機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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ご無沙汰しております。季節イベント絡みの投稿ということで、今回は十五夜になります。今回の主役が誰なのかは、本文を読んでご確認ください。

そして、とりあえずこれでこの作品についてはネタ切れになった感はあります。本編が終了した後もこうやってちょくちょく投稿し、それに付き合っていただいてありがとうございました。今後についてはホントに期待しないでください。一応万一のことを考えて完結にはしないでおきますけど。

では、恐らく最後になってしまうと思われる本作品。どうぞ。


Extra Episode.08 月下の男女

幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。

その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。

だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。

これはその最中のある一つの風景。そして、いずれ辿ることになるかもしれない一つの未来のお話。

 

 

 

 

 

「おーい、そっちの用意できたぁ!?」

「まだー」

「ねー、これ何処に持ってくのぉ!?」

「ちょっと、そこどいて!」

「これはこっちでしょ…それはあっちでしょ…」

 

とある日、アンジュたちがドラゴンの世界に来た時に通された宮殿にて。この日は数多くのドラゴンの女性、そして旧アルゼナル組がこの宮殿を所狭しと駆け回っていた。

 

(ふむ…)

 

その姿をシュバルツ=キョウジが彼女たちの邪魔にならないところで追っている。いつもならば同じように慌ただしく動いているのだが、今日はそれを止められていた。何でも、彼女たちがおもてなしをしてくれるそうだ。なので、今日のキョウジは主賓なのである。

 

(しかし…この行事がここでもあるとはな…)

 

夕焼けに染まった空を見ながら、キョウジがそのときのことを思い出していた。

 

 

 

『ほう、十五夜か』

 

時間は少し巻き戻り数日前。喫茶アンジュにて寛いでいたキョウジがその言葉を聞き、少し驚いた表情をした。

 

『? 十五夜って?』

 

聞きなれない言葉だったのだろう。アンジュが首を傾げる。

 

『月を眺めながらそれを楽しみ、収穫などに感謝する行事ですわ』

 

サラが簡単に説明した。

 

『ふーん…。妙な行事があるのね』

 

今一つピンとこないのだろう。アンジュがどうでもよさげな感想を口にする。

 

『それで、それに招待してくれると?』

『はい!』

 

キョウジの言葉に、サラが満面の笑みで返す。

 

『予定がなければ、是非!』

『予定はないが…いいのか?』

『勿論ですわ!』

 

サラがキョウジの手を取って訴えた。その行動にちょっとだけムッとしながら、しかししょうがないなあといった呆れ顔でアンジュが溜め息をつく。

 

『そうか。では、お邪魔させてもらおうか』

『喜んで!』

 

サラのテンションは変わらない。キョウジの言質を取ったことが余程嬉しいのだろう。

 

『当日は私たちが腕によりをかけておもてなししますわ! どうかゆっくりなさってください』

『いや、それは流石に悪いだろう。招かれた立場ではあるが、少なからず手伝いぐらいはしよう』

 

サラの訴えにキョウジは反論したものの、

 

『いいえ!』

 

サラは譲らない。

 

『お客様なのですから、私たちに任せてください! ゲストなのですから、ゆっくりと寛いでくださればいいんです』

『いや、しかし…』

『何を言われても、ここは譲りません!』

 

頑として首を縦に振ってくれないサラに、どうしたものかと思いながら意見を求めるかのようにキョウジはアンジュへと視線をやった。と、

 

『いいじゃない、そこまで言ってくれるんだから』

 

アンジュから返ってきたのはそんな言葉だった。

 

『お言葉に甘えて、たまにはゲストとしてもてなされなさいよ』

『そうですわ!』

 

援軍を得たことで、我が意を得たりとサラがコクコクと頷く。その姿に苦笑し、キョウジも諦めることにした。

 

『わかった。それでは当日は歓待を受けようか』

『そうこなくては』

 

その回答を聞いたサラがまたも満面の笑顔で頷いたのだった。

 

