機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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ご無沙汰しております。本作の前回は久しぶりだったのですが、今回はあまり間を置かずにの投稿になりました。

季節イベント絡みの投稿ですので、今回は当然節分です。そして今回の主役も、本文を読んでのお楽しみにして下さい。

季節イベントももう大分少なくなりましたが、ネタとして絡められるものがまだあれば、今後も投稿するかもしれません。お待ちいただけるなら気長にお待ちください。

では、どうぞ。


Extra Episode.07 鬼退治を果たすのは?

幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。

その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。

だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。

これはその最中のある一つの風景。そして、いずれ辿ることになるかもしれない一つの未来のお話。

 

 

 

 

 

喫茶アンジュからほど近い平原にて。

 

「さあ皆さん、張り切って鬼をやっつけましょうね!」

『はーい!』

 

引率教員よろしくエルシャの子供たちにモモカが声をかけ、そして子供たちもそれに声を揃えて答えた。各人の手には升と、そのなかには豆が入っている。そして、

 

「がおー!」

 

鬼のお面と、それっぽい衣装に身を包んだタスクが突然現れた。

 

「それー! 鬼はー外!」

『鬼はー外!』

「福はー内!」

『福はー内!』

「ひえー!」

 

鬼役のタスクが子供たちに追い立てられて逃げる。

 

「あ、鬼が怯みましたよ! 皆さん、追撃です!」

『おー!』

 

モモカに率いられ、子供たちの集団はキャッキャとはしゃぎながら鬼に扮したタスクを追い立てたのだった。

 

「あちらは何とも平和なことだな」

 

その光景を少し離れたところから目を細めてみているキョウジ。しかし、周囲はそんなほっこりとした心境に浸らせてはくれない。

 

「いつまでそっちを見てるんだ?」

 

背後からジル…アレクトラに声を掛けられ、キョウジは疲れたような表情でふうと溜め息をつくと振り返った。そこには、アルゼナルの主だった者たち、そしてサラやリィザたちこちらの世界の面々の姿があった。そして各人の手には子供たちと同じく升が握られていた。だが、その雰囲気は子供たちとは打って変わってピリピリとしているものだった。目には見えないがギスギスとしたオーラが周囲を覆っているのがその表情からも窺える。

 

(やれやれ…)

 

そして何故、こんなことになったのかをキョウジは思い出していた。

 

 

 

 

 

事の発端は数日前のこと。

 

『節分か』

『ええ』

 

喫茶アンジュに呼び出されたキョウジは、その呼び出した本人であるサラの提案を聞いていた。

 

『その風習、ここでは残っているのだな』

『はい』

『あら、何の話?』

 

そこに店が一息ついたのだろうか、アンジュがひょこっと顔を覗かせる。

 

『節分について話していたのですわ』

『節分?』

 

聞いたことのない単語にアンジュが首を捻った。

 

『何それ?』

『私の故郷の年中行事の一つだ』

『鬼に豆を撒いて、厄除けを行う行事ですわ』

『え? 鬼?』

 

怪訝な表情になったアンジュに、キョウジとサラがクスリと微笑む。

 

『もちろん、本物ではない』

『鬼役の者が鬼の仮装をして、その役割を担うのですわよ』

『ふーん…』

 

今一つ全容が理解できないのだろう、怪訝なアンジュの表情はあまり変わらない。

 

『よくわかんない行事ね』

『まあ、馴染みがなければ当然のことだな』

『ですわね』

『それで、その…節分? だっけ。それがどうしたの?』

 

アンジュが先を促す。

 

『ああ、それをやる日が近いのでな。サラからお誘いを受けていたのだ』

『日?』

『ええ。一年に一度なのです』

『そうなのね。…で、やるの?』

 

アンジュがキョウジに尋ねる。

 

『まあ、たまには付き合ってもバチは当たるまい。それに…』

『? それに?』

『エルシャの子供たちにとってはいい経験になるだろうしな』

『成る程ね』

 

その理由に、アンジュがうんうんと頷く。

 

