ガンダムVSドラゴンファイト
レディー ゴー!
人が死んだ。
目の前で人が死んだ。
自分の目の前で、呆気なく人が死んだ。
「何…これ? 何なの…これ?」
その原因…見たこともない威容…突然目の前に現れた彼女たちの敵…ドラゴンを目の前にして、アンジュは恐怖からか呆然とした表情で呟いていた。
少し時間を巻き戻す。
パラメイル第一中隊が出撃し、戦闘空域に向かって飛行している時にそれは起こった。
『よーし、各機戦闘態勢! フォーメーションを組め!』
『イエス、マム!』
ゾーラの指示により編隊を組み始める第一中隊。それは勿論、アンジュに対しても下された命令だった。
『位置について、アンジュ』
サリアからも指示に従うように通信が入る。しかしアンジュはそれに従わない。どころか、所定の位置を勝手に離れる。…そう、彼女は敵前逃亡を図ったのである。しかしそんなことはすぐに周囲に知れることだった。
『アンジュ機、離脱!』
『離脱!?』
パメラの報告にエマが信じられないといった表情になり、ジルは舌打ちをして苛立ちを表した。
『もうすぐ戦闘空域よ。戻って!』
当然、司令部以上に現場がこんなことを許すわけがない。サリアが追跡しながらアンジュに通信する。しかしアンジュは答えない。
『アンジュ!』
『私の名前は、アンジュリーゼ=斑鳩=ミスルギです! 私は私のいるべき世界、ミスルギ皇国に帰ります!』
痺れを切らせたように叫ぶサリアに、しかし返ってきた答えはどこまでも『痛姫』のものだった。
『…言ったはずよ』
アンジュの返答を聞いたサリアが追いついて併走する。そしていつも以上に感情の感じられない口調で銃を構えた。
『命令違反は重罪だって』
本気かそれとも威嚇か、サリアは照準をアンジュに合わせる。と、
『アンジュリーゼ様!』
後方から第三者の通信が入り二人が後ろを振り返った。
『アンジュリーゼ様、私も連れて行ってください!』
声の主はココ。アンジュと同じ新兵で、彼女を慕い、彼女に聞かされた外の世界に純粋に憧れるあどけなき少女である。そしてその発言に驚いたのが二人。サリアと、そして彼女の友人で同じ新兵の立場であるミランダである。
『何言ってるの、ココ!』
思わずミランダがそう言ってしまうのも無理のないことだった。しかしもう、ココの耳には友の言葉も届かない。
『私も、魔法の国に…』
アンジュに追いつき、併走しながら純粋な希望を口にする。彼女自身には悪意はない。外に憧れ、外の世界を夢想をする一人の少女に過ぎない。しかし彼女は忘れていたのだろうか、ここが戦場であることを。生命のやり取りをする場所であることを。
『シンギュラー、開きます!』
冥府の扉が開く。そして死神の鎌が首をもたげ、それが振り下ろされた。
『はうっ!』
悲鳴と共に口から血を吐き、そして機体ごとその身体が両断される。そしてそのまま大量の血を撒き散らしながら、彼女はその十二年というあまりにも短すぎる生涯を終えた。
『ココ機、ロスト!』
報告を皮切りにしたかのように、冥府からの使者…彼女たちの倒すべき相手である敵、ドラゴンが次々とシンギュラーを通って現れた。
「何…これ? 何なの…これ?」
そして時間はあるべき時へと戻る。
「ココ! ココーっ!」
ミランダの必死の叫びも空しく、ココの機体は墜落していく。そして海面に着水したのを合図のように爆発、炎上した。
しかし感傷に浸る間もなく、ドラゴンは牙を剥く。
「ヒッ!」
その敵意に晒されたアンジュは、剥き出しの殺意に悲鳴を上げないことは出来なかった。
『敵反応補足。ガレオン級1、スクーナー級22』
「22!?」
明らかになったドラゴンの戦力に、ロザリーが思わず悲鳴を上げた。
「ったく、ウジャウジャ湧いてきやがって」
ヒルダもうんざりしたような口調で悪態をついた。
「ゾーラだ、総員聞け!」
