前回、久しぶりに本作品の後日談を投稿しましたが、すぐに第二弾です。(笑)
時候のものなので、クリスマスの後は当然…ということで今回はお正月のお話です。
今回のヒロインは誰なのか、それは読んで頂いて確かめていただければと思います。
では、どうぞ。
幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。
その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。
だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。
これはその最中のある一つの風景。そして、いずれ辿ることになるかもしれない一つの未来のお話。
正月。
世界を取り戻してはじめての新年となる元日。キョウジは早朝からのんびりとしていた。
「まさか、こんな日が来るとはな…」
大巫女から宛がわれた自宅で軽く屠蘇を飲みながら、未だに現状が信じられないといった表情で物思いに耽っている。そうなるのも仕方ないほどに、激動のこれまでだったのだが。
(妙なものだ…)
そんな感想しか出ず、キョウジは軽く微笑みながら一息ついた。本来ならば、キョウジに思いを寄せる誰か…あるいはそうでなくても誰かしらの来客があるキョウジの自宅にしては珍しく、今は一人であった。勿論、これには理由がある。と、来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「来たか」
屠蘇を軽く片付けると、キョウジは用意を整えて玄関へと向かった。そしてドアを開けると、
『明けましておめでとう!』
元気のいい新年の挨拶と晴れやか、にこやかな表情のアルゼナルの主要な面々とサラたちが立っていたのだった。
「ああ、おめでとう」
キョウジも挨拶を返す。
「待たせましたかしら?」
代表して…というわけでもないだろうが、サラが尋ねてきた。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。では、参りましょうか」
「ああ」
施錠を終えたキョウジの左右を、すかさずアレクトラとゾーラが抑える。
「ああーっ!」
「ずるいぞ、司令! ゾーラ!」
「ふふん、早い者勝ちだよ」
「そういうことさ♪」
ニコニコ微笑むアレクトラとゾーラとは対照的に、他の面々の多くは不満そうな表情になっていた。
(やれやれ…)
新年早々からこれかと思わないでもないキョウジだったが、口を挟むと余計に収拾がつかなくなるのは目に見えていたので黙っていた。それに、アレクトラとゾーラの肩を持つわけではないが、早い者勝ちの側面があるのも確かである。
「さて、それじゃあ♪」
「行こうか♪」
キョウジの左右を確保してご機嫌なアレクトラとゾーラに誘導されるように、三人は歩き出した。
「あ! ちょっと!」
「待ってください、司令! 隊長!」
残される形となった他の面々も、不承不承ながら三人に追随するように歩き始めたのだった。
「しかし…驚いたな」
目的地への道すがら、左右をかっちりホールドされながらも、何とか視線をサラに向けてキョウジが口を開いた。
「何がです?」
「この世界にも、正月や初詣という慣習があったことがだ」
「ああ…」
サラが得心したように頷いた。キョウジの言った通り、今一行は初詣へと向かっているのである。
少し前、サラに年末年始の予定を聞かれたキョウジが特に何もないと答えると、では初詣に行きましょうと強引に誘われたのだ。
この世界にそう言った慣習があったことをその時に初めて知ったキョウジは驚いたが、新年と言うことに加えて懐かしさもあり、喜んで了承した。
しかし、人の口に戸板は立てられず、壁に耳あり障子に目ありで、いつの間にかキョウジが正月にサラとどこかへ出かけるという事実が燎原の火の如くあっという間に広がってしまった。
無論、そうなってしまったら私も私もと参加者が加速度的に増えてしまい、結局大人数での初詣になったというわけである。
(既に崩壊していた道路の案内標識などから、ここがかつては日本であったのはわかっていたが、まさかこういった慣習まで残っていたとはな)
思わずキョウジは感慨深くなった。
「もうどれくらい前からなのかは知りませんが、古くから受け継がれていた慣習です」
「そうか」
キョウジが頷く。サラもキョウジから自分たちの世界ではあった慣習だと聞いて驚いていたが、妙なところで自分たちとキョウジが繋がっていることがわかり、嬉しくなった。
「しかし、それでもまさか着物まで受け継いでいるとは思わなかったな」
