さて、突然で驚いたかもしれませんが、最終回の後書きでも少し触れましたが、こちらの作品に一時的に戻って参りました。
最終回を投稿してからも毎週本作品には結構な数のアクセスがあり、とても嬉しく思っていました。そのお礼として、まだ読んでくれている読者の皆様へ、ネタも浮かんだことですのでこういった形で謝意を示すことにしました。
そしてどうせなら時候のものにしようと思い、タイトル通り、また、投稿した日時でもわかるようにクリスマスのお話です。また、タイトルにある“彼女”とは誰のことなのか、それは読んで頂ければすぐにおわかりになるかと思います。
おまけのお話はこういった季節イベントに絡めて書こうと思っていますので、ネタが浮かべば、またちょくちょくこちらに投稿することになると思います。いずれにしても不定期になるので、あまり期待してもらっても困りますが、長い目で見ていただければ今後もポツポツと更新があるかもしれません。
では、久しぶりの本作品。楽しんで頂ければと思います。
幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。
その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。
だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。
これはその最中のある一つの風景。そして、いずれ辿ることになるかもしれない一つの未来のお話。
「班長、今日の作業終了しました!」
『こっちもです!』
「わかったよ。皆、お疲れー!」
対面や通信で報告を受けたメイが労いの言葉を受ける。そうしながら、トントンと自分で肩を叩いた。
最後の戦いが終わってこちら…真なる地球へと移ってきてから、メイたち元整備班の面々はその技術や知識を買われてメカニックや建設関係の仕事に従事していた。まだこちらにきて間もないために、未だにドラゴンたちが飛び交っているこの世界には驚いたりもするのだが、それでもメイたちと、そしてドラゴン側の努力のかいもあり、徐々に溶け込んできていた。
そんな中、本日の仕事が終わって元整備班の面々はいつものように帰宅する…わけではなかった。終礼…というわけでもないだろうが、集合した面々は皆ウキウキというかソワソワした雰囲気で、どことなく意識が上の空状態だった。
「さあ皆、今日はこれからが本番だよ!」
『おおーっ!』
待ちかねてたとばかりに気勢を上げてやんややんやと騒ぐ元整備班の面々。
「一回帰る人は帰って用意を整えてから。その必要がない人はシャワーを浴びてさっさと行こうね。それじゃ、解散!」
『お疲れさまでしたーっ!』
黄色い声を上げて元整備班の面々が三々五々動き出す。慌てて自分の家に戻る者もいれば、シャワールームへ駆け込む者もいる。行動こそバラバラだが、皆共通しているのは浮かれているということだろうか。
(皆、浮かれてるなぁ…)
その様子を見ていたメイが苦笑しながらそんなことを思う。とは言え、自分一人冷静かというとそんなことはなかった。寧ろ、自分も皆以上に浮かれているかもしれない。
(でも、しょうがないよね。だって…)
この後のことを考えて思わず顔が綻ぶ。そしてそれを一刻も早く味わうためにメイも自宅へと足を向けた。
「♪♪♪」
その足取りはいつも以上に軽く、ご機嫌な様子で鼻唄を歌っている、確かに他の面々にも勝る浮かれっぷりだった。
「班長!」
目的地へ向かっている途中で声をかけられたメイが振り返ると、小走りで元整備班の数名がやってきた。
「お疲れー」
自分に合流したその面々にメイが労いの言葉を掛ける。そして、連れ立って歩きだした。
「班長も一回帰ったんですね」
「うん。直行しても良かったんだけどさ。ちょっと…ね」
「わかります」
「ちゃんとして行きたいですもんね」
「アハハ、まあね」
少し顔を赤くして、ポリポリとメイが頬を掻いた。と、目的地まで大した距離ではなかったために程なく到着する。
「ふぅー…」
メイは自分を落ち着かせるためだろうか、一度大きく深呼吸をして気持ちをを整えると、手を伸ばしてチャイムを押した。少し間を置き、ドアが開く。
「よく来てくれたな」
ドアが開き中から出てきた人物がメイたちに声をかける。その姿に、メイたちの表情が綻んだ。
「今日はお招きありがとう。シュバルツ…じゃなかった、今はキョウジだっけ」
「ああ」
中から出てきてメイたちを迎えたシュバルツ…キョウジが頷いた。そして、メイたちの人数を数える。
「ふむ…どうやらお前たちで最後のようだな」
「え? そうなの?」
メイが驚いた顔をした。他の面々も驚いている。これでも大分急いでやってきたのだが、それでも最後とは…
(みんな、どれだけ楽しみにしてたんだか…)
呆れつつも仕方ないかとも思う。と、キョウジが半身になって室内へと腕を向けた。
「いつまでもそこでは寒いだろう。さあ、早く中へ」
「あ、そうだね」
メイが左右を見渡し、他の皆と一緒にコクンと頷いた。
「それじゃあ、失礼しま~す」
『お邪魔しまーす』
ぞろぞろと中に入るメイたち。そして全員が入ったところでキョウジはドアを閉めると鍵をかけたのだった。
「うわぁ…」
中に入ったメイが感嘆とも呆れともつかない声を上げた。そこでは既にここに来ていた元整備班の面々が思い思いに楽しんでいたからだ。
「あ、班長」
メイたちの来訪に気付いた一人が声を上げる。
「もう、どうしたんですか?」
「遅いですよ」
「ゴメンゴメン」
苦笑しながら謝ると、メイたちは自分の荷物を取り敢えず他の人の迷惑にならない場所に置いた。
「全員、揃ったようだな」
集まった面々の顔を見て、過不足ないことを確認したキョウジが声をかけた。皆振り返ると、一様にコクンと頷く。
「さあ、飲み物を」
キョウジに促されると、全員出されていた飲み物を手に取る。
「それでは始めるか。皆、今日はゆっくりと楽しんでくれ」
『おー!』
「メリークリスマス」
『メリークリスマス!』
乾杯が終わると雰囲気が和らぎ、より姦しくなった。こうして、元整備班たち参加によるクリスマスパーティーが始まったのだった。
「お招きありがとうね、シュバルツ♪」
奥のキッチンから料理を運んできたキョウジにメイが話しかけた。
「メイか。楽しんでいるか?」
「もっちろん!」