敵戦力を確認したことにより、隊長であるゾーラが判断して指示を飛ばす。
「新兵教育は中止! まずは蚊トンボどもを殲滅し、航行優勢を確保する! 全機、駆逐形態! 陣形、空間方陣!」
『イエス、マム!』
号令と共に全機フライトモードからアサルトモードへと変形する。
「…命令違反の処分は?」
いまだ銃口をアンジュに向けたままのサリアがゾーラに訊ねた。
「後にしろ」
「…イエス、マム」
一瞬の間を置いてサリアがホルスターへと銃を収める。そしてアンジュから離れるとアサルトモードへと変形して戦闘空域へと合流した。
「た、隊長、私たちは!?」
「こっちが片付くまで生き残りな」
簡潔だが一番難しい指示をミランダに飛ばすゾーラ。
「全機、攻撃開始!」
そして新兵を除く第一中隊の面々は命令に従い、間髪入れずに攻撃を開始する。
「隊長」
心が折れそうになりそうになっているミランダだったが、目の前をアンジュがあらぬ方向に向かって通過したのを見て彼女を追走する。
「アンジュ、何処行くの!?」
「帰ります、ミスルギ皇国に!」
「本気で言ってんの!? 燃料は戦闘一回分しか積まれてないんだよ!? あんたの国が何処か知らないけど、辿り着けるわけないじゃん!」
その指摘に、アンジュはハッと息を呑む。しかし、その行動を変えることは出来なかった。
「それでも構いません。あそこに戻らずに済むのなら!」
血と弾薬、生と死が入り乱れる戦場は今も刻々と表情を変えていた。そこから逃げることしかもう、今のアンジュの頭の中にはないのだろう。
「私は、どうすればいいの!?」
ミランダが訊ねる。アンジュは答えることなく、スピードを上げた。
「ま、待って!」
思わず追いかける。そうしながら、ミランダは死んだココに思いを馳せていた。
(ココ…)
目に涙を浮かべながら、墜落した海上付近に目を向ける。
(ココのバカ…何が魔法の国だよ…)
(何夢見てんだよ、あたしたちはノーマなんだぞ…)
悔しいのか、悲しいのか、それとも別の感情か、歯噛みするミランダ。結果的にはそれが、彼女の運命を決定付けることとなった。
己の思考に気を取られていたミランダはドラゴンの接近に気付かなかった。気付いたときにはドラゴンの体当たりを受け、その身体は中空に放り出されていた。
「えっ…」
一瞬、自体が飲み込めなかった。しかし、すぐに己の現状を認識する。
「た、助けてーっ!」
落下しながら助けを求める。しかし訪れたのは助けではなく死だった。一体のドラゴンに捕食され、悲鳴を上げながら最期は三体のドラゴンの餌となって彼女もまた、そのあまりにも短すぎる生涯を終えた。
「あ、ああ…」
先程のココに続き、今またミランダの殺される場面を見てアンジュは呆けたように呟く。そして今度のターゲットは…。
「ヒッ!」
いつの間にか目の前まで来ていたドラゴンに気付くと紙一重でその体当たりをかわす。
「いやーっ!」
生々しい死を短時間に二回も見て恐慌状態に陥ったのだろう。悲鳴を上げながら何とか攻撃をかわして、アンジュは先程までとは間逆の方向に進路を取った。
他方、戦闘空域。
第一中隊の活躍によりスクーナー級の殲滅は完了。残すはガレオン級を料理するだけとまでに事態は進展していた。
「後はお前だけだよ、デカブツ。総員、凍結バレット装填!」
仕上げにかかる。大型種のガレオン級であっても止めを差せる兵装、『凍結バレット』を各自展開する。
「総員、突撃!」
ゾーラの号令と共に一斉に襲い掛かる。先陣を切ったのはヴィヴィアンだった。
「行くよー!」
悪あがきか、ガレオン級が咆哮を上げたかと思うと突然中空に魔方陣のような文様が浮かび上がり、それがその身体を通り抜ける。と、ガレオン級の身体のそこかしこに光点が浮かび上がり、それが光弾となって襲い掛かった。それを掻い潜り、ヴィヴィアンが攻め寄せる。