『あんたらしいわ』

『そうか?』

『うん、実にあんたらしい』

 

そう言って微笑むアンジュに、キョウジもまた微笑み返す。と、

 

『んっ、んんっ!』

 

サラがわざとらしく咳払いをした。

 

『?』

『はいはい』

 

わかってますよとばかりに肩を竦めると、アンジュが奥へと引っ込んだ。

 

『どうかしたのか、あいつ?』

『知りません』

 

何故かサラも機嫌を損ねてぷいっとそっぽを向いてしまったため、頭上に?を作っていたキョウジが更に?を増やす。その様子を、ナーガとカナメが呆れたような苦笑するような表情で見ていた。と、

 

『おやおや…』

 

また新しい声が聞こえてくる。キョウジとサラが首を向けたその先にいたのはアレクトラたちいつもの御一行だった。その姿に、サラが僅かながらに臍を噛むような表情を見せたのは仕方のないことである。そして、目敏い何人かはその表情の変化に気づきもしたのだった。

 

『抜け駆けは良くないねぇ、お姫さん』

『べ、別に、そんなことは…』

『ないのかよ?』

『だったら、そこ代わってくれてもいいよね?』

『だ、ダメです!』

 

慌てて自分の場所を確保するサラに皆がニヤニヤと含んだ笑みを浮かべ、そしていつものようにキョウジを取り囲んだのだった。

 

『何の話をしてたんだい?』

『ああ、実は…』

『あっ』

 

慌ててサラがキョウジに口止めをしようとしたが時既に遅く、先ほどの内容がキョウジの口から出てきていた。不満そうにサラが頬を膨らませたものの、どうせこの連中相手では話が漏れるのを防ぐのは無理な話。そう考え、諦めるしかなかったのであった。

 

 

 

『成る程ね』

 

節分のことを聞いたアレクトラたちがふ~ん、といった表情になる。

 

『けったいな風習だね』

『失礼ですわね』

『まあ、知らぬ者からしてみればそうかもしれないか』

 

サラがムッとしつつ、キョウジはそれを宥めるようにフォローを入れた。

 

『それで、それをやろうってんだろ?』

『ああ』

 

ゾーラの問いかけにキョウジが頷く。

 

『そうらしい』

『ふーん。…なあ姫さん、そういうことなら当然アタシらも誘ってくれるんだよな?』

『ええ…』

 

未だに残念そうではあるがサラは頷いた。事ここに至っては、もうどうしようもないのだから仕方ないが。

 

『じゃ、やるか』

『そうですね。たまにはこういうのもいいですよね』

『あらあら、それじゃああの子たちとは別に、私も混ざろうかしら』

 

規定事項となってしまい、ワイワイガヤガヤと楽しそうにお喋りを始めた。そこへ、

 

『ねえ、だったらさ…』

 

いつの間に戻ってきたのだろうか、アンジュが話に割り込んできた。しかし、その表情は楽し気でありながらも、少し底意地の悪さも感じさせるものであった。

 

(む…?)

 

その表情に少し嫌なものを感じたキョウジがその発言を遮ろうとする。が、少し遅かった。

 

『どうせだったら、勝負しない?』

『勝負だと?』

 

アレクトラが訝しげな表情になり、他の面々もアンジュに視線を向けた。

 

『ええ。例えば…一番最初にキョウジに当てた人は、何でも言うことを聞いてもらうとか』

『!』

 

そして、時が止まった。が、すぐに、

 

『やろう』

 

満場一致でアンジュの提案が可決されたのである。

 

『アンジュ…お前な…』

 

余計な真似を…と恨みがましい目で見つめた先のアンジュは、してやったりといった表情でキョウジに笑顔を向けていたのだった。

 

 

 

 

 

