リアルで立て込んでおりまして、投稿が遅れました。申し訳ありません。
落ち着くまでは不定期になるかと思いますが、ご容赦頂けると光栄です。
では、どうぞ。
ドラゴンを撃退して無事、アルゼナルに帰投したシュバルツ。
「これでいい」
先日整備班の手も借りて造り上げたシュピーゲルの専用濠に入ると、システムを少しいじって降りた。一つ、確認したいことがあったのだ。と、
「シュバルツ!」
すぐに誰かから声を掛けられる。見てみると、そこにいたのはメイであった。
「メイか。どうした?」
用件を訊ねる。
「うん、ジルから伝言を預かってるの」
「ほう? で、何と?」
「えっとね、戻ったら医務室まで来てほしいって」
「ほほう?」
シュバルツが首を捻った。それから軽く自分の身体に視線を走らせる。
「私は特に傷を負ってはいないのだがな」
「そうみたいだね。だから、別件だと思うよ」
「だろうな。だが、何故医務室なのだ?」
「さあ? 私は伝言を伝えられただけだから」
わかんないよとばかりにメイが首を左右に振った。
「当然だな。わかった、どういうことかは本人に訊くとしよう」
「そうして。それじゃ」
「ああ、少し待て」
用件を伝え終わったメイが走り去ろうとするのを、シュバルツが何かを思い出したのだろうかその足を止めた。
「ん? 何?」
くるりと振り返り、メイが軽く首を傾げる。
「お前に一つ頼みがある」
「え? 何?」
「うむ、私のシュピーゲルのことだが…」
「ああ、うん、大丈夫。ちゃんと整備はしとくよ」
任せてとばかりにメイが胸を張った。しかしシュバルツはその言葉を否定するかのように首を左右に振った。そして、
「いや、その逆だ。あれには手を出さんでほしいのだ」
と、メイからしてみれば信じられないことを彼女に伝えた。
「えっ!? で、でも…」
整備班の班長の身としては修理が必要な機体に対してそれをするなと言われるとは思わなかったのだろう。あからさまに戸惑いの態度を見せている。そんなメイを納得させるためにシュバルツが更に言葉を続けた。
「確かめたいことがある。だから頼む」
そして頭を下げる。そこまでされてはメイも嫌とは言えない。
「あ、わ、わかったよ。だから頭を上げて」
「すまんな」
慌ててそう言うメイにシュバルツもこれ以上メイを慌てさせるのも本意ではなかったのだろう、すぐに頭を上げた。
「何、そのままにしておくと言っても明日一日だけのことだ」
「な、何だ」
「驚かせてすまんな。それと、万一そのことで誰かから叱責されるようだったら、その時は遠慮なく私の名前を出してくれ」
「わかったよ。でも、どうして手を出すななんて…」
「先程も言っただろう? 確かめたいことがあるのだ」
「その理由は…教えてくれないのかな?」
「すまんな」
一言だったがハッキリと、そして今までよりも少し強い口調だった。その語気に、メイは脈が無いことを悟ってしまった。
「そっか…。でも、もしその気になったら、その時は教えて。ね?」
「…すまんな」
それはどういう意味の謝罪の言葉だったのか。今は教えられないということなのか、それとも教える気は初めからないということなのか、あるいは別の意味なのか。
「では、な」
判断に困りかねているメイにそれだけ告げると、シュバルツは目的地へ向けて歩き出した。その後姿を見送ったメイはやがて振り返る。
そこには右拳だけ破損しているガンダムシュピーゲルが何も語ることなく鎮座していた。
「失礼する」
自動ドアが開き、一言そう告げるとシュバルツは医務室の中に入った。そこにいた、第一中隊の面々、そしてジルとマギーとエマが一斉にシュバルツに視線を向けた。
「来たな」
シュバルツの姿を見て、ジルが声を掛けた。
「お呼びだそうだな」
「ああ」
「シュバルツ!」
違う方向から名前を呼ばれて首を向ける。そこにはベッドから上半身だけ起こしたゾーラの姿があった。
「ゾーラか。無事…とはいかなかったみたいだな」
シュバルツの視線はゾーラの右腕に向けられていた。その右腕は包帯で巻かれており、それを支えるかのように腕を吊っている。痛々しい姿ではあるが、本人がそう思っていなさそうなのは救いか。
「骨折か?」
「ああ。でもかすり傷さ。大したことじゃない」
「そう…か」
骨が折れているのだから十分大怪我だとは思うが、本当にそうは思っていないのか、部下の手前弱音を吐くつもりはないのかわからないが、ゾーラはそう言って微笑んだ。
その表情を見るにいつものふてぶてしい感じが随分と戻っているようなので、恐らく本心でそう思っているのだろう。
「まあ、生命に別状がないようで何よりだ」
本人が深刻にとらえていない様なので、シュバルツも調子を合わせて軽く微笑んだ。と、
「あ、あのっ!」
突然、ゾーラの傍らにいたロザリーが声を上げた。
(?)
