機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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どうも、お久しぶりです。

本当にお久しぶりです。生きてます。えらく間が開いてしまってすみません。

リアルのゴタゴタも何とか収束が見えてきました。収束したところで忙しいのは変わりありませんが、これまでとは質の違う忙しさになると思いますので、執筆は何とか元に戻りそうです。

長らくお待たせしてしまったのでもう見切りをつけられた方もいらっしゃるかもしれませんが、まだ読んでもいいという方がいらっしゃったらどうぞご覧になってください。

では、約三ヶ月ぶりの最新話です。


NO.08 目覚めよ 傷ついたまま

「出すの? 本当に?」

「ああ」

 

格納庫。四人の人影が並んで歩いている。目的地へと向かう途上、質問してきたメイに答えたのはジルだった。

 

「じゃあ、あれが?」

 

メイは彼女達の少し後方にいて黙ってついてくる人物…アンジュに一瞬だけ振り返った。

 

「さあね…。それより、起動できるか?」

「余裕! 20分もあれば!」

 

そう告げるとメイは走り出す。やがて彼女を除いた三人はある機体の前へと辿り着いた。

 

「こいつが、お前の機体だ」

 

ジルがそう告げると照明が点灯し、一機のパラメイルが照らし出された。

 

「かなり古い機体でな。老朽化したエンジン、無茶苦茶なエネルギー制御、いつ墜ちるか分からないポンコツだ。死にたい奴には打って付けだろ?」

 

皮肉気な表情でアンジュに視線を向けるジル。だがそれも一瞬で、すぐに機体に視線を戻した。

 

「名は…ヴィルキス」

 

だがアンジュは彼女の言葉が耳に入っているのかどうか定かではない様子で、ふらふらとした覚束ない足取りでヴィルキスへと近づいていった。

 

「…死ねるのですね、これに乗れば。…戻れるのですね、アンジュリーゼに」

 

アンジュがヴィルキスの目の前辺りまで移動したところで、これまで口を開かなかったもう一人…サリアがジルに振り返って詰め寄っていた。

 

「ジル、どうして?」

「ん?」

「この機体は「司令官の命令に従えないなら、処分するよ」」

 

有無を言わせずにサリアの言葉を遮る。そう言われたからだろうがサリアは口を噤んだが、それでもその表情には不満そうな感情がありありと浮かんでいた。

 

「さあ、出撃だ。暫定だが隊長としての初陣、期待している」

 

そしてそれだけ告げると、ジルは身を翻してさっさとその場を後にした。サリアに対して負い目があったのか、それともくだらない戯言を聞いている暇はなかったのかそれは本人にしかわからない。

 

「…イエス、マム」

 

その後姿を見送るサリアの口調は、納得できない感情がありありと篭められたものだった。

 

 

 

 

 

『進路クリア。第一中隊、発進どうぞ』

「了解。第一中隊、発進します!」

 

号令一下、サリアを先頭として第一中隊の面々が次々に発進していく。あれから出撃準備を終えた第一中隊が、生き残りのドラゴンを討つために再び大空へと舞い上がったのである。

そしてその最後尾には、当然のように虚ろな表情のアンジュがいた。

 

「何であいつも来てんだよ」

 

真っ先に憎々しげな表情で文句を言ったのはロザリーだった。

 

「お姉さまを負傷させた奴と、一緒に出撃!?」

「コロス・コロス・ブチコロス…」

 

クリスも怨嗟の言葉を呟いている。死ななかったとはいえ、慕っている隊長を負傷させたのだ。相当な怒りや不満があるのも仕方ないことだった。

 

「死にに行くそうだよ、あいつ」

 

そんな二人の意を汲んで…ということかどうかは分からないが、答えたのはヒルダだった。その一言にロザリーとクリスも先程までとは打って変わってハッとした表情に変わった。

 

「見せてもらおうじゃないか。痛姫さまの死にっぷりをさ!」

 

楽しそうな表情で微笑むヒルダ。そんなことを言われているとは思ってもいないのだろう、アンジュはフラフラとした飛び方で最後尾についている。そんな彼女の存在を話の俎上に上げるのは、無論ヒルダたち三人だけではなかった。