キョウジがそう続け、皆に視線を向けた。正月と言うことで皆着飾っているが、それもいつもの洋装ではなく和装…着物なのだ。それも振袖である。着付けをして、帯を結んで、髪を結って、履物を履いてと、全員いつもとは全く違った出で立ちになっている。
「似合いません?」
サラが困ったような顔でキョウジを覗き込んだ。二人の話を聞いていたのだろう、左右を抑えているアレクトラとゾーラは勿論、ヒルダやエルシャをはじめ他の面々も不安そうな顔でキョウジに視線を向けた。
「いや、そんなことはない」
即座にキョウジが否定した。たとえ似合ってなくても、それを面と向かって言うほどキョウジは失礼ではないし、それに事実として全員ビックリするほど振袖が似合っているのだ。そう答えるのは当然だった。
そしてその回答に、全員がホッとしたような表情を見せる。
「ありがとう。貴方も素敵ですわよ、キョウジ」
サラが微笑みながらそう言った。女性陣が振袖なのと同じく、キョウジもまたいつもの装いとは違っていた。
「そうか。…だがまさか、振袖はともかく紋付き袴まであるとは思わなかったがな」
キョウジの感想通り、今キョウジは紋付き袴を着ていた。振袖があるのなら確かに紋付き袴があってもおかしくないかもしれないが、この世界では男はドラゴンになる定めである。いずれは人間に戻る…あるいはドラゴン自体にならなくてもいい日が来るだろうが、それはまだ当分先のことだろう。にもかかわらず、男物の着物…それも礼装である紋付き袴があったのがキョウジには驚きだった。
「姫様が失われた文化の研究をしているのは知っているだろう? それもその研究の副産物だ」
「成る程な」
ナーガの説明に、キョウジが納得して頷いた。
「先日、やたらと私の身体を採寸していたから何かと思ったが、こういうことだったとはな」
「ごめんなさい」
カナメが申し訳なさそうに謝る。
「別に構わん。しかしよくもまあ、日数も少なかったのに正月までに仕立て上げられたものだ」
「苦労はしましたけどね…」
苦笑するサラ。その言葉通り、キョウジが今着ている紋付き袴を揃えるのには大変苦労したのだが、それでも気に入ってくれてると思われるその様子と、そしていつもとは違った装いにサラは満足だったし、苦労も報われる思いだった。
「なあなあ、それよりさ」
ヒルダがくるりと振り返った。
「ん?」
「誰が一番似合ってる?」
その一言に、ピタッと時間が止まる。そして先ほどと同じく、全員の視線がキョウジに集中した。
(…正月から針の筵に座らせてくれるな)
そう思わずにはいられないキョウジだった。何しろ、全員良く似合っているので甲乙つけがたいというのがキョウジの素直な感想だった。だが、それでは目の前の女性陣は納得しないだろう。
とは言え、誰を選んでも角が立つのは間違いない。更に困ったことに、全員が全員、『私だよな?』オーラをビシビシとキョウジに浴びせてくるのだった。
(全く…新年早々これか…)
辟易としないでもないが、回答しないことには誰も納得しないだろう。その上厄介なことに、『皆よく似合っている』というような、いわゆる逃げの回答ではこれまた誰も満足しないのはわかっていた。
「そうだな…」
故に、覚悟を決めてキョウジが口を開いた。
振袖の一件でどうにも微妙な空気が流れる中、神社を訪れたキョウジたち一行は境内を進み、拝殿の前までやってきた。そして古式にのっとり鐘を鳴らすと、賽銭を入れて拝む。キョウジとサラたち以外…つまり、元アルゼナル組はキョウジたちのやっていることを見様見真似で真似し、同じように柏手を打つと。お参りを始めた。
(ノーマとドラゴンたちにとって、健やかで幸多き一年でありますように…)
特に思いつくこともなかったので、そうお祈りするキョウジ。そんなキョウジの左右にずらっと並んだメンバーの考えていることはただ一つ。
(キョウジ(ミスター)と結ばれますようにっ!)
その一点だけだった。例外は既にパートナー同士であるアンジュとタスク、サラのお付きであるナーガとカナメ、それにヴィヴィアンぐらいなものである。そしてその女の情念は、ヒシヒシとキョウジにも伝わっていた。
(…何か左右からあまり歓迎したくない思念が伝わってくる気がするのだが…)
抽象的なものだがチクチクチクチクと全身を刺激されるような感覚に陥り、何ともキョウジは居心地の悪い時間を暫し過ごすことになったのだった。
参拝が済んだ後、これも定番の御神籤を引く。
(中吉か…)
可もなく不可もなくの結果に、どう反応したらいいかわからずにキョウジが少し眉を顰める。だが、悪くない結果ということで納得することにした。
