なんか戦闘は三人称が楽な気がしてきました。
「よぉ、20層ぶりだなエイト。フィールドボスの時は助かったぜ」
顎に髭を生やした青年がエイトととの再会を喜び、前回助けられた礼を述べる。
彼の後ろを歩くのは、10にも満たない赤を基調とした日本の武器や防具を主とする武者、風林火山の面々。
少数精鋭。
彼らのレベルはエイトの予想通り攻略組でも上位に位置するもので、過酷な状況でも未だ誰一人欠けることはなかった。
群を抜いたパーティーの連携だけでなく、頭領であるクラインの能力にも要因がある。
能力とはなにもステータスに表示されるようなスキルだけでなく、目に見えない人としての能力。
彼は頭は決していいとは言えない。反面、視野が広く判断力があるためか、 大まかであるものの自分がすればいいか分かっている。
それはパーティー全体のレベルが上がるに比例してである。
いくら強さや頭が回るキリトとエイトといえども、こうも上手くはいかないだろう。
「25層のボス情報頭に入ってんのか?」
「あたぼうよ!」
親指を立ててウィンクするクラインの姿に、不安を覚えるエイト。
「ぜってえ勝とうぜ!」
緊張や沈んだ空気が流れるこの場において、つまずきそうなぐらい前進する姿勢は悪くはないだろう。
「エイト」
黒衣に耳を包むキリトに呼ばれ、ボス部屋前の配置に着く。
「行くぞぉおおおおおおおおおお!」
名も知らぬタンクが叫ぶと、応えるようにエイト・キリト・アスナを除く攻略組プレイヤーが不安や恐怖を拭うように武器を掲げ叫ぶ。
トッププレイヤーであるキリトも今回ばかりは余裕のない表情で、開かれていボス部屋を見据える。
ソロプレイヤーとぼっちでは頭が上がらないアスナは頭の中でエイトとキリトとのスイッチを脳内で反芻して、深呼吸を繰り返す。
エイトは顔のみ平常心を装っている。手足は震えて、逃げ出そうとすれは鬼に手足を貫かれるだろう。
そうして、両開きの扉が全開になると、全員の足が動き出して、ボス部屋に突入する。
奥には軍を壊滅させた二本の足を地に着け、その頑丈な鎧に見合った巨躯を支えていた。
″ベリト″
悪魔の名を司るモンスター。
モンスターであるリザードマンの鱗を黒くしたような巨体の背には、2本の直剣。
「来るぞッ!!!」
キリトは誰に言ったつもりもなく、自分に言い聞かせ武器を構える。
″ベリト″の背後から人間と同じくらいの大きさを持つ獣″リッパーウルフ″が、爪で地面を鳴らして歩んでくる。
悪魔の行軍
その数、実に20。戦力の差を埋めるようにして現れたモンスター。1体1体のレベルは高くはないが、決して低くもない。取りまきだけで軍の手に余ることが把握出来る。
しかし、想定の範囲内。
「作戦開始!」
アスナの言葉に盾を携えるタンクがオルトロスに突き進み、それ以外は″リッパーウルフ″を倒すべく散開。
「【圧し切り】!」
先陣を走るクライン。鞘から抜かれた白刃。上段から振り下ろされた曲線を描く刀は″リッパーウルフ″の頭にぶつけられた。
斬るというよりも、叩き潰すという表現が正しいのかもしれない。攻撃力は申し分なかった。それでも一撃で倒せるほど、甘くはない。
一方で3人の少年少女はそれぞれの武器を携えて、軍を壊滅に追い込んだ原因の前に立ちはだかる。
赤くランプのように双眼がぼんやりと光る″ベリト″
右手には人間の身長を余裕で上回る″ベリト″の為だけに制作された、片手直剣を強く握り締めていた。
「貧乏クジだろ、これ」
幸せが逃げてしまうため息。幸い、最初から幸せなど訪れるハズのないエイトにとってはため息吐き放題である。
「エイトくんのエクストラスキルで取りまきどうにかならないの?前みたいに」
「オレンジプレイヤーになれってか。つうか、雑魚ならまだしも″リッパーウルフ″はそんな弱くないだろ」
ペン回しの要領で研ぎ澄まされたナイフを器用に扱い、歩み出した2人を見送り、離れた場所からターゲットに先手を打つべく構えをとる。
弧を描くように右と左へ鏡写しのように走り出したキリトとアスナ。目的地は同じ。そして、″ベリト″の正面から虚空を貫く銀閃。
「斬華スキル………」
投剣スキルとはSAO唯一の遠距離攻撃手段にして攻撃力が低いものである。それはエクストラスキルとなって変わりはない。
もっとも本人もそれは百も承知であり、それで終わるのが彼ではない。
「【睡蓮】」
一本のナイフから方向は疎らであるが至近距離で分裂したナイフの数々を全弾受けてしまい、クリティカルも貰ってしまった″ベリト″。
元々、攻撃力の低いナイフに警戒していなかったのか、左右から来る2人の存在を危惧していた。
右手に持つ片手直剣を大きく振って2人を襲う。キリトは躱しきれないと判断して、武器で防御する。