 

「おおー、なんじゃあの機体!」

 

先を行くピンクの機体…レイザーに乗るヴィヴィアンがアンジュのヴィルキスを見て興奮している。

 

「サリアサリア! あのパラメイルどきどきしない!?」

 

声を弾ませながら暫定隊長となっているサリアに話しかける。が、サリアは答えない。

 

「ねえ、サリアー!」

「作戦中よ、ヴィヴィアン!」

 

サリアが窘める。無論、言葉通りの意味でもあるのだろうが、ヴィルキスを取られたことに対する納得の出来ない感情もあるのだろう。と、第一中隊に司令部から通信が入る。

 

『敵影確認』

「来るぞ!」

 

意識を戻して戦闘に備える。ドラゴンとの再会はもう目前に迫っていた。そしてそんな彼女達の遥か後方には、その彼女達を見守るかのように視線を向けている一機の機体があった。そう、言わずと知れたガンダムシュピーゲルである。但し、今回は距離が遠いとあって出撃はしていない。アルゼナルにて遥か彼方の戦闘空域に向かって視線を向けているだけである。

 

「……」

 

モビルトレースシステム内部にてシュバルツは腕を組み、仁王立ちになっていた。その右拳は損傷したままであったが、それを気にする様子もなく静かに佇んでいる。と、ゆっくりとシュバルツがその目を閉じた。

 

「……」

 

そしてそのまま顔を動かすこともなく前を見据える。目を閉じてはいるが、その視線は遥か先にいる第一中隊に向けられたものであるのは疑いようのないものだった。無事を祈っているのか、それとも心中で激励でもしているのか、その表情からはついぞ何の感情も読み取ることは出来なかったが。

ガンダムシュピーゲル…シュバルツがアルゼナルから彼女達に首を向けていることなど知りもしない第一中隊は、シュバルツが討ちもらしたガレオン級と海上で接敵していた。海から浮かび上がり、羽ばたきながら咆哮して彼女達と対峙する。

 

「どうする? 隊長」

 

ヒルダが訊ねる。言葉通りの意味なのだろうが、多分に揶揄するような含みを感じられるのは気のせいだろうか。それに気付いていないのか、それとも気付いているが敢えて無視しているのかはわからないが、サリアが答えた。

 

「ヤツは瀕死よ、一気に止めを刺す。全機、駆逐形態! 凍結バレット装填!」

『イエス、マム!』

 

命令と共に第一中隊のパラメイルは飛翔形態から駆逐形態へと変形し、各機凍結バレットを装填する。

 

「陣形、密集突撃! 攻撃開始!」

 

そして号令と共に目の前の敵を倒すべくその名の通り突撃していく。それを待ち受けるガレオン級は目を剥いて咆哮すると、それに呼応するかのように魔方陣の紋様が浮かび上がる。そして不思議なことに海上にも同じ紋様が浮かび上がると、次の瞬間海中から上空に向かって無数の弾丸のようなものが第一中隊に向かって飛び上がっていった。

 

「! サリア、下!」

 

最初にそれに気がついたのはヴィヴィアンだった。その優れた直感力というか、戦士としての嗅覚はこのときも如何なく発揮された。

 

「下!?」

 

ヴィヴィアンの助言で気付いた第一中隊の面々は、各々海上からの攻撃に対して回避行動を取る。が、如何せん不意打ちということもあり、ロザリーとクリスがライフルを落としてしまった。

 

「ロザリー! クリス!」

 

ヒルダが彼女達を気遣うように名前を呼ぶ。が、その間にも海上からの攻撃は雨霰と降り注ぐため、彼女自身も回避に集中するのが精一杯で駆けつける余裕はなかった。

 

「罠仕掛けてたのか、小癪なー!」

 

ヴィヴィアンが回避しながらライフルを揮って一人気を吐く。そんな中、暫定隊長の立場にあるサリアはこの事態に対処が出来ていなかった。

 

「こんな攻撃してくるなんて、過去のデータにはない…」

 

予想外の事態に対処できないサリアだったが、だからといってそれで攻撃が収まることもなく光弾の砲火は続く。

 

「どうするのサリアちゃん! このままじゃ危険よ!」

「どうするって、どうすれば…」

 