『私たちも行っていいんでしょう?』

『勿論ですわ。是非いらしてください』

『ありがと』

 

そんな会話があり、そしてこの日を迎えたのだった。

 

 

 

「……」

 

ゆっくりと寛いでいるキョウジが周囲に目を走らせる。大分用意は整ってきたとは言え、まだ周囲は忙しない。そしてその中には、

 

「ハァイ、ミスター♪」

 

当然、キョウジに想いを寄せている旧アルゼナル組の姿もあるのだった。

 

「エルシャか」

「ちょっと味見してくれません?」

 

そう言ってエルシャが差し出したのは、月見団子だった。団子だけでは味気ないと思ったのだろうか、きな粉がまぶしてある。

 

「いいのか?」

「勿論」

「では…」

 

その月見団子を受け取ると、キョウジは口へと運んだ。ゆっくり咀嚼するとじっくりと味わう。その様子を、エルシャが落ち着かない様子で見ていた。

 

「うん…」

 

やがて飲み込むと、キョウジが軽く頷く。そして、

 

「美味いぞ」

 

正直な感想を述べた。

 

「本当ですか!?」

「ああ」

「よかった…」

 

キョウジの感想を聞いたエルシャが心底安心したといった表情でホッと胸を撫で下ろした。

 

「そんなに安心するところか?」

 

そのエルシャの様子に、キョウジが苦笑する。

 

「お前の料理の腕は周知のところだろう。それなりのものは作れるのは当然だと思うが」

「ふふ、ミスター。お料理とお菓子作りは勝手が違うんですよ?」

「わかってはいるがな…」

 

そのことはよくわかっているキョウジも頷いた。

 

「それでも、お前の腕ならそうそうハズレはできないはずだ」

「あら、嬉しい。それじゃ、腕によりを掛けなくちゃ」

 

ニッコリと微笑むエルシャ。大分いい雰囲気ではあるのだが、それを周囲がそのままにしておくわけはない。

 

「あら、楽しそうじゃない」

 

最初に割って入ってきたのはサリアだった。

 

「ちゃっかりこんな真似するなんて、エルシャも隅に置けないわね」

「あらら、見つかっちゃったわ」

 

茶目っ気タップリにエルシャが舌を出した。

 

「独り占めしようったって、そうはいかないんだから」

 

そう言うと、サリアが横からキョウジに抱き着いた。

 

「あらあら、サリアちゃんもすっかり乙女になっちゃって」

「わ、悪い!?」

「まさか」

 

苦笑するエルシャ。思うところはあるだろうに、それを見せないところは流石に大人である。

 

「でも、ライバルは私だけじゃないわよ?」

「そんなこと…」

 

わかってる、と続けようとしたところでキョウジの現状を確認したのか、次々とそのライバルたちがやってきた。

 

「おやおや、面白いことしてるじゃないか」

「ホントに。あたしを差し置いてキョウジに手を出すとは、いい度胸してるじゃないか、副長」

「あの堅物のサリアがねぇ」

「わあ、ずるいんだ」

「う、うるさいわね! いいじゃないの別に!」

 

茶々を入れられて恥ずかしがりながらもむくれるサリア。しかしその手はキョウジから離さないし、キョウジから離れようともしない。それを他ギャラリーが許すわけもなく、結局はまたキョウジを中心にして騒ぎが始まるのだ。

 

(やれやれ…)

 

成長しないなとは思いつつも、これも平和を迎えられたからこその光景である。それを考えれば彼女たちを無下に扱うわけにもいかず、キョウジは彼女たちの気の済むようにさせたのだった。

 

 

 

 

 

やがて日が落ち、夜の帳が落ちる。本日の主役である月が夜空を照らし、宮殿のそこかしこでまったりとした時間が訪れていた。その中でキョウジはというと、

 

「お疲れ」

 

このために動いていた面子を労っていた。本日は招かれた立場でおもてなしをされているので本当に何もせずゆっくりと待たせてもらったのだが、それ故にその返礼というわけでもないだろうが、こうして労っていたのである。まずキョウジが訪れたのは今回招いてくれた張本人であるサラのところだった。