その言葉通り、メイはこれ以上ないほどの笑顔でキョウジに答えた。
「それは結構」
その嬉しそうな顔に、キョウジも自然と顔が綻ぶ。
「それより、いい加減にシュバルツはもうやめてくれ」
「あ、そうだった。ゴメンね」
メイが申し訳なさそうに謝った。だがそれでも楽しくて仕方ないのだろう、すぐにウキウキとした表情に変わる。
その表情に当てられてキョウジが会場を見渡す。招待された元整備班の面々は、一様にメイと同じようにはしゃいで楽しんでいた。
「他の連中も楽しんでくれているようで何よりだ」
「当たり前だよ、他ならぬキョウジのご招待だもん。楽しくないわけがないって」
「それは何より。招待した甲斐があったというものだ」
エプロン姿のまま、キョウジがうんうんと頷いた。
「でもさ、いいの?」
メイが少し不安げな表情になってキョウジを見上げる。
「? 何がだ?」
質問の意味がわからず、キョウジが首を傾げた。
「だってさ、せっかくのクリスマスイブなんだもん。ジル…アレクトラやゾーラたちのことほっぽっといていいのかなーって」
「そ、そのことか…」
メイの突っ込みに、キョウジが冷や汗を掻きながら言葉に詰まる。
「まあ、明日はあいつらのために使うからな。今日は納得してもらうさ」
「してくれるの?」
「…土下座の一つでも土産につければ、何とか」
「本当に?」
「頼む、それ以上言わないでくれ」
キョウジのヒクついた口元に流石にメイも可哀想になり、あははーと渇いた笑いを浮かべて飲み物に口を付けた。
(ホント、苦労人だよねぇ…)
思わずそう思ってしまう。今日も、こんなことをしなければもう少しは心安らかに過ごせたのかもしれない。だがそれでも、こうしたことをしてくれるその心遣いがメイも、そしてここに集まっている他の面々にも嬉しかった。
事の発端はしばらく前に遡る。とある日、いつものように元整備班の面々で仕事に励んでいると、不意にキョウジがおやつを持参して現れたのだ。
すぐに小休止を入れておやつをつまみながら和やかな時間を過ごしていると、キョウジは用件があってここを尋ねてきたという。それが、今日のクリスマスパーティーのことだった。
キョウジのお手製の料理が出るということがわかったところで、ほぼすべての元隊員たちが身を乗り出しながら『行く!』と宣言し、それにキョウジが若干引いていたのはご愛嬌というものである。
『でも何で?』
メイが代表してその意図を聞くと、
『お前たちは何時も頑張っているだろう? それを労って何が悪い。それに、頑張っている人間にはそれ相応に楽しみもないとな』
もっとも、これがお前たちの楽しみになってくれるかどうかは保証できかねるがな。そんなふうに呟いたキョウジを、メイたちはそんなこと言うなぁ! と、少しばかり怒ったのもまたご愛嬌である。
とにもかくにも、返答を取り付けたキョウジは後日から早速動き始めた。始めはキョウジに宛がわれた自宅を使用するつもりだったのだが、例の如くキョウジに思いを寄せる彼女たちのことを考えると、当日は間違いなく突撃されかねないのでそれは早々に選択肢から外された。そこで大巫女に頼んで、ちょっと広めのホールを用意してもらったのである。無論、鍵付きの。
頼んだ相手が大巫女とあってアルゼナルの連中はともかく、サラへと情報が漏れることを危惧したのだが、そうしないように頼むと意外とあっさりと大巫女は承諾してくれた。大巫女としては勿論サラには頑張ってほしいのだろうが、個人として、またドラゴンの民としてもキョウジには一方ならぬ恩を感じているために快く了承したのだ。
その代わり、キョウジに思いを寄せる連中の説得は自分でするように言い渡した。キョウジ自身も当然そのつもりでいたために二つ返事で引き受けた。こうして会場の手配は完了した。
料理に関してもキョウジ自身が腕を揮うつもりでいたので問題はない。手間や分量や材料費といった問題はあるが、そこはどうとでも捌ける問題だった。寧ろ一番の問題は女性陣の説得である。
この一番にして最大の難問を処理するのは非常に困難だった。アルゼナルにもクリスマスというものがあったために、やはり思い入れは強く、誰もが自分と二人っきりで甘い夜を過ごしたいと思っていたのだが、キョウジは頑としてその日の予定を断った。
怒られたり泣かれたりぶんむくれられたりと非常に大変だったのだが、その辺は割愛する。とにもかくにも盛大に時間と労力を費やした結果、不承不承ながらも全員を納得させることができた…と言うより、無理やり納得させた。
勿論、名目は仕事のためである。馬鹿正直に元整備班の連中の慰労のためにパーティーをするつもりなどと言ったら、彼女たちがどうなるかは流石にキョウジでもわかるからだ。その代わり、翌日のクリスマス当日は生け贄になることが決まっているのであるが。
とにもかくにもそういったキョウジの涙ぐましい努力と根回しの結果、こうして無事に今日のパーティーの開催にこぎつけられたわけである。
そして、そうこうしている間に会場の料理が心許なくなってきた。
「良く食ってくれるな」
その状況に気付いたキョウジが、苦笑しながら思わず漏らす。
「そりゃあ、皆楽しみにしていたもんね。それに、キョウジのご飯が美味しいのは良く知ってるから」
「光栄だな」
メイの感想に微笑むとキョウジが踵を返した。
「では、追加オーダーを適当に作ってくるか。お前も良ければ食ってくれ」
「うん。御相伴に預かるね」
「ああ。それと…」
奥に向かって歩き出したところでキョウジが足を止めて振り返る。
「何?」
メイが軽く首を傾げた。
「良く似合ってるぞ、その格好」
「! あ、ありがと…」
身なりを褒められ、メイは赤くなって顔を逸らして礼を言った。その様子に軽く微笑みながら、キョウジは奥へと引っ込んだのだった。
(褒められちゃった…)
キョウジを見送った後も、メイは顔を赤らめてポーっとしている。メイに限らず、招待された元整備班の面々は皆着飾っていた。それはせっかくのご招待ということもあるし、今日が特別な日というのもあった。それでも、アルゼナル時代はあまりこういうことに時間を費やすことはなかったので、メイとしては精一杯おしゃれしたつもりだったが不安が拭えないのも事実だった。
だが、褒められたことによって今日の装いが無駄ではなかったことに確信が持てた。そして何より、キョウジに褒められたことがとても嬉しくてメイの顔は益々赤くなる。
(っ!)
