機動武闘伝Gガンダムクロスアンジュ   作: ノーリ

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どうも、(本作品では)ご無沙汰しております。久しぶりにネタが浮かんだので投稿です。

おまけの後日談のエクストラ・エピソード五本目。今回のテーマは七夕です。残念ながら全国的に天気は悪そうですが、この作品の中ではそんなこともなくしっかりと楽しんでます。

今回の主役が誰かは本文を読んでご確認を。と言っても、タイトルで予想はつくかもしれませんが。

またネタが浮かべば続きを書こうと思いますので、お待ちいただけるなら気長にお待ちください。

では、どうぞ。


Extra Episode.05 黒い彦星と竜の織姫

幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。

その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。

だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。

これはその最中のある一つの風景。そして、いずれ辿ることになるかもしれない一つの未来のお話。

 

 

 

 

 

七月七日、宵の口。

キョウジは神殿のとある一室にいた。外の景色を眺められる広い縁側に腰を下ろし、良く晴れた夜空と、そして眼下の人々を見る。

祭の熱気に当てられた人々は、思い思いにこの時間を楽しんでいた。今日は七月七日。そう、七夕である。

 

「……」

 

用意されたお茶をゆっくりと飲みながら眼下の人々に目を向ける。皆、本当に楽しそうだ。戦いの傷痕はまだそこかしこに残っているものの、それでもこの祭りを充分に楽しんでいるように見えた。

 

(目論見通りになったか…)

 

キョウジは少し前、大巫女に呼び出されていたときのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

『祭?』

 

唐突な大巫女のその言葉に、キョウジが軽く首を捻った。

 

『うむ』

 

対照的に、大巫女はいかにも名案だとばかりに得意満面な顔になって頷いた。

 

『エンブリヲとの戦いに勝利し、晴れて我らは己の道を歩み出した。だが、戦いの傷痕はまだあちこちにある。死んでいった者たちの御霊を慰めるためにも、生き残った者たちの気晴らしも兼ねて、ちょっとした祭を催したいと思っての』

『そうか。いいのではないか』

 

却下する理由は見当たらないので、大巫女の提案にキョウジもそう答えた。まだ戦乱の爪痕が残るこの世界で、こういった楽しみ…イベントというのは結構いい気分転換になったりするものだ。

 

(もっとも、それにかこつけて自分たちが楽しみたいだけかもしれないが…)

 

そう思わないでもなかったが、それは心の内にしまっておいた。余計なことは言わぬが花である。この女性ばかりの世界に放り込まれ、キョウジもそれぐらいは理解できるようになっていたのだ。

 

『で、何時を予定している?』

 

キョウジが日取りを尋ねる。と、

 

『うむ。七月七日じゃ』

 

大巫女がそう答えた。

 

(七月七日…七夕か)

 

日取りを聞いたキョウジが何となくそんなことを思った。

 

(…そう言えば、もう何年も七夕などやっていないな)

 

最後にやったのはいつだったか…そんなことを考えていると、

 

『うむ、七夕祭じゃ』

 

と、大巫女が再び胸を張った。その内容に、キョウジが思わず驚く。

 

『? どうかしたか?』

 

キョウジの様子が変わったのに目聡く気付いた大巫女がキョウジに尋ねてきた。

 

『…いや、この世界にも七夕という文化があったとは思わなかったのでな。少し驚いただけだ』

『何じゃ、そんなことか』

 

キョウジの様子が変わった原因がわかった大巫女が、つまらなそうにそう呟いた。

 

『何時からのことか詳しいことはわからんが、もうずっと受け継がれている伝統的な祭じゃ』

『そうか』

『うむ。それよりこちらとしては、お主が七夕を知っていることの方が驚いたぞ』

『そうか。しかし、私の知っている七夕とこの世界の七夕が同じものである保証はないがな』

『それもそうじゃの。では、お主の世界の七夕とはどのようなものじゃ?』

『それは…』

 

そこでキョウジと大巫女は互いの知っている七夕について意見を交換することになった。結果、二人の七夕の認識はほぼ同じものであることが判明したのであった。

 