軽く被弾したエルシャがサリアに指示を求めるがサリアは戸惑うばかりで何も出来ない。彼女はメイルライダー達の中でもトップクラスに優秀なのだが、通り一遍等というか教科書通りというか、四角四面な性質のため、こういった己の予測を超えている、あるいは想定外の事態の対処には非常に弱かった。

自然にライフルを所持しているサリア・エルシャ・ヴィヴィアン・ヒルダの四人が密集してライフルを揮い、光弾を撃ち落としていく。しかし防戦一方では当然ながら敵を倒すことなどままならない。

 

「ぞ、ゾーラ隊長…」

 

思わずこの場にいない本来の隊長の名を呟く。

 

「今の隊長は貴方よ、サリア」

 

そんな彼女を叱咤するためだろうか通信が入る。だがそれが誰からのものなのか認識する前にガレオン級が彼女達に向かって突っ込んできた。

 

「か、回避!」

 

散開して突進を避ける。しかし戸惑いから判断が遅れてしまったのか、指示を出したサリア自身が攻撃を避けられずに食らってしまい、更に悪いことにその腕に捕えられてしまった。

 

「サリアちゃん!」

「サリア!」

 

エルシャとヴィヴィアンがサリアの安否を確認するためだろうかその名を呼ぶ。拘束を解くためだろうか衝撃を受けて揺れるコックピットを空けると、サリアは備え付けてあったマシンガンを構えてそれをガレオン級に向けて撃った。

しかしガレオン級は銃弾を受けても一向に意に介した様子はない。まるで、無駄なことはするなとでも言うかの如くサリアに顔を向けて一度咆哮しただけで、サリアのアーキバスを解放することはなかった。

 

「っ!」

 

サリアの表情が強張る。そんなときだった、アンジュがフラフラと飛行しながらガレオン級に突っ込んで行ったのは。

 

「もうすぐ…もうすぐよ…」

 

呟く。まるで壊れたラジオのように。

 

「もうすぐ、さよなら出来る…」

 

そのまま真っ直ぐ突っ込んでいく。目に涙を浮かべながらも力なく微笑んでいるのは己の呟いた言葉通りにこの現実からさよなら出来ることへの嬉しさからだろうか。

 

「アンジュ!」

 

サリアが叫んだのとほぼ時を同じくしてガレオン級が咆哮する。そして己の身体を反転させたかと思うと、その長い尾をアンジュの乗るヴィルキスへと叩きつけた。

 

「はっ!」

 

気付いたときには尾を叩きつけられて吹き飛ばされてバランスを崩す。しかしすぐにコントロールを立て直した。

 

「いけない、もう一度」

 

旋回し、進路を再びガレオン級へと向ける。咆哮と共にガレオン級の身体を魔方陣が滑り落ち、全身から光弾が現れてそれがアンジュへと降り注いだ。

 

「くっ、ううっ、うっ!」

 

額の傷口が開いたのだろうか血が流れ落ちる。己が身に降り注ぐ無数の光弾は死を望む彼女にとっては願ってもない攻撃だったはずだが、意識的にか無意識かは分からないが顔を背け、アンジュはそれをかわしてしまう。

 

「うわあああああっ!」

 

悲鳴を上げながら海へ向かって墜落していくヴィルキス。だが着水する前に何とか体勢を立て直すと機首を上げる。俯きながら苦しそうに呼吸を繰り返していた。

 

「何してんだ、あいつ」

 

何がやりたいのか分からないアンジュの行動に思わずヒルダは呟く。そしてその思いは遠く離れたアルゼナルからその眼差しを向けているシュバルツにも共通するものだった。

 

 

 

 

 

「何をしていることやら…」

 

司令部からリアルタイムで送られてくるこれまでの戦闘映像を、今まで何も言わずに厳しい表情で見ていたシュバルツが思わず呟いていた。

フラフラと危なっかしい飛び方で飛んでいるアンジュ。今までのこともあり、シュバルツは彼にしては珍しく、本当に彼女のことはどうでもいいと思っていた。

 

(生命のやり取りをする場所では、常に死ぬか生きるか二つに一つ)