それを誤魔化すために、メイはアルコールに口を付けた。元整備班の面々はどう見ても未成年が多かったので最初、キョウジはアルコールを並べることに抵抗があったのだが、そもそもお酒は一定年齢になってからというのはキョウジの常識であって、アルゼナルではそんな一般認識はなかった。
と言うより、アルゼナルは常に死と隣り合わせの場所だったため、逃避手段として酒は奨励されていた節もある。そのため、元整備班の面々が酒を所望したのだが、キョウジとしてもどうしても未成年に酒をふるまうのは抵抗があったので、折衷案としてノンアルコールとかなり度数の低いアルコールを用意することに決まったのだ。
それでも不満だったようだが、それ以上は頑としてキョウジも縦に首を振らなかったために、渋々その条件を飲んだのである。そして今、メイは己の顔色を誤魔化すためにそのアルコールをがぶ飲みしていた。と、
「はんちょ~♪」
何人かの元整備班がメイの許にやってきた。楽しいからか酒を飲んだからかは知らないが、皆一様に顔がとろけている。
「な、何?」
いきなり声をかけられてむせそうになったメイだったが、何とか乗り切って答えた。
「な~に一人で佇んでるんですか~?」
「そ~ですよ~。一緒に楽しみましょうよ~」
「それとも、私たちの相手はできないって言うんですか~?」
始まって暫く経ったとはいえ、出来上がった状態になっている彼女たちに、メイが呆れたような表情になった。
「あんたたち、もう出来上がってるの!?」
「え~、そんなことないですよ~」
「そ~そ~、はんちょ~の思い過ごしですって~」
「ほら~、一緒に楽しみましょうよ~。あ、それとも…」
そのうちの一人がメイの顔を覗き込んでニヤニヤしだした。
「な、何?」
その表情に、思わずメイが後ずさる。が、彼女は気にした様子もなく、
「キョウジさんがいなくて寂しいんですか~?」
酒の力もあってかズバッと突っ込んだ。
「な、な、な…」
見透かされた…と言うわけでもないだろうが、図星を突かれてメイは自分の顔の温度が更に上がるのを感じた。残りの面々もそれに悪乗りして口を挟む。
「あ~、そ~なんだ~…」
「わかりますよ~、その気持ち~。お目当てがいないと寂しいですもんね~」
「でも、そのうちこっちに来てくれますって~」
「そ~そ~。だから~、それまでは私たちと楽しみましょうよ~」
「ま~、班長は私たちじゃ不満かもしれないですけどね~」
『ね~♪』
最後は仲良くハモってメイの様子を覗き見る元整備班の面々たち。さて、当のメイはと言うと…
「ば、ば、ば、バカなこと言うなぁ!」
大声を張り上げて否定した。とは言え、真っ赤になっているので説得力はない。そのため、絡んできた連中も変わらずにニヤニヤしている。
「あ、あんたたち、飲みすぎなんじゃないの!?」
「え~、そんなことないですよ~」
「そ~そ~。でも、飲みすぎてもいいじゃないっすか~」
「そ~ですよ~。今日はなんてったって、クリスマスパ~ティ~なんですから~♪」
「はぁ…全く…」
出来上がっている彼女たちに、メイは頭を抑えて溜め息をついた。
「完璧に出来上がってるじゃないかぁ…」
「ま~ま~」
「こういうときぐらい、お説教は勘弁してくださいって~」
「そ~ですよ~」
「わかったよ…」
渋々メイが頷く。確かにこんな楽しい席でお説教するのは筋違いだったし、場の雰囲気も壊れてしまう。それに何より、図星を突かれたために早くこの話題から逃げ出したいというのが本音だった。
「ほら、行くよ!」
「は~い」
「行きましょ♪ 行きましょ♪」
「あ、でも~、キョウジさんは独り占めしないでくださいね~」
「そ~そ~。皆も楽しみにしてるんですから~」
「だ・か・ら! そんなんじゃないって!」
「ま~ま~♪」
宥められながらメイは彼女たちを引き連れ(彼女たちに連行され?)、集団の輪の中へと入っていった。
その後、キョウジが参加するまでゆる~くこの事態は続いたのであった。
腕を揮い終えたキョウジが参加したところで、パーティーはまた盛り上がりを見せはじめる。余程楽しいのか、それとも楽しみにしていたのか、羽目を外して楽しむ者もかなりいた。早々に潰れてしまった面子が何人かいたのもその表れと言うものだろう。
料理や歓談を楽しんだ後にお決まりのプレゼント交換があり、皆が欲しがっていたキョウジのプレゼントはメイに渡った。
「出来合いの物で申し訳ないがな」
苦笑しならそう伝えるキョウジを尻目に、開封の了承を取ったメイが中を見ると、そこにはシックな色合いのマフラーが入っていた。
「わぁ♪」
目を輝かせながらそれを取り出すと、メイはすぐさま自分の首に巻く。そして、
「ど、どうかな…?」
と、キョウジの反応を伺うかのように上目遣いで聞いてきたのだった。
「余り無責任なことは言えないが、良く似合ってると思うぞ」
「ホント!?」
メイが顔を輝かせる。
「ああ。もっとも、自分が用意したものだから手前味噌と言うか、贔屓目になっているかもしれんがな」
「そんなことないって!」
はしゃぎながらそのマフラーに顔を埋めるメイ。と、他の連中がニヤニヤしながら自分を見ていることに気付き、慌ててマフラーを外すと顔を真っ赤にして怒鳴った。
いつもなら効果覿面なのだろうが、この日はお祭りなのでそんなことあるわけもなく、皆生温かい目でメイを見ているだけである。それに気付いたメイがますますヒートアップするが、暖簾に腕押し、糠に釘状態であった。
(あいつも苦労が絶えんな…)
そんな中、状況が今一つわかってないキョウジがピントの外れた感想を抱きながら飲み物に口を付けているのはこれもまあ、ご愛嬌と言うものである。
そんなこんなで楽しいパーティーは和気藹々と進み、そして…
「う…ん…」
寝息を立てていたメイがゆっくりと目を開ける。そこはベッドルームだったが、何かが違った。
「あれ…?」
寝起きの、ボーっとした頭で周囲をゆっくりと見渡す。そして最後に、自分の身体に目を落とした。パジャマを着ているから、自宅の寝室には間違いないのだろう。だが、自宅の寝室にはない家具や調度品が多く目につく。
「???」
状況が今一つ呑み込めずにベッドの上で胡坐をかき、腕を組んで考える。と、不意に部屋がノックされた。
