では、どうぞ。
幾多の艱難辛苦を乗り越え、ノーマは勝利と自由を手にした。そしてその側には、彼女たちをいつも支え、導き、救ってきた一人の男の姿があった。
その男…皮肉な運命に弄ばれたシュバルツ=ブルーダーはこの世界で彼女たちと共に歩むことを選んだ。
だがそれは、シュバルツを巡っての女の戦いが始まるということに他ならなかった。シュバルツに想いを寄せる女性陣のアピール、そしてその純粋で真っ直ぐな想いをぶつけられ、シュバルツは大いに悩むことになる。
そして幾多の紆余曲折、すったもんだの末、シュバルツはその中から一人を選んだ。選ばれなかった他の女性陣には、幾度となく土下座をして許しを乞うたのはご愛嬌というものである。それでも諦めきれない様子の女性陣だったが、シュバルツの真剣な想いが徐々に彼女たちを軟化させ、大分時間はかかったものの理解はしてくれた。(注:納得はしてくれてはいないので、選ばれなかった女性陣が隙あらば虎視眈々とその座を狙っているのは秘密である)
そして、シュバルツが選んだのは…
「ふむ…」
大巫女から与えられた研究施設で、今日もキョウジは研究・調査に勤しんでいた。本来のデビル…いや、アルティメットガンダムの機能を取り戻し、それによってこの荒廃した世界の自然環境を再生させる一助とするために。
だが、いかなガンダムファイターであった身でも研究室にこもりっぱなしでは身体がこるのは仕方なかった。
「んっ…」
椅子の背もたれに身を預けながらグッと伸びをし、固まった体をほぐす。と、
『パパ!』
研究室のドアが不意に開き、そこから何人もの子供たちが研究室に入ってきた。そして、キョウジを目指して一目散に駆け寄ると、我先にとキョウジに抱き着く。
「お前たち…」
一瞬、驚いた表情をしたキョウジだったが、すぐに表情を崩して彼女たちを慈しむように撫でる。
『えへへ…』
キョウジに撫でられた子供たちが、次々とくすぐったそうな、しかし嬉しそうな笑顔になった。
「どうしたんだ、一体?」
そして、キョウジは子供たちに突然の来訪の理由を尋ねる。
「パパに逢いにきたの!」
代表して…と言うわけでもないのだろうが、一人の子が答えた。
「パパ、この頃ずっとお仕事だったから」
「もっと私たちと遊んでほしくて」
「ねえ、遊んで?」
「遊んで! じゃないと、パパのこと嫌いになっちゃうよ」
「それは困ったな…」
明け透けな子供たちの要求に苦笑しながらも、どうしたものかとキョウジが頭を悩ませる。と、
「皆、そんなこと言わないの」
遅れて入ってくる人影があった。
「ママ!」
一人の子が振り返ったその先には、以前と変わらずにニコニコしながら研究室に入ってきたエルシャの姿があった。
「エルシャ」
「すみません、ミスター」
こちらも苦笑しながらエルシャがキョウジに謝った。
「この子たち、どうしてもミスターのところに行きたいって聞かなくって」
事情を説明しながら、エルシャがキョウジへと近寄ってくる。
「ほらほら皆、そんなわがまま言わないの。ミスターが困ってるでしょ?」
「えー…」
「だってー…」
エルシャにたしなめられるも、子供たちは納得できないのだろう、不満そうな様子がありありと窺えた。中にはキョウジの服をギュッと掴み、離れないという確固たる意思表示をしてくる子もいた。
「困ったわねぇ…」
そんな不満気な様子に、苦笑しながらもどうしようかとエルシャが頭を悩ませる。と、
「いや、待ってくれ」
そんなエルシャを止めたのは他ならぬキョウジであった。
「ミスター?」
止めに入ったキョウジに、エルシャが首を傾げる。
「確かに、この子たちの言う通りだな」
キョウジはそう言うと、自分の胸に抱き着いている子をゆっくりと引き離して床に立たせた。そして、子供たちへと視線を向ける。
「最近、確かにこちらにかかりっきりで碌に構ってあげられなかったからな。いいだろう、遊ぼうか」
『ホント!?』
キョウジの返答に、子供たちがぱあっと顔を輝かせた。
「ああ。だが、ここでは流石に無理なのでな。家に帰っていてくれ。私も今日は早めに戻る。そしたら、いっぱい遊ぼうな?」
『ホントにホント!?』
「ああ」
そして、約束だとでもいうように一人一人の頭を撫でた。
「帰っていてくれるな?」
『うん!』
キョウジに優しく諭されて子供たちは元気よく頷いた。そして、我先にとドアを出て行く。
「あ、ちょっと!」