「果たして貴様が選ぶのはどちらかな、皇女殿下」

 

死を選ぶのならそれはそれで良し。元々のアンジュの望み通りになるからだ。そして今のままでは十中八九そうなるだろう。だがもし生きて帰ってきたとしたら…。

 

「……」

 

厳しい表情は相変わらずで、シュバルツは引き続き映像の先のアンジュに…ヴィルキスに視線を向けていた。

 

 

 

 

 

「ダメじゃない…ちゃんと、ちゃんと死ななくちゃ…」

 

体勢を立て直して顔を上げてそう呟いた瞬間、まるでその望みを叶えてやると言わんばかりに咆哮を上げたガレオン級にアンジュは捕えられてしまった。その衝撃でコックピット内に身体をぶつけ、その拍子に左腕に巻かれた包帯が緩んで戦闘前に自分の元に戻ってきていた指輪があらわになる。

 

「クッ…」

 

顔を顰めながら痛む身体を押さえて目を開く。そこには自分を覗き込みながら咆哮を上げるガレオン級の姿があった。

 

「ヒッ…」

 

その姿に恐怖を覚えて身を竦ませる。脳内に浮かんできたのは先の戦闘でドラゴンに殺されたココとミランダの姿だった。

 

「あ…ああ…ああ…」

 

恐怖が蘇り、震えながらいやいやをするように何度も首を左右に振る。恐怖が限界点を超えたのだろうか、アンジュは失禁していた。だが、そんなことにも気がつかないほどに彼女は追い詰められていた。

そんな時だった、偶然にもあらわになっていた指輪に目がいったのは。そして思い出す。

 

『生きるのです、アンジュリーゼ』

 

自分を庇い、己の腕の中で冷たくなっていった母のことを。そしてガレオン級がまた咆哮を上げた時だった。

 

「いやーっ!」

 

悲鳴に呼応するかのように額から流れ出た血がポタポタと己の身体に血痕を形作る。そのうちの一つが偶然にも指輪に落ちたとき、それは起こった。突然指輪が光りだしたのだ。

それに驚いたのだろうか、あるいは他の理由があるのかガレオン級はせっかく捕えたヴィルキスを手放してしまう。

 

「ああっ!」

 

その拍子に、同じようにガレオン級に捕まっていたサリアのアーキバスも投げ出されて解放される。そしてそれと同時に、ヴィルキスには目に見える変化が起こっていた。

古い皮を脱いで変身するかのように無機質だったヴィルキスが鮮やかに色づき始めたのだ。あたかも蛹から蝶へと脱皮するかのように。

 

「あ…っ!」

 

ヴィルキスの突然の変化に戸惑うアンジュだったが、急いで今までのフライトモードからアサルトモードへと変形する。そしてアサルトモードへと変形を完了したときには、ヴィルキスは今までのくすんだポンコツからまるで新品のような白亜の機体へと生まれ変わっていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

アサルトモードに変形したヴィルキスのコックピット内で涙を流しながら過呼吸気味になっているアンジュ。そんな彼女に止めを刺そうとガレオン級が襲い掛かってくる。

 

「死にたくない…死にたくない…」

 

先程までと同じく、いやいやをするように首を左右に振りながら今までとはまるで反対のことを呟くアンジュ。そして自身の言葉を肯定するかのように旋回しながらライフルを撃ち、今まで一度たりともしてこなかった攻撃を仕掛ける。

 

「死にたくないーっ!」

 

フライトモードになって一度距離を取り、心からの叫びを上げながら再びガレオン級へと突っ込んでいくアンジュ。そんなアンジュを仕留めようと、ガレオン級は再び光弾の嵐をアンジュの乗るヴィルキスへと発射する。しかし、それはヴィルキスを捕えることが出来ない。

フライトモードの状態で全てかわし、アサルトモードに変形すると備え付けのブレードで光弾を弾く。そうしながら、ヴィルキスは確実にガレオン級へと肉薄していた。

 

「お…」

 

息は荒く、肩が大きく上下動している。

 

「お前が…」

 

