り降りながらもぼとぼとと何かが帆布に落ちて来る。恐らくは感染者の黒焦げになった肉体やガラスの破片だろう。

 

二階に辿り着くと、狙い通り換気の為に透かしてあった窓から職員室に入った。勿体無いがロープは置いて行くしか無い。仕方なしに腰の結び目をナイフで切断した。学園からセーフハウスに向かうには徒歩では間に合わない為、教師の車を拝借する必要がある。車と大型二輪の免許を両方取得しているし、海外にいる間はスタントマンですら尻込みする様な無茶な運転も散々やって来た。

 

「鍵、鍵・・・・っと。」

 

恐らく教師達も噛まれて感染者の仲間入りを果たしたか、逃げる途中で感染者に噛まれたか、どちらにせよ人の気配は無いので無遠慮にデスクの中を漁り始めた。目当ての車は車種に関係無く幅広い車体と高い馬力を持つ車だ。

 

———そう言えば、確か教頭が黒い高級のスポーツセダン、確かレクサス IS-Fを持っていたな。どうせだからあれを使おう。

 

本来ならアウディやBMW、更に欲を言えばブガッティで公道を爆走したい。だがレクサスも法律で最高速度にリミッターがかけられているとは言え最高で時速180kmで走れるのだ。この状況では不足は無い。教頭の車の鍵を見つけた所で職員室の引き戸が開く。即座に教頭のデスクの後ろに身を隠した。

 

入って来たのは、木刀を携えた冴子と、焦げ茶色のドクターバッグを持った金髪の女性だった。白衣がはみだしている所から養護教諭である事が推測出来る。走りにくいから破ったのか、彼女が履いている黒いスカートは腰付近まで裂かれており、肉付きの良い太腿と薄紫のショーツの一部が丸見えだった。

 

しばらくしてから眼鏡をかけた背が低い男子と返り血を浴びたピンクの髪の女子が入って来た。しかもどう言う偶然か、今現在職員室にいるのは全て見知った顔ぶれだ。冴子と一緒に入って来たのが養護教諭の鞠川静香、次に入って来た一組が平野コータと高城沙耶である。

 

「誰も噛まれていないな?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

「私もよ。」

 

静香は自分が使っている机に突っ伏して大きく息をついた。フィクションの世界でしかあり得ない様なシチュエーションが俄雨よりも唐突に降って来たのだ、精神的に参らない方がおかしい。火災報知器の音もストレスの要因になっている。

 

コータはと言うと、既に次のステップを見据えているのか使われていない机や椅子を移動させて引き戸を移動させていた。と言っても日頃の運動不足と平均より若干小柄な体格が仇となってすぐ疲れてしまっているが。

 

「ったく、このデブオタ!少しは運動しなさいよ!」

 

「だがここに来てから真っ先にバリケード作りを行動に移したのは彼だぞ?」

 

そして職員室に入って来た際に持っていたコータの得物であるガス式のネイルガンを一瞥した。ストックは木材とガムテープで、サイトは折れた鉛筆と半分に切った消しゴムで代用されている。

 

「それに見た所、ここに来るまで君を守って来たのも彼だろう?努力は評価に値すると思うがね。」

 

沙耶は何も言わずにそっぽを向き、顔を洗って来ると言い残して給湯室へ向かった。

 

火災報知器の大音量で気が狂いそうだ。立ち上がって姿を晒し、ガスマスクを外した。

 

「こ、小室君・・・・なのか?」

 

「ああ。」

 

本来なら火災報知器のブザーで学園自体を囮にするつもりだった。感染者も人間も気を取られている間に鍵を手に入れ、正面玄関を抜けて駐車場の車で学園から脱出する予定だったが、予想以上に時間を喰ってしまった。計画が狂うのを狂うその都度修正して行くのは嫌いなのだが、非常事態で計画通りに事が運ぶ方が奇跡に近い。

 

「その格好は・・・・?」

 

冴子からすれば彼の服装はアクション映画の宣伝に出ている特殊部隊のメンバーがそこからそのまま飛び出して来た様にしか見えない。そして彼の蒼い瞳はまるで海の様な吸い込まれる色合いをしていた。場違いとは理解しつつも今の彼は実に男らしく、思わず見惚れてしまう。

 

「他の三人も連れて来い。ここじゃうるさ過ぎる。遅れたら置いて行くからな?」

 

言うだけ言ってからバリケードをどかし、感染者の死体を踏み越えて地上階を目指す。他の四人も慌ててそれに続いた。

 

