・・・まず「ペイルライダー」の原作読みなはれ。それで吐き気を催したなら速攻ブラウザバック!絶対に!
千葉市立総武高校。
それが、俺の新しい転校先となった。
またしても親父の転職で引っ越しが決まった時、引っ越し先にはその総武高とあとひとつ、海浜総合高という二つの高校があった。
正確に言うなら、それしかなかった。家から徒歩で通えて、尚且つ学費の安い公立校というのは。
俺のようなデブに自転車で三十分以上もかかるような距離を通学しろというのは酷だし、毎朝電車で通勤ラッシュに揉まれるのもキツい。
そして言うまでもなく、転職ばかりでまともな定職に就いていない親父に、私立校の学費なんて払えるはずもない。
二者択一、俺が選んだのは偏差値の低い総武高だった。それでも進学校を謡っているだけあり、編入試験には相当の苦労をした。
小学校以来まともに勉強なんてしていない俺が、どうやって試験に通ったのか。まあ、たまには運が味方してくれることもあるとしか言いようがない。
そんなわけで、気分を新たに、新しい学び舎で張り切っていこう―――
・・・そんな殊勝な気持ちなど、全くと言っていいほど俺のアタマには存在していなかった。
「・・・もう一度聞くぞ。君が数学の授業で言った、『脅されて動物のモノマネをやらされた』、あれは冗談なんだな?」
「さっきもそう言いましたよ。正確に言うなら、三十四秒前ですかね」
「答える必要のないことを言うな」
「どれがです?」
「何分何秒前にあのふざけた台詞を吐いたか、私は問題にしとらん」
目の前にいる女性教師は、そこで額を押さえてため息をつく。
そのしぐさというか立ち振る舞いは、いかにも生活に疲れた独身者そのもの。よく見ると美人なのに、パッと見の印象はそんなどこにでもいるおばさんでしかない。
俺は初めて、あのバカげた茶番にこの教師を巻き込んだことを申し訳ないと思った。
転校二日目の昼休み、早速俺は生徒指導室とやらにお呼び出しを受けた。
理由は既に、目の前の担任の平塚先生が言った通り。
授業中指名された時、わざと俺は語尾に「ブヒ」と、豚の鳴き声を付けた。
止めるように言われても止めない。クラス中から失笑が漏れる。
とうとうブチ切れた教師に俺は、怯えながら命令されてやったことだと出まかせを言ったのだ。
その瞬間、クラスの空気が瞬時に凍り付いたことを俺は忘れない。そしてこんな大根役者の三文芝居をあっさり信じた連中を、心の底からバカだと思った。
「それで、あんなことをした理由は何だ」
「なんつーか、どうも馬鹿にされてる気がしたんすよね。みーんな俺見て遠巻きにクスクス笑ってるし」
「だから意表返しにやったと?」
「そんなとこです。流石にキレてナイフ振り回したりとかはマズいですしね、ここ進学校だし」
「進学校だろうがそうじゃなかろうが大問題だ、馬鹿者。
・・・転校生がいじめを受けたというのだってマズいのに、よりによって冗談であんな真似を?君には弁えとか常識はないのか?」
「まあマズいですよね、進学校だし」
「だから進学校かどうかは関係ない!」
平塚先生は、とうとうキレて机をバンと叩く。
同じ事をあまりにしつこく繰り返し言われると、人は次第にイライラしてくる。映画だって同じ台詞やシーンを使い回しまくってたら見る気が失せる。
その法則からは、たとえ教師であろうと逃れられない。俺はそれを試すためにわざと挑発してみた。
「転校二日目からこんなことをしでかして、ただで済むと思ってるのか?」
「まあ、反省文とか書かされるぐらいには覚悟してますよ」
「・・・それだけでは済まさん。もう一つ、君には私が顧問を務める部活に入ってもらう。そこで奉仕活動をしてその腐った根性を叩き直すんだな」
「はっきり言いますね、先生。そういうの、なんか熱血っぽくていいんじゃないですか」
「おい。人を舐めるのもそれ位にしておけ」
「いやいや、素直にそう思ったんで率直にそう言ったんですよ」