女性陣も次々に御神籤を引き、そして当然と言うべきか真っ先に恋愛運のところに目を向ける。
殆どの者は進展なし、あるいは実らずといった否定的な回答だったが、その中で唯一、願いは叶うという感じの肯定的なことを書いてある御神籤を引いた者がいた。
彼女は嬉しさに顔を綻ばせると、即座にそれを振袖の懐へとしまい込む。のちにこの女性こそキョウジのパートナーになるのであるが、それはまた別の話である。
「さて、それでは行きましょうか」
サラが音頭を取る。ここは彼女にとっては地元ということもあって、自然とそういう役回りになっていた。
「何処へだ?」
キョウジが尋ねる。初詣までは聞いていたが、その後の予定は聞いていなかったからだ。
「ふふ…来ればわかります」
「そーそー。来ればわかるって」
サラと、そして何故かヴィヴィアンがそう言い、口元を隠してクスクスと笑った。他の連中へと振り返るものの、サラのおつきのナーガとカナメ以外の連中は知らないのか、困ったような顔をしたり首を傾げたりしている。
(やれやれ、何を考えているかはわからんが…)
取って食われるわけでもないし、乗り掛かった舟だということでキョウジは了承することにした。
「わかった」
「さ、では参りましょう」
サラと、そしてヴィヴィアンの先導に従って歩き出したキョウジ。今度はその左右をヒルダとエルシャに抑えられ、先ほど存分に堪能したアレクトラとゾーラ以外の面々が二人に厳しい視線を送る中、一行は次の目的地へと向かったのだった。
「と~ちゃ~く!」
目的地に着くと、先導していたヴィヴィアンが元気いっぱいに振り返った。だが、それもさもありなん。何故なら
「ここって…ヴィヴィアンの家じゃない」
こちらに飛ばされてきたときに訪問した経験のあるアンジュがそう述べた。確かに、一行の目の前にあるのはこの世界でのヴィヴィアンの自宅である。
「ええ」
サラが頷くと、そのままチャイムを押した。
『は~い』
中からヴィヴィアンの母親であるラミアの声が聞こえ、次いで、パタパタとこちらに走ってくる音が聞こえてくる。そして程なく、ドアが開いてラミアが姿を現した。
「明けましておめでとうございます、サラマンディーネ様」
「明けましておめでとう、ラミア」
「ただいま、お母さん!」
「おかえりなさい、ミィ」
ラミアが二人と挨拶を交わす。
「用意はどうですか? ラミア」
「ご安心ください、サラマンディーネ様。万事、整ってます。ミィもいっぱいお手伝いしてくれたものね?」
「うん!」
母親に褒められ、ヴィヴィアンがニヘラ~と隠しきれない笑みを浮かべた。何のことかわからず、蚊帳の外状態だったキョウジたちはその様子を黙って見ていることしかできない。ただ、サラのお付きであるナーガとカナメはサラからここで何が待っているか知っているのだろう、口にこそ出さないがニヤニヤしていた。
「さ、どうぞ」
そして、ラミアがサラとヴィヴィアン、更にキョウジたちを中に招き入れた。蚊帳の外状態だったキョウジが、どうしたものかと左右を見渡して他の面々の顔を見る。が、彼女たちもどうしようという感じでキョウジを見ていた。と、
「ほら!」
「行きますよ!」
いきなりグイグイとその背中を押された。慌てて振り返ると、ナーガとカナメがキョウジの背中を猛プッシュしていたのである。
「!? お、お前たち!?」
「ほら早く!」
「ここにいたってしょうがないでしょう!?」
「わかった! わかったからそう押すな!」
どういうことなのか事情を知りたかったキョウジだが、こうなってしまってはどうしようもない。左右を抑えられているヒルダとエルシャを強引に振りほどくわけにもいかず、キョウジは観念することにした。
(まあ、場所が場所だけに碌でもないことが待ち受けているわけでもないだろう)
これがドクターゲッコーのラボとかだったらまた話は別だがなと思いながら、キョウジはヒルダとエルシャを引き連れ、ヴィヴィアンの家へと入っていく。他の面々も、キョウジに追随するかのようにヴィヴィアンの家へと入っていったのだった。
「これは…」
室内に用意されたあるものを見て、キョウジは思わず驚いていた。
「うわ、何だよこれ!?」
「見たこともないお料理ね…」
そちらに興味を惹かれたのか、ヒルダとエルシャがテーブルに駆け寄った。後続の面々も、見たことのない料理に興味津々と言った感じでテーブルの周りに駆け寄っている。
「どうです?」
少し離れた場所で、これを用意したのであろうサラがキョウジに尋ねた。
「お節か」
「御名答♪」
サラが楽しそうに答えた。
「お節?」