進行方向にいる感染者だけを撃ちながら進み、出来た隙間を通り抜ける。撃たなかった感染者は数歩後ろをついて来る冴子が木刀で頭を潰して行く。チラリと後ろを見ると、沙耶を庇いながらコータも懸命に追い付こうとしていた。しかもネイルガンでしっかりとヘッドショットを決めている。

 

駐車場でリモートキーのボタンを押すと、レクサスのヘッドランプが明滅してドアロックが解除された。運転席に入ってエンジンをかけ、アクセルを吹かす。感染者を数体はね飛ばしながら走って来る四人に手招きした。乗り込んだ所で公道に続く駐車場の出入り口へ全速力でレクサスを走らせる。

 

静香は助手席、他の三人は後部座席に座っており、四人共ようやく安堵の溜め息をついた。

「まず一段落、と言う所だな。」

 

「で、ですね・・・・疲れたぁ〜〜〜。あ、小室、助けてくれてありがと。」

 

「ああ。」

 

コータの謝辞に曖昧な返事を返しながらハンドルを切る。

 

学園からある程度離れると、一度車を止めた。足元に置いたバッグから衛星電話を取り出すと再びスペクターに電話をかけた。

 

『包装紙に傷は?』

 

どう答えるか一瞬迷ったが、英語で問いかけて来たスペクターに対してロシア語で返事を返した。

 

「無い。でも予想以上に大所帯になった。俺を含めて現在五人だ。」

 

『何があった?』

 

「この状況で意外と冷静に行動出来る奴らがいたんだよ。顔も割れた、ごめん。」

 

『構う事は無いさ、いずれ関係無くなる。我々は間も無く離陸する所だ。洋上空港には凡そ四時間で到着する。空港から皆で割り勘して買った中型ヘリを使う。』

 

「了解。セーフハウスに到着したらまた連絡する。」

 

『死ぬなよ?』

 

「アイアイサー。」

 

電話を切ると、再び静寂が訪れる。

 

「小室君、あれらは一体何なのだ?そして、君は本当は一体何者なのだ?ああ言った状況にかなり慣れている様な立ち振る舞いをしていたが・・・・」

 

「質問が多いな。ああ、それと小室孝は日本に来た時適当に考えついた偽名だ。その名前で呼ばないでくれ。俺からすればダサい事この上無い。」

 

「ちょっと、冗談言ってる場合じゃないでしょ?スパイ映画じゃあるまいし、偽名なんて・・・・」

 

「冗談を聞くのは好きだが言うのは苦手だ。」

 

ルームミラーから凄みのある竜次の目を見て、沙耶はそっぽを向いた。

 

小室孝————本名は御影竜次と言い張るこの青年———は、幼馴染みなのだ。恋心を抱いている訳ではないが、だからと言って別に彼の事が嫌いな訳ではない。口数こそ少ないがさり気なく優しい。その上気ままで気楽な性格の持ち主で文武両道と来た。頭脳だけなら誰にも負けないと言い張る程のプライドを持つ彼女からすれば、無視と言う選択肢は論外だった。試験などがあると良く成績を競おうと強引に勝負を仕掛けた事も多々あった。

 

だが、自分が好印象を持っていたその彼が小室孝と言う名を否定するのは今まで積み上げて来た彼との記憶全てを否定されているの様に感じてしまう。気丈に振る舞ってはいるが内心それが怖く、訳が分からなくなっていた。

 

「こむ・・・・いや、御影君と言えば良いかな?まだ私の疑問が解消されていないのだが。」

 

「こう言った状況に慣れている様に見えるかどうかだが、答えはイエスだ。動く死体の正体についてだが、経験から言わせてもらうとウィルス兵器である可能性が非常に高い。俺が今まで見て来た物とかなり似ているが、細部が異なっている。だが、俺が本当は誰なのかと言う質問については黙秘させてもらう。」

 

運転しながら足元のリュックから先程使っていた衛星電話を取り出し、後部座席にいる三人に渡した。

 

「連絡を取りたければ好きに使え。ただし壊すな。衛星電話の値段は馬鹿にならないし、恐らくこの先手に入らない。」

 

「海外にも、繋がるの?」

 

恐る恐る、まるでピンが抜けた手榴弾でも扱うかの様にコータは衛星電話を受け取った。

 

「相手の電話が切られてなきゃな。」

 

そう言って再び車を発進させた。

 

小室孝———自称御影竜次———はコータの数少ない理解者だ。銃や戦闘機、戦車などミリタリ—関係の話やそれが頻繁に搭乗するアクション映画のネタなどに唯一ついて行ける相手で、自分でも知らない様な事を知っていた。尊敬に値する友人と思うにはそれだけで充分だった。

