では、どうぞ。
幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。
その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。
だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。
そして幾多の紆余曲折、すったもんだの末、シュバルツはその中から一人を選んだ。選ばれなかった他の女性陣には、幾度となく土下座をして許しを乞うたのはご愛嬌というものである。それでも諦めきれない様子の女性陣だったが、シュバルツの真剣な想いが徐々に彼女たちを軟化させ、大分時間はかかったものの理解はしてくれた。(注:納得はしてくれてはいないので、選ばれなかった女性陣が隙あらば虎視眈々とその座を狙っているのは秘密である)
そして、シュバルツが選んだのは…
「ん…」
目の前がうっすらと明るくなっているのを感じ、キョウジがゆっくりと目を開けた。視線の先には、この世界でよく見ることになった板張りの天井。ゆっくりと上半身を起こすと、左右に首を振る。だが、そこにはいるべき人物の姿がなかった。
と、窓から木漏れ日が室内に幾つか差しているのに気づき、キョウジは自分の今いる場所…布団から抜け出すと歩いて窓を開ける。そこには澄み渡った快晴の青空と、そして上空を悠然と羽ばたく何頭ものドラゴンの姿があった。
「今日もいい天気だな…」
その景色に、思わずキョウジがそう呟く。と、入り口のドアが開いた。
「あら」
そして、そこから入ってきた人物がキョウジの姿を見て少し驚いたような表情になった。
「サラ」
キョウジも振り返ると、そこにいる人物の名を呼ぶ。彼女…サラはキョウジが起きていたことに少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になった。
「お早うございます、キョウジ」
「ああ」
そのまま、サラがトコトコとキョウジに近づいてくる。
「起きていらっしゃったんですね。まだお休み中かと思っていたのですが」
「ついさっき目が覚めてな」
「そうですか」
寄り添いながら、サラが微笑む。が、
「いけない! でしたらすぐに朝餉の用意をしますね!」
と、慌ただしく部屋を出て行った。
「やれやれ。そう慌てなくてもいいものを」
慌ただしく出て行ったサラを見送り、キョウジは苦笑したのだった。
「御馳走さま」
「はい、お粗末さまでした」
朝食を終えたキョウジとサラ。すぐに下働きの者が膳を下げに来た。
「今日はどうします?」
膳が下がったところで、サラが尋ねてきた。
「そうだな…」
どうしようかとキョウジが考える。だが、そう時間を置くことなく答えが出る。
「せっかくだ、今日は一日お前に付き合おうか」
「えっ!?」
予想しなかったキョウジの回答に、サラが驚きの声を上げた。そして、
「…いいのですか?」
探るようにキョウジに尋ねてくる。
「構わんさ」
キョウジは言葉通り、気にする様子もなく答えた。
「でも、せっかくのお休みなのに…」
「だから、どう使おうが私の勝手だろう?」
「でも…」
サラはまだ煮え切らない。申し出は非常に嬉しいのだが、それでもキョウジの日頃の激務を知っているからこそ、たまの休日はゆっくり休んでほしいというのも偽らざる本音だった。
「この頃あまりかまってやれなかったからな。そのことに申し訳なく思っているのさ。だから、お前さえよければそうしたいのだがな。迷惑か?」
「め、迷惑なんてそんな!」
慌ててサラがブンブンと首を左右に振った。
「ならば、そうさせてくれ。頼む」
「キョウジ…わかりました。では、今日は一杯甘えさせてもらいますね♪」
「ああ」
キョウジの返答に、サラは実に嬉しそうに微笑んだのだった。
女同士の熾烈な争奪戦の末にサラをパートナーとして選んだキョウジは、その選択を大巫女他大勢のドラゴンの女性たちに非常に感謝され祝福された。そして二人は宮殿内にあるこの一室で共同生活を始めたのである。
元々サラは宮殿内に自分の私室を持っていたが、そこでは二人で生活するのには少し手狭だろうということで宮殿でもかなり広い私室を新しく宛がわれ、そして新たな生活が始まった。
と言っても、キョウジは研究者としてUG細胞の機能の復活に取り組み、サラはエンブリヲによって被害の出たこの世界の復興という仕事があるため、中々そろって時間を過ごすということなど出来なかったが。
また互いの休日も中々合わないために共に時間を過ごすことはほとんどない。そのため、こういった申し出をしてくれるのはサラにとっては非常にありがたいし嬉しいことだったが、同時にキョウジにかかる負担や疲労を考慮すると手放しで喜べないのも事実なのである。
とは言え、そこはまだパートナーとなって日も浅いため、出来ることなら一緒に居たいという欲求も当然生まれるわけで、そしてサラは今回、その欲求に負けたのであった。が、だからといってキョウジを独占するわけにはいかなかった。何故なら
「サラマンディーネ様ぁ…」
トントンと遠慮がちに誰かがドアを叩いた。
「どうぞ、お入りなさいな」
「失礼します…」
許可を得て、その声の主がひょっこりと顔を覗かせる。そこにいたのは、まだ幼いドラゴンの子供たちだった。
「どうしたの?」
サラが微笑みながら彼女たちに尋ねる。
「あの…今日はお兄さんは?」
「ん? 何か用か?」
キョウジがひょっこりと姿を現すと、女の子たちは次々に顔をぱあっと輝かせて走ってきた。そして、次々にキョウジにしがみつく。
「っと!」