聞きなれない言葉にサリアが首を傾げる。
「私の故郷の正月の郷土料理でな」
「ふーん…」
「しかし、まさかお節まであるとはな…」
「ふふふ…」
キョウジがサラに視線を向けると、作戦成功とばかりにクスクスと笑った。
「お気に召しまして?」
「ああ」
「そうですか。でも、これだけじゃないんですよ?」
「何?」
「ナーガ、カナメ」
『はい、姫様』
ナーガとカナメがキッチンへと引っ込むと、それぞれ寸胴を一つずつ持ってきた。少しふらつきながらもそれをお節の置いてあるテーブルの上に置くと、蓋を開ける。中からはどちらも、食欲のそそる香りが立ち上ってきた。
「ふわぁ…」
「いい匂い…」
思わず口走ったナオミとアンジュの後ろからキョウジが覗き見、その内容物を確認して再びサラに振り返った。
「雑煮と汁粉か」
「ええ」
サラが喜色満面に微笑む。
(全く…これでは本当にネオジャパンと変わらんな)
デビルガンダムの一件が起こる前の、家族で過ごした何度かの正月をキョウジは否応なく思い出していた。そのまま寸胴の中を覗き込んでいたキョウジは、その中にメインの食材が入っていないことに気付く。
「ところで、あれが入っていないが?」
「ふふふ、あれですね。勿論用意してあります。ほら、あそこに」
そう言ってサラが庭を指し示す。キョウジたちがそちらへ視線を向けると、そこには支度をしているラミアの姿があった。ラミアの側には、臼、ふかしたもち米。そして、
「ほい」
ヴィヴィアンがよたよたしながら杵を持ってきてキョウジへと渡した。
「……」
それを思わず受け取ったキョウジは少しの間ジッと杵を見た後、サラに顔を向ける。サラは杵を受け取っていたキョウジをニコニコ微笑みながら見ていた。
「…成る程」
ふかしたもち米と臼と杵の段階でわかっていたが、やはりそういうことらしい。
「そういうことか」
「ええ。そういうことです。お願いできるのは、貴方とタスク殿だけですからね」
「まあ、そうなるな」
ふーっとキョウジが大きく息を吐いた。
(まあ、仕方あるまい。女にこの役目をやらせるわけにはいかんからな)
正月早々重労働が決定し、ちょっとゲンナリするキョウジだったが、確かに女性にやらせる役目ではないので仕方のないことだった。
「返しは誰がやってくれるのだ?」
「ラミアがやってくれるそうです」
「わかった」
「ねえ」
そこで、ようやくと言うべきかアンジュが口を挟んできた。
「ん?」
キョウジがアンジュへと振り返る。
「さっきから一体何の話よ」
そして、面白くなさそうな表情でアンジュが聞いてくる。アンジュだけでなく、他の面々も蚊帳の外状態に置かれたため、ムッとしているのがその顔に現れていた。
(やれやれ、これは機嫌を直してもらうのも一苦労かもしれんな)
内心で苦笑しながら、それを表面には億尾にも出さずにキョウジは口を開く。
「その寸胴に入れる、メインの食材をこれから作るのさ」
「作る…って、どうやって?」
ナオミが首を傾げたが、それは他のアルゼナル組の面々も同じようだった。皆目見当がつかないといった表情で、頭上に?を幾つも浮かべている。
「すぐにわかる。まあ見ていろ」
それだけ言い残すと、キョウジは杵を持ってラミアが待っている庭へと向かったのだった。
「ふっ!」
「はい!」
キョウジが杵でもち米を突き、合いの手でラミアが返していく。それを、機械のように何度も繰り返している。アンジュたちが興味津々にその光景を見ていると、もち米は段々と米としての形を失くしていき、一つの個体となっていった。粘着力の出てきたそれを、再び何度も同じように杵で搗くと、程なく立派な餅の出来上がりである。
「ふーっ…」
十分に餅としての体を成した状態になったところでキョウジは杵を置いた。そして、額に滲んだ汗を拭う。新年の、まだ早い時間帯と言うこともあって外気温は肌寒いのだが、そうは感じさせないほどにキョウジは汗ばんでいた。
「お疲れ様です」
手を洗ったラミアが、横からスッとキョウジへとタオルを差し出した。
「ああ、ありがとう」
ありがたくキョウジはそれを受け取ると、額に滲んだ汗を拭い、そのまま顔、そして着物の合わせから手を入れて上半身の汗を軽く拭った。新年早々、そう言った光景を目にした女性陣は顔を赤くして視線を逸らしたり、逆に食い入るように見つめたりと反応はそれぞれだった。
「ご苦労様です」
サラが近づいてきて、ニッコリ笑ってキョウジとラミアの労をねぎらう。
「出来た…と思うが。何せ、餅つきなど初めてだからな。出来はどうだ?」
「十分ですわ」
サラが軽く餅を突いたり伸ばしたりしてその出来を確かめてから合格点を出した。