…ということがあり、ほのぼのほんわかな子供たちとは違い、大人組は雰囲気がピリピリしているのであった。皆、自分が獲物を仕留めるためにやる気が漲っているのである。

ルール的には簡単で、普通の節分と同じ。そして、キョウジに最初に豆を当てた人は本日限定でキョウジに何でも言うことを聞いてもらう。ちなみにそのために、大人組の持っている升の中に入っているのは豆ではなくペイント弾である。持つ人間ごとにペイントの色が違うため、誰が当てたのかが一目瞭然となる仕組みだった。そしてもう一つ。キョウジはいつもの格好ではなく上下ともに白い服を着させられていた。これも、色がハッキリと目立つことを考慮しての処置である。が、

 

(…まるで白装束だな)

 

キョウジの心情的にはそう思ってしまうのも仕方のないことであった。尚且つ今回は、いつものメンバーに加えてあまり見ない顔もチラホラ見えていたりする。

 

(何故にあの連中まで…)

 

その辺りも良くわからないキョウジであった。が、そんなことを考えている暇はない。

 

「んじゃ、始めるよ」

 

ジャッジというわけでもないのだが、公正中立な立場で選ばれたジャスミンが空に向かって銃を構えた。勿論それは本物ではなく、運動会などで使う用の音が鳴るだけのおもちゃである。そして、

 

「始め!」

 

その銃声が鳴り響いた。と同時に、

 

『鬼はー外!』

 

豆という名のペイント弾を手にした大人たちが一斉に鬼役のキョウジにそれを投げつける。用意周到に全方位囲んでいたため、普通に考えれば逃げる場所はなかった。そう、普通に考えれば。だが、

 

「甘い」

 

相手はキョウジである。しばらくぶりのシュトゥルム・ウント・ドランクでそのペイント弾を難なく吹き飛ばす。そして、

 

「さらばだ」

 

そう告げると、いつものように瞬時にそこから姿を消したのだった。

 

「逃げたか…」

「ま、想定の範囲内だけどね」

「そーゆーこと。んじゃ、追いかけるとするか」

「勿論!」

 

そして参加者はキョウジを見つけるために三々五々、散り始める。あの身体能力でどこまでも逃げられてはとてもではないが勝負にならないため、フィールドは限定されている。キョウジの今日着ている服にはセンサーが組み込んであり、そのフィールドを超えるとわかってしまう仕組みだ。そしてフィールド外に逃れたら罰則として全員のお願いを聞いてもらうことになっているため、フィールドの外には出られない。鳥かごの中ならば参加者たちにも勝機はあるのである。

そして、自分がその勝機を得るために、参加者はキョウジの姿を求めて散ったのであった。ある者は単独で、またある者はチームを結成して。

 

 

 

「ふぅ…」

 

一方のキョウジ。参加者の初撃を退けた後すぐに移動し、とある木陰にて身を潜めてとりあえず小休止を取っていた。活動区域として指定されたこのフィールド内はキョウジの特性を殺そうとするためか、遮蔽物がほとんどないのである。そのため、身を隠すところも極端に少なかった。まあ、ただでさえガンダムファイターの身体能力があるのに加え、遮蔽物を利用されまくられてはたまらないという思惑もあるのだろうが。とはいえ、キョウジが本気になればいくらでも擬態や隠密に徹することができるのだが、それは流石に大人げないと思ったのだろうか、そうするつもりはなかった。

 

(とりあえず逃げ切るか…)

 

そこに主眼を置く。フィールドが限定されているが同時に制限時間も設定されており、その時間帯をすべて逃げ切ればキョウジの勝ちであった。まあ、勝ったといっても何があるわけでもなく、ただ勝者からの無茶(と思われる)なお願いを聞かずに済むのだが、それだけでも十分に魅力的である。と、近くが騒がしくなってきた。

 

(こちらに来たようだな)

 

息つく暇もないなと思いながら、キョウジが木陰から走り出した。

 

「! いた!」

(ヒルダか)

 

声色でわかったがそこにいたのはヒルダだった。チラッと視線を向けると、側にナオミの姿もある。どうやら二人で手を組んだらしい。賢明な判断だなと思いながら、キョウジは十分な距離をとってヒルダとナオミから離れていく。

 

「逃がすか!」

「逃がさないよ!」

 

慌ててヒルダとナオミがキョウジに向けて豆を撒くが、そのときにはもうキョウジの姿は彼方にあった。

 