何だろうと思ってシュバルツが視線をロザリーに合わせる。
「ロザリー?」
ゾーラが傍らにいるロザリーを見上げた。他の面々も同じように訝しんでいたのだろうか、同じような視線をロザリーに向けた。
「何だ?」
訊ねる。が、
「え、えっと、その…」
と、どうでもいいようなことを呟くだけで中々本題に入ろうとしない。無理に訊くのもどうかと思ったのでそのまま黙っていると、意を決したように顔を上げる。そして、
「お、お姉さまを助けてくれて、あ、ありがと…」
真っ赤になってそう呟いた。顔を上げたのに視線はシュバルツから外していたが。その言葉…礼の一言を聞いて一瞬面食らったような表情になったシュバルツだったが、すぐに表情を崩すと
「いや…」
と、困ったような表情になった。
「ほ、ほらクリス、あんたも」
気恥ずかしいのか何なのか、ロザリーが真っ赤になって傍らにいたもう一人のクリスに促す。
「う、うん…」
そうは言われたがクリスは口ごもっている。と言うかロザリーと違い、顔すら上げようとしない。覗き見るような視線と一瞬だけ交わったが、その瞬間に怯えたような感じで即座に俯いてしまった。
(? 何だ?)
クリスと特別に何かあった記憶はないためにこんな態度を取られる理由がわからないシュバルツだったが、こういう場合も無理に刺激するのは逆効果だと思って何もしない。やがて、
「あ、ありがと…」
俯いたままボソッと呟くように言ったその礼の一言に、シュバルツは苦笑する。
「随分と慕われているようだな、ゾーラ」
「ああ、全くだ。ありがたくて涙が出るよ。完治したら二人ともたっぷり可愛がってやらないとねぇ」
『お、お姉さま!』
ゾーラにそう言われて真っ赤になって慌てるロザリーとクリス。恥ずかしがっているのかと思ったシュバルツだが、その表情はどことなく嬉しさも感じられるものだった。
(まさかこいつら…そういう関係か?)