「そうか。では、早速あの寸胴を完成させてくれ」
「ええ」
そして、サラはナーガとカナメを呼び寄せるとキョウジがついた餅を汁粉と雑煮に入れるように手配した。サラもそれを手伝うためか、二人と共にキッチンへと向かう。
「お疲れさまでした。出来上がるまで、暫く休んでいてくださいな」
「ああ。そうさせてもらおう」
慣れない筋肉を使ったせいか、予想以上に疲れたキョウジは室内へ戻るとソファーに腰を下ろした。そんなキョウジにすぐに女性陣が群がり、さっきのあれは何なのか、何をしていたのかと言った質問を次々にぶつけた。
(やれやれ…)
少なからず疲れているために休みたかったのだが、かと言って彼女たちを無下に扱うこともできず、キョウジは用意が整うまで彼女たちの相手をすることになるのだった。
「はふ…はふ…」
雑煮をふーふー冷ましながら、中に入っている搗きたての餅をアンジュが頬張る。
「! 美味しい!」
餅の味は勿論、その食感や出汁の染み具合などで程よくいいお味になった餅に、アンジュは驚きの声を上げていた。
「何だよこれ、メチャメチャ旨いな」
「こっちのえっと…お汁粉だったかしら? これも甘くていいお味よ」
「そうだね。甘いって言ってもクドい甘さじゃないし、控えめだしね」
「単純に焼いたものにこの…きな粉だったかしら? これをまぶしたものや、お醤油をつけて食べるだけでも十二分すぎるほど美味しいわ」
「こんな料理があったとはね…」
方々から上がる、旨い! 美味しい! の声に、キョウジは報われる思いだった。そう言ってくれれば、苦労して搗いた甲斐があるものである。と、
「キョウジ、キョウジ!」
トトトと、雑煮の入ったお椀を持ちながらヴィヴィアンが走ってきた。
「? どうした? ヴィヴィアン」
その様子に少し不思議に思ってキョウジが尋ねる。と、ヴィヴィアンは雑煮から餅を取り出し、
「はい、あーん」
と、それをキョウジに差し出した。
「む…」
他方、差し出されたキョウジは思わず固まってしまう。加えて、固まってしまったのはキョウジだけでなく、キョウジに思いを寄せている者全てが固まって、キョウジをジッと見ていた。
(……)
そんな、無言のプレッシャーに晒されながら、どうしたものかとキョウジがヴィヴィアンに視線を向けた。ヴィヴィアンはニコニコといつもと変わらない様子でキョウジを見ており、自分が差し出した餅を食べてくれることについて些かも疑っていなかった。その姿にキョウジはふっと肩の力が抜け、ありがたくそれを頂戴することにした。
(後はなるようになれ、だ)
そう覚悟を決め、キョウジは口を開いた。ヴィヴィアンの顔が更にぱあっと明るくなり、嬉しそうに微笑みながら餅をキョウジの口へと入れていく。
「美味しい?」
「ああ」
ニコニコしながら尋ねてきたヴィヴィアンに、キョウジはそう答えた。
(自分で作ったものに、自分で感想を述べるのは変な感じだが…)
まあ餅自体は確かに自分が作ったが、沁み込んでいる出汁や雑煮は振舞われたものだからな…と、キョウジは折り合いをつけた。
「よかった。この料理、あたしも手伝ったんだよ」
「何?」
思わぬ一言にキョウジが驚きの声を上げたが、そう言えば家に入る前の玄関先で、ラミアがミィも沢山お手伝いしてくれたと言っていたのを思い出した。
(あれは、こういうことも意味していたのだな)
今になってそれに気付き、キョウジが成る程なと呟いた。
「しかし…意外だったな」
そして、素直な感想を漏らす。
「へ? 何が?」
キョトンとした表情になって、ヴィヴィアンがキョウジに尋ねた。
「いや、お前が料理ができるとは思わなくてな」
「ああ、そのことね」
キョウジの説明に何のことか理解したヴィヴィアンが頷く。
「お料理自体はお母さんたちにお任せ。あたしは食材の皮むきとか、水洗いとか、使った調理器具の片づけとか、そういったこと」
「成る程」
ヴィヴィアンの説明にキョウジが納得した。実際に調理したのはヴィヴィアンではなく母であるラミアや、恐らくナーガとカナメ辺りであろう。であれば、この味付けも理解できるものであった。
かと言って、キョウジはヴィヴィアンのやったことを低く見たりはしない。例えメインの工程はできなくても、自分のできることだけをやるのもまた立派な手伝いである。
「どちらにしても、手伝ったことに変わりはないわけだ。偉いぞ」
「えへへ♪」
望外にキョウジに褒められて、ヴィヴィアンがくすぐったそうにはにかんだ。晴れ着と言うこともあってか、その仕草も妙に色っぽいというか女っぽく映ったのだった。
(…いかんな、少し屠蘇を飲み過ぎたか?)