「はーい」
思わず返事をするメイ。すると、ドアを開けて入ってきたのは意外な人物だった。
「起きたか?」
ドアが開いて入ってきたのはキョウジであった。
「えっ!?」
その姿に、メイは思わず驚きの声を上げる。眠気もいっぺんに吹き飛んでしまった。そして、目を大きく開いて口をパクパクさせながら信じられないといった表情でキョウジを指さす。
「? どうした?」
キョウジとしては、そのメイの様子が不思議で首を捻っていた。と、
「な、な、な…」
メイが言葉を続けようにもうまく口が回らずに絶句していたが、再起動すると慌てて布団にくるまった。そして、
「な、何でキョウジがここにいるんだよ!」
と、布団の中から指を出してキョウジを指さしながら驚いたのだった。
「何故…と言われてもな…」
他方、キョウジはどう反応したらいいものかといった具合で、居心地悪そうにしていた。そしてそのまま一歩足を踏み出して室内に入ると、メイにとってとんでもないことを言いだしたのだった。
「妻の様子を見に来たのだが…」
「へ?」
その一言に、メイが呆然とした表情になってバカみたいな声を上げた。
「つ、妻?」
「ああ」
「誰が?」
「お前が」
「誰の?」
「私の」
「えっ? えっ? ええーっ!?」
信じられないことを言われ、メイがまた声を張り上げる。だが目の前のキョウジは、そんなメイの姿に、本当に心底不思議な顔をしていた。
「まだ寝ぼけているのか? 昨日あまりに仕事で遅かったらといっても、結婚してもう一年以上は経つのだ。今更そんな大仰に驚くことか?」
「い、一年!?」
その一言にメイがまた衝撃を受けていた。何故なら、そんな記憶などどこにもないからだ。だが、目の前のキョウジには自分をからかっている様子など微塵も見受けられない。
「…どうやら、目は覚めたようだがまだ寝ぼけているようだな。とりあえず、朝食の支度はできたので、顔でも洗ってちゃんと目を覚ませ」
ではな、と言い残してキョウジはそのまま寝室を出て行ったのだった。しかしメイは、呆然としたまま暫く動けなかった。
(け、結婚!? 私が!? キョウジと!?)
考えただけで顔が赤くなる。だが、そんな記憶は頭の何処にもない。とりあえず心を落ち着かせようとメイは布団から出て再びベッドの上で胡坐をかいた。その際、あるものに気がつく。
「あれ…?」
己の身体に再び視線を落としたことで、メイはさっきは気づかなかった自分の身体の変化を目の当たりにしてしまった。自分の身体が大きくなっているのだ。胸や尻など、女性らしい特徴が現れる部分は相応に成長し、今はジル…アレクトラやゾーラ、エルシャたちにも引けは取らないとは言えないが、十分張り合えるプロポーションになっていた。
「!?」
慌てて布団から跳ね起きると、メイは部屋にあった鏡の前まで小走りになって近づいた。そして、その鏡に映る自分の姿を見て驚きの声を漏らす。
「嘘…」
呆然と呟いた。そう、そこに映る自身の姿は自分が知っている自分の姿ではなく、成長した姿だった。そしてメイは自分のその姿に思わず息を呑む。
(お姉にそっくり…)
そこに映る自分の姿は、メイの姉であるフェイリンに生き写しであった。正確に言えば、自分の記憶にある姉の姿より、もう少し年齢を重ねたらこんな感じになるであろうと思われる容姿だった。しかし、鏡に映る自分の姿を見てもメイにはキョウジとの結婚の記憶はない。それどころか、エンブリヲを倒してリベルタスを終え、ドラゴンたちの住む真なる地球に移り住んでから暫くしてからの記憶がすっぽりと抜けてしまっているのだ。
(???)
考えても考えても何故今こんな状況なのか、自分に何があったのか全く分からなければ思い出せない。そのため取りあえず、部屋から出てキョウジのところへ向かことにした。
(私の知らないこと、覚えてないことも知ってるはずだよね。何たって…わ、私の、だ、旦那様、なんだからさ…)
そのことを意識して顔が真っ赤になり、頬が熱くなるのを感じながらメイはクローゼットを開けて着替え始めた。その間、立派に成長した自分の胸を見て思わずニヤニヤしてしまったのは内緒である。
手短に着替えを終えると、メイは部屋を出てキョウジの許へと向かった。
「来たか」
リビングに出ると、仕事のためか端末をいじっていたキョウジが出迎えてくれた。キョウジの目の前にあるテーブルには、二人分の朝食が用意されている。
(本当…だったんだ)
結婚…妻…というフレーズが否応でも頭に浮かび、メイの顔がまた赤くなった。もちろん、キョウジがそんな悪趣味な冗談を言うような人物ではないのは良く知っているが、それでも実際にその事実を目の当たりにさせられると、それが本当のことだと納得させられてしまう。
(結婚…キョウジと…)
その事実にメイの顔が更に赤くなる。と、
「? どうした?」
目聡くそのことに気付いたキョウジがメイに尋ねてきた。
「えっ!? な、何が!?」
内心を悟られないようにドギマギしながらメイが答える。
「顔が赤いぞ。風邪でもひいたか?」
「な、なんでもないよ!」
指摘されたメイは慌てて否定すると、キョウジの向かいにある席に腰を下ろした。
「そうか」
キョウジも何かを察したようでそれ以上は何も言わなかった。
「では、朝食にしようか」
「あ、そ、そうだね」
「食える時に食っておかないとな」
「え? う、うん」
最後の一言に軽く引っかかったメイだが、考えてもわからないためにキョウジの言った通り朝食にすることにした。
「いただきます」
「いただきます」
そして二人は食事を始める。朝の穏やかな時間はこうして流れて行った。
「御馳走様」
「ああ、お粗末様」
朝食を終え、キョウジが二人分の食器を重ねてキッチンへと持っていく。
「あ、洗い物なら私が」
やるよと続けたかったのだが、
「いいから、お前はゆっくりしていろ」
キョウジにそう言われて肩を掴まれて椅子に座らされたため、申し訳ないと思いながらもメイはお言葉に甘えることにした。
「ふぅ…」
少し経ち、洗い物を終えたキョウジがエプロンを外して戻ってくる。と、隣の部屋から不意にある音が聞こえてきた。
(! あ、あれって!)