(これは…驚いたな)

 

意見交換を終えたキョウジが内心で思わず驚いていた。まさか、自分の知っている七夕とこの世界の七夕が同じものだとは思わなかったからである。

 

(だが…)

 

そうであっても不思議ではないのかともキョウジは思っていた。何しろ、廃墟と化したこの世界の標識や看板などに使われている文字は日本語なのだ。となると、ここは異世界の日本ということになる。であれば、文化的に似通っていても何もおかしいことはないのだ。

 

『さて…』

 

内心でそんなことを考えていると大巫女が話の続きとばかりにキョウジに視線を向けてきた。

 

『そこで、お主に一つ頼みたいことがある』

『私に?』

『うむ』

 

自身を指さしたキョウジに、大巫女が頷いた。

 

『何だ?』

『うむ、実はの…』

 

そうして打ち明けられた頼みを、キョウジは二つ返事で引き受けたのだった。

 

 

 

 

 

(やっている最中は中々に苦労したが…)

 

眼下で喜んでいる人々の姿に、キョウジは十分に納得していた。

 

(あの様子ならばそれも報われたというもの)

 

その光景を肴に、キョウジがチビチビとお茶を呷っている。と、

 

『お待たせ!』

 

襖が開いた音と同時に、聞きなれた何人かの声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはいつもの面々の姿があった。違うところと言えば、手に手に料理やおつまみを持っているところや、全員が全員浴衣姿であるところだろう。

 

「ああ、お疲れ」

 

ゆっくりと立ち上がったキョウジに向けて全員がニッコリと微笑むと、そのまま縁側へ出てくる。そして、あらかじめ縁側に用意されていた長いテーブルに次々と料理やおつまみを置いていった。そして、

 

『乾杯!』

 

着座するのももどかしいといった感じで宴会が始まったのである。

 

(やれやれ、どうしてもこうなるか)

 

苦笑しながらも即座にあちこちから引っ張られたキョウジは、彼女たちの相手をするためになすがままに引きずり込まれたのだった。

 

 

 

 

 

「キョウジ~、飲んでるぅ?」

 

いつも以上に陽気な声で、アンジュがキョウジの横に腰を下ろした。

 

「ああ」

 

その様子に苦笑しながらもキョウジは頷く。実際のところは、あっちに引きずられ、こっちに引きずられでとてもじゃないが落ち着いて飲むことなど出来ていないのだが。それでもいつものようにキョウジに想いを寄せる面々にまだ強引に迫られていないのは、この場を楽しんでいるからか、お互いに牽制しているからか、それとも今日はもう先ほど相手にしてもらったことで満足しているからかはわからないが。

とにもかくにも、彼女たちの相手をしていたために碌に咽喉も潤せなかったキョウジがクイッとコップを呷った。と、

 

「ちょっとぉ…」

 

アンジュが顔を赤くして不満気な表情になった。

 

「ん? どうした?」

 

キョウジが尋ねる。と、

 

「どうしたじゃない!」

 

プンスカと怒りながらアンジュがキョウジのコップをひったくった。そして、その中身を軽く呷る。

 

「やっぱり」

 

中身を確かめた後、アンジュはキョウジをギロッと睨んでコップを突き返した。

 

「お茶じゃないの! 男なら酒を飲みなさいよ! 酒を!」

「おいおい…」

 

苦笑してキョウジが突き返されたコップを受け取った。

 

「もう酔っているのか? 困った奴だ」

「酔ってない!」

 

明かに据わった目でそんなこと言われても説得力は欠片もないのだが、と思ったキョウジだったがそのことは言わないで胸に秘めておく。余計なことを言ったら火に油を注ぐのが目に見えてからだ。そのため、

 

「わかったわかった」

 

と、苦笑したまま手近にあったアルコールをアンジュに渡す。そして、突き返されたコップの中身を飲み干すと、それを差し出した。

 