 

「あら、キョウジ」

 

キョウジに声を掛けられ、サラが嬉しそうに楽しそうにニッコリと微笑む。キョウジはゆっくりとその傍らに腰を下ろした。

 

「楽しんでくれていますか?」

「ああ」

「そうですか。それは何よりです」

 

笑顔はそのままにサラがクイッと杯を呷る。お猪口に入っているそれは無色透明の液体だった。が、この状況で水を呷るわけはない。その証拠にサラの頬は赤く染まり、色っぽい吐息がその口から漏れていたからだ。

 

(焼酎か何かか…?)

 

随分とまあ、渋い趣味だなと思いながらそれには突っ込まず同じように杯を呷る。キョウジも徳利を持っているのだから人のことは言えないといった方が正しいかもしれないが。と、

 

「ふふ…」

 

酔ったのか、それとも楽しいのかは知らないが、クスッと微笑んだサラがしなだれかかってきた。

 

「酔ったのか?」

「ふふ…さあ、どうでしょう?」

「……」

 

はぐらかすように答えるサラにキョウジもそれ以上は何も言わず、ゆっくりと酒を楽しむ。そんなキョウジに甘えるように、サラは更にしなだれかかった。しかし、そんな甘い時間はいつまでも続かないのがキョウジを取り巻く状況である。

 

「おやおや…」

「随分と言い思いしてるじゃないか、ええ、お姫さん?」

 

新たな訪問者の登場にキョウジが顔を上げると、そこには微笑んでいるジル…アレクトラとゾーラの姿があった。但し、微笑んではいるもののそのこめかみは引く付かせている。

 

「あら」

 

サラが少しだけ拗ねた表情になってキョウジから離れた。

 

「もう…せっかくいいところでしたのに」

「ほーぉ?」

「言ってくれるじゃないか、お姫さん。あたしら相手に」

「だって…お邪魔虫には違いありませんもの」

 

そして、サラが可愛く二人に向かってあっかんべーをした。普段のサラからは考えられないような行動ではあるが、酔いが回っているのだろう。

 

(珍しいこともあるものだな)

 

そんな珍しい姿を肴にキョウジがまた杯を呷る。が、それがのんびりと許されるわけはない。

 

「ほら、そこどきな」

「ああん」

 

アレクトラが無理やりサラを引きはがす。いつもならもう少し抵抗があるのだが今日はあっさりだった。酒のせいで酔いが回って身体に力が入らないのだろうか。でき上がって倒れてしまったサラをナーガとカナメが回収する。

 

「全く…」

「油断も隙もあったもんじゃない…」

 

そんなサラを見送って悪態をついたアレクトラとゾーラだったが、すぐにその顔は恋する乙女の表情へと変わった。そして仲良くキョウジの左右に腰を下ろす。

 

「ずるいじゃないか」

「ん?」

「あたしらを相手にしないで、他の奴と楽しそうにしちゃって…」

「そう言うな」

 

拗ねたような表情で口を尖らせながらつんつんと身体をついてくるゾーラにキョウジが苦笑した。

 

「今回招いてくれたのはサラだからな。主催者への返礼は当然のことだろう?」

「そりゃ、そうだけどさ…」

 

ゾーラも頭ではわかっているのだろう。だが感情が理解できないのか、まだへの字口になって唇を尖らせていた。

 

「まあ、それはまだいいさ」

 

今度はポンとアレクトラが肩を叩く。

 

「でもさっきの、サリアといちゃついていたのはちょっと許せないねぇ」

「あ、そういやそうだった」

 

アレクトラの言葉で思い出したのか、ゾーラの表情も少し険を帯びる。

 

「あたしを差し置いてあんなこと…」

「本当に…許せないねぇ」

「お前たち…」

 

二人の物言いに、キョウジはまた苦笑するしかない。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが、そこまで目くじらを立てなくても…」