「滅びれ!」
見事にガレオン級に命中した。続いてヒルダ、サリアも凍結バレットを命中させる。
「止めだ!」
好機と見たゾーラが幕を引こうと襲い掛かる。その時だった、恐慌したアンジュが戦場に乱入し、あろうことかゾーラにしがみついてその動きを止めてしまった。
「助けて!」
「何してやがる! 離れろ!」
邪魔するなとばかりにゾーラはアンジュを振り解こうとするが、恐慌をきたしているアンジュもそうはさせじとばかりにゾーラにしがみついて離れない。そしてそれは攻守逆転の絶好の隙となってしまった。ガレオン級が今までの報復とばかりにその腕を振り上げたのである。
「っ! ゾーラぁっ!」
ヒルダの悲痛な叫び声が戦場を支配し、その腕が振り落ろされる。二人は気付いたが、時既に遅し。そうしてまた一つ、あるいは二つの生命が失われた…はずだった。
「……」
自らに振り下ろされた死神の鎌にゾーラは思わず目を瞑って硬直してしまう。どれほど死線を潜り抜けたとしても、最期には無抵抗になってしまうのは人の性だろうか。
しかし、彼女を襲うはずの衝撃はいつまで経ってもやってこない。恐る恐る目を開けるとそこには…
「! シュバルツ!」
「遅くなったな、すまん!」
全身から海水を滴らせながら己の頭上で腕を交差させ、ガレオン級の攻撃を受け止めているガンダムシュピーゲルの後姿があった。
「ガンダムシュピーゲル、戦闘空域に到着しました!」
「最悪の事態だけは回避できたようだな」
司令部。ガンダムシュピーゲルが戦場に到着し、ゾーラとアンジュが助かったことにジルだけではなくエマやオペレーターたちも安堵の表情を浮かべていた。が、良い知らせは続かない。
「! 待ってください、これは!」
オペレーターの一人、パメラが何かをキャッチして表情が変わる。
「どうした!?」
「シンギュラーの反応です!」
「何!?」
「場所は…現戦闘空域直上!」
その言葉が合図となったかのようにシンギュラーが再び開く。そしてそこから、先程と同規模のドラゴンの軍勢が現れた。
「敵反応補足。ガレオン級1、スクーナー級30!」
「援軍ってわけか…」
つい先程までとはまた打って変わって司令部に緊張感が走った。だがそれは、現場の第一中隊ほどではなかった。
「援軍!?」
「チッ、全く!」
サリアが驚き、ヒルダが舌打ちする。
「どうするの、そろそろ燃料が切れるよ…」
「ガスだけじゃねえぞ! 弾薬だって」
クリスとロザリーの言葉にゾーラが歯噛みをする。確かにその通りだったからだ。
(どうする!?)
当面の危機が去ったことで冷静さを取り戻したゾーラが考える。が、結論が出るより先に他から答えが提示されてきた。
「聞こえるか、ゾーラ」
「シュバルツ」
シュバルツから通信が入る。先に出てきたガレオン級はシュバルツに攻撃を受け止められて第一中隊から離れていた。援軍と合流しようとでもいう腹積もりなのだろうか。
だがそれはゾーラ達にとっても好都合だった。おかげで考える時間が出来たのだから。それを活用せんとばかりにシュバルツが通信を入れてきたのだ。
「聞こえてるよ。何だい?」
「退け」
返ってきたのは何ともシンプルな、しかし即座には受け入れ難い一言だった。
「何だって?」
「何度も言わせるな、退け。ここは私が食い止める」
「なっ、バカなこと言うんじゃないよ!」
ゾーラが激高する。
「あんた一人でどうにかなるわけないだろう!?」
「心配するな、無理と判断すれば私も退却する。先程の会話からして、お前たちはそろそろ燃料・弾薬が危ういのだろう? ならば無理はするな!」
「けど…」
「お前の指揮能力・戦闘能力を疑っているわけではない。だが、そんなお荷物に張り付かれたままではとても満足に戦えはしまい」
指摘されて己の機体を見てみると、まだアンジュはゾーラの機体に必死に張り付いていた。
