NPCが経営しているレストランに俺を含めた男女が3人。リズベットは俺とアスナを交互に視線を動かしていた。アスナはテーブルを無言で指先で叩いている。
ここに来てからアスナは口を開かない。無言の圧力が俺を苦しめる。
「……言い残すことは?」
「遺言になっちゃうの?」
ようやく喋ったらこれだ。
「あんた達知り合いだったんだ。なんか意外。接点なさそうなのに」
確かに本来ならば、こんな美少女に顔すら覚えられないであろうが、1層からの付き合いが継続してしまっていた。
「色々あったんだよ」
「そ、色々ね。最後にあったのはいつだったかしら?」
「さあな」
「さあなじゃないでしょ!26層!26層からめっきり顔を出さなくなって!アルゴに聞いても売ってくれない!探しても見つからないはで、あなたはルパンなの?」
「俺がルパンなら、お前はさしずめガニマールってところか」
俺達の会話についていけなくなってきたリズベット。フェンサーさんは声をだんだんと荒げ始めて、ふぅと息を吐いて冷静さを取り戻す。
「別に俺がおらんでも大した影響はないだろ。血盟騎士団様々だよ、副団長殿」
「茶化さないで。一刻も早くクリアするべきよ。全プレイヤーの念願なんだから」
「そうか?少なくとも攻略組の半数はそうでもないんじゃねえの。お前だって馬鹿じゃないんだ、気づいてんだろ。ある意味でヤバいのは攻略組だって」
「ごめん、どういうこと?」
リズベットはフェンサーさんの表情が曇ったことによって、話に介入する。
「砂の女って知ってるか?安部公房の。まさにそれに近い状態になり始めてんだ」
「だれそれ?クエスト?」
「言っちまえば環境に適応してんだよ、このSAOにな」
「駄目なの?最初はみんな大慌てだったけど、すっかり治まってるじゃん」
「それが問題なんだよ。砂の女って話は、男が砂丘の中に落ちて出ようと必死になるんだ。幸いにも砂の中にはなぜが集落があって人が生活している。問題はここじゃない。重要なのはここからだ。気が遠くなるような日数を重ねてようやく出られるチャンスが訪れた。けど、男はむざむざ見逃したんだ。誰かの邪魔が入ったわけでも、災害が起きたわけでもなくな。ある一つの考えがよぎった。本当に出てもいいのかってな」
「え、なんでよ。せっかくのチャンスだったんでしょ?」
「男は慣れたんだよ、その環境にな。元の世界には色々厄介ごとがあるから。だったら現状維持に徹する。で、この世界がまさに砂の世界ってわけだ。攻略組にいれば甘い密が啜れる」
「はぁー、そっかぁ。でも、家族が心配してるんじゃないの?
」
納得すると一変、当然の疑問が投げかけられる。
「そんなもん攻略組には少ないだろ。むしろ、人間関係については現実世界よりも充実してる。少なくともギルド内ではな」
「あなたになにがわかるの?違うかもしれない!?家族や友人に会いたい!でも表出せないだけかも!?攻略に参加していないあなたにはわかるはずがない!」
席を立つフェンサーさんは怒鳴る。幸いにもプレイヤーは誰もいない。他の客に迷惑がかかることもない。
「そういう人間がいるって話だ。全員がとは言ってないだろ」
「…………話が大分反れたわね。要件は攻略に参加すること」
人差し指を俺に突きつける。そこで中指も立たせ、指紋がくっきりと再現されていることを再認識した。
「もう一つ。血盟騎士団に入ること」
それを聞き、面倒臭さの塊が具現化された気がする。惰性のエリートである俺がそんなトップギルドに入団?