そこでようやくゾーラたちの関係に思い至る。よくよく考えてみればいくら上官とはいえお姉さまという呼称で呼ぶぐらいだ。ましてここは女の園、あり得るといえば十分にありえることだった。
(まあ、趣味も性癖も人それぞれだしな)
そんなことで蔑視するつもりはシュバルツには毛頭ない。仲良きことは美しき哉の心境でゾーラたちを見ていた。
「で…」
話を戻すためか進めるためか、シュバルツが再び口を開く。再び全員の視線がシュバルツに集まった。
「そこの皇女殿下はどういうことだ?」
あまり見ないようにしていたが、それでもやはり視界には入ってしまうので仕方なく話の俎上に出した。ゾーラが休んでいるベッドとは別のベッドに、包帯で全身の多くの部分をぐるぐる巻きにされているアンジュが寝かされていたのだ。
まだ意識を取り戻してはいないのだろうか、その双眸は静かに閉じられている。そしてアンジュを話題に上げた瞬間、ヒルダ・ロザリー・クリスは憎々しげに彼女を見つめた。
「敵前逃亡しやがったんだよ、このクソ痛姫!」
忌々しくてたまらないとばかりにヒルダが吐き捨てる。
「ほう? それはまた…」
それならば彼女達の怒りも納得がいくものだった。軍隊において敵前逃亡は重罪である。背中から味方に撃たれても文句は言えないのだ。そんな真似をされたとあってはムカつくのも仕方の無いことであった。
「お姉さまがこの怪我をしたのもそいつのせいなんだよ! 退却途中でドラゴンの攻撃を受けて…」
「ロザリー!」
続けてのロザリーの発言に慌ててゾーラが止めようとする。が、少し遅かった。シュバルツはしっかり聞いてしまっていた。
「何? 奴らは一体を除いて私が全て倒したと思っていたが…」
「はぁ…」
そのことは隠しておきたかったのだろうか、ゾーラが溜め息をつく。根回しをするのを忘れていたことを悔やんでいたが、知れてしまった以上は仕方ないと素直に話すことにした。
「あたしらも気付かなかったけど、増援の連中のうちスクーナー級の二体だけこっちに回ってきてたんだ。で、奇襲を受けて墜落しちまったんだよ」
「ではその怪我はそのときの…」
ゾーラが無言で頷いた。
「でもそれだって、あいつがお姉さまにしがみついていなければどうとでも対処できたのに…」
「そうだよ、全部あいつが悪いんだ!」
憤懣やるかたなしといったロザリーとクリスはまだ怒っている。そしてまだこの流れは続いていく。
「加えてメイルライダーに死者が二名出たの」
次にサリアが言ったこの一言を、シュバルツは看過することが出来なかった。
「…何だと? 詳しく聞かせてくれんか」
促される。サリアはジルに振り返った。と、ジルが首肯したので状況報告というわけではないが、簡単に経緯をまとめて伝えた。
「成る程な…」
纏められた経緯を聞いてシュバルツが静かに頷いた。と、いきなり拳を握り締めたと思うと近場の壁にそれを叩きつける。ドン! という壁を撃つ音に全員がビックリしていた。
「ど、どうしたの、ミスター?」
代表して…というわけでもないのだろうが、エルシャが訊ねる。
「いや…私が着くのが早ければ救えたのかもしれんと思ってな。己の不甲斐なさに腹が立っただけだ」
「そんな! ミスターには非は何にも!」
「そう言ってくれるのはありがたいがな、死んだという事実の前には何も意味は成さん」
『……』
「後で悔やむ、後で悔いるから後悔…か。全く、先人は上手いことを言うものだ…」
自嘲するようなシュバルツの呟きに、全員、何も言えなくなる。と、間の良いことか悪いことかはわからないが、アンジュが呻きその意識を取り戻した。
「気付いたようだな」
「こ…ここは?」
気付いたといってもまだ意識が朦朧としているのか、夢現のような面持ちでアンジュが呟く。
「パラメイル四機大破。メイルライダー二名死亡。遺体の収容もままならず、しかもドラゴンは討ち漏らしたときた。お前の敵前逃亡がもたらした戦果だ。…どんな気分だ、皇女殿下?」