エルシャが気を付けるように注意しようとしたのだが、その時にはもう誰一人研究室には残っていなかった。
「もう…」
困ったような表情で、少しの間子供たちが出て行ったドアを見ていたエルシャだったが、やがてキョウジに向き直った。
「すみません、ミスター」
そして、軽く頭を下げて謝る。それは研究や調査の邪魔をしたことに対してか、それとも子供たちと遊んでもらうことに対してなのかはわからないが、恐らくは両者であろう。
「何、気にするな」
そんな恐縮しているエルシャに対し、キョウジは軽く微笑んでそう答えた。
「お前を伴侶に選んだ以上、あの子たちは私の子でもある。親ならば当然のことだろう?」
「そ、そうですね…」
キョウジはサラっとそう答えたが、エルシャは顔を赤らめて口篭もった。まだそう言われるのは慣れていないのか恥ずかしいのか、ドギマギするのだ。そしてそんなエルシャを見て、キョウジは彼女に気付かれぬようにクククと静かに笑うのだった。
「それより、お前こそ大変だろう?」
あまりエルシャをいじめるのも可哀想なので、キョウジが話題を変えた。
「え?」
すぐさま、今度はキョトンとした表情になってエルシャが軽く首を傾げる。
「何のことです?」
「そういった意識もないか。育ち盛りのあれだけの子どもの面倒を見るのが…だ」
「ああ」
キョウジが何を言っているのかようやく合点のいったエルシャがニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私、これでもパラメイルのパイロットだったんですから。体力には人一倍自信があるんです」
「そうか」
「それに、あの子たちはもう戦わなくていい。少なくとも戦争で生命を落とすことはなくなったんです。それを考えると嬉しくって。だから、これぐらいどうってことありません。…あの子たちを失う辛さに比べたら」
不意に、エルシャの表情に翳がさす。自分で言って思い出してしまったのだろう。あの時、子供たちを失った(と思った)ことを。
キョウジ…その時はシュバルツが手を打ってくれたために事なきを得たが、そうでなければエルシャは恐らく一生立ち直れなかったかもしれない。それを考えれば確かに、失ったはずの子供たちの世話で手を焼いている方が余程楽なのかもしれないし、嬉しいのかもしれない。
「そうか」
それがわかるからこそ、キョウジはそれ以上何も言わなかった。
「では私も、父親としての役割は果たさなければな。何から何まで母親に任せるわけにもいくまい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、いいんですか? まだ今日やることは残ってたんじゃ…」
窺うようにエルシャがキョウジを覗き見た。と、
「人のことは決して言えんが、お前も存外鈍いな、エルシャ」
先ほどのようにクククと咽喉の奥で笑いながらキョウジが立ち上がった。そして、諸々のシステムを慣れた手つきでダウンさせてゆく。
「え?」
「先ほどあの子たちに言ったのは確かに嘘ではないさ。だが、まるっきり正解かというとそうでもない。半分正解といったところだ」
「じゃあ、後の半分は?」
「知れたこと」
キョウジがエルシャに近づいた。そして、
「さっきも言ったようにこの頃こちらにかかりっきりだったからな。久しぶりにエルシャとゆっくり過ごす時間が欲しいのさ」
そう、エルシャの耳元で囁いた。
「あ…う…」
囁かれたエルシャはというと、真っ赤になって俯いてしまう。まさかキョウジからそんな言葉が返ってくるとは夢にも思わなかったから二の句が継げないのだ。
(もう、時々こんな不意打ちするんだから。ズルいなぁ…)
エルシャはそう思いながら、恨めし気にキョウジを覗き見る。当のキョウジは楽しそうに微笑みながらエルシャを見ていた。と、自然に二人の目が合ってしまい、慌ててエルシャが逸らした。その様子を見て、またキョウジが楽しそうに咽喉の奥で笑う。
(もう…)
いいようにあしらわれて少しムッとするエルシャだったが、それでもくすぐったい感覚が心地良く、そして嬉しかった。だからこそ、文句も言わずにキョウジの横に並ぶ。
「帰るか。家ではお姫様たちが首を長くしてお待ちかねだ」
「ええ、そうですね」
そして、二人は仲良く肩を並べて帰路に着いた。
「ねえ、ミスター」