「断るに決まってんだろ」
「だよねー。エイトが受けるはずがないもん」
カップを両手で持って呟く。
「フェンサーさん。帰りたい理由でもあんのか?」
「………あなたには、関係ない」
それだけ言って去っていくフェンサーさん。
「あんた酷いわねぇ」
「俺なんかしたか?つか、そう思うなら止めりゃいいじゃねえか」
女子は大抵味方が泣くとキモイだの最低だの言ってくる。でも、待ってほしい。俺は正論を言ってるだけだし、何故途中割ってこない。友人は傷つかないはずだ。彼女達は糾弾する相手がほしいに違いない。そうして「私は友達想い」と周囲にアピールができるわけである。
「そうじゃない。血盟騎士団に入るとか攻略組云々の話はあたしには分かんない。ただ、アスナと付き合いは長いんでしょ?」
「SAO中ではな。会話する回数は少ないけど。自慢じゃないが、昨日今日久しぶりに人と会話した」
「自慢にならないわよ。なんとなくだけど、アスナはエイトを頼りにしてるよ。なのに、フェンサーさんって他人行儀。あんた達どんな関係よ」
「よくて知り合いに頼られる理由なんてねえ。というか、頼りにならないのが俺だしな。あいつの周りには頼りになるお仲間がいるだろ」
そもそも、血盟騎士団に入りたくない理由はもう一つある。考えすぎかもしれんが。
「なんにせよだ。もう帰らせてもらうぞ。疲れた」
「ふぁあ……あたしも………」
目をこすり同時に店を出る。別方向に歩き出そうとした瞬間、リズベットに呼び止めれた。
「エイト。あんた案外頼りになるよ。あたしの御墨付き」
「アホか」
しかし、フェンサーさんからはどうにも帰る目的というイメージが当てはまらない。押しつけていると言われれば、それまでであるが。
「やべ、リズベットに渡し忘れた素材あったな」
来た道を戻っていこうとするが、別の日でも構わないと判断し、再び進行方向へと歩を進める。
「ん?」
視線の先にはついさっき出ていったハズのフェンサーさんが道のど真ん中に仁王立ちでいる。まるで俺を待ちかまえていたようだ。
「さっきはごめんなさい」
それが人に謝る態度か………。
「でも、血盟騎士団には入ってもらう。キリトくんも誘ってるんだから」
可哀想に、キリト。いや、人事じゃねえな。そもそも、血盟騎士団はどうにもなぁ……。今日はいないようだが、護衛もどうにも怪しい。あんまり関わりたくないんだよ。
「わざわざそれを言うために戻ってきたのか?ご苦労さん」
「………決闘よ。決闘しなさい、私と!私が勝てば血盟騎士団に入ってもらう!」
「俺が勝ったら?」
「………ぅえっと、なんだろ」
決まってないのかよ。メリットがないのにやるわけないだろ。ただ働きじゃねえか、社畜も驚きだわ。
「今後血盟騎士団の勧誘は諦めろ」
「わかった」
時間帯は早朝故か、広場でも人通りは少ない。目立たずにデュエルすらないいタイミングだ。
「初撃決着モードでいいよね?」
「いいわけねえだろ。半減決着モードだ」
何気ない会話を交え、お互いに獲物を構えた。フェンサーさんはレイピア。俺は投擲ナイフではなく、槍。この距離で投擲ナイフは自殺行為に等しい。
先手必勝と言わんばかりに、目にも止まらぬ速さで刺突の連撃を繰り出す。流石は″閃光″と呼ばれるだけあって、ダメージを与えられてしまう。が、想定内。彼女相手ではそれなりの代償が必要。
一歩引いて、眉間を貫くはずであった先端があと一歩のところで届かず、顔をしかめレイピアを引いた瞬間、反撃を開始した。
正確に鳩尾部分を貫きダメージを与える。フェンサーさんに与えられたダメージは返し切れていない。それでもここから盛り返せる。彼女自身察したのか、余裕がなさそうだ。
「相性が悪かったな」
俺と彼女の同時攻撃。槍の刃が彼女にダメージを与えたのに、レイピアは俺に届かず。
「くっ……!」
単純な速さならば彼女が上だ。俺も速さには自身があるから追い付けないほどではない。そこに本来の武器として性能が露わになった。槍とレイピアの共通点は突く。相違点は距離の問題。
槍は漫画やアニメではあまり活躍しないが、本来は戦国時代最も活躍した兵器と言っても過言ではない。
ここでフェンサーさんのHPは俺を下回る。俺はひたすら距離をとって彼女の間合いに入らず、俺の間合いに入れる。
「大したことねえな。副団長。いや、閃光様の方がいいか?」
そこで一気に踏み込んできた強烈な一撃に返し技、カウンターを放つ。
「簡単な挑発に乗るなよ」
勝敗は決し、膝をつくフェンサーさん。
「………強いな、やっぱり」
「やっぱりってなんだよ……。これでもギリギリだったんだ。冷静さを保てなかったのが敗因だ」
血盟騎士団に入っている。想像するだけで背筋が凍りそうだ。
負けたあとなのに、すっきりしたような表情をしていた。
「…………本当に血盟騎士団に来てくれないの?」
「行かないって。あんな服着たくないし」
「酷い………。ほんとはね、攻略なんて建前。エイトくんには私用で入ってもらいたかったの」
私用?え、まさかのまさかですか?攻略以外だったらそれしかないですよね。ほんとに?
「エイトくん。なんだか兄っぽくて。甘えちゃいそうで頼りになって落ち着く」
「さいですか………」
わかってたよ。俺のサイドエフェクトが言ってたっつの。
「じゃ帰る「あ、いたいた!エイトォ、あんた渡してない素材あるでしょ?」………リズベット?」
アスナ(フェンサー)side
負けちゃったか………。自信があるから挑んだ。結果は負け。瞳が淀んでいる彼との再会はやはり嬉しいもので、変化はみられない。
悔しさ半分嬉しさ半分で、次は勝とうと思いつつも簡単に勝てないからこそエイトくんなのだと結論づけている。
彼は捻くれている。時々裏声も出す。それでも頼もしく、話は口を挟まず聞いてくれる。コメントもまた斜め下だけど………。
年上なんだろうけど、どこか遠慮の必要性が感じられなく、似たような感覚を知っていた。
兄に似た感覚だ。何から何まで違うけど、兄に対する感情に近いモノが私の中にある。
だからだろうか?キリトくんも懐いてるし、リズとも仲良そう。
やはり彼は魅力的な人間だ。