「では、お前がお酌してくれ。美人のお酌なら、酒もより美味くなるからな」

「! ふ、ふん! 見え透いたお世辞言うんじゃないわよ! バッカじゃないの!?」

「そうか。では仕方ない、誰か他の者に頼むか」

「ま、待ちなさいよ! 誰もやらないとは言ってないでしょう!?」

 

アンジュが仏頂面になりながらも大人しくキョウジにお酌をした。その顔が、先ほどより目に見えて赤くなったことはキョウジは黙っていた。お酌の終わったコップをゆっくりと口元に近づけ、中に注がれたアルコールを飲んでゆく。

 

「…ふぅ」

 

大きく息を吐くと、コップをテーブルの上に置いた。

 

「ありがとう、美味かったぞ。やはり、美人のお酌で飲む酒は美味いな」

「な、何言ってるのよ! もう酔ったわけ!?」

「かも、しれんな」

「ふ、ふん!」

 

プイっとそっぽを向くアンジュ。その顔は更に赤みを増しているのだが、流石にそこには先ほどと同じく突っ込まない。と、

 

「あら、仲が宜しいですこと」

 

サラがいつものようにナーガとカナメを従えてキョウジたちのところにやって来たのだった。

 

「サラ子」

 

アンジュがムッとした表情になる。

 

「ちょっと、止めてよね。そんなわけないでしょう?」

「はいはい」

 

まるで子供を窘めるかのようにアンジュをいなすと、サラも持っていたアルコールを仰いだ。アンジュほど目立たないとはいえ、その頬にはほんのりと赤みが差している。

 

「それよりアンジュ、あれはやってきたのですか?」

「あれ?」

 

“あれ”と言われても何かわからず、アンジュが首を捻った。

 

「何よ、あれって」

「ほら、あれですわ」

 

サラがある方向を指差す。そこには、無数の短冊を結ばれた笹があった。

 

「ああ…」

 

そこでようやくサラが何を言っているのかがわかり、アンジュは首を左右に振った。

 

「まだやってないわ」

「あら、それはいけませんわ。あれこそが七夕のメインイベントなんですから、ちゃんとやりませんと」

「後でやるわよ。それでいいでしょ?」

 

アンジュがどうでもよさそうに答えた。実際、彼女はあまり興味がないのだろう。しかしサラはクスクスと笑う。そして、

 

「でも、あちらはそうではないみたいですけど?」

 

と、アンジュに声をかけた。

 

「え?」

「ほら、あちら」

 

サラの指差した先にアンジュが顔を向けると、こちらをチラチラと窺っているタスクの姿があった。と、アンジュと目がバッチリ合ってしまい、慌ててタスクが顔を背ける。

 

「タスク…」

「久しぶりにキョウジに構ってもらいたかったんでしょうけど、本来のお相手をあまり蔑ろにするのは感心できませんわね」

「だ、誰が構ってもらいたがってるっていうのよ! それに本来のお相手とか…」

「違います?」

「ッ! もういい!」

 

アンジュはまた腹を立てるとタスクの許へ向かっていった。その後、何らかのやり取りをしたらしく、二人は連れ立って笹の許へと向かったのだった。

 

「ふぅ…やれやれ…」

 

酔っ払いに絡まれた状況のキョウジだったが、その酔っ払いから解放されて安堵の溜め息をついた。と、サラがそんなキョウジの姿を見てクスクスと笑い、

 

「お疲れさまでした」

 

と、キョウジを労ったのだった。

 

「すまん、助かった」

「いえいえ」

 

今度はサラがキョウジの隣に腰を下ろす。サラに従うように、ナーガとカナメも腰を下ろした。

 

「どちらかと言えば、自分のためなのでお気になさらず」

「ん?」

 

サラの言ったことの意味がわからず、キョウジが軽く首を捻った。

 

「どういう意味だ?」

「それは勿論、今度は私のお相手をしていただこうと思いまして」

 

ニコッと笑うと、そのままサラがキョウジにお酌をする。

 

「大巫女様からお話は伺ってます。今日のために随分頑張ってくれたみたいですけど、その分、私たちはずっと放っておかれたままでしたからね。その埋め合わせはしてもらいますよ」