まさかヴィヴィアンにそんなことを思う日が来るとはなと、少し戸惑うキョウジだったが、ヴィヴィアンは勿論そんなことに気付くこともなかった。
「それじゃ、また後でね」
褒められて気恥ずかしくなったのか、ヴィヴィアンがそのままその場を去って行った。
「フッ…」
軽く微笑んでその後ろ姿を見送るキョウジ。と、直後に瞬く間に女性陣に囲まれることになる。そして、
『……』
取り囲まれた女性陣が無言で箸を差し出してきた。勿論その箸には、雑煮の具やら汁粉の具やらお節が挟んである。そして、顔はニコニコと笑いながらも目は誰も笑っていなかった。
(…まあ、こうなるのはわかっていたし、別に食べるのは構わんのだが)
お前たちが用意したわけではないだろうにと、キョウジは思わざるを得なかった。これが、彼女たちが作ったものならば美味しいと感想を言っても意味があるのだろうが、彼女たちは出来合いの物を渡しているだけであって、美味しいと言っても別に彼女たちが喜ぶ筋合いはない。
だが、恋する乙女にはそんな些細なことはどうでもいいのである。ようは、好きな人に手ずからご飯を食べさせて、美味しいと言ってほしいのだ。
(困った連中だな…)
そうは思わないでもないキョウジだったが、一番悪いのは中途半端な状況のままにしている自分なのもよくわかっているので、覚悟を決めるしかなかった。幸いにして胃袋にはまだまだ余裕はあるし、何より彼女たちが納得しない限りは絶対に止めないだろうことを身をもって、十分すぎるほどにわかっているからである。
軽くふぅと息を吐くと、キョウジは取り敢えず一番近くに差し出されたお節料理に齧り付いたのだった。
「新年早々、あいつも大変ね…」
「あはは…」
我関せずといった様子で遠巻きに見ていたアンジュが呆れるように呟き、タスクはその光景に苦笑するしかなかった。
「ふぅ…」
盃から口を離すと、キョウジは軽く一息ついた。
「ほら、もう一杯」
アレクトラに勧められ、キョウジは盃を出す。と、アレクトラがそこに屠蘇を注いだ。正月からほろ酔い気分でまったりと過ごすキョウジを独占しているのは、アレクトラ、ゾーラ、エルシャの、旧アルゼナル組でも年齢の高い面々だった。彼女たちも屠蘇を飲みながら、まったりと新年の時間を過ごしている。
では、もう少し若い連中…アンジュやヒルダやサラにサリアと言った面々は何をしているかと言うと、こちらはこちらで正月ならではのレトロな遊びに興じていた。
(福笑いに羽根つきに凧揚げに双六とはな…)
よくもまあ、こんなレトロな遊び道具があったものだとキョウジが変に感心していた。もっとも、これもサラが復活させたかつての遺物かもしれないが。
(だが、正月ぐらいはこういった遊びもいいものか…)
その証拠に、これらに興じている連中は本当に楽しそうに騒いでいたのだ。女三人寄れば姦しいとはよく言うが、本当にそんな感じだった。
(そして、これもまた風物詩か…)
目の前に山と積まれた蜜柑を一つ手に取り、キョウジがそれを剥いた。屠蘇の味がまだ口の中に残っているために、蜜柑本来の風味は味わえていないが、それでも十分に美味いものだった。と、
「……」
「……」
「……」
キョウジを囲んでいるアレクトラたち三人が、ほぼ同時に目を閉じて口を開けた。どうやら、さっき正月料理を食べさせたお返しに、手ずから食べさせろということらしい。
(…やれやれ)
その光景に呆れないでもないキョウジだったが、放置しておくとむくれてしまう。そうなると後が非常に面倒臭いために、お望みどおりにするしかなかった。
(まあ半ば強制的とはいえ、先ほど料理を食べさせてもらったのは事実だからな)
キョウジは軽く蜜柑の筋を取ると、それを三人の口の中へと放り込んだ。三人とも非常に嬉しそうな顔をしてそれを頬ばる。
(これでは子供と変わらんな…)
その姿に、思わずキョウジは内心で苦笑せざるを得なかった。と、視界の隅っこで一人この場から離れる人物が目に留まった。
(……)
キョウジは蜜柑の皮をゴミ箱に放り込むと、その人物の後を追うために立ち上がった。
「ん?」
「何処行くんだよ、キョウジ」
尋ねてきたアレクトラたちに、
「トイレだ」
そう答え、キョウジはその場を後にしたのだった。
「んーっ…!」
家の裏口から出てきた、この家の家主の娘であるヴィヴィアンが大きく伸びをした。そして、十分に身体を伸ばした後、
「はぁぁぁぁっ…」
と、これまた大きく息を吐いた。
「流石にちょっと疲れちゃったかな」
「だろうな」
「へっ!?」
独り言だったため、当然返事が返ってくるとは思わなかったのだが、予想に反して返事が返ってきたことに驚き、ヴィヴィアンは振り返った。すると、そこには同じように裏口から出てきたキョウジの姿があった。
「あ、キョウジ!」
キョウジの姿を見たヴィヴィアン表情がぱあっと明るくなる。
「楽しんでる?」
「ああ」
ヴィヴィアンと肩を並べたキョウジが頷いた。そして、そのままヴィヴィアンに視線を合わせる。
「お前は…相当お疲れのようだな?」
「んー…やっぱりわかるかぁ…」
ヴィヴィアンが、らしくもない元気のない声で答えた。
「この日のために、慣れないことを暫くやってたからね。勝手がわからなくって、ちょっと疲れちゃった」
「そうか」
「あ、でもでも、皆が楽しんでくれてるから、とっても嬉しいよ」
「わかっているさ」
お前は裏表がないからな。十分に
「わかっている」
「そっか。ありがと♪」
自分の気持ちをキョウジが理解してくれていることに、ヴィヴィアンは再び表情を綻ばせた。
「ね、ね、それよりさ?」
「ん?」
「ここに何しに来たの?」
キョウジがここに現れた時から気になっていたことをズバリ尋ねた。客が裏庭に来ることなど、普通はあまりないことである。そのため、ヴィヴィアンはそれが気になっていた。と、
「無論、お前の様子を見に…だ」
そう、キョウジが答えた。
「へ? あたし?」
「ああ」
自分で自分を指さしたヴィヴィアンに、キョウジが頷いて答えた。
「さっき、お前が裏口へ向かっているのが見えたのでな。それだけなら放っておいたかもしれんが、どうにも表情が冴えなかったので気になってな」
「心配してくれたんだ」
「当たり前だ」
「えへへ、ありがと♪」
くすぐったいような嬉しいような複雑な…しかし、決して嫌なものではない感覚を感じながら、ヴィヴィアンがキョウジに礼を言った。
「確かに慣れないことやって疲れたのもあるけど、この服もちょっとね…」
そして、自分が今着ている振袖に視線を落とした。
「不服か?」
「んー、不服って言うか…こういう時に着る服だから仕方ないんだけど、何時もの服と違うからさぁ。動きにくくって…」
らしい意見だなと、キョウジは苦笑した。が、すぐにフォローを入れる。
「言いたいことはわかるが、良く似合ってるぞ」
「え!?」
ビックリしてヴィヴィアンがキョウジを見上げた。直後、俯いて口を開く。
「ほ、ホントに?」
「ああ」
「ホントのホント?」
「無論だ。嘘をついてどうする。良く似合っているし、いつもと違う雰囲気でとても可愛いぞ」
「あ、ありがと…」
俯いたまま、ヴィヴィアンは真っ赤になってしまった。
(あ、あれ…? 何であたし、赤くなってるんだろう…?)