が、ジルはそんなアンジュの質問に答えるでもなく労わるでもなく淡々と彼女の敵前逃亡による戦闘結果を述べ上げる。それに対して、アンジュは何も喋らない。
「何か言ったらどうなのです?」
エマが促すと、ようやくポツリポツリと話し出した。
「私は…国に帰ろうとしただけです…何も悪いことはしていません…」
「そうかもね。でも、貴方の行動によってココとミランダは死んだわ。あの子達に非がないとは言わないけど、貴方の行動が引き金になったのは事実よ。死者を出しておきながら、それでも何も悪いことはしていないとでも?」
サリアの問い詰めにアンジュは顔を背ける。そして、
「ノーマは、人間ではありません…」
と、この状況下では最悪と言っていい返答をした。
『!』
全員が息を呑む。ヒルダがツカツカと近づくと、思い切り足を振り上げてアンジュの左肩付近に踵落としを喰らわせた。
「あっ…が…」
「イタ過ぎだよ、あんた!」
「最低」
吐き捨てるヒルダとサリア。と、
「どこへ行く、シュバルツ」
ジルが呼び止めた。第一中隊の面々が振り返ると、シュバルツは医務室を出ようとしているところだった。
「部屋に戻る。呼ばれたから来たまでだが、これ以上私がここにいても意味はなさそうだ」
「待て。お前に伝えたいことがある」
「何だ?」
振り返る。
「ここでは働きによってキャッシュという報酬が支払われる。そこでの報酬で自分に必要なものを揃えるシステムになっている。窓口の場所を教えるので、そこで先程の戦闘のキャッシュを受け取るがいい。基本は週払いになるが、今回だけは即払いするように私から伝えておく」
「金か。そうは言われても特に欲しいものなど無いのだがな」
身一つでこの世界に落ちてきたシュバルツとしては、現時点で取り立てて欲しいものなどなかった。
「地獄の沙汰も金次第。あって困るものではないだろう。素直に受け取っておけ」
「では、そうするとしようか」
これで本当に用件は終わったとばかりに再び医務室を出ようとするシュバルツ。しかし、その足をまたもジルが止めた。
「待て。お前自身は皇女殿下に何か言いたいことはないのか?」
振り返る。ジルは楽しそうに笑いながらシュバルツを見ていた。
「……」
それに乗せられて…というわけではないだろうが、シュバルツがアンジュから見て右隣の枕元付近へ近づいた。
「な、何ですか…」
何も言われずに冷めた視線で見下ろされ、アンジュは恐怖心に勝てずに口を開いた。それでもシュバルツは何も言わなかったが、不意にその手を伸ばすと先程ヒルダが踵落としを決めた箇所…包帯に覆われた左肩に手を置いた。
「! 痛ッ!」
「痛むか。それは結構」
「な、何を言って…」
「痛むというのは生きている証だ。死人は痛みすら感じることは出来んからな」
その言葉にアンジュが顔を顰める。そして強がりだろうか、キッとシュバルツを睨んだ。対してシュバルツはもう興が失せたのか、それとも怪我人を責める趣味はないのか肩に置いた手を離して、先程までと同じように冷めた視線で見下ろしている。
「あ、貴方も私を詰るのですか…?」
「そうされる覚えがあるのか?」
「あ、ありません」
「ほう? 散々勝手をして、戦死者まで出しておいてその言い種か?」
「ですから、私は国に帰ろうとしただけです。あの二人は勝手についてきただけ…」
「お前が勝手をしなければ、そもそもそんなことにはならなかったはずだが?」
シュバルツはアンジュと話していてどんどん自分が冷めていくのを感じていた。そしてアンジュにとってもシュバルツにとっても不幸なことに、引き金は弾かれてしまった。
「私は皇女なのです。こんなところは私のいるべき場所ではありません。それに先程も言いましたが、ノーマは人間では…」