突っ込んでくるガレオン級を見据える。未だにその目には涙が溜まっているが、その目つきは今までのように死を求めるものではなかった。そして受けて立つとばかりにブレードを構えながら突進していき、ガレオン級の脳天にブレードを突き刺した。すさまじい咆哮と共に、傷口から大量の血が噴水のように噴出す。そして…

 

「お前が、死ねーっ!」

 

凍結バレットをその身体に打ち込んだ。ガレオン級は己の身体を凍結させながら断末魔の咆哮を上げると、海へと墜ちていく。そして海へ着水するのと同時にその一帯が凍りついた。

アンジュが勝ったのだ。自分で叫んだ通りドラゴンを殺し、その生命を刈り取って、彼女は生き延びた。

その姿、その叫びを、サリアを初めとするメイルライダーたち、そして司令部の面々は見て、そして聞いていた。そして勿論、シュバルツも。

 

「はあっ、はあっ、はあっ…」

 

戦い終わり、アンジュは息を整える。と、

 

「ハッ…ハハッ…」

 

笑い出す。拭ってもいないので当然だが相変わらず涙を浮かべたまま。その頬は紅潮し、その表情は恍惚としていた。

 

「こんな感情…知らない…」

『昂ぶってんじゃねえか』

「違う! こんなの私じゃない!」

 

少し前にゾーラに指摘されたことを思い出し、それを必死になって否定する。

 

「殺しても生きたいだなんて、そんな汚くて、あさましくて、身勝手な…」

『それが、ノーマだ』

 

しかしゾーラの言葉がアンジュの心に突き刺さる。否応なくそれを認めさせられ、そして、

 

「うわあああああああっ…」

 

彼女は泣いた。それこそ咆哮といっていいような悲痛な叫び声だった。それを聞いたジルは司令部を後にする。その表情は、実に満足気なものだった。そしてもう二人。

 

「くっくっくっくっくっ、やっと認めたようだね…」

 

一人は医務室で安静にしているゾーラ。彼女はアンジュが泣いているのを聞きながら、実に楽しそうに笑っていた。そして今一人。

 

「まさかあれは、ハイパーモード…いや」

 

言うまでもなくシュバルツである。彼はヴィルキスの変化を見て思わず呟いたが、即座にそれを否定した。

 

「今のあやつが曇りのない鏡の如く、静かに湛えた水の如き心の境地に達したとはとても思えん。操縦者ではなく、機体自身に何らかの変化があったと解釈して良さそうだ」

「だが、あの変化は一体…」

 

少しの間考えていたシュバルツだったが、現段階では当然のように回答を導けはしない。だが、思い当たる…というより、思い至る節がないわけではなかった。

 

(ジル…)

 

脳内に浮かんだのはこのアルゼナルの司令である彼女のことである。彼女がここの長である以上、あれをアンジュに与えたことに対する最終決定権は彼女にあるのは考えるまでもない道理であった。

 

「お前の計画通り…ということか?」

 

呟く。しかし当然のように答えは返ってこない。少しの間厳しい表情を浮かべていたシュバルツだったが、やがて身を翻して格納壕へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「さようなら、お父様、お母様、お兄様、シルヴィア…」

 

舞台は変わり、アルゼナルの墓地。いつの間に雨は上がったのか夕日が照らす今のこの場所でアンジュはある墓の前に佇んでいた。当然というべきか、それはココとミランダの墓の前だった。自らがこの墓石をここへ運んだのも記憶に新しい。

アンジュは風に靡く己の髪を束ねるとそれにナイフを当てて切断した。腰の辺りまであった金髪は襟元ぐらいまでの見事なショートカットへと変わっていた。

 

(私にはもう、何もない…)

 

掴んでいた己の髪を離す。当然の如くそれは風に吹かれ、空へと舞い上がっていった。

 

(何もいらない。過去も、名前も、何もかも)

 

その真紅に染まる瞳は、確かに今までのものとは違っていた。そして、ココとミランダ、二人の墓石に目を向ける。

 

(貴方達のように、簡単に死なない。生きるためなら地面を這いずり、泥水を啜り、血反吐を吐くわ)

 

アンジュなりの二人への手向けの言葉なのだろうか、そう墓前で決意表明すると彼女はその場を後にした。

 

(私は生きる。殺して、生きる)

 

力強く前を見据える。と、予想だにしなかった人物がこちらに向かってくるのが目に入ってきた。

 

(っ! あれは…っ!)