帰る道すがら、エルシャが口を開く。それはいつもと違い、少しためらいながらもやっと決心して話しかけた様子だった。
「どうした?」
キョウジもそれがわかるからこそ、視線を少しエルシャに移しながら尋ね返す。
「その…ですね…」
言い淀む。エルシャにしては珍しいことである。
(ふむ…)
何を言いたいのか気にはならないでもなかったのだが、こういう場合無理に聞き出すのは悪手だと思ったので、キョウジはエルシャのタイミングに任せることにした。今日決心がつかなかったらいけないという類のものでもないだろう。
そんなキョウジの思惑とは裏腹に、
「えっと…」
躊躇いながらもエルシャが続きの言葉を口にした。
「ああ」
「……」
だが、そこから先が中々出てこない。どうしたものかと思っていると、
「み、ミスター!」
不意に、エルシャが今までの流れからそぐわない大声を上げた。
「! ど、どうした!?」
思わぬ大声に、流石のキョウジも驚いてしまう。と、
「あ、あの!」
ようやく決心したようにエルシャが口を開いた。
「ああ」
「その…最終決戦の前夜のこと、覚えてます?」
「いや」
「えっ!?」
エルシャが目を剥いてキョウジを見た。が、
「冗談だ」
すぐ付け加えたその一言に、エルシャが拗ねたような表情になる。
「もう…性格悪いですよ、ミスター」
「すまんな。お前の百面相が面白くて、つい…な」
「もう…」
少しご機斜めになりつつも、緊張がほぐれたのかエルシャは大分リラックスした様子になっていた。そして、
「あの時私が言ったこと、そろそろいいかなって思って」
と、先ほどまでの緊張感が嘘のようにエルシャは自然にそう口に出していた。
「ミスター…その、私、ミスターの赤ちゃんが欲しいな…」
「そうか」
真っ赤になりながらそう訴えたエルシャにキョウジが答える。流石にキョウジでも、ここは茶化してはいけない場面なのはわかったのだろう。
「ミスターは…いや?」
色よい返事が返ってこないことに不安になったのか、エルシャが表情を曇らせながらキョウジに尋ねる。
「そんなことはない」
キョウジから返ってきたそのその返事に、エルシャは一先ずホッと安堵した。
「だがそうなると、遅かれ早かれお前は妊娠することになる。身重の身体ではあの子たちの世話は大変だろう? ある程度は勿論私もサポートするが、そこを考えるとな…」
それがキョウジの危惧していることだった。今言ったように、できる範囲のサポートは勿論するつもりだが、研究や調査をおろそかにするわけにはいかない。だがそうなると、どうしても無理が出てしまうのは言うまでもないことだった。が、
「大丈夫ですよ」
そんなキョウジの不安を払拭するように、エルシャが微笑む。
「まだ幼いですけど、それでもあの子たちも随分頼もしくなってきました。ちゃんと言い聞かせれば、ある程度は大丈夫です。その上で、ヴィヴィちゃんやモモカちゃんたちに助けてもらえるように話してみますから」
(成る程な)
向こうの意思もあるだろうが、現実的なところではないだろうか。どの道、他の助けを借りなければ無理な状況ではあるのだ。妥当といえるであろう。
(しかし、ヒルダやサラたちの名前を出さなかったのは、まだ遠慮があるからか?)
下衆の勘繰りかもしれないが、そう思ってしまう。キョウジを争ったライバルであるヒルダやサラたちの名前を出さなかったのは、少なからずわだかまりが残っているからだろうか。エルシャが…なのか、ヒルダたちが…なのか、あるいは本当に下衆の勘繰りかもしれず、本人たちはとっくに水に流しているかもしれないが。しかし、そんなことを聞けるわけもなく、キョウジはそのことについては口を噤むしかなかった。と、
「うふふ♪」
エルシャが不意に腕を組んでくる。そして、
「今夜から頑張ってくださいね、パ・パ♪」
嬉しそうな表情でキョウジの耳に自分の口を寄せるとそう呟いたのだった。
(やれやれ…)
明け透けなその言葉にドギマギしながらもキョウジは肚を決めた。キョウジもいずれとは思っていたのだ。そのいずれが、今来ただけのことにすぎないのである。
「♪♪♪」
上機嫌に鼻歌を歌いながら腕を絡めるエルシャに視線を向けると、二人は変わらずにゆっくり肩を並べて歩きながら自宅へと戻ったのだった。目下の懸念は
(何人欲しがることか…)
ということではあるが、そんなことは口が裂けても言えないことである。妻が満足してくれるまで、夫の責務を果たすのみであった。