大体は思った通りの反応でしたが、正直言ってもっと“ふざけんな!”とか、“納得できねえ!”みたいなコメントで溢れかえるかと思いましたが、意外とそれが少なかったのに少々驚いています。批判は覚悟の投稿だったのですが、やはりハッピーエンドで終わる物語だけが物語ではないということがわかっていらっしゃるということでしょうか。
で、今回のこの投稿なのですが、私としてはご感想でヒロインについて聞かれた時に随分とはぐらかしていましたが、結構早い段階でこうするつもりでした。ゲームで言うところのマルチエンディング方式ですね。
なので、前回の投稿もあれはあれで立派なエンディングです。フラグ立てが足りずに辿り着いたバッドエンドルートのエンディングだと思ってください。そして今回の投稿が大多数の皆様が望んでいるであろうハッピーエンドルートのエンディングだと思ってください。どちらを選択するかは皆様の自由。そして、ハッピーエンドルートで誰のエピローグを楽しむかも皆様の自由です。
では、どうぞ。
全てが終わり、世界から蔑まれていた彼女たちは自分たちの道を歩き始めた。そして、その中にはシュバルツの姿も。
「……」
温かな日の光の下で喜ぶアンジュたちの姿を見て、優しく微笑む。そしてシュバルツもまた歩き出した。
「…あれ?」
最初にそれに気づいたのはナオミだった。
「どうしたんだい、ナオミ?」
いきなり声を上げたナオミにゾーラが尋ねる。が、ナオミは答えることもなくしきりに辺りを見回していた。そして、
「ねえ、シュバルツは?」
返答の代わりに口にしたのがこの一言だった。
『え?』
その、思いがけない一言に全員が固まってしまう。そして、先ほどまでのナオミと同じように辺りを見回していた。しかし、結果はナオミと同じだった。すなわち、何処にもその姿を見止めることができなかったのである。
「もう! 何処行ったのよ、あいつ!」
アンジュが怒り半分、拗ね半分といった様子で口を尖らせる。他の面々もムッとしたり不安そうな表情になったり心配そうな様子になったりと多種多様な感情を露わにしていた。と、
「クンクン…クンクン…」
ヴィヴィアンが鼻をヒクヒクと鳴らす。そして、
「あっち」
ヴィヴィアンがとある方向を指さした。
「本当か? ヴィヴィアン」
ヒルダが尋ねる。
「うん。あっちからシュバルツの匂いがする」
「そう」
ヴィヴィアンの返答に、サリアが頷いて返した。
「もう、何やってるのよ、あいつは!」
悪態をつきながらもアンジュがヴィヴィアンの指示した方角へと足を進めたのを皮切りに、全員がそちらに向かって歩き出したのだった。その頃、当のシュバルツはというと…
「ふむ…」
アルゼナルの面々から少し離れた林の中、木の幹に手を当ててその状態を確かめているシュバルツの姿があった。そうしながら、首を周囲に巡らせる。
(やはり良いものだな、豊かな自然というものは)
眩しい木漏れ日の中、シュバルツは満足そうに頷いていた。シュバルツの本来いた場所…未来世紀の自然環境がどれほど劣悪だったのかは当人であるシュバルツが当然良く知っていた。何しろその環境再生のために、弟のドモンを除いた一家総出でアルティメットガンダムを造ったぐらいである。それに比べれば、この世界の豊かな自然はシュバルツには眩しく、そして羨ましいものだった。と、
「見っけ!」
不意に、声が聞こえた。シュバルツが振り返ると、そこにはシュバルツを指さして嬉しそうに笑っているヴィヴィアンの姿があった。その後ろからは、良く見知ったアルゼナルの面々がゾロゾロと現れる。
「良くわかったな」
見つけられるとは思ってなかったからか、シュバルツが少々驚きながら口に出すと、
「ヴィヴィちゃん、鼻が利きますから」
エルシャが種を明かした。
「成る程な」
エルシャの説明に納得して、シュバルツが頷いた。