いきなりのボディーアタックに多少面食らったキョウジだったが、それでも子供の攻撃にビクともすることなくしっかりと受け止める。
「どうしたんだ、お前たち?」
不思議に思って尋ねる。と、
「お兄さ~ん」
「ねえ、遊んで遊んで!」
「いいでしょ!?」
と、マシンガンのように次から次へとせがんできた。
「いや…しかし…」
困ったなという顔をしてサラに顔を向ける。さっきああ言ってしまった手前、今日はサラに一日付き合うつもりでいたのだ。だがサラは、楽しそうにニコニコ微笑んでいた。そして、
「頑張ってくださいね♪」
そう、エールを送る。そしてそれだけで、キョウジはサラがどういうつもりなのかわかった。
(成る程な)
その表情には怒気や翳りは見受けられない。ということはつまり、こうなることは多かれ少なかれ予測出来ていたということだ。であれば、元から独占するつもりなどなかったのだろう。
いや、正確に言えば独占したいのだろうが、それが許されないことをわかっていたというべきだろうか。何せ、キョウジがドラゴンの女性たちにどれだけ慕われているかは十分に知っているからだ。引っ張りだこなのは当然のことであった。
「すまん」
とはいえ、こういう形になってしまったことに何も思わないほどキョウジは鈍くはないので一応謝罪する。
「いえいえ」
サラは変わらぬ様子でそう答えると、その場から立ち上がった。
「折を見て顔を出しますわ。ですから、宜しくお願いしますね」
「わかった」
キョウジが頷くと、サラがその場を立ち去る。そしてキョウジは徐に立ち上がると、
「何して遊ぶ?」
と、リクエストを尋ねた。
「う~んと…」
「えっとねー、えっとねー…」
頭を一生懸命捻って考える子供たちに苦笑しながら、これからの戦いに備えるキョウジだった。
「お疲れ様でした」
私室でのびているキョウジを覗き込みながら、サラが声をかけた。
「…ああ」
疲れ切っている表情を見せながらもキョウジは答え、そして上体を起こした。
「ふーっ…」
一度大きく息を吐く。その様子に、サラがクスクスと笑った。
「どうでした?」
サラが尋ねる。無論、久しぶりに子供たちを相手にしたことの感想だろう。
「寄る年波には勝てんな。正直、しんどい」
「まあ」
その返答に、サラがまたクスクスと笑う。
「貴方もまだ十分お若いでしょうに」
「そう思っていたのだがな、あの無尽蔵のパワーには勝てん。あの小さい身体のどこにあれほどのパワーがあるのやら」
「ふふふ」
サラがまたクスクスと笑う。めったに見られないキョウジのこんな姿に、楽しくて仕方ないのだろう。
「さてと、では今度は私に付き合ってくださいな」
サラがキョウジの手を取ると引っ張って立たせた。
「何にだ? 出来ることなら、体力を消耗するようなことは今日はもう勘弁してほしいのだが」
「あら、それはいいことを聞きましたわ」
質問には答えず、サラはそのままキョウジを引っ張った。キョウジも仕方なく、引っ張るに任せて部屋を後にしたのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
とある室内で、サラの呼吸が盛大に乱れていた。
「どうした? もう終わりか?」
対するキョウジは先ほどまでとは違い、随分と回復したようでまだまだ余裕がある口ぶりだった。
「まだまだ!」
サラがキョウジに突っ込む。が、
「甘い」
動きを見切ったキョウジが簡単にサラをあしらった。
「くうっ!」
床に投げ出され、サラが痛みに顔を顰める。そして、そのまま身体を弛緩させた。
「やっぱり…敵いませんわね」
サラは悔しそうでもありながら 納得した表情で叩きつけられた床から起き上がる。そして、大きく息を吐いた。
「今は研究畑一筋の貴方ですから、勝てると思ったのですが…」
そしてキョウジの分も受け取ると、手に持っていた木刀を元の場所に戻す。二人は今道場にいた。サラのたっての希望で勝負していたのである。以前、手も足も出なかったことに対するリベンジのつもりで立ち会ったサラだったが、結果はあの時と同じだった。
「まあ、仕方なかろう」
キョウジが申し訳なさそうに答えた。本物のシュバルツ=ブルーダーを母体にし、キョウジ=カッシュの人格をコピーしたのが今のキョウジである。故にキョウジ=カッシュとシュバルツ=ブルーダーは融合した存在になっているため、研究畑にいったからといってシュバルツ=ブルーダーの強さが失われたわけではないし、ガンダムファイターとしてこの世界で活動している時も、キョウジ=カッシュの頭脳が失われるわけではなかった。いくらサラが強いと言っても、ガンダムファイター相手ではこの結果になるのはある意味当然であった。
「でも、私は諦めませんよ。いつか必ず貴方から一本取ってみせます。キョウジ」
「そうか」
それでもめげないその姿勢に、キョウジは嬉しくなって軽く微笑んだ。
「まあ、頑張れ」
「ええ!」
いっそ清々しくハッキリと言い切る。その姿に今度はキョウジは苦笑した。
「ふぅ…」
一息つくと、サラは胸元を少し開けて手で仰いで風を送った。
「汗かいちゃいましたね」
「そうだな」
答えたキョウジの腕に、サラは自分の腕をグッと絡めた。
「サラ?」
キョウジがサラを覗き込む。と、サラはニッコリと微笑んで、
「湯浴みにいきますわよ」
と、当然のごとく答えた。
「…一応聞くが、こうして腕を絡めているということは」
「当然、貴方も付き合うのですわよ、キョウジ」
「拒否権は…」
「ありません♪」
そうして、キョウジは浴場へ向かって引き摺られ始める。
(やれやれ…)
内心で嘆息し、ドラゴンの連中は揃いも揃って押しの強い奴らばかりだな。と、今更の感想を浮かべながら、キョウジはそのまま湯浴みへと連行されたのだった。