「…内情を知っているのなら、少しは労わってほしいところだが」

「ダ・メ・で・す」

 

ニッコリ笑ったまま、しかし慈悲なき宣言をされ、キョウジは苦笑するしかなかった。

七夕祭りに際し、大巫女がキョウジに頼んだこと。それは、笹を調達してほしいというものだった。一本二本ならばどうということはないが、大巫女には七夕祭りで使う笹を全部調達してほしいと頼まれたのである。

各家庭が家で使用する分はそれぞれ自分で用意するので、この祭りに使う分だけでいいと言われたが、それでも五本十本程度では収まらなかった。これでキョウジが何もしていない風来坊だったらまだよかったのだが、大事な研究を抱えている身である。それをこなしつつ、大量の笹を調達するとなると、どうしても女性陣に割ける時間は少なくなり、ここしばらくは碌に相手をしていなかった。その不満が爆発したのだろう。

 

(内情を知っているサラでさえこれでは、他の連中は…)

 

キョウジが今まで意識的に見ないようにしていた他の面々を見ると、案の定、キョウジに想いを寄せている面子は皆一様に面白くなさそうな顔をしていた。自分だってもっと甘えたいのに…もっと構ってほしいのに…そういった、忸怩たる感情が手に取るようにわかってしまった。

 

(やれやれ…)

 

今後のことを考えてゲンナリするキョウジだったが、このまま帰してくれないのは良くわかっていた。なので、取りあえず目の前の彼女…サラを満足させることにした、

 

(思ったよりも長い夜になりそうだ)

 

キョウジは覚悟を決めると、サラの相手をし始めたのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

人心地着いたかのようにキョウジが大きく息を吐いた。頭上を見上げれば、変わらない雄大な夜空がある。しかし眼下に目を移すと、そこには先ほどまでのような喧騒はなかった。それとは正反対の静けさが支配していた。

その静けさが支配する空間のあちこちから、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。祭は終わり、酔い潰れた参加者たちがそこかしこで雑魚寝をしているのだった。その姿を見て、キョウジの口元が嬉しそうに歪んだ。

 

(笹の調達中は大変だったが、満足してくれれば救われるというものだ)

 

クイッと、キョウジが酒を飲む。先ほどの宴会をやっていた場所とは違う縁側で、キョウジはゆっくりとした時間を過ごしていた。アンジュやサラ、他の面々も眼下の連中と同じく、今はぐっすりと雑魚寝の最中である。キョウジとしてはまた強引に迫られるかと思っていたが、不思議と今回はそんなことはなかった。恐らくだが、サラの相手をした後に他の面々も十分に相手をしてやったので満足したのだろう。加えて祭の雰囲気に呑まれて許容量以上のアルコールを摂取したために酔い潰れたという面もあるだろう。

いずれにせよ、他の面々が寝静まり静かになった深夜、キョウジは一人で夜空を肴に酒を飲んでいた。すると、背後で不意に襖が開く音が聞こえてくる。

 

(ん?)

 

誰か起きたのかと思って振り向くと、そこにはサラのお付きの二人、ナーガとカナメの姿があった。

 

「ここにいたのか」

 

ナーガがキョウジの姿を確認し、そう声をかける。

 

「ああ」

 

振り向いたキョウジが軽く頷くと、顔を元に戻して再び夜空を肴に楽しみ始めた。襖の閉まる音がして、二人分の足音が静寂の中近づいてくる。

 

「隣、いいですか?」

 

すぐ側までやってきてそう尋ねるカナメに、キョウジは頷いて答えた。

 

「どうも」

「では、失礼するぞ」

 

カナメが腰を下ろし、ナーガも座る。丁度キョウジを挟んでその左右に座した格好になった。

 

「サラはどうした?」

 

開口一番、キョウジがそう尋ねた。

 

「まだ休んでおられる」

 

ナーガが答える。

 

「そうか。…しかし珍しいな、あいつが羽目を外すとは」

 