それは、メイにもよく聞き覚えのあるもの…赤ちゃんの泣き声だったのである。そして、この状況下と言うことは…
「ん、目が覚めたか」
キョウジがそのまま椅子に座ることもなく隣の部屋へと向かった。メイも立ち上がると、慌ててその後を追った。メイが隣の部屋に入ると、案の定その中央にはベビーベッドが置いてあった。そして、キョウジがそこから赤ちゃんを抱きあげる。
「っと」
優しく抱っこした赤ちゃんをあやしながら、キョウジがメイに近づいてきた。
「ほらフェイリン、ママだぞ」
「えっ!?」
この展開は覚悟していたから驚きはしない。メイが驚いたのはこの赤ちゃんの名前だった。
「い、今…」
「ん?」
赤ちゃん…フェイリンをあやしながら、キョウジがメイに視線を向けた。
「い、今、フェイリンって言った?」
「? そうだが?」
「な、何でその名前を!?」
「何故って…」
キョウジが呆れとも驚きともつかない表情になる。
「お前が決めたのだろう?」
「で、でもその名前は…」
「ああ、知っている。お前の死んだ姉だろう?」
「え…」
メイは再び絶句した。そんなメイに、
「どうしたメイ。何か今日は起きた時から様子がおかしいが、本当に大丈夫か?」
と、流石にキョウジも訝し気になった。
「あ、う、うん…」
本当は全然大丈夫じゃないのだが、馬鹿正直にそんなことを言ってこれ以上キョウジに心配をかけるのも憚られたので何とかそう答えた。と言っても、流石に様子がおかしいことにキョウジは既に気付いていたが、何か事情があるのだろうと突っ込むことはしなかった。
「そうか」
そのため、それだけ言って納得した振りをする。
「ご、ごめんね、変なこと言って」
「いや、いい」
お互いがお互いに気を遣ったため、本心とは逆の言葉をお互いに掛ける。
「ねえ、それよりその子の名前だけど…」
「ああ」
再び口にしたその疑問に、キョウジが答える。
「私たちの間に子供ができて、その子が女の子だとわかったとき、お前がこの名前にしたいと言ってきたからな。この子は絶対に姉の生まれ変わりだって。私としてもお前がそう言うならと、了承した」
「そっ…か…」
キョウジの説明にメイは不思議と納得した。妊娠した記憶も、出産した記憶もない。だがキョウジが嘘を言うような人物ではないのは良く知っていたし、何より不思議と、この子は自分の子であるという確認が持てたからだ。と、今まで大人しくしていた赤ちゃん…フェイリンがぐずり始めた。
「そうか、ママの方が良いか」
苦笑しながらキョウジがメイにフェイリンを手渡してきた。
「あっ…と」
腕に感じた重みに一瞬バランスを崩し掛けたメイだが、そんなことになっては一大事と踏ん張った。そして体勢を整えると、改めて我が子の顔を覗き込む。
「わぁ…」
あどけない娘の…フェイリンの姿に思わずメイの顔が綻んだ。そして、さっきキョウジが言ったことが嘘ではないことを改めて確信する。
(この子は絶対にお姉の生まれ変わりだ! 間違いないよ!)