「ふん、余裕綽々か?」

「気に入らないねぇ。あんたは選ぶ立場だからいいだろうけどさ」

 

そこでアレクトラとゾーラが図ったように同時に酒を呷った。そしてこれまた同時に、はーっと息を吐く。

 

「選ばれるこっちの身にもなれっての」

「そうだぞ。こっちの身にもなれ!」

「それは…すまん…」

 

そこを攻められては返す言葉もなく、キョウジはただ謝ることしかできない。宙ぶらりんの状態にしているのはひとえに自分の決断力のなさが原因故、そこを攻められるとどうしても弱く、謝ることしかできないのが現状であった。そこを知っているアレクトラとゾーラがお互いに目を合わせると、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

 

「本当に悪いと思ってるか?」

「ああ」

「じゃあ、あたしらの言うこと聞いてくれるよな?」

「内容にもよるが…」

「何、難しいことじゃないさ」

 

そしてアレクトラがキョウジの右腕をガッチリと抑え、同じくゾーラが左腕をガッチリと抑えた。

 

「?」

「朝までたっぷり付き合っておくれ」

「何?」

「月を見るのもいいけど、あたしらの身体に溺れるのもまたいいぜ」

「ちょ、ちょっと待て」

「ごちゃごちゃ…」

「言うんじゃないよ!」

 

そのままキョウジを引きずるアレクトラとゾーラ。しかしそんな二人を、キョウジに想いを寄せる他の女性陣が許すはずもなく、喧々諤々、やいのやいののやり取りの末、結局はなし崩し的にお流れになったのだった。

 

 

 

 

 

「…ったく」

 

ヒルダが憤懣やるかたないといった表情でヤケ酒とばかりに杯を呷った。

 

「司令も隊長も、油断も隙もあったもんじゃないぜ」

「あはは…まあまあ…」

 

苦笑しながらそんなヒルダを宥めているのはナオミだった。ナオミも酒は手にしているが、ヒルダよりもずっと大人しく嗜んでいる。

 

「何だ、余裕じゃないか、ナオミ。あいつは自分のモノにできるっていう自身でもあるのかよ?」

「まさか。そんなわけないじゃない。でも、キョウジは色仕掛けに引っかかるような人じゃないって思ってるもん」

「…ふん」

 

面白くなさそうにヒルダが鼻を鳴らした。ヒルダもそう思ってはいたが、それを素直に言えるほど真っ直ぐな性質でもないのだ。そのためそれを真っ直ぐ言えるナオミの性根が羨ましくもあり、少しだけ鼻につきもしたのだった。

 

「ところで、そのキョウジは何処に行ったんだ?」

「あれ、そう言えば…」

 

キョロキョロと周囲を見渡す。そこかしこでアルゼナルの面々やドラゴンの女性たちが思い思いに十五夜を楽しんでいるがキョウジの姿は何処にもなかった。ではどうしたのかと言うと…

 

「やれやれ…」

 

ヒルダやナオミたちが食って掛かってくれたことでアレクトラとゾーラの拘束から解放されたキョウジが少し疲れた表情になって杯を仰いでいた。場所は他の面々が思い思いに十五夜を楽しんでいる宮殿の屋根の上である。喧騒といつものさや当てに疲れたキョウジがここに脱走してきたのであった。拝借してきた杯に酒を注ぎ、ゆっくりと月を眺める。

 

「悪い連中じゃないのはよくわかっているのだが…」

 

それでも何かにつけて一悶着を起こすのはやめてほしいものだ。キョウジはそう思わざるを得なかった。とは言え、それを引き起こしているのはひとえに自分の優柔不断さからくるものなので文句など言えようもない。ハッキリしないお前が悪いんだと言われたら反論の余地がないからだ。

 

(とは言えどもな…)

 

キョウジの脳裏に自分を慕ってくれている面々の顔が浮かんでは消えていく。皆十分すぎるほど魅力的であり、誤解を恐れずに言えば一人に絞り切れない。悩みの種は尽きなかった。

 

(…まあ今日ぐらいは、そんなことも忘れるか)

 

そんなことを考えながら屋根の上で月を肴に酒を呷る。これが問題を先送りしているだけなことは十分わかってはいるものの、解決法など見つからない現状ではこうするしかできないのが正直なところである。と、そんなキョウジの頭上に影が差した。

 

(ん?)