 

そしてその尊敬の念は今の彼を見て鰻上りになっている。

 

————たとえ現時点で両親に連絡がついたとしても、今助けに行ける訳じゃない。もし今日この日が本当に黙示録の一ページ目となってしまったのなら、僕は最後の最後まで彼について行こう。このスーパーソルジャーに。

 

アクション映画を常日頃から鑑賞しているコータはそう判断した。そして暫く受け取った衛星電話を見ていたが、それを隣にいる沙耶に差し出す。

 

「どうぞ。僕の両親は共働きでどっちも海外にいるんです。父は宝石商なんでアムステルダムで買い付けに、母はファッションデザイナーでパリに・・・・」

 

「どいつもこいつも冗談キツいわよ!何その駄作小説の主人公みたいな設定は!?」

 

「ウフフフ、漫画だったらお父さんは豪華客船の船長だったりして。」

 

助手席に座っていた静香も思わずくすりと笑みを零して付け加えた。

 

「あー、実は僕の祖父がそうでした。祖母はコンサートのバイオリニストで・・・・」

 

照れくさそうに笑いながらコータは頭を掻き、沙耶は彼の見かけによらない色々な意味で凄まじい家族構成に頭を抱えた。

 

「で、使わないんですか?」

 

「よこしなさい。」

 

コータの手から衛星電話を奪い取り、電話をかけた。繋がったらしく、先程とは打って変わって表情に光が戻った。暫く話してから電話を切った。

 

「パパもママも、無事だって言ってたわ。」

 

「良かったですね、高城さん。あ、毒島先輩は良いんですか?」

 

「うむ・・・・私は父と二人暮らしで、その父は海外の道場にいる。しかもどう言う訳か携帯が嫌いで持っていない。私の行き先は彼の・・・・御影君が目指す所ならばどこでも構わない。」

 

会った事は無いが、携帯の使用を嫌うとは随分変わり者らしい。他の三人の脳内で妄想が膨らんで行く。

 

「静香先生は?」

 

「両親は何年も前に死んじゃったし親戚はいても遠いから、私も毒島さん達と一緒に行きたいな〜とは思ってるわよ?あ、でも・・・・・友達が無事かどうかは確認したいかな?」

「確か南とか言う人だっけ?BSAAの。」

 

静香は驚いた。親友の事を知っているのもそうだが、BSAAはアンブレラ崩壊後に対バイオテロの為に設立された組織で、言うなれば軍の特殊部隊とそう変わらない。彼女自身も守秘義務で詳しい事は話せないのだ。彼の様な青年がそんな部隊の事を知っているとは。

 

「そんなに驚く事じゃない。ネットでバイオテロって検索すれば必ずアンブレラの名前も出るし、体験に基づいて本を出版した人だっているんだ。」

 

「リカを知ってるの?」

 

「一応は。警視庁の元SAT隊員、だっけ?入隊する前から俺の里親の親戚が世話をしてたらしい。師弟のよしみで彼女の友達、つまり先生を俺がこれから行く所に連れて来いって。先生に医者の勉強を教えてくれた二人もいるし。」

 

「え?!シュナイダー先生と八岐先生の事!?」

 

ミカエラとクリスティーンは自分の知識を存分に披露出来る教育社の立場が好きらしく、敢えて本名で通したのかと思うと、竜次は苦笑した。

 

「もう何年ぶりかしら、あの二人に会えるなんて・・・・」

 

静香の表情は何時も保健室で振り撒いている明るさを取り戻し、衛星電話を手に取って電話をかけ始めた。後ろにいる三人もそれに感化されてはにかみ始める。

 

「オッケー、俺と一緒に来る意思を明確に口にしたのは二人だ。高城は実家が無事だからそこに送り届けるとして・・・・コータ、どうする?」

 

隣に座っている沙耶の方を一瞬だけ見て答えようとしたが、コータは迷った。もしや自分は竜次に対する友情と尊敬の念に感化されて気持ちが高ぶって彼について行こうと思っただけなのではないか、と。

 

尊敬している友人と、密かに想いを寄せている相手。どちらかを選べば、選ばなかった方とはもう会えなくなる。この事態の収拾が早急につかなければ、恐らく永遠に。

 

「ま、お前はゆっくり考えれば良いさ。まずは兎に角いずれかの橋を超える事が最優先だ。」

 

————後はこれ以上のハプニングが起きずにセーフハウスへ到達出来る事を祈るばかりだ。




麗と永ですが・・・・まあ原作と似た様な展開になったとお考え下さい(ただし麗が噛まれると言う違いはありますが)

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