「あいつ…」

「全力で逃げてるね…。少しぐらい遊んでくれてもいいのに…」

 

ナオミがムッとしながら唇を尖らせる。対して、

 

「あったまきた…」

 

ヒルダはピクピクとこめかみを震わせていた。

 

「ヒルダ?」

「…絶対に、あたしらが仕留めてやる。ナオミ、行くよ!」

「お、おー!」

 

ヒルダの入れ込み具合に少し引いたナオミだったが、それでも自分が勝ちたいのもまた事実。ナオミはヒルダと共にキョウジを追いかけたのだった。

他方、とりあえずヒルダとナオミの魔の手から逃れたキョウジはというと、

 

「いた!」

 

当然、他の参加者に見つかることになる。

 

「鬼はー外!」

「福はー内!」

 

そして、親の仇とばかりに豆を投げつけられることになるのだが、まあキョウジの身体能力をもってすれば当たるわけもなく、全弾空を切って地面を汚すことにしかならなかった。

 

「小癪な」

「上等だよ。いつまでも逃げ切れると思うなよ」

「ミスターったら、ちょっと張り切りすぎですわよ」

「逃がしません!」

「ふっふっふっ、見てなさいよ」

 

ガチ勢が闘志を燃やしている中、

 

「うわあ、やっぱり凄いなぁ…」

「…無理じゃない?」

「でも、絶対に無理かどうかはわからないし…」

「そうそう。何かの手違いが起こるかもしれないし」

「思わぬスキができるかもしれないし?」

「まあどっちにしろ、勝負がつくまでは頑張ってみようよ」

「だよね」

 

そこまでガチでもないユルい面々は、のんびりとしていた。こちらはどっちかというと、この雰囲気自体を楽しんでいるようである。

そんな、言ってしまえば両極端な面子であるが狙うのは共通したただ一つ。キョウジの首(?)であった。

 

「全く…」

 

彼女たちからの追撃をとりあえず振りほどいたキョウジが一呼吸を着く。とは言え、今度は遮蔽物も何もないただの草原のために身を隠すことなどできもせずに参加者がやってきていた。しかも実は今の状態は袋小路なのである。片側は遥か下に海。もう片側は高く険しい絶壁。進行方向にはもう道はなく、振り返れば参加者たちが近づいてきていた。そして、包囲網を狭めるがごとく同心円状になって少しずつその距離を縮めてくる。ほどなく、キョウジと参加者たちの距離は指呼の間まで迫っていた。

 

「追い詰めたよ」

 

アレクトラがニヤリと笑う。

 

「確かにな」

「ならわかるだろう、観念してあたしのものになりな」

「…いつからそんな話になったんだ」

 

ゾーラの発言に冷静に訂正を入れた。

 

「細かいねぇ。そんなことは一々いいんだよ」

「そうですよ、ミスター」

 

エルシャがニッコリと、しかしある意味一番迫力のある笑顔で語り掛ける。

 

「私の旦那さん…子供たちのパパになってくれればそれでいいんですから」

「……」

 

他の面々はともかく、今の状態のエルシャには何を言っても却下されそうな気がしたので口を噤む。うふふふふ…とかすかに聞こえてくる笑い声がまた微妙に恐怖心をあおっていた。

 

「さて、何をしてもらいましょうか」

 

サラも皮算用をしているが、それよりもキョウジはその横にいる人物の方が気になった。

 

「…お前まで参加するとは思わなかったぞ、アンジュ」

「あら、そう?」

 

楽しげに、しかし獰猛な笑みを浮かべてアンジュがペイント弾を手にしている。

 

「たまにはいいじゃない。あんたにはい・ろ・い・ろ・とお世話になったからね。お礼ぐらいしてもいいでしょ?」

「礼だと? 嘘をつけ」

「さぁ?」

 

相変わらずアンジュは楽しそうに笑いながら首を傾げるだけだった。そうしている間にもジリジリと包囲網は狭まる。普通であればここから逃げるのは困難なのは間違いない。そう、普通であれば。