「それより、何でこんなところにいるのよ!」
アンジュがムッとした表情でそう問い詰めた。まあ、いきなりいなくなったのだから当然のことだろう。
「すまんな」
故に、シュバルツも反論はせずにまずは謝罪した。
「何やってたの?」
続けて、サリアが尋ねてくる。
「少し、考え事をな」
「考え事?」
シュバルツの返答にサリアが首を捻る。
「ああ」
「何だよ、考え事って」
サリアの後を継ぐように、ヒルダが全員感じているであろう疑問をシュバルツに投げかけた。
「今後の身の振り方だ」
「え…?」
その答えに、エルシャが戸惑いの声を上げた。
「区切りが付いたところで、これからどうしようかと思ってな」
「ふーん。…で、答えは出たのかい?」
今度はゾーラが尋ねる。
「ああ」
シュバルツは短く頷いた。
「どうするの?」
ナオミがその先を継いだ。
「シュピーゲル…いや、アルティメットガンダムを復活させる」
それが、シュバルツの出した結論だった。
「ジルを生き返らせるため、あの機体は三大理論の特性を失ってしまった。その機能を復活させようと思う」
そして、言葉を続ける。
「エンブリヲを討ちに行くときにアウローラに残っていた連中には少し話したが、私の機体に搭載されていた三大理論というのは、元々自然環境再生のためのものだ。その機能を復活させ、今度こそその目的のために使いたい。幸か不幸か、この世界も自然環境の再生途上にある。その一助にはなるだろう。また私自身も、連戦に次ぐ連戦で知らず知らずのうちに疲労が身体を蝕んでいたようなのでな。しばらく休養が必要のようだ」
「え!? 大丈夫なの!?」
シュバルツの思わぬ告白にアンジュの表情が曇る。他の面々も初めて聞いたそのことに、ショックを隠せないでいた。
「ああ。それもあって、この選択肢を選んだ。身体を使わない研究職ならば、無理をしなければどうということはない。そこで…だ」
シュバルツが視線をサラに向けた。
「サラ、お前に頼みがある」
「何でしょう?」
サラが答えた。
「今言ったようにあれを元に戻すには、それ相応の研究設備…施設が必要だ。それを宛がってもらいたい。それと、生活拠点もな」
「わかりましたわ」
即座にサラが了承した。
「貴方には、返しきれぬほどの借りがありますもの。その程度のことでしたら、造作もないこと。それに、私たちにも利のある話です。大巫女様も賛成はすれど、反対する理由などないでしょう」
「感謝する」
「いえ、礼を言うのはこちらの方ですわ」
サラが嬉しそうに微笑んだ。
「となると…」
そこで、人ごみをかき分けながら前に出てきた人影があった。
「まだしばらくはお前との付き合いは続くようだな」
現れたのはジルだった。程なく、隊員たちの先頭まで歩み出てきた。
「まあ、そうなるな」
シュバルツのその返答に、アンジュを始めとする隊員たちがホッとしたような嬉しそうな表情になって微笑んだ。戦いが終わったからといってシュバルツと縁が切れるわけではないことがわかって、そのことを心から喜んでいるのだろう。
「そうか」
そして、それはジルにとっても同じようだった。今まで見せたことのないような穏やかな表情を浮かべながらそのままシュバルツに近づいてくる。
(こいつも、こんな顔ができるのだな。…いや、これが本来のジルの姿なのかもしれんな)
考えてみればアンジュと同じように王族からいきなりノーマとして捨てられ、この歪んだ世界に立ち向かってずっと張りつめていたのだ。それが無くなれば年相応の、そして性格相応の立ち居振る舞いになっていても別に不思議なことではなかった。
(そう考えると、思慮の些か足りないアンジュとは違い、王族の姫君らしい雰囲気や気品は今のジルの方が高いな)
ジル本来のものと思われるその姿に、シュバルツは驚きとも当惑とも表せない感情をもって見ていた。