顔の温度が何故か上昇してることを自覚し、ヴィヴィアンは戸惑っていた。とは言え、決してそれは不快なものではなく、寧ろとても暖かくて心地いいものだった。
(何だろう…変だなぁ?)
この感情の説明がつかず、ヴィヴィアンにしては珍しく頭を悩ませる。と、
「やはり、疲れが大分溜まっているようだな」
不意に、そうキョウジが話しかけてきた。
「へっ!? な、何で!?」
ヴィヴィアンがビックリしてキョウジを見上げた。
「顔が赤くなってるぞ。どれ…」
そして、ヴィヴィアンの額に手を当てる。
「あ…」
再度ビックリして、ヴィヴィアンは思わず固まってしまった。
「ふむ、やはり少々熱が高いようだな。少し休んだ方が良い」
「あ…う…」
ヴィヴィアンが更に真っ赤になって俯いてしまった。いつもの彼女らしくもなく、黙ったままでジッとしている。そうこうしているうちに、キョウジの手が額から離れた。
(あ…)
そのことに寂しさを感じ、そして寂しさを感じたことにまた驚き、ヴィヴィアンは黙って俯いていることしかできなかった。そしてキョウジはその状態を、体調を崩したためと判断したらしい。
(ふむ…あまり長居をするのも良くないな)
キョウジはそう判断すると、
「ここは寒い。早く戻って少し休んだらいい」
それだけ告げて戻ろうとした。と、不意に背中から違和感を感じる。
「?」
その違和感の理由を確かめるためにキョウジが振り返ると、紋付き袴を掴んでいるヴィヴィアンの姿があった。
「? どうした?」
思わずキョウジが尋ねる。が、当のヴィヴィアンはと言うと、
(え…あ…あれ…?)
自分のやっていることに戸惑っていた。何しろ無意識にキョウジの紋付き袴を掴んでいたからだ。
(何であたし、こんなことしちゃったんだろう…)
理由はわからない。しかし、今キョウジにいなくなられるのは何故か嫌だった。一人になりたくないというより、キョウジと離れたくなかったのだ。
(…わかんないや)
考えても答えは出ない。そのため、
「もう少し…一緒に居てくれないかな?」
と、思ったことを素直に口に出したのだった。
「…珍しいな、お前がそんなことを言うなんて」
そんなヴィヴィアンのお願いに、キョウジも思わず素直に心中を吐露してしまう。
「ダメ…?」
恐る恐る、ヴィヴィアンがキョウジに尋ねた。
「いや、構わんよ」
キョウジはヴィヴィアンの珍しい姿に少し驚きつつも、その申し出を否定することはなく受け入れた。
「ホント!?」
その瞬間、ヴィヴィアンの表情がぱあっと明るくなる。ここだけで見れば、いつもとまるで変わりがない姿だった。
(やれやれ、現金な奴だな)
内心で苦笑するものの、それと同時にヴィヴィアンの調子がいつもとあまり変わらない様子に戻ったことにキョウジは少しホッとした。
(笑顔が一番だからな。特にお前は)
そんなことを思っていると、ヴィヴィアンがキョウジの手を握って引っ張る。
「ここじゃ寒いからさ、あたしの部屋に行こ?」
「わかったわかった。そう引っ張るな」
「えへへ♪」
嬉しそうに微笑むヴィヴィアンに引っ張られ、キョウジはヴィヴィアンと共に裏庭を後にしたのだった。
『あーっ!!!』
ドアを開けた瞬間に飛び込んできた光景に、アレクトラたちキョウジに思いを寄せる面々が大きな声を上げた。直後、
「静かにしろ」
キョウジが声を潜めて彼女たちを窘め、口の前に人差し指を立てる。その意を汲んだ彼女たちは、面白くなさそうな顔をしながらも黙って、ゾロゾロと室内に入ってきた。
「雁首揃えてどうした」
声を潜めながら、キョウジが彼女たちに尋ねる。
「どうしたって…」
「決まってるだろ、何時までも戻ってこないから、あんたを探しに来たんだよ」
不満気な様子を隠そうともせずにアレクトラとゾーラが文句を言う。
「そうか。それは悪かったな」
「ホントですよ、ミスター。それでどこでどうしてるかと思えば…」
「…こんなところでいい御身分じゃねえか、おい」
エルシャとヒルダもムッとした様子を隠そうともしない。
「…しかし、相変わらずねぇ」
サリアが室内の状況を見まわしてから呆れたように溜め息をついた。