 

「お前たちにそうまで言われると、何が何でも逃げ切りたくなるな」

 

不意に、キョウジがそんなことを言い出した。

 

「へえ、どうやってだい?」

 

包囲している余裕からか、ヒルダがニヤニヤ笑いながら尋ねる。と、次の瞬間、

 

「こうやってだ!」

 

そしてキョウジは背を向けた。そのことに嫌な予感を感じた出席者が慌ててペイント弾を投げつけるが時すでに遅く、キョウジの姿は既にそこになかった。代わりに、

 

「うおおおおおおっ!」

 

と気合十分の叫びが聞こえてくる。そこに全員が目を向けると、断崖絶壁の壁を地面にして走り去り、包囲を突破しているキョウジの姿がった。流石にそれは包囲ができるわけもなく、唖然としながら見送る参加者一同。

 

「…ずるいぞ」

「規格外なのは十分知ってたけど、そりゃないだろ」

「重力や物理法則を簡単に無視しないでくださいな」

「全くだぜ。どうやったらあんな真似ができるんだよ」

「あ、あは、あははははは…」

「ミスターったら…。そんなにお仕置きしてほしいのかしら」

「~っ! 逃がすもんですか!」

 

最初に再起動したアンジュがキョウジを追って走り出す。後れを取ってなるものかとガチ勢もそれに続いた。一方で、

 

「…どうする?」

 

そうでもないユルい面々は困ったような表情になっていたのだった。

 

「どうするって…ねえ?」

「いやあ、あんなもの見せつけられると…」

「ちょっと、その…」

「もういいかなー…って感じになるかなぁ?」

「だよねー」

「まあ、私たちはのんびりやろっか」

「うん」

 

そしてこちらは先ほどまでと同様、この雰囲気を楽しむかのように自分たちのペースで豆まきを楽しむことにしたのだった。といっても、もう半ば以上諦めているのが実情だったりもするのだが。そして以降も、女性人多数対キョウジ一人による追いかけっこ的な豆まきが続くことになる。

 

 

 

「それ!」

「甘い甘い!」

 

「このぉ!」

「惜しいな」

 

「くそっ、チョロチョロ動くんじゃないよ!」

「そうだぞ、さっさとやられちまえよ!」

「無茶を言うな」

 

「ミスター、そろそろ観念してもいいんじゃありません?」

「そうそう」

「すまないな、お前たちの無茶振りが恐ろしいのでな。そうもいかんのだ」

「そうは言っても、花を持たせてくれてもいいんじゃありませんか?」

「他の連中に恨まれては敵わんのでな。御免被る」

 

こんなやり取りが各所で頻発し、そしてこのやり取り通り参加者はキョウジに良いようにあしらわれている状態であった。まあ、力量差を考えればむべなるかなといった結果ではあったのだが。

しかし、そうこうしているうちにも当然時間は刻一刻と経過していく。そのため順当に終了時間も近づいてきていた。

 

(これなら、何とか逃げ切れるか?)

 

現在の状況と、そして残り時間と参加者たちの疲労具合を総合的に判断するとそのような目算が経ってきた。事実、参加者たちの疲労は目に見えて蓄積しており、最初の頃と比較すると確実に動きは鈍い。それでも必死に食らいついて来ようとする姿に少し感心するが、かと言ってここで手心を加えたら苦労させられた分、初期にそれぞれが考えていたことにある程度上乗せさせられて命令されそうなので、それもまた御免被りたかった。

 

(とにかく、まずは逃げ切ることに専念しよう)

 

何度目になるかわからない逃走の末、キョウジはフィールド内にあまりない遮蔽物の一つである小さな小屋のところを目標にジャンプした。しばらく休息をとりながら様子を窺う腹積もりである。そして、そこに着地した直後、

 

「あ」

 

誰かの声が背後から聞こえてきた。それに気づいたキョウジがイヤな予感を感じ振り向こうともせずに逃げようとした矢先、背中に小さなものが無数に当たった感触を味わったのだった。

 

 

 

 

 