 

その人物を目にした瞬間、足が萎縮して一瞬だけ歩行速度が鈍った。が、すぐに気合を入れ直して怯まずに前へと進む。やがて二人は適当な距離まで接近すると互いの足を止めた。

 

(ほぉ…)

 

アンジュに相対する者…シュバルツは少しだけ感心していた。彼女の目が今までとは明らかに違っていたからである。先程少し度の越えたお仕置きをしたこともあり、自分を目にしたことで目を伏せて、あるいは逸らせてそそくさと立ち去るかとでも思ったが、意外にも真正面から対峙してきた。

その視線も、奥底にこそまだ恐怖や戸惑いを感じ取ることが出来るが、真っ先に感じ取れるのは敵愾心や反発といった感情である。向こうを張って退く気配のないその視線に、シュバルツは先程の己の考えを訂正していた。

 

(変化があったのは機体だけだと思っていたが、どうやら自身も一皮剥けたようだな)

 

そんな風に思っていると、不意にアンジュが、

 

「何」

 

と、刺すような視線のまま強めの口調でそう言った。が、ガンダムファイターの中でも超一級品に分類されるシュバルツが小娘のその程度の敵意に怯むはずはない。

 

「お前には関係のないことだ」

 

それだけ言い残すと、シュバルツはアンジュの隣を通り過ぎて歩いていった。アンジュは振り返ると、憎々しげな視線をシュバルツへと突き刺す。少しの間敵愾心の篭もった視線でシュバルツを睨んでいたアンジュだったが、やがて忌々しげに視線を戻すとその場を後にした。

 

 

 

 

 

アンジュが立ち去った後のココとミランダの墓前。シュバルツはここで立ち止まると二人の墓前に花束を供えた。戦闘終了後に早速、ジャスミン・モールを利用して用意したものだった。

 

(こんなことぐらいしか出来ないが…)

「許せよ」

 

一言それだけ言うと膝を折って手を合わせ、目を瞑って拝む。顔は先日の食堂での騒動のときにチラッと見たので何とか思い出せるが、どちらがどちらかは分からなかった。

 

(どちらがどちらかもわからないのに祈るなど、考えてみれば失礼な話だがな。それを含めて、許せよ)

 

二人のために祈る。と、

 

「ありがとよ」

 

不意に、後ろから誰かの声が聞こえた。もっとも、随分前から気配は感じていたために、シュバルツが驚くことはなかった。

 

「ゾーラか」

 

祈りを終えて目を開け、立ち上がってから振り返る。そこには果たして、シュバルツが言った通りゾーラの姿があった。それも面白いものを持って。

 

「休んでいなくていいのか?」

「腕の骨折だからね。無理は禁物だけど、歩き回るのは問題ないさ」

「そうか。…で、それは?」

 

視線を、無事な方の腕の手元に向ける。するとゾーラは楽しそうにニヤッと笑った。

 

「これかい?」

 

そう言って歩き始めると、シュバルツの横に並んで片手で器用にコルクの栓を開ける。そしてその中身をココとミランダの墓に向けて注ぎ始めた。

 

「この味も知らないで逝っちまうなんざ、勿体無さ過ぎるだろ。だから…さ」

「成る程な」

 

これがお前流の手向けなのだなと思いながら、シュバルツはその光景を見ている。やがてゾーラの持ってきたもの…一級品のウイスキーは全て彼女達の墓に注がれた。

軽くピッピッと振って中身が出きったことを確認すると、ゾーラは再び器用に片手でコルクの栓を締める。そして二人は墓前で並びあった。

 

「ありがとよ」

 

先程と同じ事をもう一度ゾーラが言う。シュバルツが墓に参ってくれたのが余程嬉しかったのだろうか。

 

「いや…」

 

対してシュバルツは申し訳なさそうに首を左右に振った。

 

「これぐらいしか私に出来ることはないからな」

「いいんだよ。十分だって」

 

そう言って、ゾーラは空いたウイスキーのビンを二人の墓の丁度真ん中に置いた。

 