次の瞬間、平塚先生は思い切り俺の胸ぐらを掴んでいた。
そして顔を近づけ、睨みつける。
「そういう態度を、世間じゃ舐めた真似と言うんだ。覚えておけ」
「よく分かりました。すいません」
何ら感情のこもっていない、ただ言ってみただけの謝罪。
流石に疲れたのか、これに関しては何のお咎めもなかった。平塚先生は静かに手を放す。
「さっきの話ですけど、ボランティアとかってふつう、委員会とかがやることじゃないですか」
「この学校には、ボランティア委員会はない。それで部活動でやることになった訳だ」
「草むしりとか掃除とかをやる部活ってのも、なんか変ですね」
「それだけじゃない。悩みごとを抱えている生徒がいたら、その相談に乗り、悩みごとを解決に導くということもやっている」
なんだ、それは。
ますます何がしたいのか分からない意味不明の部活だ。唯一いいところを挙げるとしたら、カネがかからないから学校としては助かる、それ位か。
いくら公立校とはいえ、そんなケチくさい理由でへんちくりんな部活を認めるとは。
まあそういう風に、進学校というのは「部活動が盛ん」「自由な校風」なんてのをアピールして生徒を集めているんだろう。つまらん商売である。
「そういうのもふつう、スクールカウンセラーとかがやることでしょう、進学校ならそういう職員もいるんじゃ」
「別に生徒がやってはいけないということはないだろう」
「迂闊な奴にやらせたら、悩みごととやらを誰かに漏らすことだってあり得るんじゃないですか」
「信頼できる者にまかせているからその心配はない。・・・とにかく、君には放課後その部活に行ってもらう。
逃げられると思うなよ」
そして、平塚先生は退室を促す。
俺は一応頭を下げて部屋を出た。
じき昼休みも終わる頃だ。今頃教室はどうなっているのだろう。
俺の悪口大会が盛り上がっているかもしれない。逆に誰が転校生のデブをからかってあんな真似をさせたのか、もしや自分に疑いがかかるのではないか。
そんな感じにビビッていて、通夜のように静まり返っているかもしれない。
どっちにしろ、俺にはどうでもいいことだった。
苛められっ子は空気を読むのに長けている。なぜなら苛められたくないから、必死にアンテナを張って周りの空気を察するのに努める。
結局苛められるのだが、俺も御多分に漏れず、空気を読むのはそれなりに得意だった。
ただしそれを行動に反映するかというと、それは別の話だ。
転校生を紹介する時に教室に入らされ、皆の前に立たされて自己紹介をし、一日授業を受ける。
それでこのクラスがどんなものかは大体把握できた。
掃き溜め。落ちこぼれのたまり場。一言二言で表現するとそうなる。
髪を染めている奴はちらほらいるし、制服を着崩す奴に至っては半数。休み時間に他所の教室を回ってみたが、金髪の生徒なんて殆ど見ない。
教師どももあまりやる気がなさそうで、教え方はロボットが教科書を読んで板書をしているというのがぴったりと当てはまった。
進学校では成績順にクラス分けをすると聞いたことがあったが、つまりこのクラスの連中は殆どがバカなのだ。
折角進学校に入ったはいいが、授業に付いていけなくなって落ちこぼれる。そんな連中だろうと中退されたら評判に傷がつくから、仕方なく在籍させてやっている。
いわば温情措置。将来など期待しないから卒業だけはしていってくれよ、ということ。
あのクラスの連中も、学校なんて友達とバカ騒ぎするだけの遊び場程度にしか考えていないだろうから、そんな処置を甘んじて受け入れる。
―――そのお陰で、俺のような奴には随分と居心地がいいって訳だ。
誰にも聞こえないようにそっと呟き、俺は教室へと急いだ。
プロローグ終わり。
享一くんですが、「ペイルライダー」では苗字がないということになっています。
なのでいっそ「比企谷享一」にしようかね。クロス小説だしいいよね?