「さあ皆さん、用意はできましたか?」

『はーい!』

「はい、それではいただきましょうね。いただきます!」

『いただきまーす!』

 

すっかり引率の教師が板についたモモカの号令と共にエルシャの子供たちが手を合わせると自分の目の前にある料理にかぶりついた。無事に豆まきが終わって夕飯。節分ということでいつもとは違った料理を目の前にして子供たちは顔を輝かせ、それをモモカはニコニコしながら見ている。そこには合流したエルシャの姿もあった。そしてその微笑ましい光景を見てキョウジが微笑んでいる。と、

 

「あのー…」

 

遠慮がちな声がすぐ側からキョウジに掛けられた。

 

「ん?」

 

振り返ると、そこには申し訳なさそうにおずおずと手を挙げている見知った顔が一つ。そして、その両脇にこれまた見知った顔が二つ。彼女たち二人は声こそ上げてないが、申し訳なさそうな表情は同じだった。

 

「どうした?」

「えっと、そのー…」

「その…ですね。あっちが気になるのは仕方ないんですけど…」

「私たちのことも、もう少し構ってほしいなー…なんて」

「…ああ」

 

三人が微妙な表情をしている理由がようやくわかり、

 

「すまないな」

 

と、キョウジが軽く頭を下げた。

 

「い、いえ」

「そんな…」

「あ、謝らなくても…」

 

キョウジに謝罪させた形になった三人は顔を赤らめながら首をぶんぶんと左右に振った。まあ、赤くなったのは謝罪させた申し訳なさに加えて、優しい笑顔を向けられてしまって戸惑ってしまったという理由もあるのだが。

そんな三人の心情など推し量れるわけもなく、キョウジは三人の側に腰を下ろした。その目の前には、今子供たちが食べているのと同じような節分料理が用意してある。

 

「さ、遠慮なく食べてくれ」

「あ、は、はい」

「お言葉に甘えて」

「いただきます」

 

まるで息を合わせたかのように三人がペコリと頭を下げると、メアリー・マリカ・ノンナはその料理に手を付けたのだった。

 

「わ、美味しい」

「ホント」

「ふわぁ…」

 

料理に口をつけた三人が口々に感想を言う。

 

「それは何より」

 

その感想に、キョウジが嬉しくなって微笑んだ。それがまた彼女たちの頬を赤らめさせて、自然と料理に向かわせる。

 

「遠慮なく食べてくれ」

「はい」

「わかりました」

「ありがとうございます」

 

三人にとっては雲の上の人と言っていいキョウジと同じテーブルを囲んでの食事に、緊張しつつも料理の美味しさに手は止まらず、三人はニコニコと料理を摘まんでいた。その姿にまたキョウジが目を細め、そしてその様子を違うテーブルに着きながらも取り囲むようにして見ているガチ勢の面々が羨ましそうに、腹立たしそうな様子で観察しながらヤケ食い気味に自分たちも料理を楽しんでいた。

この構図でもわかるように、あのときキョウジに見事豆を当てたのはこの三人だったのである。偶然、小屋の木陰で休んでいるときにキョウジが背を向けて降り立ったので、条件反射的にノンナが豆を掴んでキョウジに投げたのだった。背を向けていたキョウジはそれに対処できず、気づいたときには白装束がペイントでべったりと汚れていたというわけである。

その結果に、言ってみればおいしいところをさらわれたガチ勢は憤懣やるかたなかったが勝負は勝負。とにもかくにも勝者となった三人のお願いというのが、一日私たちの専属になってほしいというものであった。かつてアルゼナルでパメラたち三人がキョウジにお姫様遣いされたことがあったが、あれと同じである。何を言われるかと思わず身構えていたキョウジだったがそれならまあと了承し、こうしてこの状態に至るというわけだった。

 

『♪♪♪』

 

満面の笑みで節分料理にかぶりつく三人。その様子を目を細めて見ていたキョウジだったが、のんびりとそうもしていられない。何故なら、ここだけに限らず他のテーブルも料理が足りなくなってき始めているからだ。

 