アンジュが言えたのはそこまでだった。何故なら次の瞬間、風圧が顔を掠めたかと思うと物凄い破壊音が耳元で響いたからである。
「あ…あ…あ…」
何が起きたのか一瞬わからなかった。しかし目の前にあるものがそれを否応にでも理解させた。
自分の目の前にあるもの、それはシュバルツの腕だった。それがベッドを突き抜けている。そう、シュバルツがアンジュの顔のすぐ横に拳打を落としたのだ。怒りか、それとも普段の実力通りなのかわからないがベッドはそれを受け止めきることが出来ず、貫通して拳打が深々と刺さっていたのである。
アンジュだけではなく、その場にいた全員が驚愕の視線を向ける中、シュバルツは貫通した己の腕をゆっくりと引き抜く。そしてアンジュの顔を真正面に向けさせると、その握ったままの拳をアンジュの目の前に突きつけた。
「ヒッ!」
悲鳴を上げる。打ったときか、引き抜くときかはわからないが金具にでも腕を引っ掛けたのだろうか、ツーと血が滴って数滴ポタポタと落ちてアンジュに血化粧を施した。
「…もうこれ以上喋るな」
そんなに顔を合わせたことがないとはいえ、シュバルツのその顔は今まで見たどの顔よりも感情がなく、そしてそれ故に怖かった。
「その綺麗な顔に風穴を開けたくはないだろう?」
アンジュが覚えているのはここまでだった。恐怖や緊張が相まって、気を失ってしまったのだ。
「…らしくないな」
アンジュが気絶した直後、口を開いたのはジルだった。もちろん、シュバルツに向けての言葉である。
「やりすぎたとは思う。が、後悔はしていない。あんな言い種ではな…。死んだ連中と交流があったわけではないが、それでもあれでは浮かばれん」
呟くように言う。そしてマギーに顔を向けた。
「ドクター」
「なんだい?」
「このベッドは弁償する。後で請求書を回してくれ」
「わかったよ」
「備品を破壊してすまんな。では…」
今度こそ本当に出て行こうとしたシュバルツだったが、
「待ちなよ」
今度はマギーがシュバルツを引き止めた。
「何だ」
「それ」
マギーが指差す場所を見ると、それは自分の腕だった。まだ血が止まっていないのかポタポタと滴っている。
「これは…」
「気付いてなかったのかい? 余程腹に据えかねてたみたいだね」
「そのようだな。感情的に行動すると碌なことにならん。私もまだまだ修行が足りんな」
(そんなことないだろ!)
全員の心中でのツッコミが入ったところでマギーが手招きした。
「来なよ。手当てしよう」
「手間を取らせるな。すまん」
「いいって、仕事だしね♪」
何故か楽しそうに笑うマギー。その表情の意味を知っているシュバルツ以外の全員が心の中で合掌した。
その意味するところを知らないシュバルツはマギーのところまで来るといつものコートを脱いで上着を捲って患部を出した。
「では、頼む」
そう言って治療を促したが、マギーはニコニコと笑うだけで治療しようとはしない。
(?)
呼び止めておいて治療しないことに怪訝になるシュバルツだったが、次の言葉に表情まで怪訝になった。
「脱いで♪」
「何?」
聞き間違いかと思って訊ねる。しかし、返ってきたのは
「脱いで♪」
と、先程と同じ一言だった。
「いや、これで十分だろう?」
「脱いで♪」
「だから…」
「脱いで♪」
「その…」
「脱いで♪」
何を言っても『脱いで♪』の一言しか繰り返さないマギー。何となくだがその意図に気付き、シュバルツは内心で呆れていた。
(男の裸など見て、何が楽しいのだろうな)
そうは思ったが、どうやら脱がないことには始まらないらしい。シュバルツは一つ溜め息をつくと、言われた通り上着を脱いで上半身裸になった。そして先程のように患部を向ける。
その引き締まり、鍛えられた肉体に第一中隊の面々はそれぞれ異なる反応を示した。ゾーラは獲物を見つけた蛇のような雰囲気になり、サリアは真っ赤になって顔を逸らすもチラチラと何度も視線を走らせる。ヒルダはいい身体付きしてんなーと感心し、ヴィヴィアンは目を輝かせ、エルシャは顔を赤くしながらもしっかりと目に焼き付け、ロザリーとクリスは真っ赤になって俯いてしまった。