「っ! こいつ!」
さすがにゾーラもブチ切れそうになる。が、
「止せ、今は仲間内で争っている場合ではないだろう」
とシュバルツに止められ、寸でのところでそれを回避した。
「とにかくこの場は退け。そろそろ奴らが来るぞ!」
「けど…」
『ゾーラ』
煮え切らないゾーラに、ジルが通信を開いた。
「司令!」
『退却しろ』
「ですが…」
『心配するな、第二中隊を招集する。お前たちは戻れ』
「……」
「さあ、早く行け!」
ジルに命令され、シュバルツに背中を押されてゾーラは決心した。
「死ぬんじゃないよ、シュバルツ!」
「お互いにな!」
「ふっ…ゾーラ隊、退却!」
『イエス、マム!』
号令一下、第一中隊は次々に戦闘空域を離脱していった。
「行ったか…」
顔を巡らせてゾーラ達第一中隊が退却したのを確認するシュバルツ。そしてすぐに顔を別方向に向ける。そこには牙を剥き、咆哮しながらこちらを威嚇しているドラゴンの軍勢の姿があった。
「パメラ、整備班並びに医療班に連絡。適切な処置をするように通達しろ」
「はい!」
司令部。ジルが矢継ぎ早に指示を下す。しかし次に発した指令に、オペレーター達は驚きを隠せなかった。
「オリビエ、第二中隊を招集」
「はい!」
「但し出撃はさせるな。戦闘待機だ」
『えっ!?』
その言葉に、オペレーターの三人が驚いたような表情でジルに振り返った。
「宜しいんですか?」
傍らのエマが訊ねる。彼女もオペレーター達ほどではないにせよ、驚いているようだった。
「構いませんよ」
ジルはこともなげにそう答える。
「でも…」
「奴も無理ならば退却すると言っています。出撃させるのはそれからでも構わないでしょう」
「共闘させたほうがいいんじゃないですか?」
「私が尋問した時の映像をお忘れですか? パラメイルとの連携は無理だと奴が自分で言っていたでしょう。第二中隊を出して加勢させたら、それこそいらぬ被害を招きかねません」
「そう言えば…」
あの映像を思い出し、エマはジルの言葉に納得したようだった。それでもオペレーター達は些か不満顔だったが、それは黙殺する。
今言ったことは第二中隊を出さない理由だったが、理由の一つであって全てというわけではなかった。
「ヒカル、これから起こる戦闘映像を記録。並びにアルゼナル内の総員に見せるようにリアルタイムでそれを流せ」
「は、はい!」
すべき指示を全て出してジルはいつものようにタバコに火を点けた。紫煙の先にモニターに映っているガンダムシュピーゲルの姿がある。
(舞台は整えたぞ。さあ見せてもらおうか、貴様の実力の程を)
岩礁に立って腕を組んでいるその機体、並びにそれを操る操縦者に向けて、ジルはいつものように不敵な笑みを浮かべた。
戦闘空域直下の海上。
シュバルツは突き出ている岩礁の上に立ち、腕を組んで上空を見上げていた。そこには、咆哮と共にこちらに襲い掛かってこようとしているドラゴン達の編隊があった。
「……」
少しの間その姿を黙って見据えていたシュバルツだったが、やがておもむろに腕組みを解くと、収納していたシュピーゲルブレードを展開させ、戦闘体勢になった。
「さあ、来るがいい」
それだけ静かに呟くと、ガンダムシュピーゲルは向かってくるドラゴンの群れに向かって構えた。
「ゾーラ隊長、さあ、こちらに」
「ああ」
アルゼナル格納庫。
救助用のヘリのハッチが開き、救助されたゾーラは救護班の二人によって用意された担架に乗って運ばれるところだった。
「っ!」
痛みに顔を顰めながら左手で右手の二の腕を押さえる。赤く腫れ上がり、一目でひどい負傷を負っているのがわかった。
治療の為にこれから医務室に向かうのだが、マギーのことを思い出すとゾーラは憂鬱にならざるを得なかった。と、視界の隅にある人物を発見する。
(っ! あいつ!)