(さて…)

 

キョウジがゆっくり立ち上がった。そのことに、テーブルを共にしている三人が首を傾げる。

 

「どうしたんですか?」

「残量が少なくなってきたのでな。少し追加で色々作ってくる」

「あ、じゃあ、私たちも」

 

お手伝いします、と加勢しようとしたのだが、

 

「いいから」

 

キョウジがやんわりとそれを窘めた。

 

「主賓は大人しく座って楽しんでおけ」

 

そして、三人の頭をポンポンポンと軽く叩いて喫茶アンジュへと向かったのだった。そのさりげない行為に三人はドギマギしながら顔を赤らめ、そしてそれを目の当たりにした連中は羨望と嫉妬の入り混じった視線を三人に向けたのだった。

 

 

 

「ふぅ…」

 

宴もたけなわ、大分落ち着いたところでキョウジが息を吐いた。あの後、追加の料理を適当に作って供給していたのだが、それも順調に消化されていった。

 

(良く入るものだ…)

 

失礼は承知でメアリーたち三人だけでなく他の面々の腰回り、腹回りにも視線を送る。その細さはどう見ても大量の料理が入るようには思えないのだが、すんなり入っていくのは七不思議という奴だろうか。

 

(あるいは、これが若さというやつなのかもな)

 

妙なところで感心したキョウジが軽くお茶に口をつけた。キョウジ自身はというと、厨房で作りながらちょこちょこつまんでいたものの、しっかりと食べてはいなかったりする。とはいえ、つまみ食いしながら作っていたので十分にお腹は膨れていたのだが。と、

 

「あ、あのー…」

 

不意に三人の一人、ノンナがおずおずと口を開いてきた。

 

「ん?」

 

キョウジが首を傾げる。と同時に、メアリー、マリカも同じように首を傾げていた。

 

「ノンナ?」

「どしたの?」

「え、えっと…」

 

意を決して口を開いたものの、その先を言うのがどうにも躊躇われるようでノンナはモジモジしている。よく見れば少し顔も赤いので緊張しているのかと見て取れたキョウジだが、急かすのも可哀相なので折り合いがつくまでゆっくりと待つことにした。と、

 

「あ、あの!」

 

暫くしてようやく決心がついたのか、表情を決めると再びキョウジに話しかける。

 

「何かな?」

 

なるべく変なプレッシャーをかけないようにキョウジが尋ねる。と、ノンナはあるものを差し出してきた。それは、恵方巻が数枚乗った皿である。一本巻を食べきるのは流石に女性にはキツいのでカットして出していたのだ。

 

「?」

 

しかし、その行為の意味が分からずにキョウジが首を捻る。メアリーとマリカも同じ気持ちだったのだろう、同じように首を捻っていた。

 

「? これは?」

 

首を捻ってもノンナの意図がわからないため、キョウジが尋ねた。と、

 

「そ、その…た、食べさせてください!」

 

意を決してそう言うと、ノンナは目を瞑って自身の小さい口をあーんと開いた。その行為に、メアリーとマリカが思わずぎょっとする。

 

「の、ノンナ!?」

「何言ってるの!?」

「だ、だって、こんな機会もうないかもしれないじゃない! 少しぐらい甘えたって…」

 

意を決めて決心したつもりでもそう言われると委縮してしまうのか、最後は尻すぼみになって小さくなってしまった。可愛らしく開いた口も閉じられてしまう。

 

「いや…その…」

「気持ちはわかるけどさぁ…」

 

メアリーとマリカがチラチラとキョウジを窺いながら窘めるように言葉を続ける。二人にその気はないのだろうが責められるような形になり、ノンナは委縮して小さくなってしまった。その光景に苦笑していたキョウジだったが、やがて恵方巻を一巻手に取ると、それをノンナに向けた。

 

『え?』

 

メアリーとマリカがビックリして固まっているのを尻目に、

 

「ほら、口を開けろ」

 

キョウジがノンナにそう促す。

 

「え、えっと…」

 