反応はまちまちだったが、全員に共通するのは生で見る男の身体に興味津々な事だろう。ジルはさすがに風格か平然としていたが、エマには刺激が強かったのだろうか顔を真っ赤にして逸らし、それでもチラチラと視線を走らせるという、サリアと同じ行動をしていた。
「これでいいのだろう?」
「結構♪」
勿論、一番の役得であるマギーはとろけるような笑みを浮かべながらシュバルツに治療を施す。男の身体を堪能しているのか、彼女にとってはありえないことだがいつものように無駄に痛がらせることはしなかった。
「では、これで」
治療を終え、シュバルツは今度こそ本当に医務室を去っていった。その後にジルから通達があり、ゾーラが完治するまでの間暫定的にサリアが隊長、ヒルダが副隊長になること。ドラゴン発見次第再出撃に移ることが伝えられ、その場は解散になった。
夢を、見ていた。
それは、あるべき夢。いるべき夢。そして、現実であるはずの夢。
皇女と過ごしてきた何の不自由もない日々。この暮らしが永遠に続くと思っていた在りし日の夢。
しかし、それは…
「いつまで寝ぼけているつもりだ」
誰かの声に目を覚ます。そこにあるのは一生知ることはないはずの天井だった。思わず立ち上がろうとして、己が拘束されているのを思い出す。自由に身動きすら取れない。
夢は、終わった。
対象者、アンジュリーゼ=斑鳩=ミスルギ…アンジュは己の現実を思い知り、絶望の溜め息をついた。そんな彼女を更に絶望に突き落とす事態が司令…ジルによって伝えられる。
嘆願書が全て受け取り拒否されたこと。
そして、自分の故国であるミスルギ皇国が無くなってしまったこと。
そのことに対し、アンジュはひどく取り乱す。嘆願書の受け取り拒否もだが、それ以上に自分の故国が無くなったと聞かされたことに混乱し、自分の家族の安否をジルに訊ねた。
しかしジルはそれに返答することはなく、タバコをふかすだけ。やがてどこからか犬の鳴き声が聞こえてきた。
「出来たか」
その鳴き声を聞きそれだけ呟くとジルはアンジュの拘束を解いた。そして続けざま、
「行くぞ」
と、一言だけ伝えた。半ば連行されるように連れてこられたのは、アルゼナル内にある墓地だった。
「まさか一日に二つも御入用になるとはね」
「急かして悪かったね、ジャスミン」
「いいってことさ。早く弔ってやらないとね」
そこに用意されてあったのはリヤカーに積まれた二つの墓石。そして傍らにはこれを用意したジャスミンの姿があった。
「お前が運ぶんだ、アンジュ」
「えっ…」
力のない表情でアンジュがジルを見上げた。
「生き残った人間は死んだ仲間の墓を建ててやるのさ。自分の金で」
「その子の人生を背負い、忘れないためにね。安心おし、足りない分はツケにしておいてあげるよ」
そしてアンジュはリヤカーを引いていく。いつから降り出していたのか、シトシトと降る雨が容赦なくその身を打った。雨が降る中、作業は淡々と、粛々と進んでいく。やがて、二人の墓が建った。
「ココ=リーヴにミランダ=キャンベルか。二人ともいい名前だね…。アルゼナルの子達はね、死んだときに初めて名前が戻るのさ。親がくれた本当の名前にね」
墓前で佇む三人。アンジュに聞かせるためだろうか、ジャスミンがアルゼナルの流儀を教えていく。
「これから…」
生気のない表情でアンジュが呟いた。
「これからどうなるのですか? 私はどうすればよいのですか?」
「戦ってドラゴンを倒す。以上だ」
アンジュの問いかけにジルが簡潔に答える。その答えに、先程の戦闘でのドラゴンの姿が彼女の脳裏に浮かんだ。
「何なのですか、ドラゴンって。どうして私があんなものと…」