それに気付いたゾーラが腕を押さえながら走り出した。
『ゾーラ隊長!?』
「悪いね、野暮用が出来た。後で自分で向かうから、お前達も皇女殿下の方に回りな!」
それだけ言い残すと、返事も聞かずにゾーラは走っていく。救護班の二人はどうしようといった感じでお互い顔を見合わせたが、どうしようも出来ないので言われた通りに皇女殿下…アンジュを搬送するのに回ることにした。
「エレノア!」
腕を押さえながら目的地近辺に辿り着いたゾーラが目標の人物の名を呼ぶ。
「ゾーラ! 無事だったのね!」
その姿を見て彼女…パラメイル第二中隊の隊長であるエレノアがホッとした表情を浮かべた。
「ああ、五体満足に…とはいかないがな」
「そうみたいね。でも、良かった」
ゾーラの腕に視線を走らせたエレノアだったが、重症ではなさそうな様子に安堵した。しかし次の瞬間、
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
と、ゾーラが彼女にしては珍しく怒声を上げた。
「な、何!?」
ゾーラの怒声にエレノアだけでなく、少し離れた場所にいる第二中隊の面々、そして今まで気付かなかったが、そこに何故か一緒にいた自分の部下である第一中隊の面々がビクッとして振り返った。
『お姉さま!』
ゾーラの姿を確認したロザリーとクリスが走り寄ろうとしたが、サリアとヒルダに抑え込まれる。
「何すんだよ!」
「放して、ヒルダ!」
「静かに」
「ちょっと黙ってたほうが良いみたいだよ。ロザリー、クリス」
そう言われて二人ははじめてゾーラの様子がいつもと違って怒り気味なのがわかり、しばらく黙っていることにした。
「どうしたのよ、ゾーラ」
いきなり怒鳴られてエレノアが困惑する。
「何で出撃してないんだ! あいつを見殺しにする気か!?」
「ああ、そのこと…」
ゾーラの言葉にようやく得心がいったのか、エレノアが頷く。
「そのことだぁ!? お前「司令の命令よ」」
更に噛み付こうとしたゾーラに、エレノアが簡潔に答える。その内容に、ゾーラの動きが止まった。
「な…に…?」
「だから、司令の命令。私たちは緊急招集されたけど、戦闘待機でいるように言われて出撃の命令は出ていないわ」
エレノアの言ったことに、バカな…といった感情がありありと見て取れる表情にゾーラがなった。
「じゃ、じゃあ、何で乗っていない!」
「勿論、私達も命令があればすぐに出撃できるように最初は搭乗して待機していたわ。でも、もうその必要がなさそうだから」
「何?」
意味がわからずに呟く。その身体からは先程までの怒気が抜けていた。
「こっちに来て。どういうことかすぐにわかるから」
そう言うと、エレノアが先導する。どういうことかこの時点ではわからなかったが、ゾーラはそれに従い着いていった。と言っても、すぐに目的地に着いたが。
『お姉さま!』
先導された先…第二中隊と第一中隊が集まっている場所まで来ると、我先にとロザリーとクリスが寄ってくる。そんな二人を軽く一瞥して違う方向に顔を向けた。
そこにはリアルタイムで流されているのであろうか、ガンダムシュピーゲルがドラゴン達と戦っている映像が映されていた。
洋上、まずは挨拶代わりとばかりにスクーナー級が一匹ガンダムシュピーゲルに突っ込んできた。
「……」
それを苦もなくかわすと、メッサーグランツをその身体に打ち込む。断末魔の咆哮を上げると、そのスクーナー級は海へと墜ちていった。その光景を見たドラゴンたちは先程まで以上の咆哮を上げる。仲間を殺されたことへの怒りだろうか。
(成る程、あのピンクの小型ならばメッサーグランツでも止めはさせるか)
しかしシュバルツはそれを気にした様子もなく冷静に分析していた。と、威嚇しているのに何も反応の見せないシュピーゲルに痺れを切らせたのか、それとも仲間の敵討ちのためか、ドラゴン達が一斉に向かってきた。
「ほう…一斉に突っ込んできてくれるか、これは都合がいい」