他の連中と同じく、雑魚寝状態になっているサラを思い浮かべてキョウジが何となく口に出した。すると、

 

「もぉ…」

 

カナメがわかってないなあといった感じで呆れたような声を上げた。

 

「ん?」

 

キョウジがカナメに向かって振り返ると、

 

「本当にわかってないんですか?」

 

と、半ば呆れたような表情になってそう言ってきた。

 

「どういう意味だ?」

 

キョウジが尋ねると、カナメは呆れた表情のままキョウジの向こうにいるナーガに視線を向けた。それを受け、ナーガもお手上げとばかりに肩を竦める。カナメは疲れたような表情でふぅと一つ息を吐くと、

 

「キョウジさんが姫様をほったらかしにしてたから、その反動であんなに大はしゃぎしちゃったんじゃないですか」

 

諭すようにそう伝えたのだった。

 

「む…」

 

指摘され、キョウジが言葉に詰まった。

 

「それは申し訳ないとは思うが、私とて理由もなく放っておいたわけではないのだがな」

「わかってますよ。姫様だってそんなことはよ~くわかってます」

「だが、理解はできても納得できるかは別問題だろう?」

「確かにな」

 

ナーガの指摘に、キョウジも頷いて同意した。

 

「だからそのうち、姫様にうんと付き合ってあげてくださいね」

「承知した」

「言ったな。約束は守ってもらうぞ」

「ああ」

 

言質を取ったことで、ナーガとカナメはお互いにウインクをしてアイコンタクトを交わしたのだった。

 

「それにしても、お前たちは何故ここに?」

 

キョウジとしては予想だにしなかった来客に驚いていたのは事実だった。祭りの参加者は皆泥酔し、あるいは騒ぎ疲れて爆睡していたからである。一晩中…とはいかないまでもまだしばらくは目を覚ますとは思わなかったのだ。

 

「ああ、何もかけないで眠っていたからちょっと肌寒さを感じてな。それが原因で目が覚めてしまった」

「私も」

「そういうことか」

 

ナーガとカナメが目を覚ました理由に、得心したようにキョウジが頷いた。

 

『ええ』

 

示し合わせたわけではないだろうが、思わずナーガとカナメの声が重なる。

 

「それで、あの縁側にいた他の人たちも同じように肌寒さを感じるだろうと思ったから」

「姫様を始め、全員に毛布をかけてあげてたら、貴方がいないことに気付いてね。二人で探してたら…」

「ここで見つけた…ま、そういうことだ」

「成る程な」

 

二人がここを探し当てた理由にキョウジが納得した。

 

「それで、キョウジさんはここで何を?」

 

今度はカナメが尋ねてきた。

 

「見ての通り星見酒、月見酒だ」

 

目の前のアルコールとコップをキョウジは指さす。

 

「先ほどまではご機嫌斜めだったお姫様たちの相手で手一杯でゆっくりできなかったからな。そのまま寝てしまったが、せっかくまだ星空が見えるうちに起きたのだ。ゆっくり落ち着いて見たいと思ってな」

「成る程」

 

キョウジの説明を聞いて、ナーガが納得して頷いた。と、

 

「まだ、暫くは続けるんですか?」

 

と、再びカナメが尋ねてくる。

 

「ああ、一年に一度だからな。せっかくだしもう少し楽しもうと思う」

 

正直にキョウジは思っていることを答えた。と、

 

「では、私たちもご一緒させてください」

 

キョウジが予想していなかったことをカナメが伝えてきた。

 

「何?」

 

驚いて、キョウジがカナメに向かって振り返る。

 

「姫様たちのお相手もいいですけど、たまには私たちに付き合ってくれてもいいんじゃありません?」

「そうだな」

 

ナーガも追随する。

 

「それとも、我らの相手は御免か?」

 

少し拗ねたような口調と表情になってナーガがキョウジに尋ねる。

 

「いや、そんなことはないが…」

 

キョウジが逡巡しつつもそう答える。まさかこの二人がそんなことを言ってくるとは思っていなかったため、予想外の申し出に戸惑っているのだった。

 