腕の中に感じる重みをいとおしく思いながら、メイは上機嫌でフェイリンをあやしていた。と、部屋の隅にあるものを見つけて目を留める。
「あれって…」
「ん? ああ」
メイが何に視線を奪われているのか理解したキョウジが足を伸ばすと、そこにあったものを持って戻ってくる。
「ほら」
「ん、ありがと」
礼を言って受け取るメイ。それは、デジタルのフォトフレームだった。そしてそこに飾ってある写真は、教会の前で純白のウエディングドレスに身を包んだ自分が、同じく純白のタキシードに身を包んだキョウジにお姫様抱っこされている写真だった。その表情から、本当に嬉しくて幸せなのが伝わってくる。
「これって…」
「見ての通り、結婚式の写真だ」
「やっぱり、そうだよね」
赤ちゃん…フェイリンをあやしながら、改めてメイは写真を見た。恥ずかしさと嬉しさに顔が赤くなるが、それ以上に笑ってしまった。
「くくっ…♪」
「どうした?」
噴き出したメイの反応に、キョウジが訝しがる。
「だってさ、他の皆の顔が…♪」
「ああ…まあ…そうだな…」
キョウジが言葉に詰まって固まった。だが、それも仕方のないことである。何故なら主役のキョウジとメイ以外の、脇を固めている出席者の面々が非常に微妙な表情をしていたからだ。
純粋に祝ってくれていると思われるのはアンジュとタスク、そしてヴィヴィアンにジャスミンやマギーぐらいのもので、他の…ハッキリ言えばキョウジに思いを寄せていた面々の表情が冴えるわけもなかった。皆、一応は祝福してくれているものの、口元をヒクつかせていたり、眉間に皺が寄っていたり、凄い表情で睨んでたりと、そんな状態であったのである。この写真を見ただけでも、キョウジが思いを寄せられていた面々にどれだけ慕われていたかがわかるものだ。
「大変だったんじゃない?」
苦笑しながらメイが尋ねた。
「それはもう…な」
キョウジ自身は当時のことをあまり思い出したくないのだろう、覇気のない表情になる。
「何とか乗り切ったが、あれをもう一度は…流石に乗り切る自信がない」
「ふふっ♪」
メイがクスクスと笑った。そうしている間にフェイリンは大人しくなり、ご機嫌になって笑い始めた。
「やはり母親は偉大だな」
愛娘のその姿に苦笑すると、キョウジはメイからフェイリンを預かった。そして、ベビーベッドに丁寧に寝かせて戻ってくる。
「ふぅ…」
戻ってきたキョウジが大きく息を吐いた。
「お疲れ様」
「ああ」
クスクスと笑うメイにキョウジが返す。と、
「ねえ、キョウジ」
メイが口を開いた。
「? どうした?」
「一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「何だ? 私が答えられるなら何でも」
「んじゃ、ズバリ聞くけど、まだアレクトラやサリアたちから言い寄られてたりする?」
「! それ…は…」
キョウジが言葉に詰まった。だが、その態度は言葉よりも雄弁にメイの言ったことを肯定していた。
「するんだ」
「ああ…うむ…」
煮え切らない感じでキョウジが答える。キョウジにしては実に珍しい態度である。だが、
「別に怒ったりしないから安心して」
メイがそう答えた。その言葉通り、特に怒っているようには見受けられない。どころか、とんでもないことを言いだしたのだ。
「寧ろ、逆かな」
「逆?」
「うん。まだ言い寄られてるんなら、その想いに応えてあげても構わないよ」
「な!」
メイの言ったことに、キョウジが絶句した。
「勿論、条件付きでね。一つはキョウジにその気があること。そしてもう一つは本気にはならないこと。それを約束してくれるなら、アレクトラたちと関係を持っても「バカなことを言うな!」っ!」
全部言い終わる前にキョウジが怒った。その怒りに中てられ、思わずメイもビクッと身を竦ませてしまう。
「どういうつもりだ、そんなことを言うなんて!」
「だってさ…」
メイが再びデジタルフォトフレームに目を落とす。
「アレクトラたちの気持ち、わかるから…」
そして、ポツリとそう呟く。
「何?」
「この写真を見ても、皆キョウジのことが好きなのが良くわかるし、さっきもキョウジが言ったように、まだ言い寄られてるんなら皆諦めきれてないってことでしょ?」
「……」
事実だけにキョウジは何も口を挟めず、メイの話に耳を傾けている。
「キョウジは私を選んでくれたけど、もしそうじゃなかったら、私もやっぱりいつまでも引き摺っちゃうと思うんだ。それがわかるから、せめてそれぐらいはって思っちゃったんだけど…」
「お前の言いたいことはわかるがな…」
キョウジも難しい表情になって答えた。キョウジとしても、メイ以外の自分に思いを寄せている面々に対する後ろめたさと言うか心苦しさと言うか、そういったものは常に感じているから仕方ないことだといえる。
「だがそれでも、私が選んだのはお前なのだ」
しかし、キョウジはそれを良しとはしなかった。
「こういう場面でうまく纏められるのが男としての腕の見せ所なのかもしれんが、私にはどうしてもな…」
「キョウジ…」
自嘲するように微笑んで息を吐くキョウジの姿に、メイは胸が締め付けられるような申し訳なさを感じた。
「その代わり、あの連中には一生頭が上がらんが…まあそれは、私の器量不足と言うところで仕方ないさ」
「そんなことないよ!」
メイが力強く否定する。
「いいんだ」
対称的に、キョウジは力なく苦笑した。
「誰かを選ぶ以上は、それ以外の連中には申し訳ないことをすることになるのは始めからわかっていたこと。ならば、己の心に正直に従った、その結果の今だ」
「……」
そこまで言われてはメイはそれ以上何も言えなかった。と同時に、自分をそこまで大切にしてくれることにとても嬉しかった。
「その…ゴメンね」
だからこそ、メイは素直に自分の前言に対して謝罪した。
「いや、お前も内心はあまり面白くなかっただろうからな」
「え?」
「だってなあ…既婚になったからあからさまにモーションをかけてくることはなくなったが、それでも旦那が自分以外の女に誘われているのを見たり聞いたりしたら、流石に面白くはないだろう?」
(それは…そうかも…)
さっきはああ言ったが、実際にその場面を想像してみたら確かにムカッとしてくる。言い寄ってくる女性陣にモーションをかけられたからといって、キョウジが鼻の下を伸ばすような男ではないのはわかっていたが、それでも見ていて気分のいいものではなかった。想像でもムカッとくるのだから、実際に目の当たりにしたらその程度では済まないかもしれない。