「どうすればここまで散らかせるのか、一度聞いてみたいもんだわ」
「あはは、まあまあ…」
一人、ナオミだけはたしなめるようにフォローに回った。さて、今キョウジ達が何処にいるかと言うと、ヴィヴィアンの自室である。そして、何故ドアを開けた早々女性陣が大声を出し、面白くなさそうな顔をしているか。その答えは今のヴィヴィアンの状況にあった。ヴィヴィアンは疲れたのか体調不良なのかはわからないが、寝てしまったのである。問題はその姿勢というか体勢にあった。ヴィヴィアンは晴れ着が崩れたり皺になったりすることも厭わず、ベッドに座っているキョウジに抱き着いてそのまま眠っていたのである。そのヴィヴィアンをキョウジが抱きしめているため、キョウジに思いを寄せている面々としては看過できないような格好になっていたというわけだ。
「眠ってるんですか?」
サラがヴィヴィアンを覗き込むようにしながらキョウジに尋ねた。
「ああ」
「でしたら、ベッドに寝かせればいいじゃありませんか」
「そうだぜ。なにもそんな恰好でいなくたって…」
あたしだってしてもらったことないのに…と、ヒルダは相変わらず不満そうである。が、それは他の面々についてもそうだった。皆、自分はしてもらってないのにと不満そうである。個々人で程度の違いはあるものの、ナオミでさえ不満そうだった。
「そうむくれるな」
それがわかるからこそ、キョウジは彼女たちをたしなめる。
「今日のために、随分と働いてくれたみたいだからな。これぐらいしてやってもバチは当たらんだろうよ」
「それは…そうですけど…」
サラが理解を示した。主催の一人であるからこそ、ヴィヴィアンが今日のために頑張ってくれたことをよく知っているのだろう。
とは言え、理解はできても納得はできないのだろう。やはり面白くなさそうではあった。
(困った連中だな…)
彼女たちの考えていることが手に取るようにわかるため、キョウジは苦笑していた。だが、キョウジとしてもせっかく休んでいるヴィヴィアンを無理に引き剥がすことはしたくなかった。そのため、
「後でそちらに行く。だから一先ずお前たちは戻れ。これだけザワザワしていると、いつヴィヴィアンが目を覚ましてもおかしくない。それはお前たちも望むところではないだろう」
「それは…そうだけど…」
それでもどうしても納得しきれないのか、サリアがまだ何か言いたそうである。そしてそれは、他の面々も同じであった。
「…わかったよ」
しかし、やはり結論としてはそうなる。不承不承ではあるがその口火を切ったのはアレクトラだった。
「司令」
「でも、早く戻ってきてくれ」
「ああ」
まだ納得はしきれていないものの、その言質を取ったことで一行はその場を後にしようとした。と、
「うぅん…」
ヴィヴィアンが寝息を立てる。起こしてしまったかとヴィヴィアンを覗き込んだキョウジとアレクトラたちだったが、幸いにしてヴィヴィアンが目を覚ました様子はなかった。おそらく寝言なのだろう。が、
「キョウジぃ…大好き…」
次に出てきたこの寝言に、室内の空気が一瞬で固まる。そして、ギギギという擬音でも立てそうなくらいにぎこちなく彼女たちの首が動き、キョウジの顔に視線が集中した。
「…おい、どういうことだよ」
ヒルダが無表情のままキョウジに問い詰める。
「さあな」
「『さあな』…って」
「それで私たちが納得できると思ってるの!?」
「とは言われてもな…」
キョウジが返答に戸惑った。実際、他に返答のしようがないから仕方ない。だが、それで彼女たちが納得するわけもなく、ずずいとキョウジに近寄ってくる。そして、声を潜めながらであるがどういうことかと再度詰め寄ってきた。
(やれやれ…)
どういうこともこういうことも、説明のしようがないのだがそれで納得するような彼女たちではなく、キョウジは新年早々一苦労することになった。そんな中、ヴィヴィアンは片目をうっすらと開ける。そして、
(ニヒヒ♪)
他の面々に気付かれないようにほくそ笑むと、舌を軽くペロッと出したのだった。こうして、新年はまた賑やかに始まりを迎えたのであった。
明けまして、おめでとう。