 

月光を遮ったそれが何かと顔を上げる。そこには滑空しながら自分のところに近づいてきているリィザの姿があった。

 

「こんばんは」

 

程なくキョウジの側に滑るように降りてくると、ニコッと笑いながら挨拶をする。

 

「これはこれは、珍しい御仁がきたな」

 

まさかリィザが来るとは思ってもいなかったキョウジだったが、リィザにつられるように微笑んだ。

 

「あら、お邪魔だったかしら?」

「いや、そんなことはない」

 

リィザの指摘にキョウジが微笑みながら返す。

 

「ゆっくりとさせてくれるなら、歓迎する」

「あらあら…」

 

そのキョウジの言葉に、クスクスと微笑みながらリィザがキョウジの横に腰を下ろした。

 

「戦場では鬼神のごときあなたも、姫様たちの前では形無しね」

「それはそうだ。好意を寄せてくれている相手を、無下にはできんさ」

(まったく…誠実なんだから。あの自称『神』とはえらい違いね)

 

何故か打ち取った宿敵のことを思い出してしまい、リィザは軽く頭を左右に振った。あの自称神には自分も散々な扱いを受けたのだ。思い出して愉快になる相手ではなかった。その不快感を消すためだろうか、リィザがキョウジにしなだれかかった。

 

「どうした?」

 

キョウジは積極的に受け入れもしないが、かといって拒絶することもなくリィザに尋ねた。

 

「…何となく」

 

それに対するリィザの返答がこれだった。

 

「いつも姫様たちばっかり独占してずるいじゃない。たまには私が独占してもいいでしょ?」

「独占されているつもりはないのだが…」

「あれで?」

 

少し拗ねたような表情になり、切れ長の目でリィザが下からキョウジをねめつけた。

 

「すまん」

 

その姿に何も言えなくなってしまい、キョウジがガックリと肩を落とす。

 

「わかればいいのよ」

 

リィザが再び微笑む。そして身体を離すとキョウジの杯に酒を注いだ。

 

「贅沢は言わないわ」

「ん?」

「今日ぐらいは、私にあなたを独占させてよ。いいでしょ?」

「…お姫様が、それで気が済むのだったら」

「ありがと♪」

 

キョウジの言質を取ったリィザが再びキョウジにしなだれかかった。と、キョウジが手に持った自分の杯に酒を注ぎ、それをリィザの目の前に差し出す。

 

「これは?」

「返杯だ。お前が自分の杯を持っているのならそれを使ったが、どうやらそんなものは持ち合わせていないようなのでな」

「ええ」

 

それについてはその通りなのだろう、頷くとリィザが再びキョウジから身体を離してその杯を手に取った。そして、クイッとそれを空ける。

 

「ほう」

 

リィザの飲みっぷりに、キョウジが感心したように呟いた。

 

「いい飲みっぷりだな」

「ふふ、ありがと。お褒めにあずかり光栄だわ」

 

リィザが穏やかな表情で返すと再びその手に持つ杯に酒を注いだ。そしてまたキョウジに返す。先ほどの自分とは違い、月を肴にゆっくりと嗜むように酒を飲むキョウジを優しい眼差しで見つめながら、しかし実はリィザの内心は早鐘を打っていた。

 

(か、間接キス…)

 

そのことを思い出し、リィザの顔の温度が上がる。幸いにも夜であるということで顔色の確認が困難であるということと、酒を飲んだということで顔が赤くなっても不思議ではないことの二つから、リィザがドギマギしていることをキョウジが気付くことはなかった。