アレクトラたちに対する申し訳なさはもちろんある。だがそれでも、キョウジを渡せるかと言われたらそんなことはなかった。
「ん、わかったよ」
そのため、多少強引ながらもメイはここでこの話を打ち切ることにした。
「変なこと言っちゃって、本当にゴメンね」
「いや、いい。私こそ、怒鳴って済まなかった」
そこでお互い顔を上げると軽く微笑み合う。と、家のチャイムが鳴った。
「やれやれ…」
チャイムが鳴っただけなのに、キョウジが呆れたような顔になる。
「今日は随分早いな」
「? 誰なの?」
その口ぶりから、キョウジは誰が来たのか知っていそうだったので、来客が誰なのかを尋ねた。しかし、
「さあな」
キョウジは予想外の答えを言うと、そのまま玄関へと向かったのだった。
「???」
どういうことかわからずに首を捻るメイ。と、程なく家の中がバタバタと慌ただしくなる。
「おや、メイ」
「起きてたのか」
「おはよう」
現れたのは、ゾーラ、アレクトラ、マギーの旧アルゼナルでも年長組の三人だった。
「いらっしゃい」
さっきの話の後だったので、多少複雑な気持ちになりながらメイは挨拶を返す。と、三人はそのまま脱兎のごとくメイを置き去りにして奥へ…正確にはフェイリンのベビーベッドの元へと走っていった。
「え?」
ビックリして振り返る。と、三人が表情を蕩けさせながら赤ちゃん言葉でフェイリンに話しかけていた。その様子に目を丸くしてビックリしていたメイだったが、後方からの、
「やれやれ…」
という、嘆息交じりのボヤキに振り返った。そこには、言葉と同じく困ったものだといった表情のキョウジが立っていた。
「キョウジ…」
「ん?」
自分の方に顔を向けたキョウジに、メイはスッとアレクトラたち三人を指さす。
「あれ…何…?」
「ああ…」
どう説明したらいいものかといった表情でキョウジが顎に手を当てた。
「見ての通り…としか言いようがないな」
そして少し時間を置いた後、そう答える。
「アルゼナル組で初の子供ということもあってな、毎日誰かしらがこうやって顔を見に来るのだ。そして、ダダ甘の状態になって蕩けて帰る。こんな日々が続いている」
メイももうずっと同じ経験をしているはずだが、今日のメイが何かおかしいことに気付いているキョウジは何も聞かずに現在の状況をそう解説した。
「で、今日のお客さんはあの三人ということだ」
「そうなんだ」
「ああ。もっとも、これで打ち止めとは限らんがな。後から他の連中も来るかもしれんし…」
「それは…」
流石に少し閉口し、メイが呆れとも驚きともつかない顔になった。
「はぁ…可愛いなぁ…」
「本当だな…」
「あー、癒されるわぁ…」
キョウジの言葉通り、早速ゾーラたちはフェイリンにメロメロになっていた。彼女たちの見たこともない姿、そしてその表情にメイは驚きを隠せない。
「うわぁ…」
そして、呆れとも感嘆ともつかない声を上げた。
「始めて見たよ、アレクトラたちのあんな姿」
「まあ、わかるがな…」
腕を組み、キョウジが苦笑する。
「今までは死と隣り合わせの世界で、ずっと生命を擦り減らしていたのだ。あれぐらいしてもバチは当たるまいよ」
「んー、それはそうなんだけどさぁ。母親としてはちょっと複雑かなぁ。可愛がってもらえるのは勿論嬉しいんだけど、なんか自分の子供を取られたみたいで…」
「成る程な」
キョウジもその気持ちはわかるのだろうか、大きく頷く。
「だからさ、アレクトラたちにも子供を授けてやってよ」
「おいおい、その話はさっき終わっただろう? それに人を種馬扱いするな」
「えへへ♪」
少し呆れたように窘められ、メイが楽しそうに微笑んだ。
「さて…」
キョウジがくるっとアレクトラたちに背を向けた。
「どうしたの?」
「お茶でも淹れてくる。お前も好きに寛いでいるといい」
「あ、じゃあ私が」
「いいからいいから」
やんわりとだがハッキリ拒絶され、メイはその場に残された。
(えーっと…)
どうしようかなーと思ったメイだが、フェイリンを可愛がっているアレクトラたちを見ていたら、母親としてアレクトラたちには負けられないという妙な責任感が出てきて、そのままアレクトラたちのところへと向かった。そしてキョウジが戻ってくるまで、女三人どころか四人になっていたので、姦しい+1の状況が続いたのだった。
その後は五人でランチとなり、ランチ後にアレクトラたちは帰っていった。その際にも、ところどころにゾーラとアレクトラがキョウジにモーションをかけていたのだが、キョウジは当然のようにそれをいなしていた。メイ自身も先ほどああは言ったものの、やはり現実に目の前で旦那にモーションをかけられると思った以上にムッとしてしまい、一々キョウジを護るようにアレクトラたちとキョウジの間に入っていた。そしてマギーは、そんな攻防を肴にキョウジのランチを楽しみながら心底楽しそうに見物していたのであった。
ランチ後、アレクトラたちは帰ったものの、今度はサラたちや元整備班の面々、果てはエマなども訪ねてきて千客万来の一日だった。
彼女たちの相手と、フェイリンの世話で目まぐるしく時間が過ぎてゆき、そして二人の休日はあっという間に夜を迎えてしまったのだった。
「ふぅ…」
風呂あがり、パジャマに着替えてバスタオルで髪を拭きながらメイがリビングに戻ってくる。そして椅子に腰を下ろした。
「お疲れ」
それと同時に、キョウジがメイに冷えたお茶を出す。
「ありがと」
礼を言ってそれを手に取ると、メイはゴクゴクと咽喉の奥へと流し込んだ。
「はぁー…」
半分以上飲み干し、コップをテーブルの上に置く。
「フェイリンは?」
メイがキョウジに尋ねた。
「寝たよ。あの子は寝つきがいいからな。おまけに夜泣きもほぼないし、親思いの良い子だ」
「そっか♪」
メイは嬉しくなった。姉の生まれ変わりだという直感が働き、姉の名前を付けた我が子が、自分の大好きな人である夫に褒められるのは凄く嬉しかったのだ。
(♪♪♪~)
上機嫌になってメイは残りのお茶を飲み干した。
「さて、私たちも寝るか」
メイがお茶を飲み干したタイミングを見計らって、キョウジが伝える。
「えっ!?」
その一言にビックリしたメイだったが、すぐに、
「う、うん…」
と答えた。もっとも、俯いておりその顔は真っ赤だったが。
(ね、寝るって…一緒に…だよね)
朝、ベッドルームから出てくるときに、ベッドに枕が二つあったことはハッキリと覚えている。それはつまり、二人で同じベッドを使っているということであり、それを考えるとどうしても、夜の営みへと思考がもいってしまうのだった。