ドラゴンの一斉突撃にシュバルツは焦りも絶望もせずにそれだけ言うと不敵な笑みを浮かべた。そしてシュピーゲルとドラゴン達が交差した瞬間、シュピーゲルはその姿を消した。
「グ!?」
「ギャ!?」
咆哮を上げながら、瞬時に消えてしまったシュピーゲルを探すかのようにスクーナー級、ガレオン級が周囲を旋回している。が、一向に見つからない。と、
「ギ…ギギ…」
ガレオン級の一匹が突然苦しみだした。そして次の瞬間、
「グギャッ!」
断末魔の悲鳴を上げてそのガレオン級の首…頭部が墜ちた。他のドラゴン達がその異変に気が付き見上げる。そこには両腕のシュピーゲルブレードから鮮血を滴らせながらドラゴンたちを見下ろしているガンダムシュピーゲルの姿があった。
「ギイッ!」
それは驚きか、それとも憎しみかドラゴン達がシュピーゲルへと咆哮する。身体に見合っただけの生命力と言うべきかガレオン級は頭が墜ちてからも少しの間羽ばたいていたが、やがて失った頭部を追随するかのように巨大な身体が墜ちていった。そしてそれを皮切りに、復讐戦を挑むためかドラゴン達が再び突っ込んできた。
「愚か者め」
その光景を見てシュバルツがまた笑う。そして墜落していくガレオン級を足場にしてジャンプすると、再び姿を消した。
「ギッ!?」
またも姿を見失い、スクーナー級と残りのガレオン級がその姿を探すべく血眼になって周囲に視線を走らせる。と、
「ふはははははは…」
笑い声が彼らの耳朶を打った。しかしおかしい。と言うのも、声が聞こえてくる方向が定まらないのだ。ある方向から声が聞こえてきたかと思えば次の瞬間には逆、更に次の瞬間にはまた全く違った方向から聞こえてくる。
ドラゴンたちには何が起こっているのかわからないだろう。しかし、アルゼナルでその映像を見ている者たちにはそのからくりがわかった。シュバルツ…ガンダムシュピーゲルはスクーナー級とガレオン級のドラゴン達の上…背中を次々に移動していたのである。それも現れたと思ったら次の瞬間にはすぐに違うドラゴンの上に移動していた。それを繰り返していたのだ。その尋常ならざる速さから、彼女達にはまるでシュピーゲルが瞬間移動しているように見えた。
「何て奴だ…」
司令部でその光景を見ていたジルは呆れながら呟いていた。
「あ、あんな真似、出来るものなんですか?」
傍らにいたエマは呆然としながらジルに訊ねる。
「普通は逆立ちしても出来ませんね。ドラゴンたちはまだ気付いている様子はありません。恐らく気配も重さも感じ取られる前に移動しているのを繰り返しているのでしょう。機体性能もさることながら、搭乗者の技量も並外れている。監察官殿が化け物と評したのも今となっては適切な表現と言わざるを得ません。おそらく最初にドラゴン達が突撃してきたときも、同じ要領でスクーナー級を足場にしてガレオン級に飛び乗り、首を落としたのでしょう」
「あ、あはははは…」
ジルの推測による説明を受けてエマは笑うしかなかった。オペレーター達も信じられないと言った様子で消えては現れてを繰り返すシュピーゲルを呆然と見ていた。
だがやがてドラゴンたちもシュバルツに気付く。それが偶然か必然かは別にしても、だ。獲物を見つけたドラゴン達は咆哮と共に襲い掛かってくる。しかしその牙や爪はシュピーゲルを捉えることは出来なかった。
「遅い!」
ある者は次の足場に移動する前にシュピーゲルブレードでその首を討たれ、
「はあっ!」
ある者は足場から足場に移る最中に放たれたメッサーグランツに急所を打ち抜かれ、
「甘いっ!」
ある者はようやく姿を捕捉して突撃したもののアイアンネットで拘束されて味方に叩きつけられ、落下しながら止めのメッサーグランツをその身に浴びる。
そうやってドラゴン達はどんどんとその数を減らしていった。ドラゴンとシュピーゲルとの戦いはもはや戦いと呼べるようなものではなく、さながら一方的な狩りとなっていた。勿論、狩るのはシュバルツであり、狩られるのはドラゴンである。