「…サラはいいのか?」

 

一応、キョウジがそのことを尋ねてみる。

 

「姫様ならごゆっくりお休みの様子。先ほども言いましたけど、寒さで体調を崩さないように毛布を掛けてきましたから」

「それに、よくお休みだったところを叩き起こすのは忍びないだろう?」

「そうか」

 

そこまで言われては、キョウジにはそれ以上言葉はなかった。

 

「いいだろう。好きにするといい」

「そうか」

「それじゃ、少し用意を整えてきますかね」

 

そう告げると、カナメとナーガが続けて立ち上がった。そして、続けてこの場を後にする。

 

(さて、何をする気か…)

 

二人の後ろ姿を見送ると、キョウジは再びゆっくりと星見酒、月見酒を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

「では、乾杯」

『乾杯』

 

ナーガが音頭を取り、キョウジとカナメがカチンとコップを合わせる。そして、二次会とも言うべき新たな宴が始まったのだった。と言っても、先ほどのようにワイワイガヤガヤと騒ぐようなものではなく、こちらではゆっくりまったりと過ごすことになるのだが。

あの後、戻ってきた二人の手には残り物である料理と数本のアルコールがあった。聞けば、おつまみとして先ほどまで楽しんでいた縁側から調達してきたのだという。

抜け目ないことだと内心で苦笑しながら、先ほどと同じく自分の両脇に腰を下ろした二人と改めて乾杯した。というのが、今の状況であった。

 

『ふぅ…』

 

大きく息を吐いた両脇の二人に、

 

「お疲れのようだな」

 

苦笑しながらキョウジが尋ねた。

 

「まあ、我々も今日のために色々と動いていたのでな」

「苦労していたのは貴方だけではないと言うことですよ」

「成る程」

 

納得してキョウジが深く頷いた。

 

「ではせめて、短い時間になるがこれからの時間はゆっくりと楽しむとしようか」

「ええ」

「そうだな」

 

顔を綻ばせた二人との、三人だけの宴会が始まる。おつまみを口にしながら互いの近況や愚痴などを言い合ったりし、時には笑い時には真剣に顔を突き合わせながら三人はゆったりとした時間を過ごした。

そうして暫く楽しい時間が過ぎていき、不意にキョウジが立ち上がると縁側の縁に出てきた。そして、手摺に寄りかかると眼下の光景を見下ろす。

 

「どうかしたのか?」

 

同じように立ち上がり、キョウジの左斜め後ろに陣取ったナーガが尋ねてきた。右斜め後ろにはカナメがいる。いつもサラについているのと同じようなポジショニングだった。

 

「いや…」

 

少しだけ振り向くと、キョウジはすぐさま再び眼下に視線を向ける。そして、

 

「いい光景だと思ってな…」

 

幸せそうに雑魚寝している人々の姿を見ながら軽く微笑むと、キョウジはこれまた軽くコップを呷った。

 

「あの表情を見ていると、今を心から楽しんでくれているのがよくわかる。それを考えれば、あの激戦を戦った甲斐があるものだと思っただけだ」

「そうだな」

「ええ、本当に」

 

キョウジの想いを聞き、ナーガとカナメも柔らかく微笑んだ。と、

 

「そう言えば、お前たちにも色々と世話になったな」

 

不意にキョウジがナーガとカナメに対してそんなことを言ってきた。

 

「あの戦いのことか?」

「あれは別に…我々自身のためでしたし、改めてそう言われる程のことでは…」

 

今更と思いながらカナメがやんわりと否定すると、いや、とキョウジは首を左右に振った。

 

「それもあるが、この世界に拉致られた時のことだ」

 

そう言われ、二人はあ、と声を上げた。

 

「最初はどういうつもりかと思ったが、この世界のからくりを知りお前たちを受け入れた後、向こうの世界に戻るまでの間、お前たちにはこの世界でなにくれとなく世話になったからな。話の流れで、今ふとそんなことを思い出した」

 