ノンナも、自分でお願いしたにもかかわらずその通りの展開になったことに驚いて固まってしまった。その姿に、またキョウジが苦笑する。

 

「どうした? 自分の望んだことだろう」

「え…あ…」

「ほら、早く」

「は、はい!」

 

驚きつつも嬉しさも滲ませてノンナが口を開く。と、キョウジはその可愛らしい口の中に恵方巻を差し入れた。無論、容量があるから一気に全部入れるなどという真似はせず、食べられるだけの量だけなのだが。

 

「♪♪♪」

 

ニコニコしながらノンナが咀嚼する。よっぽどこうしてほしかったのだろうか。いつもはもっと大胆かつ遠慮ない無心に晒されている身としてはこの程度の頼みなど可愛いものだし断る理由もなかった。と、

 

「いいなぁ…」

「ノンナばっかり…」

 

メアリーとマリカが羨ましそうな表情になる。そこは先駆者の特権ではあるが、かと言って差別するのは宜しくない。

 

「なんだ、お前たちも同じことをお望みか?」

「え…あっ!」

「あうう…」

 

ぼそっと呟いたつもりだったが、羨望から予想以上に大きな声として漏れてしまったのか、キョウジに聞かれてしまったことにメアリーとマリカが真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ほら」

 

その様子に苦笑したキョウジがノンナと同じように、メアリーとマリカにも手ずから恵方巻を食べさせる。

 

「あ…」

「えと…じゃあ…」

 

おずおずと遠慮がちだったもののパクついた二人の表情も赤くなりながらも実に満足げだった。先ほども思ったことだが、アルゼナルでパメラたちにビリヤードで負けたときのことを考えれば、この程度は可愛い我儘である。と、

 

「あの…もっと…」

 

口の中の恵方巻を食べきったノンナが、メアリー・マリカに負けじとせがんできた。

 

「わかったわかった」

 

キョウジが苦笑を隠さずに再び手ずからノンナに恵方巻を食べさせる。それに競い合うように、メアリー・マリカも次々にキョウジにせっついてきた。

 

(いきなり大胆になったな…)

 

まるで鯉にでも餌をやるような気分になったキョウジが、三人がニコニコしながら恵方巻を口にする姿にそんな感想を抱いていた。しかし忘れてはならない。その周りには、その光景を見せつけられる形になってしまっていたキョウジに想いを寄せるメンツが取り囲んでいることを。

 

(あいつら…!)

 

看過できない状態のキョウジたちにリミッター制限が近づいてはいたが、しかし棚ボタの結果とは言えマリカたち三人が勝者となったのも事実。そこを考えるとみっともなく口を挟むのも躊躇われて、彼女たちは我慢するしかなかった。そして、

 

(困った連中だな…)

 

その気配に、当事者のマリカたち三人は気付いていないものの勿論キョウジは気付いているため、内心で溜め息をつかざるをえなかった。

 

(これはまた、後々面倒なことになりそうだな…)

 

もう大分慣れっこではあるが、しかしやはり呆れつつも、そうなるであろう事態を招いた原因の三人に目を向ける。そんな三人は相変わらず幸せそうな顔でキョウジから恵方巻を食べさせてもらっていた。

 

(まあ、いいか…)

 

その幸せそうな表情に責めることはできなかった。それに彼女たちもエンブリヲとのあの激戦を潜り抜けてきた戦士なのだ。たまにはこれぐらいの役得があってもバチは当たらないだろう。これが役得になるかどうかはわからないにせよ。と、

 

『あ~…』

 

三人が揃って可愛い口を開けた。その様にフッと微笑を浮かべたキョウジがまた手ずから恵方巻を食べさせていく。

 

(妹がいたら、こんな感じになるのかな?)

 

反射的にあの弟のことを思い出して少しだけ郷愁に耽ったが、それも本当に一瞬だけ。今は目の前のこの光景が現実なのだ。ならば、その現実で生きていくのみ。

そして遅まきながら遠慮がなくなった三人からはこの後、三人が満足するまで甘やかすことを要求され、慌ただしい節分の一日はこうして幕を閉じたのだった。


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