「授業を聞いていなかったのか? ドラゴンを殺す兵器。それが私達ノーマに許された、たった一つの生き方だ」
「皇女様としては本望だろう。世界を護るために戦えるんだからねぇ」
「世界…」
ジャスミンの言葉にアンジュが鸚鵡返しをする。
「ここでノーマの子達がドラゴンを倒しているから、マナの世界は平和を謳歌できている」
「平和ボケしたあんたの世界はね、誰にも知られずに死んでいったノーマ達が護っていたんだよ」
ジャスミンとジルの突きつけた現実に、アンジュは力なく首を左右に振った。
「知りません、そんなこと、何も…」
「今度はお前の番だ」
「知りません。だって私は、ノーマではないのに」
「監察官のペンだ」
事ここに至ってもまだ認めようとしないアンジュに、ジルはそう言ってエマのペンを渡した。
「使ってみせろ」
命令する。ノーマでないのならばそれを証明してみせろとばかりに。
「マナの光よ」
念じる。しかし、ペンには何一つ変化は起こらない。
「光よ! マナの光よ!」
やはり何一つ変化は起こらない。
「どうして…?」
そのことに絶望し、アンジュは地面に膝を着いた。
「今だけ…今だけ、ほんの少しマナが使えないだけではありませんか! それだけでこんな地獄みたいなところに突き落とされるなんて、あまりにも理不尽です!」
「そう決めたのはお前達だろう…」
搾り出すようにジルが吐き出した。あるいは己の過去を思い出しているのかもしれない。
「お前は、お前達が作ったルールに従ってここに来た」
その言葉にアンジュは思い出す。自分が外の世界で何をやってきたのかを。
「ああ、理不尽だよ全く。ココなんてまだ12になったばかりなのに」
「12…」
頬を伝う涙を拭いもせず、アンジュは呆然と呟いた。
「シルヴィアと同じ年…」
脳裏に妹の姿が浮かび上がり、そして次にココの姿が浮かび上がった。
「違う! シルヴィアとは違います! だって…」
その姿を振り払うように左右に頭を振る。
「ノーマは、人間じゃない…か。だったら、お前は何だ!」
屈んで上着を捻り上げると、ジルはアンジュに怒鳴った。思えばこれがジルがこの一件で初めて見せた怒気だった。箍が外れたのだろうか、それとも腹に据えかねていたのだろうか、一度切った堰は止まらない。
「皇女でもなく、マナもなく、義務も果たさず、敵前逃亡し、年端も行かぬ仲間を殺したお前は、一体何なんだ!」
「私は…私は…」
絶望に顔も上げられずひたすら顔を伏せたままアンジュは涙を流す。そんな彼女達の元に、レインコートを着込んだサリアが小走りでかけてきた。
「司令、ドラゴン見つかりました」
その報告にジルが頷いた。
「立てアンジュ、出撃だ。呆けている場合か」
上着を掴むと、ジルは無理やりアンジュを立たせる。
「この世界は、不平等で理不尽だ。だから、殺すか死ぬか、それしかない」
無理やり立たされても、まだアンジュは俯いて落涙している。そんなアンジュに発破を掛けるためだろうか、ジルの厳しい口調は変わらない。
「死んだ仲間の分も、ドラゴンを殺せ! それが出来ないなら、死ね!」
「では、殺してください。こんなの、辛すぎます…」
死という救いを求め、アンジュが懇願する。しかしそれは許されなかった。
「ダメだ。この子達と同じく、戦って死ね。それがお前の義務だ」
「司令、パラメイルがありませんが…」
サリアが横から口を挟む。と、ジルは不敵に微笑んだ。
「あるじゃないか、あれが」
「! まさか…」
ジルが何を言わんとしているのか理解したサリアが驚いた表情になる。それに対してジルは頷くと、そのままアンジュを引っ張るようにしてジャスミン、サリアと共にその場を後にした。
しかし彼女達は気付かなかっただろう。ジル達から遠く離れた場所で彼女達を見下ろしている影があったことに。
「……」
雨に打たれながら彼女達を見下ろしていた影…シュバルツは、ジル達がいなくなると自身もその場から姿を消した。