そして、キョウジは手摺から身を起こすと振り返ってナーガとカナメに向き合う。

 

「今更だが、礼を言わせてくれ。ありがとう、色々と世話になったな」

「そ、そんな!」

 

キョウジの突然の告白にカナメが慌て、

 

「止めてくれ、有り体に言えば我々はお前を利用するためにここに連れてきたのだぞ」

 

ナーガも戸惑いを見せる。だがキョウジはそんな二人に対して気にも留めた様子はなく、

 

「わかっているさ」

 

と、言われるまでもないという感じで返した。

 

「だがここで世話になったことは事実だからな。恩には礼を持って報いるのが筋というものだろう?」

「全く…」

「変なところで義理堅いな、お前は」

 

キョウジの言い分を聞いたカナメとナーガが苦笑せざるを得なかった。

 

「酔ったのか?」

 

悪戯な笑みを浮かべたながら茶化すようにナーガが尋ねる。と、

 

「そうかもしれんな」

 

キョウジもまた微笑んでそう返し、再び二人に背を向けると手摺に寄りかかりながら眼下に広がる平和な光景と星空を肴に酒をあおり始めた。と、不意に背中に何かが触れた。

 

(ん?)

 

何だと思ってキョウジが振り返ると、そこには左右からキョウジの背中に抱き着いているナーガとカナメの姿があった。

 

「どうした?」

 

突然の行為に内心で戸惑いつつキョウジが尋ねる。と、

 

「酔ったみたいです」

 

キョウジの背中に顔を埋めながらカナメがそう答えた。

 

「ああ、少し酔ったみたいだ」

 

ナーガもカナメに追随して同じことを言う。とは言いつつも、キョウジの胴に回した二人の腕の力は強くなっているのだが。

 

「…そうか」

 

キョウジは二人が嘘を言っていることは即座に分かったものの、だからと言って無理やり引き剥がすような無粋な真似はしなかった。寧ろ、こんなもので気がすむのだったら安いものだと思い、二人の好きにさせていた。

どれだけ時間が流れた後だろうか、二人がキョウジの背中からゆっくりと離れる。そして、

 

「ねえ」

 

ナーガが口を開いた。

 

「ん?」

「短冊に願い事は書いた?」

「いや、お姫様方の相手をしていたらそんな時間もなくてな。忘れていたわけではないが、つい書きそびれていた」

「でしたら、今からやりませんか?」

 

カナメがそう提案してくる。

 

「今からか?」

 

キョウジが確認するように尋ね返すと、ええ、とカナメが返す。

 

「私たちも、下準備とか色々あってやりそびれていたんです」

「三人揃って済ませていないから、丁度いいだろう? 何より」

 

ナーガが空を見上げた。まだ夜の帳は空けず、頭上にはハッキリと天の川が見えている。

 

「まだ天の川は流れている。せっかく気付いたのだから、夜が明ける前に済ませておこうじゃないか」

「成る程な。いいだろう」

「良かった」

「決まりだな」

 

キョウジが了承した直後、ナーガとカナメがキョウジの左右に身を寄せた。そして、当然のように腕を絡める。

 

「お、おい」

「たまにはいいじゃないですか」

「そうだ。それとも、私たちでは不服か?」

「いや、そんなことはないが…」

「それじゃ、構わないですよね?」

「さ、行くぞ」

 

嬉しそうに微笑むと、ナーガとカナメはキョウジにしなだれかかりながら歩き始めた。当然、キョウジも二人に連行されるような形で歩くことになる。

 

(これは…参ったな)

 

とてもではないがサラやゾーラたちには見せられないなと思い、彼女らに見つからないように願いながらキョウジはナーガとカナメの成すがままに連行されていた。そしてキョウジの両脇で共に歩むナーガとカナメは、幸せそうに微笑みながら歩調を合わせている。短冊に書く二人の願い事は、もう決まっていた。

こうして夜の闇の中、三人はその場を後にしたのだった。一年に一度の恋人たちの逢瀬が終わるまでは、後もう少し。


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