アスナは俊敏な動きで跳躍による回避と間合いに入った瞬間の攻撃準備に回る。
ボス部屋に鳴り響く金属同士が奏でる耳障りな雑音。
″ベリト″の片手直剣はアスナのスピアを側面で捉え、ダメージを免れる。素早い判断力。
が、黒い影が″ベリト″の右足を襲う。高い攻撃力によって″ベリト″のHPを削る。
しなやかに動く片手直剣でキリトを切り刻もうとした剣戟の連続。既にバックステップで下がったキリトの鼻先を掠める。
「【五連突き】」
あと一歩踏み込めばキリトに直撃していたとこを、エイトの拙い槍スキルのフォローが入る。
「【薔薇】」
対象をエイトに変えて射程圏に行くと、地面に刺さっていたナイフに触れると【睡蓮】のようにナイフが飛び出す。
それによりダメージは与えられても怯む様子は見られず、振り抜かれた攻撃に防御する間も与えられず宙を舞う。
「攻撃力おかしくない?」
間の抜けたエイトの発言通り、一挙に半分以上も持っていかれたHP。それでも恐怖を押し止め、冷静さを保つ。
空中で体勢を立て直すと、片膝をついてポーションを飲んで回復作業。
「エイト!大丈夫か!?」
斧を担ぐ黒人のスキンヘッド、エギルは迫り来る″リッパーウルフ″に止めを刺しつつ、エイトの身を案ずる。
「なんとかな」
″ベリト″の鞘から抜かれていないもう一本の剣に疑念を抱きながら、再び立ち向かう。
強力なボスに対して絶妙なコンビネーションで踊る2人。それに翻弄される“ベリト”であるが、一本目のHPバーがなくなった瞬間、追加される″リッパーウルフ″。
そして、キリトとアスナを無視して走り出した怪物は手負いの聖竜連合に一振り下す。それにより、姿がエフェクトとなって砕け散る。
そこから大きく踏み込んで横に振られた片手直剣はまた一人の犠牲者を生んだ。
「散れッ!!!」
事態を即座に理解したエイトは柄にもなく声を荒げて、″ベリト″の近くにいるプレイヤーに呼び掛ける。が、それが仇となって複数の″リッパーウルフ″が一人に襲いかかり始める。
全体が動揺している今、誰も彼もがそのプレイヤーを助けることなく、この世界からも現実からも消え去る。
仮にここでエイトが何も言わなかったら、犠牲は出なかったか?
答えは不明。″ベリト″の犠牲になっていただろう。人生はゲームのようにやり直したら結果が変わることはない。
あのプレイヤーを殺したのは自分なのか?
罪意識からの考えが脳裏によぎる。
そして、思い出されていく比企谷八幡流の犠牲を出さずに済む解決策。
「キリト。フェンサーさんや。こいつは俺が足止めする。お前達は取りまきを潰せ」
「なにを言ってるんだ?」
聞き取れなかった訳ではない。言っている意味が分からないのだ。
驚異的な強さを持つ怪物相手に1人で戦おうと言うのだ。
先ほどまでの攻防は一見優勢に見えていたが、かすっただけとは思えないダメージ量。一撃が重く防御しても幾度となく、弾き飛ばされそうになる。それはモロにダメージを受けたエイトが一番分かってる筈だった。
「ここはタンクを呼んで戦うべきよ」
タンクとは言わば盾役で、防御を重視したプレイヤー。攻撃には参加しないが、味方への攻撃を防ぐ重要な役割である。今回は数の多い″リッパーウルフ″に苦肉の策として参戦している。もし定石通りのままならば、″リッパーウルフ″に対象仕切れずタンクを背後から襲いベリトと挟み撃ちになっていただろう。
アスナの案は間違ってはいない。ただ、しぶとい″リッパーウルフ″が更なる問題になっているのだ。ここで軍のミスが一層浮き彫りになってくる。
だからこそ、エイトは独りで立ち向かうのだ。
「お前達がいれば″リッパーウルフ″はちゃっちゃと片付くだろ。そうすりゃ他のプレイヤーも″ベリト″との戦いに参加する。″リッパーウルフ″が出たらこの繰り返しだ」
リスクが大きい。確かにその通りに行けば上手く″ベリト″を倒せるが、エイトがこれを相手に保つのか。
この作戦はたたでさえ3人に負担が架せられるものだったのに、更に負担を片寄らせてしまうのだ。
「行け」
口論している暇も考えている余裕もない。
有無を言わせはしない。
言いたいことを飲み込んだアスナはエイトに背を向け、一番近くにいた″リッパーウルフ″を刺突で突き刺す。
現プレイヤーの中で最高速度を持つ、閃光の如き剣閃が流星のように容赦なく敵に襲い掛かる。
アスナとは別方向へ駆けるキリトは口を開いた″リッパーウルフ″の攻撃を回避し、カウンターに一筋の曲線を描く直剣が上下両断する。
(( 急げ! ))
エイトの命運を握っているのは2人が如何に早く″リッパーウルフ″を殲滅するのに懸かっている。
25層ボスは次の次辺りで終わると思います。
ちなみに斬華スキルという名前は単に名前が思い付かなかったからという、適当な理由です。