リィザとしてもミスルギに潜入していたときに身体を使ってジュリオを篭絡していたのだから、今更間接キスぐらいで恥ずかしがるのもおかしな話なのだが、気持ちのない相手に対するものと、気持ちのある相手に対するものとではやはり心持ちが違ってしまうのだろう。うっとりとした表情になってキョウジを見つめる。

 

(ああ…)

 

感極まったようにキョウジを見つめるリィザ。その瞳はこれもまた恋する乙女のものだった。だが、その感情は決して表には出さない。

 

(サラマンディーネ様の想い人だもの。そんな真似ができるわけない)

 

わかってはいる。この想いは胸に秘めるしかないことを。だがその一方で、

 

(もしもサラマンディーネ様以外を選んだら、そのときは…)

 

私がちょっかい出してもいいわよねともリィザは思っていた。主君が袖にされたのであれば遠慮する必要はないからだ。江戸の敵を長崎で討つというわけではないが、サラが袖にされたらドラゴンの一族の意地にかけてこの男をモノにせねばならない。また、それだけの価値がある男だとも個人的に思っていた。これは自分だけでなく、ドラゴンの一族の総意と言っても過言ではない。だが同時に、それがどれだけ確率の低いことかもわかっていた。何しろ敵は強者ばかり、簡単に勝利を得ることも、そしてその可能性がとても低いこともわかっていた。

 

(でも今は、とりあえずそのことは忘れましょう)

 

今だけとはいえ、こうやってキョウジを独占できるのだ。そのことに感謝しながら今のこの時間を楽しむことに専念することにする。と、

 

「せっかくだ」

 

と、キョウジが口を開いた。こんなことを考えていたからだろうか、リィザは驚いて悲鳴を上げてしまいそうになった。が、何とかそれをこらえて

 

「な、何?」

 

と返す。

 

「今日の本分である十五夜を楽しもうではないか。ゆっくりと月見酒に付き合ってくれ」

「ええ。喜んで」

 

まさか考えが見透かされたわけでもないだろうが、今実際思っていたことと同じことを言われてまた驚く。だが、こういうお誘いであるなら大歓迎だ。

 

「それじゃあ、これだけじゃ少し足りないわね」

 

そう言うと、リィザが立ち上がる。

 

「少しお酒を調達してくるわ。それと、何か食べるものもね」

「すまんな」

「いいのよ。今日のあなたは主賓だもの」

 

そして軽くウインクするとリィザが飛び立った。ほぼ同時刻、

 

「おい、キョウジは何処だ?」

「あたしも探してるんですけど…」

「あいつ、何処に隠れやがった!?」

「ふ…ふふふ…ミスターったら…」

「え、エルシャ、落ち着いて…」

「お姫様は知らない?」

「知りません!」

 

神殿では姿の見えないキョウジを探し求めるいつもの面々の姿があった。袖にされたヤケ酒なのか、サラがいつもからは考えられない振る舞いで手酌で酒を飲んでいる。

 

「チッ、とにかく探すぞ」

「ああ」

「あたしたちを袖にするとは、いい度胸じゃないか」

「ふ…ふふふ…ミスターったら…」

「でも、ホント何処行ったんだろうね?」

「さあ? でもま、それは見つけてからタップリ締め上げればいいでしょ?」

「そうれす!」

 

手に持つ徳利をダンと床にたたきつけ、サラが立ち上がった。

 

「皆さん、行きますよ!」

『お、おー!』

 

サラの迫力に押されて思わず返事をしてしまうアルゼナル組の一行。まさか自分たちの直下でそんな状態になっているとは思わず、キョウジはゆっくりと酒を嗜みながらリィザの帰還を待っていた。程なく戻ってきたリィザは酒と自分用の杯、そして手軽につまめるおつまみをいくつか手にしていた。

 

「さ、どうぞ」

「ありがとう。では、そちらも」

「ええ」

 

二人は肩を並べるとお互いの杯に酒を注ぎ、そしておつまみを口にしながらゆっくりと月見酒を楽しむ。ゆったりと流れる時間を楽しむ二人を、中秋の名月がいつまでも照らしていたのであった。


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