「ね?」
格納庫でジルたちと同じようにその映像を見ていたゾーラにエレノアが訊ねた。
「あ、ああ…」
さっきエレノアが言ったことの意味をようやく理解し、ゾーラが呆然と呟く。
「出る必要がなさそうだったから、皆でこうやって見ていたの」
「凄い…」
思わず呟いたのはサリアだった。が、それはこの場にいる全員の総意でもあった。ドラゴンたちの背中の上を目にも留まらぬほどの速さで移動を繰り返し、確実に彼らを狩っていくガンダムシュピーゲルの姿を誰もが息を呑んで見ていた。
「すっげーっ!」
「綺麗…」
ヴィヴィアンが目をキラキラさせ、エルシャが呟いた。ドラゴンをこともなげに、しかも単機で次々と撃墜していくその光景に心を奪われるのは仕方ないことだった。その戦いも無駄がなく、さながら舞いでも舞っているかのようであるから余計に心が奪われる。何しろ彼女達は戦闘員である。強さに憧れ、羨望するのは当然といえた。第一中隊・第二中隊の面々はほぼ全員、シュバルツの活躍に魅入られていた。しかし中には…
「…っ!」
「ん?」
ゾーラが何かを感じて傍らに目を向ける。そこには自分にしがみついて小刻みに震えているクリスの姿があった。
「クリス?」
「お姉さま、怖いです」
「え?」
「怖いぐらい…強いです。あの人…」
クリスを落ち着かせるためだろうか、ゾーラはその言葉を聞くと黙って左手で彼女を抱き寄せた。そして再び映像に目を向ける。
(シュバルツ…)
映像に映るガンダムシュピーゲルはとても頼もしく、そして確かに恐ろしかった。恐ろしいぐらいの強さだった。
(確かにこの機体は航続的な飛行は出来ん。だがな)
「ギャバッ!」
シュピーゲルブレードで己の足場となっているスクーナー級の首を落とす。これでスクーナー級は全て壊滅させた。
「…だからと言って空中戦が出来んとは思わんことだ。足場がなければ創ればいいだけのこと」
通信で聞かれぬように小声で呟く。そして落下していくスクーナー級からジャンプすると、残る一匹…ガレオン級に向かっていった。
「最後の一匹!」
迫る。しかしガレオン級もこのまま黙ってやられてたまるかとばかりに反撃を試みる。咆哮を上げたかと思うと突然中空に魔方陣のような文様が浮かび上がり、それがガレオン級の身体を通り抜ける。と、ガレオン級の身体のそこかしこに光点が浮かび上がり、それが光弾となってガンダムシュピーゲルに雨霰と降り注いだ。
「っ!」
初めての攻撃にシュバルツは瞬時に身体を高速回転させて光弾を弾き飛ばす。お得意のシュトゥルム・ウント・ドランクである。それによって光弾は弾き飛ばしたものの、ガレオン級が続けざまに羽ばたき、突風を起こした。
「うおおっ!」
さすがに風は…それもすさまじいまでの突風はシュトゥルム・ウント・ドランクでも弾き飛ばすことは出来ずに逆に弾き飛ばされてしまう。
「何のっ!」
海面付近で何とか体勢を立て直して上空を見上げたがしかし、そこにはもうガレオン級の姿は見えなかった。
「取り逃がしたか。…くっ!」
右手の先を見る。そこには拳がなかった。先程の光弾に対しての初動が遅れてしまったために一撃だけ被弾し、右拳を失っていたのである。しかし、損傷と言える損傷はこれだけであり、他には何もなかった。
(よし、上々だ)
そしてこの損傷も、実はシュバルツにとっては計算のうちだった。敵影がなくなったことをもう一度確認し、シュバルツは司令部に通信を入れる。
「こちらシュバルツ。これより帰投する」
『…りょ、了解』
(? 歯切れが悪いな。何かあったのか?)
オペレーターの反応に少し訝しんだシュバルツだったが、帰投の許可は出たので戻ることにした。こうしてシュバルツ…ガンダムシュピーゲルのこの世界での初戦闘は幕を閉じた。
ガンダムシュピーゲル、今戦闘での戦績
撃墜率=30分の29…約97%
損傷=右拳のみ、小破
以上