「隊員一同を代表して礼を言わせてもらうよ。ありがとう、お前には本当に世話になったね」
その言葉に、ジルの後ろの隊員たちも嬉しそうにくすぐったそうにはにかんだ。
「いや…」
シュバルツも、正しく生まれ変わったかのように一変した雰囲気を漂わせるジルに戸惑ってしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。
「それから、これは個人的に」
続けざまにそう言うと、ジルは熱っぽい表情と潤んだ瞳でシュバルツを見つめながらその手をシュバルツの首に回す。そして、
「んっ…」
そのまま、シュバルツに口付けをした。まるで、予定調和が如く。
『あああーっ!』
その、シュバルツに想いを寄せている面々からすれば暴挙に値する行為を目の当たりにしてしまった隊員たちが一斉に声を上げる。が、ジルは全く無視してシュバルツを求めた。そのまま満足するまでシュバルツを貪り、そして、
「ふぅ…」
ようやく離れると大きく息を吐いた。
「ジル、お前…」
「ふふ…」
驚きつつも、何のつもりなのか尋ねようとしたシュバルツだったが、そのままジルはシュバルツの胸に顔を埋めるようにしてしなだれかかってきた。
「ちょ、ちょっとアレクトラ!」
真っ先に声を上げたのはやはりと言うべきか当然と言うべきかサリアであった。
「何だ、サリア?」
「い、い、一体何のつもり!? シュバルツにその…あんな真似するなんて!」
キス…あるいは口付けという単語を使うのが恥ずかしいのだろうか、言葉を濁しつつつもサリアが怒りを隠そうともせずにジルを睨んだ。言葉には出さないものの、同じようにジルを刺すような視線で睨む隊員たちは他にも数名。
(う…)
直接自分に向けられているわけではないが、それでも当事者であるシュバルツにとっては肝を冷やすような鋭い視線に、内心で冷や汗を掻く。だが、その視線を向けられている張本人であるジルは逆に、涼しい顔だった。そのまま、見せつけるように挑発する視線を彼女たちに向ける。
「さっき言っただろう? 私とお前は男の趣味がよく似てるって。その上、生命まで救われたんだ。惚れても仕方ないだろう?」
「に、似てるって、そんな…」
サリアが真っ赤になって俯いてしまった。ここでジルの言ったことを肯定すると、それはイコール、シュバルツのことが好きだと言うことを認めることになる。エンブリヲと色々経験したにもかかわらず、根が奥手というか気真面目なサリアには中々に酷な質問だった。
「何だ、私の勘違いか?」
そんなサリアを挑発するように、ジルが薄く微笑む。
「まあ、それならそれでもいいが。…それより、最後の司令命令だ。こいつは私がもらう。いいね?」
「異議あり!」
真っ先に噛みついたのがゾーラだった。目の前の隊員たちを押しのけ、ズンズンと前に進んできて、程なくジルの目の前までやってきた。そして、シュバルツの左側に回るとその腕を掴んでギュッと身を寄せる。
「いくら司令の命令でもこれだけは聞けません! こいつはあたしの男です!」
「ふん、言うじゃないか、ゾーラ」
二人の間に目に見えない火花が散る。と、
「ん?」
右腕に同じように違和感を感じたシュバルツが自分の右側に目を向ける。そこには、ゾーラと同じようにいつの間にかやってきていたヒルダが、同じようにシュバルツの右腕を取って身を寄せていた。
「何だヒルダ、お前もか?」
「ええ」
ジルとゾーラに負けじと、ヒルダが二人に視線をぶつける。
「ふん、お前たちはお前たちで仲良くやってればいいだろう?」
「そんなの、とっくに終わりましたよ」
「そういうこと。それに、生命を救われたってのなら、あたしも同じなんでね。こいつを司令たちにくれてやるつもりはさらさらないんで」
「言ってくれるじゃないか、乳臭い小娘が」
「あの変態にいいように弄ばれた司令に言われたくはないですけど」