(でもでも、フェイリンがいるってことは、当然その…こ、行為は何度もしてるってことだし…)
メイの頭がそれを考えてしまい、更に沸騰した。顔も先ほど以上に赤くなっている。
「先に行ってるぞ」
対してキョウジは素っ気なくそう答えると、さっさとリビングを後にしてベッドルームへと向かったのだった。
「あ、ま、待ってよー」
メイもコップをキッチンへ持っていくと、慌ててキョウジの後を追ったのだった。
「ふぅ…」
ベッドに入り、ようやく落ち着いたかのようにメイが一息ついた。
「疲れたか?」
メイの肩を抱いて自分に引き寄せながら、キョウジがそんなメイを気遣う。
「ちょっとね」
あははとメイが笑った。
「でも、それならキョウジの方こそでしょ? 食事作って、お客さんもてなして、フェイリンの面倒も見てたし…」
「まあな。だが、家事はもう慣れたしな。それに、出産してまだ日の浅いお前をこき使うわけにはいかんだろうよ」
「優しいんだ♪」
「よせ、そんなものじゃない」
「そういうことにしておいてあげるよ♪」
メイがクスクスと笑い、キョウジが困ったように軽く一息ついた。
「ね、ねえ、それよりさ…」
意を決してメイが口を開いた。顔も真っ赤になっている。
「ん?」
「その…し、しないの?」
途中、何度も心が折れそうになったが、何とかメイはそれを聞くことができた。
「…したいのか?」
キョウジが引き寄せたメイを覗き込みながら尋ねた。
「あ…いや…その…」
どう答えていいかわからず、メイはさっき以上に真っ赤になって沈黙してしまった。そんなメイをキョウジは優しく見つめながら、さらに肩を抱く。
「あ…」
その力強さと、密着面から感じる温もりにメイが思わず声を漏らした。
「したいかしたくないかと言われれば、それはしたい。私も健全な男だからな」
キョウジが変わらずメイを覗き込みながらそう答えた。自然、メイも見上げるようにキョウジを見つめることになる。
「だがな、まだお前は出産して間もない。それを考慮すると、あまり無理強いはできん。それにな」
「うん」
「もしまたすぐに子供ができたらどうなる? ただでさえフェイリンはまだ手のかかる状態だ。それが二倍になっては、お前が擦り減ってしまうだろう? 妊娠、出産はただでさえ母体に負担がかかる事柄だ。それでお前が健康を損なうことになったら、悔やんでも悔やみきれん。だからな」
キョウジが軽くポンポンとメイを叩いた。
「しばらく子づくりはお預けだ。二人目は時期を見て、もう少し肉体的、精神的に余裕ができてからな」
「うん、わかった」
メイが納得して答えた。キョウジが自分に興味が無くなってしまったわけではないこと、何より自分のことを大事にしてくれて気遣ってくれることがとても嬉しくて、メイは思わず涙ぐんでしまっていた。
それを悟られないように、メイは今まで以上にキョウジにしがみつき、顔を見られないように顔を伏せる。
「さあ、明日も早い。もう休もう」
「うん、そうだね。お休み」
「ああ、お休み」
キョウジの温もりに包まれ、メイはゆっくりと目を閉じた。
(温かい…)
その心地よい安らぎに身を任せ、メイの意識はどんどん薄れていく。そして…
(寒い…)
不意に、メイは寒さに身を震わせて目を覚ました。そして、ゆっくりと辺りを見渡す。
「ここは…」
その目に飛び込んできたのは良く見知った元整備班の面々があちこちで幸せそうな顔をして雑魚寝をしている姿だった。所々に、飲み物や食べ物の残骸が放置されている。
「……」
上半身を起こしたメイの肩口から、毛布が滑り落ちた。
「あ…」
呟くものの、それを拾うこともなく辺りの状況を確認する。それはまさしく、先ほどまで自分も参加していたクリスマスパーティーの会場だった。
(今のは…夢…)
己の身体に視線を移す。そこには年相応の少女の身体つきがあった。決して、アレクトラたちに引けを取らないプロポーションではなかった。それが、今までの幸せな時間は夢であったことをメイに突き付ける。
「…何処? 何処にいるの?」
暖房は効いているのだろうが、それでも寒さを感じたメイは毛布に包まると何かを探し始めた。
「いた…」
やがて、目当てのものを見つけると寂しそうに微笑みながらも毛布に包まったまま歩き出す。そして、目当てのもの…キョウジの側までいくとその横に腰を下ろした。キョウジも他の面々と同じように、その場で雑魚寝をしていたのだ。
メイはその場に横たわると、キョウジにしがみついた。奇しくも、先ほどの夢の最後、眠りに就く前と同じような状況になっていた。
(あれは夢だったんだ…)
メイが認める。キョウジと結婚したのも、フェイリンが生まれたのも、そして心から幸せだったあの生活も、全ては己の見た夢だった。そのことがメイを絶望させる。その絶望が、毛布が身体を温めていることを全く感じさせない。だがそれでも、
(温かい…さっきと同じだ…)
密着して感じるキョウジの温もりは夢ではなかった。そのことだけが、今のメイの救いだった。
(…ううん、違うね。ホントはわかってたんだ、あれは現実じゃないって)
じゃなければ、恋愛の時の記憶も結婚も出産も何も覚えていないわけがない。夢だからこそ、全て自分に都合が良かったのだ。
(でも、それでも…)
メイがキョウジに更にしがみつく。密着面から更に伝わってくる温もりが、メイを安心させた。
(この温もりだけは、夢じゃない)
そして、キョウジに視線を移す。いつもと変わらないキョウジの姿がそこにはあった。
「…大好き」
メイがそんなキョウジに向けて呟いた。偽らざる、メイの本心だった。
(あれは夢。夢ということは私の願望。恐らくはそんな未来を迎えることはない…)
悲しいが、それをメイは認めた。確かにそうなる確率はゼロではないだろうが、限りなく低いだろう。
「だから、今だけは…今だけは…私のものになって」
キョウジが寝言で、ん…と呟いた。寝言なので勿論、メイの言ったことに対しての返事ということではないだろうが、それでもメイはキョウジが自分の言ったことに了承してくれたように感じた。
「ありがと」
メイは微笑むとゆっくりと目を閉じた。感じていた寒さもいつの間にか感じず、それどころか身体の芯から温まるような温もりを感じていた。メイはその心地よい感触に身を任せ、そしてキョウジと肩を並べて眠りに就いたのだった。
聖夜の夜はこうして時を刻んでいく。幸せだけど悲しい夢を見た彼女にも、他の女性たちにも。
勝利の暁に自由を勝ち取った彼女たちに、Merry Christmas。