「忘れてさえやらなきゃ、こいつらはそいつの心の中で生き続けるからね…」

「ゾーラ…」

「何てね。少しキザだったかね?」

「ふっ、いや…」

 

軽く微笑み、シュバルツが首を左右に振った。

 

「そんなことはないさ」

「そうかい?」

「ああ」

 

そんな他愛もない会話を交わしていたら風が強くなってきた。日も随分と落ちてその姿を水平線の向こうに隠そうとし始めている。

 

「そろそろ戻らないか? 怪我人に夜風は余り良い代物ではないだろう」

「おや、あたしの心配をしてくれてるのかい?」

「当たり前だろう」

「くっくっくっ、嬉しいねぇ…」

 

言葉通り、実に嬉しそうにゾーラが微笑んだ。と、一際大きな突風が吹きつけ、ゾーラは思わずバランスを崩してしまった。

 

「わっ!」

「おっと」

 

バランスを崩して倒れこんできたゾーラをシュバルツが受け止める。不可抗力とはいえ、その姿はあたかもゾーラがシュバルツの胸に飛び込んで、シュバルツが彼女を抱きしめる形になっていた。

 

「大丈夫か?」

「えっ…? あ…」

 

シュバルツに気遣われ、ゾーラは今の自分の状態にようやく思い至ることになる。そして彼女にしては実に珍しいことに羞恥で頬を紅く染めていた。

 

「あ、ありがと。もう大丈夫だから」

「そうか」

 

拘束が解かれたゾーラは慌ててシュバルツから離れる。

 

(生娘じゃあるまいし、何紅くなってんだ、あたしは)

 

そして自分がこんな初心な反応をしたことに、自分のことながら信じられなかった。

 

「さあ、戻ろう。医務室か自室かはわからないが、何なら送っていくぞ」

 

対してシュバルツはあくまでも普段と変わらずにゾーラを気遣う。その態度に逆に平静を取り戻したゾーラがニヤリといつもの笑みを浮かべた。

 

「そうかい。どうせなら、抱きかかえて運んでもらおうかね」

「それだけ言えるのなら心配は要らんな」

 

ふっと笑うと、シュバルツは背を向けて歩き出した。

 

「ああ、待っておくれよ!」

 

ゾーラが慌ててその背中を追いかける。そうして墓地は喧騒からあるべき静寂の姿へと戻っていった。

 

 

 

 

 

明けて翌日。

 

「んー、良い天気。今日も一日頑張ろ」

 

朝の爽やかな空気を吸い込み、メイが伸びをした。整備班の朝は早い。おかげでメイもすっかりと早起きが身についていた。

既に作業服に身を包み、持ち場へと出勤している。今は業務前に外に出てリラックスしている状態だった。と、ふと目の端にガンダムシュピーゲルが入り込んできたので、メイは何とはなくそのままシュピーゲルへと足を向けた。

 

「昨日はお疲れ様。次も宜しくね」

 

語りかける。無論、機械であるシュピーゲルが反応するわけはないのだが、それでもメイは満足していた。いつもと変わらぬその勇姿に心が躍る。と、

 

(あれ…?)

 

何となく違和感に引っかかった。メイはもう一度シュピーゲルに視線を走らせる。

そこには普段と変わらないシュピーゲルの姿があった。そう、『何一つ変わっていない』のである。

 

「えっ…あっ!」

 

その違和感が何なのかメイは気付いた。復活しているのだ、右拳が。昨日のドラゴンとの戦闘で確かに破壊された右拳が、綺麗に元に戻っていた。まるで損傷など最初からなかったように。

しかし、この右拳は確かに破壊されていた。それは自分も見たし、戦闘映像の記録も残っているはずだからそれは間違っていないはずである。

 

「どういう…こと?」

 

どういうことなのか分からず混乱したメイが思わず呟いた。そしてその瞬間、昨日シュバルツがメイに言ったある言葉が思い出された。

 

『確かめたいことがある。だから頼む』

「シュバルツが言ってた確かめたいことって…まさかこのこと?」

 

そのメイの呟きに答える者はいない。そんな彼女を、シュピーゲルはいつものように物言わずに見下ろしていた。


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