「何だと…?」
三人の間に火花が散る。無論、その間シュバルツは置き去りである。と言っても、正面からはジルに抱き着かれ、左右をゾーラとヒルダに固められているので至近距離で三つ巴に巻き込まれることになるのだが。
(どうしたものか…)
突如始まった女の戦いにシュバルツは頭を悩ませる。と、今度は背中に違和感を感じた。後ろから引っ張られたのだ。
「……」
余りいい予感がしないが、とは言え放っておいたら余計に面倒なことになりそうなので、ジルに抱き着かれているために少々苦労しながらも何とか後ろを振り返る。と、そこには、サリア、エルシャ、ナオミ、サラの四人が、面白くなさそうな顔をして立っていた。
「ねえ…」
代表して…と言うわけでもないのだろうが、サリアが口を開く。
「私たちのことも、忘れてるわけじゃないわよね?」
「ああ」
とりあえず、そう返した。ここでいいえと言ったら、余計に収拾がつかなくなることが手に取るようにわかったからだ。だが結局のところ、はいと答えようがいいえと答えようが状況の混沌化に変わりはなかった。ただそれがどの程度になるのかの程度問題になるだけである。
「良かった」
微笑むと、サリアがその身をシュバルツの背中に預ける。同じように、ナオミ、エルシャ、サラもシュバルツの背中に身を寄せた。
「貴方の側にいるの…私じゃダメ?」
「ねえミスター、あの子たちには父親が必要だと思いません?」
「こっちの世界で生きるんなら、私が側にいた方が良いよね?」
「あら、でしたらもっとも適任なのは私だと思いますけど?」
サリアたちが、アピールという名のプレッシャーをシュバルツに浴びせる。まさに、前門の虎、後門の狼である。
(私にどうしろと…?)
思わずシュバルツが現実逃避的にそんなことを考えた。とは言え、答えはわかりきっているのだが。男の甲斐性を試される時が来たのである。
「お前たち…」
そして、そんな彼女たちを正面と左右の三人が見逃すわけはなかった。
「譲らないからね、アレクトラ」
「ふん、言うじゃないか、サリア」
「こいつはあたしの! 離れろよ、エルシャ!」
「それを決めるのは貴方じゃないわ。ミスターでしょ? ヒルダちゃん」
「人の獲物を掻っ攫うとは…あたしはお前にそんな教育はしてないよ、ナオミ」
「下さいって言ってくれるような隊長じゃないでしょ? だったら、こうするしかないじゃないですか」
「ふん。…あんたとはいい関係になれると思ったんだがね、お姫さん」
「それはそれ、これはこれというやつですわ。それにこんないい男、そう簡単には見つかりませんからね」
そして、シュバルツを取り囲むように彼女たちの間で火花が散ったのだった。
(やれやれ…)
そんな彼女たちを尻目に、シュバルツは内心で溜め息をつく。ここに加わっていない連中はギャラリーとして、色々な感情がこもった視線をシュバルツたちに向けていた。
ある者はニヤニヤしながら眺め、ある者はハラハラしながら見守り、またある者は羨ましそうに遠巻きにしている。だが当事者の片割れである女性陣はそんなことはどうでもいいとばかりに意識を自分とシュバルツ以外の六人に向けていた。彼女たちにとっては決して譲れない戦いなのである。
(何にせよ…)
シュバルツはもう一度、自分を取り囲んでいる彼女たちに視線を向けると、空に顔を向けた。変わらずに悠然と飛んでいるアウラが、何故か楽しそうに笑っているように見えたのだった。
(まだしばらくは騒がしい日々が続きそうだ)
それは皮肉にも、全てが終わったと言うことの証明でもあった。彼女たちに振り回される日々はまだまだ続く。その中心は自分であるということを、シュバルツは改めて認識したのだった。
その、賑やかで喧しくも明るい未来を表すかのように、太陽が穏やかにシュバルツたちを照らし続けるのであった。いつまでも、いつまでも。